漫画アニメ短編集&救済の物語   作:クリリ☆

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ドラゴンボール【リクエスト作品:転生高齢者は孫悟飯を救いたい②】

 

  【西の都の天才博士】

 

 東の都の自宅を飛び立って、およそ三時間。

 コックピットの風防越しに、水平線の向こうからようやく広大な『西の都』の街並みが見えてきた。比較的東洋風で情緒ある木造住宅の多い東の都とは違い、こちらは白を基調とした円形状の石造りや、近代風の洗練された建築物が立ち並ぶ先進的な印象だ。上空から見下ろすだけでも、道路が縦横無尽に、そして隅々までしっかりと舗装されているのがよく分かる。

 

 ちなみに、この世界で飛行機を停めるところは、前世の現代でいう『コインパーキング』に近い感覚で利用できる。街の至るところに専用の着陸・駐機場が設置されているのだ。私は適当なパーキングを見つけ、慣れた手つきで愛機を滑り込ませた。

 

 地面に足を下ろした私は、まず近くにあった交番へと飛び込んだ。

 

 駄目で元々、まずは『カプセルコーポレーション』の所在を警察官に尋ねてみる。

 

「カプセルコーポレーション? うーん、聞いたことない会社だなあ」

 

 お巡りさんは首を傾げた。やはり、この時点ではまだ会社組織としてのカプセルコーポレーションは存在していないらしい。

 時系列の壁を実感しつつも、私は藁にもすがる思いで、今度は『ブリーフ博士』の名前を出してみた。すると、お巡りさんの顔がパッと明るくなった。

 

「ああ、ブリーフ博士なら有名だよ! あの、すごい発明をたくさんしてる風変わりな博士だね。ここからだと、ちょうど都の外れの方に大きな自宅兼研究所があるはずだよ」

 

 おお、さすがはブリーフ博士だ。ホイポイカプセルという世紀の大発明を成し遂げる前であっても、すでに天才発明家としての確固たる地位を築いているらしい。

 私は懐から西の都の全域が載った地図を取り出し、お巡りさんが指し示してくれた場所を赤ペンでぐるりと丸で囲んだ。

 

「ここからなら、大体車で一時間くらいかな」

 

「あ、私、飛行機で来てるんです」

 

「ああ、それじゃ十五分もあれば着くね。気をつけて行きなよ」

 

 親切なお巡りさんにお礼を言い、私は再び飛行機へと乗り込んだ。上空へと舞い戻り、地図に記した赤い丸の地域へと一直線に飛ぶ。

 指定のエリアに着陸した後は、前世の老人としての世渡り下手を補うように、道行く人に尋ねながらしばらく歩いた。すると、ほとんど迷うことなく、あの見覚えのあるドーム型の巨大な『ブリーフ博士の家』へと行き着くことができた。

 

 この世に生を受けて、実に十五年。

 いよいよ、私の知っている物語の住人との『初対面』の瞬間が訪れようとしていた。

 私は心臓が早鐘を打つのを感じ、ゴクリと唾を飲み込みながら、緊張で震える指先でインターホンの呼び鈴をそっと押した。

 

 ピンポン♪

 

 軽快な呼び鈴の音が、広大なドーム状の屋敷の中に響き渡る。すると間もなく、「はーい」というおっとりとした声がして、大きな金属製の扉が滑るように開いた。

 そこから顔を覗かせたのは、見覚えがありすぎる金髪の若い女性――『ブルマのお母さん』その人であった。原作でも年齢不詳の若々しさを保っていたが、この時代だと本当にブルマのお姉さんと言われても信じてしまうほど瑞々しい。

 

「はーい、どなた? ……まあ、可愛い男の子ねぇ」

 

「突然の訪問、失礼いたします。私は『炒飯(チャーハン)』と申します。あの、ブリーフ博士はご在宅でしょうか?」

 

 幼少期の頃は『炒飯』と名乗るたびに顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたものだが、十五年も経てば、もう何も感じなくなっていた。実際、この世界では名前のせいでからかわれたり、いじられたりしたことは一度もなかった。

 

「あら、博士のお客さん? 博士なら奥のラボにいるわよ。どうぞ上がって上がって、今お茶とお菓子を持っていくわね」

 

