【前書き】
本作はリクエスト作品です。
忍たま乱太郎 ✕ ルパン三世 霧のエリューシヴ ✕ 戦国自衛隊
3作品によるクロスオーバー作品。
最初に作品タイトルを伺った時、私自身の予備知識が足りなかった事もあり、あまりにカオスな組み合わせに、書ける自信がなく、お断りしようかと思ったほどですが、各作品を調べたり、実際に視聴して、全ての作品が『1500年代の室町時代』で一致している事が分かり、実は恐ろしく計算された組み合わせである事が分かりました。
一筋の光明が見え、ならばとお受けする事にしました。
その後にリクエストしてくださったMY様から詳細なプロットをいただきました。
前回リクエストの『孫悟飯救済』は大枠の設定をベースにかなり自由に書かせていただいたのですが、今作はいただいたプロットをかなりベースにしており、『合作』に近い仕上がりとなっております。
クロスオーバー作品のため、最低限必要な予備知識として、各作品の簡単な紹介をさせていただきます。
『忍たま乱太郎』
忍者の卵、『忍たま』の落ちこぼれ3人組、乱太郎、切り丸、しんべヱのドタバタコメディ。現在もNHK教育でアニメが大人気放映中!
『戦国自衛隊』
陸上自衛隊1個小隊が戦国時代にタイムスリップしてしまう。
天下を取れば、歴史が自分たちを異物と判断し、現代に帰れるかもしれないと、長尾景虎(上杉謙信)と組んで天下統一に動き出す。しかし、小隊長の伊庭(伊庭)は現代に帰る事より、戦国の世で天下を取る事を優先し、最終的には全滅する(現地で生きる事を決めて離脱した隊員を除いて)。
『ルパン三世 霧のエリューシヴ』
ルパン一味は28世紀の天才科学者『魔毛狂介』により、500年前にタイムスリップさせられてしまう。
『天にそびえる
それでは、時代もジャンルも越えた『奇跡のクロスオーバー』をお楽しみください。
【時を超える自衛隊】
初夏の夕暮れ。
朱色から深い藍色へと移り変わるグラデーションの空の下を、鉄の塊が列をなして疾走していた。
陸上自衛隊・東部方面隊所属の伊庭(いば)義明三等陸尉(三尉:少尉)が率いる小隊20名は、新潟県内で実施される大規模な実戦演習に参加するため、一般道を車両連隊で移動している最中だった。
伊庭が乗る指揮車のジープを筆頭に、後方には隊員たちを乗せた大型トラック、そして深い緑色の戦車が規則正しいエンジン音を響かせて続く。戦車は道路を傷つけないようゴムパッドを履いており、独特の金属音を立ててアスファルトを鳴らしている。
フロントガラスの向こう、まだ明るさの残る西の空には、鋭い光を放つ一番星――金星が見え始めていた。
その異変は、何の前触れもなく、突如訪れた。
走行中、小隊は突如として奇妙な白い光に包まれた。
視界がほんの一瞬、文字通り真っ白に染まる。しかし、張り詰めた演習前の移動中だった隊員たちは、それを単なる「局所的な濃霧」と認識し、特に深く気に留める者はいなかった。ヘッドライトの光を乱反射させる白い
だが、霧を抜けて少し走った頃、ジープのステアリングを握っていた県(あがた)一等陸士が、戸惑ったような声を上げた。
「伊庭三尉、金星が見えません」
「金星? ……それがどうした」
助手席の伊庭は、手元の地図から目を上げてフロントガラス越しに空を仰いだ。先ほどまで確かにそこにあったはずの、輝く一番星が影も形も消え失せている。
「どうやら、走っている方角が誤っているかもしれません。星の位置がおかしいんです」
県の言葉に、伊庭は眉をひそめた。先ほどから特に分岐を曲がった記憶はない。ひたすら直線の国道を走ってきたはずだった。
しかし、疑念を深める暇もなく、新たな違和感が小隊を襲う。
それまで滑らかだった乗り心地が急変し、車内がガタガタと激しく揺れ始めたのだ。ふと道路に目を落とすと、タイヤが蹴り上げているのはアスファルトではなく、剥き出しの土と小石だった。
(舗装されていない……? 確かに、さっきまでは普通の二車線道路を走っていたはずだ)
伊庭はダッシュボードに埋め込まれたカーナビゲーションシステムに目をやった。画面は青いエラー表示のままフリーズしており、現在地を示すインジケーターは完全に消失している。
「何だこれは? 何かがおかしい……」
嫌な予感が伊庭の背中を駆け抜けた。彼は何気なく、左手首の無骨なミリタリーウォッチに視線を落とした。
秒針が、ピクリとも動いていない。文字盤の針は、『5時18分』を指したまま、完全に停止していた。
