都内某ホテルのスイートルーム。重厚な扉の前に、強い使命感をもってキラ捜査に立ち向かう捜査員たちが立っていた。緊張が走る中、扉が静かに開く。
「お入りください」
言われた通りに扉を通り抜けると、およそ世界一の名探偵という言葉からは程遠い姿の男が立っていた。
猫背で、目の下には深い
「
まるでこの世のものとは思えない異質な存在感。死神のような雰囲気に圧倒され、皆が息を飲む。が、すぐに我に返り、捜査員達は警察手帳を取り出して自己紹介を始めた。
「警察庁の夜神です」
「松田です」
「相沢です」
「茂木です」
「宇生田です」
「遅くなって済まない。この5人が現在の…」
しかし、夜神が言い終わらない内に、Lは親指を立て、人差し指を彼らに向けた。
「バン…」
引き金を引き、銃を撃つ仕草。
「なんの真似だ! 我々を馬鹿にしているのか!」
捜査員の一人が声を荒げる。だが、Lは表情一つ変えず、静かに指を下ろした。
「もし私がキラであれば、あなた方は全員死んでますよ。キラが殺人に必要なのは顔と名前。そんな事はもう分かっているハズでしょう? 不用意に名前を出さないでください、命は大切にしましょう」
氷のような一言に、その場の空気が凍り付く。Lの視線は、一行の中にいる年長の男――夜神総一郎に止まった。
「夜神総一郎さん……ひどくお疲れのようですね。ライト事件の捜査状況が思わしくないですからね」
「いえ、それは大した事はないのですが…」
「息子の、夜神
総一郎は身体を震わせ、沈痛な面持ちで俯いた。
夜神家はライト事件以後、世間から心無い誹謗中傷に晒されていた。総一郎にとっては、ライト事件の捜査よりも、家族に向けられた誹謗中傷の方に心を痛めていた。
「心中お察しします。キラが自らを『月』(ライト)と名乗り始めてから、あなたの家庭への誹謗中傷は目を覆いたくなるものだ。特に夜神月君への風当たりは特に強いようですね。偶然とはいえ、同じ漢字、同じ読みを持つ息子さんが好奇の目に晒されるのは耐え難い苦痛でしょう」
Lは無造作に部屋の奥へと歩き出す。
「月と書いてライトと読ませる奇妙な符号の一致。いえ、あなたの息子さんの名前を奇妙と言ってる訳ではありません。ただ、私は日本警察から依頼を受けた際、真っ先に彼を第一容疑者としてマークしました。あまりに出来過ぎた一致だったので、さすがに無視する事はできませんでした」
総一郎の背中に冷たい汗が流れる。
「結論から言いましょう。夜神月君はシロです。それどころか、彼は自分の名を汚した『偽物のライト』を自らの手で捕まえたいと、人一倍の義憤に燃えている。彼は正義感溢れる青年だ」
「本当かL! 私の息子はライト事件とは無関係なのだな!」
総一郎の顔がパッと輝いた。胸の中にあった黒い霧が、Lの言葉で一気に晴れたようだった。
「ではなぜ私が彼を無実と断定したか、順を追って説明しましょう。こちらへどうぞ」
案内されたリビングルームは、およそ人が生活しているとは思えない異様な光景だった。壁一面に埋め尽くされた無数のモニター。中央の長机を囲むように並んだソファに、捜査員たちは腰を下ろした。
Lはいつの間にかソファの上で膝を抱える独特のスタイルで座り、手近な皿に盛られたマカロンを無造作に口に運んでいる。
「さて、キラの殺しには重篤な犯罪者が優先されるという以外にも、いくつかの顕著な特徴があります。…一つ。難しい漢字、言い換えるなら画数の多い犯人は致死率が著しく下がる傾向がある」
Lが指し示すモニターに死亡者と、名前の画数を表す統計グラフが表示されている。すると、確かに画数が増えるに従って致死率が著しく低下していた。
「二つ。罪の重さに関わらず、ワイドショーなどでショッキングな演出と共に報道された者は優先的に殺されている。中にはただの万引きで殺されたケースもあります。恐らくは内容を深く考えず、直感とイメージで裁きの対象を選んでいると思われます」
「確かに中には軽犯罪で殺されている者もいる。だが、そのランダム性が犯罪の抑止力に繋がっているという声も出ているな」
「抑止力と言えば聞こえは良いですが、誰がいつ死ぬかも分からない恐怖社会に繋がっているとも言えます。実際、キラが社会に出てから、自殺率が増加しているという統計もあります」
