漫画アニメ短編集&救済の物語   作:クリリ☆

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【前書き】

 今回はリクエスト作品です。
 原作はビジュアルノベルゲーム『ドキドキ文芸部(Doki Doki Literature Club!:DDLC)』となります。
 今回はリクエストをきっかけに『ドキドキ文芸部』というゲームをプレイしたのですが、はっきり言って本当に神ゲーでした。リクエストを通じてこのゲームを教えてくださった石ころさんに感謝いたします。

 さて、本作はゲームに関する『重篤なネタバレ』が含まれます。もし今後ドキドキ文芸部をプレイしようと思っておられる方は、まずゲームのプレイを強く推奨いたします。その後に本作を見ていただけると、より楽しめるのではないかと思います。

 また、ゲームをプレイする気はなく、単純に物語として読んでみたいと思われる方のために、本作を楽しんでいただけるための『モニカに対するネタバレ』を【後書き】にて紹介します。もし絶対にネタバレは嫌だと言う方は、【後書き】は見ないようにしてください。

 最後に、主人公の名前はリクエストをしてくださった方のお名前を一部拝借しております。ただし、名前だけで、その他の設定はリクエスト者さんとは一切関係はありません。

 それでは、本編をどうぞ。



ドキドキ文芸部!【リクエスト作品:ここが私の生きる世界①】(救済)

 

  【プロローグ:ドキドキ、始まりの朝!】

 

 俺の名は石山磊人(いしやまライト)。高校3年生。部活は何も所属していない、いわゆる帰宅部だ。趣味はアニメ鑑賞と筋トレ。暇さえあれば自宅でスクワットやプランクをしているおかげで、帰宅部にはおよそ似つかわしくない、無駄にキレキレな筋肉がついてしまっている。

 

 そんな俺には、毎朝のルーティンがある。隣の家に住む幼馴染みの同級生、『サヨリ』と一緒に登校することだ。

 サヨリは朝寝坊の常習犯で、絵に描いたようなドジっ娘でもある。一言で言い表すなら、「ポンコツ娘」という言葉が一番しっくりくる。最近は互いに受験生ということもあって回数は減ったが、以前は彼女の散らかった部屋を、見かねてよく片付けに行っていたものだ。もはや女友達というよりは、手のかかる妹のような存在と言ったほうが正しい。

 

 今朝も彼女の家の門の前で腕を組んで待っていると、程なくしてバタバタと騒がしい足音が響き、サヨリが勢いよく姿を見せた。

 

「おはようライト。待った?」

 

 少し息を切らせながら、サヨリが顔を覗き込んでくる。俺は手首の時計に目を落とした。

 

「まあ、少しな。でも普通に歩いていける時間だ。遅刻の危機がないだけ上々だ」

 

「えへへ、褒めて褒めて!」

 

 胸を張って得意気に笑うサヨリ。だが、俺の鋭い視線は、彼女の頭頂部へと向いていた。ピンクがかったような茶色い髪を見ると、後ろ側の一房が、まるで触角のようにちょこんと元気にハネていた。

 

「ほら、やっぱりな。寝癖が残ってるぞ。早く出てこれたのはいいが、最後の詰めが甘いんだよ」

 

「ひゃうっ」

 

 俺は呆れ半分に苦笑しながら手を伸ばし、サヨリの頭を手櫛で軽く解きほぐしてやった。細くて柔らかい髪が、俺の無骨な指先の間をすり抜けていく。

 

「あ、ありがと……ごめんね、ライト」

 

 頭を撫でられる形になったサヨリは、少し顔を赤くして照れくさそうに笑った。だが、すぐに小さく咳払いをして気を取り直すと、どこか上目遣いで俺を見てきた。

 

「ところでライト、今日の放課後って何か予定ある?」

 

「別に。特に何もないが、どうした?」

 

「あのね……ちょっと、来てほしい所があるんだけどなーって……」

 

 珍しく、なんだか歯切れが悪い。人差し指同士をツンツンと合わせながら、もじもじしている。

 

