漫画アニメ短編集&救済の物語   作:クリリ☆

37 / 46
ドラえもん ✕ DEATH NOTE【⑤:のび太の最後の審判】(完結)

 

翌朝。練馬の空は嵐の前の静けさを体現するように、一点の曇りもなく晴れ渡っていた。

のび太はいつもと変わらぬ様子で朝食を詰め込み、ランドセルを背負って玄関を出る。その背中を、ドラえもんは言葉にできない重圧を堪えた瞳で見送った。

 

 

同時刻、都内高級ホテルのスイートルーム。

Lは膝を抱え、モニターに映し出される配置図を冷徹に確認していた。

 

「……最終確認です。相沢さんは昇降口、松田さんと宇生田さんは校門。夜神さんと茂木さんは野比家周辺を。三十名の狙撃手は、通学路全域の射線を確保。もしキラに不穏な動きがあれば即座に狙撃してください。野比のび太が帰宅した瞬間に、視界および四肢の自由を奪い、即座に身柄を確保してください。抵抗するようなら止むを得ません、殺してください……」

 

Lの冷たい声が捜査員たちのイヤホンを叩く。しかし誰も応答しなかった。ただ、一人の少年の命を奪うことを厭わないほどに、彼らの背負う「正義」は、鋭利な刃物のように尖りきっていた。

 

 

放課後を告げるチャイムが鳴り響く。それはのび太、Lの双方にとって作戦開始の合図だった。

 

のび太は昇降口を出ると、校門には向かわず、迷いない足取りで校舎裏へと消えた。

 

「こちら相沢…。キラ、校舎裏へ移動。追跡します」

 

相沢は二十メートルほどの距離を保ち、物陰からLに報告を入れながらのび太を追った。だが、角を曲がった直後、相沢の視界からのび太が消えた。

 

「こちら相沢、キラを見失いました! 近辺を捜索します!」

 

必死に校舎の陰や植え込みを探す相沢。しかし、その頭上――遥か高く、タケコプターの風を切る音に彼は気付かなかった。のび太はすでに、地上の追手など届かない青空の彼方、豆粒のような大きさに見えるまでに上昇し、Lの潜伏するホテルへと加速していた。

 

 

「……信じられない」

 

LはGPSモニターを凝視し、戦慄に唇を噛んだ。のび太の靴に密かに仕込んだ発信機が示す輝点は、地図上の地形、道路、建物を無視し、一直線にこのホテルを目指して突き進んでいる。

 

「あり得ない。まさか、空を飛んでいるとでもいうのか…。お前は物理法則すら自由に操れるのか、キラ…」

 

 

一方、上空。激しい風を浴びながら、のび太は隣を飛ぶドラえもんに問いかけた。

 

「ねえドラえもん。ホテルに着いたとしても、Lの本名はどうやって知ればいいのかな。顔は分かっても名前が分からないよ?」

 

ドラえもんは黙って、四次元ポケットの奥底から、禍々しい輝きを放つゴーグルのような道具を取り出した。

 

「『死神の目』ー!」

 

「何だいそれ?」

 

「これは死神の目さ。これを使えば見た相手の本名と余命が数字で表示される」

 

「なるほど。これでLの名前が分かるね」

 

「ただし、これを使用するには、使う者の寿命が半分になるというデメリットがあるんだ」

 

「ふぅん、だったらドラえもんが使ってよ」

 

「……え、ぼくが?」

 

「だってドラえもんはロボットだろ。寿命なんて関係ないじゃないか」

 

一瞬の沈黙。ドラえもんはのび太の無邪気で、かつ残酷なまでに合理的な提案に、何も言葉が出てこなかった。それに、今ののび太を止められるとも思えなかった。

 

「分かったよ。ぼくが死神の目になるよ。ただし、ノートを使うのはきみだからね」

 

GPSの表示されるモニターがのび太の接近を捉えた。もう完全にホテルに到着している。

キラはどれほどの精度で自分の居場所が特定できるのだろう。だが、いずれにも自分のいる部屋を特定するのは時間の問題のように思われた。

 

Lは静かにマイクを触り、捜査員たちに一斉通信を入れる。

 

「総員へ…。キラがホテルに到着しました。キラがここに来た目的はただ一つ。私の抹殺です。……こうなった以上、おそらく私は死ぬでしょう」

 

『何を言ってるんだL、だったら今すぐ逃げてください!』

 

松田の絶叫。だが、Lの顔にはどこか諦めに似た微笑が浮かんでいた。

 

「もう間に合いません。それに、今私が逃げればキラは警戒し、次の行動が読めなくなる。逆に、ここで私が死ねば、彼は目的を達成したと安心して帰宅するでしょう。これはチャンスです…」