 そう言って、お母さんは何一つ『警戒』することなく、実にあっさりと私を室内に招き入れてくれた。

 普通、前触れもなく見ず知らずの人間が訪ねてきたら、もっと素性を怪しまれたり、門前払いを食らったりするものではないだろうか。まあ、そこはお母さんの底抜けたおおらかさと、私自身の見た目がまだ十五歳の無害そうな少年であるという事実のおかげだろうか。私は心の中で感謝しつつ、彼女の後について行った。

 

 

 

  【世界を変える「最後の1ピース」】

 

 案内された広い実験室(ラボ)の奥に、探していた『ブリーフ博士』はいた。

 部屋の片隅の広いスペースで、白衣のポケットに手を突っ込みながら、何やら複雑な電子機械の基盤をいじっている。彼のトレードマークである渋いタバコ、そして肩には小さな黒い猫がちょこんとぶら下がっていた。周囲にいくつも並べられた長机の上には、数々の精密部品や、数式がびっしりと書かれた書類が乱雑に広げられている。

 

「あなた、可愛いお客さんよ」

 

 お母さんが声をかけると、博士は手元を止めて眼鏡の奥の目を丸くした。

 

「可愛いお客さん? ……もしや『ピチピチギャル』か!?」

 

「ううん、可愛い男の子よ。炒飯ちゃんって言うんだって」

 

「なんじゃ、男か……」

 

 ブリーフ博士は魂が抜けたように露骨にガッカリした顔になり、大きなため息をつきながら私を見つめた。ドラゴンボールの天才科学者の、この手のノリもお約束通りだ。

 

「炒飯くんか。……で、わしに何か用かね?」

 

 じろりと見つめられ、私は一瞬にして激しい冷や汗を覚えた。

 ……やってしまった。知っている人物に会えるという興奮だけで頭がいっぱいになっていて、会うための『理由』を何一つ考えてこなかったのだ。このまま黙り込んでしまっては、ただの不審者として追い出されてしまう。

 

 私が必死に目を泳がせた、その時だった。乱雑に散らばる机の片隅、まだロゴも何も刻まれていない、しかし見覚えのある金属製の小さなカプセルが転がっているのが視界に入った。

 

 おっ、もうすでに、あのカプセルのプロトタイプがあるのか!?

 

 私はその光景に内心で飛びつき、咄嗟に口から言い訳をひねり出した。

 

「実は、最近ブリーフ博士が、どんなに大きなものでも小さなポケットサイズにしてしまえる、夢のような便利なカプセルを開発していると風の噂で聞きまして……。好奇心を抑えきれず、見学をさせていただけないかと思い、不躾ながら押し掛けてしまいました」

 

 出まかせを並べ立てながら、私は自分の心臓が痛いほど跳ねるのを感じていた。ホイポイカプセルが、もし極秘裏に進められているトップシークレットだったら、産業スパイだと思われて警察を呼ばれてしまうのではないか。

 だが、私の心配を余所に、ブリーフ博士の目がギョロリと輝きだした。

 

「おお! もうわしの『ホイポイカプセル』の構想を知っているのか! いやあ、なかなかお目が高い!」

 

「ええ、たまたま、本当にたまたま噂を耳にしまして……」

 

「そうかそうか、感心なことだ。ぜひ見ていってくれ! ……と言っても、アイデアは完璧なんじゃが、今ちょっと『難航』していてなあ」

 

 どうやら、全く疑われずに受け入れられたようだ。胸を撫で下ろしながら、私は納得した。考えてみれば、いくらこの情報を外に盗み出したところで、ブリーフ博士以外の人間にこんなオーパーツのような製品を形にできる技術者など存在しない。むしろこんな荒唐無稽な話、普通の人に話しても笑われるだけだろう。

 

 

 ブリーフ博士は白衣のポケットにガサゴソと手を突っ込むと、まだ何のロゴも入っていない、鈍い銀色に光る一つのカプセルを取り出して私に手渡してきた。

 

「炒飯くん、このカプセルをそこに放り投げてくれんかね」

 

「えっ……、こんな室内で放り投げても大丈夫なんですか?」

 

「ああ、一向に構わんよ。広いスペースがあるじゃろ、そこへポイとな」

 

 何が何だか分からないが、私は博士に言われるまま、部屋の中央の開けた床に向けてカプセルを放り投げた。

 

 ――ポンッ!