「どこだよ?」

 

「えっとね、文芸部の部活、なんだけど……」

 

「文芸部?」

 

 俺は首を傾げた。

 

「何だそれ。毛糸でマフラーとか編み物でもするのか?」

 

「それは手芸!」

 

 サヨリが即座にツッコミを入れてくる。

 

「じゃあ、プランターに水やりしたり、草花を育てるやつだっけ?」

 

「それは園芸だよぉ~!」

 

「じゃあ、一体何をやるんだ?」

 

 ふざけているわけではなく、俺は本気で『文芸』という言葉の意味が分からなかった。

 

「えっとね、みんなで静かに読書したり……あと、詩を書いてみんなで見せ合いっこしたり、とかかなぁ」

 

 サヨリは困ったように笑いながら教えてくれた。

 文芸部、か。それを聞いて、俺は記憶の片隅にある引き出しをパタパタとひっくり返した。そう言えば今年度になってから、サヨリが何か新しい部活に入るような事を言っていたな。確か、そこで副部長をやる事になったとか……。

 

「いや、俺はアニメとか漫画しか見ないよ。読書なんて柄じゃないって」

 

 俺は並んで歩き出しながら、素っ気なく返した。普段読む活字といえば、漫画の吹き出しを追うのが関の山だ。お堅い文学や詩なんて、俺の脳みそにも筋肉にも一切馴染む気がしない。

 すると、サヨリは不満げに両頬をぷくっと膨らませて、口を尖らせて言った。

 

「もう、そんなこと言わないでよー。でもね、でもね! 文芸部に来たら、とっても美味しいカップケーキも食べられるんだよ!」

 

「カップケーキ?」

 

 思わず、少しだけ足が止まる。

 

「うん! 部員の子がいつも手作りのカップケーキを焼いてきてくれるの。可愛いデコレーションがしてあって、すっごく美味しいんだから。それを食べながらみんなでティータイムするの、すっごく楽しいよ!」

 

 サヨリはこれ以上ないほど拳を振りかざし、熱弁を振るう。

 文芸そのものには、相変わらず興味が湧かなかった。だが、カップケーキという甘美な響きには、抗いがたい誘惑があった。

 花より団子、色気より食い気。どうせ今日の放課後は予定もなくて暇だし、美味いカップケーキをご馳走になりに冷やかしに行くくらいなら、そこまで悪くないかもしれない。

 

「……まあ、それだったら、行ってやらんこともない」

 

 少し勿体ぶるようにしてそう告げると、サヨリの表情がパッとひまわりのように輝いた。

 

「本当!? やったあ、約束だよ、ライト!」

 

「お、おう……」

 

 嬉しさのあまり俺の顔を覗き込んではしゃぐサヨリに、俺は少し気圧されながらも、小さく首を縦に振った。

 こうして俺は、放課後にサヨリに連れられて、未知の領域である文芸部へと足を運ぶことになったのだった。

 

 

 

  【ドキドキ文芸部!】

 

 放課後、俺はサヨリに連れられて、自分たちの教室よりも上の階にある文芸部の教室へと向かった。普段はまず足を運ばないエリアということもあり、どことなくアウェー感が漂っていてちょっぴり緊張する。

 

 サヨリが躊躇なく引き戸のドアを開けて、中へと入っていく。後に続いて足を踏み入れたそこは、いわゆる学校のどこにでもある普通の空き教室だった。勝手に図書室や図書館のような、壁一面が大量の本に囲まれている厳かな空間を想像していただけに、少しだけ拍子抜けしてしまった。

 見回してみると、先客である3人の女の子たちが、それぞれ手に本を持って思い思いに過ごしていた。どうやら図書室などから、各自で読みたい本をこの部室に持ち込んでいるらしい。

 

 

 さて、その3人の内の1人に、俺の目は釘付けになった。そこにいたのは、まさかの『モニカ』だったからだ。

 鮮やかな赤橙色の髪に、吸い込まれそうなほど美しい(みどり)色の瞳。腰まで届くロングヘアを、彼女のトレードマークである大きな白いリボンで上品なポニーテールにまとめている。

 元生徒会長にして、成績優秀、スポーツ万能。すべてを完璧に兼ね備えた、うちの学校の絶対的なアイドルだ。校内で彼女の顔を知らない奴を探す方が難しいほどの超有名人が、なぜこんな場所にいるんだ?

