トリニティ総合学園庭園部へようこそ!   作:一生ホームアローンマン

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26話 星に願いを

「はぁ……」

 

 でっかいため息一つ、二つ、何回目だろう。予算獲得が駄目だったことを庭園部のみんなに伝えれば、上級生同期はしゃーないどんまいって感じだし。下級生はよくわかんないけど落ち込まないでと、凹む俺をむしろ囲んで慰めにかかるし。

 なんなら責めてもらった方が楽だったなと思うくらい。それはそれで、凹んだだろうけど。

 

 まあ、済んだことはどうしようもないので仕事に励むことにする。

 そろそろ夏の気配も滲み出す初夏の候。キヴォトスは概ね日本っぽい感じで四季が推移するが、その中でもトリニティはわりかし乾燥・冷涼で梅雨時にがっつりジメジメ雨が降るということもない。気持ち良い天気の日が多く、今日も快晴だ。ジメジメしているのは俺の内心ばかりである。

 

 なんと言われようともお値段据え置きです、ってのも分かるんだ。庭園部はどっちかっていうとインフラ系っていうか、今までずーっとこの額でやってたでしょと言われればハイと答えるしかないし。

 

 果樹園の被害拡大も長い目で数字だけ見れば、確かに誤差の範囲。

 そもそもそんだけ長期間定期的に襲撃食らってるのが頭おかしいと思うんだが、キヴォトス故致し方なしと言われればそれもそう。

 

 俺がゲヘナ嫌いの人と付き合いがあるのも、俺自身ゲヘナの連中が好きか嫌いかと聞かれれば、どちらかと言えば大嫌いなのも事実。

 別にそんなつもりはないが、傍から見たら武闘派のヤバそうなやつなのも事実なのだろう。

 

 ナギサ様は何も間違っちゃいない。

 

 でも、だからといって、素直に納得できるかと言えばそれは全く別問題で。

 ため息、N回目。

 

 もっと口が上手ければ、あの恐ろしい笑顔を説得することもできたのだろうか。日頃から人目を気にして、お嬢様らしく振る舞っていれば、もっときちんと話を聞いてもらえたのだろうか。

 

 夏の日差しを受けて元気にボサボサ伸びた植え込みの枝を整え、雑草を刈払い、ブロワーで集めてキラキラファイアーで焼く。

 現在使われていない郊外の施設なのでややおざなりだが、荒廃しない程度には管理されている。結構立派な建物でもったいないなあという感もあるが、立地が不便でしかたないのだろう。本校舎よりうちの果樹園にずっと近いくらいの僻地ぶりだから。

 

 トリニティにはこういう建物がわりといっぱいあって、外側の管理……周辺の草木の手入れなんかは庭園部の仕事だったりする。中も美化委員が定期的に手を入れてるらしいけど。

 使う人がいない以上、本校舎付近と比べたら手入れの頻度がグッと減るのでそこまで大きな負担でもない。

 

 ざっくりと済ませて、一回りチェックして終わりにしようかと思った時、ふらりとふわふわピンクの人影が現れる。

 

「やっほー☆ ワカナちゃん元気~……ではなさそうだね」

「み゛っ……(絶命)」

 

 びっくりしすぎて喉が詰まった。げほげほしてたら大丈夫~? と背中トントンしてくれる。どうやら幻覚でもないようだ。

 

「あ、あの……ミカ様、なんでこんなとこに?」

「君に会いに来たんだよ」

 

 み゛っ……(絶命)(2回目)。心臓止まった。怪しい笑顔で、スッと距離を詰め、耳元でささやくように。

 な、なんだぁお前俺を殺す気かマジで。めっちゃいい匂いするぅ……。腰抜かしてふらふら倒れそうになった俺を、ひょいと支えてちょっと歩くと、一緒に木陰に座りこむミカ様。

 

「熱中症? 気をつけないと駄目だよ~?」

「は、はひ……」

 

 ねっ・チュウ・しよ? したいが?? するのか??? しないのか?????

