第一章 崩壊の序曲
その日アンパンマンはいつものようにバイキンマンと戦っていた。毎度おなじみの展開、あるいはテンプレのような展開と言い換えてもいいだろう。
序盤はバイキンマンの策略が成功し、アンパンマンの顔が濡れ、本来の力を出せずに劣勢に立たされる。その窮地にジャムおじさんとバタコさんがアンパンマン号で駆け付け、アンパンマンに新しい顔を投げる。そして、新しい顔を得たアンパンマンは「元気100倍、アンパンマン!」と決め台詞を叫んでからバイキンマンを殴りつける。殴られたバイキンマンは「バイバイキン!」と叫びながら遥か彼方まで殴り飛ばされる。
ここまではいつも通りの展開。しかし、いつもと違うのは近場に活火山があった事であった。
殴り飛ばされたバイキンマンは、いつもなら数百メートルほど吹き飛んだ後、地面に叩きつけられる。瀕死の重傷を負うが、それでも持ち前の生命力の高さで何とか回復するのだが、今回は違った。バイキンマンが飛ばされた先が火山の火口だったのだ。
まるでゴルフのホールインワンのようにバイキンマンは火山の火口に飛び込むと、中の溶岩の海に突っ込んでしまう。
「ギャー、熱い、熱い、身体がァ、溶けるゥ、ギャアアアァ…」
そうしてバイキンマンは断末魔の悲鳴を上げながら溶岩の中で身体がすっかり消滅した。
そして、バイキンマンを失ったバイキンマン勢力は、もはやアンパンマンに太刀打ちできるハズもなく、ついにはドキンちゃんも捕らえられ、溶岩の海に沈められる時がきた。
全身をロープでグルグル巻きに縛られ、火口の縁まで連れてこられた。
「食パンマン様、助けて~」
泣き叫ぶドキンちゃんをアンパンマンとカレーパンマンと食パンマンは悲痛な思いで見つめる。
「ごめんよドキンちゃん。僕にもどうする事もできないんだ。だから、せめて最期は僕の手で君を落とすよ。君の命を奪う罪は、僕が一生背負い続ける」
食パンマンは涙を流しながらも自分の任務を全うする。ドキンちゃんを火口に落とすと、その最期を目を逸らさずにじっと見守った。
「ああぁ、食パンマン様、愛して、ます…」
そう言い残し、ドキンちゃんも溶岩の海に溶けていった。
「ドキンちゃん、愛してくれて、ありがとう…」
食パンマンは涙を流しながら空に飛び立つ。その後ホラーマンは身体中粉々に砕かれ、海洋散骨をされる。そしてついにアンパンマンの世界からバイキンマン勢力は完全に壊滅し、ついに真の平和が実現した。
しかも嬉しい事はそれだけではなく、バイキンマンによって悪の心を植え付けられていたロールパンナちゃんは、バイキンマンが消滅した事で悪の心が消え、ついにメロンパンナちゃんの許へ帰る事ができ、姉妹仲良く暮らすことができるようになった。
パン工場では三日三晩祝宴が行われ、この世界に住む誰もが真の平和を喜んだ。
しかしこのバイキンマンの消滅が、この世界の崩壊への序曲である事を知る者は誰もいなかった。
第二章 自作自演
バイキンマンが消滅してから5年が経過したある日、アンパンマンはいつものようにパトロールに出かけようとする。
「ジャムおじさん、パトロールに行ってきます」
「でもアンパンマン、もうバイキンマンもいない事だし、そんな毎日何度もパトロールに行く必要はないんじゃないのかい?」
「いいえ、何があるか分かりません。もしかしたら森で迷子になっている子がいるかも知れないし、誰かがお腹を空かしているかも知れません。だからボクは行くんです」
「そうかい、気を付けて行っておいで」
「はい。それよりもジャムおじさん、ボクの顔はもう1週間も同じままです。顔も湿気ってきて力が出ないし、そろそろ新しい顔を作って欲しいんですが」
「大丈夫だよアンパンマン。バイキンマンがいない訳だし、パトロールくらいなら全力を出せなくても問題ないよ。それに、パンやアンコは少し寝かせて熟成させた方が美味しいんだ。焼きたての頃よりも、今がちょうど食べ頃なんだよ」
「そうですか、分かりました」
アンパンマンには舌がないため味を感じる事はできない。しかし鼻はあるため、香りを嗅ぐことはできる。アンパンマンは焼きたてパンの香りが好きだった。小麦とバターが香ばしく立ち昇る香りを感じる機会が、バイキンマンが消滅して以来どんどんなくなってきている。
バイキンマンが存在した当時は毎日新しい顔を焼いていたが、バイキンマン消滅後は1日おき、2日おきと、徐々に新しい顔を焼く間隔が長くなっている。そしてついに1週間同じ顔のままになってしまった事にアンパンマンは淋しさを感じていた。