 

「こんにちは、文芸部へようこそ」

 

 俺と目が合うと、モニカは穏やかに、それでいて親しみやすい笑みを浮かべて迎えてくれた。学校のアイドルが、高嶺の花が俺に向かって微笑んでくれている。それだけで、なんだか場違いなところに来てしまったような気がして恐縮してしまう。

 しかし、そんな穏やかな歓迎ムードを破るように、もう1人のピンク色の髪をした小柄な少女が、あからさまに怪訝な顔をして俺をジロジロと見てきた。

 

「サヨリが連れてくる友達って、男子だったの?」

 

「う、うん……」

 

 サヨリは縮こまりながら、消え入りそうな声で頷いた。どうやら事前に「友達を連れてくる」という約束を部員たちとしていたらしい。それを今朝になってバタバタと俺に依頼してきたあたり、もしかしたら他の友人には軒並み断られてしまい、俺が最後の頼みの綱だったのかもしれない。

 すると、窓際にいた紺色の髪の、背が高くて落ち着いた雰囲気を纏った女子が、静かに(たしな)めるような声をあげた。

 

「ナツキちゃん、本を愛する心に男女なんて関係ないわ」

 

「そうかもしれないけどさ、空気感ってものがあるでしょ。この空間に男子なんて、どう考えても異質よ」

 

 ナツキと呼ばれた少女は、腕を組んでぷいっと顔を背けた。明らかに歓迎されていない。だがまあ、彼女の言い分もぐうの音も出ないほど正論だ。正直なところ、俺自身がこのお洒落な文芸部の空間に自分の筋肉が浮いているような違和感を感じている。第三者である彼女からそう思われても、当然というものだろう。

 

「すまん、迷惑だったか?」

 

 俺が素直に引こうとすると、サヨリが慌てて困ったような顔をしながら口を挟んできた。

 

「えっとね、ライト、美味しいカップケーキが食べられるからって来てくれたんだよ。せっかく来てくれたんだし、ね?」

 

 サヨリの必死のフォローに、モニカが優しくクスリと笑った。

 

「そうね。せっかく来てくれたんだし、まずはティータイムにしながら自己紹介をしましょう」

 

 さすがは学校のアイドル、カリスマ性が違う。モニカのその鶴の一声によって、張り詰めていた室内の空気が一気に和らいだ。こうして俺たちは、お目当てのカップケーキを囲んで、和やかに自己紹介を始めることになった。

 

 

 

  【ドキドキ自己紹介!】

 

 サヨリたちは手慣れた様子で、教室の机をガタガタと4つくっつけて即席のテーブルを作った。その側面に、モニカが5つ目の机を流れるような動作でくっつけ、全員が顔を見合わせる形で席についた。

 

 席に落ち着いて間もなく、ナツキと呼ばれた少女が鞄から大きめのタッパーを取り出した。宝物でも扱うかのようにうやうやしく蓋を開けると、中から一つずつ、丁寧にカップケーキを取り出して皆の前に並べ始めた。

 

 そのケーキを見た瞬間、俺は思わず目を見張った。

 きめ細かいクリームが見事にデコレーションされており、チョコペンやトッピングを使って、愛らしい猫やパンダの顔が見事に象られていたのだ。どこぞの高級洋菓子店に並んでいてもおかしくないクオリティである。

 

「おおう、すげえ可愛いな。何だかこれじゃ勿体なくて食べられないぞ」

 

 俺はその予想以上の見事な造形に圧倒され、思わず心に浮かんだ感嘆をありのまま口にしていた。

 すると、さっきまで俺を睨みつけていたナツキの表情が、一瞬だけ嬉しそうにふわっとはにかんだ。だが、彼女はすぐにハッと我に返ったようで、その緩みかけた表情を必死になって押し殺した。

