火吹き竜、そう呼ばれている。
ドラゴン、悪意在る者、海の怪異、大いなる蛇、火を吹く蜥蜴。
先史のその源流に、悪霊の躯に重なる部分が在るのは偶然であろうか。
そんな事を考えながら、アルフライラは眼前の巨体を観察した。
まず、性器が無い。
よく見て見ればその巨体はほとんどが魔素で構成され、内部に人型が在る。
魔素に連結し活性化した細胞から漏れた余力が、巨体を形作っていた。
つまるところ、魔素で構成された巨大な着ぐるみである。
「まあ確かに、そんな大質量だったら空を飛べないよね」
仮に肉と骨で作られていた場合、飛行能力以前にそもそも自重で潰れるだろう。
細胞の活性化比率は高い、使われている細胞の質も高い。
中位新人類と同等の素体に因る、神族覚醒の亜種とでも言うべきか。
位階的には現在の上位神に匹敵する性能を持つ種族。
その無理な生態を維持するための遺伝子は極めて歪に構成されている。
神代から古代文明の間に造られた生体兵器、そう判断した。
寿命も短く繁殖能力も極めて低い、使い捨ての空飛ぶ魔素爆弾。
しかし彼らは種族として成立し、今現在も群れを成して生きている。
不完全な遺伝子を補う、外的要因が存在していたからだ。
即ち人と、オーク。
竜の属性を持つ人間として、遺伝子の狭間をオークが埋めている。
ある意味、神殿予定地に居るオーク族の遠い親戚の様な物だろう。
だがまあ、そんな事は今は余り関係が無い。
ハイライトの消えた瞳で、アルフライラは眼前の光景を検めた。
股間だ。
巨大な竜の股間が目の前に並んでいる。
本人、いやさ本竜的には腹を出して服従の意志を示しているらしい。
しかし肉体の大きさの問題で、視界に在るのは巨大蜥蜴の股間である。
手前に視線を移す。
幾人かの角や鱗を持つ人間が、膝と両腕を大地に接して平伏している。
五体投地である。
そっと板の上の少女の視線が涅槃に飛んだ。
「えーと」
平伏している人間の方が、後ろの並び転がる股間よりも存在圧が高い。
見ればその身、首飾りなどの装飾に圧縮した魔素が見える。
肉体から漏れた魔素で、竜の身体を作り続けているのは幼い竜で、
成長すれば魔素の制御、触媒への蓄積などを経て人型で生きるのだろう。
「おもてをあげー」
突然のドラゴン大移動からのスライディング五体投地に固まっていたが、
とりあえず何がどうなったのかと問いただす感じに、棒読みの声を掛ける。
その言葉を受け、中央に投地する有角の女性が軽く上半身を上げた。
「偉大なる破壊神アルフライラ様に、拝謁の誉れを頂き恐縮に存じます」
末端が鱗に覆われ古傷だらけの褐色肌を持つ彼女は、そんな事を言い出した。
首にかかる宝玉は誰よりも多く、強く立場の在る古竜なのだと示している。
「はかいしんとな」
そして何やら増えた肩書に板神が固まれば、竜人女性は猶も言葉を続ける。
「かの破壊の閃光は、里より良く見えておりました」
「のわー」
かくして竜の一族総出なスライディング五体投地の理由が判明した。
今一族の前に在る神は、その気に成れば里ごと竜を消し飛ばせるのだと。
よく見ればへそ天している巨竜たちは、例外無くぷるぷる震えている。
要は、命乞いである。
そして事実関係の把握に時間がかかりと、拝謁が遅れた謝罪が連なる。
アルフライラは無明の闇を見ていた。
魔素で構成されている巨体の形状はかなり自由が効くだろうから、
頑張ればドラゴンカーセックスは可能だと思う、など現実逃避に突入する。
「というわけでお姉さま、どうにかしてくださいまし」
そんな何とも言い難い集団を連れて来た元凶神が、お冠な声で頼った。
「なにがどうしてこうなったのかなあ、エミィラアアァ」
いまだ漢字の入らない棒読みで、奈落の底から響く様な問い掛けの声。
付近の獣人は尻尾を丸め隠し、獣神は毛を逆立て飛び退き距離を取る。
正面に居た姫神は誰に言われるでも無く正座し、涙目で言葉を紡ぎ出した。
曰く、岩砂漠の中に竜の集落が在ると。
「なので喧嘩を売りに行きましたの」
「何故に」
飛躍が激しい内容に関して問えば、姫神はすくと立ち上がり背筋を伸ばし、
