今回のお話は史実や科学的根拠を元にしたフィクションです。
できるだけ史実や科学的根拠、客観的事実で構成していますが、ある程度の自己解釈も含まれますのでご容赦ください。
ここの内容をもっと知りたい、などのご意見がありましたらお知らせください。
これは特定の宗教への勧誘ではなく、あくまで『歴史上のデータとしての聖書』を科学的に分析する試みです。
ですが、ある程度の宗教色もありますので、苦手な方はここでバックしてください。
今回のエピソードは『
【原作あらすじ紹介】
西暦2019年、世界を襲った謎の緑色の光線により全人類は石化してしまう。
それから3400年、文明は全て崩壊。ストーンワールド(石の世界)と化した世界で復活を遂げた千空は、科学文明の再興と、全人類の救済、そして怪光線の正体を暴くために動き出す。
【登場キャラ紹介】
石神 千空(いしがみ せんくう)
16歳の高校生。自作ロケットで宇宙に行くのを夢見て、日々様々な実験を行っている。
あらゆる分野の科学知識に精通しており、ストーンワールドで起こる様々な困難を科学知識を活用して乗り越えていく。服の胸元に【E=mc²】と書くほど、科学を絶対的な信条にしている。
大木 大樹(おおき たいじゅ)
千空の幼馴染みで大親友。千空の実験を日常的に手伝っている。
ストーンワールドでは無尽蔵の体力と、超人的な馬鹿力で、千空をリーダーとする科学王国で肉体労働を全般的に担う。難しい事を考えるのは苦手で、暴力反対の平和主義。
Chapter 22 『十字架への道』
千空は手に持っていたマーカーのキャップを、カチリと音を立てて閉めた。窓の外では夜の帳が完全に降り、わずかな月光が、室内を青白く照らしている。
「……すまん、もう一度確認したい。
大樹の問いに、千空はパソコンを起動し、モニターの画面を切り替えた。そこには、長い年月を経て変色した、一枚の古い布の断片が映し出されている。
「現場責任者、イエス・キリストが十字架にかけられて死亡した際に、その遺体をくるんだとされる布だ」
「十字架……。そもそも、なぜそんな残酷な刑に処せられたんだ? あのドラえもんのような奇跡を自在に操る男が、何か悪いことでもしたのかッ!?」
大樹の咆哮が静まり返った部屋に木霊する。
「聖書によれば、当時の宗教界を牛耳っていた管理人どもは、腐敗と堕落の真っ只中だった。宗教を隠れ蓑にして暴利を貪り、自分たちの都合のいいように教義をねじ曲げてやがった。そこへイエスが現れて、それらを真っ向からぶち壊し、大衆の圧倒的な支持を集めちまった」
「既得権益者は、それらが壊されるのを恐れたのか!」
「当時の『ユダヤ教』の集金システムはエグいぜ。罪を清算(リセット)するには『エルサレム神殿にて、傷の一切ない動物を生贄に捧げる』事しかなかった。しかも生贄として認められるのにも神殿の許可が必要だった。結局、神殿で生贄用として売られている動物を購入するしかない、言わば、事実上の『無課金プレイお断り』の仕様だ」
「では、どうしても経済的な事情などで課金できない者はどうなっていたんだ?」
「神殿の管理者どもは、生贄を用意できない貧困層を『罪人』だとレッテル貼りをして切り捨てていた。つまり『金のねえ貧乏人に神を信じる資格はねえ』と言っていたんだ。人を救う宗教が、金持ちどもしか救わねえ集金システムに成り果てていたんだ」
「それはあまりにも酷すぎる」
「神殿の中で生贄用の動物を、クソ高え料金で売りつけていたのにイエスがブチギレて、それらをバキバキにぶち壊していくシーンなんて、なかなかそそるぜ」
「それは神の代理人としては許すわけにはいかないだろうな…」
大樹は腕を組み、憤るように鼻息を荒くした。
「他にも、売春女をイエスの前に連れてきて『姦通罪は死刑だ』と言って、イエスがこの女をどう始末するのか試そうとした。常日頃、愛を語っているイエスが女を容赦なくぶち殺すのか、それとも法を無視して女を見逃すのかをな。当時の律法を盾に取った、最悪の罠(トラップ)だ」
「で、その女性はどうなったんだ?」
「イエスは『お前らの中で罪のないヤツはこの女に石を投げろ(刑を執行しろ)』と言った。……結果どうなったと思う? 誰一人、石を投げられずに逃げるようにその場を去って行った」
「なるほど、目の前の女性を守りつつ、当時の通例も破らなかったと言う事か。なかなか見事な采配だな!」
千空はモニターに映る布の画像を見つめ、声を落とした。
