トリニティ総合学園庭園部へようこそ! 作:一生ホームアローンマン
「さて、そろそろいい時期ですわね」
「少し早い気も……いえ、エデン条約が成立すれば動きにくくなりますか」
「どうなることやらという感じですけれどね。ともあれ、行くならば今のうち、ですわ」
ゲヘナ学園、学生食堂。食事時ならば大混雑のこの場所だが、夏休みの午前中ともなれば、給食部の人間以外を見ることはないだろう……普段なら。
今日は美食研究会の面々が集まり、勝手にお茶を淹れて一服していた。お茶菓子、というか適当に買ってきたらしい雑多なコンビニスイーツ類も並んでいる。
「んー? いったいなんの話よ」
もっしゃもっしゃと大量のお菓子を貪るイズミにややげんなりしながら、美食研究会の新入生、赤司ジュンコはハルナに尋ねた。
「トリニティ果樹園の襲撃作戦についてですわ」
「はぁっ!? トリニティ!? また!? こないだ散々ボコボコにされたばっかじゃない!」
つい先日、希少な食材であるゴールドマグロをただただ展示している罪深いトリニティのアクアリウム*1に襲撃をしかけ、正義実現委員会に手酷くやられたのは記憶に新しいところであった。
アカリなどは委員長のツルギに“ぺしゃんこ”にされている。
捕縛されゲヘナに引き渡され、最終的には温泉開発部のテロにより脱獄できたものの、また捕まったらどうなることか。わかったものではない。
「むぁ! そうそう! 今年ほんとにトラックリンゴ全然無くなっちゃったんだよ! お一人様3個までとか制限つけるし、去年よりずっと高いし! 信じらんない!」
去年はお手頃価格で美味しく楽しめた路上販売が少なくなったことに、イズミはたいそうご立腹であった。食事を中断して吠える。
「リンゴ? ああ、トリニティのリンゴ。ちょっと高いけど美味しいやつ。あれならわざわざ現地いかなくてもスーパー行けば買えるじゃないのよ」
「もちろん、市販されているもののために手勢を率いての襲撃などいたしませんわ。それとは別に希少なリンゴがあると調べが付いています」
「伝説のリンゴね! 知恵と力と勇気がつくの!」
腕を振り上げ適当なことを言うイズミをジュンコは半目でじとっと見つめる。
「知恵と力はともかく、トリニティの有力者でなければ手に入らないようなものだそうですよ。特別な希少食材、当然食べてみたいですよね★ ってことで去年いただきに行ったんですが、失敗してしまって」
「あれは酷かったね~! 弱火でじっくり焼かれる経験はしたくなかったよ。最後はなんかすごいの出てきてハルナが一発でやられちゃうし」
ジュンコはギョッとテーブルの面々の顔を見渡すが、イズミの言葉が否定されることはない。ハルナもアカリも苦笑いだ。
とんでもない先輩たちだが、美食にかける情熱と、風紀委員長クラスでも出てこなければ大体なんとかなる戦闘力を信用していた。
「ええ。ですが、諦めるという選択肢はありませんわよね。そこに未だ見ぬ美食があるならば」
「またトリニティと揉めたら、今度こそ風紀委員長が本気でキレそうだけどね……」
ため息をつきつつも、こうなればジュンコも止めることはしない。ここにいるのは、仲間や友人、そんな生ぬるい言葉で結びついた集団ではない。
美食を極める、ただその一事のために集った同志とも呼ぶべき存在達。理屈で止まるような欲望なら、初めから走り出してなどいないのだ。
「とはいえ、手筋を変える必要はありそうですね~。去年の襲撃はどうも我々の動きを事前に知られていました。かなり急いだはずでしたが……少しでも大きく動けばあちらの網にかかってしまうようですね」
