トリニティ総合学園庭園部へようこそ!   作:一生ホームアローンマン

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45話 私たちの物語

 爆発で意識を失っていたらしい。しかし、サオリは生きていた。

 キヴォトスの生徒を確実に死に至らしめるという“ヘイロー破壊爆弾”の威力を至近で浴びて、それでも。

 

「っ!」

 

 自分のことなどはどうでもいい。それよりもアツコは。

 アツコを探すため起き上がろうとすれば、そもそも庇われたその時のまま、彼女は自身の体の上に乗っていた。だが、軽い。驚くほどに。

 

「姫、姫っ!!!!」

 

 軽い体から、命が抜け出ていくような。そんな寒気のする感触がした。

 

「姫!! ダメだ、アツコっ! しっかりしろ!!」

 

 痛む体を無視して、アツコに応急処置を施していくが……外傷自体はさほど大きくない。とても命に関わるような傷ではない。

 だが、それなのに刻一刻と死に近づいていくような……致命的な何かが失われる気配。

 冷えていく体を、必死で抱きしめる。

 

 私たちだけでも、本物のお姫様として。そう思い呼び続けたあだ名と実態は大きく違う。

 上辺だけの高貴な立場。生まれた時からずっとずっと、何もかもを奪われ続けることが決まっていた。

 

 そんなの、あんまりじゃないか。全てを奪っておいて、最後に残った命すらも持っていこうと言うのか。流れる涙を止められないまま、駄々をこねるように強く抱き続けた。

 死神がこの子を連れて行かないように。必死で、ただ祈るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古聖堂地下の廃墟。飛び回って遊んでいた翼の少女はすっかり大人しくなり、隅の方でこっくりこっくりと船を漕いでいる。

 一緒に遊んでいた小さな光球も、それに合わせて頭上でふわりふわりと揺れていた。

 

 アリウス側から要求されたモノの納品も全て終わり、双頭の人形、マエストロは自らの創作活動(しゅみ)に全力を注げる時間を大いに楽しんでいた。

 だが、光球がチカチカと弱々しく瞬き、古めかしい見た目の計器がいくつか異常な数値を示す。

 

「……ロイヤルブラッドの力が弱まった」

 

 トリニティ地下に眠る太古の“教義”*1。その力を複製し、人工天使の作成に利用するための触媒として用いたものこそ、ユスティナ聖徒会の血を引く秤アツコ(ロイヤルブラッド)

 最終的には不要になるといえど、現段階では不可欠な要素だ。

 

「これは、生命に異変が……? ふむ、実験に支障が出るだろうか。しかし、まだ……」

 

 一時大きく、そのまま死の国へ向かうであろうと思われた数値が安定していく。

 最終的にはどうにか皮一枚で一命を取り留めている、程度のところで収まった。

 

「……嗚呼、そうか。彼女が既に備えを用意していた、と。……成る程、貴重なロイヤルブラッドゆえか」

 

 ベアトリーチェがアリウス自治区でいかなる方法を用いて“崇高”に至ろうとしているのか。それは知らされていない。

 だが、ゲマトリアで融通しあっている素材の動き、取引の材料として交換される知識や技術。これらから多少の予測はつく。ベアトリーチェの実験にもアツコは重要なパーツとなるのだろう。

 

「まあ、良い。少々時間はかかるだろうが……仮にも同志だ。これくらいのことはな」

 

 秤アツコと人工天使の間にはまだパスが繋がっている。それを通してある程度の介入も可能だ。例えば、失われつつある生命力を補填してやるだとか。

 そうした作業のための繋がりではない以上、効率は悪い。だがそれでも命の危険から脱し、多少動けるようにするくらいはできるだろう。

 

「さて、やっていくとしよう」

 

 予定外の追加作業。ただでさえ突貫工事の人工天使の完成が遅れるのは由々しき事態だが、仕方ない。

 ぎしぎしとひび割れた木の体を引きずって、マエストロはいくつかの奇妙な装置を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれほど経っただろう。果たして祈りが通じたのか、それとも他の何かの力か。腕の中から、ドクンと、力強い鼓動。

