「クラーー 朝練行こや」
「おう 行こか」
タッタッタッ
私は大阪府立の高校に通う2年生だった。
野球部に所属しており、先輩たちがこの夏引退した。
1年生の間 3年生が引退するまではボールを触らしてもらえない練習だったが、それでも野球部でがんばっていた。
早くボールに触りたい というより筋トレやランニングばかりの現状から抜け出したいという気持ちで毎日練習に参加していたが、
夏の大会で先輩たちに早く負けろという気持ちはなかった。
一生懸命声を枯らすまで応援し 三回戦で負けた。
そして、2年になった今年 ベンチ入りもできない私は先輩たちが引退すれば自分たちの世代になるというのに やはり早く負けろとは思わなかった。
1年と4ヵ月もやると先輩と後輩の絆が生まれるとかそういった類ではない。
別に特別親しい先輩もいなかったし 全員を尊敬していた。
そして一回戦で負けた。
客観的に見ても結構強いんじゃないかと思っていたが それでも負けてしまった。
そして私たちの代になった。
正直この2年間と比べると明らかに弱い。
私はそのベンチメンバーだった。
秋の大会の背番号は確か18。
外野を守っていた。
♢
「おい!クラヤマ!どこポジションとってんねん!」
「バッター小柄やねんからもっと前詰めとけよ!」
練習での怒号が響く。
声の主はこの春から新しく赴任してきた野球部の顧問。
ナカムラ先生だ。
バッターは155cmの左打者 セカンドを守っているアサダ。
この夏のベンチ入りメンバーにも選ばれている期待されている方の選手。
その選手にレフト前のポテンヒット(今の言い方だとテキサスヒット)を打たれたところだった。
1年生の時の先生は私のことをいくらか買ってくれていた。
1年生最後の練習試合には私をフルで起用してくれた。
もちろんノーヒットだったし周りからはなんでこいつが気に入られてるんだ と思われていたかもしれない。
当時ははなぜ使ってくれていたかはわからなかったが今となってはなんとなくわかる気がする。
練習を一時ストップさせてまで私を怒鳴る先生(私たちの高校では顧問や監督ではなく先生と呼んだ)。
いくらかそれにより緊張感は生まれるかもしれないが ミスをすればああなってしまうという恐怖 のびのびとプレーできないことは予想できる。
顔色をうかがって野球をすることほど楽しくないことはない。
「またか」
私はつぶやいた。
♢
「お前めっちゃ怒られてたやん」
明るく話すのはサードを守る3年生のホンジョウ。
私と同じベンチメンバーで背番号は15。
ただ一つ私と違う点は 最初レギュラーに抜擢されていたことだ。
はっきり言ってスタメンに匹敵するうまさだが おちゃらけた性格とプレーの雑さから先生には好かれておらず もっと下手くそが今背番号5をもらっている。
「あーあ 今日もマック行こうや」
「おう 火曜日やしな」
「アラーキーも行くやろ?」
「今日火曜日か 行こうぜ」
彼はアラキ このチームのキャプテンで背番号は10。
前述のアサダとポジション争いをしており この秋は一桁を譲る格好になってしまった。
このアラキとは小学生の頃から同じチームでプレーしており そこそこは仲いいが それほど仲良くない。
帰る方向が一緒のこの3人でよく火曜日にマックに行っているというわけだ。
「くそー4番もらえへんかったー」
「めずらしいやんアラーキーがそんなん言うなんて」
「いやあけっこう凹むで」
アラキは私の主観ではあるが明らかに野球センスがある。
小学生時代 1年以上早く野球を始めた私を簡単に追い抜いていった。
あの頃は本当に仲が良くて一緒にバッテリーを組み 下の名前で呼んだりもしていた。
「でも今週の紅白で結果出せば下手しいあるで 二人とも」
「どうやろーホンジョウは本気でやればいけるやろうけどな」
「いやいや 俺は先生に嫌われてるからきついやろ」
今週末は秋の大会を直前に控えた中での紅白戦がある。
新チームが発足して何度か練習試合を重ねて背番号が発表された。
私は一度もA戦(練習試合は同じ高校と2試合やることが多く1試合目をレギュラー中心のA戦 2試合目をベンチメンバー中心のB戦と呼ぶ)のスタメンで出たことはなかった。
この試合の意図を図りかねていた私は二人にまだ可能性があると言ってしまった。
すでに私自身がレギュラーになることをあきらめていることを意味する。
♢
「8番レフト クラヤマ」
「オゥイ!」
どうやらチームわけはAチーム対Bチームではなく実力が均等になるよう分けられていたようだ。
私は先攻の紅チーム。
帰り道一緒の2人と離れてしまった。
つまり、紅チームのセカンドには背の小さいアサダ 打順は2番。
サードには下手くそレギュラーのシオイリ 打順は7番。
うちの高校には副キャプテンがいないが シオイリが実質副キャプテンの役割を担っていた。
声も積極的に出し がむしゃらなプレーで先生の心をつかんで離さない。
キィン
快音が響き渡るなかダイヤモンドを駆け抜ける小さい影。
打球はレフトの頭上右を大きく超えていく打球。
センターが追いついた頃にはすでに2塁を回ったところだった。
「ナイスバッティン!!」
紅チームのベンチから歓声があがる。
私も負けじと声をあげる。
今でこそ達観したしゃべり口であるが 当時の私は当然のように先生の目を気にするしチームを盛り上げようと必死だった。
小中学生時代 常に父の目線を気にしながら野球をしていた副反応だろう。
1年生時の自由なプレーにはもう戻れそうも無い。
