砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

99 / 217
Extra 愛別離苦余話

 

夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客と言う。

 

そこまでの話でも無いが、春告の何某かが訪れ続けるペル・アビヤドに、

新たに増える者も在れば、これより去って行く者が居るのも必定であろう。

 

何より時は春、砂漠を渡るのに最も易い時期である。

 

そして大勢が駱駝に荷物を載せ、馬車を馬に繋いだ。

 

これよりの長旅を思えばと、酷使される尻の丈夫さを疑う者も在れば、

獣神機に持ち運ばれるよりはマシであろうと、達観した瞳の皇女も居る。

 

男爵たちが兵と共に出立する頃合であった。

 

仮兵舎は既に隊商宿所として稼働しており、常駐する予定の兵は

別に建てられた兵舎に移動して日々の業務に励んでいる。

 

皇都、王都、副王都から補充の兵が届き、男爵が引き上げるのだ。

 

大所帯である。

 

急激な昇爵の弊害として、慢性的に民の数が不足しがちな男爵領に対し、

これ幸いと関係者がこの地で移民を募り、結構な人数が確保された。

 

しかし、それでもまだ足りない。

 

ので副王都に貧民街から拉致、もとい移民を募るべくと別動隊が組まれ、

兵舎にも幾人かが残り、交代に参勤と交易を兼ねる体制を作り始めていた。

 

「頭ぁ、ちょっと荷の紐を引っ張ってくださーい」

「頭はやめろっての、あ、すまん、ちょっと剣持ってて」

 

兵から呼ばれた男爵が、邪魔になると腰の剣帯から剣を外し、

付近に居た隣国の元騎士へと手渡そうとする。

 

あ、はいと何の気無しに受け取った彼の周りで、全てが止まった。

 

荷物を載せていた、馬車を繋いでいた、会話を続けていた、

様々な男爵領の兵たちが動きを止め、突然の静寂が訪れる。

 

無言のまま操りの人形の如く、全員が静かに振り向き、

その視線が元騎士へと集中し、無言の圧力が生まれる。

 

「受け取ったな」

 

男爵が、静かにそう宣告した。

 

突然の変化に、蒼白に成った元騎士の視線は手元の剣と人々を何度も往復し、

足元の砂を音を立て踏みしめながら近付いた男爵が、その肩を抱いて叫ぶ。

 

「よっしゃ、陪臣騎士1名確保おおおぉぉッ」

「うぇい、へーいッ」

 

途端に一同からの歓声が響いた。

 

「えええええええぇぇッ」

 

超絶略式な騎士叙任と気付いた彼が叫び、その声が喧騒に消されていく。

 

「とりあえず手付で4人扶持、開拓予定の村1個からで頼むわ」

「え、いや、これ良いんですかって、待って高給過ぎッ」

 

辺境じゃそんなもんだと笑う男爵と、混乱の極みの新入り陪臣が居た。

 

参考までに都の法衣騎士爵、役無しの最下級の収入はだいたい1人扶持。

年あたり帝国銀貨4枚程度の支給になる。

 

そして高位貴族から見れば、多少の爵位の在る法衣貴族よりも、

辺境騎士爵の方が、血縁を結ぶ相手として好ましい目で見る事が多い。

 

単純に、財力の桁が違うからだ。

 

領地持ち貴族は、領地の人員、軍事力、収入全てが自らの物であり、

配下、陪臣の騎士に平気で4人扶持と領地を提示できるほどに豊かである。

 

そんな男爵たちが出立を騒々しく奏でている頃、

獣神聖域にも出立を間近に控えていた者たちが居た。

 

その内の一人、剣士サフラが静かに大剣を受け取る。

 

建設中の姫神神殿裏手に作られた登り窯、そして鍛冶の炉など一式。

そこで鍛たれた穴居人の一品であり、寿命の近い愛剣の代替品であった。

 

鈍く光る黒色の芯鉄に、白銀の刃が備わる装飾の少ない大剣。

その無骨な風貌は、武器と言うよりも刃の付いた鉄塊とでも言うべきか。

 

