部活動の最中に急遽始まった、圭一の恋人選びは、魅音とレナの二人に絞られた。
その話し合いを自然に詩音が仕切っていた。
「ではまずは、圭ちゃんの意見を聞かせてもらっていいですか? 圭ちゃんはお姉とレナさん、ズバリどちらを恋人にしたいですか?」
詩音にビシっと指を指され、圭一は慌ててしまう。
「えっ、俺?」
「それは当然でしょう。圭ちゃんの恋人選びなんですから。さあさあさあ、園崎魅音か、竜宮レナさんか、どちらですか!!」
「分かった、ちょっと待ってくれ、今考えるから」
圭一は腕を組んで真剣に考える。途中でチラリと魅音とレナを見るが、どちらも顔を赤らめ、緊張した面持ちで圭一の事を見つめていた。
そうして、緊張した時間が流れる中、ついに圭一は口を開く。
「俺が恋人にしたいのは、魅音かも知れない・・」
「圭ちゃん」
魅音はパッと顔が輝く。
「俺、レナの事も好きだけどさ、でも、レナの事は俺専属のメイドにしたいって思っちまったんだ。朝はおはようから、夜はおやすみまで、ずっと俺の世話をしてくれる俺専属メイド。でもそれってさ、もしかしたら俺はレナの事、潜在的に軽く見ているのかも知れないって思ったんだ。それに、恋人同士ってのはお互いを高め合うような関係のハズだろ。だったら、それは魅音なんじゃないかって思ったんだ」
すると、「ちょっと待った~!」と叫びながら、ガラガラと物凄い勢いで教室の扉が開かれ、入江が教室に入って来た。
「今の発言、ちょっと聞き捨てなりませんねえ、前原さん」
「監督、一体どうしてここに?」
入江診療所の院長である入江京介は、地元の少年野球チーム『雛見沢ファイターズ』の監督も務めており、雛見沢分校の生徒からは親しみを込めて『監督』と呼ばれていた。そして、入江は眼鏡の位置を整えながら答えた。
「ふっ、沙都子ちゃんある所に入江ありです。まあ、保健関係の器具や薬品のチェックにたまたま寄っただけという説もあるんですが、それはどうでもいい事です。それより前原さん、あなたの発言に2点、反論があります!」
「え、2点も!?」
「ええ、まずは1点、恋人は互いに高め合う関係であるという点についてです」
「その発言に何か問題がありましたか?」
「大ありです。はっきり言って、互いに高め合う関係なんて、恋人である必要はありません。友人だって、同級生だって、あるいは宿敵同士だっていいじゃありませんか」
「確かに」
「むしろ、誰に対してもそんな関係でいては疲れてしまう。ならば、恋人といる間くらいは、そういう小難しい事は考えず、癒しのひと時を共に過ごせる関係こそが望ましいのではないでしょうか?」
「なるほど、恋人と過ごすひと時は、普段の疲れを癒す時間か。一理あるかもな」
「続けて2点目。レナさんを自分専属のメイドさんにしたい、それはレナさんを潜在的に軽く見ていると言った点についてです」
そう言いながら、入江は沙都子の方をチラリと見る。
「私は、沙都子ちゃんを真剣に愛しています。将来は求婚し、私専属のメイドさんになって欲しいとさえ思っています」
「ちょっ、監督、いきなり何を言い出すんですの。そんな変態趣味、付き合ってられませんわ」
沙都子は心底嫌悪する表情を見せるが、入江はそれを何ともない風に小さく笑って受け流す。
「ですが、私は沙都子ちゃんを心から尊敬しています。過酷な環境に耐え、梨花ちゃんと強く生きている。その姿に私は心を打たれています。つまり、メイドにしたいという欲求は単なる性癖であって、相手を軽んじている事と何ら因果関係はありません!」
「そ、そうか、俺はレナを軽んじてはいなかったんだ!」