天地万物に高らかに謳い上げるが如く宣言した。
「竜の王はただ1柱、私のアルムピアエールのみだからですわッ」
そして宣言者はハリセン装備型作業用ハンドにシバき倒される。
「誰かなこの子に『ヤンキー』の理を刻み込んだ阿呆は」
「そうですね、確かどこかの板に乗った邪神だったはずです」
眉間を抑える板神が振り向けば、顔を背ける二十面相。
竜人女性が補足を入れる、拝謁の道中に出会い案内して貰ったと。
そんな会話が続いていれば、内容に耐えがたい物があったのか、
股間を広げていた若い竜が体を起こしエミーラに向かっていった。
アルフライラを中央に、円状に一定の距離からは近付かない様に、
何か妙に弧を描いた軌道で姫神へと挑みかかろうと試みれば。
黒き姫は玉座を呼び、自らの神威を ――
「晃」
の前にアビヤドが竜を下から殴りつけ、その質量を宙に浮かせた。
「猫」
そのままの動作で身体を一回転させ、加速した拳で浮いた巨体に対し連撃。
「烈火ッ」
さらに回転し、終に空中の竜に目掛け飛びあがる様な追撃。
輝く拳は焔を纏い、打撃にたわみ弾かれる巨竜の全身を覆い尽くした。
着地と共に腕を払い、纏った焔を飛ばし消す白き獣神。
遅れ、殴り燃やされた若き竜が大地に堕ち、周囲に轟音を響かせる。
そのままじろりと視線を回し、静かに口を開いた。
「場所を、選びなさい」
ペル・アビヤド開拓地に隣接した場所で戦るなと。
静かな圧力が場に在る全ての内心に悲鳴をあげさせる。
「あー、まあ何、私的には竜に思う事は無いのだ」
目を回す若竜を奥に寝かす光景の傍らで、少女は古竜に告げる。
しかし言葉だけでなく安心が欲しいと返す古竜女性に、板は少し考える。
視線を回せば、戦闘姿勢でやんのかステップを刻む黒い妹と、
よーし猫姉さん殴っちゃうぞーと言わんばかりに腕を回す白い妹。
ちょっと見なかった事にしたい誘惑を払い、板の姉は言葉を紡ぐ。
「エミーラ、貴女が拾って来たんだから責任を持ちなさい」
ぴたりと止まった妹神たちを視界に見止め、苦笑を零す褐色古竜。
「では僭越ながら南部岩の竜が長、古竜ヤシュム、手合わせ願います」
身体の前で拳と掌を合わせ、古傷だらけの長はそう言い切った。
その言を受け、ぱぁと花咲くが如き可憐な笑みを零すエミーラと、
あのあたりでと場所を指定するアビヤドに、障壁を張る板。
開拓作業の手を止め物見が集まる視線の先、やがて巨大な質量が顕現する。
見てわかるほど、その場に在る全ての竜の誰よりも強靭な肉体の古竜。
岩肌に鉄鉱が混ざるかの如き色合いの全身には、夥しい傷跡が残っている。
対し聳えるは鋼の巨神、魔神竜アルムピアエール。
何事かと続々野次馬が集まる興行の場で、アルフライラに杯を渡す者が居た。
錫の杯には良く冷えた発酵乳、軽く桂皮の香りが漂い、上に薄荷の葉が1枚。
渡してきた竜人に飲料の名を問えば、ラバンと短く応えた。
「うーん、何と言うか意識高い『飲むヨーグルト』」
口をつけていればやがて面々が集まり、板に座り杯を受けるマルジャーン。
サフラとハジャルは杯片手に、相対する竜の方へと立ち見で視線を向けている。
そしていつもの面々の傍ら、機嫌良さげに壺から発酵乳を振舞う竜人に、
良かったのかと尋ねれば、幸いでしたと陰無き声色で返答が返った。
「1戦も交えずに降るのでは、やはり遺恨が残りますから」
どの大神に降るかは、結果次第ですねと悪気無い微笑みの竜。
言葉の先、物見たちの視線の先には拳を放つ巨神と、避け続ける古竜。
竜と巨神なのに、何故か妙に徒手格闘が如きやりとり。
「避けるわねー」
「まあ我らが長ですから」
のほほんとラバンを飲みながら開拓者の姫が感を漏らせば、竜人が受ける。
あきらかに歴戦の威風を漂わせる竜に、アルムピアエールは距離を取った。
内部玉座の上で、エミーラは軽く息を吐き、止める。
僅かの間、息を吸いながら駆け出し距離を詰める魔神竜。
間合いの外で再度止め、叫びながら拳を繰り出して。
「お姉さま流交殺法表技、
アルフライラは反射的に目を逸らした。
