【第四部:岸部露伴は止まらない(1)~懺悔室~】
イタリア、ヴェネツィア。
露伴は取材の一環として、古びた教会の「懺悔室」へと足を踏み入れていた。しかし、本来は神父が座るべき「聞き手」の椅子に誤って座ってしまう。
やがて、隣の小窓の向こう側に、一人の男が気配を殺して座った。男の声は震え、深い絶望と後悔に満ちている。
「……神よ。お許しください。私は……取り返しのつかない罪を犯してしまった……」
露伴は息を呑む。
(しまった、こっちは神父が座る方だったのか。だがちょうどいい、作品にはリアリティが必要だ。この震え、この緊張感……! これこそが僕の求めていた『真実(リアリティ)』だ!)
「話しなさい。あなたの罪を」
「……はい。私は昨日、家でカップ麺を食べようとしました。表示には『3分待て』とあった。……しかし、私は……空腹に負け、2分40秒で蓋を開け、食べてしまったのです!」
露伴のペンが止まる。
(……は? 20秒早く? 麺が少し硬かっただけの話を、この僕に聞かせているのか?)
「せっかくメーカーが最高に美味しくなる時間を設定してくれたというのに、私はメーカーの誠意を踏みにじってしまった……。ああ…、何と罪深い事か……」
マジでしょうもなかった。
だが、男の告白は止まらない。
「それだけではありません。サン・マルコ広場でのことです。私は鳩の群れに対し、餌を持っているフリをして、中身のない手をパラパラと動かす『エア餌付け』を行いました! 期待に満ちた鳩たちの瞳を、私は弄んだのです! ああ、私は……なんて汚らわしい人間なんだ!!」
露伴の顔が引き攣る。
(……知るかッ! 鳩に謝れ! 貴重なページをこんな『クソ』のようなエピソードで埋められるかッ!)
男はひとしきり泣き伏したあと、憑き物が落ちたような、清々しい声で言った。
「……ああ、吐き出したらスッキリしました。神よ、感謝します。これでようやく、明日から迷いなく『稼業』に打ち込めます」
露伴は、あまりの「書く価値のなさ」にイラつきながらも、皮肉を込めて尋ねた。
「……その『稼業』とやらは、さぞかし高潔な仕事なんだろうね?」
「ええ、まあ。覚醒剤の密売、売春の斡旋、裏カジノの経営、あとは高利貸しといったところです。弱者から毟り取るのは、なかなか骨が折れますよ」
「(……そっちを懺悔しろぉぉぉーーッ!!!)」
露伴の心の叫びは、教会の冷たい壁に虚しく反響した。
おしまい☆
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【第四部:岸部露伴は止まらない(2)~富豪村~】
山奥の静寂に包まれた、地図にない村。その区画にある別荘を購入した者は、誰もが世界的な大富豪になっているという。
岸部露伴の担当の女編集者、泉京香が、そこの「別荘」を購入したいから同行してくれと言ってきた。別荘購入をするための面接会場、そこには「マナー」という名の絶対的な法が支配する邸宅で行われる。
岸部露伴と泉京香は、この奇妙な屋敷の客間へと足を踏み入れていた。
案内人は「一究」と名乗る、不気味なほど礼儀正しい少年。
この屋敷で試されるのは、家柄でも財産でもない。ただ一つ、「正しいマナー」を執行できるかどうか。
京香は、いつになく真剣だった。
客間に案内された彼女は下座に静かに腰を下ろし、畳の縁を断じて踏まず、出されたティーカップの取っ手に指を突っ込むことさえしない。指先を添えるだけの、教科書のような完璧な作法。
露伴でさえ、「ヘドが出るほど完璧なマナーだ」と内心毒づくほど、彼女は隙を見せなかった。だが一究の無機質な瞳が、スッと京香を射抜いた。
「不合格です。主は、あなたに別荘を売る気はないと言っています」
「……なんですって!? どうしてよ、私はマナー違反なんて一つもしていないわ!」
京香が立ち上がりかける。一究は表情一つ変えず、懐から一冊のタブレットを取り出した。
「……事前にあなたの身辺を徹底的に調査させていただきました。泉京香様。あなた、一昨夜の午前2時頃、『ハーメルン』という小説投稿サイトで、ある新人作家の作品に『ゴミ』という一言だけの感想を書き込みましたね?」
