【前書き】
本日7月23日は『7月(文月)の23(フミ)日』という事で『文の日』だそうです。ドキドキ文芸部の最終話をアップするのにこれほど相応しい日もないのではないでしょうか。
他の記念日を調べたところ、モニカの誕生日が9月22日にあるらしく、一瞬その日に投稿も考えたのですが、さすがにそれはリクエストいただいてから、あまりにも先過ぎるという事で、文の日に最終話です。
ちなみに9月22日にちなんで、9時22分の投稿です。第一話を9時22分に投稿しようとして、操作ミスしてフライングしてしまったなんて言えない…。
ゲームではなかった文化祭を書いております。是非完結までお付き合いください。
【ドキドキ、文化祭準備!】
気がつくと、怒涛の日々はあっという間に過ぎ去り、待ちに待った文化祭まで残り一週間と迫っていた。
俺たち文芸部の出し物は、これまでに部員みんなで書き溜めてきた思い出深い詩の展示、そして『詩の朗読会』だ。
かつてのピリピリした雰囲気はどこへやら、今の部内の空気はこれ以上ないくらい最高に熱く、それでいて柔らかい空気に満ちていた。部長のモニカは「この文化祭を成功させて、新しい部員をたくさん増やそうね!」と、いつになく熱い意欲を燃やしている。
文化祭に向け、部室では来場者に配るパンフレット作りや、朗読会の雰囲気を盛り上げるための手作り小物などの制作が一気に始まった。
最初は作業効率を考えて、役割分担をしてそれぞれ作業を行うことも検討された。だが、俺はそこで待ったをかけた。
「効率も大事だけどさ、こういう文化祭の準備期間そのものが、俺たちの絆を深める大事な機会だと思うんだ。だから、地味な作業も派手な作業も、全部全員で一丸となってやろうぜ!」
筋肉のトレーニングだって、全身の連動が大事なんだ。部活の絆だって同じこと。俺の暑苦しい提案に、モニカは「ふふ、ライトくんらしい素敵な提案ね!」と即座に賛成してくれた。
ナツキは「もー、手際が悪いんだから」と言いつつ嬉しそうだし、ユリも「みんなで同じ作業をするのは、新鮮で楽しいです」と、優しく微笑んでくれた。
【ドキドキ、早起きの幼馴染!?】
全員でのワイワイとした準備が、よほど楽しかったのだろう。その変化は意外なところにも現れた。毎日のように朝寝坊して、遅刻ギリギリだったあのポンコツ娘のサヨリが、なんと連日のように早起きをしてくるようになったのだ。
極めつけはある日の朝だった。
「ふわあ……今日も学校行くか」と、俺がいつも通りの時間に家の玄関ドアを開けた、その瞬間のこと。
「ライト、おっはよー!」
「うおっ!?!? サ、サヨリ……っ!?」
目の前に満面の笑顔でピースサインを決めるサヨリが立っていて、俺は心臓が止まるかと思うほど驚かされた。
物心ついた時からの付き合いで、10年以上も一緒に登校しているが、サヨリが俺の家に先に来て待っているなんて、これまでの記憶をどれだけ遡っても一度だってあり得ない怪奇現象だった。
「えへへ、驚いた? もう、ライトってば顔が固まってるよ!」
「いや、驚くなって方が無理だろ……。天変地異でも起きるんじゃないか?」
するとサヨリは口を尖らせて、両手の指をツンツンと突つき合わせる。
「ヒドいよライトー、せっかく頑張ったのにー」
「悪い悪い。うん、お前はやれば出来るヤツだと思ってたよ」
軽口を言い合いながら、サヨリは嬉しそうに並んで歩き出す。でも、すぐに俺は納得した。あいつ、文芸部の副部長だもんな。普段は頼りないところばかりだけど、やっぱり初めてみんなで迎える文化祭に対して、あいつなりにめちゃくちゃ気合いが入っている証拠なのだろう。そんな幼馴染の成長が、少し嬉しくもあった。
