漫画アニメ短編集&救済の物語   作:クリリ☆

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ドキドキ文芸部!【リクエスト作品:ここが私の生きる世界③】(救済)

 

  【詩に込めた作戦】

 

 その日の夜、自室でプロテインをシェイクしながら、俺は一つの策を思い付いていた。

 と言っても、決して大袈裟なものではない。ただ、今のナツキの置かれている現状を、ほんのちょっとだけ、だけど確実に改善するためのアプローチだ。

 俺はその胸の内に湧いた思いを、不器用なりに一枚の『詩』へとまとめていった。

 

 

 その翌日の放課後。

 いつものように文芸部の部活が始まり、各自が作った詩を披露し合う時間がやってきた。

 

 昨日とは打って変わって、自信満々にスケッチブックを提出した俺の詩を見て、ナツキは呆れ果てたというように眉をひそめ、心底おかしなものを見るような顔をした。

 

「ライト、あんたバカァ?」

 

「何がだ? 大真面目に書いてきたつもりだぞ」

 

「何がじゃないわよ、何これ。これが詩のつもり?」

 

 ナツキは呆れ返りながら、俺の書いたスケッチブックのページを指先でヒラヒラと乱暴に振ってみせた。

 そこには俺が昨晩、秘策を盛り込んだ情熱的な言葉が並んでいた。

 

 

 

 『プリン食べたい』

 

プリン、プリン、プリン、ああプリンが食べたいな。

プリン星人が襲ってきた。頭の中はプリンでいっぱいだ。

毎月25日はプリンの日、プリンを食べると美味しくて、ニコッと笑っちゃうからプリンの日。

考えたヤツは絶対親父ギャグが好きだよな。

マジでしょうもねえ、だが素晴らしいプリンの日。

プリン、プリン、プリン、ああプリンが食べたいな。

 

 

 

 静まり返る部室。

 サヨリやユリ、そしてモニカまで、俺のあまりにも直球すぎる「プリン愛」の詩に、微笑ましい表情を浮かべつつも完全に苦笑いしていた。

 

「いや、笑うなよ。詩と言うものは心に浮かんだ思いを言葉にするものなんだろ」

 

「とは言え、程度ってものがあるでしょ。あんたの頭の中身は幼稚園児なの?」

 

「そこは童心を忘れずにいると言ってもらいたいな」

 

「童心じゃないわよ」

 

「まあ、いいじゃないか。なあナツキ、今度の部活のティータイムには、プリンを作ってきてくれよ。別にお前のスイーツ作りの技術って、カップケーキ専門って訳でもないんだろ?」

 

 俺が真剣な顔で詰め寄ると、ナツキはむっとしたように胸を張った。

 

「当たり前よ、私を見くびらないでよね! プリンくらい簡単に作れるんだから!」

 

「おお、さすがだな! じゃあ明日、マジで頼むぜ。楽しみにしてるからな!」

 

「まぁ、あんたがそこまで言うなら、作ってきてあげなくもないけど……」

 

 俺はナツキに「次の部活でプリンを作ってくる」という約束を半ば強制的に取り付けることに成功した。

 

 

 

   【筋肉バカの栄養戦略】

 

 そうして詩の発表会が一通り終わると、俺は「あ、ちょっとトイレ」と短く言って席を立った。

 その際、部室を出る直前に、モニカに向けて「ついてきてくれ」と思いを込めて視線で目配せを送る。

 俺の意図を察してくれたモニカは、すぐに「あ、私もちょっと手を洗ってこようかしら」と自然な口実を作って、俺の後を追うように部室を出てきてくれた。

 

 昨日と同じように、薄暗くなり始めた廊下を二人で静かに並んで歩く。しばらくして、モニカが小さく声をかけてきた。

 

「ねえ、ライトくん。さっきのプリンの詩……あれは、何か考えがあってのことでしょ?」

 

「まあな。やっぱり分かるか」

 

「ふふ、さすがにね。でも、どうして急にプリンなの? 何か特別な意味でもあるの?」

 

