出来立ての石窯が在る。
建設中の千夜神殿仮設厨房に、各種機材に合わせこっそりと設置された。
使われている材料はオーク煉瓦とオーク粘土、オーク漆喰にオーク天板。
いまだ神殿には屋根が無く、野晒し本尊が見覚えの在るオーク族に感を零す。
「何と言うブランドゴリ推し戦略」
「安心と信頼のオーク品質だぜですよ」
千夜の石窯は、これから後に様々な逸話に恵まれ歴史的遺産と化すのだが、
今はまだそのような気配も無く、慣らしの焼き入れが続く新品の窯であった。
何も入れられていない窯に、次々と薪が放り込まれている。
火は、偽りを許さないと言う。
僅かな罅、気泡で容易く焼き物を砕き割る劫火の試しも恙無く終わり、
内部の不純物が焼き払われ、焼きも入り、やがて石窯は本来の性能を発揮する。
そして終に初の使用の段と成り、傷だらけの老オークが白兎から籠を受け取る。
幾人かの兎手が抱えている籠のひとつには、大量の膨らんだ白いパン生地。
「アルフライラ様に捧げるに相応しい、
言いながら窯に放り込み、香ばしく焼き上げた。
白い小麦粉に麦酒種を混ぜ込み湯で捏ねて、一握り程度の大きさに千切り、
円盤状に麺棒で伸ばしてから、太陽の下に放置し発酵させ膨らませる。
その製造過程から、太陽のパンと呼ばれるポケットブレッドの一種である。
そんな白パンは、白兎族がスープを持ってきた頃に焼き上がる。
アルフライラは焼き立ての太陽を受け取り、法連草スープに浸した。
「む、流石の焼き立て白パン、パリッとして中が柔らか、好く染みる」
果実油の香りが漂う法連草スープの塩味が、小麦の香りに良く馴染むと。
言いながら笑みを零し、もそもそと食べる神の目の前で窯に薪が足される。
さらに熱量を上げた窯に入れられるのは、輝度の低い平面の円盤生地。
それが放り込まれて僅か、窯の中で膨らみ太陽パンと同じ様な形状と成る。
少女がそれはと聞くと、老オークが窯から取り出しながら答えた。
「これは普通のパンだぜです、
全粉粒で挽いた粉を水で捏ねて作られたパンで、少しばかり色が在る。
高温の窯で瞬間的に外側を焼き上げ、逃げ場の無い内部の水分で膨らませる。
これもまたポケットブレッドの一種であり、地域に因っては発酵もさせるが、
アルフライラの目の前で焼かれたのは、古式ゆかしい無発酵方式である。
焼き上がりを一つ受け取り、聞きかじり千切り、匙の様に汁を掬った。
「白兎のスープだと、かなり食べにくいなあ」
「こっちは豆の煮込みとか、具の在る汁を挟む事が多いなですね」
匙の様に掬ったり、割って中の空洞に具を挟む様な食べ方が多いと語る。
でもまあ焼き立てなので美味と言う神と、お粗末様ですと破顔する老オーク。
やがて神殿本尊は賽銭箱空間にて食後のゴロゴロの行に入り、
オークは籠に焼き上げた田舎パンを抱え、作業場へと移動した。
そのまま彼が建設途中の千夜神殿を抜ければ、様々な人の在る光景。
人族と獣人、穴居人と巨大な蜥蜴、そしてオーク族。
混沌とした人種の坩堝が、神殿予定地の近くに生まれていた。
そして荘園予定地に歩めば、鍬を振る男爵兵とオーク族の姿。
その横ではどすどすりと、竜の巨体が建材を運んでいる。
え、何すか、俺っち蜥蜴の獣人っすよ、みたいな顔をしていた。
そして道中には、家猫族が円陣を組んでいる。
特に何をするでもなく、何となくな雰囲気で距離を開け円状に並び、
丸く成ったり空を見たり、欠伸をしながら長閑な空気を醸していた。
老オークは微妙に近寄りがたい猫集会を避け、弧を描き歩を進めれば、
田舎パンの香りにでも釣られたか猫族たちが顔を向け、突然に集会が終わる。
特に何の言葉も無く、無言でてふてふと輪を崩し去って行った。
移動するパン籠に釣られた家猫族は1匹、黒色のアルフライラ係である。
4足でオークの横を歩みながら、パン籠に鼻を近付け嗅いでいる。
「あれ、オークの旦那にフルの旦那、もう昼時ですかい」