 

「ふうん、あんた、なかなか分かってるじゃない。やっぱスイーツってのは、ただ食べるだけじゃなくて、目で見て楽しむものよね」

 

「ああ、大したもんだ。本気で感動したよ」

 

 お世辞抜きで拍手を送りたくなる出来栄えだ。俺が真っ直ぐに褒めちぎると、ナツキはますます小さく身を震わせた。

 

「ま、まあね! あたしにかかれば、これくらいは当然よ」

 

 かなり嬉しいのだろう。言葉とは裏腹に、彼女の顔は耳の根元まで真っ赤に染まっており、照れ隠しに腕を組んでそっぽを向いている。

 

 さっきまでの刺々しい態度はどこへやら、あまりの分かりやすさに俺は内心で苦笑した。もしかして、このナツキという女の子、アニメとかでよく見る、いわゆる『ツンデレ』ってやつだな。

 

 

 すると、ナツキの様子を微笑ましそうに見守っていたモニカが口を開いた。

 

「それじゃ、自己紹介を始めるわね。まずは部長の私から」

 

 そう言うと、モニカは俺の方へときちんと向き直り、改めて上品に軽く会釈をした。

 

「私はモニカ、よろしくね。この文芸部で部長をやってます。ちなみにね、今までは色んな部活にお呼ばれして、助っ人として掛け持ちしたりもしてたんだけど……やっぱり最終学年だし、本当に自分がやりたい事をやろうと思って、この文芸部を立ち上げたの」

 

「へえ、モニカがこの部活動を始めたんだ」

 

 てっきり学校に最初からあった同好会みたいなものかと思っていたが、彼女がゼロから作った部活だったのか。意外な事実に俺が感心していると、モニカはどこか遠くを愛おしむような、優しい目で微笑んだ。

 

「うん。だからここが、みんなにとって過ごしやすい、大好きな場所になっていけたら嬉しいなって思ってるの」

 

「なるほどな……」

 

 彼女の言葉には、部長としての強い責任感と、部員への温かい想いが溢れている気がした。

 そうして、続いてサヨリの番になった。サヨリはカップケーキをモグモグと口に運びながら、のんきに首を横に振った。

 

「あ、私は自己紹介、必要ないかな? みんな私の事知ってるもんね」

 

 まあ、俺とは幼馴染みだし、他の部員ともすでに活動しているのだから、今さら自己紹介もないだろう。

 だがその時、モニカがふと、焦点の合わない目で虚空を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「ううん……もしかしたら、外の人は知らない人もいるかも知れないから……」

 

「えっ?」

 

 サヨリが不思議そうに声を漏らす。俺も思わず眉をひそめた。外の人って、一体誰のことだ? この教室の外に、誰か見学者でもいるのだろうか。

 すると、モニカは我に返ったようにハッとして、すぐにいつもの完璧な笑顔を浮かべた。

 

「あ、ごめん、なんでもないの! こっちの話。でもせっかくだから、あなたもちゃんと自己紹介してね、サヨリ」

 

「うん、分かった! 私はサヨリ、文芸部で副部長をしています! ライトとは物心ついた時からの幼馴染みだね。改めてよろしくね、ライト!」

 

 サヨリはいつもの元気な調子で胸を張り、俺に向かってにっこりと笑いかけてくれた。モニカの一瞬の奇妙な言動に首を傾げつつも、俺は「ああ、よろしくな」と幼馴染の言葉に応じた。

 

 

 そうして続いては、ハイクオリティなカップケーキを作ってきた、あのツンデレ娘の番になった。彼女はふんっと小さく鼻を鳴らし、少し威嚇するような視線を俺に向けてくる。

 

「ナツキよ。趣味はスイーツ作り。それと、身体は小さいかもしれないけど、私もみんなと同じ18歳だからね。子供扱いしたら怒るから」

 

「おお、分かった。よろしくな」

 

