【決行までの二日間・それぞれの思惑】
ドクタケ出城の攻略作戦の決行は、二日後と定められた。
敵の防衛陣形を精査し、自衛隊の近代兵器と大怪盗の隠密スキルを最も効果的に連動させるための、最低限必要な準備期間だった。
伊庭(いば)は胸元のトランシーバーに手をかけ、門前で待機している隊員たちへ向けて短く指示を飛ばした。
「門前待機組、聞こえるか。これより全車、学園の敷地内へと移動。内部にてルパン一味、および学園側と合流する」
『了解、伊庭三尉。全車、移動を開始します』
確かな返答の後、ジープを筆頭に大型トラック、そして
もちろん、そこで仁王立ちしていた事務員の小松田秀作による、入門票へのサインも欠かさない。
合流後、自衛隊チームは学園側から用具入れ用の大きな倉庫を借り受け、そこを一時的な前線基地とした。
決行までの猶予は二日間。彼らは半日がかりで、各自の装備や車両の徹底的なメンテナンスに着手した。小銃を分解してパーツを磨き上げ、重機関銃の給弾機構をチェックし、戦車の履帯やエンジンの調子を確かめる。金属の擦れ合う音とオイルの匂いが、古い木造の倉庫を満たしていった。
そんな無骨な作業が続く倉庫の入り口や窓の隙間から、凄まじい熱量の視線が注がれていることに隊員たちは気づいた。
覗き込んでいたのは、忍術学園の中でもとりわけ「カラクリ」や「火器」に目のない忍たまたちだった。
「すごいや三治郎! 見てよあの細かな部品の噛み合わせ! 一寸の狂いもない完璧なカラクリだよ!」
「本当だね、兵太夫! あんなに滑らかにカチャカチャ動くなんて、一体どんな仕掛けが中に入ってるんだろう!」
目を皿のようにして輝かせ、ヒソヒソと大興奮で語り合っているのは、一年は組のからくり大好きコンビ、笹山兵太夫と夢前三治郎だ。現代の精密な機械工学で作られた銃の内部構造は、カラクリ少年たちの探究心を激しく刺激しているようだった。
さらにその横では、自衛隊の小銃や戦車の重厚な銃身を凝視し、今にも失神しそうなほど顔を紅潮させている上級生がいた。四年い組の火器マニア、田村三木ヱ門である。
「ああ……! なんという美しさ、なんという洗練された鉄の肉体……! 我が愛しのユリコ(石火矢)が霞んでしまうほどの圧倒的な存在感……! ああっ、違うって、僕が愛してるのは君だけだよユリコ……!」
自分の武器を女の子のように溺愛する三木ヱ門は、もはや拝むような勢いで戦車を見つめていた。隊員たちは、子供たちのあまりの食いつきぶりに苦笑しつつも、「危ないから触っちゃ駄目だぞ」と優しく声をかけながら、どこか誇らしげに作業を続けるのだった。
そうして作業に没頭しているうちに、山背に太陽が沈み、気がつけば周囲は心地よい初夏の夜気に包まれていた。
「よし、今日のメンテはここまでだ。各自、食堂へ移動して夕食をとれ」
伊庭の号令に、お腹を空かせた隊員たちが「待ってました」とばかりに声を上げる。
案内された学園の食堂に足を踏み入れた瞬間、割烹着を着た恰幅の良いおばちゃんが、巨大なしゃもじを手に凄まじい気迫で仁王立ちしていた。
「ええな、あんたたち! 魂込めて作ったご飯や! お残しは許しまへんでー!」
地響きのような大声を張り上げるおばちゃんに、屈強な隊員たちも思わずビクッと肩を震わせる。しかし、各自の前に配膳された夕食を一口口にした瞬間、その恐怖は一瞬で消し飛んだ。
「……う、美味い……!」
「なんだこれ、出汁の深みが現代の飯と全然違うぞ!?」
現代のレトルト食品や保存食(ミリ飯)に慣れていた隊員たちの舌に、手作りの温かみがある本物の和食の滋味が染み渡っていく。あまりの美味しさに全員の箸は猛烈な勢いで進み、おばちゃんの「お残しは許しまへんで」という大声は、彼らの旺盛な食欲の前には完全に無用な警告となった。
お腹が満たされるにつれ、食堂のあちこちからワイワイと賑やかな雑談が聞こえ始める。
「そう言えばさ、俺たちがこれから乗り込む相手の城主の名前、なんだっけ? 確か……『きのこ汁食べたか』、だっけか?」
