リンド・L・テイラーを介したキラとLの駆け引きの壮絶さに、捜査員たちは言葉を失っていた。その静寂を破るように直通電話が鳴り響く。Lは指先で摘まみ上げると、それを耳に当てる。
「…はい、…はい、…分かりました、…それでは検死後に丁重に葬ってあげてください…」
電話を切るとLが言った。
「病院でリンド・L・テイラーの死亡が確認されました」
捜査員たちは皆、悲痛の表情を浮かべる。
「先ほど、私は映像で『お前は関東地区にいる』と言いましたが……あれは嘘です。実際にはあの放送は東京の練馬区近辺にしか流れていません」
「練馬区だって!?」
「のび太少年の現住所は東京都練馬区月見台すすきヶ原にあります。いきなりピンポイントで練馬区と言えば、彼は恐怖のあまり潜伏してしまう。適度に泳がせるための、あえての『嘘』です」
計算高いLの駆け引きに捜査員たちが呆然としている中、松田が言った。
「それにしても、最後処刑台に送るなんて言いましたが、もしキラがのび太少年だった場合、やっぱ死刑になっちゃうんですかね?」
「さあ、それは分かりません。私の役割は探偵であって、逮捕後に彼がどのような裁判を受け、どのような量刑が課せられるかは私の管轄外です。そもそも現在の法律では13歳以下の少年は死刑どころか、刑事責任は問われない事になっています」
「じゃあ、どうして処刑台に送ってやるだなんて言ったんですか?」
「もちろん理由があります。仮にのび太少年が『自分は逮捕されても死刑にならない』と把握していた場合、『Lは犯人を子どもだとは思っていない。自分は捜査の対象外だ』とミスリードを誘う事ができます」
「では、もしのび太少年が法律的に自分の死刑がない事を知らなかったらどうするつもりだったんですか?」
「その場合、彼に強い恐怖心を与える事になるでしょうね。正義の味方のつもりでいる彼が、人目も憚らず目の前のLを『殺してしまわねば』、と思えるくらいに…」
「まさか、そこまで計算して…」
Lはテーブルに置かれたのび太の写真を見つめた。
「のび太少年がキラである可能性……現時点で80%まで引き上げます。そして、次の一手として、野比家に監視カメラを設置します」
「待ってください、L!」
捜査員の宇生田が身を乗り出した。
「そこまで確信があるなら、今すぐ踏み込んで彼を逮捕すべきだ! 一日遅れれば、それだけ犠牲者が増えるんですよ!」
宇生田は身をひるがえしホテルを出ようとする。
「宇生田、落ち着け!」
それを制したのは夜神総一郎だった。
「我々がいくら捜査しても影も形も見えなかったキラを、わずか数週間でここまで特定したLが『監視』と言うからには、相応の理由があるはずだ。それを聞いてからでも遅くはないだろう!」
総一郎がLを見つめると、Lは黙って頷いた。
「理由は二つあります。一つは、キラが顔と名前だけで人を殺せる以上、総理大臣や大統領、各国の要人はすでに『人質』に取られているのと同じです。もし不用意に踏み込み彼を追い詰めれば、キラが自暴自棄になって集団無理心中を謀る可能性があります。そうなれば、世界は修復不能な混乱に陥る。……逮捕の瞬間には、キラを完全に『無力化』していなければなりません」
Lはティーカップを持ち上げ、それを一気に飲み干した。
「二つ目。平凡ないじめられっ子が突如手にした、この異常な力……そのメカニズムを解明しなければ、第二、第三のキラが現れる可能性がある。幸い、のび太少年は御しやすい。彼を徹底的に観察する事で、キラ能力の全貌を、その根源から明らかにする必要があります」
総一郎は宇生田の肩を叩き、静かに言い聞かせた。
「我々の目的はキラ個人の逮捕ではない。その力を暴き、未来永劫、二度と同じ悲劇を繰り返さない事だ」
宇生田は拳を握りしめたが、やがて深く頭を下げた。
「…すみません、L。確かに、今は観察こそ最善手のように思います」
「理解していただけて助かります。……幸いな事に、現在のキラの行動原理は『善意』です。もし次のキラが私利私欲や快楽のために力を使えば、被害はこの程度では済みません。あるいは世界大戦すら起こり得る。……今しばらく、犯罪者の方々には犠牲になってもらうしかありません」