 ……いや、話が進まないので正気に戻ろう。なんか別に全然そんな感じじゃないし。ふわふわと掴み所がないようで、少し硬く、冷たい空気。

 

「ところで、ナギちゃんにだいぶイジメられたみたいだねー。資料回ってきたの見たけど、すっごく頑張ってた感じだったのに」

「……はい。まあ、しゃーなしって感じなんですけど」

 

 あ、もしかしてナギちゃん様……桐藤ナギサに口利いてくれるんだろうか。超つええアイドルみたいな人という印象しかないが、思えばミカ様も偉い人だった。

 

「残念。今のホスト*1はナギちゃんだからね。ある程度以上筋が通ってるとこにねじ込むのはちょっと難しいんだ。……それに今、ナギちゃん必死だからねー」

 

 私なんかじゃとてもとても、なんていいながら笑うミカ様。

 まあ確かに、ライブバトルとか物理バトルなら圧勝しそうだが、ディベートとかじゃ歯が立たなそうってのは印象通りであるが。

 

「あははっなにそれ! でも、いいかもね私とナギちゃんと、セイアちゃんで可愛い衣装着て、歌って、踊って。すっごい楽しそう。……できたらいいね、そんなこと」

「……あ、す、すんません」

 

 そういやセイア様は未だに療養中って話だったな。クソ頑丈なキヴォトス人が数ヶ月単位でダウンって、相当悪いのかもしれない。

 結構マジで寂しそうな顔をするミカ様。いかにも噛み合わなそうな3人だったけど、案外仲いいんだろうか。

 

「話がそれちゃったね、ええと、なにから話すべきかな……。とりあえず、エデン条約って知ってる?」

「や、わかんないです」

 

 歴史の話かなんかだろうか。少なくとも直近のテスト範囲にはなさそうだが。

 

「ナギちゃんがずーっとこっそり進めてたやつなんだけどね。最近はだいぶ形になってきたみたいだから、知ってる人は知ってるって感じかな。トリニティと、ゲヘナの平和条約。両校の紛争解決を目的としたもの……」

 

 黙って真面目に話を聞いていた俺を見たミカ様がぷふっと吹き出す。そんなに面白い顔しただろうか。苦虫噛み噛みフェイスだったのは間違いないだろうが。

 

「まーそんな感じになるよねー。ちょっとした小競り合いから、いつ戦争になってもおかしくないトリニティとゲヘナの関係改善。……そりゃできるならやるに越したことないだろうけどさ」

「いや無理でしょ」

 

 ガチ蛮族と条約結んでなんの意味があるというのだよ。そんなもんちり紙程度にしか思わないだろゲヘナ民。

 最低限国内平定して無法地帯状態何とかしてからこいよ。求むゲヘナの信長。いやもっと戦争始めそうか? そんなヤツいたら。

 

「まあ、順番の話なんだよね。ゲヘナ(あいつら)が最低限の理性は持ってることを信じて、関係改善の一歩を踏み出して、そこから治安も改善するのに期待するか。それとも最低限の理性も無くて、歩み寄りが悲劇にしかならないことを信じて現状を維持するか」

「ないでしょ、理性」

 

 シンプルにイカれてんだもん。

 いやまあ、俺のゲヘナ像を作ってる大半がリンゴ泥棒ギャング団とヤバヤバテロリスト集団なので著しく偏ってる可能性は否めないが、印象として。

 

「いやあ、打てば響くねーワカナちゃん」

 

 超即答したのがツボに入ったのか、クスクス笑い出すミカ様。

 ハスミ先輩とのゲヘナヘイトトークも気に入っていただけそうだな。ツルギ先輩に殴られて完成するタイプの芸だが。いや芸ではないが。

 

「ま、そんなわけでさ、ナギちゃんは前者。ゲヘナが歩み寄れる存在であることを信じてる。あっちの窓口が風紀委員長の空崎ヒナ……まあまあ話せる実力者なのも大きいだろうけど」

 

