お湯を注いで3分間経つと
美味しいラーメンになる食品があると
カップラーメン(あるいはチキンラーメン)!
誰かが言った。
練れば練るほど色が変わり
トッピングを付けて食べると
魔女が「美味い!」と言ってしまうお菓子があると
ねるねるねるね!
世はグルメ時代。
未知なる味を求めて、探求する
人間界のとある地方、ランドソル。ランドソルにはとても人気の定食屋、コカトリス亭があった。
ぺコリーヌは本来はこの国のお姫様であったが諸事情があり、今はグルメギルド美食殿で活動をしている。そして、しばしばギルドの活動資金を補うためにコカトリス亭でウエイトレスとして働いているのであった。
ランチタイムの真っ最中、客が賑わっている中に二人の客がやって来た。
一人は青髪の大男、筋骨隆々で左目の横には大きな爪で抉られたような傷跡があった。もう一人は、その男とは対照的であり、小柄で華奢で、髪は角刈りで清潔感が感じられた。
ぺコリーヌはすぐに二人に気付くと、空いたテーブルの皿を片付けながら言った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人だ」
「はい、こちらのテーブルにどうぞ」
今片付けたばかりのテーブルを拭きながら応え、そのまま振り向いて二人の姿を確認する。そして、二人を見てぺコリーヌは一瞬固まった。
「あれ、もしやお客様、トリコさんではありませんか!?」
「ああそうだ。この店が美味いと聞いて食いに来たんだ」
トリコは美食四天王の一人で、多くの新種の食材の開拓や、人間界を襲っていた猛獣を倒したりして、美食界、大食界では超有名人であった。むしろ、トリコを知らない者はその筋ではモグリと言ってもいいだろう。そんな訳で、美食家であり大食家のぺコリーヌがトリコの事を知らないハズがなかった。
「まさか本物のトリコさんに会えるなんてヤバいですね! って事は、もしや、お連れの方は、トリコさんの
「えっ、僕の事まで知ってるんですか?」
「当たり前じゃないですか! 美食四天王のトリコさんの
この世界では、各地から食材を集める美食屋と、それを調理する料理人が
「挨拶はいいからさ、とりあえず注文だ。この店の全メニュー、5品ずつだ」
「あら、たった5品ずつでいいんですか? 大食家で知られるトリコさんにしては小食ですね」
「何寝ぼけた事言ってるんだよ、こいつはほんの前座だ。知ってるんだぜ、あるんだろ、裏メニュー。そいつが本命だ」
「ああ、なるほど、承知しましたー!」
全メニューを5品ずつ、普通の人間だったら何日分の食事量であろうか。それを小食というぺコリーヌの基準もおかしかったが、どうやらトリコとぺコリーヌの間ではかなり近い感覚だったようだ。特にツッコミが入れられる事なく、普通に会話が成立する。
ガンガンと山のように運ばれてくる料理を、トリコと小松はあっという間に平らげていく。特にトリコの食べる速度は半端なく、一皿3口程度で食べつくしてしまう。その凄まじい勢いに、他の客は思わず食べる手を止めてトリコ達が食べる姿に見入ってしまう。
「それにしてもおかしいわ。明らかに物理法則を無視してるじゃない。どう見ても胃袋の容量よりもたくさんの量を食べているわ」
そう言ったのはキャルだった。キャルはぺコリーヌと同じ美食ギルド、美食殿のギルドメンバーだが、特に理由はなかったが、何となくぺコリーヌが働いている様子を見に来て、たまたまトリコ達の大食い現場を目撃したのだった。
「ああ、それか。別にただ
「えっ、
キャルは別に明確な解答が欲しかった訳ではない。ただ、あまりにも非常識な量を食べる姿に、つい野次ってみたかっただけであった。なので、いきなりの答えに思わず面食らってしまった。
「食に没頭していると書いて食没だな。こいつは
「えっと、食義? 食没? 食林…、何だっけ?」
矢継ぎ早に聞きなれない単語が出てきてキャルの頭はますます混乱する。そこにぺコリーヌが瞳を輝かせながら言った。
「つまり、食林寺で修行をすれば、今まで以上に美味しい物をもっとたくさん食べられるようになるって事ですね!」
どうやら大食家同士、ぺコリーヌにはトリコの言葉がスッと入って来たようだ。簡単に会話が成立する。
「そういう事だ。何だったら俺は食林寺の師範と知り合いだ。今度話をつけといてやるよ」
「それはヤバいですね! 是非お願いします!!」
そうこう言っている内に、ついにトリコ達のテーブルにコカトリス亭の裏メニューが運ばれてくる。
「それではお待たせいたしました。当店の裏メニュー、昆虫料理のフルコースです!」
