ご了承いただいた上でお読みください。
ヒンメルの死後29年。
北部高原のとある町に滞在中、シュタルクは誕生日を迎えた。その誕生日の朝、宿で目を覚ましたフェルンはフリーレンに尋ねた。
「フリーレン様、今日はシュタルク様の誕生日ですが、何かプレゼントを贈るんですか?」
「とっておきだよ」
そう言うとフリーレンはトランクケースを開け、中身をあれこれひっくり返しながら一本の薬瓶を取り出した。
「これ、服だけ溶かす薬。男ってのはね、こういうのを渡しておけば喜ぶんだよ、って、先生が言ってた」
するとフェルンは何も言わず無言で薬瓶をフリーレンの手から奪い取る。
「何、フェルンも興味あるの?」
フェルンは薬瓶の栓を開け、そのまま中身をフリーレンの頭から注いだ。フリーレンが言った通り、薬液は衣服だけを溶かしながら滴り落ちていく。そしてあっという間にフリーレンの衣服は全て完全に溶けてしまった。
「この薬、貴重だったのに」
フェルンはフリーレンの裸体を見ながら言った。
「あの、フリーレン様。フリーレン様をお持ち帰りしてもよろしいでしょうか……」
「駄目だよ、そういうのは好きな男の子ができるまでとっておいた方が良いよ」
開けてはいけない扉を開いてしまったフェルンなのでした。
その後、フリーレンは服を着替え直し、薬瓶を確認する。すると薬液はまだ少し残っていた。
「あと1回分くらいは残ってるな。これだけあればいいだろう」
フリーレンはシュタルクを探しに町に出ていった。それからしばらくして、広場のベンチで空を眺めているシュタルクを見つけた。
「シュタルク」
「ん、ああ、フリーレン。なんだよ?」
「今日誕生日でしょ。これ、プレゼント」
「プレゼント? 何かオレにくれるのか」
「そうだよ。これ、服を溶かす薬」
「服を溶かす薬? そんな物一体何に使うんだよ?」
シュタルクは瓶を受け取ると口に手を当てて考える。
「どう、何だったらお姉さん(フリーレン)で試してみる? ああ、お子様はお子様同士、フェルンの方が良かったかな?」
「ん、何か言ったか?」
フリーレンがからかい半分で言った言葉も、シュタルクは考えを巡らせていて聞いてはいなかった。
「ううん、何でもない。使い方はシュタルクに任せるよ。それじゃあね」
そう言ってフリーレンは宿に戻ると、宿の厨房を借りて巨大ハンバーグを作り始める。以前、仲間の戦士アイゼンから、戦士の村は誕生日に巨大ハンバーグを作ると言う習わしがあるというので、そのレシピを教わっていたのだった。
そうして夕食にみんなでハンバーグを食べ終え、いよいよ宿で寝る時になってフリーレンはフェルンに、例の薬をシュタルクにあげた事を打ち明けた。
「ええっ、あの薬、シュタルク様にあげちゃったんですか!?」
「まあ、他にシュタルクにあげられるような物がなかったし、まあいいかと思って」
「まあいいかじゃないですよ。どうしてもう、本当にこの人は・・」
フェルンは呆れながらも半ば諦めて床についた。しかし、もしかしたらシュタルクが来るかも知れないと想像すると、悶々として眠る事ができなかった。床につきながらフェルンは考えた。
(ああ、どうしてこんな事に。しかし、経緯はどうあれ、あれはフリーレン様がシュタルク様に贈った物だ。シュタルク様にはそれを使う正当な権利がある。それを弟子の私が否定しては、それは贈ったフリーレン様の顔にドロを塗る事になってしまう。いや、でもでも男女の関係に師弟関係を持ち出すのもどうなのか。私自身の気持ちはどうだろう。まあ、どちらかと言えばシュタルク様に好印象を抱いているのは確かです。それに彼は普段はどうしようもないヘタレですが、ここ一番では決して逃げ出さない、私とフリーレン様の背中を安心して預ける事ができる。でもそれはあくまでも旅の仲間としての信頼関係であって、男女の仲としてのそれとは、ちょっと違うと思うんですよね。そりゃ、これだけ危険な旅を共にしている訳ですし、あるいは将来的にはそういう関係になる事もやぶさかではないかも知れませんが、少なくとも今ではない。ですが、ふと改めて私の人生を思い返すと、常に私の決心より先にきっかけの方が先にやってきてるんですよね。私が魔術師として一人前になろうと決心したのも、ハイター様の死期が近いのを悟ったからですし、こうしてフリーレン様と旅をする事になったのもハイター様が亡くなったからで、でもその結果、今ではこんな素晴らしい魔術師であるフリーレン様との旅を誇りに思っている私がいる。もはやきっかけと呼ぶほど軽い物ではなく、これは運命、運命ならば受け入れるべきではないだろうか。いや、そもそも私がフリーレン様の裸体に見とれてしまって薬をうっかりと残してしまった。つまり、シュタルク様に薬が渡ってしまったのは私の不手際によるものと言い換えてもいいかも知れない、自分の不始末は自分で責任を取るのが筋ではないだろうか・・)
フェルンはどうして良いか分からず、考えが堂々巡りしてしまう。そうして一睡もできないまま朝を迎えた。
その後も、フェルンは床に就くたびにシュタルクが薬をどうするのか考えてしまい、しばらくの間、眠れない夜が続いた。しかし、いつまで経ってもシュタルクがフェルンの寝室にやって来ることはなかった。そんなある晩、フェルンは思った。
