トリニティ総合学園庭園部へようこそ! 作:一生ホームアローンマン
「では姫、留守は頼んだ」
翌日、アリウススクワッドの面々は作戦準備のために拠点の廃墟を出ていく。残るのはアツコだけだ。任せろ、とハンドサインを出せば、頷いてさっさと立ち去るサオリとミサキ。
何度も振り返りながらパタパタと手を振るヒヨリに、ワカナと二人手を振り返して見送った。
「行っちゃった」
ふわりふわりと熱に浮かされたような頭に、締め付けるような寂しさが去来する。特に親しくもないはずの、会ったばかりのほとんど知らない人たち。
でも、置いていかれると、そう思ったことが引き金なのだろうか。じわりと目元が熱く滲む。
我慢しなければ。我慢? なんでだっけ。心に訪れる何もかもが大きすぎて、まるで抑えが効かない。わんわんと泣きわめく俺を、仮面の少女がそっと抱き寄せ、何度も頭を撫でる。
姫ちゃんと呼ばれる、知らない子。でも、黒く冷たい怪しい仮面の下に、可愛らしい素顔がある優しい子だと知っている。寂しい廃墟に連れてこられて、同じように泣いてしまって、同じように慰められたから。
隅っこの方で一緒に座り込み、少し落ち着いたところを見計らって、画面がひび割れたスマホが差し出される。
インフラボロボロの廃墟に電波はあまり来ていないようで、アンテナは立っていない。それでもホワイトボードの代わりくらいにはなるようだ。
『遊ぼう。なにをする?』
「うん。えっとね、えっとね……」
何をするのが良いだろうか。こんな薄暗い所にいるのだから、せめて気持ちくらいは明るくしなくちゃいけない。
喋れない……喋ってはいけないらしいこの子も楽しめるような、二人でできる遊びはなんだろうか。わからないときは人に聞くのが良いだろう。
「姫ちゃんは、なにが好き?」
『私? 私が好きなことは』
ぱたり、と首を傾げて固まってしまう姫ちゃん。沈黙が続く。なんだか困っているような気配も感じる。
「えっと、俺はね……ゲームとか、ぬいぐるみとか、お花とか果物が好きだよ」
『お花は、私も好き』
「わ、一緒だ!」
手を取り合って腕をぶんぶん振って、喜びの一緒だダンス。
同じものが好きなら、きっと仲良くなれる。好きな人が好きな物ならきっと好きになれる。ふわふわする頭の中で、なんでか確信を持っていた。
「お花の写真ならいっぱいあるんだ。一緒に見よ」
『うん』
一通り踊った後、ウェーブキャットさんのカバーが掛かったスマホを取り出す。顔を寄せて小さな画面を二人で覗き込みながら、自分で撮ったものや、友人たちから送ってもらった花の写真を眺めた。
季節ごとに色とりどりの花を咲かせるトリニティの花壇。様々な大きさや形、周囲の建物との調和を考えられたものがそこかしこにたくさんあるのだ。担当の子たちが楽しそうに計画を練って、日々細やかな世話を重ねて形作る美しい景色。
花壇自体の写真や、花壇の前で変なポーズを決めたりしている少女たちの楽しそうな姿。ストレージにはたくさんの写真が保存されていた。アツコは食い入るようにそれを見つめる。
「他にはね、果樹園の木の花とか、こーはいちゃん達にもらった大温室のお花の写真とかもあるよー」
花をつける植木や、果樹の花、季節になれば一斉に花を咲かせ一面を染め上げるそれは花壇の花とはまた違う趣がある。
そしてワカナ自身はあまり足を踏み入れることはないものの、ガラス張りの大きな温室もまた庭園部の管理下である。そこには南国の奇妙な植物や、熱帯特有の鮮やかな花々が育てられていた。
スマホの画面をタップして、行きつ戻りつ。アツコはじぃーっと写真を眺める。気になるものがあれば指を指してあれはなに、これはなにと尋ね、ワカナはふわふわの頭にうろ覚えの知識で楽しそうに答えていく。そうして、あっという間に時間は過ぎていった。
『すごかった』
「喜んでくれたなら良かったあ。姫ちゃん、ほんとにお花好きなんだねえ」
なんとなく興奮した様子を滲ませるアツコにニコニコするワカナ。同じものが好き。そして一緒に楽しく過ごせる。こんなに良いことがあるだろうか。