「今年は去年よりも諜報に力を入れているでしょうしね……。防衛状況も随分変わっているようですわ」
「そうそう! こないだまた動画上がってたよ。路上販売が減った原因っぽいかも」
イズミはそう言うと、スマホで動画を再生して机に置く。
タイトルは、トリニティ焼きりんご地獄。意気揚々と果樹園に向けて進撃するトラックの荷台、おそらくヘルメットにカメラを付けたヘルメット団員の視点からの映像だった。
暗闇の中、ガタゴトと道なき道を進むことしばし。突然前方から爆音が響き車列が停止する。
混乱しつつも迎撃に出るヘルメット団員たちだが、そこは地雷原の真っ只中。うかつに動いた数名が地雷によりダウン。混乱し、進退を決めかねているところに小さな影がすっ飛んでくる。
悲鳴のような金属音とともに、キラキラと輝くある種ファンシーな炎が広範囲にこれでもかとばらまかれ、炎上する草原で次々とヘルメット団員が炎に包まれ倒れていく。
怒号が響き、画面が大きく揺れる。荷台から飛び降りた撮影者が炎の吹き出す方を見れば、巨大な車輪のような、燃え盛る回転ノコギリを振り回す大翼のトリニティ生。
「隊長ォオオオオオオオッ!!!」
叫んでトラックの運転席に飛び乗ったヘルメットに、撮影者は追従し荷台に飛び乗る。アクセル全開に突き進み、すでに破壊されたトラックの残骸を避け、ヘルメット団の部隊長を追い詰める処刑人に体当たりを仕掛ける。
荷台に乗って援護していた撮影者とともに、運転手もタイミングよく脱出。隊長を引っ掴んで担いで逃げながら、仲間が運転する後方のトラックへ。
その瞬間、小さな影を轢き潰したはずのトラックが粉砕され、破片が飛び散り、炎とともに処刑人が現れる。翼を広げた巨大なシルエットが揺らめく炎に映る。
回転ノコギリの回る音がひときわ高らかに鳴り響き、車輪が爆発したように輝く。
撮影者たちが乗り込んだトラックが走り、レッドカーペットを広げるように、炎の帯が恐ろしい速度で追いすがる。
加速しはじめるトラックの車体の後部を舐め焦がし、覆い尽くそうとする。荷台に乗ったヘルメットたちの悲鳴が響く。
しかし、ギリギリで射程圏内から出たのか、名残惜しげにちろちろと炎の舌がトラックから退いていく。
どうにかこうにか振り切った安堵の吐息と歓声が起き、後方に向けて挑発していたらしい隊長の舌を噛んだ悲鳴で動画は終わった。
○いつの間にか周り全部地雷原になってて草生えますよ
○これが簡単な仕事って言ったやつ誰だよブッコロしてやるよクソがよぉ!!!
○「どこへ行かれるのですか」お前は「火刑」だ───ッ!
○騙して悪いが仕事なんでな……頑張ってくれ
○車ぶつけて爆発炎上×2から普通に立ち上がってくるのおかしくない?
○条件満たさないと倒せないタイプの不死身のモンスターなんでしょ
○首狩り族さんのファイアー綺麗で好き
○トリニティのお嬢様はどいつもこいつもこんなんばっかか?
○トリニティ生への熱い風評被害。バケモンみてーなのは極一部だけでしてよ
○去年よりだいぶ腕を上げてますわね。頼もしいことです
○ウェーブキャットさんが好きで、趣味はお菓子作りですよ
○乙女で草
○個人情報助かる
○正直ペロロとウェーブキャットはキモい他は可愛いけど
○おい! 言葉を慎めよ……
○#ウェーブキャット立つな
○ウェーブキャットは正面から見れば可愛い定期
○#ウェーブキャット波打つな
○この部隊長さん知ってるけど全然弱くねえはずなんだけどなあ……
○襲撃を防ぐために地雷を敷く←わかる 地雷原に自分から突撃して直接攻撃する←わからない 地雷を踏んでもほぼ無傷←???