 

 小気味いい破裂音と共に白い煙が立ち込め、そこへ一瞬にして巨大な物体が現れた。ぐにゃりと引き伸ばされ、歪み、まるで現代アートの展示会にでも置いてありそうな『謎のオブジェ』が、そこに堂々と鎮座していたのだ。

 

「……何ですか、これ?」

 

「車じゃよ」

 

「車? どう見ても鉄くずを溶接した謎のアート作品のようにしか見えませんが……」

 

 私の率直すぎる感想に、ブリーフ博士は頭をガリガリと激しく掻きむしった。

 

「そこなんじゃよ! 理論上はあと一歩、本当にあと一歩のところまでは来とるんじゃ! 質量をエネルギーに変換することで、この小さなカプセルサイズに保存することまでは完全に成功した。しかし、それを再び劣化させずに、元の正しい物質へと『再構築』することがどうしてもできんのじゃ……!」

 

「まあ、物質をエネルギーに変換して閉じ込めるだけでも、現代の科学からすれば十分に凄いと思いますけど……」

 

「あと一歩なんじゃ、何かが、決定的な何かが足りないんじゃよなぁ……。どうしたらエネルギーを劣化させることなく、完璧な物質へと置き換えることができるのか……」

 

 ブリーフ博士はタバコを咥え直したまま、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。

 

 エネルギー。質量。変換。

 

 何だかひどく聞き覚えのある単語が私の頭の中で交錯する。……そうだ。前世で定年後、孫と一緒にテレビを眺めていたとき、たまたま『世界の偉人伝説』なる特番を見たことがあった。確か、その番組の中で、20世紀最大の天才物理学者であるアインシュタインが取り上げられていた。

 その番組の解説で、彼が発見したという『エネルギーと質量の等価性の法則』なる小難しい理論が紹介されていたのを、私の古い記憶が奇跡的に手繰り寄せた。

 

もしかしたら、あの天才の残した数式が、この世界の天才の参考にならないだろうか……?

 

「そう言えば博士、私、以前たまたまテレビ……じゃなくて、夢で『質量とエネルギーの等価性の法則』というのを見たことがあるんですよ」

 

「夢じゃと!?」

 

「ちょっと、そこのペンとボードを借りますね」

 

 私は室内の壁に設置されていた、数式まみれのホワイトボードの空きスペースへと歩み寄り、マーカーを手に取って、前世の誰もが知るあまりにも有名な数式を迷いなく書き込んだ。

 

 

E=mc²

 

 

「ふむ……。ひどくシンプルで、美しい数式じゃな。炒飯くん、こいつは一体何を意味しとるんだね?」

 

「確か、質量とエネルギーは互いに変換可能であるという理論です。ええと、たしか E がエネルギーで、m が質量。……で、c は何だったっけな、確か『光』がどうとかだったような。まあ、夢の話ですが…」

 

 その瞬間、ブリーフ博士の身体がビクリと硬直した。咥えていたタバコが床へとポロリと落ちる。眼鏡の奥の瞳が、まるで超新星爆発でも起きたかのようにパッと輝き出した。

 

「光……。少年、今、光と言ったか!?」

 

「あ、はい。確か光速の……」

 

「そうじゃあ! 光じゃ! なぜそんな単純なことに気づかんかったんじゃ! その手があったかあ!!」

 

「えっ、何か分かったんですか!?」

 

 ブリーフ博士は私の肩を両手で掴み、前後に激しく揺さぶった。肩に乗っていた黒猫が驚いてラボの隅へと逃げていく。

 

「炒飯くん! こいつは実に、実に素晴らしい、悪魔的なまでに美しい数式じゃ! わしの頭の中でバラバラになっていたパズルに、ついに欠けていた『最後の1ピース』がカッチリとハマったぞ!」

 

「ええっ、本当ですか!?」

 

「ああ! 光の性質を媒介として組み込むことで、エネルギーと質量を一切劣化させることなく、双方向に完全変換できる! いや素晴らしい、この数式はまさに最高の芸術品じゃ!」

 