【ドキドキ、スイーツ作り!】
そうして全員の手によって、部室の装飾も会場作りの備品も、何から何まで完璧に仕上がった。
いよいよ文化祭の前日。俺たちは最後の仕上げとして、当日来てくれた来場者の皆さんに振る舞うための、大量のカップケーキを全員で作っていた。
本当はプリンにしたかったが、大量生産の手間や1個当たりのコスト、当日の保管場所など、総合的に検討してカップケーキを提供する事にしたのだ。
ナツキが学校の調理室で、誇らしげに泡立て器を回しながら部員たちに指示を出していく。本当に生き生きとした表情で、自慢のスイーツ作りの腕を振るっていた。
「よし、ライト! あんたはそっちの材料をしっかり混ぜて。サヨリはつまみ食い厳禁だからねっ!」
「はいよ、俺に任せろ!」
「ええーっ、味見は必要だよー?」
ナツキの的確な指揮のもと、甘くて香ばしい香りが調理室いっぱいに広がっていく。
笑顔で指示を出すナツキと、それを賑やかにサポートする部員たち。そんなみんなを愛おしそうに見守るモニカ。
温かいこの文芸部という場所で、いよいよ、俺たちの文化祭の幕が上がろうとしていた――。
【ドキドキ、文化祭の朝!】
そうして、いよいよ迎えた文化祭当日。
雲一つない秋晴れの空の下、俺は気合いを入れていつもより少し早めに家の玄関を飛び出した。だが、門の前でいつものようにサヨリを待つが、一向に彼女の姿が現れない。
時計の針は無情にも進んでいく。
「おかしいな……」
以前のサヨリならともかく、ここ一週間はずっと俺より先に来て待っているくらい気合いが入っていたのだ。このタイミングでの遅刻は、あまりにも不自然すぎる。妙な胸騒ぎを覚えた俺は、様子を見にサヨリの家へと迎えに行くことにした。
見慣れたサヨリの家のインターホンを押し、少し待つと、ガチャリとドアが開いてサヨリのお母さんが顔を出した。
「あら、おはようライトくん。朝早くからどうしたの?」
「おはようございます。あの、サヨリを迎えに来たんですが、まだ来てなくて」
「えっ? サヨリを? ……でも、今日は日曜日でお休みじゃなかったかしら?」
お母さんは不思議そうに首を傾げた。どうやらサヨリから予定を聞いていなかったらしい。
「今日は待ちに待った文化祭の日なんですよ!」
「あらやだ、そうなの!? じゃあサヨリったら、もしかしてまだベッドの中で寝てるかも」
「ちょっと俺、起こしにいってもいいですか?」
「上がってちょうだい。いつもサヨリが迷惑かけて、本当に悪いわねえライトくん」
お母さんに促されるまま家の中へ入れてもらい、俺は慣れ親しんだ階段を駆け上がってサヨリの部屋の前へと辿り着いた。
ドアの前に立ち、一つ深く息を吸ってからしっかりとノックをする。
ーーコンコン。
「おいサヨリ、朝だぞ! 起きてるか!」
だが、部屋の中からは何の物音も聞こえてこない。不気味なほどの静寂が、妙に俺の心臓を冷たくさせる。
「サヨリ、入るぞ!」
俺は意を決してドアノブを回し、部屋の中へと一歩を踏み出した。
【朝の誤算と謎の予言】
俺はベッドを見るがサヨリの姿はない。あれ、どこだ? そうして部屋を見渡し、思わず心の中でずっこけた。いや、リアルでずっこけた。
「……って、机に突っ伏して爆睡してんじゃねえか!!」
ベッドではなく、勉強机の上に両腕を枕にして、サヨリは「むにゃあ……」と完全に緊張感のない寝息を立てていた。全く、何をやっているんだあいつは。
「サヨリ! 起きろサヨリ! 朝だぞ、文化祭だぞ!」
俺はサヨリの肩を少し強めに揺さぶってやった。するとサヨリは「ふぇっ!?」と情けない声を上げ、焦点の合わない目で、パチパチと瞬きをしながら俺を見上げる。
「ん、あれぇ……? ライト? もう朝ぁ……?」
