トリニティ総合学園庭園部へようこそ! 作:一生ホームアローンマン
特に何事もなく、平和な夏休みが続いている。こそこそ作戦リンゴ泥棒はまあまあ来てたが、そんなもん。
例のイカレ連中の大規模襲撃がいつ来るかいつ来るかとそわそわしていたが、本当に何事もない。
例のお中元は別に犯行予告とかではなかったんだろうか。まだ収穫期が完全に終わったわけではないので油断は禁物だが……。
今日は月のない静かな夜だ。周りに街明かりのない郊外の果樹園だから、星空とキヴォトス特有の謎の輪っか*1がよく見える。熱帯夜の時期もぼちぼち終わり、気持ちの良い夜風が吹いていた。
果樹園真ん中からやや自治領境界より、どこから敵が来ても救援に行ける位置でキャンプを張っている。
倉庫に放り込んであった年代物のケトルをトライポッドにぶら下げて、キラキラ焚き火でお湯を沸かす。マグカップにココアを淹れ、コーヒーフレッシュもたっぷり入れて、ふーふーしつつ飲む。
草むらに潜む虫の声だけが、リンリンと響いている。平和で、何事もない。しかし酷く胸騒ぎがする。なんなのだろうか。
これは別に第六感がどうたらというわけではなく、なぜか突然トリニティ全域に戒厳令が敷かれるとかいう意味不明な事態が起きているからだ。
夜間外出禁止に、正義実現委員会による厳重警備。普段この辺の見回りしてる人たちすらその警備に当たるとかで今は居ない。
だからこそこうしてシフトずらしてキャンプ張ってるわけだが……。
俺と同じく郊外の寮住みの部員にも出てもらって、周辺警戒中。なにかあればすぐに俺に連絡が来る手はず。
本来俺らも普通に外出禁止だが、こんな郊外だしな。正実の警備は本校舎付近に集中してるから咎める者もいない。
ゲヘッパリどもがトリニティの事情に斟酌するはずないし、それに理由不明の戒厳令はそれこそ奴らが攻めてくるのではという気もする。
今夜警戒しないわけにはいかないだろう。
何事もなければそれが一番なのだが……。マグカップにお湯を足し、底に溶け残っていた粉の塊をティースプーンでぐるぐるぐるぐる念入りにかき回して溶かす。
まだ溶けておらず舌の上に直撃。苦い。
うへぇと舌を出していると、虫の声が止み、にわかに周囲が騒がしくなる。周囲、というか本校舎の方向。
しかし、近い。本校舎と果樹園の間。その辺はマジで特になんも無いはずなのだが。使ってない建物ばかり……今は補習授業部が使ってるとこもあるか。
……まさかな。補習授業部が、なぜ夜間に戦闘? コハたんが寝ぼけて手榴弾暴発させたとか? 鈍い爆発音と遠い銃声がパラパラと続く。
補習授業部、勉強するための部活だろ。なんの変哲もない。そして郊外の、なにもない場所。そこでなぜ?
胸騒ぎ。きっと取り越し苦労だろう。だって理由がない。ヒフミちゃんをどうこうして一体誰がなんの得をするというのか。
この間のマリーちゃんみたいに、訪問者がアズサちゃんのトラップにひっかかっただけかもしれない。
っていうかそれが一番ありえる可能性。こんな夜中にってのがアレだが……。深夜徘徊系不審者か?
……遠い銃声は止まない。
どうにも本格的な戦闘が始まっているのは間違いないようだ。
「ああ、もう!」
無線で後方の様子を見てきたいと言えば、気をつけてねと笑って送り出される。
これがなにかの陽動で、俺が抜けた瞬間なんかヤバいのが突撃してくる可能性もある。果樹園を、庭園部を守るためにここに居るのだから、動くべきではない。
でも、居ても立ってもいられなかった。何事もなければそれでいい。でも、そうでなかったら。
俺は移動用の原付に跨ってアクセル全開で走り出した。
ついてみれば案の定、ヒフミちゃんたちが合宿をしているはずの建物で明らかに戦闘が起きていた。
周辺には壊れたバリケードや、爆発の跡。今も銃声が続いている。体育館の方か?
茂みに原付を投げ捨てて、ダッシュで戦闘音のする方へ突撃する。
入り口どこだ! ああ、もう! めんどくせえ!