「時計が止まっている」
伊庭の呟きに反応し、後部座席に同乗していた隊員もまた、自身の腕時計を覗き込んだ。
「自分のも止まっています。……5時18分です」
さらに隊員がポケットから取り出したスマートフォンは、アンテナマークが一本も立たない完全な「圏外」を表示していた。
「どうやら、ただ道に迷ったというわけじゃないようだ。あらゆる電波や通信機器が使えない。……完全に孤立したな」
伊庭の冷静な、しかしどこか緊張を孕んだ声が車内に響く。県がミラー越しに伊庭の顔を伺った。
「どうしますか伊庭三尉。一度、引き返しますか?」
「そうだな。無線も通じない以上、後続との足並みを揃えるのが先決だ。とりあえず一度、開けた場所に出て情報を共有しよう」
ジープは速度を落とし、未舗装の悪路を慎重に進んだ。
数分ほど走ると、木々の隙間から急に視界がひらけ、打ち寄せる波の音が聞こえる海岸沿いへと出た。伊庭はそこで右手を挙げ、車両連隊を停止させた。各自の状況報告を行い、この異常事態の全容を把握するためだ。
そして、車外へ降り立とうとした伊庭たちの鼻腔を突いたのは、慣れ親しんだ排気ガスの臭いではなく、むせるような初夏の青葉の香りと、一切の人工物の気配を排除した、圧倒的な大自然の匂いだった。
車両のエンジンが切られ、不気味なほどの静寂が海岸線を包み込んだ。
隊員たちが次々と車から降り立ち、互いの安否を確認し合う。幸い、負傷者はおろか、体調に異常を訴える者は一人もいなかった。
しかし、異常は彼らの身に付ける装備に集約されていた。
「やっぱり止まってます。5時18分です」
「俺のもだ」
報告に上がった数字は、例外なくすべて『5時18分』だった。
アナログのミリタリーウォッチだけでなく、最新鋭の電波時計や、デジタル表示のストップウォッチに至るまで、秒単位で正確なはずの計時機器が、完全にその動きを停止していた。
(何らかの強力な電磁パルス、あるいは電子機器を狂わせる未知の妨害電波による攻撃でも受けたのか……?)
伊庭が冷徹に状況を分析しようと思考を巡らせていた、その時だった。彼らの混乱に駄目を押すように、さらなる天変地異が襲いかかる。
――空が、徐々に明るみ始めたのだ。
つい先ほどまで、西の空には夕暮れの朱色が残り、一番星である金星が鋭く瞬いていたはずだった。しかし、時計の針が止まったあの「白い霧」を抜けてから、時間は進むどころか逆行しているかのように、夜の闇を連れてくるはずの帳が白々と明けていく。
またたく間に藍色のグラデーションは押し流され、頭上には目も眩むような初夏の青空が広がっていった。
「おい、嘘だろ……。青空になってやがる……」
誰かの驚愕の声が、波の音に消される。
ほんの数分前まで夕方だった世界が、気がつくと真っ昼間へと変貌を遂げていた。太陽の位置から見ても、明らかに時間は半日近く飛ばされている。
一体、自分たちの身に何が起きたのか。局所的な気象兵器か、それとも地球規模の異常現象か。まるで世界そのものが、時間を乱暴にすっ飛ばしてしまったかのようだった。
騒然となる隊員たちの中で、一人の隊員が、乾いた喉を鳴らしながらぽつりと言った。
「……俺たち、タイムスリップでもしちまったんじゃないか?」
普段なら「漫画の読みすぎだ」と笑い飛ばされるはずのその言葉が、今の異常な青空の下では、恐ろしいほどの現実味を帯びて隊員たちの脳裏に突き刺さった。
舗装の消えた道路、圏外のスマホ、フリーズしたカーナビという目の前の現実が、その「あり得ない仮説」を否定することを拒んでいたからだ。
このまま元来た道を引き返すべきか、それとも周囲の偵察を優先すべきか。
小隊長として伊庭が重大な決断を迫られていた、まさにその瞬間、彼の鋭い視線が遠方の林の境界を捉えた。
「――静かに。前方に動く人影がある」
伊庭の制止に、隊員たちが一斉に身を潜め、銃を構える。
ざわざわと揺れる初夏の木々の隙間から、ひょっこりと姿を現した影。伊庭が目を凝らして双眼鏡を覗き込むと、そこにいたのは、およそ警戒に値しない奇妙な乱入者たちだった。
子供だった。それも、三人。
驚くべきことに、彼らは一様に水色の鮮やかな忍び装束を身にまとっていた。その生地には、白い『〇』や『#(井桁)』の幾何学的なデザインが規則正しくプリントされている。
(忍者ごっこで遊んでいる地元の少年たちか……?)