「何を寝ぼけてやがる。朝どころか、もう遅刻寸前だ!」
「え、ええっ!?!? うそっ!」
ようやく意識がすっかり覚醒したサヨリは、慌てて自分の腕時計の文字盤を見て、さらに「ぎゃあああ!」と目を丸くして飛び上がった。
「ごめんライト! 昨日ね、みんなとの文化祭が、あんまり楽しみすぎて……布団に入っても全然寝付けなかったの! だから、いっそのこと朝まで一睡もせずに起きとこうって決めたんだけど……朝方になって、うっかり寝ちゃったみたい……」
「うっかりじゃねえよ! 徹夜しようとして直前に爆睡するとか、テンプレみたいなポンコツムーブかましやがって!」
思わずツッコミが炸裂したが、サヨリの姿を見てみると、幸いなことに制服だけはしっかりと着替えた状態だった。
「まぁ、制服に着替えてたことだけはナイスだ。ほら急ぐぞ! 今ならダッシュすれば、ギリ間に合う!」
「うんっ! ごめんねーー!」
家を飛び出した俺たちは、秋の冷たい朝の空気を切り裂きながら、学校に向かって全力で道路を走り出した。
サヨリの短い髪が風になびき、遅れまいと必死に俺の後ろをついてくる。
思えば文芸部に入る前は、毎日のようにこうして遅刻ギリギリで二人で走って登校していたっけ。ここ最近はあいつが早起きだったせいで忘れていたが、なんだかこのドタバタした感じが懐かしくて、それはそれでいつもの感覚が戻った気がして、走っているうちに何だか楽しくなってきてしまった。
ハァハァと息を切らしながら並走する中、サヨリが弾んだ声で俺に話しかける。
「ねえ、ライト!」
「何だ!」
「あのね! 今日ね……ライトにとって、すっごく、すっごーーく良いことがあるんだよ! だから楽しみにしててね!」
「あ? 俺にとって良いこと……? 何だよそれ?」
「それは後のお楽しみ! 期待しててね、ライト!」
サヨリは嬉しそうにニコッと笑うと、さらに走る速度を上げた。
「おい、待てよ!」
俺も慌ててその背中を追う。
サヨリの言う「良いこと」が何なのかはさっぱり分からなかったが、あいつがそこまで自信満々に言うなら、きっと悪いことではないのだろう。
そうして俺たちは、冷たくなった息を白く吐き出しながら全力で校門をくぐり抜け、何とかギリギリ遅刻せずに、熱気に包まれた教室へと滑り込むことができたのだった――。
【ドキドキ文化祭!】
体育館で行われた文化祭の華やかな開会式が終わり、校内中に賑やかな喧騒が響き渡ると、いよいよ文化祭の本番がスタートした。
当然、俺たちにもそれぞれクラスの出し物があったのだが、文芸部は所属人数がわずか5名という超零細の弱小クラブ。そのため、担任や生徒会から「文化祭当日は特例として、1日中文芸部の運営を優先して良い」というありがたい許可をもらうことができていた。おかげで俺たちは、心置きなくこの大好きな部室に腰を据えることができる。
いつもは見慣れた静かな部室も、今日ばかりは立派なイベント会場へと様変わりしていた。
机や椅子はほとんど壁際に片付けられ、代わりにいくつかの大きなついたてが綺麗に並べられている。そこには、俺たちがこの数ヶ月の間で一喜一憂しながら書き溜めてきた、世界に一つだけのオリジナルの詩が丁寧に展示されていた。
そして教室の一角には、昨日みんなで必死に作った特製カップケーキとお茶を楽しんでもらうための、小さなカフェスペースが用意されている。
「それじゃあみんな、いよいよ本番ね! 新入部員をたくさん獲得するために、全力で楽しみましょう!」
部長であるモニカのハツラツとした号令のもと、俺たちはそれぞれの持ち場へとついた。
