『planetarian(プラネタリアン) 〜ちいさなほしのゆめ〜』 アニメ化10周年記念作品として、ひそやかにアップします。
2016年7月7日、七夕の日にアニメの1話目がアップされました。その10年後、七夕の夜に本作をアップできる事は、私自身とても感無量です。
クロスオーバー作品なので、両作を簡単にご紹介します。
【planetarian 〜ちいさなほしのゆめ〜】
近未来、世界中を巻き込む世界大戦の上に、生物兵器などの影響により人類の多くが死滅。死の雨が止まず、地上はほとんど人が住む事ができない過酷な環境。街は放棄され、廃墟と化している。
そんな中、廃墟に乗り込み、使えそうなものを回収する主人公の『屑屋』。作中では本名は明かされていない。
その屑屋と、廃墟の中で奇跡的に生き残っていたプラネタリウム案内用アンドロイド『ほしのゆめみ』の交流と別れを描いた作品。
【
近未来、人類とAIが戦争(AI戦争)し、文明が破綻した世界。崩壊後の世界を『OWEL(オウエル)』という組織が管理している。
科学が人類を崩壊させたとして、一般市民には電子機器や科学書(禁書)を所持する事を禁止している。
性別や人数を制限しない集団結婚『エルシー』という制度がある。
ユウグレは、AI戦争を終結させるために造られた、OWELの特殊部隊「アウトサイドシリーズ」の十二体のアンドロイドの内の一体。戦闘能力は作中トップクラス。
なお、プラネタリアンの舞台のモデルになったのは静岡県浜松市だと言われているそうなので、投稿時間も静岡県浜松市の本日の日没時間『19時7分』にセットさせていただきました。
それにしても7月7日の午後7時7分って、これ以上ない出来すぎなタイミングですね。まさにラッキーセブン。読んでくださる皆様に幸運が訪れますように。
【プロローグ:降り止まない雨と封印都市】
時は近未来。
世界規模の大戦の結果、地球は厚い雲に覆われ、毒性を帯びた『降り止まない雨』が永劫に降り注ぐ死の世界へと変貌した。かつて繁栄した都市は、細菌兵器による汚染によって放棄され、人類は地下シェルターや僅かに残された生存圏へと逃げ延びた。
放棄された街は『封印都市』と呼ばれ、そこには主(人間)を失った軍事防衛システムである自律戦闘機械『メンシェン・イェーガー』が居座り、侵入者を容赦なく排除し続けている。そこは文字通り、文明の墓場であった。
その危険地帯へ、わずかばかりの銃器を携えて単身乗り込む者たちがいる。それが『屑屋(くずや)』だ。
廃墟に眠る薬品、精密機器、生活用品といった、もはや製造不可能となった『文明の遺産』を回収し、それらを転売することでその日を食い繋ぐ、孤独なハイエナである。
回収作業中にメンシェン・イェーガーに襲われ、命を落とす者は後を絶たず、彼らの命は使い捨てに等しい。
【屑屋と壊れかけのアンドロイド】
さて、とある屑屋の男が『封印都市』に侵入し、戦闘機械からの逃走の果てに、一つの巨大な建物に潜り込んだ。それは、街の最盛期を象徴したであろう百貨店の廃墟であった。
店内の物品を手に取り、使えそうな物を探し始めるが、どれも劣化が酷く成果はない。
そうして階段を上り、エスカレーターの残骸を乗り越え、辿り着いたのは屋上のドーム施設であった。
周囲の腐った雨の匂いが、その扉の向こう側では途絶えていた。そこにあるのは、どこか懐かしく、そして埃っぽい、時間の止まった閉鎖空間。
軋んだ音を立てて扉を開く。するとそこには水色の髪の少女が花束を携えて立っていた。と言っても本物の花ではない。どこからか拾い集めたジャンク品を、花に見立てたガラクタの寄せ集めだった。
「おめでとうございますっ! お客様はちょうど、通算250万人目のお客様です!」