「焦った権力者どもは無理難題を押し付けて黙らせようとしたが、イエスはそれらを片っ端から『論破』していった。で、遂には自分らの手に負えないと判断し、イエスをぶち殺そうと計画した。しかし、宗教的な罪状じゃ死刑にできねえから、『こいつは自分を王だと名乗ってローマ皇帝に逆らおうとしている』っつう国家反逆罪をデッチ上げたんだ。結果、当時最も重い、見せしめのための……十字架による
「……何という理不尽。では、彼は何も悪いことはしていなかったんだな!?」
「少なくとも聖書の記録上はな。で、処刑後にその遺体をくるんだのが聖骸布だ。そいつが今もイタリア、トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されてやがる」
「2000年も前の布が、今も残っているのか……!」
「ああ、だがよデカブツ。元々はただの信仰の対象、宗教的なシンボルだったその布に、1898年、科学という名のメスが入った。すると、信じられねえ事実がわんさか出てきやがった」
「一体、どんな事実が分かったんだ?」
「それが、現代科学でも製造過程が分からねえ、『超遺物(オーパーツ)』だった。その一方で、それを中世の贋作職人が偽造した『偽物』だと見る者もいて、いまだに本物か偽物かも分からねえ状態なのさ」
Chapter 23 『浮かび上がるキリスト像』
「発端は1898年、聖骸布の初めての写真撮影が行われた時の事だ。現像液に浸されたネガプレートを見た写真家セコンド・ピアは、恐怖で指先まで震え上がった」
千空はモニターのキーを叩き、聖骸布の明暗を瞬時に反転させた。すると、そこにはあまりにもリアルな男の全身が浮かび上がった。
「……見てみろ。布に刻まれた染みが、実はキリストの『ネガ像』だったんだ。写真のネガを現像する際に、初めてそこに、あまりにリアルな男の姿が浮かび上がる事が分かった。……いいかデカブツ、もしこいつが偽造だったら、仕上がりが『ポジ(正像)』になるように描くのが100億%の道理だ」
「すまん千空、そもそもネガとかポジとは何だ? 難しい言葉はさっぱりだッ!」
「ネガは白黒が反転した画像、ポジは俺たちが普段見ている通りの色合いだ。……つまりだ、聖骸布はそれ自体が『2000年前の巨大な写真フィルム』だ。しかも、その像の正体がまたイカれてる」
大樹が困惑気味に太い首を傾げると、千空は指先でペンを回しながらニヤリと笑った。
「像の正体……? どのような描かれ方をしたというのだ?!」
「この像は描いたんじゃねえ。……『焼き付いた』のさ。聖骸布の表面には一切の塗料や染料、薬剤の痕跡がねえ。それどころか、変色しているのは布の繊維の、ごくごく表面……厚さにしてわずか0.2ミクロンだ。……だが、そうなった理由は現代に至るまで、まだ正確な所は判明しちゃいねえ」
「0.2ミクロン……!? こいつはどれくらいの薄さだというのだ!?」
「髪の毛の50分の1の厚みだ」
「髪の毛の50分の1、何だそのデタラメな薄さは!? そんなことあり得るのか!?」
「いいかデカブツ、もし塗料や薬剤を使って色を付けた場合、毛細管現象……『サイフォン効果』で液体は繊維の奥まで染み込む。だが、この布の像は、布の裏側どころか、繊維の内部にすら浸透してねえ。表面の細胞壁だけが、一瞬の強烈なエネルギーを浴びて『脱水酸化』……つまり、トーストみてえに焦げ付いてる状態なんだよ」
千空はボードに繊維の断面図を殴り書きし、その表面だけを薄く塗りつぶした。
「イタリアのENEA(国立新技術エネルギー環境局)が最新のレーザーをぶち込んで再現できたのは……切手か、せいぜい名刺サイズが限界だ。その際にかかった時間は数ナノ秒(1秒の10億分の1秒)だ。それ以上長いと繊維全体が焦げちまう。」
「むむむ、他の手段で何とかならないのか!?」
「もちろん多くの専門家がその手段を模索してきた。実際に中世の材料だけを使って、幾度も再現実験をしたが不可能だった。中世の絵描きに0.2ミクロンの超精密な焼き付けはできねえ」
「では、どうやってできたというのだ?! タイムマシンでも使って未来から来たとでも言うのかッ!」
「現代科学をもってしても、こいつの製造方法は不明だ。一方で本物派は、イエス・キリストが復活した際に高出力のエネルギー波が放出され、像が焼き付いたと言っている」
千空は不敵な笑みを浮かべ、夜空を指差した。