 前世の聞きかじりの知識を、ただ当てずっぽうに引っ張り出してきただけなので、私自身はその科学的な意味など一ミリも理解していなかった。しかし、この世界最高峰の天才科学者にとっては、ホイポイカプセルを完成へと導くための、文字通り世界を変える大いなるヒントになったらしい。やはり天才の発想というものは、凡人の私には到底計り知れないものなのだ。

 

 

「炒飯くん、君に面白い話を聞かせてやろう」

 

 興奮の冷めやらぬブリーフ博士は、私の手を握らんばかりの勢いでさらに話を続けた。机の上から、散らばる数式入りの書類を留めてあった手のひらサイズの金属製の文鎮をガシッと掴み上げる。

 

「この文鎮をここから『時速100km』で投げた場合、その速度は当然『時速100km』じゃな。では、もしこれを時速100kmで走る乗り物の上に乗って、進行方向に向かって投げた場合、この文鎮の速度は地上から見て時速何キロになると思うかね?」

 

 科学の講義のような急な質問に戸惑いながらも、私は頭の中で簡単な足し算をしてみた。

 時速100kmの乗り物の上から、さらに時速100kmで投げる。100+100=200。ごく当たり前の物理の法則だ。

 

「ええと……時速200km、でしょうか?」

 

「正解じゃ。ならば、光の速度を仮に『c』と表すとして、何もない静止した状態で光を照射した場合、その速度は当然『c』じゃな。では、さっきと同じように時速100kmで進行する乗り物の上から、進行方向に向けて光を照射した場合、その光の速度はどうなると思う?」

 

 ん? 何か引っ掛け要素でもあるのだろうか。だが、前世は普通の文系サラリーマンだった私にそれ以上の高度な物理知識などあるはずもない。普通に考えた答えを言うしかなかった。

 

「さっきの文鎮がプラス100kmだったので、今回も『c+100km』……ですか?」

 

「残念、ハズレじゃ! 答えはどこからどう見ても、やはりただの『c』なんじゃよ」

 

「えっ……? 時速100km分、早く進んでいるはずなのに、止まっているときと全く同じ速度なんですか?」

 

「そうじゃ! これこそが光の持つ、絶対的で特異的な性質なのじゃ。誰がどこから、どんな速度で観測しようとも、光の速度は常に変わらない。そう、この融通の利かない頑固な性質を媒介に組み込むことによって、初めて物質とエネルギーは『完全な状態』を保ったまま相互に変換可能になるんじゃよ!」

 

 ブリーフ博士はホワイトボードに先ほど私が書いた数式を指でなぞりながら、嬉々として専門用語を連発する。

 

「いやあ、理論では分かっても、それを実際に開発して製品化するなんて、普通の人には絶対にできませんって。やっぱり博士は天才ですね」

 

「そうかね? いやあ、それほどでもあるが……よし、それじゃあ特別に、そのカプセル構築の仕組みをもう少し詳しく教えてやろう……!」

 

 褒められて完全に調子に乗ったブリーフ博士は、もう誰にも止められないといった様子で新しい書類を広げ始めた。

 

 いやいや、困った。私の本来の目的は、この世界の正確な『時系列』を知ることなのだ。それに、いくらホイポイカプセルの超科学的な仕組みを熱弁されたところで、どうせ私の頭では逆立ちしたって理解できないだろう。

 

 それにしても、ブリーフ博士も、先ほどのお母さんも、そして足元を駆け回る黒猫も、原作のイメージとほとんど見た目が変わらない。彼らの容姿を見ただけでは、今が原作の何年前なのかがさっぱり読み取れなかった。

 

 

 

  【天才少女と二日間の猶予】

 

 私がどうやってこの場を切り抜けようかと冷や汗を流していた、その時だった。

 ラボの自動扉がプシューと開き、トコトコと小さな足音を響かせて、一人の女の子が部屋に入ってきた。

 

 紫がかった美しい髪。くりくりとした大きな瞳。

 この女の子は――『ブルマ』だ。間違いなく、あのブルマだ。どうやらこの家には、もうすでに彼女が誕生していたらしい。

 見た感じ、年齢はまだ小学校の低学年……七歳か、八歳といったところだろうか。

 

「パパ~、抱っこー」

 