(もしかしたら私とフリーレン様が同じ部屋で寝てるからシュタルク様も訪ねずらいのかも知れない。それならいっそ、次の町では少々出費がかかるが全員個室を借りようか。それにしても、実は私が知らない所ですでに誰かに薬を使ったという事はないでしょうか。何年も一緒に旅をしている私を差し置いて、もし他の女の子に手を出していたら絶対に許せません。もしそんな事があったら本当に軽蔑します。でももし今急にシュタルク様が訪ねてこられたらどうしよう? 戸惑いや恥じらいもありますが、嬉しいという気持ちがない訳でもありません。ですが、薬を使うって何ですか、それって相手の同意を得ていない訳でただのセクハラです。しかもこの服お気に入りだし、旅にそんなにたくさん服も持っていけないから貴重な訳で、溶かしてしまったらもう着れないじゃないですか。それならいっそ薬を使われる前に自分から脱いでしまおうか、いやしかし、そんな事をしたらまるで私の方が求めてるみたいだし、そんなはしたない真似できません。でも無理やりってのも後々の関係が悪化しそうですし、そもそもシュタルク様に一生そんな罪悪感を背負わせてしまうのも本意ではありません。私が自らの意志で服を脱いでも良い、何かちょうど良い落としどころはないものでしょうか。そうだ、シュタルク様がよくやっている土下座で頼み込むのがちょうどいいかも知れません。それなら私も体裁を保ったまま自ら服を脱いでも違和感がないでしょう。ですが、そんな直前でヘタレて土下座をしてくるような人が果たして次の行動に移れるものでしょうか。やっぱりこういう事って、男性にリードしてもらいたいというか…)
翌朝、そんなこんなで相変わらず寝不足が続くフェルンにシュタルクが言った。
「おいフェルン、何か目の下にクマができてるぞ。ちゃんと眠れてるか?」
「ええ、大丈夫です・・」
「そうか? でも全然大丈夫そうに見えないけどなあ」
「大丈夫と言ったら大丈夫です。それよりシュタルク様、つかぬ事をお聞きしますが、以前誕生日にフリーレン様から贈られた服を溶かす薬ってどうしましたか?」
「あああれか、あれはもう使っちゃったぜ」
「ええ、使ったんですか!? 一体誰に!!??」
フェルンは身を乗り出してキっとシュタルクを睨みつける。
「何だよ、何だか顔が怖えぞフェルン」
「そんな事はどうでもいいですから、どう使ったのか早く教えてください!」
「ああ、あれはちょうどいらなくなった古着やボロ布があったから、処分するのに使ったぜ。少しの量で全部溶けちゃってさ、なかなか便利な薬だったな」
「ハァ、古着の処分!?」
「何だよ、悪いかよ」
「そうですか、それは失礼しました」
(こいつ、マジでガキだ・・)
そうしてしばらくフェルンの不機嫌が続いたのでした。
「なあフリーレン、何だか朝からフェルンが俺に冷たいんだよ~」
「フェルンは難しい年頃なんだよ・・」
おしまい☆
【おまけ】
(フリーレン様はさすがに失礼です。シュタルク様が、あんなえっちな薬をもらって喜ぶようなはずが・・・)
そう思いながらフェルンが歩いていると、街の広場のベンチに腰をかけて雲を眺めているシュタルクを見つける。
「シュタルク様、」
フェルンが声を掛けてシュタルクに近づこうとすると、雲を見ていたシュタルクが言った。
「あ、あの雲おっぱいみたいだ」
(えっちだった…)
さらにシュタルクは別の雲を見て言った。
「マジかよ、あっちはウンコだ」
フェルンは思わず反応に困り、物陰に隠れてしまう。
(違う、こいつガキなんだ)
「おおお、あれは
(ガキじゃなかった~(ToT))
ちゃんちゃんw
【制作こぼれ話】(フリーレンに関するプチネタバレあるため閲覧注意)
先日、時系列順に並んでいた短編を、同じ作品ごとにまとめました。こうして振り返ると、2年も前に投稿した作品なんだなあと思いました。てな訳で今回はフリーレンにまつわる思い出話を一つ。
私は【サンデーうぇぶり】というサンデー系列の漫画アプリでフリーレンを読んでいます。フリーレンは連載開始当初から凄まじい人気で、特に1話ごとのコメント欄の熱量と盛り上がりは他の作品の追随を許しません。コミックス2,3巻の時点でいつアニメ化してもおかしくない勢いでした。
さて、サンデーうぇぶりではフリーレンの原作者、山田鐘人先生の別の作品を最終話まで無料で読む事ができます。2作品あって、どちらも面白いですが、特におススメは『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』です。
全人類が絶滅した世界にぼっちの博士が一人生き残り、そこでアンドロイドの少女を造って二人で暮らすドタバタコメディなのですが、その独特の空気感はフリーレンととても似ています。また、ぼっち博士も全人類を滅ぼしたものと同じ不治の病に感染しており、自分の死期が近い事を悟っており、自分の死後ただ一人残されるアンドロイドの少女の行く末を心配しているのですが、永遠を生きなければならないという少女のこの感覚はフリーレンに通じるものがあります。
永遠に近い寿命を持つフリーレンにとって、生きる事は孤独との戦いでもあります。師匠のフランメはフリーレンに『お前が一生かかっても覚えきれないくらい後世に魔法を残してやるよ』と言いました。フリーレンが用途不明の謎の魔法を収集するのも、フランメとの絆を再認識し、離別の寂しさを忘れられる貴重なひと時なのかなって思うと、とても尊く感じられます。
話は脱線してしまいましたが、フリーレンファンなら『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』はきっとハマると思います。もしご覧になって面白かったなと思われたら、是非こちらにもご感想をお寄せください。