そこにはカブトムシや、ダンゴムシや芋虫などのような形状の様々な昆虫が煮たり焼かれたりと、様々な料理となって出て来た。それを見てキャルは青ざめてしまう。
「まったく、相変わらずいつ見ても不気味だわ。ますます食欲がなくなっちゃうわね」
だがしかし、キャルと対照的にトリコと小松は目を輝かせて料理を見つめていた。
「すげえ、こいつは美味そうだぜ!」
「この食材、僕も見た事ありませんよ。一体どんな味がするんだろう」
そうしてトリコと小松はテーブルいっぱいに置かれた昆虫料理に手をかけ始めた。
「おおお、こいつはうめえぞ!」
「これジャガ芋虫ですね。丁寧に下処理してるから特有の生臭さを感じない。すごく美味しいです!」
そうして二人が料理のほとんどを平らげた頃、ぺコリーヌが追加の皿を持ってきた。
「それでは、こちらが当店のメインディッシュ。ビービーダンゴムシのムニエルです。とっても絶品ですよー!」
「ビービーダンゴムシだと?」
ここまで物凄い勢いで料理を平らげていたトリコの手が止まった。
「どうしたんです、トリコさん?」
「ああ、いや、以前随分とお世話になった食材でな」
「そうなんですか?」
「そう言や、ちょうど小松が鉄平に心臓を握りつぶされて死にかけていた時だ。俺達は
「へえ、そうだったんですね」
「こいつは回せば回すほど旨味が増す特殊調理食材でな。あまりの美味さにゼブラがフルコースに入れたくらいなんだぜ」
「へえ、ゼブラさんのフルコースに選ばれるなんてすごい食材なんですね」
「ただまあ、あの頃は朝から晩までずっとこいつを回していた。秒速100回転としても、恐らく1000万回は回してたんじゃないかな」
「1000万回!?」
「まあ、あんな芸当ができるのは俺達四天王だけだろうな。その味を知ってると、申し訳ねえが、ここのビービーダンゴムシはその味には劣るだろうな」
そう言いながら、トリコは手のひらサイズの巨大なダンゴムシをナイフとフォークで切り分け、中の身を食べる。すると、トリコは驚いた表情を浮かべたまましばらく固まってしまう。
「あの、トリコさんどうしました?」
「う、美味い。信じられねえ、あの時食ったビービーダンゴムシよりもずっと美味え。どういう事だ、こいつは何回転ぐらい回してるんだ!?」
トリコは信じられないと言った表情のまま、ぺコリーヌの方を見つめる。
「お口に合って良かったです。これはそうですねえ、大体1万回転くらいでしょうか」
「馬鹿な、そんなハズは。たったそれだけの回転で、どうしてこんなに美味くなるんだ!?」
「えっと、コツがあるんですよ。確かに一般的にはビービーダンゴムシは回転させれば回転させるほど美味しくなると言われていますが、実は一定方向に全くブレなく回転させると、細胞繊維が整って、旨味成分がすぐに浸透するんですよ」
「なるほど、確かに食べた時の舌触りが滑らかだった。それだけでもワンランク上の味だぜ」
「えへへ、実はビービーダンゴムシの下拵えは私がやってるんですが、回転の軸を一定にする事でビービーダンゴムシがますます美味しくなるのを偶然発見したんですよ」
「そいつは大したもんだ。いや、感服したよ」
「ありがとうございます」
すると、小松がぺコリーヌに言った。
「あの、すいません。この料理、僕に教えてもらえませんか? これ、僕も調理してみたいです」
「別に構いませんが、とっても難しいですよ」
「大丈夫です。頑張ります!」
「では、私ももう少ししたらお昼休みに入りますので、そしたら店の裏手に来てください」
「分かりました!」
約束だけ取り付けると、ぺコリーヌは他のテーブルの給仕に向かった。そうして再びトリコと小松が二人になる。
「どうしたんだよ小松、急にビービーダンゴムシの調理がしたいなんてよ」
「いや、これ、ゼブラさんに食べさせてあげたいなと思いまして」
「ゼブラに?」
「はい。だってゼブラさん、ビービーダンゴムシを自分のフルコースに入れてるのに、この味を知らないなんて、何だか淋しいじゃないですか」
「んん、まあ、そうだな」
「だから、僕がゼブラさんに作って食べさせてあげたいんです!」
そうして、裏メニューも完食し、客足も落ち着いてきた頃。トリコと小松はコカトリス亭の裏手にやって来た。そして、勝手口のドアをノックし、店の厨房を覗いてみる。
すると、ちょうどぺコリーヌも賄い食を平らげた所だった。ぺコリーヌはすぐに二人に気付き、勝手口までやって来る。
「ああ、いらっしゃいましたね。それでは、ビービーダンゴムシを回してみますか」