 不思議そうに小首を傾げるモニカに、俺は廊下の窓から夕日を見据えたまま、短く答えた。

 

「タンパク質だ」

 

「タンパク質……?」

 

「ああ。部活でのティータイムが、あいつの貴重な栄養補給の目的を兼ねているんだとしたら、どうせ摂るならもっと大事な栄養素がいい。カップケーキだと、どうしても小麦粉と砂糖の『糖質中心』になってしまう。だけどプリンなら主原料は牛乳と卵。つまり、身体を作るタンパク質やカルシウムがたっぷりと含まれているんだ」

 

 そこまで話すと、モニカはハッとしたように目を見張り、すべてが合点がいったというように顔を輝かせた。

 

「なるほどね……! ナツキの身体の発育に、いま一番足りてない栄養素を補給させようってわけね」

 

「そういう事。糖質も急場を凌いでエネルギーにする意味では必要かもしれないが、あいつの未成熟な身体をこれから長期的に立て直していくためには、タンパク質とカルシウムは絶対に不可欠だ」

 

 俺の言葉を聞き終えると、モニカは本当に楽しそうに、そして嬉しそうに声を立てて笑った。

 

「ふふっ、あはは! さすがはライトくん、その筋肉は伊達じゃないのね。毎日プロテインのことばかり考えているあなただからこその視点だわ。私にはそんな発想、これっぽっちもなかった」

 

「いや、俺はモニカが作ってくれた『ティータイム』っていう策に便乗しただけだ。俺一人じゃ、あいつに何かを食べさせるための口実なんて、逆立ちしたって思い付きもしなかったよ」

 

 筋肉バカの俺が知識を総動員して捻り出した、ほんのささやかな現状の改善点。

 だけどモニカはそれを、心の底から嬉しそうに喜んでくれたのだった。窓から差し込む茜色の光に照らされた彼女の笑顔を見て、俺はナツキを救うための第一歩が、確かに踏み出されたのだと確信していた。

 

 

 翌日、部室のドアを開けると、そこにはすでに甘くて香ばしい、どこか懐かしい香りが満ちていた。

 ナツキが約束通り作ってきてくれた特製のカスタードプリン。部室に置かれた冷蔵庫から取り出されたカップには、スプーンで突つくとぷるぷると心地よく揺れ、表面には美しい琥珀色のカラメルソースがたっぷりと注がれていた。

 さっそく一口、口に運んでみる。

 

「……美味い、美味すぎる! なんだこれ、めっちゃ滑らかじゃないか!」

 

 正直、ここまでの出来とは思わなかった。お世辞抜きで死ぬほど美味い。思わず声を大にして感動を伝えると、ナツキは待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと笑い腕を組んだ。

 

「ふふん、当然でしょ! プリンを滑らかに仕上げるコツはね、プリン液をしっかりこし器でこして、蒸す前に中の空気を綺麗に抜くことなのよ。そうしないと、中に『す』が入ってボソボソになっちゃうんだから。火加減だって、カップケーキよりずっと繊細なんだからね!」

 

 ナツキはどこか得意気に、だけど本当に楽しそうに、身振手振を交えながらプリン制作のこだわりを熱弁してくれた。

 

「まぁ、ちゃんと固まってるか朝に一つ食べて確認したけど、仕事振りは完璧だったわ」

 

 なんて言いながら、自分の分のプリンを美味しそうに口に運んでいる。その姿を見て、俺とモニカはそっと目を合わせ、小さくガッツポーズを交わした。

 

 

 

  【詩という名のリクエスト】

 

 それからの俺の『詩』は、完全に方向性が決まった。

 もう高尚な文学を目指すのはとっくに諦めた。俺のスケッチブックは、ナツキに良質なタンパク質とカルシウムを摂取させるための、事実上の「スイーツ催促状」と化した。

 

 ある日は、ゼラチンと生クリームの濃厚なタンパク質を狙った『ババロアの詩』。またある日は、『パンナコッタの詩』。時には『ババロアにはプレーンヨーグルトを入れると美味い』とレシピまで指定した事もあった。

