姉気質の優しい幼馴染と、振り回される意気地なしな俺の話。   作:true177

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020 ご苦労様

 渋々だと言わんばかりの間だったが、顔は穏やかだった。薄くカーブしている眉からは、受け入れを拒否しているようには見えない。ちなみに、寿哉が文句を言われるいわれはない。

 

 未空との距離、およそ数十センチ。ここまで近くに来ると、普段は気にも留めない変化が目に付くようになった。

 

 遠目からでは肌色しか見えない顔の表面や鼻に、シミやそばかすは見当たらなかった。美容器具を使っているのかと思うほどの滑らかな皮膚が広がっている。財政的に厳しい各家で美容などにお金を当てる時間など無いだろうから、日々の手入れが功を奏しているのだろう。

 

 思春期に目立って仕方ないニキビのブツブツも、特に見受けられない。ほっぺたをつねることが出来たとしたら、きっとつきたての餅のように伸びるのだろう。

 

 パッチリした目に、装飾されていない控えめな上まつげ。メイクをしていないとは思えないほど、上品さがある。

 

 ……未空って、こんなにスベスベだったのか……。

 

 肌が綺麗かどうかなど、これまで見てこなかった。美容というものに興味が無かったこともあるが、未空も野外活動時はあまり気にしていなかったからだ。雨上がりの野山を走り回り、二人とも泥だらけになりながら家に帰ってきたこともある。

 

 日焼け止めや虫よけスプレーなど、店頭に並んでいるのさえ見かけない。夏は家の中まで蚊が入ってきて、首や腕にできる刺された跡がかゆくてかゆくてどうしようもない。炎天下で鬼ごっこをしていて、遠慮なく真っ黒にもなったことがある。

 

 未空は、自然に忠実なのだ。田舎すぎて現代どころか旧世代の代物さえ手に入らないという原因も手伝って、自然に逆らおうとしない。野外に出て日焼けをするのは当たり前であるし、汗をかくのは暑いからだ。そこに好き嫌いなど働かないのだ。

 

 汗がしみ込んだ服を着ていると、確かに独特の臭いがしてくる。それが嫌で制汗シートやスプレーを使う男女は少なからず存在するが、そんなもの着替えてしまえばいい。濡れたままでいると、それこそ体が冷えてしまう。

 

 日焼けもファッションとして認識されているが、バカらしい。紫外線と身体の防御機構によって肌が黒く変化するだけの現象に、美しいやブサイクなどあるはずがない。外に出るのに日焼けをしたくないと言うのはわがままであるし、日焼けサロンで肌を焼くのはもっと意味が分からない。人工的に日焼け肌を作ったら健康なのかと言われて、その通りだと答える人はいないだろう。

 

「……そんなに、ジロジロ見ないでよ……」

 

 顔ばかり見られて恥じらいの気持ちが生まれたか、未空ははにかんでいた。今日の彼女は、安定感がまるでない。手のひら返しが得意技の性格悪いネット漂流民よりも感情が定まっていない。

 

 本音としては一生未空を見て過ごしていられる。だが、嫌がっているのを押し切ってまでするようなことではない。それに、無視して痛い一発を食らいたくない。

 

 目線を外そうとした寿哉であったが。

 

 ……どこに外すんだよ……。

 

 視界は、未空で埋まっている。上を向いても、赤みがかった顔に意識が向いてしまう。下は論外だ。吐息が肌にかかるような状況で、相手のことを無視しろという要求が無茶なのだ。

 

 ペチ、と平手打ちで優しく額を叩かれた。目線を外す場所が何処にもないことに気付いてくれていない。いたずらだと勘違いされている様子で、足でもちょっかいをかけてきている。

 

 自分から一歩前へ踏み出したいが、仮に寿哉の前提が成り立っていなかったとすれば、とんでもない言い訳で異性の顔をじっと見ていた人になってしまう。出来る限り、未空から切り出してほしい。

 

 目を瞑ればいいじゃないかと言われそうだが、そうすると話を聞かずに寝てしまいそうで怖い。かと言って未空から目を逸らそうとしても明後日の方向になり、それはそれで彼女に悪い。

 

「……もういい……。このままで、いいよ」

 

 一向に目線を外す気の無い寿哉を見ていて、諦めてしまった。プルプルと、腕が震えている。人前で演説する時は正々堂々としている未空も、至近距離ではさっぱりのようだ。

 

「……手伝ってくれたの、とっても嬉しくてその場で溶けちゃいそうだった。悔しかったけど」

「悔しい気持ちはあるんだな……」

 

 それでも、と未空が話を途切れさせない。

 

「……カレー、美味しかった?」

 