 人見知りもせず、私の横をすり抜けた幼いブルマは、ブリーフ博士の白衣の裾をきゅっと引っ張った。

 

「おお、よしよしブルマ。寂しかったかね」

 

 さっきまでのマッドサイエンティストな顔はどこへやら、博士は目尻を限界まで下げてデレデレの父親の顔になり、ブルマをひょいと抱き上げてその頭を優しく撫でてやった。ブルマは博士の胸の中で、嬉しそうにキャッキャと笑みを浮かべている。

 私はその光景を見つめながら、まずはブリーフ博士のマニアックな科学講座が強制終了したことに心底ホッと胸を撫で下ろした。

 

 ブリーフ博士に抱っこされたブルマが、不意に私の存在に気づき、そのくりくりとした大きな瞳でじっと見つめてきた。

 

「お兄ちゃん、だれ?」

 

「ええっと、私は『炒飯』って言います。よろしくね」

 

「わたシ、ブルマ。よろシくお兄ちゃん」

 

 そう言ってブルマはニッコリと無邪気な笑みを浮かべた。その口元を見ると、前歯がいくつかポッカリと抜けている。どうやらちょうど『生え替わりの時期』らしい。そう言えば前世の孫にも、こんな風に前歯が抜けて、あどけない顔をして笑う時期があったなぁと、懐かしい気持ちが胸に込み上げてくる。

 歯が抜けているせいで、サ行の音が少し発音しにくそうに「シ」の響きになってしまうのが、なんとも微笑ましくて愛らしい。

 

「ブルマちゃんは、今おいくつですか?」

 

「ええとね、八歳!」

 

 八歳か。私の記憶が確かなら、ブルマが原作の第一話で初登場したときは十六歳だったはずだ。つまり、今この瞬間が原作の『八年前』であることが完全に確定した。

 そして、悟空はブルマの四歳下だから、現在はまだ『四歳』。

 

 悟空が育ての親である孫悟飯じいさんを大猿化して死なせてしまったのは、一体いつの出来事だっただろうか。作中の回想では「小さい頃」としか語られておらず、正確な年齢までは分からない。四歳といえば十分にあり得る年齢だ。もういつあの悲劇が起きてしまってもおかしくない。

 私がそんな緊迫した思考を巡らせていると、ブルマが私の顔をじっと覗き込みながら言った。

 

「お兄ちゃん、カッコいい! イケメン~!」

 

「えっ……そうかな? あはは……ブルマちゃんは、ずいぶんとおマセさんだねえ……」

 

 まさか八歳の女の子にそんなストレートに褒められるとは思わず、嬉しいような照れ臭いような、何とも言えない恥ずかしさになって私は照れ隠しに笑ってしまった。それにしても、あの天真爛漫なお母さんにして、このおマセな娘ありといったところか。将来、数々の男たちを翻弄する一端がすでに垣間見えている。

 

 とにかく、私にはあまり時間のゆとりがない。四歳の悟空がいつ暴走するか分からない以上、一刻も早く『パオズ山』に向かわなくてはならないのだ。

 それにしても、次の満月はいつだろうか。大猿化のトリガーとなる満月の周期だけは、事前に把握しておかなければ対策の立てようがない。

 

「ところでブリーフ博士、ぶしつけな質問なんですが……次の『満月』の日って、いつだか分かりませんか?」

 

「満月? はて、天文学の周期か。最近はラボに籠もりきりじゃから、どうだったかのう……」

 

 博士が首を傾げた、その時だった。私の服の袖を引っぱる小さな手があった。

 

「わたシ、分かるよ!」

 

「えっ、ブルマちゃんが分かるのかい?」

 

「うん。毎日、お空を『観測』してるの」

 

「へえ、すごいね。学校の宿題かな?」

 

「ううん、学校のじゃないよ。わたシ、宇宙の勉強をシてるの。月の観測もその一環なの」

 

「宇宙の勉強かぁ、それは本当にすごいね……」

 

 八歳にして、宿題でもないのに自主的に天体観測をしているとは。やはり、普通の小学生ではないようだ。

 

 するとブルマは、ブリーフ博士の腕の中からぴょんと床へ降り、私の手を小さな両手できゅっと引いて走り出した。

 

「こっちに来て、お兄ちゃん!」

 