丸ノコくん背中から外して装備、ぎゅんぎゅん回す。全力で叩きつければ、炎と回転が校舎の壁を豆腐のように切り裂き、それとともに突っ込んで、壁を粉々に破壊しながらダイナミックエントリー!
「ヒフミちゃんっ! 助けに来た……───えっ?」
「あちゃー……ここで君が来ちゃうかぁ」
体育館の中、補習授業部の面々と先生。それに対峙する大量の怪しいガスマスク集団。
そして、その中心で場の雰囲気に全くそぐわない朗らかな笑顔を浮かべる昏い星。
「ようこそ、ワカナちゃん。悪いところに来たね☆」
聖園ミカがそこにいた。
え、ま、まさか……ミカ様が過激派反モモフレ団団長……ってコト!?
ミカ様が、ヒフミちゃんと敵対している。明らかにそういう状況で、だからこそまるで意味がわからない。
なんで? なんで? なんで???
反モモフレ組織がー……なんて、そんなジョーダン間違っても言っていい空気ではなかった。
みんながみんな、シリアスで、そんな中俺はなんにも分からずアホみたいに固まっていた。
「困ってるねー、ワカナちゃん。実は私も結構困ってるんだけど……先生たちには今色々お話したとこだから二回目ってのもなんだし、簡単に言うね? 補習授業部はナギちゃん、桐藤ナギサを誘拐した。今はその奪還作戦中なんだ☆ だから邪魔しないでほしいなあ」
「ち、違います! いえ、誘拐は事実なんですけど! 事情があって!」
事実なの!? どうしてそうなった!? なんでそう妙な方向に思い切りがいいんだヒフミちゃん!
「聖園ミカさんは現在クーデターのために桐藤ナギサさんを狙っています。できればこちらに加勢していただきたいのですが……」
「あはは……はぁ。ま、そういうこと。どうする? ワカナちゃん。選べなければ、黙って見ててくれるだけでいいんだけど」
ハナコさん、浦和ハナコの説明で、なんとなく状況は把握した。そして、それでも動けない。
アホみたいな痴女の面影ゼロの、厳しい目をしたハナコさんは疑念とともに俺を見る。まあ、状況証拠揃ってるからね。ここで迷わずヒフミちゃんに味方できないのは、そういうことだ。
「やはりそちら側、ということですね。可能性は考えていましたが……」
「え、え? どういうこと、ですか? ……ワカナちゃん?」
「……ごめぇん」
蚊の鳴くような声で謝る俺に、嘘でしょう、という顔をしてこちらを見るヒフミちゃん。気まずくて目をそらす。
恩義があるのだ。ミカ様のお陰で、今年の一年たちには嫌な思いをさせずに済んだ。それがどれだけ喜ばしいことか、伝えるのは少し難しい。
そして、キラキラ輝いてたミカ様に憧れた、あの気持ちもずっと胸に残っている。
先生とコハたんはキレてるし、アズサちゃんはよく分からないが、ハナコさんはだいぶ難しい顔をしている。そしてヒフミちゃんは、かなり絶望的な顔をしている。
補習授業部につくことはできない。だが、しかし、でも……ヒフミちゃんを裏切ることだってできやしない。そんな顔されたらなおさらに。
どれだけ一緒に過ごしただろう。大好きだし、ヒフミちゃんを傷つけようとするやつがいるのなら、全力でブッコロしにかかるぞ俺は。
それくらい好きな相手と敵対する? いやいやいや無理無理無理。
相反する命令に脳が、体が硬直する。悪いことにダイナミックエントリーで、ちょうど2つの勢力の間に立っている。超邪魔な俺。
どうすればいいのだろう。いったい、どうすれば。
「ほら、ワカナちゃん、ほんとに脇にどいててくれるだけでいいからさ……」
「あ、あの! ミカ様? なんつーか、その……あれ! ゲヘナの連中がなんかやらかしたら、それに合わせて旗上げるって話じゃなかったんすか? 俺は、てっきり、そういうもんかと……」
秘技、話をそらして時間を稼げばなんとかならないかなあ作戦!
……いやマジでどうしていいかわかんないもんよ。それに、そのうちやるとは思ってたけどもうちょっと先だと思ってた。なんで今日急に? というのはマジである。
しかもよりによってヒフミちゃんたちと戦闘中ってほんとにほんとに意味分かんないもん! 聞いてねえよ!