「ぶっ! どんな聞き間違いしてんだよ! 『木野小次郎竹高(きの こじろう たけたか)』だろ!」
「いや、だってよ、庵の会話をトランシーバー越しに聴いてたから、ノイズ混じりでよく聞き取れなかったんだよ。キノコ汁がどうとか聞こえたからさ」
「あっははは! どんな城主だよそれ!」
隊員たちの間で爆笑が沸き起こる。
魔毛狂介というタイムスリップの元凶が判明し、大怪盗ルパン三世という心強い協力者を得て、元の未来へ帰れる確かな希望が見えたことで、隊員たちの胸中は一様に明るく、活気に満ちていた。
――ただし。
その賑やかな喧騒から少し離れた、食堂の片隅の席で、冷え切った目で器を見つめる矢野陸士長と、その視線に無言で頷き合う数人の一派たちを除いて……。
【楽しい入浴】
夕食を終えた後は、一日の汗とオイルの汚れを洗い流すための入浴の時間となった。
自衛隊の隊員たちが連れ立って学園の大浴場へ向かうと、脱衣所にはちょうど同じタイミングで風呂に入ろうとしていた、乱太郎たち一年は組の忍たまが数人、賑やかに服を脱いでいるところだった。
「あ、自衛隊のおじさんたちだ! こんばんはー!」
無邪気に挨拶してくる子供たちに、隊員たちも「おう、こんばんは」と目好相好を崩す。戦場のような乱世に飛ばされた緊迫感のなかで、この子供たちの純粋さは隊員たちの張り詰めた心を何より癒やしてくれた。
大きな湯船に浸かりながら、「未来の国ってどんなところなの?」「あの鉄の大きな乗り物(戦車)はどれくらい速く走るの?」と質問攻めに遭い、隊員たちも笑顔でそれに答える。そんな温かい交流をしながら体を綺麗に洗い、一同はさっぱりとした気分で湯から上がった。
――しかし、風呂を出て脱衣所に戻ったところで、隊員たちの間にちょっとした問題が発生した。
各自の脱衣カゴには、学園側から着替え用にと新しい肌着が支給されていたのだが……。カゴに入っていたのは、現代のボクサーパンツやブリーフではなく、一本の長い真っ白な布――『
「おい、これ……どうやって着けるんだ?」
「さあな。こんなもの、生まれてから一度も穿いたことがないぞ。ただの長い布じゃないか」
屈強な自衛隊員たちが、揃いも揃って真っ白な褌の布を両手で広げ、途方に暮れて首を傾げている。前と後ろの区別すらつかず、腰に巻き付けようとしては布を落とし、脱衣所はにわかに大混乱に陥った。
そこへ、しっかりと頭に頭巾を巻き直した忍たまたちが、不思議そうな顔をして近づいてきた。
「あれれ? おじさんたち、大人のくせに褌の締め方も知らないの?」
きり丸がニヤニヤしながら尋ねると、根本二曹がポリポリと頬をかきながら苦笑した。
「ははは、面目ない。俺たちのいた未来じゃ、こういう形の肌着はもう使われていなくてね。誰も扱い方が分からないんだ」
「なんだ、そんなことか! いいよ、僕らが教えてあげる!」
そう言って一歩前に進み出たのは、一年は組の学級委員長、黒木庄左ヱ門(くろき しょうざえもん)だった。
「いいですか、おじさんたち。まず布の端を腰の後ろから回して、前でしっかりと結び目を新しく作ります。次に、残った長い布を股の間から前に向かって引き通して……」
庄左ヱ門は自分の体を使いながら、極めて論理的かつ丁寧で分かりやすい解説を披露していく。どの位置で力を入れ、どこを締めれば激しい動きをしても緩まないか、そのコツまで完璧に網羅された見事な講義だった。
「――はい、これで完成です!」
庄左ヱ門がキリッと胸を張ると、後ろで見守っていた乱太郎やしんべヱたちが、一斉に手を叩いて歓声を上げた。
「「「さすが一年は組の学級委員長ー!」」」
「いやぁ、勉強になったよ。ありがとう、庄左ヱ門くん」
根本二曹をはじめ、隊員たちは感心しながら教わった通りに褌を締め込んでいく。
「おお、意外と動きやすいな」、「体幹が安定して力を入れやすいぞ」と、初めての褌の感触に案外嬉しそうな声を上げる隊員たち。
未来の兵士たちと戦国の未来の忍者たちが、褌一枚を通じて確かに心を通わせた、そんな微笑ましい脱衣所のひとコマであった。
【美男美女はいつの時代も変わらない】