 

一呼吸置いてから、Lは最後の指示を冷徹に下す。

 

「私が死んだ後、野比家に戻ったのび太少年を、確実に確保してください。彼は必ず油断する」

 

『そんな、L……!』

 

通信機越しにすすり泣く声が聞こえる。Lは独り言のように呟いた。

 

「……もし私の死を悼んでくれるなら、墓前には板チョコでも供えてください。いや、甘い物なら何でもいいです…」

 

背後に人の気配を察し、Lは声を殺して言った。

 

「…通信はこのままにしておきます。いいですか、最後に私が少しでもキラから情報を引き出します。決して聞き漏らさないようにしてください…」

 

通信の向こう側ではまだ何か叫んでいたが、相手からの音声をオフにする。

 

Lはヘッドホンを外すと椅子を回転させ、真っ向から自分を殺しに来た死神と対峙した。死の間際に瀕してなお、その瞳は少年の背後に潜む「力の正体」を暴こうとする探偵の光を失っていなかった。

 

「初めましてと言うべきかな、キラ…、いや、野比のび太……」

 

そこには決意に満ちた表情の少年と、奇妙な青いロボットがいた。

 

 

 

少し時間は巻き戻る。

のび太とドラえもんはホテルの屋上に降り立ちながら『とうめいメガネ』で内部を透視していた。無機質な客室が並ぶ中、一つだけ、数十のモニターが怪しく点滅する異様な部屋を捉える。

 

「……あそこだ」

 

のび太の合図で、ドラえもんは『通り抜けフープ』を壁に貼り付けた。音もなく二人は名探偵の聖域へと侵入する。

 

部屋の中央、椅子に座る男はまだこちらに気付いていない。ヘッドホン越しに外部の人間とやり取りをしているようだった。ドラえもんがゴーグルの奥の『死神の目』を見開く。その視界には男の頭上に浮かぶ『L・Lawliet』の文字が映っていた。

 

(のび太くん、名前は……エル・ローライトだよ)

 

のび太は震える手で、しかし確実にデスノートにペンを走らせる。しかしまだ顔が分からない。そのため、『エル・ローライ』まで書いて、Lの通信が終わるのをじっと待った。

 

その時、Lがゆっくりと椅子を回転させた。のび太と視線がぶつかる。その刹那、のび太は最後の一文字を叩きつけた。

 

『ト』

 

ついに名前を書き上げた。これで40秒後、Lは心臓麻痺で死ぬ。

 

「初めましてと言うべきかな、キラ…、いや、野比のび太……。……お前がここに来たということは、私はもう死ぬということか?」

 

Lの問いに、のび太は言葉を発することができず、ただ小さく頷いた。

 

「冥土の土産に教えてほしい。お前はどうやって人を殺している?」

 

のび太は黙ってデスノートを指し示す。

 

「このノートに名前を書かれた人間は、四十秒後に心臓麻痺で死ぬ」

 

「ノート、ですか…」

 

Lの瞳に驚愕が走るが、すぐさまそれは深い納得へと変わる。のび太がこうして自分の前に姿を現した以上、恐らくはすでに自分の名前は書かれている。だとすれば、残された時間はもう二十秒足らず。

Lは己の死すら「データ」として扱い、さらにデータ収集に努める。

 

「ノートが媒体ならば、殺せる人数には限りがあるということか?」

 

のび太は首を横に振る。

 

「『ふえるミラー』があればいくらでも増やせるよ」

 

「ふえるミラー?」

 

意味は不明だったが、とにかく複製可能ということだと認識した。

 

「恐らくこれが最後の質問だ。お前はそのノートをどうやって手に入れた?」

 

「二十二世紀から来た、ドラえもんの道具だよ」

 

「二十二世紀…?」

 

少年の絵空事のような奇妙な回答の連発だが、状況が状況だけに、もはやLには信じるしかなかった。それに、のび太が嘘を言っているようにも見えなかった。

百年の未来、人類は知能を磨いた果てに、これほどまでに安易な殺戮の道具を生み出すのか。

 

「…あまりに、愚かな未来だ……」

 

そう呟いた瞬間、心臓を握りしめられたような衝撃と共に、Lは椅子から崩れ落ちる。

のび太が駆け寄った時、Lの瞳はすでに焦点を失っていた。その最期に見たのは、自分を殺した『死神』の、あまりに子供らしい、後悔に歪んだ泣き顔だった。

 

「…やはり…、私は…、間違ってなかった…、が…、す……」

 

……救えなかった、君を…。

 

それが世界最高の探偵が遺した最期の言葉だった。

 

「……あ、……ああああああぁ!」

 