彼女は30年もの間、電力が尽きかける中でたった一人で『お客様』を待ち続けていたプラネタリウムの解説員アンドロイドであった。
「何だ貴様は!」
反射的に銃口を少女に突きつけるが、そもそも銃というものを知らないのか、少女は全く警戒もせずに無垢な笑顔を屑屋に向ける。
「申し遅れました。私、花菱デパート本店、屋上プラネタリウムの解説員ロボット、『ほしのゆめみ』と申します」
彼女は両手を身体の前で揃え、深々とお辞儀をする。
「プラネタリウムだと…?」
ゆめみは外の世界が滅びたことも、人類に星を見る余裕などないことも知らず、ただひたすらに、ありもしない『250万人目のお祝い』と、最高の星空の投影の準備をし続けていたのだ。
だが、毒雨に閉ざされたこの地獄のような世界で、彼女だけが一点の曇りもなく『星空の美しさ』を信じて疑わない。その異常なまでの無垢さに、男の凍てついたサバイバル本能は、僅かながらに、しかし確実に揺らぎ始めていた。
【投影機の修理とプラネタリウムの上映】
降り止まない雨の音が、ドームの天井を絶え間なく叩いている。その冷酷なリズムとは対照的に、プラネタリウムの内部は、静謐な時間の澱(おり)に満ちていた。
屑屋は、自嘲気味に息を吐いた。生きるか死ぬかの封印都市で、ガラクタの戯言に付き合うなど正気の沙汰ではない。だが、疲れた身体を休める口実として、屑屋は彼女の差し出す『投影』という名の幻想を、気まぐれに受け入れることにした。
しかし、星空の主役であるべき大型投影機『イエナさん』は全く動かない。すでに冷たい鋼鉄の死骸となって沈黙していた。30年の歳月は、精密機械の内部構造を無慈悲に蝕んでいたのだ。
「……お客様、大変申し訳ありません。現在、投影機に不具合が生じているようです。すぐに修理を依頼いたしますので、今しばらくお待ちください。その間、私は外のお客様をご案内して参ります」
ゆめみは、柔らかい微笑みを浮かべ、受付へと向かう。彼女には、外の世界が死滅したことなど微塵も想像が及ばない。修理業者が二度と来ない事など、夢にも思っていない様子だった。
薄暗いロビーに彼女の透き通った声が、壊れたレコードのように響き始める。
「プラネタリウムはいかがでしょう。どんな時も決して消えることのない、美しい無窮の煌めき。満天の星々が、皆様をお待ちしています」
それは、誰もいない廃墟に捧げられる、あまりにも虚しい祈りだった。
「プラネタリウムはいかがでしょう。どんな時も決して消えることのない、美しい無窮の煌めき……」
一度は背を向け、この場所を去ろうとした屑屋だったが、その足を止めたのは、己の中に残っていた微かな『人間』の残滓か。彼は舌打ちし、重い工具袋を倉庫から引きずり出した。
彼は技術者ではない、ただの回収屋だ。それでも、廃材から部品を剥ぎ取り、継ぎ接ぎして動かすことにかけては、この絶望の時代を生き抜いてきた一日の長があった。
埃にまみれた基盤を薬剤でクリーニングし、腐食した配線をバイパスさせ、倉庫のストックから互換性のありそうなパーツに取り換える。できる事は限られている。これで動かなければ本格的に専門の技師が必要だろう。
屑屋はクラッカーのような、持っていた携帯食を全て食い潰し、数日をかけて投影機の修理を行う。
そしてついに、奇跡は起きた。
投影機の巨大な体躯が、微かな駆動音を立てて身震いしたのだ。レンズの奥に、久方ぶりの光が宿る。
「……投影準備、完了いたしました。お客様、どうぞお席へお着きください」
ゆめみは嬉しそうに上映開始の挨拶を済ませると、「イエナさんから皆様への、お近づきのご挨拶!」と誇らしげに投影機を紹介する。そして投影機を操作し、頭部をまるでお辞儀でもするかのようにちょこんと下げさせた。どうやらこのパターンが彼女の中のお約束のようであった。