俺の言葉に、ミカ様はダメだこいつと言わんばかりに大きなため息。凹むわぁ……。
「……ま、いいか、もう。前に君に話したことも嘘ではないんだけどね。前提として……そうだね、簡単に言えば、セイアちゃんが死んじゃったから。それで色々どうにもならなくなっちゃったんだよねえ。だから悠長なことやってる暇はないし、行くとこまで行くしかないんだ。わかるかな? わかんなくてもいいけど」
「……は? 死んだ?」
死んだってなんだ? 死んだって、死んだってこと?
あまりにも唐突に、こんなアホみたいな世界で、人の死というファンタジーみたいなものが差し込まれる。
……冗談では、ないらしい。そんな空気。
「な、なんで……?」
「私が命令して、そこのアズサちゃんが攻撃した。そしたらうっかり死んじゃったんだって。びっくりだよね。そんなことある? って感じ。セイアちゃんが病弱だっていうのは知ってたけどさ、普段あんなに嫌になるほど元気にぺらぺら長話してたのにさ。……ねえ、ワカナちゃん。分かるでしょ? 学生のお遊びじゃ済ませられない話だったんだよ、最初から。だからさ、どいて?」
夜闇の中小さな非常灯だけが照らす、血の気の引いた顔で微笑むミカ様は、ゾッとするほどに綺麗だった。
だからこそ、動けない。
「ワカナちゃん? 私、“ヒフミちゃんには”そんなに酷いことする気ないよ? ちょっと痛い目にあってもらって、しばらく牢屋に入ってもらうだけ。それだけだからさ……」
その言葉を聞いて、必死な顔のヒフミちゃんが前に出る。……青白い顔をしたアズサちゃんをかばうように。
百合園セイアを殺した白洲アズサ。誰も、本人すら否定することもない。
あの楽しそうな勉強合宿の裏で、一体何があったわけ?
でも、でも、そんなことはどうでもいい。ヒフミちゃんはアズサちゃんを守る気で、ミカ様はアズサちゃんをどうにかする気。
結局、動けないじゃないか。俺に、ヒフミちゃんが悲しむようなことできると思うのか。
「ミカ様、そのさ……」
「もういい。時間の無駄だ。聖園ミカ、そいつごとやってしまえばいいだろう」
ガスマスクの偉そうなのが一人、前に出て腕を振る。ガスマスク集団がザッと一斉に動き、俺に銃を向け撃ちまくる。
「あっ、バカ……!」
「あぁん?」
カンカンと、全身に当たる。背後のヒフミちゃんたちに当てる訳にはいかないから、翼を広げる。痛くも痒くもない。
丸ノコくんを回す。板挟みで死にそうな俺のストレスに呼応するように、これまでになく激しく唸り、炎が渦巻く。
一振り。体育館全体が激しい炎に包まれる。
無事なのは補習授業の面々、先生、そしてミカ様だけ。うじゃうじゃいたガスマスクどもは大炎上して次々ぶっ倒れる。
いやあスッキリした。
「はぁ~~~~~、なんだよ、こいつら。なにそのガスマスク。ふざけてんの? バカにしてんのか? 黒焦げにすんぞ? あ?」
もうしているが。ガスマスク集団は全員地に伏せてブスブス煙を上げている。
ミカ様とヒフミちゃんに挟まれたらなんもできないけど、クッソどうでもいいよくわからん変な奴らをぶん殴ることにためらいはないのだ。
状況は正直何も変わってないのだが、八つ当たりして気分爽快だな。ああ、うん、そうだな。なんかわかってきた気がするわ。
「まあ、こうなるよねえ。仕方ないよね。お友達と、取引相手じゃ、そりゃ釣り合わないよね。どいつもこいつも……はぁ」
「あのさ、ミカ様、こいつらなんすか?」
丸ノコくんで焦げ山を指す。
「アリウス分校。ゲヘナを憎む、味方だよ。そして君は敵に回るわけだ。そういうことでいいんだよね、ワカナちゃん?」
おお、と後ろでヒフミちゃんとコハたんの喜ぶ気配がする。すまんがそういうわけではない。
首を振ると、ミカ様は訝しげな顔。
「ミカ様、こんなザコっぱ百万人いたってものの役に立たねっすよ。俺一人でいいでしょ」
「はぁ!? ちょっとワカナ!?」
ついにコハたんにツッコミ入れられるが無視。
ミカ様を敵に回すこともできなければ、ヒフミちゃんに殴りかかるわけにもいかない。
ならば第三の選択肢を選ぼう。主人公っぽくていいかもじゃんね。
