メテオシャワー。かつては地方のトレセン学園に所属し、それなりの場数をこなしてきたウマ娘。
現在はこの引退ウマ娘協会に属する社宅の管理人、という形で彼女たちを手伝っている。
ナイスネイチャとは社会人になってから直接の面識を持った形であるが……"ウマが合った"と表現すべきか、ウマ娘達の為に尽力していく内に意気投合するに至った。
メテオシャワーは社宅に異常がないか夜更けに見回りをしながら、NPO設立当時を思い返す。
「アタシなんか代表の器じゃないって! もっとこう、広報担当とかさぁ……」
NPO設立当初、誰を代表に据えて申請するかという会議をしている最中、ナイスネイチャはそう言って笑っていた。
地方で走っていたメテオからいわせてみれば「ネイチャも十分凄いウマ娘だろう」と思わずにはいられなかったが、それでも彼女は一歩下がっていた。
だがメテオもその気持ちは分かる。同じような志を持ってNPO立ち上げに集ったメンバーにはタイキシャトルやメイショウドトウといったG1を勝ち取った、名実共にレジェンドクラスのスターがいる。
「わ、わたしなんかが代表なんてしたら、とんでもないドジをやらかして皆の迷惑になっちゃいますよぉ!?」
そんな事を言いながらわたわたするドトウ。彼女も彼女で一歩下がっている様子で「どうぞどうぞ」と代表を譲り合っている状態だった。
「だったらウララが立候補しようかなっ」
そこに名乗り出たのは地方巡業でレース場を一つ救ったという実績を持つ、花も実もあるハルウララ。勝ち星は一つも無いのは皆が知る通り。
……いや、代表ともなれば知識的に難しい仕事をこなさなければいけない場面もあるだろう。いくらハルウララが実績あるウマ娘といえども、その、少し不安だ。
「う、ウララには広報担当の方が向いてるかも……?」
「そっか! じゃあウララが広報担当やるねっ!!」
広報担当をやりたがっていたネイチャ自身が、おずおずと提案した。ウララは素直に納得し、広報担当へと収まった次第だ。……この時、規模の大きくなったこの組織の広報部長をハルウララが担当する事になるとは誰が予想出来ただろうか。
それはともかくとして。他にタイキシャトルやツルマルツヨシも代表になるかどうかの話が当然振られた。
「oh……ワタシは、難しいカモしれません」
そういって、タイキシャトルは辞退する旨を申し出た。その理由としては組織が扱う事柄の関係上、他の仕事以上に書類上で難しい表現の日本語が飛び交う事が予想される。その為、取り違えを起こさないように母国語である者が務めるのが望ましいのではないか、という彼女の判断であった。
成る程、それはもっともな話だ。ならば、とツルマルツヨシに話が向けられる。
「なるほど、お話は理解しました。お任せください。このツルマルツヨシ全身全霊をもってして代表としての務めを――げほぉっ!!」
ちからいっぱい力説するあまり、盛大にむせた。むせ続けた。
……彼女が病弱なのは相変わらずだった。責任者に据えてしまえばその性格から、体調が優れない時でも「他者の為に」と無理をしてしまうかもしれない。そういった理由から、代表者には向かないと周囲は判断した。
「く、ふ、不甲斐なし……っ!」
「ツヨシさん、落ち着いて下さいぃ……!」
「ツヨシー!!!」
自分の病弱さを口惜しく思うあまり肩を震わせるツヨシと、それをオオゴトだと勘違いして大慌てするドトウと泣き始めるタイキ。
メテオは周囲を見回す。ハルウララやツルマルツヨシを除けば、誰も彼もが代表という立場には及び腰だった。
その反応はある意味で当然だ。引退したウマ娘達の……他人の人生を左右する仕事の、その代表。
他者の助力をする事には前向きなれど、そのすべての責任を背負うとあっては二の足を踏むのが普通の反応だろう。
「ネイチャ」
この場において、メテオが初めて口を開いたのはその時だ。
ネイチャは彼女を見返した。そして、静かな声でメテオは言った。
「お前がやるべきだ」
それを聞いた瞬間、ナイスネイチャは驚いたような表情をした。次いで、その表情が困惑に染まる。
「な、なんでアタシ!? そりゃ確かに事務の一つや二つはやってやろうと思ってたけどさ、いきなりそんな責任重大な役目、アタシに出来るワケ――」
言い募るナイスネイチャに対し、メテオは淡々と言った。
「お前が組織の
それがメテオにとってなのか、世間一般にとってなのか、或いはその両方か。