翌日。作戦決行を翌日に控えた学園内を、ルパンは特に目的もなく、両手を頭の後ろで組んでブラブラと散歩していた。
「いや〜、それにしても忍者の学校ねぇ。なんともお堅い場所だこと……」
そんなことをお気楽につぶやきながら角を曲がった、その瞬間だった。
ルパンの目に、一人の『くの一』の姿が飛び込んできた。
風にしなやかに揺れる美しく艶やかな栗色の髪、切れ長で妖艶な瞳、忍び装束の上からでも分かる抜群のプロポーション――まさにルパン好みの、若くて非の打ち所がない極上の美女だった。
「ひゃっほ〜う! 見ぃ〜つけた!」
世界一の女好きのセンサーが最高速度で反応する。ルパンはすかさず滑るような足取りでサッと美女の背後へと駆け寄った。
「そこのかわい子ちゃん! 俺と、甘〜い時間でも過ごさな~い?」
目をハート形に輝かせ、すかさずその細い肩を抱き寄せようとしたルパン。――しかし、伸ばしたルパンの両手は、何の手応えもなくフワリと空を切った。
「……あら?」
確かに目の前にいたはずの美女が、一瞬にして視界から消え失せている。ルパンは狐につままれたような顔で、きょろきょろと視線を漂わせた。すると。
「あら、わたしゃでいいんですか?」
すぐ足元から、のんびりとした、しかしどこかお茶目な声が聞こえた。
ルパンがハッとして視線を真下に落とすと、そこには、いつの間にかちょこんと腰を曲げて佇んでいる、小ぶりな老婆の姿があった。
「……へっ?」
ルパンは完全に困惑し、漫画のように目を白黒させた。何度も上空と足元を見比べ、自分の頭をペチペチと叩く。上を見ても、やはり先ほどの若い美女の姿はどこにもない。目の前にいるのは、シワの刻まれた優しい笑顔のお婆さんだけだった。
「な、なんだぁ? 俺の目がかすんだのか、それとも幻覚か……?」
ルパンが額の汗をぬぐっていると、そこへ賑やかな笑い声とともに、くの一教室の三人組――ユキ、トモミ、シゲがタタタッと駆け寄ってきた。
「あはは! ルパンさん、引っかかってるー!」
ユキが楽しそうに指を差すと、トモミがフフンと胸を張って教えてくれた。
「驚くのも無理ないわ。それ、どちらも山本シナ先生ですよ」
「へえ〜! なるほどねぇ、あの若くてピチピチな姿が本物で、お婆さんに変装するのがめちゃくちゃ上手いってわけ……」
ルパンが納得しかけた瞬間、ユキがいたずらっぽく首を横に振った。
「それがね、どっちが本当の山本シナ先生なのか、学園の誰も、それこそ学園長先生だって知らないんですよ!」
「……ええっ!?」
ルパンの顎が外れんばかりにガクンと下がった。変装のプロである大怪盗をして、「正体不明」というその事実には本気で度肝を抜かれるしかなかった。
ふと見ると、山本シナ先生は老婆の姿のまま、少女のようにはにかんで、お調子者の大泥棒を前にポッと顔を赤らめている。
そのあまりのギャップと謎の深さに、さしものルパンも、先ほどまでのギラギラとしたナンパな気持ちが綺麗さっぱり消え失せてしまった。
「そ、そうかい……。いやはや、こりゃ一本取られたぜ。それはそれは、大変失礼いたしましたーーっ!」
ルパンは脱兎のごとく踵を返すと、煙を上げるような勢いで、どこへともなくバタバタと走り去ってしまった。
残された三人組は「行っちゃった」と顔を見合わせて笑っていたが、その時、たまたま廊下の向こうから「ふにゃ〜」とお腹を空かせたような声を出しながら、しんべヱがトコトコと歩いてきた。その鼻の下には、いつも通りの立派な鼻水がキラリと光っている。
それを見つけたシゲは、すぐに目を輝かせて駆け寄った。
「あ、しんべヱちゃま! またそんなに鼻水を出して……。さ、お鼻をかんであげましゅよ。ちーん、してくだしゃい!」
「あ、おシゲちゃん。ありがと〜。ふんっ!」
くの一の恐ろしさに大泥棒が退散したすぐ横で、戦国時代と変わらぬ、なんとも微笑ましく気の抜けた日常の世話焼きが繰り広げられるのだった。
ルパンがギャグ漫画さながらにドタバタと走り去っていったのを見送った後、山本シナは「ふぅ」と小さく一息ついた。