そうしてアンパンマンは飛び立ち、森を見回してみるが、特にトラブルのようなものは見当たらない。視界の隅に天丼マンが「テンテンドンドン、テンドンドン♪」と陽気な声で歌っているくらいのものだった。
顔が湿気って力が出ないアンパンマンは、いつもの時間より少し早くパトロールを切り上げてパン工場に戻る。するとジャムおじさんとバタコさんが真剣な表情で話し合っていた。何を話してるんだろう? 気になったアンパンマンは工場の外から二人の会話の様子にソッと聞き耳を立てる。
「えっ、アンパンマンを封印するの!?」
「声が大きいよバタコ。それに封印するだなんて人聞きが悪い。ただほんの少しアンパンマンには休んでもらうだけだよ」
「休んでもらうって?」
「アンパンマンの力が必要になる時がいずれ必ず来る。その時までほんの少し休んでてもらうだけだよ。アンパンマンはずっとバイキンマンと戦い続けてきたんだ。だから今は休息が必要な時なんだよ」
「確かに、そうかもね」
「今は物価高で小麦や小豆の価格も高騰してしまったし、あのサイズのアンパンを作るのは容易じゃないんだ。バイキンマンがいた頃は工場の良い広告塔になってくれてたけど、バイキンマンがいない今となっては広告塔としての価値もなくなってしまった。かと言って食パンマンやカレーパンマンみたいに働くでもない。平和な今になっても毎日パトロールばかりだ。この平和な世界ではアンパンマンの存在意義がなくなってしまったんだよ」
「そうかも知れないわね」
「大丈夫、アンパンマンならきっと分かってくれる。だから、アンパンマンの力が必要になるその時まで、少し休んでもらおう」
「そうね、それがアンパンマンにとっても良いかも知れないわね」
パン工場の外で話を聞いていたアンパンマンは青ざめてしまった。
(どうしよう、このままじゃボクはお払い箱だ。きっと顔を無くしたままの状態で倉庫の隅に片付けられちゃう。このままじゃマズい…)
アンパンマンは再び飛び立ち、何かトラブルがないか必死に探す。するとカバ夫君が泣いているのを発見し、そのすぐ横に降り立った。
「どうしたんだいカバ夫君、何を泣いているんだい?」
「アンパンマン、ボクお腹が空いちゃったんだ~」
「それじゃボクの顔をお食べ」
カバ夫君はアンパンマンに泣きながら訴える。それを聞いてアンパンマンは自分の頭を少し千切ってカバ夫君に渡した。
「ありがとうアンパンマン、それじゃいただきます」
カバ夫君は嬉しそうにアンパンを口に入れると、それをすぐに吐き出した。
「うわっ、酢っぱ、何これ、キミの頭腐ってるよ。それもう食べられないよ」
「えっ、ジャムおじさんが今が食べ頃だって言ってたのに…」
「お腹壊したらどうするんだよ。もっと他に何かないの?」
カバ夫君は空腹もあり、少し怒気を含んでアンパンマンに詰め寄った。その時、アンパンマンの腐った頭は、腐った閃きをもたらした。
(そうだ、バイキンマンがいなくてボクの存在意義が無くなってしまったのなら、第二、第三のバイキンマンを生み出せばいいんだ。そうすればまたボクは必要とされる)
「そうだカバ夫君、お腹が空いていても泣いているばかりじゃ何も解決しない。たとえ誰かから食べ物を与えられても、またいずれお腹がすいちゃうよ。それよりも自分で食べ物を獲得する技術を身につけるんだ。そうすればもう空腹で泣くことはなくなるよ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「さっき、向こうの方で天丼マンが歩いているのを見たよ。彼を襲って食べるんだ」
「うん、分かった」
思考能力の限りなく低いバカ夫、もといカバ夫君は、アンパンマンの言葉をすっかり鵜呑みにし、天丼マンを襲って食べる事にした。
アンパンマンはカバ夫君を背に乗せ、天丼マンの近くまで飛び立った。天丼マンは相変わらず陽気に歌を歌いながら歩いている。
「さあカバ夫君、美味しい天丼を食べられるよ」
カバ夫君は、木の陰から半身だけ出して天丼マンを確認すると、意を決して一目散に駆け出した。
「うおおおお! 天丼食わせろー!!」
「うわっ、何でやんすか!?」
天丼マンが振り返った時にはもう遅かった。カバ夫君は天丼マンの蓋を開け、中の天丼を食べ始める。
「おおお、美味い~ww」
「うわああ、助けて欲しいでやんす~」
そうして、カバ夫君が天丼を半分ほど食べたのを見計らってアンパンマンが飛び出した。
「カバ夫君、天丼マンを無理やり食べるのを止めるんだ!!