そうしていよいよ上映が始まった。暗転したドームに、人工的な光の粒子が躍る。それは、毒の雨に閉ざされた地上では決して見ることができない、古の時代から変わらぬ『天の川』の煌めきであった。
ゆめみの流れるような解説が、星々の神話を紡いでいく。全身を目いっぱい使い、感情豊かに語られる物語に、屑屋は自分が戦場にいることも忘れ、その『星の光』に魂まで吸い込まれるような感覚を覚える。
だが、終わりは唐突に訪れた。
――プツリ、と投影機が完全に沈黙する。
百貨店に細々と残っていた予備電力が、ついに限界を迎えたのだ。投影機は息絶え、ドーム内は完全な漆黒に塗り潰された。
「……申し訳ございません、お客様。投影機に不具合が……」
うろたえ、謝罪の言葉を紡ごうとするゆめみ。その悲痛の声を、屑屋の低く鋭い声が遮った。
「……構わん。そのまま続けろ」
「え……?」
「内容は全部覚えているのだろう? 投影などなくても、お前の解説だけで十分だ。上映を最後まで続けてくれ」
真っ暗な室内。見えるのは、ゆめみ自身が発するわずかな光だけ。しかし、ゆめみが再び生き生きと語り始めた瞬間、屑屋の脳裏には、先ほどよりも鮮明で、より深く、より美しい『無窮の煌めき』が広がっていた。
暗闇の中に、確かに星はあった。機械が作り出す光よりもずっと温かく、手の届かない場所で永遠に瞬き続ける、本物の星たちが。それは、滅びゆく世界で唯一許された、神様からの贈り物のような時間であった。
【巨大戦車シエロと永久のユウグレ】
プラネタリウムという名のシェルターから一歩外へ踏み出した瞬間、現実は容赦なく彼らを打ちのめした。
降り止まない雨は、より一層その冷たさを増している。館内の電力は完全に底をつき、彼女が稼働を停止するのも、もはや時間の問題であった。背後のデパートは、巨大な墓標のように沈黙している。
投影機を直すために数日をかけ、貴重な携帯食を食い潰しはしたが、それでも彼女に最後の上映を演じさせた事は屑屋にはささやかな満足感があった。
恐らく彼女は大好きなプラネタリウムと共に眠りにつく事になるのだろう。この残酷で冷たい世界においては、安らかな死ほど幸せな事もない。
外には無数のメンシェン・イェーガーが蔓延っている。死は決して他人事ではない。数分後には自分が冷たい骸となって、この雨に打たれ続ける事になるかも知れないのだ。
屑屋は静かにその場を去ろうとした。しかし、ゆめみが屑屋を安全な場所まで送ると言い出した。もしもメンシェン・イェーガーに襲われでもしたら、とても彼女を守る事などできない。それどころか、逃げ遅れて自分が死ぬ可能性が高まる危険すらある。
「お客様の安全をお守りするのも、解説員の重要な任務です」
生存本能が「捨てて行け」と叫ぶ。だが、彼女と過ごした穏やかな時間に未練があったのか、あるいは潜在意識が少しでも彼女と共にいたいと願ってしまったのかも知れない。結局は彼女の同行を許可してしまった。
機能停止寸前の脚で必死についてくるアンドロイドの少女。しかし、男の乾いた心に抜き差しならない不安を残していた。
そして、不安は最悪の形で彼らの前に立ち塞がった。
雨は依然として、世界の終わりを告げるように降り続いていた。だが、その冷徹なノイズを切り裂き、彼らの前に立ちはだかったのは小型のメンシェン・イェーガーではない、超巨大自律戦車『シエロ』だった。
シエロのガトリング砲が、獲物を屠るための高周波な回転音を上げ始める。
「お客様、お下がりください! ここは大変危険です!」