そうして店の裏のいくつかの食材を生きたまま保存してある柵の所へ行き、10匹ほどのビービーダンゴムシを持ってきた。
「トリコさんはご存じですよね。これはグルメ界に生息する激レア食材で、捕獲レベルはなんと1750もあるんですよ」
「ええっ、そんなに捕獲レベルが高いんですか!?」
「はい、ビービーダンゴムシはとっても臆病で扱いを一歩間違えるとあっという間に逃げ出しちゃうんですよ」
ちなみに捕獲レベルとは、食材確保の難易度を表し、捕獲レベル1が猟銃を持った狩人10人がやっと確保できる程度の難易度を指す。
獰猛な猛獣ほど捕獲レベルが高くなる傾向があるが、それ以外でも希少性や調理の難度なども捕獲レベルに影響する事がある。
ビービーダンゴムシの調理難度は極めて高く、回転させる際に、風に舞うほど軽くなったり、持ちあげられないくらい重くなったり、ものすごい速度で転がったり、止まったり、臭くなったりする。また、0.1秒以内に手を離さないと手が溶ける毒を発することもある、超危険な特殊調理食材なのである。
そんな訳でビービーダンゴムシの下拵え中に命を落としたり、手を溶かしてしまい二度と包丁を握れなくなった料理人の例は枚挙に暇がない。
「では、これを一定方向にひたすら回転させます」
そう言うと、ぺコリーヌは10個のビービーダンゴムシをお手玉のように軽く放り投げ、回転させ始めた。トリコが以前回した時は、縦横斜め関係なく、無軌道な軸で回転させていたが、ぺコリーヌは全てのビービーダンゴムシを高さまで含めて均一に上げて回している。
「これをおおよそ2時間から3時間ほど続けます。そうすると美味しく調理できるようになるんですよ」
『ビービービービー…』と小刻みに震えながら抵抗するビービーダンゴムシを、ぺコリーヌは楽しそうに空中で完璧に制御している。
「ほらほら、いい子に回ってくださいねー☆」
(おいおい、こいつサラッと言ってやがるが、その指先の繊細さは…。一歩間違えれば手が溶ける猛獣を、まるで子猫でも愛でるかのように扱ってやがる。どうしてこんな逸材が世界のグルメランキングにも載らず、こんな地方の定食屋で収まってるんだ…)
驚愕の表情を浮かべるトリコに気付き、ぺコリーヌはビービーダンゴムシを回しながら言った。
「どうしましたかトリコさん?」
「いや、どうしてお前みてえなすげえ技術を持っているヤツがこんな地方の定食屋で、しかもウエイトレスとして働いているのかと思ってな。お前が中央で店を出せば世界中から客が殺到する。このグルメ時代じゃ富も名声も思いのままだぜ」
するとぺコリーヌはちょっと照れながら言った。
「別に私はそういうのが欲しい訳じゃないんです。これは単に、食欲ですかね。私、美味しいものを食べるのが大好きなだけなんです」
「なるほど食欲か。無欲なんだか、貪欲なんだか」
そう言いながらトリコは大きく笑った。
そしてぺコリーヌは一旦放るのを止め、小松にビービーダンゴムシを一つ渡す。サイズは手のひらサイズ、お手玉のように回すにはちょうど良いサイズ感だった。
「これが、ビービーダンゴムシですか」
「ただし、回すときには気を付けてください。ビービーダンゴムシは抵抗しようと、急に重量を変えたり重心を変えたり、あるいは臭くなったり毒を出したりします」
「え、臭くなったり、毒まで出すんですか?」
「はい、その場合は0.1秒以内に手を離さないと手が溶けてしまうので注意です」
「ええっ、そんな物騒な食材だったんですか!?」
「ヤバいですよね!」
そうして小松は恐る恐るビービーダンゴムシを上に放ってみる。そして、それをそのままキャッチしようとすると、突然飛んだ角度が不自然に曲がり、そのまま地面に落下する。
「ああ、失敗した」
「ちなみにコカトリス亭でこれを出来るのは私だけなんですよ。中には何年も練習しても一つも回せない人もいます」
「ええ、一つも回せないんですか」
「はい」
するとトリコも過去の経験を小松に伝える。
「ちなみに俺達四天王でも、訓練初日は1つも回せなかったぜ。まあ、最終的には片手で50個くらい回せるようになったけどな。しかし、その時はまだ回転の軸の向きは全然考慮してなかった。同一方向に回し続ける集中力と、作業の繊細さはその時の比じゃないだろうな」
それを聞いて小松は青ざめてしまう。
「やっぱ、僕なんかじゃビービーダンゴムシの調理は無理なのかも…」
「何言ってるんだよ小松、思い立ったが吉日、その日以降は全部凶日だぜ。せっかくやるって決めたんだ。こいつを美味く調理して、ゼブラのヤツをビビらせてやろうぜ」