「それどころか、自分の性癖を大っぴろげに打ち明けられるレナさんの方をこそ、前原さんが真に好きな方なのではありませんか?」
「そうか、俺専属のメイドにしたいという欲求を素直にぶつけられる相手、それは魅音ではなくレナだ。実は俺はレナの方が好きだったのか・・」
圭一はすっかり入江の意見に納得してしまった。それに対し、魅音はちょっと泣きそうな表情を浮かべている。それを見て詩音は小さく溜息を吐いた。
(全く、泣く子も黙る天下御免の園崎家の次期頭首、園崎魅音も、圭ちゃんの事となると本当にポンコツに成り下がりますねえ。仕方ない、ここは私が助け舟を出すとしますか)
「監督、異議ありでーす」
詩音は手を挙げながら言った。
「性癖をおおっぴろげに打ち明けられる相手こそ恋人に相応しいと言いますが、本当にそうでしょうか? むしろ、そういう関係って、とっても脆いように思うのですが?」
「そうですかねえ?」
「はい。そういう関係って順調な時は良いですが、逆境に陥った時、それを乗り越える力はない。はっきり言って、惚れた腫れたっていうのは、ただの一時の感情じゃないですか? 気まぐれで風向きが変わるし、飽きた・飽きないで簡単に風化する」
そこまで言ってから詩音は沙都子の方を一瞥する。
「例えば、沙都子の母親は欲望のままに簡単に男を乗り替え、そのたびに悟史くんと沙都子は大変辛い目にあってきました。はっきり言って、性癖でパートナーを選ぶのなら恋人じゃなく遊び相手までにしてもらいたいです。本当に大切なのは相手との信頼関係。対等で節度を持って付き合える方ではありませんか?」
「はあ、おっしゃる通りです。言葉もありません・・」
入江はしゅんと肩を落とす。圭一もそれにつられてか、表情が少し沈んでいるように見えた。
「でもまあ監督、そんなに落ち込まないでください。今言ったことはあくまでも一般論としての話です。私、監督の沙都子に対する誠実な姿勢を知っていますから。むしろ尊敬しちゃいますよ。医師と患者、あるいは大人と子どもという立場なのに、そんな上下関係、微塵も感じません。沙都子とは本当に対等に接してくれてますよね」
「もちろんですよ詩音さん。沙都子ちゃんには、私なりに誠意をもって接しているつもりです!」
「仮に監督が将来沙都子に求婚する事になったら、その時には沙都子の義姉として、沙都子との結婚を認めてあげますよ。監督なら大事な沙都子を任せられるかな」
「おお、本当ですか詩音さん!!」
「ですから、そういう話はわたくし抜きで勝手に進めないでくださいませ!」
沙都子は小さく溜息を吐いた。
論破された事も忘れて笑顔でいる入江の横で、圭一はまだ表情が冴えなかった。その沈んでいる圭一の表情を見ながら詩音はある直感があった。
(どうやら圭ちゃん、本当にお姉とレナさん、どちらも好きじゃないのかも知れないですね・・)
圭一は口達者なため、部活動メンバーからは『口先の魔術師』と呼ばれている。論戦では負け知らずで、例えば雛見沢ファイターズVS興宮タイタンズの試合では、興宮タイタンズの助っ人として現れた甲子園投手である亀田幸一の人間性を丸裸にし、わざと負けるよう八百長試合を仕掛ける事に成功した。
また、雛見沢の人間なら誰もが恐れる園崎家頭首、園崎お魎と真っ向から渡り合ったり、圭一の舌戦はいつだって不可能を可能にしてきた。
圭一に舌戦で勝てる相手など、部活動メンバーはもちろん、日本全国を探したってそうそう見つからない。
仮に魅音かレナか、もし圭一に本当に意中の相手がいた場合、この程度の理論では全く屈服しないだろう。しかしながら、それがない。入江や詩音の言うがままになっている事に、詩音は違和感を抱いた。だがそれは好機、圭一の気持ちが固まる前に決着をつけてしまおうと詩音が言った。