緊迫していた隊員たちの肩から、わずかに力が抜ける。この時代錯誤でコミカルな衣装をつけた子供たちの登場は、自衛隊員たちに「ここはまだ自分たちの知る日本だ」という奇妙な安心感を与えた。
「構えるな。ただの子供だ」
伊庭は銃を下げさせると、ジープの横から一歩前に踏み出した。道に迷ったにせよ、何らかの事件に巻き込まれたにせよ、まずは地元の人間から情報を得るのが鉄則だ。
伊庭は、怪訝そうな顔でこちらを見つめている三人の少年たちに向かって、ゆっくりと歩みを進め、現在位置を尋ねてみることにした。
【忍たまとの遭遇】
「すまん、君たち。少し尋ねたいことがあるんだ。ここまで来てくれないか」
伊庭が努めて穏やかな声を意識し、開けた海岸から林に向けて呼びかけた。
しかし、少年たちは一向に近寄ってくる気配を見せない。それどころか、迷彩服に身を包み、大がかりな鉄の車両を連ねた自衛隊の存在を不気味に思ったのか、林の木々の陰に身を潜め、じっと警戒の眼差しをこちらに向けている。
さすがに不審が過ぎたか、と伊庭がどうアプローチすべきか思案していると、隣にいた県一等陸士が朗らかな笑みを浮かべ一歩前に出た。
「君たち、お菓子をあげるよ。欲しかったら取りにおいで」
子供の扱いに慣れているのか、県はポケットに手を入れながら、優しいトーンで声を張り上げた。
その瞬間、林の奥から明確な「食いつき」の反応が返ってきた。
「えっ、お菓子!? 食べたーい!」
「あ、待ってよしんべヱ!」
制止の声を無視して、水色の忍び装束を着た小太りの男の子――しんべヱが、鼻をヒクヒクさせながら無警戒に茂みから飛び出してきた。
それに応じるように、県は制服のポケットから非常食代わりの板チョコレートを取り出した。だが、その拍子に、ポケットの奥に適当に突っ込んであった小銭が数枚、チョコレートの包装紙に引っかかって外へと飛び出してしまった。
チャリン、チリン。
静寂が包む海岸に、金属質の小気味よい音が響き、硬貨が地面の土の上で鈍く光を反射する。
すると今度は、残る二人のうち、綺麗に髷を結った凛々しい男の子が、まるでその音を網膜に焼き付けたかのようにピクリと身体を震わせた。その両目は、一瞬にして本当に『銭』の形に変形したのではないかと思えるほどの、凄まじい執念の輝きを放っている。
「小銭ーーーーっ!!w」
「あ、きり丸まで!」
叫ぶが早いか、きり丸と呼ばれた少年は猛烈なダッシュで地面の硬貨めがけて突っ込んできた。
結局、食欲に負けたしんべヱと、小銭に暴走するきり丸の二人を追う形で、眼鏡をかけた一番冷静そうな少年――乱太郎も、「もう、待ってよ二人ともーっ!」と慌てて茂みを飛び出し、後を追いかける羽目になった。
こうして、物々しい近代兵器で武装した陸上自衛隊の小隊の前に、忍者の卵である『一年は組』の忍たま三人組が、実にあっけなく、そしていつも通りの勢いで勢揃いすることとなった。
合流した三人の少年たちは、自衛隊員たちを大いに困惑させ、同時に和ませた。
「うわぁ! なにこれ、すっごく甘くて美味しい~!」
県から受け取った板チョコレートを口に放り込んだしんべヱは、見たこともない洋菓子の芳醇な甘さに目を輝かせ、幸せそうに頬を緩ませる。
その嬉しそうな様子とは対照的に、地面に這いつくばって小銭を拾い集めていたきり丸は、手のひらの金属片を見つめたまま、ひどく怪訝そうな表情を浮かべていた。
「なんだこれ……?」
きり丸の小さな手のひらに乗っているのは、ギザギザのついた50円玉や、鈍い銅色の10円玉だ。現代日本に生きる人間なら誰でも知っている硬貨である。
「なんだこれって……それはお金だが?」
不思議そうに覗き込んできた県に対し、きり丸は信じられないものを見るような目で彼を見上げ、拾った小銭をそのまま県の手へと突き返した。
「何言ってんだよ、おっちゃん。オレ、こんな妙な銭、見たことないぜ。文字も変だし、穴の空き方も違ってて、これじゃ使えないよ」
きり丸ほどの「銭のプロ」が、偽金を警戒するのは当然だった。だが、県にしてみれば、目の前の少年が日本の現行貨幣を「見たことがない」と言い張る意図がまるで分からず、困ったように首を傾げるしかなかった。
そんな奇妙なやり取りを横目に、小隊長の伊庭は、一番落ち着きのある眼鏡をかけた少年――乱太郎に狙いを定め、静かに話を進めていた。
「ところで君たち、少し教えてほしい。ここは一体どこかな? 私たちは演習の途中で、どうやら道に迷ってしまったようなんだ」