○異端審問官さんのバトル華やかでいいよね
「……なにこれ、新作のホラーアクション映画?」
「正義実現委員会が到着するまでに、この庭園部の方を倒し、果樹園中心部に辿り着き、リンゴをとって帰るのが今回のミッションですわ」
一通り動画を見て軽くコメントも眺めた後、そんなことを言うハルナに、何いってんだこいつという顔をするジュンコ。
「まずはプランA。諜報の網を外れることを重視し我々単独で車両を調達し、地雷を踏まないことをお祈りしながら全速力で目標へ突撃する」
「うちの車は水没したから*2今原付きしかない! こっち見んな!」
厨房からこいつら早く帰ってくれないかな、と美食研究会の面々をジト目で眺めていたフウカは、ちらりと流し目を送るハルナに叫んだ。トリニティには苦い記憶しかないので*3、今度こそ絶対に行く気はなかった。
「まあ、フウカさんの車のことはともかく、あまりにも博打すぎる気はしますねえ」
「ふむ、ではプランB。昨年よりも大戦力を集い、正面から堂々たる進撃を行い、その混乱に紛れて目標を奪取する」
「は?」
ジュンコはかじっていたお煎餅をぽろりと落とす。いくらなんでもそれはないだろう。
あのモンスターみたいな羽の影を倒し、同じくバケモンみたいな正実委員長をどうにかして、おまけにハルナより強いとかいうティーパーティーの人間もついてくる? そしてそれだけの戦力を相手取る戦力を集める? それってつまりは……。
しかしそんな思いとは裏腹に、アカリはまあそうなりますかと納得し、イズミもうんうん頷いている。
「トリニティという巨大組織と諜報勝負するのは無理筋ですからね。となればバレても問題ない勢いで押すしかありません。幸い手本はあちらが見せてくれました。温泉開発部をけしかけて中核戦力として、大規模にやりましょう」
「ええ、同じく賭けになりますけれど、こちらの方が成算は高いですわね」
「いやいやいや! ちょっと待ちなさいよ! アンタたち戦争でもするつもり!?」
叫ぶジュンコにきょとんとした顔をするハルナとアカリ。フウカは厨房の隅でうずくまり、遠い目をしながら耳をふさいでいる。
「まあ、必要とあらばいたしかたありませんわよね?」
「ですよねえ」
真顔で首を傾げる瞳に狂気を宿した先輩二人に、お菓子食べながら普通の顔でうんうん頷いているある意味一番ヤバい奴をぶっ叩きつつ、ジュンコは吠えた。
「バカ! アホ! マヌケ! なんで押してダメならもっと押せしかないのよ! 潜入してこっそり盗むとか、もっとあるでしょ!」
ハッとした顔をする3人。
「な~ん~で~! その発想はなかったみたいになるのよ! プランC! こっそり潜入作戦! 決定! いいわね!?」
上級生たちは苦笑いでうなずき、そんな様子を見たフウカは静かに拍手を送った。
「そう、わたくしたちは美食研究会。世に隠された美食を得る為ならば、いかなる手段をも用いる覚悟……ということでジュンコさん、プランCの準備をして参りましたわ」
数日後、一旦解散となった美食研究会の面々は再び学食に集まっていた。ハルナは机の下から大きめの紙袋を取り出し、中身を広げる。
「なにこれ、服? ……じゃなくてただの布?」
「ブラックマーケットで仕入れた百鬼夜行連合学院の制服ですわ。潜入作戦、ということでそのための変装用になりますわね」
ハルナは布……体の前だけ覆うような百鬼夜行伝統の破廉恥衣s、もとい制服*4をかかげる。
「な、なにそれ!? 変装なら別にそれじゃなくてもいいでしょ! なんでよりによって百鬼夜行なのよ! ミレニアムとかレッドウィンターとかあるでしょ!?」
「ミレニアムの制服は早々裏に流れませんし、今の季節にレッドウィンターの制服など着たら熱中症で倒れます。実質一択ですわ」
「まあまあ、だいぶアレな衣装ですけど、みんなで着ればなんてことないですよ★」
じりじりと迫るハルナに逃げ出すジュンコだが、既に背後はアカリが塞いでいた。あっさり捕獲される。
「結構涼しくていい感じだよ~。さ、ジュンコ、お着替えしようねー!」
いやぁ、とジュンコは情けない悲鳴をあげる。しかしそんなことはまるで気にしない笑顔のアカリと、既に着替えていたイズミに厨房の隅に連れ込まれ、強制衣装チェンジとなった。