「多かれ少なかれ、誰でも後ろめたい事の一つや二つはありますからね」
「心当たりのある者にとっては、いつキラに殺されるかも分からないという恐怖に日常的に晒されるのは、もはや地獄でしょうね」
Lは紅茶に角砂糖をドボドボと放り込み、ティースプーンでかき混ぜる。
「そして三つ。キラの活動時間は平日の午後四時から六時、および夜の八時から十時に集中しています。それに対し土日祝日は午前中から広範囲に渡って活動しています。……ここから導き出される犯人像はこうです」
Lは甘ったるい紅茶を一啜りし、断定した。
「キラは、『頭の悪い小学生』」
小学生と聞いて捜査メンバーは驚きの声を上げる。
「なっ、小学生だと!?」
「馬鹿な、そんな子どもがどうやってこんな事を!」
どよめく捜査員達の中、松田がふと疑問を口にした。
「あの、L。あなたは犯人の事を『キラ』と呼ぶんですね。世間ではライトという呼び名が定着していますが?」
「キラの方が彼の本質に近い。それに、夜神局長の息子さんと混同しないよう、ここではキラで統一してください」
「了解しました」
するとLは表情一つ変えず、机の上に二枚の写真を取り出した。
「この少年たちを見てください。…剛田武、および骨川スネ夫。一連のキラ事件が本格化する数日前、この二人は同時に心臓麻痺で死亡しています」
「同時に心臓麻痺だって!? まさかこれもキラの仕業か!?」
「当時、事件性なしとしてあまり大きく報道はされませんでしたが、私はこの不自然な彼らの死こそ、全ての始まりと見ています。そして、この二人から日常的にいじめを受けていた一人の少年がいます」
Lは三枚目の写真を、二人の写真の上に重ねるように置いた。そこには、眼鏡をかけた、どこか頼りない表情の少年が写っていた。
「野比のび太。彼は二人から日常的に虐めを受けていた他、テストで0点を連発するほど勉強ができないようです」
「頭の悪い小学生?!」
「まさか、Lのプロファイリングとも一致する!」
「じゃあ、この少年がキラだとでもいうのか!」
「可能性は、…8%です」
Lはフォークでケーキの端を削り、更に続けた。
「のび太少年はある日突然、何らかの方法でキラの力を手に入れた。そして一時の感情で、自分をいじめていた二人を殺害してしまった。そして、罪悪感の裏返しで、犯罪者を裁く事で良い社会を作るという大義名分を思いついたのではないでしょうか」
「なるほど、それなら全ての辻褄が合う」
今までキラ捜査は完全に行き詰まっており、犯人の逮捕など夢のまた夢のように思っていた捜査員達に希望の光が灯った。
「犯罪者を殺して良い社会を作る、まるで子どものような発想だ…。確かにキラが少年だと考えると腑に落ちる」
夜神総一郎の言葉に部屋は静まり返った。写真ののび太の幼い顔が、青白い光の中でひどく不気味に浮かび上がっていた。
Lはケーキの上のイチゴをフォークで刺し、無造作に口に放り込む。
「ここまではあくまでも仮説です。まず、顔と名前で本当に人を殺せるのかを検証したい。そこである『仕掛け』をします」
Lはソファに深く座り直し、モニターの一つに一人の男の顔を映し出した。
「リンド・L・テイラー。今日、死刑が執行される予定の囚人です。彼にキラを煽らせ、自分を殺すように仕向けます」
「しかし、キラに殺されるかもしれない危険な役を、よく彼が引き受けましたね」
松田の問いに、Lは無造作に一枚の紙を机に放りだした。
「いいえ、彼は自分がキラを煽っているなど夢にも思っていません。カメラの前で感情を込めてこの原稿を読み上げれば、死刑を免除するとだけ伝えてあります。これが彼に渡した英文の和訳です」
松田はそれを拾って読み上げた。
『私は日本が大好き、食べ歩きが大好きなリンド・L・テイラーです。日本のご飯って美味しい物がいっぱいだね。ミシュランの星付きの店の数は日本が世界一位だとか。721軒だって、すごいね。2位のフランスに100軒以上差をつけてるんだとか。それにしても、日本は不思議な国ですね。領海内にミサイルを落とされても怒らないのに、イチゴやマスカットの品種を盗まれると凄く怒る。そんな食に執着の強い日本、私は大好きですよ!』