そうしてカバ夫君を殴りつける。
アンパンマンの顔は腐った上に少し欠けていたため、大した力は出せなかった。しかし、カバ夫君を殴り倒すには十分なパワーがあった。
「ア、アンパンマン、キミが食べろって言ったんじゃないか…」
「何を言っているんだ。ボクがそんな事を言うハズないだろ」
「裏切ったな、アンパンマン…」
そうしてカバ夫君はその場で意識を失ってしまった。
「やれやれ酷い目にあったでやんす。アンパンマン、助かったでやんす」
「大丈夫ですか天丼マン。それじゃジャムおじさんに頼んで中身の天丼を作ってもらいましょう」
そうしてアンパンマンの自作自演の作戦は成功し、アンパンマンが天丼マンを連れてパン工場に行くと、アンパンマンの存在意義が改めて見直されるようになった。
「バイキンマンがいなくなったとはいえ、人の悪意が完全に無くなった訳じゃないからね。やっぱ治安維持のためにアンパンマンによるパトロールが必要なのかもしれないね」
それ以来ジャムおじさんは、アンパンマン封印を撤回し、また小まめに顔のパンを焼いてくれるようになった。
一方のアンパンマンも、たまに近隣の住民をけしかけてては、小さな悪事を働かせ、それを取り締まっていた。
「猫さん、ウサギさんがキミの事を嫌いだって言ってたよ。許せないよね、少しお仕置きが必要だよ。ボクが手伝ってあげるよ」
「ありがとうアンパンマン」
まさにマッチポンプ。悪事をけしかけては、それを阻止して手柄を立てている。しかし、そんな自作自演がいつまでも通用するハズもなかった。カバ夫君を中心に、アンパンマン被害者の会が作られ、ついにパン工場まで直接抗議にやってきたのだった。
終章 星の力の暴走
カバ夫君を中心に、アンパンマンの被害に遭った人達が集結し、パン工場に押し寄せる。
「一体これは何事だい!?」
ジャムおじさんが驚きながら言った。
「ボク達、アンパンマンに騙されたんだ。アンパンマンに天丼マンを食べるように言われて襲ったら、アンパンマンに殴られたんだ!」
「私も、お友達が悪口を言ったとかそそのかされて、しなくてもいい喧嘩をしちゃったわ!」
「俺だって、ずっと欲しかったオモチャをアンパンマンがくれて喜んでいたら、急に泥棒は許さないとか言って殴り飛ばされたぞ」
群衆は口々にアンパンマンの被害をジャムおじさんに向かって訴える。それを聞いている内にジャムおじさんの目から涙が零れてきた。
「ああ、何という事だ。きっと私のせいだ。アンパンマンを蔑ろにしたせいで、アンパンマンは自分を守るために仕方なくやってしまったんだ」
「どうするのジャムおじさん?」
バタコさんもどうしたら良いか分からず、ただオロオロするばかりだった。
「アンパンマンには謝罪をしてもらおう。そして、顔を外して無期限の封印をしよう。その上で、皆さんには賠償金と慰謝料をお渡しするしかない」
だがしかし、群衆はすでに興奮が頂点に達しており、謝罪や賠償など、すでにどうでもよくなっていた。ただ、やり場のない怒りを吐き出さなければ、もはや止まらない状態だった。
「そんな事はどうだっていい。アンパンマンみたいな害悪は駆逐しないと気が済まないよ!」
カバ夫君がそう言うと、群衆は「そうだ! そうだ!」と口々に言った。
「そうだ、新しいアンパンマンの顔が焼けないよう、焼き窯を壊んだ!」
「壊せ! 壊せ! 焼き窯を壊せ!」
すると入り口に立つジャムおじさんを押し倒して、群衆がパン工場内になだれ込んで来た。そしてパン工場の中央にある焼き窯を見つけると、工場の隅に置かれていたハンマーを持ち出し、パン焼き窯を殴りつける。
「止めてくれ、それだけは止めるんだ!」
「みんな止めて! その焼き窯には星の力が宿っているの!」
ジャムおじさんとバタコさんの悲痛な叫びも、もはや誰の耳にも届かなかった。
「この窯さえ無ければ、もうアンパンマンは終わりだ。そうしたら、ボク達の平穏な日常がまた帰ってくるんだ!」
そうして、すでに半壊状態になった焼き窯に、繰り返しハンマーの強烈な一撃が加えられる。そしてついに、パン焼き窯が大きく砕けた。その瞬間、星の力が激しく暴走し、太陽のような輝きを放ちながら大爆発を起こす。その爆発の威力は凄まじく、まるで小惑星が衝突したかのようであった。
その爆風も凄まじく、大量の粉塵を空気中に巻き上げた。しかもその粉塵は長期に渡って空気中に漂い、完全に太陽の光を遮断してしまった。そのため世界は、昼間なのに完全に闇に包まれ、気温も氷点下となる。もちろん食物は何も育たない。多くの者が飢えと寒さで死んでいった。
そして、わずかに生き残った者も残り少ない食料を奪い合って争いを始める。しかし、そうして生きながらえてももはや時間の問題だった。一人、また一人と力尽きて膝をついていく。
そんな時、誰かが思った。
もしかしたら、バイキンマンが適度に暴れていた頃が、一番世界の調和がとれていたのかも知れない。
闇に閉ざされた世界で雪が止む事なく降り続く。それはかつての美しい白ではなく、爆発の粉塵が大量に混ざった死の色をしていた。しんしんと降り積もる灰色の雪が、わずかに生き残った者の最後の生命の灯火を完全に覆い隠し、平和だった世界は、音もなく永遠の沈黙へと沈んでいく。そうして、世界は静かに終焉を迎えたのだった。
おしまい。