のび太は絶叫しその場に泣き崩れた。犯罪者の死も、リンド・L・テイラーの死も、所詮はモニター越しで、どこか他人事のように思っていた。しかし今、目の前で一人の人間が自分の書いた文字によって物言わぬ肉塊に変わった。その重みがのび太の鈍感で、かつ繊細な心を粉砕した。

 

「ドラえもん……、もう嫌だ。ぼくを殺してくれ! 前に言ってたよね、ぼくが望めばいつでも終わらせてくれるって!」

 

のび太はドラえもんにすがりついた。

 

「…でも、このまま終わったらジャイアンやスネ夫の死が無駄になるよ?」

 

「謝る! もし死んだ先で会えたら、きっと謝る! あの二人には、いや、ぼくが殺した人たちみんなに酷い事をした。ぼくは最低の人間だ!」

 

のび太の絶望が部屋に満ちる。その時、ドラえもんが静かに、ポケットからもう一冊のデスノートを取り出した。

のび太は、Lの死体にすがって「ごめんなさい」を連呼しながら泣きじゃくっている。

 

「のび太くん、最後にもう一度聞くけど、きみは今までの行いが、本当に悪いことだったと思ってるんだよね?」

 

「当たり前だよ。死んだらもう取り返しがつかないのに、簡単に死んじゃえだなんて、ぼくは浅はかだった!」

 

「分かった。じゃあ、約束通りぼくが終わらせてあげる」

 

 

そう言うと、ドラえもんは持っていたデスノートを開く、そこには『ジャイアン』、『スネ夫』と書かれていた。しかしそれ以外は全くの白紙だった。

 

「のび太くん、このノートを見てくれ。これはきみが最初にジャイアンとスネ夫を殺そうとして書いた本物のデスノートだよ」

 

ドラえもんの言葉に、のび太は意味が分からないという顔で、きょとんとなってしまう。

 

「本物のデスノート?」

 

「そう。きみがいま持っているそれは、3Dプリンターで複製した、ただの偽物のノートさ」

 

「どういう事だよドラえもん。偽物どころか、普通にみんな死んでたじゃないか?!」

 

「『もしもボックス』だよ。――『もしもこの偽物のノートが本物のデスノートだったら』そんな架空の世界を、あの日ぼくが作り出したんだ」

 

のび太は呆然とドラえもんを見つめる。

 

「きみは誰も殺してなんかいないんだよ、のび太くん」

 

ようやくのび太は理解し、思わず力が抜けてガックリとその場にへたり込んだ。

 

「ええっ、そんな、いくら何でもひどいよ、ドラえもん…」

 

のび太は怒りと、それ以上の安堵で、ドラえもんの胸に顔を埋めて号泣した。

 

「ごめん、少しやり過ぎた。でも、安易に人を殺すと言うきみに、本当に真剣に命の大切さに向き合って欲しかったんだよ」

 

「少しどころじゃないよ。どんな思いで毎日、ぼくが過ごしたと思ってるんだ」

 

ドラえもんはすがりつくのび太の頭を優しく撫でてやる。

 

「それじゃどうする? 元に戻すかい?」

 

「当たり前だろ。こんな世界こりごりだ」

 

「いいのかい? 元の世界に戻ったら、またジャイアンたちに虐められちゃうかも知れないよ?」

 

「構わない。ぼくがしたことに比べたら、そんなの全然、可愛いもんじゃないか」

 

「分かった」

 

ドラえもんは優しく頷き、もしもボックスの中に入ると、電話の受話器を持ち上げた。

 

「……元の世界に戻して」

 

その刹那、世界にジリリリリリ…と、けたたましいベルの音が鳴り渡った。まさに世界がリブートを始めた合図だった。

 

 

ドラえもんがもしもボックスから出てくると、その客室には特殊なモニターなど一切ない、ごくごく普通の部屋になっていた。先ほどまで転がっていたLの遺体もいつの間にか消えている。

 

「ねえ、ジャイアンたちいるかな?」

 

「いると思うよ。どうする、謝りに行くかい?」

 

「うん、ぼくちょっと行ってくる!」

 

のび太は居ても立ってもいられず、一目散にホテルを飛び出し、タケコプターで飛び立った。

20分程飛ぶと、いつもの空き地が見えてきた。のび太は塀の陰に隠れ、息を殺して中の様子を伺う。

 

「それにしてものび太のヤツ、ケッサクだったね。ジャイアンに殴られてダンゴムシみたいに転がってさ」

 

「ああ、ここ最近の中でも一番の手応えだったぜ」

 

そこには、数カ月前までと全く変わらない様子で、土管に座って談笑しているジャイアンとスネ夫の姿があった。

心臓麻痺どころか、二人とも顔色一つ変えていない。

 