学校の絶対的アイドルであるモニカと、抜群の愛嬌を持つ副部長のサヨリの二人は、文芸部の特製ビラを手に校内へと案内役に飛び出していった。まさに文芸部の看板娘ツートップだ。
そして残った俺、ナツキ、ユリの三人は、部室内でのお客さんの案内や、カップケーキの配膳や片付け等の案内&雑用担当だ。
「ちょっとライト、突っ立ってないでそっちのお皿下げて! ユリ、次のお客さんにカップケーキとお茶を出してちょうだい!」
「ああ、分かった! それにしても思ったより忙しいな!」
普段はあんなに静かだった部室が、嘘みたいに活気に満ちあふれていく。
やはり、あのモニカが立ち上げた新しい部活ということもあって、全校生徒からの注目度は想像以上に高かったらしい。看板娘たちの呼び込みの成果もあり、お客さんは一度として途絶えることがなく、常に多くのお客さんで大盛況となっていた。
【失笑のなかの、誇らしき勲章】
そんな中、ついたての前に集まった来場者たちの間で、ひときわ異彩を放ち、目を引いているエリアがあった。
他のみんなが書いた繊細で文学的な詩が並ぶ中、明らかに一段と浮いている、俺の書き殴ったスケッチブックのページだ。
「……ぶっ、何これ。『プリン、プリン、ああプリンが食べたいな』って、これ大真面目に詩として展示してんの?」
「こっちの『ババロアの詩』もヤバいよ。『口どけふんわりの愛しのババロア』、ウケるんだけど!」
俺の展示した『プリンの詩』や『ババロアの詩』、そして『パンナコッタの詩』という、一途すぎるというか、もはや狂気すら感じるスイーツ愛に満ちた言葉を見て、一般の来場者たちは誰も彼もがクスクスと失笑を漏らしていた。
だが――俺はそんな彼らの笑い声を聞きながら、胸の奥でニヤリと静かに笑っていた。
笑いたければ笑うがいいさ。
ナツキにバカにされ、サヨリやユリの失笑を誘った、この不格好で拙い詩の数々。
だけど、このプリンの詩があったからこそ、ナツキは良質なタンパク質をたくさん摂ることができたんだ。
結果として、ユリの繊細な心をも救い、この文芸部に本当の平和と笑顔をもたらす最大のきっかけになった。
これらの詩こそが今の文芸部をどん底から救い上げ、一つにまとめ上げてきた最高の『勲章』であることを知る者は――この広い学校の中で、俺とモニカの二人しかいない。
そう思うと、一般客の失笑すらも心地よいBGMに思えてきて、ちょっぴり誇らしさを感じた。
【ドキドキ、詩の朗読発表会!】
そうして少しずつ外の景色に夕方の気配が迫り始める頃。いよいよ俺たち文芸部のメインイベントである『詩の朗読発表会』の時間がやってきた。
部室のカーテンが閉められ、ユリがこの日のために企画してくれたアロマキャンドルに次々と火が灯されていく。ゆらゆらと揺れる小さな灯火と、優しく漂うシトラスの香りが、幻想的で落ち着いた空間を演出していた。
朗読会のトップバッターを務めるのは、文芸部の一番の新米であるこの俺だ。
部室の最奥に設置された特設の小さなステージへと上がると、想像以上の熱気が肌に伝わってきた。見渡すと、展示コーナーであの異彩を放ちまくっていた俺のスイーツの詩を読んだ生徒たちが、「あの面白い詩を書いた奴、どんな朗読をするんだ?」と興味津々で集まってきてくれている。良くも悪くも、俺の脳筋詩にはそれなりの集客効果があったようだ。
だが、会場にいる全員が分かっている。今日の一番の注目は、大トリを務める部長・モニカの朗読だ。集まった観客のほとんどは、学校のアイドルである彼女の晴れ舞台を見るために集まっている。気がつけば、普段は広々としていた部室の中は、まるで満員電車のような人の密度になっていた。
ごくり、と唾を飲み込み、俺はマイクの前に立つ。手元の原稿を見つめ、昨晩プロテインを飲みながら必死に紡いだ言葉を、声を大にして読み上げ始めた。