露伴の眉がぴくりと動く。
「……ハーメルンだと?」
静寂を極める室内で、タブレットが表示するその作品のページは、作家名が『一休』となっていた。
「一休!? ……ま、まさかあれはあなたの! あまりに内容が酷かったから……。誤字脱字だらけで、設定も支離滅裂、起承転結もなってない……。編集者として、あんな読み物を放置しておくわけにはいかなかったのよ…」
京香の反論を、一究の冷徹な声が遮る。
「だったら、黙ってブラウザバックすればいいでしょう。作家は、魂を削って執筆しているんです。自分の魂の片割れのような作品を『ゴミ』の一言で切り捨てる……。これは『読者』としての致命的なマナー違反です!」
その瞬間、屋敷の空気が凍りついた。
京香の顔から血の気が失せ、彼女はその場に崩れ落ちる。呼吸が完全に停止し、そこにあるのはただ、完全なる「絶命」。
「……マナーは正しいか、正しくないかです。寛容はありません。読んだのなら、最低限の労をねぎらうのが礼儀というもの。ネットの海は、あなたの感情の吐き捨て場ではないのですよ」
一究は次に、獲物を見定める蛇のように露伴へと視線を向けた。
「……さて、岸辺露伴先生どうなさいますか? 彼女の命を得るか、それともあなたの大切な何かを失うか……。二つに一つです」
露伴は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。彼は『
「やれやれ。君、一つ大きな勘違いをしているんじゃあないか。僕も君と同じ『創作者』の端くれだがね……。作品の評価を読者に委ねられないのなら、ペンを折ってしまえ!」
「な、なんですって!?」
「面白ければ称賛され、つまらなければ侮辱される。それが表現の世界の摂理だ! 自分の作品が『ゴミ』だと言われて動揺し、あまつさえ読者に労いの言葉を強要するなど……。作家として、これ以上の『マナー違反』があるかッ!」
露伴の怒声が部屋に響き渡る。
「いいか、作家が魂を削って書いているのなら、読者は自分の時間を削って読んでいるんだ。すなわち、読者の人生の一部を頂いているんだよ。作家なら、まず『読んでくださってありがとうございます』と礼を言うのがマナーだろ!」
一究は、プロの漫画家から放たれた「創作論」という名の正論に、言葉を失った。
「ぐ、ふ……っ! さ、作家としての……マナー……っ!」
一究のプライドが物理的な衝撃となって彼を打ちのめし、彼はその場に膝をついて激しく嘔吐しそうになるほど憔悴した。同時に、呪縛が解けた京香が「ぷはっ!」と勢いよく息を吹き返す。
一究は真っ白な灰のようになりながら、震える声で尋ねた。
「……ど、どうしますか……。マナーの再試験を……続行、しますか……?」
露伴は、気絶しかけている京香の襟首を掴み、出口へと歩き出す。そして、振り返ることなく言い放った。
「だが、断る!!」
山を下りる道を歩きながら、京香が「あの別荘、やっぱりネット環境が悪そうだったからやめて正解ね!」と呑気に笑う横で、露伴は溜息を吐きながら呟いた。
「……全く。ヘドが出るほど『微妙な』冒険だったよ」
おしまい☆
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【第五部:楽しい
ネアポリスの真昼の太陽が、石畳を白く焼き、広場に集まった群衆の視線を容赦なく反射していた。
そこには、ギャング組織「パッショーネ」の精鋭たちがいた。ブチャラティ、ジョルノ、そしてナランチャ。彼らは今、かつてないほどのプレッシャーに晒されていた。暗殺チームとの死闘でも、ボスの正体を暴く任務でも、これほどの緊張感を感じる事はなかった。
ナランチャがマイクを握る。その手は、ナイフを構える時よりも激しく震えていた。
「…ボラボラボラボラボラ……ッ」
ブチャラティが横で険しい表情を浮かべる。
「…アリアリアリアリアリ……ッ」
ジョルノもまた、黄金のような冷静さを欠き、冷や汗を流していた。