すると、その小さな身体を包む空気が一瞬だけ陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には、先ほどの息を呑むほどに美しい、若い姿へと何事もなかったかのように戻っていた。
シナは静かに佇んだまま、ふと、自身の背後に向けて声をかける。
お調子者の大泥棒が騒いでいた間も、ずっとそこから動きもせず、しかし確かな熱量を持って自分に向けられていた『視線』の主に。
「先ほどから、ずっと見ておいでね。……どなたかしら?」
凛とした、しかし鈴を転がすような美しい声が中庭に響く。直後、生い茂る木々の陰から、衣擦れの音すら立てずに一人の男が静かに姿を現した。
端正な顔立ちに、きつく結ばれた薄い唇。大泥棒の一味でありながら、まるで一幅の古風な武者絵から抜け出してきたかのような、古風な袴を纏った男――石川五ェ門であった。
五ェ門はシナから数歩離れた位置で足を止めると、懐に差した斬鉄剣の柄にそっと手を添え、武士の作法をもって静かに一礼した。
「不躾に視線を送り、失礼仕った。……拙者、石川五ェ門と申す」
「……!」
その切れ長の瞳と、若き侍の持つあまりにも毅然とした、そして硝煙の匂いとは無縁の「純粋な気高さ」に、山本シナは思わず息を呑み、その凛々しい姿に深く見とれてしまった。
「石川、五ェ門様……」
シナの潤んだ瞳が自分を捉えた瞬間、五ェ門の胸の奥にも、かつて経験したことのない激しい衝撃が走り抜けていた。
乱世に咲く一輪の白百合のように、優美でありながらもどこか芯の強さを感じさせるその佇まい。五ェ門は、彼女が先ほど老婆の姿をしていたことなど完全に忘念の彼方へ追いやり、ただ目の前の美しい女性に心を奪われていた。
「山本シナ殿。……可憐だ」
五ェ門の口から、偽りのない心からの賛辞がぽろりと漏れ出る。
お互いに、それはまさしく一目惚れだった。
初夏の柔らかな風が二人の間を吹き抜け、中庭の木の葉をさらさらと揺らす。周囲の音すら消え去ったかのように、二人はただ、じっと互いの瞳を見つめ合った。
「……ねえ、ちょっと」
「シーッ! 声が大きいわよ、ユキ」
「何、あの雰囲気……。なんか、私たちが入っちゃいけない大人の空気じゃない?」
少し離れた場所でしんべヱの鼻水を拭いていたシゲ、そしてユキとトモミの三人組は、その場に満ち始めた濃厚でロマンチックな空気感を敏感に察知していた。いつもなら「ヒューヒュー!」と茶化すところだが、二人の放つオーラがあまりにも本物すぎて、言葉を挟むことすら躊躇われる。
「……うん、ここは私たち、そーっと退散した方が良さそうね」
トモミの囁きに二人が深く頷き、三人組はしんべヱの手を引いて、足音を忍ばせながらいつの間にかその場から姿を消していった。
遮るもののなくなった静かな中庭で、木漏れ日を浴びながら、いつまでも、いつまでも見つめ合い続ける二人だけの時間が、そこには流れていた。
一方、ルパンは別の村娘に声を掛けた所、振り向いたのは女装した山田先生であり、完全に「トドメ」を刺されたのであった。
【もしかしたらご先祖様!?】
自衛隊が倉庫を片付けている喧騒から少し離れた、学園の一室。次元大介は、間借りした薄暗い部屋の一角で、愛銃であるS&W M19コンバット・マグナムの整備に没頭していた。
使い慣れた手つきでシリンダーを外し、エジェクターロッド、ハンマー、トリガーといった細かなパーツをすべて分解していく。机の上に並べられた精密な鉄の部品たちを、専用のオイルを染み込ませた布で丁寧に拭い、汚れを落とす。ほんのわずかな火薬の残り滓や、目に見えないほどの歪みが、命懸けの戦いにおいて致命的な精度の低下を招くことを、この凄腕のガンマンは嫌というほど知っていた。
その職人じみたストイックな様子を、少し離れた畳の上で、乱太郎が膝を抱えてポツンと座りながら、じっと眺めていた。
カチャリ、と金属の擦れ合う音だけが響く静寂の中、次元は視線を銃に落としたまま、低く渋い声で問いかけた。