 俺が詩の発表会で、およそ詩とは呼べないようなスイーツへのパッションを書き連ねるたびに、ナツキは「あんたの頭の中はどうなってんのよ!」と呆れ顔を見せた。

 だけど、なんだかんだ言いながらも、翌日には必ず、お店に出せるレベルのプロ級のババロアやプリンを部室に持ってきてくれるのだった。

 

 俺がリクエスト(詩)を書き、ナツキがそれに応えてプロの腕を振るう。

 そんな奇妙な日常が、文芸部の中で少しずつ、だけど確実に積み重なっていった。

 

 

 更に俺のナツキ栄養補給作戦は、ただスイーツを催促するだけでは終わらない。こちらからもティータイムへの「差し入れ」という形で、更なる追い込みをかけることにした。

 ある日、俺が部室に持ち込んだのは、プロテインをこれでもかとシェイクして強化した、特製の豆乳だった。牛乳の動物性タンパク質に、豆乳の植物性タンパク質を組み合わせる。これぞアミノ酸スコアを完璧にするための、筋肉バカ直伝のブレンドだ。

 

 それを見たナツキは、案の定、あからさまに嫌そうな顔をして呆れ声を上げた。

 

「ちょっとライト、乙女のティータイムに豆乳って何考えてんのよ。色気もへったくれもないわ」

 

「まあそう言うな。これがまた意外と合うんだって」

 

 俺が苦笑いしていると、すかさずモニカが「あら、おもしろそうじゃない」と率先してコップを手に取り、グイッと一口飲んでくれた。そして、パッと顔を輝かせる。

 

「うん! さっぱりしていて美味しいわ。ナツキの作った濃厚で甘いプリンの口直しにピッタリね」

 

 さすがはモニカ、アシストが完璧すぎる。部長であるモニカがそこまで大絶賛するのだ。そうなると、他のメンバーも飲まないわけにはいかない。

 

「ホントだ、おいしい!」とサヨリが喜び、ユリも「…あ、飲みやすいです」と静かに喉を潤す。結局、ナツキも「みんながそこまで言うなら…」と文句を言いながらも口にし、部員全員でプリンと特製豆乳を味わうという、栄養満点なティータイムが定番化していった。

 

 

 

  【文学女子と、筋肉の魔法】

 

 そうやって部活に通い詰めているうちに、俺はナツキから借りていた『パフェガールズ』を無事に全巻読み終えた。

 すると、次なる読書ステップとして、ユリが「あの、ライトくん……もしよければ、次はこちらを……」と、俺のために一冊の本を恥ずかしそうに差し出す。

 

 手渡されたのは、なんと『小説版MASHLE(マッシュル)』だった。

 ユリ曰く、元々は人気の少年漫画でアニメ化もされている作品なのだが、その主人公が「とにかく規格外の筋肉バカ」であるため、活字慣れしていない俺でも絶対に感情移入しやすくて読みやすいだろう、と彼女なりに熟考して選んでくれたらしい。これが、驚くほど俺にぶっ刺さった。

 

 元々アニメ好きな俺と、ダークファンタジーや重厚な世界観が好きなユリとは、作品の好みの相性が意外なほど良かったのだ。文字ばかりであるにもかかわらず、脳内で筋肉の躍動がハッキリと再生され、漫画だったパフェガールズの時よりも遥かに脳内で情景を描画する事ができた。

 

 ちなみにこの『MASHLE』という作品は、魔法の才能の有無が人間の価値を決める、絶対的な魔法至上主義のファンタジー世界が舞台だ。

 そんな中で、魔法を一切使えない主人公が、来る日も来る日も血の滲むような筋トレを続け、鍛え上げられた圧倒的な「筋肉の力」だけで、迫り来る様々な強敵をすべて物理的に粉砕していくという物語。コミカルでありながら、熱いアクションと仲間との友情がギュッと詰まった、まさに俺のためにあるような作品だった。