 確かに小柄でマスコットキャラみたいな可愛らしさがある。身長だって150cmあるだろうか? 高校3年生でありながら、中学生か、あるいは小学生と言われても信じてしまいそうな幼さを感じる。

 俺が素直に頷くと、ナツキは少し意外そうな顔をしてから、またぷいっとそっぽを向いた。

 

 

 そして、最後の一人。紺色の長い髪をいじりながら、おっとりとした雰囲気を纏う背の高い少女が、どこか緊張した面持ちで小さく口を開いた。

 

「私はユリ。ファンタジー系や、ちょっとダークな感じの物語が好きです。よろしくね」

 

「ダークな感じ、ですか?」

 

 おとなしそうな彼女の口から出た、意外な単語に俺は少し興味を惹かれて問い返した。するとユリは、自分の好きな領域の話になったからか、少しだけ瞳に熱を帯びさせて言葉を続けた。

 

「何て言うか……緻密に作り込まれた世界観への深い没入感と、複雑な心理描写とかに、とても惹かれてしまって。現実とは少し違う、深淵を覗くような物語が心地いいんです」

 

 なるほど、言葉選びの端々に文学少女としての知性と、独特のこだわりが感じられる。俺が感心して頷いていると、モニカが「さあ、最後はあなたの番よ」と目配せをしてくれた。

 

 ついに女性陣の自己紹介が終わり、いよいよ俺の番だ。文芸部という洗練された空間には最もそぐわないであろう自分の趣味を、俺は少々気恥ずかしさを覚えながらも口にした。

 

「石山ライトだ。趣味はアニメと筋トレかな。文芸らしいことはさっぱりだけど、よろしく」

 

 筋肉と二次元。このお洒落な部室にはあまりにも異物すぎる告白だったが、みんなは引くどころか、興味深そうに聞いてくれた。

 すると、さっきまでおとなしかったユリが、思い出したようにクスリと微笑んでナツキの方を向いた。

 

「あら、それならナツキちゃんと気が合いそうじゃない。ナツキちゃんも漫画好きだもんね」

 

 ユリの言葉を聞いた瞬間、ナツキがぴくりと眉を跳ね上げて、少しムッとした声をだした。

 

「なんだかその言い方、漫画のことをバカにしているように聞こえるわね」

 

「別に、そんなつもりじゃ……」

 

 ユリが気まずそうに言い淀むが、火がついたナツキは容赦なく畳み掛ける。

 

「むしろ、文学なんかより漫画の方がより高度な芸術よ。活字とイラストが融合した、文字通りの総合芸術だわ」

 

 その強い主張に、おっとりしていたはずのユリも、文学少女としてのプライドがあるのか、すっと表情を硬くして反論を試みた。

 

「ですが、活字だけの方が、より読み手の想像力をかきたてます。あえて足りない情報を読者が自分自身で補完するからこそ、より深く物語の世界に入り込めるんです」

 

「漫画の方が、より直感的に世界観に入り込めるわ!」

 

「行間の空気感まで楽しむのが読書の醍醐味よ!」

 

 ――おいおい、なんだか穏やかじゃないぞ。

 

 さっきまでの和気あいあいとしたティータイムから一転、目の前でいきなり熱い論争が始まってしまった。この二人は普段から仲が良くないのだろうか。いや、というよりは、お互いの譲れない趣味の価値観が致命的に合わないだけなのかもしれない。

 サヨリもモニカも、お馴染みの光景といった様子で、苦笑いを浮かべながら困ったような表情で見守っている。止めに入るタイミングを計りかねていると、突然ナツキがバンッと机を叩いて、俺の方に鋭い視線を向けて同意を求めてきた。

 

「ねえ、ライトは私と同じ考えだよね!?」

 

 まさかの飛び火。ここで俺に振るか。

 まあ、さっき自己紹介でアニメ好きを公言してしまった以上、流れ的にはどう考えてもナツキ陣営に加わるしかないだろう。ここで漫画を否定したら、自分の趣味まで否定することになってしまう。

 