「聖骸布がネガ像になっている事には写真を撮って初めて気が付いた。もし偽物を作るとしたら、もっと分かりやすく作るのが道理だろ。ましてや、作られた当時には写真という概念そのものがねえ。こんなネガ像を作る動機も発想も、あるわけがねえ」
「確かに、意図的に作ったと仮定すると違和感があるな……」
「偽物派はこの状態を『故意に作ったのではなく、単なる偶然』と片付けている」
「それは都合の良い仮説だな!」
千空はホワイトボードに『レオナルド・ダ・ヴィンチ』と書き込んでいく。
「……一方で、中にはファンタジーな仮説も生まれたぜ。万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが初期の写真技術を利用して自分の顔を焼き付けた、なんてな」
「おお、あのモナ・リザの! 確かに、そんな天才なら何世紀も先を行く発想をしていてもおかしくはないなッ!」
大樹が興奮気味に拳を握るが、千空は「1ミリもねえ」と言わんばかりに手を振った。
「バカ言え。聖骸布が歴史の表舞台、フランスのリレーに登場したのは1350年代だ。対して、ダ・ヴィンチが生まれたのは1452年。……つまり、こいつはダ・ヴィンチが産声を上げる100年も前から存在してやがるんだよ」
「……っ! それではさすがに無理だな!」
「しかも、理屈抜きで物理的な証拠が捏造派の首を絞めてる。……大樹、写真ってのはどうやって像を固定するか分かるか?」
「……むう、光を当てて……それから、現像液とかいう怪しい液体に浸けるんだったかッ!?」
「そうだ。布をフィルム代わりにするには、銀塩のような『感光材』の塗布が不可欠だ。だが、聖骸布からはそんな化学物質の痕跡は1ミリも、原子1個分すら検出されてねえ」
千空は、呆れたようにホワイトボードの『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の名をバツ印で消した。
「それだけじゃねえ。聖骸布の画像は本物の写真のように鮮明だ。この精度の焼き付けにはかなり強い光源が必要になる。聖骸布級の面積の焼き付けにかかるエネルギーは数十億~数兆ワットのエネルギーが必要だと試算されている。そして、それは現代でも作り出す事ができねえ」
「ならば、小分けにして少しずつ継ぎ足したらどうだ!?」
「いいや、聖骸布には全く継ぎ目がねえ。完全に全体が一瞬で焼き付いてやがる」
「現代科学でも、やっと名刺サイズだと言うのに…」
「繰り返しになるが、自然現象を使った再現実験では、『肉眼レベル』ではそれっぽいものを作る事ができたが、中身が全然違う。完成度もとてもこんな写真のように鮮明にならねえ。結局、捏造派の連中は最後にはこう言い出す始末だ。……『当時の記録にはないが、今では失われてしまった超技術が存在したはずだ』とな」
「……!? それは事実上のギブアップという事かッ!?」
「だが、『神の奇跡』、あるいは『未知の超技術』というファンタジーを持ち出さねえと、この布にあった出来事を説明できねえ所まで、現代科学は追い詰められているというのが現実だ」
Chapter 24 『2次元 vs 3次元』
千空は窓枠に肘をつき、夜風に髪をなびかせながら、さらに鋭いトーンで続けた。
「……いいか大樹。『焼き付いた』という前提を一旦横に置いて、捏造派の野郎共がひねり出した苦肉の策……それが『浅浮彫像(レリーフ)』による転写説だ」
「レリーフ……? あの、壁から半分飛び出しているような彫刻のことかッ!?」
「そうだ。もし、本物の人間の顔に布を被せて像を写し取ってみろ。布は顔の側面にまで回り込む。そいつをペリッと剥がして平らに広げれば、画像は横にバカみてえに伸びちまう。奥行きが横幅として記録されるためだ。正面から見りゃ、元の顔より1.5倍は広がる計算だ。だが、聖骸布に描かれた男の顔は、あまりにも端正で、歪みが1ミリもねえ」
千空はホワイトボードに『ラップアラウンド歪み』と書いていく。
「だから捏造派は考えた。『実像じゃなく、平べったいレリーフを使えば、布を広げても歪まねえイラストが作れるんじゃねえか?』ってな。……パッと見の『見た目』だけなら、そいつで一丁上がりだ。だが、聖骸布のヤロウに刻まれてるのは、そんなチャチな平面データじゃねえ」
「平面ではない……? 布は平面ではないのか?」
「ククク、聖骸布の画像にはな、3次元の立体情報が含まれてるんだよ」
「平面の布に、立体情報!?」