「ほんと、よそでやってよあんたたち……」
「予備もありますけれど、フウカさんもお召しになってみませんこと?」
「……イ・ヤ」
全力で嫌な顔をするフウカに、それは残念、とハルナは肩をすくめ、一同の着替えを進めた。
「もう嫌っ!! こんなことやってらんない! わかんない! つまんない! めんどくさい!!」
補習授業部の合宿所、ズタボロになりつつもなんとか帰り着いたホームで、コハルは叫び、机に突っ伏した。
ヒフミは震える肩をそっと支えるが、掛ける言葉がない。
「ぐすっ……無理、絶対無理よ……ここまですっごい頑張ったのに、これ以上なんて……。頑張ったもん……。でも、これ以上は、私にはもう無理……。私、バカなのに……。無理だって。うぅっ……」
全員の退学がかかった3回の特別試験。そのうちの二度目までも失敗してしまった補習授業部*5。
さらに告げられる試験範囲の拡大、ボーダーラインの大幅な上昇。コハルはついに心折れようとしていた。
これほど様々な策謀を乗り越えて、退学を回避する。そんなことが本当にできるのか。共に過ごし、学び、遊び、これまで友情を育んできた補習授業部だが、流石に重い空気が漂っていた。
「……少し、気分転換をしたほうがいいかもしれないね」
黙り込む4人に先生は言った。これまで、1ヶ月近く、多少の遊びはありつつも根を詰めて勉強をし続けていた。
息抜きが必要だろう。諦めて最後の思い出作り、なんて、そんなことではなく。最後の最後まで頑張るために。
「そ、そうですね! それじゃあ……えっとえっと、そう! ピクニックに行きましょう! みんなで!」
先生の言葉を受けて、ヒフミは空元気の明るさで、それでも楽しげに語る。みんなでお弁当を作って、レジャーシートにおやつも持って。
「……ふふ。ええ、それはとても素敵ですね」
「ピクニック……したことがないな」
コハルも泣き止み、ぐしぐしと袖で目元を拭い、顔をあげる。
「ちょうどいいところを知っていますから、お出かけしましょう!」
そうして、補習授業部の4人と先生は、ピクニックに出かける準備を始めた。
「……ハルナ? 何やってるの?」
しばし後、ピクニックの準備を終えて、目的地……トリニティ果樹園へと向かった補習授業部一同はいかにも怪しい集団と遭遇する。というかあからさまに美食研究会であった。
先生が声をかければ、バレてしまっては仕方ありませんわね、とハルナは変装用のパリピサングラスを外す。
「我ら美食研究会、本日はトリニティの“伝説のリンゴ”をいただきに参りましたわ」
「なに速攻バラしてんのよ……」
百鬼夜行の制服と、角隠しに鍔の広い帽子を被ったジュンコは心底嫌そうに言った。
「先生なら構わないでしょう。それに、補習授業部のみなさんも知らない仲ではありませんし」
同じく百鬼夜行の制服を着てエライことになっている2人も、先生に手を振る。
先生はカメラを向ければポーズを決める3人と、顔を赤くして撮るなと叫ぶジュンコをとりあえず連写した。
「ええと、伝説のリンゴ、とは?」
「トリニティの果樹園にあって、強くなったり賢くなったりするんだって~」
先日はどうも*6と挨拶をしつつ、ヒフミは首を傾げる。
「かしこくなれる、ってほんと!?」
「コハル、リンゴは栄養があるが、食べただけでは強くも賢くもならない。普段の訓練と勉強あるのみだ」
キラキラ目を輝かせたコハルにマジレスするアズサ。まあそれはそうなのだが、あまりにもバッサリ過ぎた。
そんな事分かってるわよ、とコハルはアズサにパンチするがビクともしない。
「まあそれはともかく、外に出回らない希少なものであるのは確かですわ。そんなものを食べないわけには参りません」
「ええと、トリニティの果樹園は、私のお友達が管理しているんですけど、それってつまり……?」
嫌な予感がしたヒフミが問えば、ハルナは意味深に微笑むばかり。冷や汗を流しながらヒフミが先生を振り向くと、黙って首を振られる。
「非合法なのはやめて欲しいんだけどね……」
「憧れは止められないものですわ」