Lの言葉に、部屋には鉛のような沈黙が流れた。正義を志す捜査員たちにとって、それは「見殺し」の宣言に等しい。だが、その犠牲の上にしか、キラという名の「概念」を根絶する道がない事も理解していた。
「…さて、設置するカメラは予備を含め数百台。室内の死角はもちろん、庭の植え込み、物置の隅、屋根裏まで。徹底的に『野比のび太』を丸裸にします」
Lはソファに深く沈み込み、モニターを見つめたまま続けた。
「最大の障害は母親の野比玉子氏です。彼女は専業主婦で、一日中家を離れる事がほとんどない。スーパーの買い出しや近所の主婦との会食に出ても、一、二時間で帰宅しています。数百台のカメラをセッティングするには、最低でも半日、いえ、できれば八時間は欲しい」
「ではどうする。母親を何らかの理由で長時間不在にさせるか?」
「いえ、母親だけ不在にしても意味がありません。やるには家族全員を不在にさせる必要があります。そこで、一つの策があります」
Lは無造作に、一通の封筒を机に放り出した。そこには有名なネズミのキャラクターが印刷されていた。
「『千葉ネズミ―キングダム・ファミリーチケット』です。明日、これを野比家に郵送してください。大手メーカーの懸賞キャンペーンで当選した、という名目で。……人は、『幸運』という名の不審物には驚くほど無防備ですから」
翌々日の午後。野比家のポストに、その『幸運』は届けられた。
「まあ! パパ、のびちゃん、ドラちゃん、大変よ!」
夕食の席、玉子が興奮した様子で封筒を振り回しながら食卓に駆け寄った。
「見てこれ! ネズミ―キングダムの家族招待券! そう言えばこの前、スーパーで応募ハガキを出したような気がするわ。……あら、でも記憶にないような、まあいいわ、せっかく当たったんですもの!」
「本当、すっごーいママ!」
のび太は箸を放り出し、椅子から転げ落ちんばかりに身を乗り出した。その顔に、キラとして犯罪者を裁いている時の陰鬱な表情はない。どこにでもいる、遊園地を心待ちにする少年の純粋な笑顔だ。
「日曜日はパパも休みだし、家族みんなで行きましょ。ドラちゃんも一緒よ!」
「わあ、楽しみだなあ」
ドラえもんも目を輝かせ、のび太と手を取り合って喜んでいる。
デスノートの一件以来、のび太はずっと神経が張り詰めている。これが息抜きになってくれればいいと、ドラえもんは思った。
日曜日の朝7時。抜けるような青空の下。
「ママ、忘れ物はない?」
「大丈夫よ。お財布も持ったし、カメラもあるわ」
「それじゃ出発だ!」
野比のび助の号令で、野比家の一行が玄関を出る。のび太とドラえもんも楽し気に無邪気な笑い声を上げている。
その賑やかな声が遠ざかり、住宅街に平穏な静寂が戻った……かに見えた。
数分後。
路地の陰から、グレーの作業服を着た一団が現れた。
彼らは電力会社の点検作業員を装い、迷いない足取りで野比家の塀をくぐった。
『こちらカメラ設置班、潜入を開始しました。これより野比家全域への監視カメラの設置を開始します』
通信機から聞こえるその声を合図に、Lは手元のシュークリームを一つ、ゆっくりと口に詰め込んだ。
「制限時間は10時間です。迅速に設置を進めてください。なお、人の出入りした痕跡は一切残さないように、厳重にお願いします」
『了解!』
それから10時間後。
ネズミ―キングダムの帰り道。幸せな余韻に浸る野比家の一行だったが、ドラえもんのポケットの中で、小さなベルのような音が激しく鳴り響いた。
『虫の知らせアラーム』。持ち主に危機が迫ると鳴る道具だ。ドラえもんは警戒を強めて、のび太に耳打ちする。
「のび太くん、何か変だ」
「どうしたのドラえもん?」
「虫の知らせアラームが鳴った。もしかしたら先日の放送で、ぼく達の家が特定されている可能性がある」
「ええっ!?」
「最悪の場合、捜査官が待機してて、帰った途端逮捕される可能性もある」
「どうしようドラえもん?」
「きみはパパたちとゆっくり帰ってきて。ぼくが先に帰って様子を見てくるよ」