鍬を立て腰を伸ばしていた男爵兵が、近付くパン配達に気付き言った。
質素な眼帯を頭部に結ぶ、隻眼の兵長である。
その声に傷だらけのオークは片手をあげ、黒猫は軽くにゃあと音を返す。
フル・アスワド、黒虎の大神キットゥ・アスワドの名を掲げる事を許された、
家猫族随一の戦士にして、月と太陽の大神アルフライラの敷布団筆頭である。
先だっての防衛戦初戦にて、死線を共にした間柄の3人であった。
そして作業の手を止め耕作係に声を掛け、集団が陽避けの休みへと入る。
雑に作られた仮設集会所の屋根の影へと集団が移動し、やがて陽は南中する。
持ち込まれたパン籠は、簡素な竈の前で豆を煮ていた白兎に渡され、
塩と香草で煮込まれた空豆が、二つに割った田舎パンの中に注がれる。
「パンと汁で3食出てくるし、何かもう俺ここに永住してえ」
陽に灼けた法術兵が昼を食みながら零せば、周囲の人員も深く頷いた。
老オークもついでと汁を受け取り、黒猫は前足を出して布で拭いてもらう。
そしてすっくと立ちあがり、パンと汁を受け取った。
「いや普通に二足歩行できるんかいッ」
隻眼兵長が周囲の人員の内心を代弁するも、猫は素知らぬ風でパンを食む。
忘れがちであるが家猫族は獣人である、たぶん。
そして上がる気温の中、影にもそもそと食を進めるむくつけき集団。
自称蜥蜴の獣人はその巨体で入り口に座り込み、影の面積を増やしている。
食事は一度に食器ごと口に放り込んでいたが、中で普通に食べているらしい。
そして何とは無しに細かい集団に分かれ車座に成っている内、
当然の如く商隊頭オークと家猫勇者、そして兵長が同じ席に在る。
食は進み、獣人は普通に、男爵兵たちは舐めるように遅く杯の水を飲む。
人体が水分の補給をした折、一度に吸収できるのは100ml程度であり、
それを越えた水分は排出される、のでゆっくりと補水する。
経験則から生まれた南方兵士の飲み方であった。
そんな雑多な人種に雑多の食事が交わる混沌で、会話も雑多に積み重なる。
「しっかしフルの旦那、アルちゃん様の下敷き仕事は辛くねえですかい」
少し羨ましいですがと、軽い戯言を足して兵長が語り掛けた。
対して家猫族捕獲しまくり大神被害猫筆頭は、静かに口を開く。
「村が無くならず、今こうして笑い合えるのも」
「普通に喋れたんかい、あんた」
戦線を共にした兵長を以てしても、初めて聞く肉声であった。
「アルフライラ様が、自らの妹神に救援を差配して下さったおかげ」
低く、渋く、落ち着いて、無駄にイケボであった。
「その大恩、容易く我が終身に勝る」
周囲の男爵兵が目を丸くしている中、老オークは深く頷き感じ入る態度。
「故にこの生涯を、敷布団に捧げる事に何の迷いも無い」
「いやそこは迷いましょうや」
酷い結論に兵長がジト眼でツッコミを入れる。
「あと板の上は涼しくて清潔で何か良い匂いする、にゃ」
「とってつけたように語尾を足さない」
前足、もとい手も添える、きゃるるんと音がしそうな猫仕草であった。
家猫族が本能的に備えている猫好き特攻兵装である、声こそ無駄に渋いが。
「言いたい事はわかるでオーク」
「足並み揃えなくて良いからッ」
真面目な顔で受けた老オークに、忙しくツッコミを入れる隻眼兵長。
そんな騒々しく奏でられる場を、興味深く眺めている若い巨竜。
受け取った水を杯ごと口に放り込み、楽しそうに言葉を紡ぐ。
「やっぱ人間って面白いわ」
「やかましいぞ蜥蜴獣人ッ」
勢いのままぽんぽんと投げられる、八面六臂の兵長の叫び。
仮設集会所は今日も人の営みが、騒がしく奏でられていた。
そしてその日の夕刻。
作業を終えた兵長が神殿前を通ると、板がふゆふゆと迷い出てくる。
創世神は肉球に潰され下敷きとなり、上で黒い大猫が丸くなっていた。
「終身に勝る大恩は何処にッ」
本神的に喜んでいるからノーカンであったらしい。