「と、止めてくださいよ! え、ええと……ワカナちゃん、おやつとかシェアするの好きですから! 頼めばきっと、たぶん大丈夫ですから! 手荒なことは……!」
ふむ、と顎に手を当てて考え込むハルナ。かつて見た炎は、そのような容易い相手とは思えなかったが……。
「私達だと門前払いでしょうけど、知り合いの人がいるなら話は違うかもですね。ジュンコさんならあちらに顔割れてませんし、補習授業部の方と一緒に行ってもらうのがいいでしょうか。さしあたり」
「……確かに、試して損はないですわね。まだ日も高いことですし」
そういうことでよろしいかしら、とヒフミに問えば、ブンブン頷く。恩義があるため再び戦うということはしたくなかったし、かといってワカナが頑張っている果樹園で暴れられるのも論外だ。
「うーん、ま、穏便に済みそうならいいか……」
ジュンコとしては、あの動画を見るに、例の車輪の少女と直接会うことには恐れしかない。しかし虎穴に入らずんばとも言う。
それに、知り合いらしいヒフミ達と一緒にいればあんまり酷いことにはならないだろう。
そういうことで、ジュンコは補習授業部の面々とともに果樹園へと向かった。
広大なトリニティ大果樹園に到着する。一同は途中で会った庭園部の部員に尋ねて、その場所に向かうと、探し人はすぐに見つかった。距離的には少し遠かったが。
リンゴの木々の間、運転席の屋根がぶった切られた背の低い軽トラが止められ、周囲を収穫ドローンが飛び交いながら荷台のケースにリンゴをポンポンと載せていく。
そのすぐ側の木陰で、金髪の小さな人影が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
あの恐ろしい姿と同一人物とは思えない……いやまあそういうのはキヴォトスには珍しくないけれど。
平和な様子だが、近くには銃と……なぜか変な鳥のマスコットのカバーがかかった、あの車輪らしき棒もある。
「ええっと、どうしましょうか。気持ちよさそうにお昼寝してますね……」
「しばらくピクニックしながら待ちますか? この様子なら、ダメということもないでしょうし」
どうしたものかと話し合うヒフミとハナコをよそに、コハルはワカナのそばに膝をつくと、容赦なく鼻をつまんだ。
「ふごっ!? な、なんじゃあ!? 敵襲っ!?」
急に息が苦しくなって飛び起きれば、そこにはなぜかコハたんに、補習授業部の人々。先生までいる。
時期的にはまだまだ夏真っ盛りだが、普段よりやや涼しく風も気持ち良い、秋を先取りしたような日だった。
収穫作業の途中、ちょこっとだけお昼寝タイムと洒落込んだ所、結構ガッツリ寝てしまったらしい。体の節々が少し痛い。
「え? え? なに、なんでいるの?」
俺を起こした下手人らしいコハたんは、なぜかツンとした態度。マジでなんでこんなとこにいるんだろう。
ついにテスト受かって補習授業部解散記念で遊びにとか? それにしては少し、雰囲気が暗いか。
「あはは……えっと、少し息抜きといいますか。ピクニックをさせてもらおうと思いまして。ここなら近いですし、自然もいっぱいありますし」
ふむ、まあずーっと合宿所に缶詰で勉強漬けじゃ息も詰まるだろうしな。
普通の人相手なら農園は遊び場じゃないわ帰れ、をオブラートに包んで言うところだが、ヒフミちゃんに頼まれて断るという選択肢は俺にはない。
「あと、かしこくなれる伝説のリンゴがあるって聞いたんだけど」
「コハル、だからリンゴで賢くなることはない」
「いいの! 神頼みだってなんだってしたい気分なんだから!」
ははあ、なるほど。どうやらあんまり上手くいっていないらしい。うーん、どうしたものかな。
古樹林のリンゴは、卸の業者との昔からの契約のアレコレで扱いがちょっと厳しい。普通のリンゴ渡してお帰りいただくというのも手だろうが。
目元がほんのり赤いコハたんを見て、まあいいかと思い直す。ささやかながら、応援の気持ちということで。
「おっけー、ちょっと待っててね」
「えっ、そんな簡単にくれるものなの?」
おや、よく見ればなんか知らない人がいる。百鬼夜行の制服だ。デッカイ帽子の下にはよくみればぶっとい角が。なんか嫌な感じ。鬼とかそういうの?