「分かった」
ドラえもんは路地裏へ駆け込むと『どこでもドア』を取り出した。行先は自宅のすぐ外だ。ドラえもんは息を潜めて自宅の様子を伺った。パトカーも、張り込んでいるような不審な車も見当たらない。
「いないのかな?」
ドラえもんは念には念を入れ、『透視メガネ』で家の中を覗き込んだ。そこに人の姿はなかったが、代わりに異様な光景が飛び込んで来た。
玄関から客間、トイレに浴室に、天井の隅。そしてのび太の部屋まで、監視カメラが数百単位で家中に設置されていた。
「これ、全部カメラだ。まさかここまでやるなんて、Lは完全にぼくたちを特定したんだ。きっと僕たちを泳がせて、決定的な証拠をつかむつもりに違いない」
ドラえもんは拳を握りしめる。
(のび太くんが自分の罪と向き合って、心から反省するには、まだ時間が必要なんだ。だから、それまではぼくが守る。たとえLが相手だって…)
ドラえもんはすぐさま引き返し、のび太と合流した。
「のび太くん、これを飲んで!」
差し出したのは『ツーカー錠』。一つの錠剤を半分に分け、これを二人で分かち合うと「ツー」と言えば「カー」とたった一言で全てが通じ合う。
(のび太くん、大変だ。家中に数百台のカメラが設置されてる。間違いなくLの仕業だよ。ぼくらがライトだって、きっともう特定されてるんだ!)
(どうしようドラえもん)
(とにかく、家では絶対にノートの話はしちゃダメだ。全部Lに見られてる)
(……そうだ、だったらLが見ている前で、ぼくがライトじゃない事を証明してやる!)
翌日から、監視映像ののび太は「完璧な日常」を演じ始めた。
部屋では一切ノートを開かず、テレビを見るか、漫画を読むだけ。裁きは放課後の空き地などで『タイムテレビ』を使い、時間を指定して過去や未来の犯罪者をノートに書き込むことで、自宅でのアリバイを完璧に作り上げた。
監視開始から一週間。捜査本部では焦燥感が漂っていた。
「L、野比のび太に不審な動きは一切ありません。裁きは今も続いていますが、彼が何かを行っている姿は一度も捉えられていない。それどころか、彼が寝ている間にも裁きが行われています。彼はもうシロなのでは?」
松田の報告に、Lは手元の棒付きのキャンディーを嚙み砕きながら、静かに告げた。
「いえ、私はむしろ彼がキラである可能性が上がったと見ています。いや、上がったどころじゃない。のび太少年がキラである可能性は100%だ。彼がキラだと断定します!」
「なっ、何だって!?」
他の捜査員たちも驚いてLの方を見つめる。
「理由は三つ。一つ、彼ら家族が不在だった十時間、キラによる殺人は一件も起きていない。二つ、翌日からキラの活動時間が、特定の時間ではなく、二十四時間均等に分散されるようになった。まるで『監視しても無駄ですよ』とでも言いたげな作為的な分散です」
Lはモニターの一つを指さした。そこには勉強机に向かって宿題をしているのび太がドアップで映し出されていた。
「そして三つ目。私は彼がカメラに気付いた時の反応を見るため、わざと不自然な場所にカメラを増設しました。例えば、勉強机の正面に…」
「えっ、まさか。この映像は!?」
「小型カメラか何かで、サイズもズーム画像ですよね?」
Lは首を左右に振った。
「いいえ、ズームではありません。スマホサイズのカメラで、等倍です」
「そんなバカな、この距離で気付かないなんて!?」
「それだけではありません。彼は毎日『Dr.ストップ アバレちゃん』という漫画を読んでいた。まるで『漫画が好きなただの小学生ですよ』と言わんばかりに。彼が十巻まで読み進めたので、私は十一巻を手に取ればカメラが転がり落ちるように仕掛けましたが…、その日から、彼はパタリと『アバレちゃん』を読まなくなった」
捜査員たちが息を飲む。
「間違いなく、何らかの方法で彼はこちらのカメラの存在を正確に把握し、その上で『気付いてないふり』をしている。そんな事をする理由は一つしかありません、彼がキラ本人だからです」
Lはソファから立ち上がり、重苦しく宣言した。