彼女はシエロを、背後にいる唯一の『大切なお客様』に牙を剥く、排除すべき敵対存在として認識した。シエロに対し、自らの通信ユニットを最大出力に上げ、無線による『停止信号』を叩きつける。それは、もはや祈りに近い、必死のシステム介入であった。
「――直ちに攻撃を中止してください。この場所には、優先保護対象のお客様がいらっしゃいます!」
だが、殺戮機械には少女の必死な叫びも、平和的な信号も届かない。火を吹こうとする砲口。屑屋が絶望に目を閉じた、その刹那――。
空を覆っていた汚染雲に切れ目が生まれ、そこから陽光が降り注ぐ。
それと同時に、一人の少女が、光の粒子を置き去りにするほどの速度で戦場の中心へと躍り出た。
胸まで届くほどの長い金髪を揺らして縦横無尽に駆け回り、シエロの放つ銃弾を回避する。その少女の動きは、もはや生物の限界を優に逸脱していた。
シエロの銃口が捕捉するよりも早く、彼女は垂直な壁面を悠々と駆け上がり、空中で軽やかに宙返りをする。
「…………なっ!!?」
屑屋の目が点になる。
彼女は目を見張るような上空から、まるで流れ星のように一直線に落下し、戦車の頭上に凄まじい蹴りを見舞った。
ドガァァァァンッ!!!
鋼鉄の装甲が、まるで薄い紙細工のように無残にひしゃげる。しかし少女の動きは止まらない。彼女は即座に体勢を立て直すと、超高速の連撃によって戦車の火器管制ユニットを、文字通り『引きちぎって』捨てた。
その動きは、しなやかでありながら、あまりにも破壊的。
最後に少女がシエロの装甲板に拳を突き立てると、凄まじい衝撃波が戦車の内部機構を貫通し、巨躯は弾け飛ぶように崩壊した。
爆煙すらも、夕焼けの光に溶けて美しく輝く。
破壊された死神の残骸の上に、彼女は静かに降り立った。
「……敵性反応の消失を確認!」
彼女が無残な鉄屑と化した自律戦車の上から、静かにゆめみを見下ろした。その凛とした佇まいは、戦士のようでありながら、どこか慈愛に満ちた聖者のようでもある。
「怪我はありませんか?」
その問いに、ゆめみはいつもの完璧な礼儀正しさで、両手を身体の前に添えて深々とお辞儀をする。
「ありがとうございます。私は大丈夫です。……驚きました。あのような見事な運動性能を持ったアンドロイドにお会いするのは、稼働以来初めてのことです」
「……なるほど、救援信号を発信していたのはあなたですね」
彼女は、ゆめみの発する微かな駆動音と、そのあまりに単純すぎる信号の波形に気づき、眉を少し上げた。
「おかげで、大切なお客様を守ることができました」
すると少女は音もなく戦車から飛び降り、ゆめみの目の前に立った。夕焼けを反射する彼女の瞳が、ゆめみの旧式な装甲を優しく捉える。
「ええ、ご無事で何よりです。私はユウグレと申します。……それにしても、こんな過酷な封印都市で、よくあなたのような旧式の個体が今日まで生き残っていましたね」
「はい。エネルギーの供給不足により、長らく省エネモードに設定されておりました。一年のうち、わずか七日間だけ稼働し、お客様をお待ちするのが私の日常でしたから」
「一年の内の七日間……」
ユウグレは、かつての文明が遺した健気な残像を愛おしむように、わずかに口角を上げた。
「……なら、私と共に来てください。私の拠点には、アンドロイドをメンテナンスできる機材も、知識を持った者も揃っています。あなたのそのガタのきた駆動系も、メンテナンスできます」
ゆめみは、その申し出を噛みしめるように瞬きをした。そして、解説員として最も大切な一点を確認する。
「……私はプラネタリウムの解説員です。そこに……お客様は、いらっしゃいますか?」
ユウグレはキョトンとして、数瞬後には思わず吹き出してしまった。新しい拠点での生活となったら、様々な不安や疑問が湧くだろう。そんな中、一番の心配事が『客の有無』だった事はユウグレには何だか滑稽に思えた。