でもヒフミちゃんの友達とかかもしれんし……嫌な顔をするわけにもいかんな。
「あ、ええと……彼女は先日お世話になった人で。彼女も伝説のリンゴを求めてやってきたとか。どうでしょう、やっぱり難しいでしょうか」
「……いや、ほんとはダメなんだけどね。ヒフミちゃんは特別。だから秘密ね?」
シーッと指を口に当てる。古くから受け継がれてきた大事なリンゴ、なのだが、仲間内でちょびっとつまみ食いなんてのは普通にあることだ。
それに……まあ食べてみてのお楽しみだな。
ということで軽トラを走らせて、古樹林に向かう。時期的に少し早いので、大半は未だ青い。ひょいひょい木を登って、てっぺん近くの赤くなった実をいくつかもいできた。
ついでに部室に寄って、ハンドルくるくる回すと皮剥けるやつと*7、ガッと押し付けると芯とって8っつに切り分けるカッター*8も持ってくる。リンゴ用の便利グッズたちだ。
「へいおまちー」
「おぉ、これが……」
「ごめんなさい、ワカナちゃん。無理を言ってしまって……」
「なぁに。まあともかく食べて食べて」
角の人は伝説のリンゴに興味津々のようだ。他の子達もリンゴ剥き器を面白そうに見ている。一般家庭だとそんなに出番のない代物と言うか、果物ナイフあればええやろって話だからなあ。
ということでぐるぐるして剥いて、ガッとやって切り分け、一切れずつ渡していく。
「さあ、コハたんそれ食って賢くなって頑張れよ」
「一言余計! ……いただきます」
みんなで一斉にしゃくりとかじる。瞬間、顔色が変わった。
「「「すっっっぱい!!!」」」
そうなのだ。伝説のリンゴ、実はめちゃくちゃ酸っぱいのである。
「わはは。まあ、めちゃめちゃ古い木で、品種改良とか全然されてなくて、そもそもジャムとかパイにして食べる向けの品種で、って感じでさ。ナマで食べるもんじゃないんだよね」
一つ賢くなったなとコハたんに笑いかければ、ぐいぐいほっぺた抓られた。うむ、ちょっと元気になったか。
基本無表情のアズサちゃんも口をへの字にしているし、ヒフミちゃんも苦笑い。うんうん、俺も去年部長に食わされて同じような顔してたぜ。
「生でこれ食わせるいたずらは庭園部の伝統で、その後これを調理したお菓子を食べさせるのも伝統、なんだけど……流石に準備がないからお口直しはこっちで勘弁してね」
次はドローンでとってた普通のリンゴを剥いて分ける。めっちゃ甘くて美味しいやつだ。今度はみんな眉尻を下げていた。
「それで、伝説のリンゴのお菓子食べさせる店もあるから、住所とか渡しとくよ。2~3週間したら本格的に納品だから、できれば行って食べて宣伝してくれるといいかな」
「えっ、普通に食べれる店あるの?」
角の人がめっちゃ驚いた顔をしている。そりゃあるさ、毎年でかい木からそこそこの量とれるわけだから。
ケーキ屋さんとかお菓子屋さんだが、こちらもめっちゃ昔から取引のある所である。老舗過ぎて知る人ぞ知る隠れた名店みたいなのしかないが。
「なんかこだわりラーメン屋のガンコ親父みたいなおじいちゃんパティシエばっかだから、ネットで宣伝とか全くしてないし、立地もあんま良くないしで流行ってないんだよね……」
メモを渡すと角の人はスマホで調べ始めるが苦い顔。全然情報が出ないのだろう。
おじいちゃんわんこにゃんこパティシエ達だが、古くから付き合いのある所……それこそティーパーティーのお偉いさんとかからの受注生産だけでやってけるみたいで、拡大とかする気はないようなのだ。
「情報が出ないわけね……ありがとう。ええっと、お土産にいくつかもらって帰ってもいいかしら」
「うん。そっちはSNSとかにはあげないでね」
「もちろん」
角の人にリンゴを渡すと、先生やみんなに挨拶して帰っていった。補習授業部の人々はこのままピクニックに突入する模様。
木陰にレジャーシート敷いてサンドイッチ食べたり、広いとこでバドミントンしたり。