「私の味方になってくれる、ってこと?」
「はい」
ちょっと安心したように微笑むミカ様。すまんな。味方になるとは言ったがヒフミちゃんと戦うわけがない。
「俺と二人でゲヘナを滅ぼしにいきましょう」
「は?」
みんなの心が、今一つに! そんな風を感じる「は?」だったが無視。
言っとくが俺はマジだぜ。
「俺と二人でゲヘナを燃やそう。全て滅ぼして、キヴォトス最強とかいう風紀委員長だかの頭カチ割って、万魔殿議長のクソみてェな旗*2を焼いて、議長の、羽沼マコトだっけ? そいつの首もとってセイア様の墓に供えよう。ね? 名案でしょ!」
「な、なんでそうなるの? バカなこと言わないで!」
バカなこと? そうだろうか。俺はなんだか一歩も動けない状況から解放されて心晴れやかだ。怖い笑顔から、可愛い困惑顔に変わったミカ様の方に一歩進む。
「俺さ、ヒフミちゃんのことが好き」
えっ、と驚き照れるような声が背中からする。
「セリナちゃんも。綺麗で優しくて、いつも正しい。大好きで……だからこそ、嫌いだ。俺はそうなれないから」
正しくて綺麗な人ばかりがいて、ここは優しい世界だった。
でも、なら俺は? 優しい人の真似事くらいはできたとして、その本質は。それこそゲヘナの連中の方が近いくらいなんじゃないか?
「ムカつくやつはぶん殴りたいし、嫌なことされたら仕返ししたいよ。俺は正しくなれない。だからミカ様、真っ直ぐで、間違ってるあなたが好きだ。一緒に行こう? わかりやすくやろうよ。ナギちゃん様のことは、ヒフミちゃんに任せとけば大丈夫。そんで全部燃やせば、きっとスッキリするさ」
手を差し伸べる。ミカ様の目は少しだけ揺れていた。だってそうだもんね。百合園セイアが死んだ。きっと、なんだかんだで仲良しだったんだろう。その人が死んだ。
エデン条約を邪魔する……ミカ様がナギちゃん様を守るために。そりゃあどうにもならないよ。
あとはもう、ナギちゃん様の害になりそうなもんを全て滅ぼすまで止まらないモンスターになるしかない。
ヒフミちゃんたちを倒し、ナギちゃん様を安全なとこに閉じ込めて、所構わず大暴れ。それがミカ様の考えてることであろう。
でもそれじゃあ困るので、俺も一緒に行くから、とりあえずゲヘナを滅ぼそう。そしたらちっとはスッキリして、気持ちも落ち着くんじゃないか? 人の死には弔いが必要で、そのためには火を焚かなければ。盛大に。
そんでとにかく俺の友達だけは勘弁してくれ。それが正直な気持ちだった。
……しかし、返ってきたのは銃弾だった。
「もう、いい。全員まとめて叩き潰してあげる」
「……そっすか」
一緒に行こうと、そう言ってはくれないらしい。……そもそも、今日のこれの時点で俺ハブだったもんね。
ミカ様にとっちゃ、ちょっと粉かけといた使えそうな駒。そんなもんなんだろう、俺なんて。
俺にとってのミカ様と違って、ミカ様にとっての俺は全部投げ捨てて一緒に行くような相手じゃないわけだ。
なんか泣きたくなってきた。まあそりゃ、そうだよね。わかってたけどさ。
でも、わりと一世一代の告白というか、かなり本気の
「じゃあもういいよ。俺一人で全部焼く。あんたを焼いてゲヘナも滅ぼす」
「できもしないこと、言わないで……!」
「できるさ」
ずっとずっとお腹の底に溜まっていた嫌なものが燃えている。俺は、ダメで、悪いもの。
クーデターのお誘いは、キラキラしたミカ様も俺と同じような悪いものを持ってるんだって、ちょっと嬉しくて、わくわくすらしたのに。
でもやっぱり違うんだ。キラキラしたものに同じようなくすみを見つけたところで、自分のとこまで降りてきたなんて、そんなわけない。一緒にはいられない。
じゃあ、しょうがないよね。
これまでになく、丸ノコくんが手に吸い付くように感じる。銃も取り出し、構える。
「去年のあんたはもっとずっとキラキラしてた。最近ちゃんとメシ食ってる? ろくに寝てないんじゃねえの?」
「黙って……!」
流星が走るのに合わせ、丸ノコくんをぶん回す。眼前で銃弾と高速回転するノコギリ刃が激突し、ギャリギャリと鍔迫り合い。なんでそうなる?
