砂漠と言うのは、簡単に言えば終わった土地である。
生命の循環が破綻して、減少を続ける植物、そして土。
サイクルの収支は赤字であり、段々と生命が失われていく。
やがて岩肌が露出する岩砂漠は、風雪に砕かれ礫の砂漠と化し、
永い時間の果てに全てが砂へと還っていく。
植林、緑化、あるいは気候変動、などの外的要因でも無い限り、
自然のまま永い時間を掛けてその様に移行する土地、それが砂漠である。
要は岩砂漠とは死にたての大地であり、礫砂漠は風化した屍、
砂砂漠に至っては成れの果てとでも表現するべき状態であろうか。
しかし南部開拓は進み、ある程度の地域に魔素の正常化が果たされた今、
獣人自治区周辺の岩砂漠は、死体から蘇生された土地程度には変化した。
以前にサヤラーンが百年もすれば草原に成ると発言したが、
百年も生命の循環が続けば、草原を成立させる程度の土が生まれると。
、
しかしそんな発言の在った現在は増える前であり、岩の砂漠である。
「でもまあ、何か意外と緑が多いー」
「回っておるのは水場じゃからのう」
そしてそんな場所を、いつもの板付き開拓者組が巡っていた。
周辺の水場の調査と、折々に出会う魔物の間引きである。
どこかの破壊神が隣接する岩肌を、地平の果てまで消し飛ばしたせいで、
地下水脈を上から潰していた重石が無くなり、噴流も水の流れを変えた。
旧来の水場は無事か、新たな水場が生まれていないか。
新たな周辺環境の把握と適応の一環として、必須な調査であった。
「南中も近い、そろそろ休むか」
そしてサフラがそんな事を言いながら刀身の返り血を拭い、
岩肌を滑り降りて来たマルジャーンが言葉を繋ぐ。
「周辺に魔物の気配無し、陽をやり過ごすのに頃合ね」
そのままに岩陰に移動しようとする途中で剣士が、
濁り水の側に生えていた植物へと近付き、山刀を振るった。
大きく広がった葉の中央に茎、その先には花弁では無く果実が実っている。
そして果実の上にも広がった葉を掴み、果実の下方を切り落とす。
次に凸凹とした表皮を掴み、上部の葉が生えた部分を切り落とす。
切り落とした部分はそこらに放り、果実を縦に割り、横に割り。
四等分したそれを、だんだんだんと山刀で食べ易く切り分けた。
全て板の上での作業である。
「本気で便利じゃのう、その板」
「いや問答無用でまな板に使われるのは流石に想定外ー」
飛び散った破片や汁が障壁の力場に因って外に自動で放り出される横で、
冷却担当の給水荷物持ち神がうにうにと手を翳し、黄金色の果肉を冷やした。
鳳梨、つまりパイナポー、野生のそれである。
一般に旬や育成の手順などが在りはするが、それは要は果肉をより甘く、
そして効率的に収穫するための工夫で在り、野生だと物凄く適当な生態である。
それなりの温度で勝手に育つそれは、それなりの期間で適当に果実を実らせ、
探せばそこらに実の成ったそれが生えていてもおかしくは無いと、いつでも。
明確に冬の在る土地ならばともかく、昼が猛暑の砂漠地帯ならば猶更である。
「くー、冷えておる、そして水気が多い、今回は当たりじゃのう」
「濁り水の側だったからか」
齧りながら岩陰に移動する男性陣がそんな事を言えば、
女性陣は生成水に布を浸し、絞りながら物陰に移動する。
「水気が多くて甘味や酸味がボケてる感じ」
「飲料水としては優秀なわけよ」
野生で適当に育つから、物によって中身の差が凄いとマルジャーンが語った。
何故か無駄に甘い物、果肉がカスカスで水気が少ない物など千差万別と。