「えっ、おじさんたち、こんな大勢で迷子になっちゃったの?」
乱太郎は、ジープや大型トラックの隊列を見回し、気の毒そうな声を上げた。そして、自身の水色の袖で額の汗を拭いながら、事も無げに言った。
「ここはね、忍術学園の裏の林の中だよ」
「にんじゅつ……がくえん?」
伊庭の口から、聞き覚えのない奇妙な単語が漏れた。日本の公教育、あるいは私立の各種学校の中に、そんな名称の施設が存在しただろうか。少なくとも伊庭の記憶には一切なかった。
伊庭が怪訝に思案していると、すぐそばに控えていた部下の隊員が、気遣わしげにすっと耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「伊庭三尉。彼らはあの忍者服まで着込んで、本気で『忍者』になりきっている少年たちです。もしかしたら、その『忍術学園』というのも、彼らの空想の中にある秘密基地か何かの設定かもしれません」
部下の言葉に、伊庭は「なるほど」と深く納得した顔つきになった。
確かに言われてみればその通りだ。忍術学園などと、シンプルでストレートなネーミング、確かに子供の思いつきそうな事だ。ならば、子供の話に乗ってやるのが大人としての立ち振舞いというものだろう。
「ねえ、その学園には先生とか……君たち以外の大人の人はいるかな?」
「うん、もちろんいるよ」
「そうか。それじゃあ、おじさんたちをその大人の人のところまで案内してもらえないだろうか。今、無線も壊れてしまって、本当に困っているんだ」
伊庭が少し困ったような笑みを浮かべて頼み込むと、乱太郎は周囲の様子をぐるりと見渡した。
視線の先では、しんべヱが他の隊員から追加のクッキーを貰って機嫌よく食べ進めており、きり丸は別の隊員に『小銭の魅力』について、身振り手振りを交えて熱心に力説し、隊員たちを和ませていた。
その穏やかな光景を察し、乱太郎の警戒心は完全に融解した。
「いいよ! おじさんたち悪い人じゃなさそうだしね。じゃあ、ついてきて!」
乱太郎は快く胸を叩くと、きり丸としんべヱを呼び戻し、鬱蒼と茂る林の奥へと歩き始めた。
伊庭はジープへと戻り、後続の車両連隊に向けて「前進」のサインを送る。
こうして、近代兵器をフル装備した陸上自衛隊の一団は、水色の忍び装束を着た小さな案内人たちに導かれ、彼らの言う『忍術学園』へと足を踏み入れることとなった。
【いざ忍術学園へ】
鬱蒼とした林を抜けて数分ほど車両を走らせると、突如として頑丈な木製の高い塀に囲まれた、古風な集落のような敷地が姿を現した。ここが、子供たちの言っていた『忍術学園』の正体だろう。
伊庭たちが門をくぐろうとしたその時、正面の詰所から一人の若い男が元気よく飛び出してきた。彼もまた、子供たちと同じような忍び装束を身にまとっている。この男の登場により、伊庭たちの脳裏には一つの明確な結論が導き出された。これは子供のごっこ遊びなどではない。時代考証を徹底した、歴史系のアミューズメントパークか何かの大型施設なのだ、と。
「あーっ! 君たち、ストップです! 忍術学園へ入る方はこの入門票に名前を書いてもらわなきゃ困ります!」
学園の事務員である小松田秀作は、お約束の台詞をまくし立てながら、先頭を進む伊庭の前に大きな帳簿と筆、そして墨の入った硯をうやうやしく差し出してきた。和紙の質感といい、用意された筆といい、驚くほど本格的で凝った演出だ。
「……なるほど。で、入園料はいくらだ?」
伊庭が財布を取り出そうとすると、小松田は目を丸くしてパタパタと手を振った。
「入園料? そんなものいりませんよー。この入門票にサインさえ書いていただければ、どなたでも問題ありません!」
「そうか。では、ボールペンでもいいか?」
「ぼーるぺん? 何ですか、それは?」
小松田は、伊庭が迷彩服の胸ポケットから取り出したクリップ付きの黒い樹脂製のボールペンを、不思議そうに凝視している。伊庭はその視線を意に介さず、差し出された和紙の帳簿に、ノックしたボールペンで「伊庭義明」とすらすらと名前を記入していった。
「わあ……! すごい、墨もつけてないのに、こんなに細くて綺麗な文字がすらすらと書けるなんて! 便利な道具ですねぇ!」
本気で感動している様子の小松田を見て、伊庭は口元をわずかに緩め、クスリと笑った。
(なるほど。かなり徹底して『世界の住人』になりきっているようだな。大したプロ根性だ)