意味わかんなすぎて笑えてくるが、そうだ、もっともっとキラキラしてた!
振り切り、弾く。
斜め前で天の川が回るような宇宙的大爆発。強風に煽られバタバタと翼がなびく。ほら、効かない。こんなんじゃ俺は止まらない。
「舐めんじゃねえよ。本気出せよ。邪魔なら力づくでどけてみろよ、嘘つき女」
「君、ほんっとめんどくさい……!」
そうとも。勝手に理想を押し付けて勝手に失望するタイプの厄介ファンだぜ、俺は。
お互いスッキリするまで、全力で、派手にやろう。
「よ、よくわかんないけど、結局ワカナはこっちの味方なのね!? 援護するわよ!」
「ちげえよ! ひっこんでろ、コハたん! 俺のケンカだ!!!」
周囲に炎を撒き散らし、補習授業部の面々を下がらせる。
たぶん彼女らからしたら俺の方が突然突っ込んできた部外者なのだろうが、仕方ない。ごめんね。
別に勝ちたいわけじゃないんだ。俺を選んでくれなかったこの女に、その不満をぶつけたいだけなんだ。
「ワカナちゃん!?」
「ヒフミちゃん、下がりましょう」
「で、でも……!」
「勝ったほうが、私たちの敵になるだけだ」
ゴジラかなんかか? 俺は。別にヒフミちゃんたちと戦う気は……いや、ゲヘナ炎上発言本気にされてるのか? 7割くらい本気だけども。
……間違ってないかもな、アズサちゃん。なんかもう情緒がわけわからんもん。
アズサちゃんとハナコさんに引っ張られ、後方に下がっていくヒフミちゃんが視界の端にちらっと見える。
コハたんもキーキー俺を罵倒しながら、どうにか俺らを止めようと叫ぶ先生を引っ張って一緒に逃げていく。
よし、やろうか。
「……ほんと、誤算ばっかりでヤになっちゃう。でもさ、確かにあんまり体調良くないけどさ。別にそれで弱くなったわけじゃないよ? ……本気で、潰してあげる」
「こいよ」
敵を見る目が俺に刺さる。そうだ、俺を見てくれ!
適度な距離を保ちつつの射撃戦。
あちらはサブマシンガン、こちらはショットガン。どちらも近距離戦を得意とする銃種……だが、あんまり距離を詰めると必殺ショットの宇宙爆発とか謎の隕石落下アタックとかの対応が不可能になる。
自分で何いってんだかよくわからなくなるが、事実ミカ様の必殺ショットはグルグルキラキラしたあとドカーンって宇宙爆発するし、なんかたまに虚空から隕石落ちてくる*3んだから仕方ない。
そういうものなのだろう。
ミカ様としてもこの丸ノコくんで直接ぶん殴られるのは避けたい様子。距離を詰めすぎることはない。
結果として程よい距離での応酬が続く。
宇宙と隕石は丸ノコくんで弾く。隙を見せないために炎の散布は小刻みに。
ザコ系みたいにわかりやすく焦げもしないし、顔色一つ変わらない。効いてるんだか効いてないんだかわからないが、ツルギ先輩と同じくポーカーフェイスで我慢してると信じておこう。
通常射撃はクソほど痛い。なんか普通と違って、全ての弾が体の芯に響くような高威力。だが、射撃技術自体はさほど高くないようだ。
わりと雑だから、それなりには回避できる。羽防御もまあまあ有効。基本に忠実に、避けて、防いで、バイタルパートの被弾を減らす。
ただそれはあちらも同じで、回避技術が高い……というかシンプルに動体視力と反射神経が良いのだろうか。
一瞬の判断で的確に散弾の被害を最小限に抑えるような動きをしている。
うーん、バケモノ。
通常射撃でこちらが削りきられるか、炎であちらの体力が尽きるか、あるいは俺が集中切らして超新星爆死するか隕石に潰されるか。
撃つ、撃つ、防ぐ。丸ノコで隕石砕き、ついでに炎をバラ撒いて、必殺の宇宙爆発ショットをホームラン。
何度も、何度も、繰り返す。二人手を取り踊るように。痛みで手足の感覚が消え、しかし余計なものを削ぎ落として体が軽くなるような心地。
今ならきっとバサバサ羽ばたいて、夜空の果てまで飛んでいけそうだ。