「はい、頑張ります!」
そうして小松はビービーダンゴムシを投げては落とし、また拾って投げてと練習を繰り返す。最初の3日間は一つも回せなかったが、4日目にようやく一つを均一に回せるようになった。ぺコリーヌも仕事の合間に小松の様子を見に来ては、励ましたり、コツを教えたりをした。そうして1カ月が経つ頃には、ビービーダンゴムシを5個同時に回せるようになった。
小松はぺコリーヌにお礼を言い、自分の職場である『ホテルグルメ』に帰還する。そして、帰るとすぐにゼブラに招待状を送った。そして、小松はさらにビービーダンゴムシを回す練習を続け、そしていよいよ招待日の当日を迎えた。
その日のホテルグルメの客は四天王のトリコとゼブラだけである。小松は二人のために完全に貸し切りにした。
経営者からすると、二人のためだけに貸し切りにするなど経営的には赤字になりそうであるが、そうではない。グルメ界において四天王の存在は絶対的で、トリコとゼブラが食べに来たとなればこれ以上の店の宣伝はない。小松は以前から店を抜け出してトリコと活動する事が多かったが、小松の場合はもはや在籍しているだけで店に箔がつくため、かなり自由な活動を許されているのだった。
「それにしても小僧の方から俺を呼び出すとはな。こいつはチョーシに乗ってやがるな」
「フッ、まあ楽しみにしておくといいぜ。きっとお前の度肝を抜く皿が来るぞ」
「まあ、そうでなければ困るがな」
そうしてトリコとゼブラのテーブルに料理が並べられた。二人は片っ端からそれを平らげていく。そして、いよいよメインディッシュとしてビービーダンゴムシの料理の順番になった。ここまでは給仕係が料理を運んでいたが、この料理は小松が直々に料理を持ってきた。
「お待たせしました。ビービーダンゴムシのムニエルです」
「ほう、ビービーダンゴムシだと?」
「はい、ゼブラさんのフルコースですよね」
「ああ、俺はサラダにしているが、こいつをあえてメインディッシュにするとは、てめえチョーシに乗ってやがるな」
「えへへ、自信作です。是非食べてみてください」
「ふん、まあ、食ってやろう」
ゼブラはビービーダンゴムシをフォークで刺して、丸ごと口の中に放り込んだ。そして数回咀嚼し、動きが止まる。
その様子を見ていたトリコは「オレもあの時あんな風だったのかな」と心の中で思い、軽く笑みを浮かべた。
「何だこりゃ、俺の知っているビービーダンゴムシより美味いぞ」
「そうですか、良かったです。練習した甲斐がありました」
「ほう、あいつを回すところからお前がやったのか」
「はい!」
そして、小松はビービーダンゴムシの回し方を均一軸に回す方法がある事をゼブラに説明した。ビービーダンゴムシを回す難しさはゼブラも骨身に沁みて知っていた。ましてや、それを回転軸を揃えるなど、もはや神技としか言いようがなかった。
「はっ、そんなやり方があったなんてな。大したもんだ。それじゃお代わりをくれ」
すると小松の顔が少し曇った。そして、申し訳なさそうに言った。
「すいません。今日用意できたのはそれだけなんです。僕、まだ5匹までしか同時に回せなくて」
「そうなのか。だったらトリコに手伝わせれば良かったじゃねえか。こいつだったらもっと回せただろ」
「何言ってんだよ。せっかく小松がお前のために練習しようって言ってるんだ、俺が手を出せるハズないだろ」
「そうか…」
小松が自分のためにどれほどの時間と労力を割いたのかを想像すると、ゼブラはそれだけで何だか腹と心が満たされた気がした。
「まあいい、今日の所はこれぐらいにしておいてやろう。では、デザートを頼む」
「何だ、四天王一の食いしん坊がもうご馳走様でいいのか? 他の料理ならまだ出せるぞ」
「抜かせ。今日の所はビービーダンゴムシの美味さに免じてこれで引き下がってやろうってだけだ。だが小僧、次はこの倍は作れ。俺の腹の虫が『もっと寄越せ』とチョーシに乗って喚いてやがるからな!」
「はい、頑張ります!」
そうして、小松は仕事の空き時間を見つけては、ビービーダンゴムシを回す練習を続けるのだった。
おしまい。
本小説は昆虫食を推奨するものではありません。
作品内の昆虫は架空の世界の架空の昆虫であるため、現実のものと栄養価などが違っており、人が食べても問題ないものであります。
実際の昆虫食は、栄養価の問題、毒性の問題などで、突然死した例や生活習慣病などの発生率を高めるリスクがあるため注意が必要です。どうしても昆虫食をしてみたい方は、事前に医師や栄養士などに相談した上で、自己責任で行ってください。