「えっ、ちょっと、どこへ行くんだい?」

 

「わたシの部屋!」

 

 そう言うと、ブルマは私の返事も待たずに自分の部屋へと案内してくれた。私はラボに残される形になったブリーフ博士に「すいません!」と一礼し、小さな手に引かれるまま廊下を駆けた。

 

 案内されたブルマの部屋は、およそ普通の小学校低学年の女の子の部屋とは思えない光景だった。

 壁にはこの世界で大人気なのだろうと思われる若い男性アイドルの派手なポスターが貼られている一方で、本棚には大人が読むような難解な科学関連の専門書や技術書がギッシリと敷き詰められている。

 まあ、あと八年ほどで、あの奇跡の秘宝を感知する『ドラゴンレーダー』を自作して世界へ旅に出るような少女だ。この年齢でも、すでに一般の科学者以上の知識を蓄えているのだろう。

 

 ブルマは学習机の上に置かれていた、天体データが細かく書き込まれたノートを小さな指でペラペラと捲った。

 

「ええっと……次の満月は、『二日後』だよ!」

 

「二日後……! そうか、ありがとうブルマちゃん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。二日後。あまりにも時間にゆとりがない。

 悟飯さんが命を落とした正確な時期が不明である以上、すぐにでもパオズ山へと出発し、安否確認をしなければ手遅れになる可能性がある。

 

 だが、ここで最大の大きな問題が立ち塞がった。肝心のパオズ山が、世界地図のどこにあるのか、私にはさっぱり分からないのだ。

 焦る気持ちを抑えながら、私はとりあえず一度ラボへ戻り、ブリーフ博士に挨拶をしてから、この家をお暇しようと考えた。

 

 

 

  【人跡未踏の魔境「パオズ山」】

 

 それにしても、まさか幼いブルマにまで助けられるとは思わなかった。私はブルマに丁寧にお礼を言うと、彼女の部屋を辞して再びブリーフ博士のいるラボへと戻った。

 

「ブリーフ博士、どうも、戻りました」

 

「おお、炒飯くん。調べものは済んだのかね? それではお待ちかねの『ホイポイカプセル開発秘話』を、じっくりと聞かせてやろう」

 

 博士は手ぐすねを引いて、やる気満々で新しいノートを広げようとする。

 

「あ、すいません。せっかくですが、実は私、どうしても行かなければならない『次の目的地』がありまして」

 

「おや、もう行ってしまうのかね。ちなみに、どこへ行くんじゃ?」

 

「……『パオズ山』です」

 

「パオズ山?」

 

 その地名を聞いた瞬間、ブリーフ博士はそれまでの破顔を引っ込め、ひどく怪訝そうな顔つきになった。

 

「炒飯くん、正気かね? そんな所に何をしに行く。あそこは巨大な猛獣や凶暴な怪鳥が跋扈(ばっこ)する、人跡未踏の『陸の孤島』と聞くぞ。軽い気持ちで足を踏み入れたら、一分と持たずに死ぬぞ」

 

 ――猛獣、怪鳥、陸の孤島。

 

 博士から飛び出したあまりにも物騒な単語の羅列に、私は背筋が寒くなった。日本で、そして東の都の安全な資産家の家でのんびり暮らしていたため、そこまでの危険は頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 だが、考えてみれば博士の言う通りかもしれない。前世では『熊』の被害に日本中が怯えていた。そんな熊ですら裸足で逃げ出すような猛獣がごまんといるのだ。そんな場所に何も考えずに足を踏み入れる事は、自らを『餌』として差し出すに等しい。

 

 

 私の脳裏に、原作の『第一話』のあまりにも有名なシーンが蘇る。

 

 確かブルマは、パオズ山で初めて出会ったばかりの幼い悟空に対し、車で撥ね飛ばした挙げ句、怯むことなくポケットから拳銃を取り出して容赦なく銃弾を乱射していた。

 前世でアニメを見ていた時は「漫画的コミカルな表現」として笑って済ませていたが、現実として考えれば、出会ったばかりの子供に銃を乱射するなど正気の沙汰ではない。いや、もしかしたら当時のブルマは、本当に正気ではいられないほどの極限状態だったのではないか。

 

