冬になった。
冬練習のことは今回割愛する。
ほとんどが基礎体力強化のしんどい練習だったからだ。
一年時にあったサッカーが練習項目から無くなったのが嫌だった程度の思い出。
冬には体育で長距離走がある。
20分間走 20分間で何m走れるかというものだ。
昔から体力に自信のなかった私はこの時期は本当に憂鬱だった。
しかし この日はなんとなく調子が良く 自分の中でも最高記録が狙えるかもしれないといった感覚だった。
最後の何秒かは全力で駆け抜け 5000mに一本ポールに届かず4950mだった。
私よりほんの少し前を走っていたサッカー部も私と同じ記録であったが 申告の際に彼が5000mと言っており何とも言えない気持ちになった。
先生からも「お前はあと一踏ん張りが足りない」と言われた。
冬の時点でわかったことが三つある。
一つ目は ソウダは目の手術をしており 激しい運動ができなかったようだ。
しかし それを特に誰にも言っておらず 野球も辞める というより辞めたつもりだったようだ。
二つ目は ヒロタのけがの治りがわるく 春の大会は出られないということだ。
治療に専念させるためにベンチにも入れないつもりらしい。背番号争いボーダー選手のアピールが活発になりそうだ。
三つ目は 年度末の成績で赤点だったものは春の背番号は渡さない とのことだ。
自称進学校ではよくありそうだが 先生が替わったことでまさか自分たちの高校もといった皆の反応だった。
唯一割を食ったのはエースのウミノ。
「なんでそんな制度急に作ったん まじで意味わからんねんけど」
温厚なウミノが珍しく荒れていた。
「ほんまそれな 先生勝つ気ないやろ」
「あー まじでだるすぎる 冬練もおもんないしよ」
正直レギュラー陣のほとんどがこのことに対して文句を言っていた。
当人のウミノはもちろん キャプテンのアラキやサードのシオイリまで。
私もウミノがいないチームのおもんなさを理解していた。
「もう大会夏しかないやん ほんまやめたろかな」
この時期あたりから選手たちによる先生への不満は爆発していた。
しかし何かを実行に移す人はいない。
波風を立てて試合に出してもらえなくなるのが嫌だったからだ。
高校生にとってベンチ入りや試合に出ることは野球が楽しいから意外の理由がいくつかあった。
クラス内のヒエラルキーや試合を見た女子にいいところを見せられるといったものである。
冬練が終わった。
3月から練習試合も解禁して いよいよ最後の夏に向けた春が始まった。
その前に恋愛の話でもしておこう。
野球部は3割くらいが彼女持ちでそういうことに興味がある選手は多い。
中学の時 私が好きだった子(もとい告白してしまった)が実はキャプテンのアラーキーと付き合っていたということがあった。
いざ高校に入ってアラーキーとは同じクラスにならなかったのであまり気にしていなかったのだが シオイリの紹介でまたしても私の好きだった子をアラーキーも好きになってしまい そして付き合ったようだ。
あのときはちょっとした地獄だった。
好きになるタイプが一緒ということ自体は尊敬するアラーキーとなので嬉しくあったが 実際にこうなると複雑が過ぎた。
特に中学と違い 高校はその子と夜に何時間もLINEをするような仲に発展していたので余計にこたえた。
ただ シオイリがその子を紹介した時点で私の恋は儚く散ったので(中学のことを引き合いに今度は私が先回りしたと思われたら終わるため)恨むべくはシオイリなのだが。
ちなみにアラーキーが告白をすると決めた日に一緒に帰っていたが なんと自転車のチェーンが三度も外れた。
二回目までは待ってくれた優しいアラーキーもさすがに三回目は待たずに好きな子へ会いに行ってしまった。
今思えばあれが最後のチャンスだと自転車が教えてくれていたのかもしれない。
そして3月
なぜかA戦のショートスタメンは私だった。
けっこう調子が良く目立ったミスも無いまま背番号発表直前の練習試合まで来た。
まさかレギュラーになれるのか。
どきどきしながらその練習試合を迎えた。
春の大会に向けてのメンバーはイレギュラーが多かった。
エースで赤点のウミノ
センターで目の手術のソウダ
こちらもセンターでケガのヒロタ
欠員だらけでどうやら先生自身も背番号を決めかねており それを冬の間キャプテンのアラキに相談したらしい。
私たちがいた中学校では最後の大会でのスタメン内訳が3年生3人 2年生5人 1年生1人となっており それをキャプテンは良く思っていなかった。
自分たちの代で というのを常に意識しておりそのためショートのスタメンに推薦したのが同級生の私だったのだと推測できる。
ちなみに中学最後の大会については一回戦で負けた。
私は9番サードで出場し 無死満塁でのライナーゲッツーやタイムリーエラーなど散々な結果でコールド負けを喫した。
この春の大会背番号発表前最後の練習試合。
これが私にとって運命の試合である。
成人し 社会人になった 野球とは無関係な今でも この時に戻ってほしいと ふと思ってしまう。
悔しさに目が覚めてしまったことも少なくない。
さあ、野球人生をやり直しますか? ▶︎はい
▷いいえ
結論から言うと試合は大成功だった。
先頭バッターから難しい打球を正確にさばくと その後も堅実なプレーで無難に試合を回すことができていた。
このころから少しショートの守備にも慣れてきたように思う。
そして 初めて一桁の背番号をもらった。
中学生1年生の時 3年生が引退し新チーム始まって最初の大会で14番をもらった以上の喜びを感じた。
レギュラーにふさわしくないという気持ちはどこかにあったが 元A戦ショートのモンマやサードのシオイリを見て 意外とハードルが高くないと思っていたのもメンタルの安定という面で大きかった。
ただベンチ及びベンチ外には私より上手い選手が何人もいるため この先生のもとでは野球のうまさが必要なわけではないのだと改めて思った。
という妄想を何度したかわからない。
この試合で本当は先頭打者の少しバウンドの高いゴロを雑に捕りにいって後ろに逸らしてすぐに交代させられた。
すぐと言っても一回の表までは任せられ、二遊間に抜けそうなあたりをうまく捕球しアウトにした。
ただ先頭打者時には怒鳴られていたので交代は免れることはなかった。
裏の攻撃時 バッターとして回ってきたが先生に自分からバッターはどうしますか?と聞いたほどだった。
それほど精神的にも参っていた。
当面のライバルだったモンマが二塁の塁審を務めており 私に「がんばってください」と言ったのも油断に繋がった理由である。
油断というよりずっと試合前からふわふわしていた。
地に足が着いていなかった。
なぜかB戦に途中出場するも何でもないフライを落球した。
アラーキー曰く「やりそうやった」 とのことだった。