俺&ヒフミちゃんVSアズサちゃん&ハナコさんでバトルしたが、なんかみんな普通に運動神経いいな。スペック的には一番のはずだがいまいち勝ちきれない。
あと対面がばるんばるんしてて青少年のなんかに悪いし、それをパシャパシャ撮ってる先生はマジで大丈夫なのかとか。
いやハナコさんのデッカいモノだけ撮ってるわけじゃないけどさ。
ひとしきり遊んで食べて一休み。今はアズサちゃんVSハナコさんを眺めつつレジャーシートでダラダラ。
アズサちゃんはすばしっこくてめっちゃ動けるタイプで、ハナコさんは普通に運動神経よくてなおかつ技巧派タイプ。一進一退の攻防だ。
そしてコハたん。色々美味いもん食べてちょっとは持ち直したようだが、やっぱりいまいち元気がない。
まー夏休み中ずっと勉強しっぱなしで、しかも上手くいってないってんなら凹むわなあ。ヒフミちゃんがあれこれ世話を焼いているが、手応えは薄め。
「えっとさあ、コハたん?」
「なによ」
じろっと睨まれる。自分が大変な時にのんきにねむねむしてたやつだしな俺……。とはいえ言う事は言っておこう。
「俺もさ、去年わりと成績ズタボロだったけどさ。ヒフミちゃんに見てもらって、今かなり良くなってっから。ヒフミちゃんについてけば大丈夫だよ、マジで」
コハたんの学力もなんも知らない、なんの根拠もない適当な大丈夫。でも、不機嫌そうな顔をしていたコハたんは目を瞬かせ、少し笑った。
「知ってるわよ、それくらい。私だってすっごく成績良くなったもん。あともうちょっと、頑張るだけだもん」
「こ、コハルちゃん……!」
ヒフミちゃんは感極まったようにコハたんの腕を抱きしめ、コハたんは恥ずかしそうに押しのける。うんうん、これは良いものだ。
さっきまでアズハナバトルを撮ってた先生が、いつのまにか木陰からひっそりとこちらを連写している。
「ふふふ、それにコハたん、頭が良くなる伝説のリンゴも食ったしな。絶対大丈夫さ」
「それはもういいから! とにかく、ヒフミ! あともう一週間頑張るから。絶対次のテスト受かるわよ!」
むんと拳を握って気合を入れるコハたんに、ヒフミちゃんは目を潤ませてまた抱きしめる。なぜか俺もまとめて。
レジャーシートに倒れ込み身動きできない。
「はい! 頑張りましょうコハルちゃん! それにワカナちゃんも色々ありがとうございます! テスト終わったらきっと一緒に遊びに行きましょう!」
「おわぁ! ……そ、そうね。例のおじいちゃんパティシエの店みんなで行こ。めっちゃ美味いからさ」
バドミントンを中断したアズサちゃんとハナコさんも集まってくる。なぜかアズサちゃんはピトッとJK団子の横についたし、ハナコさんはそんなアズサちゃんの横に座り、飲み物を準備している。
ちらっと視界の隅に見えた先生は、実にご満悦顔だった。
後日。なんか、ゲヘナ学園給食部名義で謎に豪華なお中元お菓子セットが来た。これ絶対マフィアが殺す前に贈り物送るやつだろ……。
まあ、普通にめっちゃ美味くて毒も入ってなかったので、返礼にリンゴセットを送り返しておいた。
水着ウイのつまみボイスがパワーアップした変な声で草。
だいぶ雑然としてしまいましたが伝説のリンゴの正体回。
初期構想では美食が温泉・便利屋・ヘルメット・スケバン全部集めて突撃して大混乱、最後の最後でジュンコが爆破されてぶっ飛んでリンゴかっさらって逃げて食べてみたら酸っぱ!みたいな終始Unwelcome School流れてる展開を考えてたんですが思えばこれ実質戦争だな?
それは流石にマズイなということでだいぶマイルドになりました。特に意味のない横乳とコハたんの涙に捧ぐ伝説のリンゴ。
そして裏で佳境を迎える補習授業部とぽやぽやお昼寝してるワカナちゃんでした。
あと横乳のAA(| |:| |)が上手く表示できないのでここに置いときます。