作中、セーラが涙を流すシーンは何度あったか知れない。だが、そのほとんどが声を上げず、必死に悲しみに耐えながらそれでも堪え切れない末の涙だ。
あるいは、ベッキーやピーターなど、心を許せる仲間の前で泣く事はあっても、大人達の前で泣くことはほとんどない。そんなセーラが最も号泣したエピソード、それはフランス語教師のデュファルジュ先生がミンチン女学院を解雇された時だろう。
概要はこうだ。
デュファルジュ先生がラビニア達(いじめっこ3人組)に、家族にフランス語で手紙を出す宿題を出すのだが、ラビニア達はそれをセーラに無理やり押し付けてしまう。
そしてラビニア達はセーラがやった宿題をそのまま提出するのだが、デュファルジュ先生はそれを読んでみろとラビニア達に言った。しかし実際に宿題をやったのはセーラだったので、ラビニア達は読むことができなかった。
自分で書いた手紙を自分で読むことができないなんておかしいと、デュファルジュ先生は宿題をセーラにやらせていた事を見抜いてしまった。
他の生徒達の前で赤っ恥をかかされ、面目が丸つぶれとなったラビニアはミンチン院長に言い、デュファルジュ先生を解雇させてしまった。完全にラビニアの逆恨みである。
解雇されたデュファルジュ先生は祖国のフランスに帰る事にしたのだが、その際のセーラの号泣ぶりは父親が亡くなった時以上のものだった。
デュファルジュ先生は大人の中ではセーラの数少ない理解者であり、知性の拠り所だ。セーラにフランス語の教科書をプレゼントして、どんなに苦しい時にも勉強を続けるようにと励ましてくれていた。そしてデュファルジュ先生の口利きもあり(市長夫人からの提案だったが)、セーラは低学年にフランス語の基礎を教える講師にもなっていた。
デュファルジュ先生が解雇された事を知ったセーラは、先生の自宅まで行き、先生に抱きすがって大声を上げて泣いた。
作中どんなに苦しくても、セーラは涙を流しながらも必死に堪えている。そのセーラがここまで悲しみを露わにし、声を上げて泣くシーンは思い出すだけでも涙が零れそうになる。
更にはセーラが、こんな事になってしまったのは自分のせいではないかと訊ねると、デュファルジュ先生は『最近歳で、ロンドンの冬は寒くて辛く、それで前から帰国しようと考えていた』と答えた。決して帰国の原因をセーラのせいにはせず、最後の最後までセーラを庇った。
改めて言うが、この破滅ルートだけは回避しなければならない。
正確な日時は分からないが、夏休みの直前という事だけは分かっている。というより、ミンチン院長がバケツを被ったエピソードが発生してしまった以上、いつデュファルジュ先生の帰国イベントが発生してもおかしくない。もはや時間の問題だ。
さて、その日の夕食時、業務を終えた俺たちは、いつものように4人揃って夕食を摂る。その食事をしながら俺はセーラに言った。
「ところで昨晩、おかしな夢を見たんだ」
「おかしな夢ですか?」
「それが、妙にリアルな夢でな。実に不思議だったんだよ」
「どんな夢ですか、ジェームスさん」
俺は事のあらましを夢を装ってセーラに伝える事にした。夢とは言え、先々の展開を意識していれば、十分な注意喚起になるのではないかと思ったのだ。俺にできるのはここまで。後はもう、セーラに委ねるしかない。
俺が話し終えると、セーラは目に涙を滲ませていた。
「おいおい、泣くなよセーラ。これはあくまでも夢の話なんだからな」
「ごめんなさいジェームスさん。でも、もし本当にそんな事になってしまったらと想像したら、それだけで胸がいっぱいになってしまって」
セーラは目尻の涙を指で拭い、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。想像しただけでこれだ。これだけは絶対実現させてはならない。
それから数日後、朝起きて厨房に行くと、セーラとベッキーが興奮気味に俺の元に駆け寄ってきた。
「おはようございますジェームスさん」
「おはよう、セーラ、ベッキー」
すると興奮そのままにベッキーが言った。
「ジェームスさん、昨晩すごい事が起こったんですよ!」
「すごい事?」
「ええ、それが昨日、ジェームスさんが言っていた夢の話が本当になったんです!」
「ああ、あの夢の話か」
「はい!」
するとセーラが詳細を付け加えてきた。
「昨日、屋根裏部屋に戻る時にラビニア達に呼び止められたんです。そして、英文で書かれた手紙を渡されて、それをフランス語で書き直すように言われたんです」