 西の都のお嬢様であるブルマが、このパオズ山という秘境に足を踏み入れ、悟空と遭遇するまでの道中。おそらく、博士の言うような獰猛な猛獣や怪鳥に何度も襲われ、それこそ『死ぬか生きるか』の命のやり取りを、たった一人で数え切れないほど繰り返してきたに違いない。

 一瞬の躊躇(ためら)いが死に直結する、地獄のような危険な旅路。その果てにようやく動く人影(悟空)を発見したのだ。「また未知の化け物が現れた!」とパニックになり、引き金を引いてしまったとしても、今なら十分に納得がいくというものだ。

 

 あそこは、そんな恐ろしい魔境なのか……。だが、だからこそ、そこでの生活が悟空を強くしたのだろう。

 

 私はごくりと唾を飲み込み、咄嗟に嘘の言い訳も思い浮かばず、意を決して素直に胸の内を話すことにした。

 

「実は……その山の奥深くに、一人の優しいお年寄りと、その小さな孫が二人きりで住んでいるという情報を、とある古いツテから入手しまして。近いうちに、その人たちが危険な目に遭って命を落としてしまうかもしれないんです。私はそれをどうしても防ぎたくて、いても立ってもいられず、勢いだけで東の都の家を飛び出してきました。……ですが、お恥ずかしい話、肝心のパオズ山が世界のどこにあるのかすら、正確な場所が分からない状態なんです」

 

 私の必死の訴えを、ブリーフ博士は黙って聞いていた。前世の九十年の人生で培った、嘘偽りのない真摯な眼差しが届いたのだろうか。博士はふっと表情を緩めた。

 

「なるほど。どうやら遊びではない、深い理由があるようじゃの。よし、ならばそのパオズ山の場所、このわしに任せるがいい! 君にはホイポイカプセル開発の最大のヒントをもらったからな。これくらいのお礼は安いものじゃ」

 

 ブリーフ博士はそう言うと、長机の上の書類の山をかき分け、見たこともない薄型の液晶タブレット端末を引っ張り出した。画面を軽快にタップし、何やら奇妙な地図アプリのようなものを検索し始める。

 

「博士、一体何をしているんですか?」

 

「これかね? 先日、わしが個人的な『試作品』として宇宙空間へ打ち上げた人工衛星があってな。それを手元の端末とリンクさせておるんじゃ。地球上のあらゆる場所を上空からリアルタイムで撮影したり、特定の地磁気を追うことで、どんな未開の地であっても正確な位置を特定する機能を持たせてある」

 

 私は驚愕のあまり、言葉を失ってしまった。

 個人レベルで、『人工衛星』を宇宙へ打ち上げただと……!?

 

 しかも、現代の地球でいうGPS機能や高精度な衛星マップのシステムを、この時代に一人で構築してしまっている。

 

 だが、すぐに思い直した。ホイポイカプセルのような現代科学の常識から逸脱する夢のようなアイテムを開発してしまう天才なのだ。そんな超次元の頭脳を持つブリーフ博士からしてみれば、地球の周りを回る人工衛星を打ち上げる程度、ただのプラモデル感覚の楽勝な作業に過ぎないのだろう。

 

 

 

  【手札は揃った、いざ運命の山へ!】

 

 「ところで炒飯くん、パオズ山までの足はあるのかね?」

 

 端末の画面から顔を上げたブリーフ博士が、ふと私に尋ねてきた。

 

「はい。ここまでは東の都から自家用飛行機で来ました。今は近くのパーキングに停めてあります」

 

「ならば、その飛行機をすぐにここの庭まで持ってきなさい」

 

「え? どうしてですか?」

 

「決まっておるじゃろ、飛行機にこの最新の『ナビゲーションシステム』を取り付けてやるんじゃ。これさえあれば、世界中のどんな未開の地や魔境にいても、一ミリも道に迷うことなく目的地へ辿り着けるぞ」

 

 博士は事も無げに言ってのけたが、それは事実上の国家機密レベルの超ハイテク装備のはずだ。出会ったばかりの私にそこまでしてくれるなんて。

 

「そんな、そこまでしてもらう訳にはいきません……! 私はただ、風の噂を頼りに勝手に押し掛けただけの身ですし……」

 