『見たことない花がいっぱいで、こんなのもあるんだって全然知らなかった。私も、育ててみたりしたいな』
「うんうん。けっこー大変なんだけどね、楽しいよー! 姫ちゃんもやろう!」
また手を取り、一緒にやろうダンス……と思ったけれど、今度は手を握り返してくれないし、ぶんぶん振ってもくれない。ただ力なく揺れる腕を、ゆるゆると少し上下に動かして、止まる。なんだろう、首を傾げる。
『うん。できたら良かったんだけど、ダメなんだ。ここにしか居られないから』
「……」
薄暗い廃墟。アリウス分校。
偽りの憎悪と怒り、この世の全てはただ虚しいという
アツコが愛でることを許されるのは、道の片隅、アスファルトの割れ目から芽を出したようなまさに路傍の花。
地味で、小さく、ささやかな、店で売られるような華やかなものとは全く違う。けれどそれでも花実をつけてたくましく生きる。そういうものでなければ、ここでは生きていけなかった。
『果樹園に温室に……行ってみたいけど、それも無理そうかな』
野の花も、こうして写真や雑誌などでしか見れない花もどちらも好ましく思うけれど。この後に控えることを思えば、ワカナの写真にある景色も、きっと失われるのだろう。
どうしようもないことだった。全ては虚しく、美しいものも、尊いものも何もかもいずれ消えてなくなる。そう教わり……傍にそれでもと全身で叫び続ける子がいたから、信じ切ってはいなかったけれど、諦めていた。
アリウスの生徒として教わったことを思うなら、こんなのはむしろ喜ぶべきことだ。こんな風にのほほんと幸せそうに豊かさを享受しているトリニティやゲヘナの人間のせいで、この薄暗い穴蔵に押し込められて不幸になっている。
それを引きずり降ろして、すべて台無しにしてやれるなら、気分爽快と笑ってやるべきなのだ。でも、アツコは全然そんな気分にはなれなかった。
そんなことより、この小さな女の子と同じように、日の当たるところで暮らせたら。友人たちと、なんの心配事もなく笑って楽しく過ごせたら。そう願わずにはいられなかった。
……きっと、無理なのだけど。
「姫ちゃん?」
マスク越しにも、なんとなく暗い雰囲気。さっきまですごく楽しそうだったのに。ここにしかいられないって、なんでだろう。果樹園や温室にこられないって、どうして?
頭ふわふわでなくとも分からなかっただろう問いに、おろおろと戸惑うばかり。でも、せっかく仲良くなれた新しいお友達が楽しくなさそうなのは嫌だった。
「えっと、えっとね……そうだ! 夜中、こっそり行って誰にもバレなければ大丈夫じゃない!? 温室の鍵の場所、知ってるし。あと、果樹園で巡回の人にあったら俺が姫ちゃん隠すよ!」
こう、こんな感じで! と大きく腕と翼を広げて、隠すよ! と空元気に、こちらを伺うように。この小さな体の影に隠れて、夜の学園をこっそり探検。それはなんて楽しそうなんだろう。
「ふふっ」
「あっ! えへへ……うん、それがいいよ。一緒に行こう?」
思わず笑い声を漏らしてしまって、意味もなく慌ててマスクの口をふさぐ。それを見たワカナはニッコリ笑って、また腕をブンブンと。
『そうだね。いつかきっと』
「うん! うん! 絶対行こ!」
なんだかよくわからないけど、“お仕事”があるから今は行けないんだ。でもそれが終わったらきっと。そう言って、一緒にどこを回ろうかなんて楽しそうに計画を立てはじめるワカナ。
ああ、本当にそうなったらなんて素敵だろう。
意味もわかっていないらしいその“仕事”で、何もかもが台無しになった跡を二人トボトボと歩き回ることになるだろうか。それとも自分は結局、きっと裏切るだろう
また写真を画面に映して、あそこに行こうこっちにも行こうと楽しそうに指し示すワカナにうんうんと頷きながら。ただ、ただ諦念に流される。
アツコは未だ、降りかかる悪意を耐え忍び時を過ごすことしか知らなかった。
「戻った。皆、問題はないか?」
夜明け頃、
ワカナと一緒にモリモリおやつを食べていたヒヨリは急いで口の中のものを飲み込んで、ちょっとむせながら返事を返した。
ちょびちょびとおやつを食べていたアツコも頷き、少し離れたところで愛用のロケットランチャーを整備していたミサキも問題はないと返す。