現代のテーマパークのキャストが、世界観を壊さないために現代文明の道具を「知らない役」として振る舞うのはよくあることだ。伊庭は小松田のその態度を、実に見事なファンタジーの演出だと解釈した。
「それでは、後ろにおられるお連れの方も、皆さん一人残らず記帳をお願いします!」
「全員か?」
「はい、全員です!」
小松田のこだわりは頑なだった。しかし、さすがに小隊全員の二十名にいちいちサインをさせるのは時間がかかりすぎるし、何より外にはジープや戦車、大量の重火器がある。それらを見守る防衛要員を残すのが軍人としての鉄則だ。
伊庭は背後の頼れる最先任、根本茂吉二等陸曹を振り返った。
「根本。中に入るのは俺とお前の二名だけにする。残りのメンバーは車両の警戒を兼ねて、この入り口の前で待機させろ」
「了解しました。おい、お前ら、ここで待機だ。周囲の警戒を怠るなよ」
根本二曹の渋く、通る声での指示に、隊員たちが一斉に「了解!」と応じる。小松田は「ええ~、二人だけですか?」と少し残念そうにしながらも、伊庭と根本の二名が入門票にサインしたのを確認して、満足そうに門の奥へと道を開けた。
敷地内へ足を踏み入れる直前、伊庭は自身の胸元に装着された、局地的に使用可能な特定小電力トランシーバーのスイッチをオンにした。
「外のメンバー、聞こえるか。これより内部に潜入する。電波の届く範囲で常時回線を繋いでおく。通信機越しに中の音声を共有し、状況を把握してくれ」
『了解、伊庭三尉。音声はクリアに拾えています。何かあればすぐにバックアップに入ります』
耳元のイヤホンから返る部下の頼もしい声を確認し、伊庭は根本を伴って、異様なほど静かで、かつどこか活気に満ちた『忍術学園』の敷地内へと歩みを進めた。
【場所と時代を特定せよ】
乱太郎、きり丸、しんべヱの三人に先導され、伊庭と根本は学園の奥へと進んでいった。目指すは、この『忍術学園』の最高責任者である「学園長」の
移動しながら、伊庭と根本の鋭い視線は休むことなく周囲の環境を走っていた。
道行く子供や大人たちが身にまとっている衣服の、手紡ぎ特有の粗い質感。建物の柱に残る、カンナではなく
どこをどう見ても、近代のテーマパークにあるはずの「電気の配線」や「消火栓」、あるいは「FRP製の人工物」といったハリボテの気配が一切ない。細部まで完全に、泥臭い本物の戦国時代の空気が作り込まれていた。
5時18分で一斉に止まった時計、突然夕暮れから真昼へと変わった青空、そしてこの完璧すぎる古い町並み。
パズルのピースが、伊庭の脳内で一つの恐るべき形を結び始めていた。認めがたい狂気のような仮説――『タイムスリップ』という考えに、二人の心は急速に傾きつつあった。
そうして敷地内の最奥、一際大きな茅葺き屋根の屋敷へと案内された。
縁側には、白髪の小柄な老人が、奇妙な頭巾を被った犬を傍らに従え、のんびりとお茶を啜っていた。犬は伊庭たちを見ると、「ヘムヘム」と鼻を鳴らして小さく尾を振った。
「学園長先生! お客様をお連れしました!」
乱太郎の声に、老武道家――大川平次渦正(おおかわへいじうずまさ)は、ゆっくりと湯呑みを置き、その細い眼差しを伊庭たちに向けた。その佇まいには、一見飄々としながらも、一筋縄ではいかない達人の気配が満ちている。学園長はすぐに対応の席を設けてくれた。
「ほほう、これはまた見たこともない奇妙な南蛮服を着たお人たちじゃな。して、どのような御用かな?」
伊庭はごくりと唾を飲み込み、背筋を伸ばして居住まいを正した。胸元のトランシーバーからは、外で見守る隊員たちの緊張した息遣いが微かに漏れている。
「私たちは、陸上自衛隊・東部方面隊所属の者です。軍事演習のための移動の最中に、突如として白い霧に包まれ、気づけばこの場所に迷い込んでしまいました。……先ほどから無線も通じず、現在地が把握できない状況です」
「ふむ……じえいたい、とな? 聞き慣れぬ名じゃ。東部方面隊というのも、どこの大名の軍勢かのお。武田か、あるいは上杉の隠密組織かの?」
学園長は本気で不思議そうに首を傾げた。その様子に、隣にいた根本二曹がわずかに声を尖らせる。
「学園長殿、私たちは遊びや観光でここに来たわけじゃない。本当に真剣なんです。知らない振りや、テーマパークの『役作り』を続ける必要はありません」
「いや、別に知らない振りなどしておらんよ」
学園長は静かに首を横に振った。その双眸には、からかうような色も、嘘偽りも一切なかった。ただただ、目の前の異質な訪問者を純粋に観察する、底知れない老人の眼光だけがあった。