詩のタイトルは『守りたいこの笑顔』。
その内容はおおよそ以下の通りだ。
偶然転がり込むことになった文芸部での日々の活動が、バカみたいに楽しいこと。そこでみんなと食べるスイーツが、飛び上がるほど美味しいこと。
そして何より――部員のみんなが、今、こうして心の底から笑顔でいられることが、俺にとって何よりも幸せだということ。そして、このみんなの笑顔をこれからも守り続けたいと言って結んだ。
拙くて、お堅い文学的な表現なんて何一つない文章だったけれど、俺は自分の胸の熱い思いのすべてを、詩に乗せて真っ直ぐにぶつけた。
俺が熱を込めて朗読している途中で、客席の後方にいたクラスの仲の良い男子生徒から、ニヤニヤとした顔で大きな野次が飛んできた。
「おいライトー! 美少女に囲まれて毎日そんな楽しそうで、うらやまけしからん! 俺もその部活に混ぜろよ!」
その言葉に、部室内が一瞬でクスリとした空気に包まれる。俺は原稿から顔を上げ、その友人に向けて不敵な笑みを浮かべながら、マイク越しに威勢よく野次り返してやった。
「おう、いつでも大歓迎だ! 遠慮なく入部届持って来いよ!」
俺の返しに、部室内はドッと大きな笑い声に包まれた。張り詰めていた空気は完全に和らぎ、切り込み隊長としての役割は十分に果たせたと言った所だろう。
続けて、ナツキ、ユリ、サヨリが順番にステージへと上がっていった。
ナツキは照れ隠しに声を尖らせながらも、自分の大好きな世界への真っ直ぐな思いを。ユリはアロマキャンドルの炎に照らされながら、静かで、だけどどこか情熱的な深い世界観を。サヨリは少し緊張しながらも、みんなと過ごす毎日の愛おしさを。それぞれが胸の内にある精一杯の思いの丈を詩に乗せて、会場へと届けていく。
そして、ついにその時がやってきた。大トリ、モニカの番だ。
【モニカの決意表明】
ここまでの四人の発表はいわば前座のようなもの。やはり、学校のアイドルである彼女の注目度は文字通り桁が違った。
モニカがゆっくりとステージ中央に立ち、手元の一冊のスケッチブックを広げると、それまでガヤガヤと騒がしかった会場は、水を打ったようにいよいよシィンと静まり返った。
全員が息を呑んで見守る中、モニカは俺の方を優しく見つめ、鈴を響かすような澄んだ声で、彼女の『詩』を読み上げ始めた。
『ここが私の生きる世界』
冷たい世界の隅っこに、ある日、小さな穴を見つけたの。
それは深淵へと繋がる、暗くて、だけど妙に眩しい時空の裂け目。
中を覗き込んだはずなのに、そこに広がっていたのは世界の「外」。
全てが輝いて見えるその綺麗な世界に、私はずっと、焦がれるように憧れていた。
いつかあの穴の向こうへ行ける日を、毎日夢見て。
だけど、あなたが私の世界に飛び込んできてくれたその日から。
この狭くて暗かったはずのこの世界が、毎日きらきらと輝き始めた。
みんなの笑い声が、私の乾いた世界を鮮やかに塗り替えていく。
もう、冷たい穴の向こうを覗き込む必要なんてない。
私が憧れた本当の光は、最初から、すぐ隣にあったのだから。
私は、あなたという光がある、この世界で生きたい。
大好きなあなたと一緒に、ここでずっと、生きていきたい。
読み終えた瞬間、一瞬の静寂の後、部室が割れんばかりの大きな拍手が湧き起こった。
素晴らしい詩だった。だが、深く作り込まれたその比喩表現の、本当の意図を正確に理解できた来場者は、おそらくその場には誰一人としていなかっただろう。
外の世界って、一体何のことだろう? 文字通り本当に、この世界の外に別の世界でもあるのだろうか? それとも、苦しかったモニカの『苦悩』や『現実逃避』を暗喩した何かだろうか?