 唐突な質問だ。手順に沿って作ったカレーが美味しくないわけが無いのだが、どういうことだろうか。

 

 いびつなものが目立った具材のことを心配しているのなら、気にしなくてもいい。人参もジャガイモも大きさがまばらだったが、それが逆にアクセントを上手く醸し出していた。湯せんだけで出来上がってしまうレトルトカレーには無い手作り感を、存分に味わえた。

 

 寿哉一人で作ったとして、今日ほどまでに美味しく感じただろうか。一緒に最初から最後まで台所に並び、盛り付けし、仲良く談笑しながら食事をした。大の親友と共に居たからこそ、変わり気の無いものでも絶品になったのだ。一流料理店では決して味わうことの出来ない、友情たっぷりカレーだった。

 

 人生で最も自信を持って、寿哉は大きくうなずいた。晩飯を食べ終わってから何時間か経過しているのだが、未だにコクのあるカレーの味が残っている。

 

「……そっか、よかった!」

 

 レシピの手順通りに作ったとは感じられないくらい返答を待ちわびていた未空は、ニカっと歯を見せて花を満開に咲かせた。どこかホッとしているようで、荒かった鼻息が収まっていた。

 

「……隠し味にチョコレート入れたんだけど、大丈夫だったんだね……」

「……隠し味なんて、慣れない内は入れるもんじゃないぞ……?」

「いいでしょ、美味しかったんだから」

 

 上手くいったのは、結果論でしかない。誤った情報を基にゲテモノを投入されていたとしたら、阿鼻叫喚していたことだろう。紙一重のところで、良い方に転んだのだ。

 

 それを糾弾するつもりは毛ほどもない。まさか毒を混ぜて保険金を受け取ろうとしていたのではないに違いない。型にはまった生き方を嫌がって、寿哉をぎゃふんと言わせてやろうと目論んだことだ。それくらいの心意気が無ければ、姉などやっていけない。

 

 これまでに食べたどんなカレーよりもコクが強く感じたのは、未空が忍ばせた隠し玉によるものだったのだ。率直な感想をその場て伝えていれば、もっと彼女は喜んでくれたのだろうか。きっとそうだろう。

 

 眠たいのを我慢しながら付き合って来たツケが回ってきたか、どっと眠気が押し寄せてきた。未空の姿がおぼろげになり、まぶたが下がっているのが見えた。

 

 明るくなったら目覚め、眠たくなったら布団に入る。それが、寿哉のルーティンだ。習い事は終電の関係で通っておらず、テレビの視聴も深夜は制限されているので、日が暮れると何も出来なくなる。することが無ければ、後は寝るだけだ。

 

 そうでなくとも、徹夜は心身に悪影響を及ぼす。勉強時間を増やすために睡眠時間を削っても、勉強の質が低下してしまっては意味が無い。休日に寝だめをすればいいというものでも無く、一回の睡眠不足は長い間祟り続ける。

 

 小学生かとののしられそうな就寝時間ではあるが、社会人や受験期を控えている学生が眠らなすぎなだけ。睡眠時間は、堂々の八時間だ。

 

 意識が遠のきそうになっていることは外見から分かるが、対処法が見つからず苦戦している。覚醒させるだけなら揺さぶるだけで終わるのだが、それでは寿哉に悪いとでも思ってくれているのだろう。

 

「寿哉、後ろ向いてくれないかな?」

 

 振り返りの話を打ち切って、何か思いついたようだ。ガチ恋距離と呼ばれる近さに恥ずかしさが爆発したこともあるだろうが、それ以上に理由がありそうだ。

 

 言われるがままに、体勢を反転させた。外はもうすっかり暗くなっていて、月の光も入ってこない。太陽が沈んでしまったように、お月さんまで春休みで早退してしまった。

 

 夜になると鈴虫の鳴く音がよく響いてくることがあるのだが、今日はそうでもなかった。地域外からやって来た人は『美しい音色だ』とうっとりしそうな音である。しかし、聞き慣れている地元民からすれば騒音以外の何物でもない。

 

 寝静まった田舎は、幽霊が逃げ出すほど時が止まる。元時計屋の外につけられている時計は錆びて針が動いておらず、時間停止の錯覚を助長させている。

 

 交通量は皆無と言ってよく、長距離輸送のトラックがカーナビの指示に従って迷い込んでくる程度だ。車社会の地域とは言え、需要も供給も希薄な外れに用事は無いのだ。

 

 もう眠りに落ちて構わないのかと思ったが、未空はまだ早いと言わんばかりに手を寿哉の肩にそっと置いた。

 

「……今日も一日、ご苦労様でした」

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