(……本物だ。この老人の目も、この場所も、すべてが本物の『過去』なんだ)
ここに至り、伊庭はついに、これまで徹底して拒絶し続けていた狂気的な事実を完全に受け入れる覚悟を決めた。自分たちは、説明のつかない超常現象によって、日本の歴史のどこかへと『タイムスリップ』してしまったのだと。
伊庭は一呼吸置き、覚悟を決めた目で学園長を見据えた。
「学園長殿。信じられないかもしれませんが……私たちの言葉をそのまま聞いていただきたい。私たちは、おそらくあなた方の生きる時代よりも、遙か数百年以上先の『未来の日本』からやってきた人間です」
伊庭の口から放たれた衝撃の告白。その言葉は、胸元の通信機を通じて、校門前で待機する小隊全員の耳にも重く突き刺さっていった。
「遠い未来……? 一体いつ頃の世から来たというのじゃ?」
学園長は
「西暦で言えば2020年代、21世紀です。私たちの国での年号は、今は『令和』と呼ばれています」
「せいれき? れいわ? ……ううむ、とんと聞いたことがないのう。ヘムヘム、お前は知っておるか?」
「ヘムヘム~…?」
犬のヘムヘムは前足で頭をかき、お手上げといった風に鳴いた。どうやらこの時代には、西暦や未来の元号という概念そのものが存在しないらしい。
伊庭は思考を切り替え、現状の座標を特定するための質問を投げかけた。
「では、質問を変えます。今、私たちがいるこの辺りの地域名と、ここを治めている一番力のある有力な大名の名前を教えてください」
「ふむ、それなら簡単じゃ。ここは『
「摂津国……」
伊庭は決して歴史マニアというわけではなかったが、防衛大学校を経て陸上自衛隊の幹部候補生となった身だ。有事の地理把握のため、日本地図の旧国名や大まかな歴史の流れは頭に叩き込まれていた。
「摂津国ということは、現在の大阪府北部から兵庫県南東部にかけての地域……すなわち近畿地方か。しかし、三好という大名は俺の記憶にはないな」
伊庭が眉をひそめて呟くと、すぐ後ろに控えていた根本二曹が、周囲に聞こえないほどの小声でそっと耳打ちしてきた。
「伊庭三尉、確か織田信長が天下に名を轟かせるより前の時代に、京都を中心とする畿内一帯を実質的に支配していた『三好長慶(みよし ながよし)』という有力な戦国大名がいたはずです。おそらく、その一族のことかと」
「織田信長より、さらに前の時代……」
根本の言葉に、伊庭の頭の中でバラバラだった情報が徐々に一本の線に繋がってくる。
信長が上洛し、天下布武を掲げたのが1560年代後半。それよりも前ということは――。
「……ということは、今はおおよそ1530年代から1540年代頃。室町時代末期、いわゆる『戦国時代の初期から中期』に俺たちはタイムスリップした、ということか」
ついに時代と場所の座標を特定できた。その正確な数字は、伊庭たちの全身に冷たい戦慄を走らせた。
自分たちはただ道に迷ったのではない。近代兵器と戦車を引き連れたまま、今から約五百年も昔の、文字通り戦火が渦巻く戦国時代へと突入してしまったのだ。
胸元のトランシーバーを通じてその結論を聞かされた門前の隊員たちの間にも、息を呑むような沈黙が広がっていったのだった。
【学園長の想い】
「分かりました。学園長殿、どうやら我々はおよそ500年先の未来から、この時代にやってきてしまったと思われます」
伊庭の真っ直ぐな言葉を受け、学園長はしばし沈黙した。
じっと伊庭の瞳の奥を見つめ、それから手元に置かれたボールペンや、迷彩服の強靭な生地、無骨な無線機へと視線を移す。
「なんと、500年とな……!? だが、そのおかしな衣服、持っておる小物類、どう見てもこの時代にはない技術を先取りしておるようじゃ。それに……眼を見れば分かる。とても君たちが嘘を吐いておるようには見えん。うむ、わしも君たちの言葉を信じよう」
学園長は深く頷いた。
実は、伊庭が相手の出方を窺っていたように、学園長の方もまた、一分の隙もなく伊庭たちの人間性を値踏みしていたのだ。門外には、見たこともない鉄の怪物を連ねた大勢の
だが、伊庭の佇まいには、乱世の兵特有の、血の匂いや他者を踏みにじるような傲慢さが一切なかった。
学園長は煙管を置き、少しだけ声音を落として、最も聞きたかった問いを投げかけた。
「ところで……500年先の未来の日の本は、平和な国になっておるかね? 子供たちは、もう戦わなくて済む世の中になっておるのかの?」