「まあ、今までそこまで深く考えてこなかったからよく分からないけど……どちらかって言われれば、そっち(漫画)の方が好きかな」

 

 俺が少し濁しつつもナツキの意見に味方すると、ナツキは「ほら見なさい!」と言わんばかりに胸を張った。だが、ユリも負けじと、今度は少し縋るような潤んだ瞳を俺に向けて、俺の気を引こうとしてくる。

 

「ライトくん、せっかくこうして文芸部に来てくれたのですから、これを機に新しいことを始めてみたらどうでしょう? 私、あなたが楽しめそうな本を今度探しておきますよ」

 

「あ、ああ、それも良いかもなあ。今まできっかけがなかったし、面白そうな本があるなら読んでみたいよ」

 

 両側の板挟みに遭いながら、俺はなるべく中立を装おうと必死に言葉を返した。どっちの味方というわけでもなく、穏便に済ませたい。

 

 

 だが、ユリへの対抗心からか、ナツキは早くも次の行動に移った。

 彼女は突然立ち上がると、俺の制服の袖を掴み、そのまま教室の奥にある書庫の方へと強引に俺の手を引いて歩き出したのだ。

 

「それじゃ決まり! 今日は私が今読んでる漫画の1巻を貸してあげる。絶対面白いんだから、まずはこれから読みなさいよね」

 

 身体は小さくてマスコットみたいなのに、なかなかのパワープレイだ。ここで抵抗して引き剥がすのも角が立つ。まあ、激ウマなカップケーキをご馳走になった恩もあるし、とりあえず今日のところはナツキに花を持たせてやるとしよう。

 きっと落ち着きのあるユリなら、精神的にも大人なはずだ。「上の者が子供の我儘に合わせてやるのも、大人としての(たしな)みだな」と、ユリに目配せをしながら、俺はナツキの後ろを大人しくついていった。

 

 

 

  【ドキドキお姫様抱っこ!】

 

 書庫の中は思った以上に狭く、壁際には大量の段ボール箱が天井近くまで積み上げられていた。その隙間を縫うようにして、様々なジャンルの本がぎっしりと詰まった本棚が並んでいる。

 どうやらナツキのお目当ての漫画は、その本棚の最上段、かなり高い位置に置かれた箱の中に眠っているようだった。

 

「あんた、これ押さえてなさいよね」

 

 そう言うと、ナツキは部屋の隅にあった小さな脚立を引っ張ってきて、トントンと小気味よい音を立てて上っていった。そして、上段の段ボールの蓋を開け、目的のものを探してゴソゴソと熱心に漁り始める。

 

「おい、気をつけろよ」

 

 グラつく脚立を両手でしっかりと押さえつつ、作業の様子を確認しようと、俺が何気なく視線を上へと向けた――その瞬間だった。

 見てはいけないものが、俺の視界のど真ん中にダイレクトに飛び込んできた。

 何と、ヒラリと翻った制服のスカートの奥から、ナツキのパンツが丸見えになっていたのだ。チラリどころではない。完全に死角なしのパンモロ状態である。

 健康的な男子高校生として、正直「ラッキー!」という邪念が脳裏をよぎらなかったと言えば嘘になる。しかし、それ以上に俺の脳内を一瞬で支配したのは、圧倒的な恐怖だった。

 

 もし俺が今、この不可侵の領域を凝視してしまったことがナツキにバレたらどうなるか。間違いなくガチで殺されるという本物の命の危機を感じた俺は、大急ぎで視線を真横の段ボールのロゴへと逸らし、必死に平静を装った。

 

 

「……ライト、聞いてるの?」

 

 頭上から降ってきた少し尖った声に、俺はハッと我に返った。

 横を向いて必死に邪念を振り払い、段ボールのロゴを凝視していたせいで、ナツキが俺に何か話しかけていたのを完全に聞き逃してしまっていた。はっきり言って、一文字たりとも耳に入っていない。

 

「あ、いや、悪い。何か言ったか?」

 