「このまま観察を続けても恐らく証拠は出ないでしょう。やむを得ません、こうなれば直接、野比のび太の確保に踏み切ります」
「ですがL、各国の要人が人質にされてる件はどうしますか?」
松田が疑問を口にする。
「恐らくは大丈夫でしょう。のび太少年が『自分が各国の要人を人質に取れる』という事に気付けるとは思えません。と言うのも、彼は『監視に気付いてない振り』を完璧にしていると思い込んでいる。しかし、それが『あまりに完璧すぎて逆に不自然』という事にも気付けていないのです」
ここまで低知能とは…、とでも言いたげに、捜査員たちが複雑な表情を見せる。
「ですが、警戒しておくに越したことはありません。最悪の場合、彼を超長距離から狙撃します」
「射殺してしまうんですか!?」
「最悪の場合は、です。彼に警戒心を抱かせず、一瞬で絶命させるにはこれしかありません」
「分かりました」
「それでは作戦決行は明日です。今夜の内にもう少し細かい所を詰めましょう」
一方、のび太の自室。
勉強机に向かうのび太はある事に気が付いた。のび太はズボンのポケットに忍ばせておいた『ツーカー錠』を取り出すと、それを半分に割り、片割れを押し入れのドラえもんに差し入れる。
そして押し入れに向かって「ツー!」と声を掛けると、中から「カー!」と返ってきた。
(ドラえもん、良い事を思いついたよ。『たずね人ステッキ』を出して。)
(たずね人ステッキ? ああ、そうか。これでLを探し出すんだね。)
(ああそうさ。いくら監視の目を完璧に誤魔化せたとしても、彼らが踏み込んでくるのはもう時間の問題だ。だったら、こっちから仕掛けないと。)
(わかった!)
ドラえもんが押し入れから飛び出してくる。そして二人は警戒されないように玄関から外に飛び出した。
「さあ、たずね人ステッキよ、Lのいる方角を教えておくれ」
のび太はステッキを倒すとスマホ画面を開き、ステッキの倒れた方角にある主要な建物をチェックする。すると、その方角にLがいるホテルが表示される。
「ドラえもん、このホテル怪しくない?」
「確かに。この先はもう海に出ちゃう。後は千葉県があるけど、日本警察と連携するとなると、きっと日本の中枢の東京都内にいると考える方が自然だ。でもどうするの? 今から踏み込む?」
だがしかし、のび太は決心がつかなかった。ステッキを握る手がかすかに震えている。
「ごめんドラえもん、一晩だけ時間をちょうだい。明日までにはきっと、覚悟を決める」
「分かったよ、のび太くん…」
この時、この瞬間、のび太とLは奇しくも同じことを考えた。
L…
キラ…
……明日、決着をつけてやる!!
続く☆
【制作こぼれ話】
当初3話完結予定でしたが、実際にはここまでで4話。今回は何だか話がすごく膨らみました。実はこれでも色々とボツにした部分もあったりします。もし、入れたいものを全部入れてたら、きっと10話くらいにはなっちゃってたかも。
(追記)
さて、この4話は読者様からの感想をいただいたのですが、その感想をきっかけに、のび太が13歳以下で、死刑にならない可能性が言及されています。この視点は私には全くなかったので、いただいた意見を参考に作品の変化が生じるのがとても楽しかったです。
のび太がキラの可能性を80%まで引き上げる状況的な根拠が1つ増え、ますます説得力が増したように思います。
今回のストーリーには静香ちゃんは出てきません。しかし、もし静香ちゃんが登場したとしたらどんな展開になるか考えてみました。まあ、弥 海砂(あまね みさ)ポジションですよね。
のび太の部屋にて。
「ライトの正体、のび太さんよね?」
「どうして分かったの?」
「だって、こんな事できるのドラちゃんの道具しかないじゃない」
「それじゃどうする。ぼくを通報する?」
「いいえ、そんな事しないわ。きっと辛かったでしょ。のび太さんは根は優しい人だから」
「静香ちゃん」
「だから、私もライトとしての活動を手伝わせて…」
みたいな感じかなあと思いました。
ここまで見ていただけたなら、是非ラストまでお付き合いください。次回で完結です。