「なあに、これくらいお安いご用じゃ。わしは炒飯くんのことがすっかり気に入ったからな。いや、わしだけじゃないぞ。ママもブルマもお前さんのことがひどく気に入ったようじゃ。天才のわしを唸らせる数式を持ってきた、未来ある若者へのささやかな投資と思って受け取るがいい」

 

「……ありがとうございます」

 

 優しく微笑む博士の言葉に、私は胸が熱くなった。

 正直なところ、満月まであと二日というリミットを考えれば、一刻の猶予もない。ここは変な意地を張らず、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 

 不安と焦燥に駆られて始まったこの旅で、まさかこれほど温かく博士たちに助けられるとは思わなかった。人の心の温もりに、不覚にも少し涙が出そうになってしまう。

 

 私はすぐにパーキングへと戻り、愛機をカプセルコーポレーションの広大な庭へと着陸させた。すると博士は、待ってましたと言わんばかりに工具を片手に現れ、コクピットの計器類へ小型のナビシステムを組み込んでくれた。

 

 博士が人工衛星の画像を検索し、パオズ山のエリアを拡大していく。すると、深い緑に覆われた険しい山奥のさらに奥に、ポツンと佇む小さな一軒家が画面に映し出された。

 

 ――間違いない。あそこが、孫悟飯さんと悟空の暮らす家だ。

 

 その一軒家を目的地としてセットすると、計器の画面に『目的地まで:およそ6時間』と鮮やかなデジタル文字で表示された。

 

 作業が終わる頃には、外はもう美しい夕暮れに染まっていた。

 私は今日のところは西の都の適当な宿泊施設でも探そうと思い、別れの挨拶を切り出したが、ブリーフ博士から「どうせどこかに泊まるなら、今日はうちに泊まっていきなさい」と強く勧められ、これまたありがたくお言葉に甘えることにした。

 

 

 その日の夕食時は、ブリーフ博士は終始ご機嫌だった。

 長らく行き詰まっていたホイポイカプセルの開発が、私の一言……厳密にはアインシュタインの数式のおかげで、ついに完成の目処が立ったのだと、ビールを片手に得意気に話していた。

 

 これから先、ホイポイカプセルは物流を、生活を、ひいては世界の常識のすべてを根底から大きく変えることになる。その歴史的に偉大な大発明に、前世の記憶という形であっても少しだけ貢献できたことは、素直に誇らしく、嬉しかった。

 

 ……とは言え、博士ほどの規格外の天才なら、私がいなくとも、きっと自力であの領域に辿り着いていたのだろうけれど。

 

 

 そして翌朝。

 いよいよ出発という段になって、ブリーフ博士は「魔境に行くならこれを持っていけ」と、なんと護身用に本物の『サブマシンガン』を一丁、私に手渡してきた。

 お土産感覚でこんな恐ろしい銃器がぽんと手に入ってしまうあたり、この世界の治安というか倫理観はどうなっているんだと内心で戦慄したが、まあ、そこは突っ込まないでおくのが大人のマナーというものだろう。

 

「皆さん、本当にお世話になりました。……必ず、無事の報告をしに戻ってきます!」

 

「うむ、無理はするなよ。死ぬんじゃないぞ、炒飯くん」

 

「お兄ちゃん、またねー!」

 

 ブルマも、歯の抜けた笑顔を見せ、ちぎれんばかりに小さな手を振って見送ってくれた。

 私は操縦桿を握り、エンジンの回転数を上げて大空へと舞い上がった。

 ブリーフ博士の優しさ、ブルマのくれた情報、そして手元に備わった最新のナビとサブマシンガン。手札はすべて揃った。

 

 さあ、いよいよ次の目的地は、運命の分岐点――『パオズ山』だ。私の第二の人生をかけた大仕事が、ここから始まる。

 

 

続く☆

 




【製作こぼれ話】
今回のホイポイカプセルの現代物理学を用いての解釈、いかがでしょうか?
前回までの『Dr.STONE』で散々科学談議をやった余熱が私の中に残っていたようで、少々冗長になっちゃうかなと思いつつ、止めることができませんでした(^-^;


今回『前・中・後編』で仕上げる予定でしたが、後編パートが長くなってしまったため、分割する事にし、全4話となります。

よろしくお付き合いください。
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