「おい坊主。こんな鉄の塊を分解してるだけの様子を見ていて、何が楽しいんだ?」
「いえ、別に楽しいって訳じゃ……」
乱太郎は気まずそうに、丸い眼鏡の奥の目をきょろつかせた。
「じゃあ、何でそんなところにずっと座り込んでる?」
「ええと……自分でもよく分からないんですけど。おじさんと一緒にいると、なんだかすごく、落ち着くんです」
「ふぅん、変なヤツだな」
次元は呆れたように短く鼻で笑い、今度はバレル(銃身)の内部を覗き込む。
だが、その時。乱太郎のハキハキとした、それでいてどこかお節介で一本芯の通った「声のトーン」が、次元の耳の奥に妙な既視感を呼び起こした。
――その特徴的な声。
次元は作業する手をふと止め、ある一人の少年の姿を脳裏に思い浮かべていた。
青いタキシードジャケットに、赤い蝶ネクタイ。そして顔の半分を覆うような黒縁眼鏡がトレードマークの、あの生意気極まる男の子だ。
「そう言えば……お前のその声、俺の知っているあるガキにそっくりだな」
「私の声が、ですか?」
乱太郎が不思議そうに自分の喉元に手を当てる。
「ああ。確か名前は……『江戸川コナン』、とか言ったかな。見た目はただの小学生のくせに、やたらと頭のキレる妙なガキだ。そいつも何故か、やたらと俺に懐いてきやがってな。挙げ句の果てには、俺のことを『パパ』とか呼びやがるんだよ」
「へえ、パパかぁ……」
乱太郎は少し考え込むように視線を落としたが、やがて、眼鏡の奥の目をきらきらと輝かせて次元を見上げた。
「でも私、何となくその子の気持ちが分かるような気がします。ねえ、おじさん。私もおじさんのこと、『パパ』って呼んでもいいですか?」
これには次元も、咥えていた煙草を落としそうになりながら眉をひそめた。
「止めとけよ。お前にはちゃんと、実家に父親がいるんだろ?」
「父ちゃんは父ちゃん、パパはパパなんです! 役割が違うんですよ?」
「役割ぃ?」
次元が怪訝な顔をする。
「はい。父ちゃんには、なんだか恥ずかしくて甘えられないけど……『パパ』には、なんだか思いっきり甘えられそうな気がするんです」
「全く、どいつもこいつも変なヤツだ……」
次元はやれやれと肩をすくめ、再び銃の組み立てに戻った。
口では「面倒くさい」と言いつつも、帽子を目深に被り直したその口元は、ほんの少しだけ緩んでいる。大人のガンマンも、柄にもなくちょこっとだけ居心地の良さを感じていた。
「……もしかしたら。お前はあいつの――コナンのご先祖様なのかも知れねえな」
「あはは、そうかも知れないですね! ――ね、パパ?」
組み立ての終わったリボルバーをシリンダーごとシャキッと叩き込む音が、戦国の静かな朝に、心地よく響き渡った。
【裏切りの夜明け】
穏やかなひと時を過ごすルパン一味とは対照的に、自衛隊の拠点となっていた倉庫には、朝から張り詰めた凍りつくような空気が満ちていた。
「伊庭三尉……! 大変です、矢野陸士長の姿が見当たりません! それに、あいつと同調していた隊員たち数名も、私物を残したまま行方不明です!」
根本二曹の悲痛な報告に、伊庭はすぐさま倉庫の奥へと視線を走らせた。
そこに広がっていたのは、最悪の光景だった。
昨日まであれほど念入りにメンテナンスを行っていた、この小隊の最大戦力――61式戦車が、その巨大な質量ごと、ぽっかりと姿を消していたのだ。それだけではない。積載されていた重機関銃や弾薬、重火器の約半数が、綺麗さっぱり持ち去られていた。
「……見張りはどうしていた」
伊庭の鋭く低い声に、根本は唇を噛み締めた。
「もちろん、武器の盗難や奪取に備え、時間を決めて厳重に見張りを立てていました。ですが……よりによって、矢野とその一派が『見張り番』に割り当てられていた時間帯を狙って、この離反行為が行われたようです」
身内の裏切り。それも、最も警戒すべき最強の兵器を身内に奪われるという、指揮官として致命的な失策だった。
伊庭たちが事態の把握に追われていると、事務員の小松田秀作が、いつも通りひょっこりと和紙の帳面を抱えて現れた。