 

 俺がMASHLEにハマったのがユリにも嬉しかったようで、自身の承認欲求が大いに満たされたようだった。

 

 

 

  【部室上映会と究極のシュークリーム】

 

「よし、みんな! 今度の部活では、マッシュルの『アニメ上映会』をやらないか?」

 

 すっかり作品のファンになった俺の発案で、部室にモニターを持ち込んで上映会を企画することにした。

 そして、その上映会に合わせるお茶請け(スイーツ)には、当然、絶対に外せない「アレ」を指定させてもらう。作中の主人公マッシュルは、異常なまでの『シュークリーム狂』なのだ。

 

「ナツキ、そういうわけだから、今度は卵黄をたっぷり使った特製のシュークリームを作ってほしい!」

 

「はぁ!? 今度はシュークリーム!? あんた注文が多すぎよ!」

 

 例によってツンツンしながらも、ナツキは翌日、完璧な仕上がりの特製シュークリームを山ほど作ってきてくれた。

 

 部室のカーテンを閉め、みんなで並んでアニメ『MASHLE』の映像を眺める。画面の中で主人公が筋肉で無双する姿を見ながら、ナツキが作ってくれた特製シュークリームをパクリと口に放り込んだ。

 サクサクの香ばしい生地の中から、卵黄がこれでもかと贅沢に使われた、濃厚でとろっとろのカスタードクリームが溢れ出してくる。

 

「くぅ〜〜! 美味い! 『MASHLE』を観ながら食べる手作りシュークリーム、マジで最高だ!世の中でこれほどの至福な時間が他にあるだろうか」

 

 俺が満面の笑みで親指を立てると、隣に座るナツキは「音が聞こえないから、静かに食べなさいよね」と言いながら、アニメを見ながら嬉しそうにシュークリームを頬張っていた。

 

 画面の光に照らされたナツキの横顔は、以前に比べてほんの少しだけ、健康的でふっくらとした柔らかさを取り戻しつつあるように見えた。

 俺の仕掛けた栄養補給作戦は、アニメ上映会という最高の口実を得て、文芸部のみんなを巻き込みながら、さらに楽しく加速していくのだった。

 

 

 

  【意外な波及効果】

 

 ――しかし、この『タンパク質・カルシウム強化作戦』は、俺のまったく予測していなかった驚くべき変化をナツキにもたらすことになった。

 

 それは、彼女の「心」の変化だった。

 

 以前のナツキは、ユリが何か意見を口にするたびに、過剰なまでにトゲを立てて拒否反応を示していた。売り言葉に買い言葉で、すぐに部室の空気をピリつかせていたのだ。

 ところが、最近のナツキはユリの言葉を「ふーん、なるほどね。それは気付かなかったわ」と、普通に受け入れる姿勢を見せ始めたのだ。

 

 あきらかに穏やかになったナツキの様子が気になり、俺は放課後の廊下でそっとモニカに意見を求めてみた。すると、モニカは少し考えてから、嬉しそうに目を細めてみせた。

 

「……ライトくん、それはね、とても科学的な変化だと思うわ。身体に必要な栄養素、特に脳の神経伝達物質の材料になるタンパク質やカルシウムが十分に供給されたことで、彼女の精神が肉体側から安定してきたのかも知れないわね」

 

「何だか難しいな」

 

「つまり、お腹が満たされて気持ちに余裕がでてきたってことかしら」

 

「おお、なるほど。まあ、考えてみれば、腹が減ってる状態で、父親に暴力まで振るわれて、穏やかでいろっていう方が無茶な話だよな」

 

「ええ、まさにその通りよ。飢えや栄養失調や極度のストレスは、本人が気づかないうちに心を不安にさせたり、攻撃的にさせたりするものだから。ライトくんのちょっとしたきっかけが、あの子の心を内側からほぐしたのよ。凄いじゃない」

 

「いや……俺はただ、ナツキの身体に少しでも肉が付けば、親父の暴力によるダメージが、少しは軽くなるかなと思っただけだったんだけどな」

 

