砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 茶会風景余話

 

茶の葉の丸薬が湯沸かしに入れられた。

 

先史にて平水の珠茶などと呼ばれていた品に酷似した代物で、

海岸の近い地域では緑の真珠などとも呼ばれる、茶葉である。

 

茶器に沸騰した湯を入れ温め、杯1杯分を取り出し器に戻してからなど、

湯の温度の調整に拘る向きが平野の茶会には在るが、ここには無い。

 

淹れられた茶で薄荷をゆったりと煮出し、若葉に注ぎと様々な作法も在るが、

解けた茶の丸薬が踊る沸き立った湯に、乱暴に乾燥薄荷が放り込まれる。

 

外に住む者の薄荷茶。

 

中央貴族からは粗野にして野卑とよく言われる代物ではあるが、

砂が混ざる風の吹く岩砂漠では、何とも言えない趣が在った。

 

砂漠では熱い茶が好まれる。

 

極めて高温の土地で体温調整のために汗をかく必要が在る場合、

自らの体温が高い方が体力の消耗を抑えられるからだ。

 

なので涼し気な薄荷茶でこそはあるが、沸き立った湯で煮出されたそれは、

平野の穏やかな温度の薄荷茶よりも、砂漠と言う土地に合っている。

 

「まあそれも含めて、冷たいと言う物事は贅沢なのじゃろうな」

 

高い位置から杯に注がれる薄荷茶を眺めつつ、ハジャルは杯の水を飲み干した。

 

茶を楽しむ、純粋なそのために先に水分補給を終わらせる。

旅路で行えば贅沢、主に人里の茶屋などで行われる喫茶の礼儀である。

 

現在は建設中の千夜神殿の張り出しの下、影の中に椅子と机が置かれている。

そこで外に住む者の頭領が淹れる茶を、月光の賢者が受ける茶会の席。

 

いまだ南中には幾らかの時間が残されていた。

 

互い、薄荷茶に椰子砂糖を放り込みながら一息を吐く。

 

「で、お前さんらはいつ頃にここを立つんだい」

 

杯に口を付ける開拓者を、持て成す頭領が軽い口調で問い掛けた。

 

「さてのう、夜も歩ける季節になったし、今宵にでも出る事は出来るが」

 

言いながら視線を回し、問い掛けた者がそれを追えば、そこには板。

ふゆふゆと浮きながら、棒を持って地面に大きめに丸い円を描いている。

 

「……何やってんだ、我らが真珠は」

「本日の逃走劇じゃな」

 

書き終わった円にどこからか姿を見せた白い獣神が入り込み、ちょこんと座る。

何を見ているのかわからない猫染みたドヤ顔から、姉が静かに距離を取った。

 

キッタ・アビヤドは、動かない。

 

「おお、これは今から出立出来るやもしれんの」

「いやちょっと待とうかアンタら」

 

だがしかし、気付いたであろうか。

 

最近は常に板の上に在った黒い毛玉が、板から姿を消している事を。

 

てふてふと獣神に歩み寄った黒い家猫族は、巨体をもふぅと円にめり込ませ、

その尻を以て獣神を円の外に押し出して場所を占拠する。

 

「フルよ、忠誠大儀ですッ」

 

真円の呪縛から逃れたアビヤドが、即座に大地を蹴立て板神へと迫り、

営業終了障壁に阻まれてベタンと音を立ててずり落ちていった。

 

「良い所までは行ったのじゃが」

「いや本当に待とうかアンタら」

 

円を占有した黒猫は何とも言えない表情で明後日を見つめている。

 

「まあお遊びじゃ、いずれここを立たねばならんのに変わりは無い」

 

それまでに姉妹仲良くじゃれ合っているだけじゃろうと語り、

きっと多分おそらく、などと目を逸らしながら続ける。

 

「神殿も建つのだし、ここに住み続ける事も可能だろうに」

 

薄荷茶に口を付けながら頭領が呆れれば、苦く笑い応えは紡がれる。

つまり巫女と神官、神殿剣士あたりかと受け、似合わねえと笑い返された。

 

「さて、旅をしなくては人と関われない性質でな」

 

難儀な奴らだと天を仰ぐ問い手の有様に、苦笑いを続けるハジャル。

 

「まあ何じゃ、何よりもアルの奴は待っておるのじゃろう」

 

何をとの問いは応えられる事は無く、視界の先の光景に訪れた者が在る。

二つに括った黒髪を靡かせた姫の大神、エミーラ。

 

後ろには黒子衆と古竜、穴居人の長を従えている。

 

「アルフライラお姉さま、お願いがありますの」

 

ずるべったんと滑り落ちて行った獣神を、板で踏み踏みと軽く潰しながら、

先をと仕草だけで促す創世の大神、営業再開板下からはぶにゃあと悲鳴。

 

「黒の神国を継ぎに征きます」

 

午前の空気に、冷たい物が混ざった。

 

砂混じりの風が通り過ぎる静寂に、中身が出ると獣神の悲鳴が混ざる。

 

「私に何かして欲しいのかな」

 

小柄な姉が可愛らしく首を傾げれば、妹は言葉を繋いだ。

 

「見届けていただきたいのですわ」

 

気が付けば黒猫が板の上に戻っており、さらに獣神への圧力が増している。

 

「神が統べる世に、人と共に抗いに行きますので」

 

時代は変わると宣言した。

 

帝国が起こり、大神の役は終え、神々も新たな生き方を模索する時期だと。

黒の姫神の後ろに控える者たちも、無言でただ視線のみに真剣を宿す。

 

「見るだけで、なにもするなと」

 

人が、血を流し嘆きと悲しみを乗り越えて未来を掴むのか、

あるいは夢届かず哀れに朽ちるのか、黒の行く末をただ看取ってほしいと。

 

アルフライラは、妹の言葉に静かに頷いて口を開いた。

 

「いや、それもう私が着いていく意味無くないかな」

 

流されない、やはりこの創世神は人の心を1万年前に置き忘れたままである。

対しエミーラは、まあそうなのですけどと微笑みながら続けた。

 

「でも、苦労している妹を影ながら支えたりなんかしてもかまいません事よッ」

「途中までは格好良い事を言っていたのになあ」

 

都合の良い掌返しに、アルフライラの視線が斜め上の涅槃に飛ぶ。

バレない様にやれと、何処かの板の上に乗った長女の言いそうな主張であった。

 

呆れつつもだがしかし、決定的な言葉はまだ姉の口からは零れていない。

 

「私は既に覚悟は出来ていますわ、でも、お姉様に覚悟がお在りですか」

 

そして胸を張り、突然にその様な事を言い出す国家簒奪予定娘が居た。

 

「いや、何の覚悟かな」

 

訝し気に姉が問い掛ければ、妹は両の手を掲げ鮮烈な響きで断言する。

 

「足に縋りつかれて身も世も無く泣き喚かれる覚悟がッ」

 

気が付けば姫神の後ろの従者たちは、皆が滑り込む様に五体投地をしていた。

創世神が呆気にとられた一瞬、姫神は大地を蹴立て距離を詰める。

 

「獲ったあああぁッ、さあ泣きますわ喚きますわジタバタしますわあああぁッ」

「いやあああああぁぁぁぁッ」

 

結局アルフライラは折れた。

 

見物していた頭領とハジャルは噴き出しつつも頭を抱え、

騒々しく風が騒ぐ中、白き獣神は平たく伸ばされたまま放置されていた。

 

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