意味も分からず周りに合わせてもんだいなーしと叫んだワカナにも適当に頷いて返し、サオリは皆を見渡す。
「こちらも準備は滞り無く済んだ。作戦の決行に際し支障はない。開始時刻まで待機……だが、その前にヒヨリ」
「は、はい。なんでしょう?」
「アレの引き渡しを頼む」
アホみたいな顔で手についたチョコをペロペロしている
恐らく二度とないであろうアリウススクワッドの子守任務も終わりだ。ほとんどアツコに任せきりだったが、面倒を見る方も見られる方も文句はないようだったからまあいいだろう。
「そうでしたね。了解です……ああ、潤沢なおやつの供給もこれで終わり。辛いですね、悲しいですね。でも、できる限り食べ溜めたので悔いはありません……」
「……お前は少し体を絞った方がいいかもしれんな」
冗談交じりの
そのままワカナの傍に行き、大量のぬいぐるみやらお菓子の残りやら荷物をまとめさせる。なにが楽しいのか、少女は鼻歌交じりにゆっくりと時間をかけて荷造りしていた。
「それじゃみんな、またねー!」
「行って参ります……」
次に会う時は、きっと恐るべき戦略兵器としてだろう。あのアホみたいな顔はいったいどうなってしまっているのだろうか。躊躇う気持ちが、無いわけではない。だが、赤の他人の無事に構っていられるような心の余裕はサオリには無かった。
軽く頭を下げて出発するヒヨリにサオリはただ頷き、ブンブンと手を振るワカナにアツコは小さく手を振り返す。ミサキはずっと目を背けたまま。大荷物を背負った二人はカタコンベの迷宮へと姿を消した。
「来たか」
カタコンベを通じてやってきたトリニティの遺跡、その一角。
エデン条約調印の舞台となる通功の古聖堂にほど近い。しかし入り組んだ遺跡の先にあり、生徒たちに見つかることはないであろう位置に仮の拠点を構えていた人形、マエストロに二人は対面していた。
古びた室内には奇妙な機械のようなものや、実験に使うのであろう器具の数々、用途不明な工芸品の類がずらりと並んでいる。フラスコの中にはふわふわと光る珠のようなものも浮いており、現実感が遠い。
そして、ひび割れたような、木の擦れるような不気味な声音。タキシード姿に双頭のマネキン。明らかな異形の姿にビビりながらも、ヒヨリはなんとか己の任務を完遂した。
「こちら、ケルビムちゃんです。後は手はず通りに、ってことで……」
「あっ、おとーちゃんじゃん。おいーっす!」
マエストロの姿に気づいたワカナは、なんとも気の抜けた挨拶の声をあげる。人形はぎぃと軋む音を立てながら呆れたように頭を振る。
「確かに受け取った。
「は、はい。それじゃあケルビムちゃん、ええと……さよなら」
「うん。ばいばーい!」
ワカナの背を押し、マエストロに渡したヒヨリは顔を歪め、しかしただ別れを告げる。また普通に会えることを信じているのだろう、無邪気な笑顔にただ目をそらす。
「ああ、苦しいですね。悲しいですね。そればかりの世界です……」
いつものように小さく口の中で呟いた言葉は誰に届くこともなく消え、大荷物を背負った姿はすぐに廃墟の暗がりに飲まれた。
「おとーちゃん、久しぶりだねえ。ええと……とにかくいっぱい久しぶりな気がする」
「直接顔を合わせるのはほとんど2年ぶりになるか。外に出し、その知性の欠片も感じられぬ言葉遣いが改まることも期待していたが……詮無きことか」
動くマネキン、頭が2つ。ひび割れだらけ体によれよれのタキシード。変なやつだが、おとーちゃんである。なんでか忘れていたが、ふわふわの頭にパッとかつての記憶が去来していた。
マエストロはギィギィとやかましい音を立てながら、ポットでお湯を沸かし、コーヒーを淹れてくれる。本人は飲食などできそうもない見た目通り飲まないようで、ワカナの分だけだ。
良い豆らしいけど、全然わかんない。砂糖ドバドバー。ティースプーンでマグカップをがちゃがちゃぐるぐる。マネキンの動かない顔がなんとなく苦々しい表情な気がした。ウケる。