 頭を掻きながら照れ笑いを浮かべたが、胸の奥には確かな手応えがあった。俺の思いつきが、まさかここまで周囲に、そして部の空気に目に見えるほどの柔らかな変化をもたらすとは思わなかった。ナツキのトゲトゲしさが薄れたおかげで、部室全体の雰囲気が以前よりずっと居心地の良いものへと変わっていったのだ。

 

 

 

  【漫画の『行間』と『一コマ』】

 

 その変化を象徴するような出来事が、先日も部室の片隅で見られた。

 驚いたことに、今度はユリがナツキから借りた漫画――『葬送のフリーレン』を熱心に読み進めていたのだ。

 最初はナツキが「漫画の読み方を教えてあげる」と先輩風を吹かせるつもりだったらしいのだが、事態は思わぬ方向へ転がっていた。机を並べて凄まじい集中力でページをめくるユリの横で、ナツキは完全に圧倒され、気がつけば完全に教わる側になっていたのだ。

 

「いい、ナツキちゃん。この作品は恐ろしいほど緻密に描かれています。台詞のないコマだって読み飛ばしちゃ駄目よ。キャラクターの視線の方向や、背景に描かれた小物の変化といった場所にさえメッセージが込められています」

 

「え、え? どこのコマのこと?」

 

 ユリが指先でコマを優しく指し示すと、ナツキは思わず身を乗り出してページを覗き込んだ。

 文学少女としての「行間を読む想像力と洞察力」は、畑違いであるはずの漫画という表現に対しても、遺憾なく発揮されていた。文字のない小さなコマからも、作者が込めた意図やキャラクターの微細な心理を、ユリは恐ろしい精度で読み解いていく。

 

「例えばここの、フリーレンの何気ない表情ですが……数ページ前に描かれていたヒンメルの言葉を思い出してください。あの時の彼の行為を、彼女は今、無意識に追体験している。つまり、台詞はなくとも、彼女の心の中には今も彼が生き続けているという描写なんです」

 

「なるほど。台詞がないからこそ、キャラクターの視線の向きや、背景に描かれた小物の変化が意味を持ってくるのね……」

 

 ユリの深い考察に、漫画の持ち主であるナツキの方が完全に教わる側になって、楽しそうに目を輝かせている。

 活字のプロであるユリの圧倒的な読解力と、それに素直に感心してリスペクトを送るナツキ。かつては火花を散らすように言い争いをしていた二人が、今では同じ作品を読んで笑顔で語り合っている。

 

 

 ふと、俺は部室の中央で静かにお茶を飲んでいるモニカの様子に目をやった。

 彼女は手元の本に視線を落とし、穏やかな表情で読書に集中しているようだった。

 思えば、かつてのモニカは読書をしている時でさえ、どこか完全にリラックスしきれていない雰囲気があった。ナツキとユリの間にいつトラブルが発生してもすぐに対応できるように、常にどこか神経を張り詰めていたのだろう。

 

 だけど今の彼女は、心からこの空間を楽しみ、リラックスしているような安らかな表情を浮かべている。周囲を警戒する必要のない、ただの「一人の文芸部員」としての時間――それこそが、文芸部を設立したモニカが、ずっと渇望していた時間だったのかも知れない。

 そんな風に、俺がしみじみとモニカの横顔を眺めていると、さすがの察しの良さと言うべきか、彼女が俺の視線に気がついた。

 

 モニカは一瞬だけ驚いたように目を見張ると、すぐに頬をぽっと赤らめ、持っていた本で口元を隠しながら、こちらをチラリと上目遣いで見返してきた。

 

 ――うっ。

 

 予想外の破壊力抜群のリアクションに、気恥ずかしくなってつい慌てて視線を逸らしてしまった。それにしても可愛すぎる。もはや人間じゃない、天使か女神としか言いようがない。

 

 だけど、あの深刻な顔で部員を心配していた彼女から、こんな風に年相応の、心からの笑顔を引き出すことに、俺が少しでも役に立てたのだと思うと、とにかく嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