「なんだこれは…」捜査員たちは絶句した。
「そもそも彼は日本語が話せません。ですから音声はオフにし、こちらで用意した『吹き替え』を流します。その内容は、……これです」
『私は全世界の警察を動かせる唯一の人間、リンド・L・テイラー、通称Lです。相次ぐ犯罪者を狙った連続殺人、これは絶対に許してはならない史上最大の凶悪犯罪です。よって私はこの犯罪の首謀者、俗に言われているライトを必ず捕まえる。ライト、いや、お前はキラだ。お前がしている事は悪だ。いいかキラ、私が必ずお前を処刑台に送ってやる。首を洗って待っていろ。』
「内容が全然違うじゃないか」
「ええ、だからこそ彼は自分が死ぬとは露ほども思わず、余裕たっぷりにカメラの前に立つでしょう」
Lは時計に目をやった。午後3時55分。
「小学生にとっては放課後。キラがテレビを見ている可能性が最も高い時間帯です」
場面は変わり、東京都練馬区の野比家。
のび太はテレビを点けながら、ジャイアンとスネ夫への『供養』という名の裁きを続けていた。その時、画面が切り替わり『ICPOの緊急特番』が始まった。
画面には余裕
『…いいかキラ、私が必ずお前を処刑台に送ってやる。首を洗って待っていろ!』
のび太はワナワナと震えた。
「いいや、ぼくは正義だ。ライトなんだ! ぼくをキラ(人殺し)と呼ぶな!」
のび太は顔を真っ赤にし、怒りに任せてリンド・L・テイラーの名前を書こうとする。
「ダメだよのび太くん。彼は犯罪者じゃないよ!」
「いいや、ライトは正義なんだ。ライトの邪魔をする者は、悪だ!」
のび太はドラえもんが止めるのも聞かず、そのままノートに名前を書こうとする。画面の下に置かれた名札を凝視すると、そこには丁寧に『LIND・L・TAILOR』という英字と、その上に親切すぎる程大きなカタカナで『リンド・エル・テイラー』とルビが振られていた。
アルファベットに不慣れなのび太は、ルビをなぞるように、震える手でデスノートにその名を刻み込んだ。
40秒後。画面の中の男は胸を掻きむしり、悶え苦しみながら崩れ落ちた。
のび太はその様子を悲痛な思いで見守った。今まで数えきれないほど犯罪者を裁いてきたが、自分が名前を書いた者が絶命する瞬間を見たのは初めてだった。
「…ぼくに逆らうお前が悪いんだ」
犯罪者でもないのに裁きを下してしまい、罪悪感がのび太の繊細な心を切り刻む。
ところが次の瞬間、画面の映像が切り替わり、大きな白い『L』の文字が映し出された。
『…信じられない。もしやと思って試したが、まさか本当に殺せるとは。キラ、お前は直接手を下さず人を殺せるのか』
機械で変えられた無機質な音が、のび太の部屋に響く。
『よく聞けキラ、今死んだのは今日死刑になる予定だった死刑囚だ。私ではない』
「何だって…」
のび太の手からペンが落ちた。
『どうしたキラ、Lを殺したいんだろう。だったら私を殺してみろ。……できないのか。殺せない人間もいる、良いヒントをもらった。お返しに教えてやろう。この放送は全世界同時中継と銘打ったが、実は日本の関東地区にしか流れていない。お前は今、関東地区にいる。どうやらお前を死刑台に送ってやるのはそう遠くないようだ。また会おう、キラ…』
のび太の全身から血の気が引いた。自分が『正義』の名の下に守っていたハズの世界が、一瞬にして『檻』に変わった。だが恐怖はやがて、自己の精神を守ろうとする防衛反応か、激しい対抗心へと変わっていく。
「面白い、受けてやってやる! 必ずお前を見つけだし、ぼくのノートに名前を書いてやる!」
続く☆
【制作こぼれ話】
前回のこぼれ話で話したように、実はこれが当初の2話目の予定でした。ですが、のび太が月と名乗った事による、原作への影響などで、はやり話が大きく膨らみ、当初の予定よりストーリーが進みませんでした。
実は当時、デスノートのリンド・L・テイラー回を見た時、『なんで役者でもないただの死刑囚が、こんな危険な役目を全くビビらずやってるんだろう。私だったら絶対ビビって途中でヒヨる』、『外人なのにやたら日本語上手いな』と思い、今回は原作を補完する形で物語に落とし込んでみました。
もしかしたら原作でも、テイラー自身には全然違う内容を喋らせていた可能性ってありますよねw