「…無駄無駄無駄無駄無駄……ッ」
広場に集まった市民や団体は、何事かと彼らを見守る。三人は意を決したように、同時に腰を深く折り曲げた。
「……ボラボラボラボラ……ボラーレ……、ボランティア活動にご協力いただき……ッ!」
「……アリアリアリアリアリ…アリーヴェ……、ありがとうございました……!!」
「……無駄無駄無駄無駄無駄……、無駄なゴミが無くなって街がキレイになりました……ッ!」
静寂が広場を包む。……が、次の瞬間。
最前列にいた老婆が、クスクスと笑いながらナランチャの肩を叩いた。
「お疲れ様。お兄ちゃん、そんなに緊張しなさんな。ゴミ拾いなんて、楽しくやればいいんだよ」
「そうそう、噛みすぎだって。あんたたち、顔は怖いけどいい子だねぇ」
周囲から次々と飛んでくる、温かい労いの言葉。
スタンドを駆使して街を闇から守る男たちは、ボランティア活動というやり慣れない黄金体験に完全に緊張し、真っ赤な顔をして俯いた。
緊張のし過ぎで、メチャメチャ噛みまくってしまった三人の、あまりにも「微妙な」ボランティア活動の締めの挨拶であった。
おしまい☆
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【第五部:思った時には実行済み】
フィレンツェ行き超特急の車内、空気は張り詰め、殺気が満ちていた。
プロシュートは、震える弟分ペッシの顎を強く掴んだ。
「おい、ペッシ。おまえ……さっきなんて言った? 『ぶっ殺す』……だと?」
「え、ええ……。あいつら、見つけ次第、ぶっ殺してやりますよ、兄貴ッ!」
「……その言葉は使う必要がねえんだ。なぜなら、オレたちがその言葉を頭の中に思い浮かべた時には、実際に相手をぶっ殺しちまって、もうすでに終わっているからだ!」
プロシュートの言葉には、命を懸けた者だけが持つ重みがあった。
「は、はいッ! わかりました兄貴!」
ペッシは感動に打ち震えながら、ふと、戦いの前の景気づけに欲しかった新作ゲームの予約状況を確認しようと、自分のスマートフォンを取り出した。だが、画面を見た瞬間、ペッシの顔が凍りついた。
「……あ、あれ? おかしいな。昨日チャージしたばかりのポイントが……『残高:0』になってる……」
慌てて購入履歴を開くペッシ。そこには、数分前に決済が完了したばかりの、身に覚えのない履歴が並んでいた。
『高級ワニ革のコート:30万リラ(購入完了)』
「な……ッ!? なんだこれ! 兄貴、俺のスマホで誰かが勝手にブランド物を買ってますよッ!!」
動揺するペッシを、プロシュートは一瞥だにせず、窓の外を見つめたまま静かに告げた。
「……ペッシ。『欲しい』と心の中で思った時には、そいつはすでに購入(ポチ)っているもんだぜ!」
「それはいいけど! 兄貴、自分の金で買ってくれよぉぉッ!!」
ペッシの悲鳴が虚しく響く中、不意に、車内の冷えた空気に「あってはならない異臭」が混じり始めた。鼻を突く、あまりにも生々しい、野生の腐臭。
「……うっ。な、なんですかこの臭い……。何だかうんこ臭いような……」
警戒してスタンド『ビーチ・ボーイ』を構えるペッシ。しかし、プロシュートは微塵も動じない。
「……安心しろ、ペッシ。これは『攻撃』じゃあない。……オレは今、心の中で『うんこがしたい』と思った。そして、思った時には既に実行しているんだ」
「え……?」
プロシュートの股下から、じわりと広がる「覚悟」のシミ。
「兄貴が壊れたぁぁぁーーッ!!(泣)」
ペッシの絶叫は、列車の轟音にかき消されていった。
おしまい☆
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【第六部:素数の代わりに】
グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の重苦しい静寂の中、エンリコ・プッチ神父は己の昂ぶる鼓動を鎮めようと、壁に背を預けていた。承太郎から奪った「記憶のディスク」。天国へ行くための「時」は近い。だが、その期待と焦燥が、彼の理性をかき乱す。