おとーちゃんは変なやつだし、何言ってるんだか全然わかんない時が多かったんだけど、わりと嫌いじゃない。なんでだろうね。こんなんでもおとーちゃんだからかしら。
「やはり、しばし手元で養育すべきだったか……? これではあまりにも……」
「おとーちゃん、子育てとか絶対ムリでしょ」
ぶつぶつと呟くおとーちゃんにケラケラ笑いながらツッコミを入れる。
ちらっと見たことがあるくらいだったが、おとーちゃんのお友達の黒服*2の人も向いてないし、絵の人*3はわりと良さそうだったけど後頭部しか無いからダメだろう。そういうこったの人*4も常に両手が塞がってるし、最近見かけた赤い人は論外の香り*5。
「それはそうだ。……時が解決することを祈るしかない、か。未だ生まれたばかりとも言える。そなたもいずれは知性溢るる淑女に……」
カタリ、と止まり、またカタリと首を傾げるおとーちゃん。そんな未来が全く想像できなかったのだろうか。しつれーな話である。お嬢様学校のトリニティに通っているのだから立派なれでぃーへの道を歩んでいることは間違いないというのに*6。
かしこく見えるようにメガネでもかければいいだろうか? 両手で丸を作って顔の前に持っていくと、長い長い溜息のような軋む音。残念ながらウケはとれなかったらしい。おとーちゃんの笑いのツボは難しい。
「発掘された無名の司祭の技術の一部、キヴォトスに散在する数多の神性の欠片、外界からの漂流物……。雑多な遺物をかけ合わせ、転写技法で天然自然の奇跡を描き出すように生まれた、我ら唯一の再現不能な神秘。それが何故こうも……」
なんだろう。褒められてる? バカにされてる? ぎぃぎぃくねくねしているおとーちゃんが何言ってるのか何考えてるのか、やっぱり俺にはよくわからない。
「多くの神秘と交わり成長し……ユスティナの礼装、騎士団の聖者の遺体……あるいはまた別の隠された強大な遺物に触れる機会があればと思い、送り出した。炎の剣を手中にしたことは、
こちらに理解させる意図はない独り言のような、おとーちゃんは回転ノコギリをちらりと眺めて呟く。
よくわからないが、ペロロ棒が良かったポイントなのだろうか。隅っこに立てかけておいたのを持ってブンブンしてみる。ペロロ様のお顔が踊るようだ。
「……」
再び、長く長く軋むようなため息。なにが気に入らないんだおとーちゃん! 気を取り直すようにカタリと双頭が揺れた。
「まあ、良い。そなたのお披露目はまだ先だ。私の準備もひとまずは済んでいる。しばし寛ぐとしよう」
「はぁい」
一度重厚な椅子に深く座り込んだおとーちゃんにコーヒーのおかわりを頼むと、動いてないけど微妙な表情で淹れてくれる。またドバドバと砂糖を入れて飲んだ。
アツコとマエストロ回でした。アツコは書き始める前持ってなくて、初期構想ではお人形さん状態のワカナちゃんをちらっと見てちょっと哀れんでおしまいくらいだったんですが、こんな感じになりました。絆見たら花壇作ったりなんだりしてて書きたいなあってなっちゃったんで洗脳が人形化から女児化になったんですね。ある意味主人公幼女化の主犯。
マエストロさんもあんまり喋らすと絶対ボロが出るんでちょこちょこっと意味深なこと言わせるくらいのつもりだったんですが、幼女化の影響でペラペラ喋ることに。ボロが出てもいいからパパと呼ばせようということで。
でも結局パパはなんか気恥ずかしいしお父様はこいつ言わねえだろ父上は武士かで、おとーちゃんになりました。とーちゃんにおを付けてお嬢様アピールですわよ。当然ですが3章終わった後はなにがおとーちゃんじゃぐぎゃースタートになります。
後半はマエストロさん喋らすついでに設定ノート公開みたいな感じです。ワカナちゃんは完全ガチャ産一点ものみたいな。ゲマトリアが生徒の製造可能だと色々シナリオが破綻しまくるので一応言い訳といいますか。
あとしばらく前にこの辺に絡んで部長黒幕説とか出てましたね。部長はキャライメージがユメ先輩で、ユメ→予知夢→劣化セイアちゃんみたいな能力ということで単に勘が鋭いだけの人でした。
おじさん過去編のユメ先輩次第で部長も実は〇〇だったんだよ!みたいな後付する可能性がないでもないですが。