ヤバテロリストどもとの激戦に備えて、弾薬はたっぷり持ってる。ミカ様も定期的に燃え残りガスマスクの弾薬をサッと漁ってるから弾切れはなさそう。いつまででも続けられそうだ。
ああ、だいぶ楽しくなってきた。俺はもう一晩中でも戦っていたいくらいの気持ちなので余裕があるが、あちらはさっさと決めたいようだ。
ちょっとイラついた顔で、俺を睨む。俺を、俺だけを見ている。なんか嬉しい。遠い遠い高いところにいたはずの人が、手も触れられるほどにすぐそばに降りてきている。
単なる錯覚に過ぎないとしても、その感覚に浸るのは幸福だった。
銃撃の応酬が続く。
どれだけ時間が経っただろう。夜が明けるほどに粘ったような気もするし、ほんの瞬きするほどの間に過ぎないようにも思う。
銃撃食らい過ぎて手足どころか全身ふわふわする。
反射に導かれるように必殺ショットを弾く。ギャリギャリと凄まじい音を立てて拮抗し、丸ノコくんが激しい火花をあげる。
耳もなんかおかしくなったようで、うるさいのに酷く静かに感じる。
永遠にこの一時が続くかのような錯覚。
しかし終わりは確実に訪れる。
流れ隕石や弾いた宇宙爆発で既にボコボコだった床に限界が来た。
必殺ショットを弾くための踏み込みで、体育館の複合フローリングがバキリと派手に砕けて陥没し、姿勢が崩れる。
必殺ショットを弾ききれずに、すぐ側で宇宙爆発が起こりふっとばされた。
コケたところに重ねの隕石が落ちてくる。流石にこの状態ではさばけない。
ミカ様が笑っている。これでお終いだと。
「な、めんなぁああああああッ!!!」
俺のおでこは星砕き!
立ち上がりの勢い任せにヘッドバッドで隕石を砕き、文字通り脳裏に星が散る中、どうにかこうにか体勢を立て直し……。
びっくりするほど近い。顔がいい。いい顔が近い。砕けた隕石が舞い散る隙間から、ミカ様が微笑む。
「おやすみなさい☆ 楽しかったよ、ちょっとだけね」
へ、へへ……そんならいいや。
ミカ様も本気の大暴れで少しはスッキリしたらしい。丸ノコくんも振れないほどのゼロ距離から、いい笑顔のミカ様に腹パンかまされ、俺は力尽きて倒れた。
「はぅあっ!?」
なんだか懐かしい気すらする、救護騎士団のベッドで目を覚ます。
恩と友情の板挟みで狂った結果、ノリと勢いに任せてとんでもないことをした気がするというか、ミカ様に全力で殴りかかるとかいう恩仇ムーブをしてしまった気がするのだが、夢かなんか?
夢だと言ってくれ誰か。
「おはようございます。ワカナちゃん」
「あ、セリナちゃん……」
ベッドサイドではセリナちゃんがシャリシャリとりんごを剥いていた。果物ナイフで綺麗なひとつなぎの皮。うちの子たちが見舞いにくれたそうだ。
既にカーテンの隙間から差し込む日は高く、お昼近いようだ。
「えっと……昨夜、なにがどうなったの?」
「頭を強く打って、記憶が、なんてことではありませんよね。軽いコブができてたくらいですし」
俺のおでこを撫でながら、冗談めかして言うセリナちゃんに頷く。
「では、事件前後の経過から。昨夜、アリウス分校、という第一回公会議*4の際に追放され潜伏していた一派を招き入れ、現ティーパーティーホストである桐藤ナギサ様を排除することで権力の掌握を図った聖園ミカ様は、ナギサ様を“保護”した補習授業部、及び庭園部部長と戦闘、その後救援に到着したシスターフッドにより捕縛されました。現在は拘束され、審理待ちです。ですが、かなり以前からクーデターに関しては準備を進めていたようで、証拠も揃い、取り調べも特に抵抗なくスムーズなようで……おそらく、実刑は免れないでしょう」
ええ、マジか。マジで捕まるんだ……。なにもかもが冗談みたいなこの世界で、人の生き死にだの罪だの罰だの言われるとなんか頭がくらくらする。
ていうか俺は? ガッツリ利益供与受けてクーデターに賛同してたんですけど……。結局ほとんど蚊帳の外だった上に最後台無しにしたけどさ。
とんでもねえ裏切りもんである。
マジでなんであそこでミカ様と全力バトルとかいう選択肢を選ぶんだ俺は?