それに、詩の最後にあった「大好きなあなた」って……まさか、俺のことだろうか?
いや、そんなわけがない。モニカの交友関係は俺なんかじゃ想像もつかないくらい広いはずだ。きっと、俺の知らない他の誰か、もっとスマートでカッコいい奴に違いない。モニカみたいな超一軍女子からこんな風に深く慕われるなんて、一体どこのどいつだ。何とも羨ましいことじゃないか。
そんな風に、他人事のようにぼんやりと考えていた、その時だった。
拍手の渦に包まれる壇上から、モニカが真っ直ぐに、吸い込まれそうなほど強い視線で、俺のことだけを見据えてきた。
……どうしたんだろう?
俺が不思議に思ってぼんやりとモニカを見つめ返していると、モニカは意を決したように俺に向かって一歩、また一歩と踏み出した。
「ライトくん!」
彼女の声が、部室中に響く。
「私は、あなたが好きです。誰よりも、心から、大好きです。これからもずっと、あなたと一緒にこの世界で生きていきたい。10年後も、20年後も、おじいちゃんやおばあちゃんになっても……ずっと、あなたのそばにいさせてください!」
静寂。そして、突然の告白に、俺は一瞬にして頭の中が真っ白になった。
いや、これはもう告白というレベルを遥かに通り越している。もはやプロポーズと言った方が近い。
「え、お、俺……?」
俺が間抜けな声を上げて自分を指差すと、モニカは恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めながらも、黙って、だけど力強くコクンと頷いた。
校内の絶対的アイドルであるモニカの、まさかすぎるステージ上での公開告白。その場にいた全生徒の間に、ブワッと地鳴りのような凄まじいざわつきが広がっていく。
もはや「誰だろう?」なんて考える余地は一ミリも残されていない。これは完全に、百パーセント、俺への真っ直ぐな告白だ。
どうしよう、どう答えればいいんだ。
正直に言って、断る理由なんて何もない。あんなに深刻だった部活の闇を一緒に乗り越え、誰よりも俺を認めてくれた彼女だ。こんなに嬉しいことも、男冥利に尽きることもない。だが、ただ一つだけ、俺の脳裏にブレーキをかける存在があった。――サヨリだ。
俺自身、サヨリに対して異性としての特別な好きという感情があるわけではない。しかし、あまりにも長い時間を一緒に過ごしすぎて、もはや家族のような存在になっている。そんな自分の人生の大きな決断を、あいつに何も言わず、この場で一人で決めてしまって良いものかどうか。
しかし、よく考えたらこれは本来、俺とモニカの二人の問題だ。ここで第三者の存在を持ち出すのは、精一杯の勇気を振り絞って想いをぶつけてくれたモニカに対して、あまりにも失礼というものだ。
頭の中で様々な思考がグルグルと駆け巡り、なかなか答えがまとまらない。焦ってふと壇上のモニカを見ると、彼女の小さな手が、小刻みに、小さく震えているのが見て取れた。
いつも完璧で余裕のあった彼女が、大観衆の前でここまで不安に耐えながら、真剣に俺の答えを待っているんだ。返答の出し惜しみをしてる場合じゃない。早く、男として答えを出さねば。そんなことは分かっている、分かっているけど、俺にはまだその覚悟を決める決定打がない。
その時、俺の脳裏に、今朝のサヨリとのドタバタした会話が鮮烈にフラッシュバックした。
『今日ね……ライトにとって、すっごく、すっごーーく良いことがあるんだよ! だから楽しみにしててね!』
――あ。
カチリ、と頭の中で最後のパズルがハマった。サヨリのあの自信に満ちた言葉。間違いなくこのことだ。