「ジャイアン! スネ夫!」

 

のび太は一気に緊張感が抜け、思わず隠れるのも忘れて二人の前に姿を現す。

 

「おう、のび太じゃねえか」

 

ぐしゃぐしゃに崩れた泣き顔ののび太を見つけ、ジャイアンは土管の上から飛び降りる。

 

「ジャイアン!! スネ夫!!」

 

「どうした、まだ殴られたりなかったか?」

 

ジャイアンはポキポキと拳を鳴らす。スネ夫も意地悪な笑みを浮かべて、のび太を囲い込むように歩み寄ってきた。だが、そんな事はお構いなしに、のび太はジャイアンに抱き着いた。

 

「ごめんジャイアン! ごめんスネ夫! ぼくはきみ達に酷いことをしたんだ。ごめんなさい、ぼくを許して!!」

 

「ああん、なんだぁ?」

 

ジャイアンは意味の分からないという表情を浮かべる。だがすぐにスネ夫はピンときた。

 

「ジャイアン、きっとのび太のヤツ、殴られ過ぎて頭がおかしくなっちゃったんだよ!」

 

「おおっ、そうかあ。こいつは関わらない方がいいぞ!」

 

ジャイアンとスネ夫はのび太から離れようと距離を置く。

 

「待ってくれよきみ達! ぼくはきみ達に酷いことをしたんだ。だから許されたいんだ! お願い、好きなだけ殴ってもいいからさ、許してくれよ!」

 

「分かった、分かったよ! 許してやるからこっち来んな!」

 

ジャイアンとスネ夫は気味悪そうに、逃げるように空き地を去っていく。だが今ののび太にとっては、元気に走っている彼らの背中こそが何よりの救いだった。

 

「本当だね! 絶対だよ! ありがとうジャイアン、スネ夫!!」

 

のび太が力の限り叫ぶと、ジャイアンが「あぁ、もう分かったよ!」と乱暴に手を振るのが見えた。その瞬間、のび太の胸を支配していた、あのどす黒く凍てつくような「罪悪感」が、春の雪解けのように一気に消えていった。

 

「やったあ、ぼくは許されたんだ! 嬉しいなあ!」

 

のび太はたまらずその場に大の字に寝転んだ。眼鏡の奥に滲んだ涙が、頬を伝って耳の奥へ流れていく。見上げた空はどこまでも青く澄み渡っていた。その青の中に、一つの影が浮かんでいる。

 

ドラえもんはやっぱ、ぼくの太陽だ。

 

上空からのび太の様子を見守っていたドラえもんは、タケコプターでゆっくりと降りてくる。

 

「良かったね、のび太くん」

 

「うん!」

 

のび太とドラえもんは清々しい表情で、いつまでも空を見上げていた。

 

 

おしまい☆

 

 




【あとがき・制作こぼれ話】
完結までお読みいただきありがとうございました。
一年近く漠然とストーリーを考えていたのですが、いざ書き進めると当初の構想より大きく変化しました。また、ラストシーン自体は決めていたのですが、そこに至る構成案は複数ありました。

前日の夜に、のび太が乗り込んで捜査員全員を抹殺するパターン、Lを倒した後、数十年もキラ(ライト)としての活動を続けるパターンなどなど。
でも、できるだけLの死亡シーンを劇的に書きたいなと思ったら、一騎打ち(ドラえもんもいるけど)がベストかなと、あのような形で落ち着きました。

のび太を救えなかったと無念に思いながら死ぬLと、実はその死がのび太改心の決定打になる流れは、筆者イチオシのエモポイントですw



【おまけ:もしドラえもんがLの捜査に協力する事になったら】

世界中の難事件を捜査して回っているLに、ドラえもんが協力する事になった。

「それじゃぼくの道具を、たった一つだけLにあげる。何でも好きな道具を選んで?」

Lはちょっと考えてから言った。

「では、『北風のテーブルかけ』をください」


『北風のテーブルかけ』
どんな料理でも、指定した料理が好きなだけ出てくる。


「えっ、これでいいの?」

「はい、ワタリには甘味を準備するのに色々と負担をかけてるんで、これがあれば助かります」

「でも、もっと推理や捜査に役に立つ道具いっぱいあるよ?」

「いえ、推理は道具の力に頼りたくありません」

「そ、そうかい…」

「それに、道具に頼ってしまったらつまらないじゃないですか?」

「つまらないって、ゲームじゃないんだし」

「人には『やりがい』ってものが必要なんですよ。成績や結果だけじゃ人は続けられません…」

自分の推理に誇りを持っているLなのだった。


おしまい☆
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。