ゲヘナ炎上宣言も今思えば意味不明だ。そんなんで場が収まってたまるか。ヒフミちゃんと戦えないとはいえ、ミカ様ならいいってこともなかろうに……。
「庭園部については、武器の供与は形式上企業からの正式な寄付ということなっていますし、ワカナちゃんはクーデターに参加するどころか邪魔をしていますので、特にお咎めはないようです。問題発言が多数あったようですが、補習授業部のみなさんはもとより、救援に来ていたシスターフッドの方々も聞かなかったことにする、と」
「いいの? そんなんで……」
「セイア様が、生きておられました」
は? いや、それは、色々話が変わってこないか? ミカ様あんなにガチだったのはそれがあったからでしょ? それなかったらもうちょっと説得コマンド連打してたわ。
「ミネ団長、救護騎士団団長が保護していたと。ワカナちゃんとの戦闘後、ミカ様の早期投降には負傷と体力の消耗以外にそれもあったようです」
「え、えぇ~……」
身内の犯行! いや良いことなんだろうけどさあ。セリナちゃんも苦笑いだ。そういや団長さんずっと行方不明だったもんね……。
「ええ、少し恨む気持ちもありますが……誰が本当の敵か味方か分からない状況では最善の判断だったと、そう思います」
セリナちゃんは窓際に歩いていくとそっとカーテンを開き、窓を開ける。そよそよと気持ちのいい風が吹き込んでくる。
「ワカナちゃんはあまり知らないかもしれませんが、今回の件は多くの人・組織の相互不信、秘密主義、孤立主義……トリニティ上層部の宿痾とも呼ぶべき性質が招いたこと、そういうふうに言うこともできます。だからこそ、変わっていくために、犯人探しというよりは新体制の構築を優先する。そういった形でみなさん動いているようです。……ミカ様は、その流れを拒否してしっかり罪を被るおつもりのようですが」
「な、なんでぇ……?」
「さて、それは分かりません。ただ、ワカナちゃん。ついていくなんて言っちゃダメですよ。遠くから眺めているだけ、あなたは以前そういったはずです」
起き上がり前のめりになっていた俺は、鼻をツンと突かれてベッドに逆戻り。ついでに剥き終わっていたリンゴが口に差し込まれる。む、んまい。
まあ、ついて行きたい気持ちが無いとは言わない。だって裏切り野郎だもん。申し訳無さ過ぎる……。
「ねえワカナちゃん。私のこと、嫌いなんですってね?」
「うぇぁ!? むぐぐ……いや、その、それは、言葉の綾と言うか……」
ヒフミちゃんに聞いたんだろうか。まあ、ある種の本音ではあるのだが。好きだけど嫌い。好きだけど、だからこそ自分が嫌になって、イヤ、というか。
「ワカナちゃん、私の秘密を教えてあげます」
え、な、なんだろう。すげードキドキする。ここで楽しかったぜお前との友情ごっことか言われたら俺もう立ち直れねえよ。
「実は私、結構本気で先生のストーキングをしています」
「はぇ?」
え、なにそれは。とんでもねえことを唐突にカミングアウトされたぞ。
てかストーキング? あの人畜無害そうな顔した兄ちゃんのどこが、つーかあの先生の方がどっちかっていうとストーカーっぽいぞ? 常に撮影チャンスうかがってるし!