「お客さん? それならいくらでもいます。この世界はあまりに娯楽がありません。星を語るあなたの能力は、喉から手が出るほど欲しい人材です。……これから忙しくなりますよ。覚悟はいいですね?」
「はい喜んで! 私は人間のために働くのが大好きです。お客様に喜んでいただけるなら、いくらでも働きます!」
ゆめみの瞳に、電力不足を補って余りあるほどの、希望の光が宿った。
【夕暮れと宵の明星】
ゆめみとユウグレが挨拶を交わしている間、屑屋は立ち尽くしていた。脳裏に再生されるのは先ほどの戦闘、そのユウグレの動きは、あまりにも現実離れしていた。
(なんて動きだ……。あの圧倒的な運動性と戦闘力。おそらくこいつは、政府組織OWEL(オウエル)の中でもトップクラスの個体に違いない。軍事用の最新鋭、あるいはそれ以上の……)
彼がそんな戦慄を覚えていると、ユウグレがゆっくりと彼の方へ向き直った。その夕焼けを反射させた青い瞳には、先ほどゆめみへ向けていた慈愛は微塵も残っていない。鋭く、全てを見透かすような、射抜くような視線。
「ところであなた……フリーの回収屋さん?」
低く、どこか冷徹な声。ユウグレは一歩、また一歩と屑屋に詰め寄る。その威圧感に、百戦錬磨の屑屋も思わず唾をゴクリと飲み込む。
「封印都市は危険です。立ち入り禁止区域に指定されていることは、当然ご存知ですよね?」
そんなことは百も承知だ。
屑屋の多くは、死んだ際に個体識別ができるよう、首にドッグタグをぶら下げている。顔馴染みの同業者が、ある日を境にぷっつりと姿を消し、二度と会えなくなることなど日常茶飯事だ。だが、彼には他に生きる術などなかったのだ。
「……すまない。助かったよ」
ようやく絞り出した謝辞。しかし、ユウグレはフンと鼻を鳴らして顔を背けた。
「お礼なら彼女に言ってください。本来、このエリアは私の正規巡回ルートには入っていません。……私がここまで駆けつけられたのは、彼女が発信し続けていた『救援信号』を拾ったおかげなんですから」
「ゆめみが……?」
屑屋は驚愕し、隣に立つ少女を振り返った。
ついてくると言い出した時は、ただの足手まといにしか思えなかった。プログラムされた義務感で動く、壊れかけのガラクタだと。
だが彼女は、自分を『お客様』として守るために、活動限界の迫ったバッテリーを惜しみなく削り、届くはずのない救助を信じて、絶え間なく信号を飛ばし続けていたのだ。
もし彼女がいなければ、自分は今頃、あの戦車のガトリング砲で無残な肉片になっていただろう。
結果的に自分は、この少女に命を救われたのだ――その重い事実に、屑屋は初めて、深く胸を突かれた。
「……そうか。ありがとう、ゆめみ……」
「はいっ! お客様の安全をお守りできて、大変光栄です!」
雨の上がった黄金色の空の下、ゆめみは誇らしげに、そして最高に幸せそうに微笑んだ。
ユウグレは足下に転がっているひしゃげた装甲板を軽く蹴ると、冷徹な現実を突きつけた。
「さて、私が見つけてしまった以上、お咎めなしというわけにはいきません。本部まで同行していただき、事情聴取をします」
その言葉に、屑屋の背中に冷たい汗が流れた。
この世界を統治する政府組織『OWEL』の管理体制は非常に厳しい。『科学が人類を崩壊させた』と言う理念の下、電子計算機や科学書は全て没収の対象になる。ましてや封印都市に潜り込んで、文明の利器を回収すると言う行為は、違法行為そのものであった。極刑まではないにしても、軽くても過酷な強制労働は免れない。
だからこそリスクに見合うだけの高値でジャンクが売れるわけだが、まさか政府トップクラスとおぼしき個体に現行犯で押さえられるとは。