受け取り歩み、離れ、軽く振れば大刃の割に好くしなる。

 

先史古代の西洋大剣、名剣の類は良くしなる事でも有名である。

物によっては剣閃の度、90度にしなる物まで在ったと記録に残っていた。

 

「良いな」

 

短い言葉には、万感の思い。

 

「神鉄を芯にした、まことの戦士が振るうにふさわしい刃金じゃ」

 

少しばかり得意気な穴居人鍛冶師の瞳は、炉の熱で充血したままであり、

昨日より鍛ち続けていた幾人かは、後ろに転がって水を吸っている。

 

「銘は、神竜剣アルムピアエール」

「ちょっと待て」

 

穴居人の里で、削りとられたアルムピアエールの尻尾が素材だったらしい。

 

「まさか我が生涯に、アルコーンの真なる鋼を鍛つ機会が在るとはな」

「いや本当に待て、大丈夫なのかこれ、いろいろな意味で」

 

素材の時点で、性能以外に様々なしがらみが載せられている事が確定である。

 

「エミーラ様に助力するのじゃろ」

 

だから良いのだと、鍛冶師はからからと笑って疑問を流した。

 

そしてサフラは、少しばかり頭を抱えつつもまあ良い剣だからと、

自分を騙す様な感覚を意識の外にやりつつ、礼を告げ踵を返した。

 

そしていつもの面々が集まっていく。

 

板に接続された荷物置き用の拡張板には、既に旅路の荷物が山と積まれ、

その横でへし折れたアルフライラが口から魂、胴体部からは煙を吹いている。

 

「いや出れるのか、これ」

「おおサフラ、今の内じゃ、さっさと退散するぞい」

 

ハジャルが板から伸びた牽き綱を剣士に渡し、そそくさと歩みをはじめた。

 

視線を回せば、少し離れた所で黒と白の女神が相争っている。

しがみ付く獣神を姫神が引き離し時間を稼いでいるらしい。

 

「どうせ道中は別ですし、国境線で逢いましょうですわッ」

 

アルフライラはイルドラード経由、エミーラは戦力確保を兼ねて、

副王都経由での黒の神国に向かう道程の予定を立てていた。

 

「あと少し、いや半日、むしろ3日ぐらい良いでしょおおおぉッ」

「段々と期間が延びていやがりますわね、この猫姉ッ」

 

綺麗なクロスカウンターが姉妹の間に顕現する。

 

そして爆発した。

 

物見の輩が盛大に湧き、そこから虎縞の犬狼が歩み出てくる。

 

「状況は理解はできるが、せめて姉妹の別れの時ぐらいは」

「おっとぉ我らが王の主が意志だ、止めさせて貰うよ」

 

それを防ぐかの如く、古竜の長が指を鳴らしながら立ち塞がる。

 

喧騒もまた騒がしく奏でられ、物見からも殴打の音が響く中、

脱兎の如くと逃げ出す開拓者と外に住む者、離れて手を振る白兎族。

 

家猫族も見送りに来ていたが、もう飽きたのか明後日を向いていた。

 

「黒猫さんは持ち帰りたかったー」

「いやあやつにも生活はあるじゃろうからの」

 

黒猫フル・アスワドも見送り勢に混ざり、豚人族と共に布を振っている。

 

「神殿を建てお待ちしておりますですよーッ」

 

豚人族の別れの言葉が神の背に届き、その視線を涅槃に飛ばした。

 

「た、倒れませんわ、黒の神国の未来のためにもこんなところでッ」

「倒れるものか、獣人たちの思いが私の背を押しているのだからッ」

 

何か格好良い事を言っている姉妹が居る。

 

「そういうのは、別の機会で聞きたかったですなあ」

 

離れて他人顔をしているサヤラーンが、茶を啜りながら嘆息した。

 

「どうにも騒々しい旅立ちよねッ」

「まあ、湿っぽいよりは良いんじゃないかなー」

 

足早にマルジャーンが零し、アルフライラが素直に感想を述べる。

 

違いないと男性陣が苦笑する中、開拓者たちは爆音の響く獣人集落を後にした。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。