 冷えていた体に暖かな血が通うのを肌で感じる。明滅し、掠れていたアツコのヘイローが光を取り戻した。

 

「姫、無事か!?」

 

 こくりと、アツコは小さく頷く。ちゃんと、生きている……。

 

「ああ、良かった。姫……」

 

 安堵の息が漏れると同時、忘れていた怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 アズサ、あの子もアツコの境遇は知っていた。そして、家族(なかま)だった。

 

 あるいはサオリよりもアツコに懐いていたかもしれない。

 言葉少ないながら、あの二人はよく一緒にいた。その時の暗い穴蔵に似合わない優しく穏やかな空気は、何にも代えがたいように思えた。

 

 それを。

 

「……許せない」

 

 アツコが傷ついたのはあの子が意図したものではない。そして、自身の不手際が招いたことでもある。自分が傷つくなら、それはそれで仕方ないとも思えた。

 だが、こうしてアツコが死の淵をさまよったのだ。湧き上がる激情を制御できない。

 

「アズサ……よくも姫にこんな怪我を……絶対に許さないぞ、アズサ!!」

 

 いつの間にか、瓦礫の山からどうにか這い出していたらしい埃まみれのヒヨリとミサキもいる。

 やるべきことは一つだ。

 

「今すぐ、トリニティへの攻撃を……!」

「その前に、やらなきゃいけないことがある」

「ひ、姫ちゃんが怪我をして、ユスティナ聖徒会の顕現が少し不安定になっているようです……」

 

 これだけの目にあっても、二人はサオリが動けないでいた間にやるべきことをやっていてくれたらしい。

 流石に少し冷静になる。

 

「あの古聖堂に戻って戒律を更新しないと」

「……分かった。古聖堂に向かうとしよう。すぐに出発だ」

 

 やるべきことは何も変わらない。全てが虚しいこの世界で、どれだけ足掻こうとも無駄だと。

 そう教えてやるだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏で雨にうたれながらうずくまっていた小さな影が、ピクリと震える。

 遠くから響く戦いの音。なにも終わっていない、そんな気配。

 俯いていた顔を上げ、遠目に銃撃戦を覗き見れば、あの不気味な影がトリニティやゲヘナの生徒にまとわりついている。

 

「“ユスティナ聖徒会”が消えていない……? サオリも、アツコも無事……それは、いや、でも……」

 

 じっとりとした重い疲労に全身が蝕まれ、うずくまったまま何もしないでいたい。そんな徒労感に襲われる。

 友人を裏切り、家族を裏切り傷つけ、そこまでしても何も為し得なかったのだ。

 

 すべては虚しく、何をしても意味がない。

 それが、世界の真実。

 

『まだ、挫折している場合じゃない』

 

 閉じた瞼の裏で、遠い過去の、あるいはすぐ昨日の己が語りかける。

 

『動いて、考えて。挫折して悲しんでいる暇があったら、今からでも方法を探して、どうにか……』

 

 (アズサ)の中のアズサ(わたし)は決して、もう諦めろとも、もう十分頑張ったとも、そんな優しいことは言わない。ただひたすらに、最後のその時まで足掻き続けろと、そう言っている。

 酷い話だ。こんなに頑張ったのに、こんなに傷ついたのに。でも、それでも声に従い立ち上がる。

 

「そうだ……動かないと。何か方法を……行かないと。何をしてでも、サオリを……」

 

 ずっと、ずっと、きっとこの命が生まれた時から突き動かされてきた。

 アスファルトを穿つ弾痕からでも芽吹く花のように、理不尽に抗えと。

 

 たとえ全てが徒労に終わったとしても。救われない“人殺し”になる道だとしても。

 可愛らしいものが、美しいものが、正しいものが、確かにこの世界にはあったのだ。そのために、最後まで……戦わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは。いったい何が……?」

 