ああ間違いない。あのエピソードだ。
「それで断ったのか?」
「はい、必死に断りました」
「そうか、でもラビニア達ゴネただろ?」
「はい、物凄く罵倒されて、突き飛ばされたりもしたけど、でももしこれを受けてしまったらデュファルジュ先生にご迷惑をお掛けしてしまうんじゃないかと思ったら、すごく勇気が出たんです。そして、しばらく耐えていたら院長先生が起きてこられて、それで何とかラビニア達が去ってくれました」
「大変だったな。よく頑張った」
「はい、ジェームスさん」
辛い目に遭ったというのに、セーラとベッキーはデュファルジュ先生を守れた満足感からか、清々しい表情をしている。
それから数日が経ち、いよいよ生徒達は夏休みに入った。しかしデュファルジュ先生は解雇されていない。現時点で解雇されていないのなら大丈夫だろう。どうやら無事に破滅フラグを回避する事ができたようだ。
そうして生徒の夏休み。
使用人の給金を浮かせるため、ベッキーは
セーラとベッキーはいつもより早い朝食を済ませると(作中では休暇扱いとなったベッキーに食事は与えられなかった)、セーラはベッキーとの別れを惜しむように駅まで見送りに出かけた。
そして、ここでアニメとは違う展開を迎える事になった。
ベッキーが帰郷して数日、俺とセーラはミンチン院長に呼び出された。二人で呼び出されるとは珍しい。一体何の用だろうか。
「お呼びですか院長先生」
「セーラ、新学期からあなたには当学院の生徒として復帰してもらいます」
「えっ、本当ですか院長先生!?」
セーラが生徒として復帰? セーラを最も目の敵にしていたあのミンチン院長が一体どういう風の吹き回しだ。少々の事では動じないセーラも、ミンチン院長の予想外の提案に驚きの表情を浮かべている。
「いいですかセーラ、一文無しのあなたに教育を受けさせてやるのは、私の温情だという事をようく心に留めておくように」
「はい、院長先生」
「それとセーラ、あなたが個人的に勉強を教えているアーメンガード、彼女の学力が大幅に向上しているようです。それに親御さんが大変喜ばれて、当学院への援助金を増やしてくれました。ですからセーラ、今後は率先して他の生徒にも勉強を教えてやりなさい」
「はい、院長先生」
「ただし、買い出しには今後も引き続きジェームスに同行するように。最後に、あなたは今後は当学院の生徒として恥ずかしくないように品位ある行動を心がける事、よろしいですね?」
「はい、院長先生」
なるほど、そういう事か。どうやらセーラを使用人として使うより、準スタッフとして他の生徒に勉強を教えたり、買い出しを通して外部で目立たせ、広告塔として使った方が学院にとって利益になると踏んだらしい。つまりは温情どころか、ただの打算の結果だ。だがまあ、それでも生徒として授業を受けさせてもらう方がセーラにとっては幸せだろう。
「それではジェームス。新学期からセーラは生徒として復帰させますが、中の業務は問題ありませんね?」
「はい院長先生。もともとは俺とモーリーとベッキーだけでしたから問題ありません」
「結構です。ではお下がりなさい」
さて、セーラはいよいよ俺の
俺にできる事はもう、ただただセーラを見守る事だけだ。
だが、セーラはいずれ学院を卒業する。まあ、ミンチン院長は卒業後も教師としてただ働きをさせる腹かも知れないが。しかし、これから俺はどうなるのだろう。いずれセーラがいなくなった後も、ミンチン学院で定年まで働き続けるのだろうか。
続く☆
おまけ☆
小公女セーラ、アニメ視聴ガイド。
今回のエピソードは27話『デュファルジュ先生の帰国』がベースとなっております。
お気軽にアニメ視聴ができる環境の方は、見てみると本作もより一層楽しめるかも知れません。
もう一点。おススメの一話。
小公女セーラは全編を通して悲しみと苦難に彩られた作品ですが、作中で唯一と言っても過言ではない、ほのぼのしたコミカル回があります。それは31話『屋根裏にきた怪物』です。
夏休み中に、ミンチン学院の隣の空き家にとある大富豪が引っ越してきました。その大富豪の飼っていたペットの猿が逃げ出したのですが、その猿が屋根を通ってセーラとベッキーのいる屋根裏部屋までやってきます。
普段は達観していてクールなセーラが、この時ばかりは頬を赤く染めてキャーキャーと大騒ぎ。年齢相応の少女らしい反応を見せてくれます。
この時のセーラはメチャメチャ可愛いので、この回だけでも視聴される事をお勧めいたしますw