その問いには、この時代に生きる教育者としての、切実な願いが込められていた。
戦国乱世において、忍者などは、大名たちからすれば戦争の「使い捨ての駒」に過ぎない。しかし、直接合戦の最前線に出て刀を交える武士と比較すれば、諜報活動や情報操作を主とする忍びは、知恵と技さえあれば比較的生存率の高いポジションでもあった。
力のない子供たちに、過酷な乱世を生き抜くための術を身に付けさせ、できるだけ安全な立ち位置で生き残らせてやりたい。それこそが、この大川平次渦正がすべての財を投じて『忍術学園』を創立した、真の理念だったからだ。
そんな学園長が何よりも気をもんだのは、自分たちが目指した理想の果てにある、未来の子供たちの境遇だった。
伊庭は学園長の眼に宿る深い慈愛を察し、穏やかに、だが力強く頷いた。
「ご安心ください。私たちの生きる未来の日本は、世界で最も平和な国の一つです。つい先日も、私たちは『戦後80年』という節目を迎えたばかりでした。私自身、軍人のような職にありながら、実戦で人を撃った経験など一度もありません。もちろん、子供たちが兵士として戦争に駆り出されるようなことなど、絶対にありません」
「そうか……そうか……。子供たちが戦わぬ世か。それは、なんと素晴らしい未来じゃ……」
学園長は感極まったように何度も頷き、目元を熱くした。ヘムヘムも嬉しそうにその足元に擦り寄っている。
「ちなみに、我が陸上自衛隊は、他国からの侵略から国を護るだけでなく、大きな地震や台風などの自然災害が起きた際には、真っ先に現地へ赴き、国民の命と暮らしを救うあらゆる活動に従事しています」
「そうか、分かったぞ!」
学園長は膝を叩いて立ち上がった。その顔には、先ほどまでの警戒の影は微塵も残っていなかった。
「君たちは、未来の世で平和と民の命を護るための役割を担っておるというわけじゃな。ならば、そんな尊い役目を持つ君たちを、一刻も早く未来の世に送り返すことは、この大川平次渦正の、いや、我が忍術学園の使命でもある!」
「ありがたいお言葉です。……しかし、その肝心のタイムスリップの原因が全く分からないのです。現代に帰りたくても、その手段が掴めない状況でして……」
伊庭が苦渋の表情を浮かべると、学園長は白い髪を不敵に撫で上げ、ニヤリと笑った。
「それについてじゃがな……実は、わしに一つ、大きな心当たりがある」
「心当たり、ですか!?」
伊庭と、後ろの根本二曹が同時に身を乗り出す。
学園長は「ちょっと待っておれ」と言って奥の部屋へ引っ込むと、埃を被った押し入れの奥から、仰々しく紫の布に包まれた、一冊の古い巻物――古文書を取り出してきた。
縁側にそれを広げ、煤けた墨の文字を指でなぞりながら、学園長はその一節を厳かに読み上げ始めた。
【白きたまゆらの伝承】
学園長が古い巻物を紐解くと、室町時代のものとは思えないほど禍々しく、かつ神秘的な気配を放つ文字が並んでいた。老人はその中の一節を、一文字ずつ噛みしめるように厳かに読み上げた。
「――『天にそびえる
静まり返った庵に、その奇妙な詩が響き渡る。伊庭は眉根を寄せ、その言葉の断片を反芻した。
「……何ですか、それは? 一体どういう意味なんです」
「ほっほっほ、それがのう、わしにも全く分からんのじゃ! というよりは、今の今まで、ただの怪しげな
学園長はあっけらかんと笑い、ヘムヘムの手を借りながら巻物を縁側に広げ直した。
「しかし、五百年先の未来から『白い霧』を抜けてやってきたという、君たちの話を聞いてな。ふと思い出したのじゃよ。この『白きたまゆら時を貫く』という不気味な一文をな」
「白きたまゆら、時を貫く……!?」
伊庭の背中に、電撃のような衝撃が走った。「
「根本、俺たちが演習中に突入した、あの現象は何だった?」
「……『白い霧』です。ですが、今思うと霧というよりは、『白い光』だったようにも思えます……」
根本二曹が驚愕に目を見開いたまま呟く。
まさしく、その「一瞬の白い光」が、自分たちを五百年の時の彼方へと文字通り「貫き」、この戦国時代へと放り出した張本人だったのだ。
「なるほど、辻褄が合います……! 『白きたまゆら』とは、あの時空の歪みそのもののことだ。学園長殿、これはただの御伽噺じゃない。過去に一度、私たちと同じように時を超えた者がいたか、あるいはこの現象を意図的に引き起こした者がいる証拠だ!」
「うむ。この地へと伝わる奇妙な伝承……その謎さえ解き明かせば、君たちが元の未来へ帰るための、確かな足がかりが掴めるやも知れんぞ」