「いいか、レリーフに塗料を塗って布を押し当てた(スタンプした)場合、情報は『接触した面』か『接触していない面』……その2択しかねえ。版画やスタンプと同じだ。触れてねえ部分は真っ白になるのが道理だろ?」
千空はホワイトボードに、『0 or 1』と書き殴った。
「だがな、聖骸布の画像濃度をNASAの最新機器(VP8イメージアナライザー)で解析すると、布が体に触れてねえはずの鼻の脇や、目の窪み……そんな『非接触面』にも、体からの距離に正確に反比例した濃淡が刻まれてやがるんだよ」
「……!? つまり、触れていなくても色が着いているというのか!?」
「ああ。布と体の距離が遠くなるほど、焼き付きが淡くなる。こいつはもはや『絵』じゃねえ。……対象物の起伏を完璧に記録した、『3Dトポグラフィー(地形図)』なんだよ。21世紀の技術でそのデータを処理すりゃ、モニターの中に2000年前の男が、完璧な立体像として浮かび上がる」
「布切れ一枚の中に、3次元情報が丸ごと入っているのか……」
「ああ。中世の絵師が、解剖学的に完璧な3次元情報を、濃淡の『距離データ』として布に記録する? ……こいつは解析が進めば進むほど、チャチな偽造が不可能であるという事実ばかりが判明してやがるんだ」
「いよいよ化け物じみてきたな、聖骸布ッ!!」
Chapter 25 『中世に絵師がいた!?』
「……ククク、だがよ大樹。歴史上、この聖骸布に『意義あり!』と真っ向から否定した有名人がいやがる。14世紀の司教、ピエール・ダルシスだ。こいつは教皇への書簡の中でこう言い放った。……『私はこれを描いた絵師を知っている。その本人から、どうやって偽造したか供述も取った』とな」
「おおおッ! それでは一発解決ではないか! ついに作者と、その魔法のような技法が歴史的に明かされたのだな!?」
大樹が希望に満ちた顔で身を乗り出す。真相解明かと思いきや、千空は小指で耳をほじりながら、そっけなく答えた。
「いいや、何も」
「?? どういう意味だ千空。聖骸布の制作者が特定され、その供述まであると言ったではないか!」
「ああ、ピエールはそう『言っただけ』だ。だが、その絵師の名前も、供述の内容も、具体的な製造法も、その後の記録には何一つ残っちゃいねえ」
「な……ッ!? それはどういうことだ! まさか、嘘だったというのか!? 嘘は悪い事だ!」
「ククク、大人の事情ってヤツだ。当時、聖骸布を展示していたリレーの教会は、巡礼者からの寄付金でウハウハだった。一方でピエールの管轄するラバル教会は、いわば商売敵の関係だ。客……もとい信者をごっそり持っていかれたピエールが、嫉妬と利権争いの末に、根拠ゼロの『偽物説』をブチ上げただけなんだよ。今で言う、ライバル店へのネガティブ・キャンペーン(嫌がらせ)だ」
「むむう……! 神に仕える司教が、そのような世俗的な理由で嘘をつくなどッ! それが本当だったら真贋論争は中世で決着していたのに!」
大樹が悔しそうに地団駄を踏む。
「仮に守秘義務で作者を明かせなかったとしても、製造法を記録しておくだけでも、この真贋論争は決着がついていたかも知れねえ。結局は『遺憾砲』と同じ中身のねえ、ただの『お気持ち表明』に過ぎないんだよ」
千空は小さくため息をついてから言った。
「……当時は聖遺物ビジネスは国家プロジェクト並みの巨大ビジネスになっていた。実際に捏造された聖遺物も数多く出回っていた。聖骸布も信仰の対象なだけでなく、実利も生んでいた事が、この真贋論争を複雑にしている」
「捏造を疑われても仕方がない社会背景があったという訳か!」
Chapter 26 『放射性炭素年代測定と悪魔の囁き』
日は完全に落ち、窓の外では風が木々を揺らし、モニターの青白い光が、千空の鋭い横顔と大樹の困惑した表情を不気味に浮かび上がらせている。
「……ククク、だがな大樹。捏造派には、どんな反論も一撃でねじ伏せる最強の『必殺技』があった。1988年に行われた『放射性炭素年代測定』だ」
「炭素年代測定……? いよいよ科学の真打ち登場というわけかッ!」
大樹が身を乗り出す。千空はキーボードを叩き、古い新聞記事のデジタルアーカイブを表示させた。
「ああ。世界でも最高権威の3つの研究所……オックスフォード、チューリッヒ、アリゾナに、聖骸布の断片を別々に渡して測定させた。……いいか、互いに連絡を取り合わねえ『ブラインド・テスト』だ。その結果は、3か所ともピタリと一致しやがった」