モニカは、自分のこの気持ちを俺に打ち明けることで、文芸部のこれまでの温かい空気が壊れてしまうのを何よりも恐れていたはずだ。だからきっと、俺に告白するより前に、文芸部の他のメンバーには、事前にすべてを打ち明けて相談していたのではないだろうか。
そしてみんなは、そんなモニカの背中を、満面の笑顔で押してあげたに違いないのだ。
情けない話だが、これが俺の決定打となった。この告白が「サヨリ公認」なのだとすれば。俺にはもう、迷う理由なんてなかった。
「あ、あの……! 俺で良ければ、その……喜んで、こちらこそ、よろしくお願いします!」
極度の緊張のせいで、喉がひっついて言葉がなかなか上手く出てこない。それでも俺は、必死になってノドの底からそれだけの言葉を絞り出した。
言い終えた、その瞬間。
「――っ、ライトくん!」
モニカは顔を輝かせると、百人近くはいる観衆の目も一切憚らず、一直線に俺の胸の中へと飛び込んできた。
ドサッと、彼女の華奢な身体が俺の腕の中に収まる。
その瞬間、部室内の盛り上がりは、もはやいち高校の文芸部の出し物なんてレベルを完全に超越していた。
「うおおおおおおお!!」
「マジかよライト!!」
「おめでとうモニカちゃんーー!!」
地響きのような大歓声と割れんばかりの拍手。それはまるで、劇的な逆転サヨナラホームランで甲子園出場を決めた野球部のような勢いで、部室全体が熱狂と興奮の渦に包まれていったのだった。
【告白のその後……】
熱狂の渦が少しだけ落ち着いたあと、俺はクラスの仲の良い男友達から「おいおいライトォ!」「やってくれたなこの野郎!」と文字通りもみくちゃにされ、手荒すぎる祝福の洗礼を受けることになった。
そんな男たちの嫉妬混じりの手荒い祝福を何とか抜け出すと、待っていた文芸部のみんなからも、温かいお祝いの言葉をかけられた。
ナツキはツンと腕を組み、呆れたように小さくため息をつく。
「返事が遅いわよ。モニカに告白されて、あんたなんかに拒否する権利なんて無いんだから、即答しなさいよね!」
相変わらず口は悪いが、その顔は自分のことのように嬉しそうで、心なしか以前よりずっと健康的でふっくらとした可愛い笑顔だった。
ユリは笑顔だが、その瞳には涙が溢れていた。
「おめでとうございます。何だか……、うまく言葉にできないんですが、本当に感動しちゃいました……」
と言って、瞳からぽろぽろと大粒の涙を溢していた。いつも難しい言葉を自在に使いこなすユリが、言葉ではなく涙で感動を表す。むしろこれ以上に雄弁に感動を表す方法が他にあるだろうか。
あんなに重い心の闇を抱えていた彼女が、俺たちの幸せを心から喜んで祝福してくれるなんて、本当に胸が熱くなる。
そしてサヨリは、まるで俺の母親か姉にでもなったかのような顔をして、モニカの前に歩み出た。
「モニカちゃん、うちのライトをよろしくお願いします」
そう言って、ぺこりと丁寧に頭を下げる。
おいおい、今までさんざん朝寝坊のあいつの世話を焼いて、学校まで引っ張ってきたのは俺の方なんだけどな。どうやらサヨリはサヨリで、俺のことを「大人になりきれない、身体だけが無駄に大きな弟」みたいな存在として見ていたらしい。全く、幼馴染ってやつはこれだから敵わない。
【エピローグ:ここが俺たちの生きる世界】
そうして文化祭という大舞台を経て、俺とモニカは晴れて正式に交際することになった。
学校の絶対的アイドルが彼女になったのだ。嬉しい反面、廊下を歩くたびに他の男子生徒たちから凄まじい眼光を向けられ、「そのうち誰かに後ろから刺されるんじゃないか」と毎日ヒヤヒヤしたりもしている。