学園長は力強く頷き、不敵な笑みを浮かべた。
道は示された。しかし、「天にそびえる眼」「青き炎」「竜の角」――残された言葉の謎は、あまりにも抽象的で、謎に満ちている。
伊庭たちがその言葉の意味を深く突き詰めようとしたその時、天井裏から声が聞こえた。
「その話、俺達も乗っけちゃあくれねえか?」
【世紀の大怪盗参上】
――ガタ、と頭上の天井裏から微かな衣擦れの音が響き、信じられないほど軽妙な男の声が降ってきた。
「むっ、曲者ッ!」
言うが早いか、学園長は老体からは想像もつかない俊敏さで立ち上がると、壁に立て掛けてあった長槍をひったくり、鋭い切っ先を天井へと突きつけて見据えた。流石は元・天才忍者、一瞬にして周囲の空気がピリリと張り詰める。
しかし、天井の隙間から返ってきたのは、緊迫感のまるでない緊張の抜けた笑い声だった。
直後、パカリと木製の天板がズレ、三人の男影が音もなく縁側へと飛び出してきた。
「タンマ、タンマ! 槍はやめてよジイさん。仲良くやろうぜ、人類みな兄弟ってな?」
先頭に立つのは、鮮やかな赤いジャケットに白いズボンをスマートに着こなした、どこか猿顔の男だった。男は飄々とした仕草でひらひらと両手を上げ、ニカッと白い歯を見せて敵意がないことを示す。
すると、その赤いジャケットの背後から、呆れたような深い溜め息が漏れた。
「ルパン、天井裏から覗き見しておいて仲良くやろうぜなんて、そりゃ無茶ってもんだ」
そう言ってヨレヨレの黒いソフト帽の目深な影から鋭い視線を覗かせたのは、顎に無精髭を蓄えた男――次元大介だった。暗い色のスーツを身にまとい、口元には火のついていない煙草を気怠げに挟んでいる。
「全く、やれやれでござる……」
そしてもう一人は、この時代において最も「衣服だけは」違和感がないはずの、しかし明らかに放つオーラが違いすぎる男。
白系統の着物と袴に身を包む若き剣士――石川五ェ門だ。男は胸元に大振りの白鞘の刀を抱えている。
学園長は長槍を構えたまま、じっと現れた三人組を凝視した。そして、その奇抜な衣服、身にまとう空気、何より伊庭たちを見た時と同じ「この時代の人間ではない」という超然とした佇まいから、直感した。
(間違いない……この男たちもまた、あの自衛隊の者たちと同じ、遥か未来の世から迷い込んできた未来人じゃ!)
しかし、学園長が驚くよりも前に、伊庭と根本の二人は、目の前の三人組の正体に言葉を失っていた。
特徴的な赤いジャケット。帽子を被った天才ガンマン。そして、抜き身の刀を持った孤高の剣士。
現代の日本、いや世界中を探しても、この組み合わせを知らない人間など存在するはずがなかった。世界を股に掛ける世紀の大怪盗、その人である。
根本二曹が、信じられないものを見る目で絶句する。伊庭もまた、腰の拳銃に手をかけたまま、驚愕を押し殺した声でその名を口にした。
「……ルパン、三世……!?」
突如として現れた世紀の大怪盗ルパン三世、そして次元大介に石川五ェ門。
自衛隊、大怪盗、そして戦国時代の忍者の頭領。異質すぎる三者の邂逅に、庵の空気は一触即発の不穏な緊張感に包まれた。伊庭の指が拳銃のトリガーに、そして学園長の槍先が鋭くルパンの鼻先を捉える。
誰もが息を呑み、次の刹那に誰が動くかを測り合っていた――その、極限の緊迫感をぶち壊すかのように、どこからともなく一人の男がバタバタと足音を立てて滑り込んできた。
「学園長先生! 駄目ですよ、槍なんか向けちゃあ! 彼らは曲者ではありません!」
叫んだのは、事務員の小松田秀作だった。
「何だとぉ!?」
学園長が目を丸くして声を荒げる。
しかし、小松田はそんな周囲の刺すような視線などどこ吹く風で、満面のキラキラとした笑顔を浮かべると、小脇に抱えていたあの和紙の帳簿――入門票をパッと誇らしげに開いて見せた。
「見てください! 彼らからは、ちゃーんと入門票にサインをいただいてますから!」
見れば、和紙のページには、筆文字で『るぱんさんせい』『じげんだいすけ』『いしかわごえもん』と、どこか投げやりな筆跡で署名がなされていた。
「…………」
あまりにもズレまくった警戒のベクトルに、学園長、伊庭、根本の3人は、示し合わせたように見事なタイミングで「ずこーーっ!」とひっくり返った。
綺麗にずっこけた3人を見下ろしながら、ルパンは「まあ、そういうこと」と肩をすくめ、後ろ頭をかきながらニカッと苦笑いを浮かべるのだった。
続く☆