俺は定時で帰るのがモットーの、どこにでもいるような平凡なサラリーマンだ。趣味はアニメ鑑賞。最近、アニメ仲間に勧められて40年前の名作『小公女セーラ』を見た。
大筋としては、あるインドの大富豪の一人娘、セーラ・クルーという10歳の女の子が、ミンチン女学院に住み込みで勉強するために訪英した。そこでは、特別室を与えられるほどの特別待遇で過ごしていたが、11歳の誕生日に父親が破産し、熱病ですでに死んでいた事が発覚する。大富豪の娘から一転、一文無しの孤児になってしまったのだった。
容赦なく襲い掛かる過酷な運命と虐待の嵐。俺は泣いた。
没落しても気高く思いやりがあり、まるで天使のように優しいセーラ。彼女を救いたい。せめて俺がそばにいたら…。そう願いながら眠りについたのだが…。
朝、目が覚めると、そこは湿気た空気の漂う見知らぬ部屋だった。そして目の前には、あの憎たらしいメイド長のモーリーがいる。
ん、
脳裏に画面越しに見たあの過酷な光景が蘇る。誕生日当日に告げられた父親の死。その場で着ていたドレスまで奪われる。屋根裏部屋での飢え、ネズミを友にし眠る毎日。朝から晩まで使用人としてこき使われ、一日の食事抜きなんてザラだ。あんな小さな女の子に、よくもあんな残酷な真似を…。
薄ぼんやりそんな事を考えていると、目の前のモーリーが目を覚ます。
「あんた、もう起きたのかい?」
俺は混乱した。間違いなくメイド長のモーリーだ。何故かモーリーが俺の目の前にいて、起きたての様子で目をこすっている。
「え、まさか、モーリー?」
「何寝ぼけてんのさ、私の顔を忘れちまったのかい?」
一体どういう事だ? 落ち着け、素数を数えて落ち着くんだ。
2、3、5、7、11、13、17、19、23…。
長らく混乱が鎮まらず、131まで数えてようやく落ち着いてきた。
俺は立ち上がり、自分の手を見た。昨夜までより一回り大きく、節くれだった料理人の手だ。
どうやら俺はモーリーの夫であり、悪役料理人のジェームスに転生してしまったようだ。マジかよ、よりによってジェームスかよ。何でこんな中途半端な。どうせならどこかの富豪にでも転生していれば、セーラを養女にもらって一発解決だったものを…。
だが、考えようによっては決して悪くないポジションかも知れない。
ジェームスはセーラと同じ使用人であり、大人の中ではモーリーに並んで最も物理的距離が近い。ジェームスの立場だったら、セーラの事を守ってやれるんじゃないか。
父は調理師、母は管理栄養士。そんな家庭で、俺は「生きることは食べること」だと教わって育った。レトルトさえ許されなかったわが家の食卓は常に愛情と栄養に満ちていた。その知識と技術が、今この瞬間のためにあるのだとしたら。
ミンチン女学院には、生徒13名、ミンチン院長とアメリア先生、それに使用人4名と、計19名が生活している。正直、この程度の人数の調理なら全く問題ない。
よし、やってやろうじゃないか。俺はジェームスとしてセーラを救ってやる覚悟を決めた。
「ああ悪い、ちょっと寝ぼけてたみたいだ。ようやく目が覚めたよ」
「まったく、今日も忙しいんだ。起きたんならさっさと支度しておくれよ」
「ああ、分かってるよモーリー。すぐに取り掛かる」
俺がこの厨房に立つ以上、あの子に二度とひもじい思いはさせない。最高に美味しくて元気が出る料理を。
俺は白衣を正し、厨房へと足を踏み出した。
物語の筋書きは知っている。待ってろよセーラ、待ってろよ世界名作劇場。悲しみと涙の物語を俺が書き換えてやる。悪役料理人、もとい、救済の料理人ジェームスの爆誕だ!
続く☆
2025年は『小公女セーラ』の公開から40周年のようです。
ここでそっと小公女セーラ、40周年記念作品としてアップいたします。