千空はホワイトボードに『 1260年〜1390!』と書き殴った。それは1988年にエドワード・ホール教授が聖骸布の調査結果を発表した時と『!』まで含めて全く同じものであった。
「おおおッ! いよいよ決着ではないか! 恐ろしいほど精密な数字……つまり、やはり中世に作られた、手の込んだ贋作だったのだな!?」
大樹の晴れやかな声が室内に響く。偽物だと分かれば、呪縛から解き放たれたようなスッキリした気分になるのも無理はない。しかし、千空は無表情のまま、モニターの輝度を上げた。
「ああ、当時は世界中に報道されたぜ。ついに『科学が宗教の闇を暴いた』ってな。オックスフォード大学の放射性炭素年代測定研究所の所長だったエドワード・ホール教授は、勝ち誇った顔でこう言い放った。『今後も聖骸布が本物だと信じ続ける者がいるとすれば、それは「地球は平らだ」と言い張る連中と同じ部類だ』とな」
「少々不敬な気もするが、なかなか痛快な発言だな!」
「だがデカブツ、……こいつがとんでもねえ『大嘘』だったのさ」
千空のトーンが一段低くなる。
「嘘!? どういう意味だ千空! 科学の権威が出した結論ではないのかッ!」
「コイツらはな、科学者として最もやっちゃいけねえ、魂を売るような真似をやっちまったんだよ。……それは、データの不正操作、広義の『改竄』に相当する」
「改竄!? まさか、世界を代表する研究所が、何かやましい事でもしたのかッ!」
「ああ、そのまさかだ」
千空はモニターを見つめたまま、一瞬だけ自嘲気味に目を細めた。そこには、純粋に真理を追い求める科学者が、同じ「科学」を名乗る者たちの不正を暴かなければならない、言いようのない悲しみと憤りが溢れていた。
「……表に出された自分に都合の良いように調整されたデータの裏側で、不都合な『生データ』(ローデータ)は闇に葬られた。連中は、自分たちの名声のために、データを好き放題いじりやがったんだ」
千空の手が、静かに拳を握る。
「いいか大樹。科学者ってのは、数字をいじった瞬間に、白衣を着た、ただの『ペテン師』に成り下がるんだよ……」
「むむう、科学者とは『真実を追求する者』だろう。あらゆる職業の中でも、最も嘘をついてはいけないものだと思うぞ!」
「ああ。奴らがやったのは科学じゃねえ。事実というカードをすり替える、質の悪い『奇術(マジック)』だ。 その種明かしを、順を追って説明してやる」
千空は大きく息を吐いてから言った。
「まず最初の問題だったのは、この検査プロセスには、100億パーセント看過できねえ致命的なバグが紛れ込んでいた。サンプリングのミスだ」
「サンプリングのミス……? 検査の仕方に、何か問題があったというのかッ!?」
「この布は1532年の火災を含め、何度も災難に遭ってやがる。その度に、修復のプロが『目に見えない補修(インビジブル・リウィービング)』を施してきた。最悪なことに、科学者が検査用に切り取ったのは、まさにその『後世に継ぎ足された補修部分』の端っこだったんだよ」
「何という痛恨のミスだッ! それでは、修復した中世の糸を測れば、中世という結果が出るのは当たり前ではないか!」
「聖骸布はバチカンにとっても至宝中の至宝だ。布の中央のサンプリングなんて許可されるハズがねえ。申し訳程度に切り取ったのが布の端っこだったんだ」
「だが千空……」
大樹は眉をひそめ、純粋な疑問をぶつけた。
「その検証に当たった者たちは、本当にミスに気付かなかったのか? 専門家ならば、公表前にサンプリングのミスだった事に気づけたんじゃないか!?」
千空は椅子を回し、窓の外の闇を見つめた。
「『サンプルの場所を間違えた、検査はやり直しだ』なんて報告しても、科学者としてのキャリアには1ミリもプラスにならねえ。だが、もしこれが『科学が神を葬る決定打』だとして発表すりゃ、世界中から英雄サマ扱いだ」
「……っ! 科学者としての矜持よりも、功名心を優先させてしまったというのか!?」
「ああ。そして、その『隠蔽』は徹底していた。実はこの3機関、ブラインド・テストの前提を破って、結果を公表する前に密室で打ち合わせをしてやがった。さらに、科学の鉄則である『生データ(ローデータ)』の公開を拒否し、自分たちの結論に都合のいいように調整された平均値だけを世に放ったんだ」
千空はホワイトボードに『2017-2019』と数字を書き込んだ。