「では、お互いを高め合えるような、強い信頼関係で結ばれてるお姉が圭ちゃんの恋人という事でよろしいでしょうか?」
すると入江が言った。
「ちょっと待ってください。まだ梨花ちゃんや沙都子ちゃんの意見がないようです。せっかく部活動という
入江に悪意はない。単純にみんなの意見を聞きたいと思ったのだろう。しかし、さっさと話しを進めてしまいたい詩音にはちょっと面倒くさく感じた。しかし、入江の意見にも一理ある。無視するわけにもいかなかった。
「そうですね。それではまず梨花ちゃま、圭ちゃんの恋人候補について何か意見はありますか?」
「みー、魅ぃもレナも、どちらも良い子良い子なのです。どちらと付き合っても圭一はきっと幸せになれると思いますのです」
「なるほど、梨花ちゃまは中立という事ですね。それでは沙都子はどうですか?」
すると沙都子は慌ててしまう。元々は自分が言い出しっぺだったが、そもそも深い意味もなかったし、こんな大ごとになるとも思っていなかった。そのため、沙都子もどちらが良いかなど、特に意見は持っていなかった。しかし、何かを言わなければならない。沙都子はとにかくとっさに頭に思い浮かんだ事を言い出した。
しかし、次の何気ない提案がここまでの流れを大きく変える事になる。
「ええと、そうですわねえ。それでは、もし圭一さんが魅音さんかレナさん、どちらかとお付き合いをしたら、何かやりたい事ってございませんの?」
「何かやりたい事? そうだなあ・・」
圭一は腕組をしてちょっと考えてから答えた。
「それじゃ、旅行とかどうだろう。どうせなら普段滅多に行けないような遠くに行くのもいいな。そうだ、憧れのハワイとか言うしさ、ハワイ旅行とかどうだ」
「まあ、ハワイ旅行ですか。まるで新婚旅行みたいですわね。それでは、それに対して魅音さんはどうですか?」
「私は、圭ちゃんと一緒ならどこでもいいかな。二人一緒ならどこで何したって、きっと楽しいもん」
「へえ、それは意外ですわね。もっと魅音さんが尻に敷いて圭一さんをリードするものかと思いましたが、案外尽くすタイプですのね」
「別に、そういう訳じゃないよ」
魅音は照れながら答える。
「それでは、レナさんはいかがですか?」
沙都子がレナの表情を伺うと、レナの表情は先ほどまでの柔らかな雰囲気はなくなっており、非常に強張った表情をしていた。その瞳は生気を失い、どんよりと濁っているかのような印象を受けた。
「あの、レナさん?」
「レナ、どこにも行かない」
「あら、ハワイは気に入りませんでしたか?」
「ううん、ハワイは関係ない。レナ、旅行なんて行かないよ」
「レナさんは旅行はお嫌いでしたか?」
「好きとか嫌いとか関係ない。私はオヤシロ様を裏切れない」
「オヤシロ様を、裏切る?」
沙都子はきょとんと首を傾げる。レナの言っている意味が分からなかった。
「レナは一度雛見沢を捨ててしまった。その時、オヤシロ様に祟られた。でも、雛見沢に帰ってきたから許された。でももし、今度雛見沢を捨てたら、今度こそオヤシロ様は許してくれない。今度こそレナはオヤシロ様に祟られて死んでしまうんだ」
すると圭一が言った。
「裏切るだなんて大袈裟だなあ。ただ、ほんの数日間遊びに行くだけじゃないかよ」
「ううん、駄目。レナは一度オヤシロ様を裏切った。今はただの執行猶予中の身。だからほんの少しだって許されない。だからレナはどこにも行かない」
「そ、そうか・・」
レナの雰囲気が明らかに変わった事に気付き、梨花は入江の白衣の裾をクイクイと軽く引っ張った。
「どうしましたか、梨花ちゃん?」