竜顔でも理解る余裕の表情の古竜は、打突に対して余裕をもって距離を取り、
しかしその顔が驚愕に彩られ、同時に拳がめり込み魔素の爆発が起こった。
たたらを踏み、後ろに下がる竜、追う魔神。
「何じゃ、届く距離には見えなんだが」
何故か当たった高速拳打に、ハジャルが戸惑いを零せば、サフラが短く答えた。
「肩を入れている」
どういう事だと発言者に周囲の視線が集まれば、言葉少なに実演を見せた。
ただ早く殴るだけならこうなるがと、巨体から風切る拳が繰り出される。
「しかし今のは、殴る様に見せかけて動作としては肘打ちに近い」
言いながら同じ様に殴る動作で、しかし拳は動かず肘が折りたたまれ前に出る。
「そのまま肘から先をしならせる」
そして裏拳が鞭の如くしなり、何も無い空間を打ち据えた。
「肩が前に入っている分、拳打の想定よりも実際の間合いが伸びている」
最大に伸びた射程を周囲が理解したのを見計らってから腕を戻し、
何も言わず高速で同じ動作を、しならせた勢いのまま腕を戻すまでを繰り返す。
「ぬう、早すぎて何をしたのかさっぱり見えんのう」
「そうだな、相手からしても何をされたのか理解できないだろう」
ただ射程が伸びる、何故か拳が飛んでくる。
「ほらほらほらですわああああぁッ」
左右の連打に爆発音が続く。
「何じゃ、当たっていないのに、いや当たっているのか、幻か」
「拳の軌道が違うからな、こう殴るだろうと言う想像の拳と実際の拳が在る」
受ける側からすれば倍の手数で殴られている様なものだと、剣士が嘆息した。
やがて何を教えているのかと諸悪の根源に対し振り向けば、伸びている。
いつの間にかマルジャーンが、少女の頬を摘まみむにむにと伸ばしていた。
「いや何をやっておるのじゃ」
「私は伸ばさざるを得ないのよ、偉大な先達たちのためにもッ」
ハジャルが呆れ混じりに問えば、妙な気迫で意味不明な発言。
「黄金流戦闘術、帝国式戦場暗殺術、その源流と呼ばれる神代の業」
そして創世神をにーと鳴かせながら、伸ばし人は真面目な声色で言葉を紡いだ。
「お姉さま流交殺法って、格闘術じゃなくて法術よね」
「ぎくうり」
座った眼で問い掛ける人の言葉に、神の身体が固まる。
「技の名前や、さっきのほらほらほらが法術行使の起動式」
連続した爆発音が響く中で、どういう事なのかとハジャルが問い掛ければ、
マルジャーンは事も無げに、法術の威力に手足を添えているだけと語る。
「あるいは肉体を触媒に、法術で括った魔素を叩き込んでいるとか」
それは果たして格闘技であろうか、熟練の闘士ならば体内魔素の循環を
何らかの形で利用して自らの威力と化す事は珍しい話では無い。
だがしかし、お姉様流交殺法は余りにも法術の比率が高すぎる。
「私がム・クゥハを会得するまでに何度腕を壊したと思ううううぅぅ」
「ぎにゃああああぁぁぁ」
伸びきった。
それ故に全てを肉体のみで再現しようなどと、どこかの黄金の様な無謀が
後に続く様々な格闘士たちの苦難へと続き、その恨み辛みが神の頬に今まさに。
いつしか巨大質量の打撃は互いに足を止めての乱打戦と変化して、
爆発音と打撃音が幾重にも、幾重にも重なり地平の果てまで響いてた。
黒の姫と竜の長、観衆は互いの名を叫び轟音がそれを掻き消して。
やがて古竜は大地を揺らしながら倒れ伏し、創世神は伸びた頬を抑え蹲る。
「今改めて宣言しますわ、古今東西竜の王はアルムピアエールただ1柱ッ」
天に指を衝き叫ぶエミーラに、ぼふんと音を立て人身に戻った古竜は苦笑する。
そして座すままに頭を掻き、負けた負けたとからりと笑いながら天を仰いだ。
歓声が響き、何とまあと呆れた表情のハジャルがアルフライラに問う。
アルコーンは、古竜を物ともしないほどに強力であったのかと。
「いや単純に」
見識を検めようとしている博士に対し、少女は素直な感想を口にした。
「爆発する腕を振り回す全身鎧に、殴り勝てる人はあまり居ないと思う」
ただデカいだけでと、身も蓋も無い意見が出る。
遥か地平の先まで続く平野の果てまで、勝者の高笑いがいつまでも響いていた。