(……ちっ、ここまでか。だがまあ、あの巨大戦車に肉塊に変えられるよりはマシか)
命あっての物種だ。屑屋は深くため息をつき、両手を軽く上げて観念する姿勢を示した。しかし、その冷え切った空気の中に、場違いなほど真っ直ぐな声が割り込んだ。
「ユウグレさん、お客様を責めないでください。お客様は私を助けてくれたんです」
「え……?」
ユウグレが怪訝そうに視線を落とす。ゆめみは一歩前に出ると、小さな体で屑屋をかばうように両手を広げた。
「お客様は、故障してしまったイエナさんを、何日もかけて修理してくださいました。そして、電力が途絶えた暗闇の中でも、私の上映を最後まで真剣に聞いてくださったのです。私は30年間、ずっと一人でお客様を待ち続けていました。そして、ようやくいらっしゃった、たった一人のお客様なんです……。このお客様のおかげで、私はやっと、自分の責務を全うすることができたんです」
機械の身でありながら、そこに込められた感情はあまりにも熱く、切実だった。ユウグレはゆめみの言葉を頭の中で反芻し、ふっと視線を和らげる。
「イエナさん……とは何ですか?」
「はい。イエナさんは私の相棒の、おっきなプラネタリウム投影機のことです」
「そうですか。……分かりました。あなたの悪いようにはしません」
ユウグレは小さく息を吐くと、屑屋に向けていた鋭い殺気を完全に消し去った。
「あなた、見た目によらず、案外優しいのね」
「べ、別に、ただの気まぐれだ……」
「ふうん、まあ、そういう事にしておきましょう」
ホッとする空気が広がる中、ゆめみはユウグレの背後に広がる夕焼けの中に小さな星が1つ、美しく瞬いているのを見つける。
「あ、一番星が見えます。通称『宵の明星』、その正体は金星です。地球と同じ、太陽の周りを回る、惑星の仲間……」
宵の明星を皮切りに、星の解説を始めるゆめみを見て、屑屋とユウグレは、何となく顔を見合わせて笑ってしまう。
滅多に見られない本物の星。3人は夕暮れの中、その星をいつまでも眺めていた。
【エピローグ:星を見る人】
その後、本部で行われた事情聴取は、屑屋が覚悟していたものとは全く異なる展開を迎えた。
『現在も稼働可能なプラネタリウムの投影機、およびそれを完璧に解説できる専門員を発見・確保した』
その事実がもたらした価値は、OWELの上層部にとっても計り知れないものだった。ユウグレの根回しもあり、屑屋の不法侵入は『OWEL公認の現地調査』という建前へと塗り替えられた。結果として彼は、懲罰を受けるどころか、都市の重要資産を発見した功績として、しばらく食べていく分には十分な額の報酬と、大手を振って歩ける正規の通行証を受け取ることとなったのだ。
花菱デパートから慎重に搬出された『イエナさん』は、新しい居住区に建設されたドームへと据え付けられ、再びその巨大な体躯に命の光を宿した。
その数ヶ月後。
『屑屋』もまた、各地の廃墟を巡る過酷な日々は変わらなかったが、今や彼には帰るべき場所があった。
たまに泥と油にまみれた体でやってきては、かつてのように最前列の特等席に座り、懐かしい「プラネタリウム」を眺める。それが、この時代を生き抜く彼に許された、唯一の贅沢だった。
ステージ中央では、新品同様の装甲にメンテナンスされ、ピカピカに磨かれた解説員が、かつてと変わらぬ優しい微笑みで、集まった『お客様』を迎え入れている。
「プラネタリウムはいかがでしょう。決して消えることのない、美しい無窮の煌めき。満天の星々が、皆様を心よりお待ちしています」
その鈴のように響く澄んだ声は、かつて冷たい雨の廃墟で聞いた時よりも、何倍も力強く希望に満ちていた。
おしまい☆