姉気質の優しい幼馴染と、振り回される意気地なしな俺の話。   作:true177

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004 仮初めの体

 独り言なのか、はたまた寿哉に語りかけているのか。真意を聞く野次馬精神は持っていなかった。

 

 思い返すと、未空が失敗したという場面を目にしたことは確かにない。ひと悶着もふた悶着もありながら、学校の中心組織に入って精力的に活動していた。その姿は、全校生徒の模範となっていた。

 

 背伸びをしていたとするなら、心身には相当の負荷がかかったに違いない。実力以上の虚像をスクリーンに投影しようとすると、その反動が何処かに来てしまう。ソースは、寿哉だ。

 

 未空に負けたくないと、学級委員長に立候補した回があった。彼女も立候補しており、何としてでも二枠に滑り込むという気持ちばかりが先行してしまい、到底実現不可能な目標を掲げ、通ってしまった。

 

 地獄の日々が、幕を開けた。淡々と仕事をこなす未空に対し、出来もしない公約のために東奔西走していた。努力をあざ笑うかのように、進捗はサッパリであった。

 

 ……一時だけでも大変だったのに、それをずっとするのは考えたくもない……。

 

 コンピュータ並みの頭脳を持ち、タスクを完ぺきにこなす天才なら朝飯前のことでも、凡人は無理をしないとそのレベルに到達できない。

 

 未空がハードワークだったのは、火を見るよりも明らかだった。中学校のクラスメートから日々改善意見を収集し、列車の時間ギリギリまで学校に残っており、ブラック企業と肩を並べるほどの労働時間であった。

 

 授業中も常に模範生徒であるよう、勉強時間も群を抜いて多かった。田舎は近所の様子が手に取るようにわかり、寿哉の就寝時間になっても未空の部屋と思われる箇所は明かりがついていた。

 

 ……全部仮定だけど、もし本当だったとすれば……。

 

 心の耐久度が高すぎる。時折流れてくる誹謗中傷を受け止めながら、激務を全うしなければならないのだ。テストで平均点を割っただけで折れそうになる人では、とてもではないが務まらない。

 

「……うん。……心配かけた?」

 

 ケロリと、何事も無かったかのように立ち上がった。が、じんわりと赤くなっていた目頭が、悲しみに暮れたという事実を隠せていない。

 

 ……苦しんでたなら、もっと打ち明けて欲しい。

 

 寿哉に不都合なことを徹底的に抑え込もうとしている所に、迷惑などかけられないという屈強な精神を感じる。バレバレだと内心では思っているのではないだろうか。それでも簡単に自身を翻さないのは、ストレスの許容量タンクが膨大だからだろう。

 

 気付いていなかっただけで、ヘルプサインに似た兆候は出ていた。家の付近まで付き添った時に嫌がるような素振りを見せたり、明らかに前日の疲れが抜けていなさそうだったりしていた。

 

 ……未空のことだから、言いたいことはしっかりと伝えてくれると思うんだけど……。

 

 声に出さないということは、知られたくないということだ。

 

 未空は、自分の感情を前に前に押し出すような真似はあまりしない。球技大会ではガッツを遠慮なく繰り出すのだが、普段の生活で感情に任せて議論しているというのは見かけたことが無い。

 

 個人調べにはなるが、隠し事も得意だ。寿哉の誕生日パーティー用にプレゼントを制作していたのを、何度も問い詰めたがのらりくらりと交わされ、当日まで『サプライズは用意されていない』と信じ込まされたくらいなのだ。

 

 ……それでも、未空の表情に漏れ出してきてたってことは……。

 

 心労が限界を迎え、巧みに操作してきた感情が動くたびに雨漏れしていたのだろう。

 

 ……未空のことを、俺はずーっと慕ってきた。その気持ちは今でも変わらない。でも……。

 

 十分信用してはくれている。が、肝心なところで蚊帳の外に出されてしまうことに納得できるのか。重要な項目を隠される人という立場で収まりたいだろうか。

 

 未空が苦しんでいる時に、その思いを共有して辛さを薄めるのが、親友の役割。疲れている時に肩をほぐしてあげるのが、思いやりというもの。

 

「……ここ、いつ建物が倒れてくるか分からないんだったよね……。そろそろ、行こっか?」

 

 つかの間見えた小さな綻びは瞬く間に修正され、どこに傷口があったのか見分けがつかなくなっていた。憑き物はすっかり落ち、背中にかかっていた靄が霧散していた。

 

 また歩みを始めた未空の右手を、脊髄反射で手に取っていた。

 

「……?」

 

 振り向いた幼馴染は、太陽が西から昇って来たようにきょとんとしていた。従順なだけだった寿哉が、初めて反抗したからだろうか。

 

 ……間違ってたら、絶交されるかもしれないけど。

 

 何もかも殻に閉じ込めるやり方では、いずれボロが出て外界から見られている自分とのギャップに閉じ込められてしまう。そうでなくとも、心身の疲労から倒れてしまう。

 

 親しいから見て見ぬふりをするなど、出来っこなかった。むしろ、傍についているからこそ見えてくる違和感を感じ取って、伝えてあげることも必要だろう。

 

 合唱でも吸い込まなかった量の息で、肺がはち切れんぐらいに膨張する。

 