 空崎……キヴォトス最強と噂の人だな。流行りの動画でちらっと見たことある。不良集団を蹂躙する無慈悲な悪魔というか、なんかマフィアの親玉みたいな感じだったけど。

 俺よりおでこ硬そうだし、そんなラスボスとか大魔王みたいのが信用できると言われてもという感じだが……。

 

「ナギちゃんはゲヘナの理性を信じて、エデン条約が問題を解決すると信じてる。だから今は庭園部、というかワカナちゃんにはとにかく大人しくしてて欲しいんだろうね。小火を大火事にする可能性が一番高いのは正義実現委員会で、他はその下にいくつか横並びって感じだけど、その中にワカナちゃんも入ってるわけ」

 

 そんなバーサーカーみたいなのじゃないんだけどなあ、マジで。

 果樹園に入ってこないなら、俺の知らないとこで好きに暴れててくれって感じだし……。

 

「ふふ、まあ誰がなにを考えてて、いざって時になにするかなんて他人にはわかんないもんね。……そう、だからこそ、いざという時に備える必要があるよね」

 

 ゆるゆるとしていた空気が沈む。暖かな木漏れ日が、薄雲に陰る。

 

「仲良くしようって約束して、じゃあ約束が破られたら? そもそもその約束をしようとすること自体がフェイクだったら? 不義を責め立てて、仲間を集めて、たくさん血を流してでも叩き潰す。そうしないと駄目だよね? でも、ナギちゃんにそこまでする覚悟があるのかな?」

 

 怖い。恐ろしい、美しい横顔だ。じっとりと暗く淀んだ瞳に、かつて見たキラキラした輝きはない。

 

「ナギちゃんは、私は賢い大人ですみたいな顔して、いつまでも小さい女の子みたいな、無邪気に綺麗なものを信じちゃうようなとこがあるから。なんなら籠の鳥にしてあげたりするほうが、本人のためにもなるかも、なんて思ったりして。ねえ、ワカナちゃんはどう思う?」

「……もしかして俺、ヤバい話聞いてます?」

 

 ニィとミカ様が信じられないような湿った顔で笑う。

 

「ここ、いいとこだよね。本校舎からずっと離れて、ひと目もなくて」

 

 ああああああ、あかん! ガチなやつだこれ! 

 

「お互い上手くやっていくためには、やっぱり取引がいいかな? 欲しい物と欲しい物を交換。私がお金出して、庭園部の防衛に必要なものをた~っぷり買ってあげる。その代わり、君はいざという時に……ね?」

 

 すっと肩を抱かれ、手を握られる。冷やりとした手だ。互いの息づかいも感じる。心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背を伝う。

 なんと答えるべきなのか。なにが正解なのか。さっぱりわからない。

 

「あっ、あのっ……!」

「ん? なぁに?」

 

 こんな時にも耳元で声がいい! 脳がゾワゾワする! 

 

「その、なんかあった時に、俺一人の首で済むんなら……」

「……ああ、なるほど。そうだね、わかりやすくしようか。君が働いてくれるならそれだけで構わないよ。私とワカナちゃん、二人だけの秘密の約束ってことにしようか

 

 そんな囁き声で、怪しいワードで、脳みそコネコネしないでくれ! 

 まあそれはともかく、案外すんなり受け入れてくれたな。そんならいいや。部のみんなに累が及ぶ可能性があるならちょっと無理だったが、俺一人のことなら迷うこともなし。

 

「そういうことなら、よろしくお願いします。もらった分は働いて返すんで」

「スパッと決めちゃうんだね。そんなにあっさりだと逆に不安になるんだけど……」

「ミカ様のことを信じているので」

 

 ぽかんと口を開けるミカ様。そんなコイツバカなのかみたいな顔しなくても……。

 

「あのさ、レッドウィンター連邦学園だとトイレ掃除で済むらしいけどさ、クーデターって普通にそれなりの罪なんだよ、トリニティでは」

 

 知ってた? と頬をぶにぶにされる。わりと痛い。いやトイレ掃除で済むクーデターってなんだよ。遅刻常習犯レベルの扱いじゃねえか。レッドウィンター、謎に包まれた北の大地である。