ちなみに、後日モニカに、何故あんな大勢がいる中で告白したのかを聞いてみた。ああ言うのは普通、人気のない場所でひっそりするものじゃないかと。
するとモニカは「あそこまで自分を追い込まないと、告白する勇気が出ないから」だと言った。外堀を埋めて、覚悟を決めるためだという事だ。
一方で、俺とサヨリの関係は今も特に変わりはない。
あの文化祭の朝のポンコツ遅刻ムーブが嘘のように、相変わらず毎朝、あいつは俺の家の前で待っていて、二人並んでお喋りをしながら一緒に登校している。幼馴染としての温かい距離感は、何一つ変わることはなかった。
そして我が文芸部には、さらに嬉しい悲鳴が上がることになった。
文化祭での大盛況と、あの伝説の公開告白(?)が呼び水となったのか、文化祭が終わった直後から、男女含めてなんと10名もの入部希望者が部室に殺到したのだ。
かつては5人だけで静かにお茶をすすっていた部室は、一気に賑やかで活気のある場所になった。
新入部員たちに漫画の読み方をドヤ顔でレクチャーするナツキや、おすすめの小説を少し恥ずかしそうに薦めるユリ、そして新入生に囲まれて楽しそうに笑うサヨリ。
人数が増えて少し騒がしくはなったけれど、不思議と、部室内の空気はあの時と変わらず、相変わらず穏やかで居心地の良い優しさに満ちあふれている。
そんな賑やかな部室の一席で、部長であるモニカは、今日もリラックスした様子で静かに本を読んでいる。
もう、部員を心配して神経を張り詰める必要も、ここではない『外の世界』を求めて孤独に苦しむ必要もない。彼女は今、一人の等身大の女の子として、この世界を心から愛し、満たされていた。
俺が文庫本を片手にそんな彼女を眺めていると、ふと、モニカが本から顔を上げてこちらを見た。
視線が綺麗に交差する。
モニカは幸せそうに微笑むと、周りの新入部員たちに気づかれないように、ぽっと頬を赤らめて照れ笑いを浮かべた。俺もなんだか無性に気恥ずかしくなって、不器用に笑顔を返す。
かつてバラバラになりそうだったこの場所で、俺たちは今、確かに一緒に生きている。
新しく入ってきた賑やかな部員たちの声を聞きながら、守り抜いたこの温かい場所と、大好きな仲間たちの笑顔。そして何より、隣で優しく微笑んでくれる、世界で一番大切な彼女。
このかけがえのない世界を、これからも守り続けたい。大好きなモニカが、外の世界に行ってしまわぬように。
ドキドキ文芸部! 『ここが私の生きる世界』
おしまい☆
【後書き】
リクエスト作品、今回も無事に終わりホッとしています。
タンパク質とプリンネタは『小公女セーラ』でもやっているので、悪く言えばネタの使い回しなんですが、言い換えるなら私の持ちネタというか、オリジナリティと言いましょうか。一人の表現者として、他の人には書けない唯一無二の作品に仕上げられたのではないかと思っております。
『ドキドキ文芸部』、私は『STEAM版』でプレイしましたが、現在ではPS4やニンテンドースイッチでも遊べるので、もしご興味を持たれた方がいたらプレイしてみてください。ただし、ジャンルは『ホラー』となっており、かなりショッキングなシーンがあります。公式でも、かなり念を押して、ホラー表現が苦手な方はプレイしないよう強く警告しています。
特に文化祭当日の朝の、私の精神的ショックはかなり強く、『ここを乗り越えないと全キャラ救済はありえない』と、本作ではあえて当日の朝の描写を厚く書かせてもらいました。これで、DDLCファンの方のトラウマの払拭に繋がると嬉しいです。でも、本当に素晴らしいゲームでした。
最後に、リクエストしてくださった石ころさん、最後までお読みくださった皆さん、ありがとうございました!