「……辛い時は、お互い様。楽しい時も、お互い様。……疲れてるなら、正直に言って欲しいんだ」

 

 嘘を詰め込んで発射したロケットの行方を見るのは不安ばかりで夜も寝付けないが、本心を込めて撃った弾には自信を持てる。

 

 自分なりの正義というものは、様々な危険をはらんでいる。正義という名の下で極悪非道な行為が容認されるかもしれず、また特定の人々が元から持っている人権を踏みにじっても構わないと判断してしまうかもしれないからだ。

 

 しかし、正義の言論をぶつけあえば、より良い結果に行きつく。武力行使ではなく、ペンで戦えば反論も巻き込んでとんでもない境地へ昇華していく。

 

 ……無理するのが良くないことなんて、未空も分かってるはずなのに。

 

 無理をしてしまうのは、本心で頼れる人が居ないことの裏返しだろう。

 

「……俺が頼りないなら、悪かった」

 

 全体的に頼りがいが無さそうで相談しなかったのだとしたら、それは寿哉が不甲斐ない。切羽詰まっても切り出しづらい友など、友とは言わない。

 

「……それなら、今から頼れる親友になれるように、頑張ってみせる」

 

 努力をせずに百日過ごしてもゼロはゼロのままだが、一日に『1』相当の努力をすれば百日後には百にまで増加する。

 

 今日頼られない弱そうな男に見えていても、明日には少しマシになってみせる。それでもだめなら、明後日にはもう少しだけ改善してみせる。

 

「……自分の感情を爆発できないなんて、そんな環境がおかしいんだ。……俺は未空みたいに全部は受け止められないけど、未空のためなら何だってできる」

 

 心を解凍するためだけの嘘ではない。未空は、もう家族同然だ。散々助けてもらっているのだから、ここから先は恩返しをしていく番。それだけのことだ。

 

 穏やかな印象を持たれやすい未空だが、この時ばかりは眼光が鋭かった。とは言っても部下の失敗を叱責する上司のような呆れではなく、正に真剣そのものといった感じであった。

 

「……それって、冗談……? それとも、本気……?」

 

 古豪の剣士と相まみえたようで、場の空気が一気に張りつめた。チャラチャラを個性としているギャルが一目散に逃げだす、昔ながらの闘技場にいる。

 

 こういう日頃から人と接するのが得意な人は、相手の心境を読むことに長けている。冗談かどうかなど当事者に聞かずとも、その時の口調や状況から割り出せる。

 

 それなのに問を投げかけてくるということは、改めて意志が宿っているかどうかの確認。生半可な気持ちで言っていれば、無礼だとして切り捨て御免されてしまう。

 

 もとより、冗談を言う空気の読めなさは絶望的にコミュニケーションが取れない不幸な人しか備えていないだろう。

 

「……未空が、疲れてそうだったから。このままじゃ、いずれ未空が壊れると思ったから」

 

 迫力には、迫力返し。こういう言葉を使うのもナンセンスだが、女子なんかに負けてたまるか、だ。

 

 未空が寿哉や他の男子より体格がひとまわり大きいのは、周知の事実だ。体つきで勝っているから、男子並みの活動を行ってもバテてしまわないのだろう。

 

 だが、男子と女子の筋力量は年齢を重ねるにつれ如実に差が現れる。トップアスリートは例外として、成人するころには一・六倍ほども離れてしまっているのだ。

 

 十キロを走るとして、運動経験が有ろうと女子がいきなり完走しようとするのは難しい。持久力という点においても、女子は男子より劣っている。未空が、成長期真っ只中の男子に勝てるとは到底思えない。

 

 ……きっと、倒れるまで頑張り続けちゃいそうだったから……。

 

 未空は、一度自ら立てた目標を生半可な気持ちで破くことをしそうにない。中身が折れやすい細い木で出来ていたとしたら、暴言に耐えることなど出来ないからだ。

 

 その強さが逆効果になり、心身の健康に悪影響を及ぼしかねない。信念を持っていただくのは構わないが、まずは健康が第一というものだ。

 

 真剣を正面に構えて断罪するか否かを判断していた未空が、胸を大きく膨らませた。口元が、緊張から解放された。彼女らしくないこわばり方をしていると思っていたのだが、今やフレンドリーで気さくな本来(?)の姿に戻ってきていた。

 

「……そこまで、心配してくれてたんだ……?」

 

 一度は踏ん切りをつけて止まっていた涙が、また奥の方から並々と湧いてくるのが見えているようだった。唯一、触れたら火傷をしそうなことが予想できた。

 

 親友なのだから心配くらいするだろう、と身もふたもない返しはできなかった。先ほどの一件で涙腺のバルブが緩まっているのか、下まぶたへと流入してくるしずくの量がどんどん増えて行っている未空に、考えのない言葉を掛けるのが躊躇されたのだ。

 

「……何事も、まず体が丈夫じゃないといけないんじゃないか……?」

 

 慰めるべきか迷ったが、感情の川をせき止めると後々洪水となって悪いと思い、受け身で行くことにした。手を出さず、成り行きに任せるのが一番スマートな方法だろう。

 

 それもそうだけど、と未空は首を横に振った。

 

「……覚えてるかな、寿哉がまだ小っちゃかった時……」

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