「あのぉ、伊庭さん。矢野さんたちなら、昨夜の深夜三時三十分に、ちゃーんと『退門票』にサインをして外出されましたよ? ほら、ここです!」
指し示されたページには、確かに矢野たちの名前と、几帳面なまでに正確な退去時間が記録されていた。
小松田に悪気は一切ない。彼はただ、事務員としての仕事を完璧にこなしただけなのだ。その空気の読めなさと、あまりにも丁寧な記録に対して、伊庭は深く重いため息をつくしかなかった。
(……隊員が外出を申し出たら、どんな理由であれ、すぐに自分のところへ報告するよう小松田に厳命しておけば良かった……)
だが、悔やんでももう覆水盆に返らずだ。戦国時代に放たれた鉄の怪物は、すでに闇に紛れて動き出している。
事態を重く見た伊庭は、すぐさまルパン一味を伴って学園長の庵へと向かい、緊急の軍議を開いた。
話を聞いた学園長は、白い眉をひそめながら重々しく頷いた。
「ふむ……。最新の戦車と重火器を奪っての離反か。伊庭殿、その矢野という男、恐らくはドクタケ城の出城に向かった可能性が極めて高いな」
「やはり、そうなりますか」
「うむ。いくら自衛隊の兵器が強力無比とはいえ、この戦国乱世において、何の後ろ盾もないわずかな人数でのし上がるのは至難の業じゃ。食料の補給もあれば、現地の情報もいる。ならば、この近辺で最強の武力を誇り、本気で天下を狙っているドクタケ忍軍を頼り、自らの価値を売り込みに行くのが一番手っ取り早い」
ルパンが皮肉交じりに鼻を鳴らす。
「なるほどねぇ。悪党と手を組んで、未来の武器をエサに戦国大名の神様にでもなろうって腹か。そいつは泥棒より
「伊庭三尉、明日のドクタケ出城攻略作戦、一度延期して体制を立て直すべきでは……!」
根本の進言に、伊庭は静かに首を横に振った。
「いや、作戦は予定通り行う。矢野たちに時間を与えれば与えるほど、近代兵器の運用方法がドクタケ側に渡り、陣地を要塞化される。ますますこちらが不利になるだけだ。明日の日の出とともに、予定通り決行する」
【真の英雄】
軍議を終え、一人になった伊庭は、学園の裏山の崖から学園内を見下ろしていた。
その胸中は、張り裂けそうなほどに複雑だった。
――本音を言えば、伊庭には矢野の気持ちが痛いほどよく分かっていたのだ。
あの窮屈で、自分たち軍人を正当に評価もしてくれない冷え切った現代社会に帰るより、この実力一つで歴史を塗り替えられる乱世で、自分がどこまでのし上がれるか試してみたい。男として、軍人として、その圧倒的な力を振るってみたいという衝動は、伊庭の心の中にも確実に存在していた。
ただ、自分を縛り付けていたのは「小隊長」という立場と、隊員たちを預かる責任感だけだった。もしも自分がもっと無責任な一兵卒だったなら、あるいは、昨夜矢野が引き金を引く前に、自分にその野望を打ち明けてくれていたなら……自分もどう転んでいたか分からない。自分の中のダークサイドが、一歩間違えれば矢野のようになっていたかもしれないのだ。
だが、そんな伊庭の迷いを、心の底で踏みとどまらせた存在があった。
忍術学園の学園長――大川平次渦正の生き様だ。
大川平次渦正。そんな名前は、自分たちのいた現代の歴史教科書には一行も載っていない。聞いたこともない。恐らく彼は、歴史の闇に埋もれ、誰に知られることもなく死んでいった老人なのだ。
しかし、彼は確かに今、この時代で、命懸けで子供たちの命を繋ぎ、彼らが生きるための『未来』を築こうとしている。歴史に名を残すことだけが英雄ではない。誰にも知られずとも、未来のために今を生きる若者を守る者――それこそが、自分が目指すべき、真の軍人であり、英雄の姿ではないのか。
「歴史を変えて王になるだと……? 大馬鹿野郎が……」
伊庭は拳を強く握り締め、誰にともなく呟いた。
己の中の迷いは、もう消えていた。
「矢野、お前は俺だ。……お前と同じ衝動を知り、お前と同じ武器を持つ俺だからこそ、お前を止めなくてはいけないんだ」
かつて未遂に終わらせたクーデターの因縁が、時空を超えた戦国の地で、今度こそ本当の決着を迎えようとしていた。
続く☆