 っていうかやっぱマジでクーデター計画なんだ。今更ながらに早まったかという感がないでもない。

 

「今まで言ったこと全部ウソで、私が権力の亡者で、ワカナちゃんを散々騙してボロ雑巾みたいに使い捨てにしてーとか、そういう可能性だってあるんだから。信じるなんて言葉簡単に使っちゃ駄目だよ。もっと悩んで、悩んだ末に利益のために仕方なく受け入れてよ」

 

 妙な文句つけるじゃん……。

 

「いやまあ、信じてるっていうか、ついていきたいと言うか。俺は、ダメな奴なので。ムカつくヤツはぶん殴りたいし、好きな人についていきたいっす」

 

 ああ、とんでもないアホを見る目をしている……。でもしゃーないやん。これが本音です。

 前に遠くから見てるだけでいい~なんて言ったものの、ご本人に誘われたらホイホイついてくよ。軍事支援もシンプルにめちゃめちゃ嬉しいし。 

 

 セリナちゃんにはバシバシ叩かれるだろうし、ヒフミちゃんにも流石にぶたれるかもしれん。ツルギ先輩はわりとマジパンチしてくるかもしれんし、ハスミ先輩もクーデターとなればちょっとわからん。

 

 庭園部のみんなも、マリーちゃんや宇沢ちゃんコハたん、みんないい子だから、いい顔はしないだろう。

 でも、俺はそんなにいい子になれないよ。機会があれば、綺麗で悪い先輩について行ってしまうんだ。

 

 それに、言うてもだ。クーデターだ戦争だっつっても、所詮キヴォトスだしさ。運動会みてーなもんだろ? たぶん。

 ナギサ様簀巻きにして檻に放り込んで、ミカ様と一緒にゲヘナに突っ込んで大暴れ、超楽しそうじゃんね。やられた分やり返してやりたい気持ちは、ずーっとむらむらあるし。

 

 ちょっと顔を上げて、じっと見つめる。呆れたような顔は、最初のような暗い瞳はしていなかった。去年みたいにキラッキラもしてなかったけど。

 すっと目をそらしたミカ様は草を払って立ち上がる。

 

「プレゼントは、普通の物資に混ぜて順次送ってくね。ナギちゃん、私の動きはあんまり見てないから大丈夫だと思うけど。あんまり大っぴらにはしないように」

「はい。それじゃ必要な時は呼んでください」

「……うん。じゃあね」

 

 こちらを見ないまま、ミカ様は去っていった。……うーむ、ノリでけっこう大変なことを決断してしまった気もする。

 

 でもまあ、ミカ様の言を信じるなら、ほっといてもどうせ大変なことになるのだ。エデン条約とやらをきっかけにして。

 ゲヘナの連中が暴れるか暴れないかなんて賭けにもならないし、なんかしらあるのは間違いないだろう。いざという時に右往左往するより、ついてく人決めてあって、それが好きな人なら上々ではないか? 

 

 ポジティブ!

*1
ティーパーティーの代表。各派閥の長が交代でその地位につく。権限が非常に大きい。




お久しぶりです。今回はエデン条約2章終了くらいまでやるかと思います。

止まってる間もお気に入り評価など増えてたりしてとても嬉しいです。感想も返せてませんが見ております。ありがとうございます。



ところで続き書き始める前にストーリー読み返したりしてたんですが、案の定時系列の把握ミスが有りました。
セイアちゃん襲撃は去年のことらしいです。2章1話でミカが言ってました。

そうなるとセイアちゃん最低8~9ヶ月、なんなら1年近く寝てたことに?それマジ?という感じなので本作では見なかったことにして特に修正はしません。あとミネ団長の行方不明期間が長くなるのも修正箇所が多くなりそうで……。

こんな感じでわりと適当ですがとりあえずなんとかアップルパイぶちこむまでを形にしたいと思います。今後もお付き合いくだされば幸いです。
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