言いながらさくさくと食べ進め、果汁で汚れた手や口は濡れ布で拭いた。
そして食べ残しの果皮などは纏め、先程の先端部分と同じ場所に放り捨てる。
「砂でも無いのに放り捨てて良いのだろうか」
「ああ、ああやって纏めて捨てておくとじゃな」
土でも掛けるべきなのかなと首を捻るアルフライラに、ハジャルが応えた。
「あの場所に新しい鳳梨が生えるのじゃ」
輪切りにして植えたら株分けが出来る、すこぶるいい加減な植物である。
「下からは実が生え、上からは根が、皮に種が在る、まあ確実では無いがな」
サフラが端的に捕捉する、果実の上下の端を切り落とした理由であった。
そしてまた生えずに腐り乾いたとしても、それはそれで土に成るだろうと。
なので岩砂漠を渡る旅人は、喉が渇けば鳳梨を探し齧って捨てて行くと語る。
確実に芽が出るわけではないが、それでも減るよりは増える方が多いらしい。
そーなんだーと大自然の雑さを創世神が感心している内に、
陽は南中に至り岩陰でぼけらと過ごす開拓者一行の姿。
「岩山を消し飛ばしたのはやはり悪手だったのだろうかー」
「いや、獣人集落から見ればそうとも言えんじゃろ」
増えた作業に過去を少しばかり反省した板に、博士が苦笑いで軽く返した。
「平野は水回りからすぐに緑に萌え、虫を呼び獣を招く」
やがて影響は隣接する岩砂漠にも及び、土と化して緑化が促進されるだろう。
そして水回りの調査などで開拓者にも仕事が出来る、万事良しじゃなと。
「そして豊かに成った土地を狙って帝国が」
「いや遠くよりも、まずは足元を見んかい」
軽く茶化せば軽い嗜めの言葉。
やがて短くなった影も伸び始め、陽炎の時間も過ぎて作業が再開される。
各所の水場を回り、状況を記録し、茜色の空の下で帰路へとついた。
「飲食に金がかからぬ冬籠りとは良いものよのう」
しみじみとハジャルが感を漏らし、サフラとマルジャーンが無言で頷く。
そしてアルフライラは、結跏趺坐でアルカイックスマイルを浮かべていた。
肉体を考えれば、実のところ横に伏すのは意外と負担が大きい。
二足歩行の人類は背骨がS字状に湾曲しているため、腰に負担が集中するからだ。
しかし立っていれば、重量が下半身に負担を増し疲労が蓄積される。
なので座る、姿勢は正しく、そしてより究極的には座禅に至る。
長時間の瞑想に耐える、人類が経験則的に辿り着いた最も負担の少ない姿勢。
板の上で片足を崩し、対称の手を頬に添え何とも言えぬ微笑を浮かべる。
そう、顔面の筋肉を動かす余力すら無いが故の無駄に微笑み状態な結跏趺坐。
「アルのやつがそろそろ涅槃の向こう側に逝きそうじゃな」
「アルちゃんって、黙って座っていると無駄に神々しいわよね」
無駄に外見が整い過ぎているだけの事は在る。
最終的に腰など知るかとばかり倒れ伏し、その内に蘇生するのが普段の光景。
身体が横に成る事で疲労した内臓が回復し、そして腰が痛むのであった。
益体も無い会話を流し、板から伸びた縄を引いていたサフラが軽く後ろを伺う。
限界の3歩前あたりの、無駄に神々しい女神が視界の端に映った。
「神殿に置いておけば、賽銭が積もりそうだな」
何とも言い難い気分の内心が、どうにも酷い感想を零させれば、
板の上の神の慣れ果てから、その手があったかと声に成らない気配が滲む。
「ぬう、なにやら邪神しぐさの気配が満ちておる」
「これは邪教の祭壇待った無しね」
無言のままに牽かれる神像の周囲で、酷い感想が続く誰彼刻。
岩肌の狭間の道に、長く影が伸びていた。