「真実が闇に葬られたまま30年が経過した。ようやく、情報公開法に基づく法的な追求によって、大英博物館から本物の生データが引きずり出されたのが2017年。その解析結果が論文として発表されたのは2019年だ。暴かれた真実は無残なもんだったぜ。3つの研究所が出した数値は、一致しているどころか、実はバラバラで大きくズレていた。『統計的に、同一の個体を測定したデータとは認められない』……。つまり科学的に、1988年の測定結果は『聖骸布ではなく、補修された布を検査した』という審判が下されたんだ」
「30年……。そんなに長い間 隠されていたのか」
「今まで本物派の科学者が指摘してきた『サンプリング・エラー』が、ようやく公式な生データによって裏付けられた。この瞬間、捏造派最大の論拠だった放射性炭素年代測定は、もはや科学的根拠としては『死に体』となった!」
「それじゃ、千空……。この布が本当はいつの物なのか、いまだに……誰にも分からないのか?」
「いや、生データの中には『1世紀』を示すデータもあった。しかし、それらは全て『異常値』として棄却されていたんだ。つまり、炭素年代測定の結果を一切の忖度抜きで客観的に結論付けるならば『中世の布で補修した中に、1世紀の布の繊維が混じっていた』っていう結論だったと言える」
「それでは、解釈次第では炭素年代測定は、『本物』だと決定づける証拠になり得た可能性もあるのだな!?」
「本物と言うよりかは『1世紀の布』って結論だな。だがやつらは『中世の偽造品』という結論にしたいがために、3機関でバラバラだった検証データを『一致した』と発表し、生データを30年間もひたすら隠匿したまま、他の研究者の再検証を許さなかったんだ。もはや悪魔のメンタリズムでハッキングされた可能性すら疑うぜ」
「……では、嘘をついていた者たちはどうなったんだ? 特に、あの大言壮語を吐いていたエドワード・ホール教授はどうなった!? 科学者として、きっちり落とし前をつけたのかッ!」
大樹の熱い問いに、千空はパキポキと指を鳴らし、PCモニターの顔写真の上に「Expired(期限切れ)」の文字を重ねた。
「何と言ってもすでに40年も前の話だ。関係者の大半は、とっくにくたばっちまった。例のホール教授も、自分の嘘が白日の下に晒される前に、この世をおさらばしたよ」
「すでに死んでいるのか……」
「ああ。ヤツにはもう、汚名を返上する機会も、真実を語る口もねえ。未来永劫、科学の歴史に『データを改竄したペテン師』として名を刻み続けるだけだ。死んでなお、科学の鉄槌を食らい続ける……ある意味じゃ、生き地獄よりキツい末路かもな」
「では、他のメンバーはどうなのだ? 全員が黙ったまま死んだというのか!?」
「いいや、ホールの野郎と一緒に記者会見の壇上にいたもう一人の中心人物……『偽物』を断言したマイケル・タイト教授は、生データが流出する前に、妙な動きを見せやがった」
千空は、あるインタビュー記事を表示させる。
「ヤツはデータの再解析の圧力が強まる中、『誰かが意図的に人々を騙そうとした「偽造品(forgery)」だとは、今は思っていない』、『当時は最善を尽くしたが、サンプルに不備があった可能性は十分にある』と、当時の発言を事実上、撤回してやがるんだ」
「……! その教授には、最後に良心が芽生えたというのかッ!?」
「さあな。良心の呵責に耐えられなかったのかも知れねえし、単に追い詰められてからの保身かもしれねえ……。その心は『神のみぞ知る』ってわけだ。他の存命メンバーの連中は、揃いも揃ってノーコメント。ひっそりとほとぼりが冷めるのを待ちながら、そのまま死に逃げを決め込むつもりかも知れねえ」
「世界中の人間を騙しておいて、何のお咎めもないなんて……もどかしいぞッ! それではまるで、嘘をついた者が勝ちではないか!!」
大樹が床を激しく踏み鳴らす。千空はそんな相棒の怒りを冷めた目で見つめながら、最後に最も「唆らねえ」事実を突きつけた。
「それだけじゃねえ。オックスフォードの研究所は、聖骸布を『中世の偽造品』だと発表した直後、捏造派のパトロンたちから100万ポンド……当時のレートで数億円もの多額の寄付金を集めてやがる」
「……っ!!」
「2000年前の奇跡を否定して、自分たちの権威と金を手に入れる。……やってることは、イエスを売って銀貨30枚を得た『イスカリオテのユダ』そのものだ。死後もなお人間に裏切られ、金に換えられる。……イエスの野郎も、とんだ難儀な人生だぜ」