入江は身体を屈め、梨花に顔を近づけて言った。それに対し、梨花は他の誰にも聞こえないように入江の耳に手を当てて小さく言った。
「入江、レナが雛見沢症候群を急性発症したのです。このままだと大ごとになるのです」
すると今度は入江が梨花に向かって小さい声で耳打ちした。
「そうですねえ。何とかレナさんの気持ちを鎮めるか、あるいは治療薬を投与するしかありませんね」
「一応、沙都子の緊急時の保険として、いつもの注射を持っているのです」
「そうですか。それじゃ、それをお貸しいただけますか? そうすれば一発で解決です」
「分かりましたなのです」
梨花は机の横に引っかけておいたランドセルの中から、注射器の入ったケースを取り出すと、それを入江に渡した。
「あの、レナさん。少し気持ちが高まっているみたいですねえ。実は私、とっても気持ちが落ち着く薬を持っています。この注射をすればすぐ落ち着くんですが、注射させてもらってよろしいですか?」
すると、レナの表情がますます険しくなっていく。
「嘘だ!!」
「えっ!?」
「嘘だ! 嘘だ! レナ知ってるよ。レナがいつも苦しくなると、みんなレナを病人扱いする。でもね、病気じゃないんだよ、オヤシロ様の祟りなんだよ。そんな注射ごときで収まるハズがないよ」
「いえ、しかし・・」
「前の学校にいた時、何度も怪しい薬を飲まされた。でも全然効かなかった。なのに、雛見沢に帰ってきた途端、何も薬を飲んでないのにオヤシロ様の祟りはすっかり消えてしまった。オヤシロ様が許してくれたんだ。だから、薬なんていらないよ」
これ以上注射器を見せてレナを刺激したら雛見沢症候群は余計に悪化をする。さすがにこの状況で無理やりの注射はできない。入江は注射をするのを諦め、何とか気持ちをなだめる事に専念する事にした。そのタイミングで魅音が咄嗟に機転を利かせて言った。
「ああそうだ、レナ。二人だけの旅行じゃなくてさ、部活メンバー全員でハワイに行こうよ。ハワイでの特別合宿」
「だから、レナはどこにも行かないって言ったよね、よね!」
「いいのぉ、勿体ないなあ。ハワイの白い砂浜を、圭ちゃんや梨花ちゃん、沙都子に恥ずかしい恰好をさせて練り歩くの、きっと楽しいと思うけどなあ。レナはお留守番かあ」
すると、レナの淀んだ瞳に一筋の光が灯る。
「圭一くんと、梨花ちゃんや沙都子ちゃんの恥ずかしい恰好・・」
「そう、罰ゲームに恥ずかしい恰好をさせてさ。スク水をアレンジしてエンジェルモートの制服に見立ててさ、それをみんなに着せるの。絶対可愛いと思うんだけどなあ」
すると、ついにレナの瞳に完全に生気が戻った。
「はぅ~、恥ずかしい恰好の圭一くん、梨花ちゃん、沙都子ちゃん、かぁいいよぉ、お~持ち帰り~ww」
この反応に梨花は驚いた。言葉一つで雛見沢症候群の発症を完全に抑え込んだのだ。ここしかないと、梨花も便乗する。
「そうはいきませんのです。ボクがレナを返り討ちにして、逆にレナに恥ずかしい恰好をさせてリードで繋いでお散歩させるのですよ」
「ふふっ、負けないよ梨花ちゃん。あ、でも、やっぱオヤシロ様の祟りが怖いかな、かなぁ・・」
「大丈夫なのです。ボクはオヤシロ様と仲よしこよしなのですから、レナの事を祟らないようにオヤシロ様にお願いしてあげますのですよ、にぱーw」
もうすっかりいつものレナに戻っていた。
雛見沢症候群の事は、この中では梨花と入江しか知らない。しかし、これ以上レナを刺激する事は危険であると誰もが直感し、この話題はそのまま自然と流れる事になった。
しかし、本人たちの知らない所で、この話題は町内会に知れ渡る事になり、更なる発展をしていく事になるのだった。
続く。