「落ち着け、『素数』を数えて落ち着くんだ。素数は孤独な数字、私に勇気を与えてくれる……」
だが、ふと彼は自らの指先を見つめて呟いた。
「……いや、いつも素数ばかりだな。マンネリは精神の停滞を招く。たまには別のものでも数えてみるか。フィボナッチ数列、いや、数字の羅列じゃ芸がない。たまには『プリキュア』でも数えてみるか。彼女達もまた孤独な戦いに身を投じる気高き魂の持ち主だ……」
神父は目を閉じ、讃美歌でも歌うような口ぶりで、虚空に歴代の戦士たちを列挙し始めた。
「キュアサニー、キュアビューティー、キュアブラック、キュアホワイト、キュアホイップ、キュアエース、キュアミラクル、キュアマジカル、キュアマカロン、キュアモフルン、キュアマーメイド、キュアフローラ、キュアフォーチュン、キュアラブリー、キュアプリンセス、キュアスカーレット、キュアサンシャイン、キュアムーンライト……」
キュアムーンライトの名を挙げた瞬間、神父の眉間に深い皺が刻まれた。静かな独白は次第に熱を帯びた「早口の解説」へと変貌していく。
「…キュアムーンライト、かつてライバルのダークプリキュアに敗北し、その際に変身アイテムは破壊され、相棒の妖精も死に、完全に心が折れて戦えなくなった。しかしッ! キュアブロッサム達を見守っている内に、再び戦う勇気を取り戻し、戦線に復帰した。あのッ! 初変身シーンはマジで鳥肌が立った! 欠けていた変身アイテムが奇跡の力で復元し、再びムーンライトの姿になった瞬間の胸の熱さと言ったら…。もはや主人公、遅れてきた最強のプリキュア……!」
神父はハッと我に返り、自身の荒い息遣いに気付いた。額には大粒の汗が滲んでいる。
「ああ…、駄目だ駄目だ、かえって
彼は深く深呼吸し、今度は『ウマ娘』という名の走者たちを脳裏に浮かべた。
「ハルウララ、トウカイテイオー、ゴールドシップ、スペシャルウィーク、サイレンススズカ、マルゼンスキー、グラスワンダー、メジロマックイーン、シンボリルドルフ、マンハッタンカフェ、ライスシャワー、イナリワン、タマモクロス、フジマサマーチ、オグリキャップ……」
その名を口にした途端、神父の瞳にじわりと涙が浮かんだ。彼の脳内では、かつての笠松競馬場の喧騒と、一頭の葦毛の怪物の姿が鮮明に再生されていた。
「…オグリキャップ、笠松での最終レース、勝てば中央への移籍が決定的となる。しかし、ずっとトレーナーと一緒に東海ダービー制覇を夢見ていた。もし中央に移籍したら東海ダービーには出られなくなる。しかも、トレーナーは中央のライセンスを持っていないため、それはトレーナーとの決別も意味している。目の前には最大のライバルフジマサマーチ、負けたくない、しかし勝ちたくもない。中央という大舞台を取るか、それとも長年の夢だった東海ダービーを取るか、そんな極限の葛藤の中で走るオグリキャップ。だがッ! トレーナーは背中を押した。『走れオグリキャップ!』、その声援を受けてオグリキャップは『いいの? 私、勝っちゃうよ……』と呟き……」
神父はついにその場に膝をつき、嗚咽を漏らした。
「……号泣しながら1着でゴールするオグリをッ! 漫画で泣いて、アニメで泣いて、今こうして思い出して泣いているッ! ああいかん、まだ涙が止まらない…。駄目だ、ウマ娘は駄目だ、何かもっと別のものを……」
プッチ神父は震える唇で、次に『東方Project』の少女たちの名を挙げ始めた。だが、幻想郷の膨大な設定とキャラクターの奔流は、彼の「知覚」をさらなる高みへと加速させるばかりで、その心が落ち着く事はなかったのだった。
おしまいw
【制作こぼれ話】
個人的にはジョジョは7部、『スティールボールラン』までしか読んでいないので、最新のジョジョ情報は分からないのですが、2026年3月現在、まだ連載してるんですよね。凄いですね。
個人的には3部と5部が好きで、その中でも特にブチャラティが大好きです。ブチャラティの、死んでなお目的を果たそうとする強い意志は、マジで熱すぎます。