千空はモニターを消し、静まり返った暗闇の中で、鼻で笑った。
Chapter 27 『空白の30年』
「なあ千空。捏造派は最大の根拠を失ったんだろ。だったら、その後の真贋論争の展開は大きく変わったのか? ついに本物として認められる日が来たのかッ!?」
大樹が期待に満ちた目で千空を見つめる。だが、千空はモニターから目を離さず、鼻で笑った。
「ああ、大きく変わったぜ。今まで研究者の間では『中世の偽造品』という結論が支配的だった。更には聖骸布の研究をしようとするヤツを『疑似科学(オカルト)扱い』する空気まであった。その空気が変わったのはホール教授が死んでからだ。研究者の間では、ホールの存在のために『聖骸布の研究が30年遅れた』と指摘する者もいるし、実際に科学者としてのキャリアとプライド、結果的に人生そのものをズタズタにされた者もいたんだぜ」
「では今では本物であるという意見の方が多いのか?」
「今はようやく五分五分と言った所だ。だが、本物前提で研究した結果、今まで見向きもされなかった歴史的な資料にも目が向けられ、聖骸布のルーツが明らかになろうとしている」
「聖骸布のルーツ?」
「聖骸布が歴史の表舞台に出てきたのは1350年代だ。それまでこの布がどこにあったのかが分かってねえ。それ自体が偽造派の論拠でもあった訳だが、そのルーツが明らかになりつつある」
「ならば、この布が本物であるとみんなが信じるのも時間の問題だなッ!」
「いいや、一般大衆にはそんなアップデートはほとんど影響がねえ。世間の大半は、今でも40年前の『中世の贋作だった』っていう古い嘘にハックされたまま、そいつを最新の結論だと信じ込んでやがる」
「……っ! これほど決定的なミスが発覚したというのに、世の中には伝わっていないというのか!?」
「情報の伝達速度なんてそんなもんだ。センセーショナルな『嘘』は一瞬で広まるが、地味な『データの再検証』なんてニュースは誰も見向きもしねえ。……だがな、真実を探求する科学者の連中の間じゃ、やる気は1ミリも衰えてねえぜ。本物派、捏造派、両陣営とも次の一手を虎視眈々と狙ってやがる」
「おお、それは頼もしいな! 今度こそ、正しい手順で真実を解き明かそうというのだなッ!」
「そうしたいのは山々なんだけどな……」
千空は指を組み、モニターに映るバチカンのサン・ピエトロ大聖堂の画像を映し出した。
「だがしかし、ここで最大の障壁が立ち塞がる。管理元である『バチカン』が、次の再調査には死ぬほど消極的なんだよ」
「……何故だ!? これは名誉回復の、そして奇跡を証明する最大のチャンスではないのかッ!?」
「ところがどっこい、だ。……いいか、バチカンにとっちゃ、聖骸布はすでに『本物』なんだよ。信仰の対象として完成されてる。わざわざ科学なんぞに首を突っ込ませて、これ以上布を切り刻まれるのは御免被るってわけだ」
千空は、1988年に切り取られた布の角の部分を指し示した。
「それにだ。もし万が一、再検査で本当に『偽物』だと確定しちまったらどうなる? 聖骸布が積み上げてきた2000年の権威は、いよいよ奈落の底に失墜する。……今のままでも十分に信者は集まるし、寄付金も回る。わざわざ全てを失うリスクを冒してまで、科学の審判を仰ぐメリットがどこにある?」
「むむう……。つまり、真実を知ることよりも、現状を維持することを選んでいるというのか」
「ああ。バチカンという組織にとって、再検査はまさに『ハイリスク・ノーリターン』だ。科学が『本物だ』と言ったところで、どうせ信者の数はそう変わらねえ。だが『偽物だ』と言われたら、組織の土台が揺らぐ。……ククク、皮肉なもんだろ。真実を追求するはずの科学も、奇跡を謳う宗教も、結局は『人間の保身』っていうバグに振り回されてるってわけだ」
「もどかしい……ッ! 目の前に真実を解き明かすための布があるというのに、大人の事情で蓋をされているというのか!!」
大樹が悔しそうに拳を震わせる。千空はそんな相棒を横目に、不敵に口角を上げた。
「そう焦るなデカブツ。……バチカンも、布を切り刻んで減らすような『破壊検査』にはクソほど慎重だが、その代わりだ。布を傷つけねえ『非破壊検査』には比較的寛容なんだよ」
「……! 切り取らなくても、調べられる方法があるのかッ!?」
「ああ。ここ十年で、布の表面から『情報の欠片』をかき集める技術は飛躍的に進化してやがる。例えばこれだ」
千空はモニターに、顕微鏡で捉えた微小な粒子の画像を並べた。