  【光が照らしたユリの闇】

 

 そうして穏やかで温かい日々が何日か過ぎていった、ある日の放課後。

 俺はあの時のように、モニカと並んで夕暮れの渡り廊下を歩いていた。今回は図書室の整理という口実ではなく、ただの移動だったが、モニカの表情はあの深刻だった時とは比較にならないほど晴れやかで、明るい。

 

 窓の外から差し込む優しい西日を受けながら、モニカが弾むような声で俺に話しかけてきた。

 

「ねえ、ライトくん。実は昨日ね、ユリにそれとなく例の件について聞いてみたの」

 

「例の件って……あの、あいつの自傷癖のことか?」

 

 俺が声を潜めて尋ねると、モニカは嬉しさを噛み締めるように小さく頷いた。

 

「うん。……ユリね、最近、ずっとしてないんだって。感情が高ぶってカッターやナイフに手を伸ばしそうになることが、このところ完全に無くなったみたい」

 

「おお、マジか……! 良かった、本当に良かったな……!」

 

 俺は胸の奥が熱くなるのを感じ、思わず拳を握りしめた。

 ナツキの身体が満たされ、心のトゲが抜けたことで、部室全体の空気が優しくなった。その結果、繊細すぎるユリの心をも、文芸部の穏やかな時間が優しく包み込み、彼女の心の闇に光を照らしたのだ。

 最初にモニカから二人の深刻な話を聞かされた時は、どうして良いか分からずただ絶望的な気持ちになっていた。それなのに、俺が仕掛けた小さなプリン作戦から、こんな風に連鎖的に、すべてが良い方向へ丸く収まるなんて夢にも思っていなかった。

 

「ふふ、全部ライトくんのおかげね。あなたのまっすぐな優しさと、あのプロテインブレンドの豆乳が、みんなを救ったのよ」

 

 モニカが誇らしげに俺を見上げてくるが、俺は照れくさくて頭をボリボリと掻いた。

 

「いや、俺だけの力じゃないさ。モニカだって、部室でたくさんサポートしてくれただろ? モニカのあの機転とアシストがなきゃ、俺一人じゃ絶対に無理だったよ」

 

「ありがと。じゃあ、私とライトくん、二人の勝利ね」

 

 モニカは悪戯っぽく笑うと、小さな手を俺の前に差し出してきた。

 俺はその手に、自分の大きな手をそっと合わせてハイタッチを交わす。静かな廊下にパチンと響いた心地良い音は、俺たちの確かな健闘と、守り抜いた部室の平和を祝福してくれているようだった。

 

 

  続く☆

 




【製作こぼれ話】

 ここまでお読みくださりありがとうございます。次回で完結予定ですが、その前に今回は本作執筆前の『没ネタ』をご紹介します。

 当初、『部員全員と和解した上で、外の世界へも自由に行き来できるようになって欲しい』という救済リクエストをいただきました。
 そこで、主人公(プレイヤー)を『人造人間(ホムンクルス)を作っている科学者。しかし、肉体は作れたが、魂が宿らず困っている』という設定にして、『ゲームの世界のモニカの精神を現実世界の人造人間に移す』というSFチックな設定を考えました。
 しかし、ゲームの世界という設定自体が、部員の救済が『茶番』に成り下がってしまい、『エモく』仕上げる事ができませんでした。そこでリクエスト者様に『ここが現実の世界でもいいですか?』と相談し、了承を得られたので今回の形に落ち着きました。

 しかし、外の世界を認識している事こそがモニカ(ドキドキ文芸部)の最大のアイデンティティであり、この要素を完全に切り捨ててしまうのも違うなと思い直し、外の世界を認識している設定は残す事にしました。

 ただし、『文字通り外の世界』か『現実逃避として外の世界(現実世界、または異世界)へ憧れているだけの空想』かは、どちらでも取れるように仕上げる事にしました。どちらの解釈でも読者様にお任せしたいと思います。
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