「おはようからお休みまでずっと見つめていたいと思っています。もちろん、お仕事もあるので常に、というのは無理ですが、できる限りは見つめています。人としてはきっと、間違っていますよね」
だからといってやめる気もありませんけれどね、なんて続けるセリナちゃん。え、えぇ。困るわ。ニコニコしながら言うことじゃねえだろそれ。いやまあ客観的に見ればヤバいけども……。
「綺麗なばかり、正しいばかりの人間なんていませんよ。私も、ヒフミちゃんもそうです。そしてワカナちゃんも、間違ってばかりなんてことはありません」
ベッドサイドに座り、寝転びながら困惑する俺をぽんぽんと撫でながら、そんな風に言う。そりゃそうだろうけどさ……。
それ言うためだけにそんな高威力なカミングアウトしなくても。どういう目で見ればいいのかわからんなるわ。
「あなたの悪い所も、良い所もたくさん知っています。だからダメですよ。自分の悪いところばかり見て、勝手に沈んでいこうとするのはワカナちゃんの悪いクセですから」
「……はぁい」
そうかな、俺は、俺のことをわりと客観的に評価してる……そう思ったけど、とんでもねえ捨て身で説得してくれた友人の言葉に逆らうだけの気持ちはなかった。
「……ところでヒフミちゃんの秘密って?」
「さて。それはご本人から聞いてください。私は先生のことを見つめている間に偶然知ってしまいましたが、なかなかのアウトローですよ、ヒフミちゃんは」
クスクス笑いながら言うセリナちゃん。
あ、アウトローってなんだ、あのヒフミちゃんが。善良を絵に描いたような女の子じゃないか。
「補習授業部は無事に最後のテストをパスして、今は皆さんお休みのようですから。そのうちに会いに行くといいでしょう」
あ、上手くいったんだ。良かった良かった。そういや最後のテストの日取り今日だったね。
昨夜あんだけのことがあってそのままテストってのもすごい話だが。
はぁ……なんか怒涛の一日だったな。一人でひたすら勝手に空回りしてただけな気もするが。
ぐぅぅと大きく間抜けな音。リンゴ食ったばっかだが足りなかったらしい。こんな時でも腹は減る。
「ふふ、それじゃあご飯にしましょうか。少し待っていてくださいね」
そう言って、セリナちゃんは病室を出ていく。ストーキング少女だということが発覚してしまったが、初対面時の異様な雰囲気はその片鱗だったのだろうか。
でも付き合いが長くなった今となっては、やっぱり綺麗で優しくて可愛くて。そんな風にしか見れない。
結局他人のペルソナなんて見たいようにしか見れないのだろう。
だからこそ、こんな妙なことになった今でもミカ様は俺にとっちゃあキラキラ綺麗なアイドルで、恩人だ。
そんな人を裏切ったのだ。せめても、なにかミカ様のためにできることはないだろうか。
自分から連座だとかそういうのは流石に無しとしても。
ベッドの上で悶々ごろごろしながら、昼食までのしばしの間を過ごした。
二次創作で主人公を活躍させる時に敵役をどうするか問題がありますが、シナリオで舐めプしてたやつに本気を出させるというのはわりと王道な気がします。
ということでVS本気ミカ回でした
まあメンタル的に不調なんで本気の本気ではないですがわりとかなりマジってくらいでしょうか。
最終的にしっかり仲良くなるために一回ガチバトルさせたいというのがありました。そんでやるならここだろうと。
このシーンでミカとタイマンでバトルするにはどうすりゃいいんだ~から、補習授業部とは距離を置き、そもそも戦闘力を準最強クラスまで鍛え、さらにヒフミちゃんと仲良くしてミカに恩義を持たせた上でサンドして情緒ぶっ壊して~と色々逆算の末にたどりついたアップルパイぶちこむための中間ポイントって感じですね。
結局負けてるんですがミカにヘッドバッドかまして昏倒させるのと腹パン食らって昏倒するのだったらまあ腹パンであろうということで。
セリナちゃんの下りは、彼女がどんな特殊能力持ってるのか謎ですが、ストーカーなのは間違いないのでこんな感じに。
ヒフミちゃんセリナちゃんとの関係は、仲良し同士のディスコミュニケーション、忙しくなって話せない・好きでも言わなきゃわかんないよみたいなのもエデン条約編のテーマな気がするので入れてみました。
今回更新はここまでで、次回は3章~、4章もまとめて一気に?って感じです。ヒフミさんのブルアカ宣言とか大好きですが、あの辺にワカナちゃんが絡む余地はあんまないのでワカナちゃんが出るとこだけですっ飛ばすと案外さらっと最後の方まで進むかも。
アリウスとの因縁も今話で焼いたくらいなんであんまり絡む余地がないですし……。
いやまあ最後の流れだけ決まっててそこに至る道筋がやっぱわかんねえって感じなので書きつつ考えます。ちょっと時間かかるかも。
でも一山越えた感はありますので、どうにか最後まで進めていきたいと思います。
次回はヒフミさんに土下座したりミカに面会してどの面下げてきたんだ裏切り者~言われたりする感じになるかと思われますが、またしばらくお待ち下さい。
最後に感想評価ここすき誤字報告等、思いの外たくさんいただいて本当に嬉しいです。ありがとうございます。
リアクションあると違うんだマジで。今後ともよろしくお願いします。