 俺が素直に謝りながら見上げた、まさにその瞬間だった。

 ナツキは上から俺を見下ろす形になり、自分が今どういう体勢か、そして俺の視線の角度から何が覗ける状態なのかに、ついに気付いてしまったらしい。一瞬で彼女の顔に戦慄が走る。

 

「あ、あんた……見たでしょ!?」

 

「いや、パンツなんて見てないって!」

 

 咄嗟の弁明だった。が、口から出た直後にハッとする。完全なる失言だった。

 

「ほら、やっぱり見たんじゃん!!」

 

 ナツキは脚立の上で顔を真っ赤にし、大声を上げて軽いパニック状態に陥ってしまった。ジタバタと手足をばたつかせた拍子に、ガタッと脚立が大きく傾く。

 あっ、と思った時には、ナツキの身体がバランスを崩して宙に投げ出され、真っ直ぐ俺の方へと落ちてきた。

 

「危ないっ!」

 

 俺は反射的に足を踏ん張り、無意識に腕に力を込めて、落ちてきた小柄な身体を必死に受け止めた。

 ドン、と胸に軽い衝撃。結果的に、俺の両腕の中にナツキがすっぽりと収まる。まさに絵に描いたような「お姫様抱っこ」の形で彼女をキャッチしていた。

 

「ふう、危なかった……。日頃から身体を鍛えておいて良かった」

 

 もし受け止め損ねて怪我でもさせたら目も当てられない。冷や汗を拭いながらそう息を吐くと、俺の胸元で固まっていたナツキが、蚊の鳴くような震える声を出した。

 

「……早く、下ろしなさいよ」

 

「あ、ごめん……」

 

 これ以上触れているのも失礼だし怒られそうなので、俺は慎重に彼女の足を地面へと下ろした。

 それにしても。人生で初めて女の子をこの腕で抱き抱えたわけだが、腕の中に残る感覚を反芻して、俺は妙な違和感を覚えていた。

 ナツキの身体は、驚くほど軽かったのだ。まるで中身の詰まっていない、軽い木箱でも持ち上げたかのような錯覚を覚えるほどに。

 

 その時の俺は、女の子ってのは随分と華奢で軽いものなんだなあ、くらいにしか思っていなかった。

 

 

 だが、実はその『軽さ』は明らかに『異常』であり、彼女が人知れず抱えている、あまりにも深刻な問題に密接に関わっているということを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

 

 

  続く

 





 【後書き】

 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 始まりは原作同様『文芸部に入部』するところから始まりますが、最終的には原作では叶わなかった『文化祭』までを追っていく予定となっております。特に2話目以降から大きく分岐していきます。


 さて、『ドキドキ文芸部』のメインヒロインとなる『モニカ』なのですが、あらゆるゲームキャラの中で、唯一無二の特徴を持っています。
 まず結論から言うと、モニカはゲームの中のキャラクターでありながら、『外の世界を認識している』キャラクターです。そして、『ゲーム内のデータをある程度操作可能(自由自在ではなさそう)』という能力を持っています。
 そしてゲーム内の主人公ではなく、ゲームの外の『プレイヤー』を好きになったため、プレイヤーを他のヒロインに奪われないようにするため、作中のヒロインたちが抱える問題を、モニカ自身が増悪化、顕在化させていきます。

 最終的には、他のヒロインを全て消してしまう(ゲームデータそのものを消す)と言う暴挙に出ます。そして、文字通りモニカとプレイヤーの二人きりの空間でいつまでも過ごすと言う状況になります。そして、その状況を抜け出す(ゲームを進行させる)には、モニカのキャラクター情報が入ったファイルを『削除』するしかなく(パソコン上で)、以後はモニカが消滅した世界でゲームを進める事になります。
 ノーマルエンドと、トゥルーエンドの2パターンがありますが、どちらにせよモニカは消滅しており、モニカが生存するハッピーエンドはありません。

 そこで今回は『モニカの救済』をリクエストいただきました。どのような救済&ハッピーエンドに着地するのか、是非完結までお読みいただけると幸いです。
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