「アサダ あそこにめっちゃ打つよな」
「うん なんか左中間方向に打球伸びるねん」
塁上での一見なんでもないやり取り。
白チームサードのホンジョウが話しかける。
私は先生がなんとなく微妙な顔をしているのに気づいた。
このような試合中に話す行為も先生にとっては減点対象らしい。
「あいつやっぱバッティングええな」
セカンドを守っているアラキがぼそっとつぶやく。
アラキは打撃面で負けていることはわかっているようで守備とバント技術で取り返そうとしている。
向上心が高いのもアラキのいいところである。
私の1打席目はサードゴロ。
ホンジョウに簡単にさばかれた。
割とボテボテで難しい打球だったが 素早いチャージと正確な送球でアウトにされた。
サードがシオイリではセーフになっていたかもしれないような良いプレー。
それでもホンジョウの評価が下がることを私は知っていた。
先生の教えたステップではないからだ。
迎えた2打席目。
ここで私のバッティング能力について話しておく。
このチームで1番下手な自覚がある。
「ストライク アウト」
先頭打者の私はすごすごと三振してベンチに帰る。
相手白チームのピッチャーは2年生で控えのカワタ 背番号は11。
コミュニケーション能力が飛び抜けており いつもこのチームの中心にいる。
球は速くないしコントロールも良くない 変化球は曲がらない。
この紅白でもすでに3点を献上しており お世辞にもいい投手とはいえない。
いつもA戦の途中から投げて2~5点を与える印象があった。
その後1点を追加し 4対0で紅チームリードのまま最終回である5回裏に突入。
紅チームのピッチャーはウミノ。
紛れもなくチームで1番野球がうまくて背番号は1 打順は4番。
先輩たちの最後である夏の大会は背番号8で7番センターのレギュラー出場。
この紅白戦も大活躍。
打っては2安打3打点 投げては被安打1で出したランナーは3人だけ。
白チームの7番バッターが右打席に立つ。
今日唯一のヒットを打っているホンジョウ。
ホンジョウはストレート系の球種にめっぽう強く チーム内の打撃能力もピカイチ。
「ふぅ」
少し意識した様子のウミノ。
「……」
真剣な顔つきのホンジョウ。
「少し下がっておくか」
レフトの私はホンジョウであれば でかい当たりが来てもおかしくないと思い 守備位置をだいぶ下げた。
初球だった。
カキィン
乾いた打球音でこちらに飛んでくる大きな打球。
「おいおいほんまに来たで」
バシッ
ジャンプ一番なんとかつかみ取ったと思ったがぎりぎりグローブに触れただけ。
結果はツーベース。
「惜しい!もうちょいやったでクラ!」
味方への声かけを欠かさないエースのウミノ。
「ごめんウミノー 捕れたと思ったんやけどなー」
その後 8番打者を三振にとったものの続く打者のボテボテのセカンドゴロをアサダがエラー。
1アウト1.3塁で1番のアラキに回った。
この場面での注目ポイントはアラキがどのような作戦で来るかというところ。
最終回4点差でのスクイズは 試合に勝つための作戦としては良くないかもしれないが ウミノのボールを実践でスクイズ成功というアピールには繋がる。
しかし ヒットを打てば大量加点のチャンス。
「どう来るアラーキー」
1球目 ストライクを見逃す。
2球目 ボール。
キャッチャーの指示で少し外した。
4点差のこの展開で外す 先生のお気に入りがやりそうなリード。
「はあ つまらん野球やな」
毎球打席を外してサインを出すアラキ。
白チームのキャプテン兼監督としてランナーへの指示をかかさない。
それに目線を合わせるキャッチャーのツブラヤ。
意図があって見ているわけではない 先生に見ろと言われたから見ている そんな目線だ。
ツブラヤはこのチームのレギュラーキャッチャーで背番号は2。
当たれば飛ぶ下位打線の要だが好不調の波が激しい。
この試合では5番打者として3凡退といった成績。
3球目。
投げたボールは外に逃げるスライダー。
ランナーが二人ともスタートしている。
アラーキーはバントの構え。
スクイズ? 違う これは 「アサダー!ファースト行くな!」
コツンッ
プッシュバントでセカンドが元いたポジションあたりにボールが転がっていく。
「うっま!ランナー走れ!」
「絶妙――――!!」
セカンドのアサダは一塁ベースに向かっていた。
レフトからの私の声はどうやら届いていなかったようだ。
「よーし!」
アラーキーのガッツポーズとアサダの呆然とした表情が塁上で交差する。
思った通り野球センスという点ではアラーキーの方が上。
♢
「完璧やったな あのプッシュバント」
爽やかに話すのはエースのウミノ。
その後はギアを上げたのか後続の2人を三振でゲームを終了させていた。
「まあやれることはやったな ホンジョウもめっちゃ打ってたやん」
「見た?俺のバッティング クラにあとちょっとで捕られてたけどな」
「あれ捕れてたら評価爆あがりやったんちゃう?」
「無い無い あいつまたオレのポジショニングがわるいとしか思ってへんで」
「おい!クラヤマ!」
紅白戦の感想を言い合っていると私を呼ぶ声がした。
いま一番聞きたくない声 ナカムラ先生だった。
まさか今の 先生をあいつ呼びしたのが聞こえてて背番号剥奪?
「クラヤマ 早く来い!」
「おい 呼ばれてんで」
「はい!」
びくびくしながら先生の元へと走った。
「クラヤマ お前副キャプテンやらへんか?」
「………………え?」
第二話に続く。