周囲の皆にとっても、その言葉は否定するものがなかったのか、反論の声は挙がらなかった。
ネイチャは髪をガシガシと掻くように頭を抱えてから、顔を上げる。その表情は決意に満ちていた。
「……あーもう、分かった! 分かりましたよ! その代わり、みんなもサポートよろしく!」
観念したように、ネイチャはそう言った。それを聞いて、周囲から安堵の声が漏れる。
こういう経緯があり、代表はナイスネイチャという事になったというわけだ。
メテオはあの時の事を思い出して、「ふっ」と笑う。
結局のところ、メテオは自分の判断が正しかったのだと思う。
その証左として、組織の運営は何ら滞りなく。むしろ、ネイチャ達の知名度から"ウマ娘の引退した後の第二の人生"がメディアで取り上げられるようになって、世間から「彼女たちの第二の人生を支援しよう」という気運が高まったのを感じる。
実際、ここ数年でウマ娘の就労に関する支援・寄付金の規模は大きくなったらしい。
そんな現状を考えると、やはりあの言葉は間違いではなかったのだと思わざるを得ない。
それもこれも全部ひっくるめて。あの時にネイチャが、そして引退ウマ娘協会を立ち上げた皆がいてこそなのだと思うと、メテオの胸中では感謝しかない。
その恩返しとして管理人の責務を果たすべく、見回りを続けている最中……メテオのウマ耳は奇妙な音を感じ取った。
――ポリ、ポリ……。
それは物音というより、何かを食べるような、そのような音だった。
共同で使われる食堂から聞こえる。
浮浪者か何かが忍び込んで、食糧備蓄を漁っているのかと警戒しつつ、中を覗いた。
「誰?」
メテオは低い声でそう問いかけながら、懐中電灯を向ける。
すると、ライトの灯りに照らし出されたのはよく見知った人物だった。
「あ……」
ネイチャだ。
彼女は口に咥えていた人参をポロリと落とし、申し訳なさそうな顔で固まっていた。
彼女の傍らには、ダンボール箱から取り出されたであろういくつかの人参がある。
それを見て、メテオは状況を把握した。
「ネイチャ」
「い、いや……備蓄の確認をしてたらさ……消費期限切れになりかけてたから、無駄にしちゃ勿体ないかと思って……」
実際その言に嘘はないのであろう。だがしかし。
「皆が寝静まった時間にコソコソとやる事ではない」
ジト目で睨まれ、ネイチャはうぐっと言葉に詰まった。
確かにその通りである。正論である。
メテオはため息を吐くと、彼女の方に歩み寄る。
ネイチャは叱られると思い青ざめたが、メテオは何も言わずにしゃがみ込むと、期限切れ間近の人参を手にとって、自らの口に運ぶ。
そうしてメテオは人参を噛み砕き、咀嚼し、嚥下した。
その様子を見てぽかんとしているネイチャだったが、少ししてから我に返る。
「い、いやいや。止めないの? 代表ともあろうものが悪事を働いていたのにさ」
メテオは横目でネイチャを見やると、平然と答える。
「程よく肥えててくれるくらいが、心配が少なくてちょうどいい」
その言葉に、ネイチャは自分のお腹に手を当てた。そして、眉をハの字にして唸っていた。猫が不機嫌になったらこんな感じなのだろうか、と思わせられる。
「最近は体調崩して痩せていた」
続けて告げられた言葉に、ネイチャは気まずそうに唸り声を小さくしていった。
当人にも思い当たる節はあるようだ。
組織の代表なのだから、皆に示しがつく程度には健康的でいてもらわなければ困る。
心身共にキツい仕事なのは分かるが、だからこそ体を大事にしてほしい。
そういった想いが込められたメテオからの視線を受けて、ネイチャはまたあの時のようにバツが悪そうに頭をガシガシ掻いていた。
「わかりました。わかりましたよー。ちゃんと体調には気をつけますって」
ネイチャはそう言って段ボール箱の中に余った人参を仕舞った。
メテオは彼女の背中を眺めながら、ふと思った事を言葉に出す。
「ネイチャがいっぱい食べてる姿を見て、安心した」
メテオの口元に自然と笑みが浮かぶ。
そんなメテオの独り言を聞いて、ネイチャの頬には朱色が差していた。
「35歳にもなって、食べ盛りの子みたいな扱いされてもねぇ……」
他人からも未婚な事をネタにされ始める年齢で、未だに浮いた話の一つもないなんてどうなのよ。とは当人の弁である。
――この辺りについて、事情を知る昔馴染みは馬鹿にしようという気持ちが一切起きないのだが――。