「布の繊維の隙間に挟まった『花粉』の分析だ。イスラエル周辺にしか自生しねえ植物や、エルサレムの古い岩墓で見つかる特殊な石灰岩(アラゴナイト)の粒子がべったり検出されてる。……こいつは、この布が間違いなく『中世のヨーロッパ』ではなく、『1世紀のパレスチナ』を旅してきたという動かぬ履歴書(GPSログ)だぜ」
さらに、千空は別のグラフを叩き出した。
「しかも、21世紀の最新兵器、WAXS(広角X線散乱)法も行われた。こいつは、炭素年代測定みてえに布を燃やす必要はねえ。X線を当てるだけで、リネン(亜麻)の繊維の『老化具合』を原子レベルで測定できる。……2022年の最新の解析じゃ、この布の繊維の劣化状態は、1世紀のイスラエルで見つかった他の遺跡の布と、科学的にピタリと一致した」
「……! つまり、複数の科学検査の結果が一致しているのだなッ!」
「そうだ。炭素年代測定が科学的根拠を失った今、中世の偽造品という証拠は『状況証拠』しかねえ。一方、2000年前のエルサレムの物であるという科学的な証拠は、複数の異なる分野から山ほど出てきた。これは個人の感想じゃねえ、客観的に見れば『この布は2000年前のエルサレムの物である』という説の方が、今や圧倒的に『科学的』なんだよ」
「複数の科学的根拠があるのなら、信頼性も高いという事だな!」
「……ククク、いいかデカブツ。ここまで聖骸布に浮かび上がる『画像』と、あの曰く付きの『年代測定』に絞って話してきたが……このオーバーテクノロジーの本質は、もっと別のところにある」
「本質……? この布には、画像や年代よりもさらに重要な秘密が隠されているというのかッ!?」
「ああ。それはまさに『イエス・キリストのダイイングメッセージ』だ!」
千空がマウスを滑らせると、モニターには聖骸布の各所に点在する、赤黒い染みの拡大画像が映し出された。手首、足首、そして脇腹。鋭利なもので貫かれたような、生々しい痕跡だ。
「確かに、見ていて痛々しくなるほどのリアリティだ……。だが千空、これに一体どんな秘密があるというんだ? 贋作職人がそれっぽく血を塗っただけ、というわけにはいかんのか?」
「ハッ、それが通じるのは肉眼(マクロ)の世界までだ。捏造派が最も触れたがらねえ領域……顕微鏡で覗かなきゃ分からねえ『ミクロの世界』にこそ、聖骸布の真実がある!」
すると千空は椅子から立ち上がり、ホワイトボードの中央に書かれた、物理学の頂点に君臨するあの数式を力強く指し示した。
「そして、聖骸布の謎を解く最後のピースがこいつだ!」
E=mc²
それは超弦理論の説明の時に千空が書いたアインシュタインの、エネルギーと質量の等価性の法則だった。
「それは……アインシュタインの! まさか、20世紀最大の天才まで、この聖骸布の謎の前に立ちはだかるというのか!?」
窓の外では、夜明けを予感させるような一陣の風が吹き抜けた。千空は不敵な笑みを浮かべ、モニターの血痕を見つめる。
「さあ、いよいよクライマックスだぜデカブツ。2000年前のあの瞬間に起きた、科学的プロセスを、白日の下に晒してやる! そそるぜ、これは!」
続く☆
【制作こぼれ話】
聖骸布編(前編)、長々とお付き合いくださりありがとうございます。本来は1話でまとめるつもりでしたが、1万5千字を超え、まだ終わる気配がなく迷いました。要点だけまとめて1話にするか、分割して書きたいことを全部書くか。
結論として、『つまらないと感じた人はとっくに切ってる。ここまで見てくれてる方は、きっと楽しんでくれてるハズだ』と。ならばここまでついてきてくれた読者様に、全力で『真実』を伝えようと、ささやかな使命感と共に書き切る択を選ばせていただきました。
E=mc²
Dr.STONE読者ならご存知、もはや千空の代名詞のような数式ですが、私自身、聖骸布について調べる過程でこの式を目にした瞬間は鳥肌が立ちました。私が感じた知的興奮が少しでも伝わるととても嬉しいです。
ちなみに今回の情報ソースの多くが海外サイトでした。聖骸布が本物か捏造かの認識は海外と国内で認識の差が大きい印象です。
日本国内ではミステリー物のエンタメの一つ、『都市伝説』くらいの感覚の方が大部分といった印象です。
皆様はどう思われましたでしょうか。神の奇跡の可能性に神秘を感じましたか? あるいは知られざる古代の超技術にロマンを感じたでしょうか? もし全てが解明してしまったら、それはそれで逆に淋しいかも知れませんね。