 薄闇の中、ベッドの上でハスミは目を覚ました。体には包帯がぐるぐる巻きだ。酷く痛むが、一応治療されているらしい。

 たしか、ミサイル攻撃を受けた後、先生を守るためにツルギとともに殿を務めて……その戦闘中に意識を失ったのだろうか。

 

「そうだ、ツルギは。他のみんなは……」

「こっちだ」

 

 ベッドサイドの丸椅子から、馴染んだ声。

 

「ツルギ。無事でしたか」

「ああ」

 

 短く応え頷く友人の、いつもどおりの姿を頼もしく思う。

 いや、ミサイルの直撃を受け、その後もこちらを庇うように戦闘を続け、どう考えても重症。流石にやせ我慢の色が少々見えるか。

 

「状況は……?」

「主要施設に絞って防衛を固め、籠城戦だ。今のところは小康状態だな」

 

 なるほど。それならば多少の休憩は許されるか。

 だが、敵はいくらでも復活する幽霊のような……不可思議な存在。根本的な解決がなければ、いずれすり潰されるだろう。

 

「ワカナさん……あの子がいれば」

 

 何度でも蘇る不死の敵ならば、何度でも焼き潰してしまえばいい。

 永続的に広範囲に攻撃を仕掛け、味方との連携にも支障をきたさない。あれほど今の状況に向いた戦力はないだろう。どう動くにしても大きな力になるはずだ、が。

 

「この混乱の中で連絡が取れていない。生死不明だ」

「……そうなりますか」

 

 そんな戦力を、これほど大規模で計画的な攻撃を仕掛けてきた相手が放っておくはずもない。

 単に、彼女の拠点である郊外の果樹園方面の守備に専念している可能性もあるが、恐らく優先攻撃目標として既に……。

 

「そう簡単に潰されるタマじゃない」

「……そうですね。ともかく、今私達ができることをしましょう」

 

 無表情に、しかしきっぱりと断言するツルギに、微笑んで頷く。

 ツルギとまともにやりあって、簡単にぺしゃんこにならない人間は多くない。

 

「ハスミ、ツルギ」

「……?」

 

 少し低く、落ち着いた声。この世界(キヴォトス)では珍しい、大人の男性。先生が病室にやってきていた。

 

「ぎゃああぁああぁあぁぁぁっ!?」

「……先生」

 

 今までの冷静な表情が嘘のように叫び声をあげる友人の姿に、こんな時にふさわしくないなんともほほえましい気持ちになる。

 風紀委員長はたしかにやり遂げてくれたようで、先生が無事であったことにも一安心……。いや、暗い照明で分かりづらいが、顔色が悪いだろうか。

 

「せ、せせせ先生!? ど、どうしてこちらに……!?」

「みんなの無事の確認と、反撃の準備にね」

 

 いつも通りの穏やかな笑顔。顔色の悪さは疲労、だろうか……? 

 

「反撃……と言いますと」

「うん。ズルにはズルを……ってとこかな。本当に悪いんだけど、二人にももうちょっと頑張ってもらわないといけないと思う」

 

 崩れていたツルギの顔が引き締まり、確固たる意志を込めて頷く。

 私は、逆に少し緩んでしまったかもしれない。

 

「お任せください。正義実現委員会、羽川ハスミ。先生の指示をお待ちしております」

「ありがとう」

 

 今は少しでも休息を、そう言って病室を出る先生を二人で見送る。疲労も痛みも吹き飛ぶような思いだった。

 ツルギの叫び声に驚いてやってきた救護騎士団の二人に、すぐに無理やり寝かしつけられてしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しとしとと降り止まない雨の中、廃ビルの上に立つ。時刻としては夜明けに近く、本来であれば空が明るくなってくる頃合い。だが、分厚い黒雲に覆われて一筋の光も差しては来ない。

 眼下の街を見下ろせば、トリニティ・ゲヘナ双方ともに夜間の戦闘は避ける判断をしたようで、大した動きは起きていないようだった。

 

 不気味なガスマスクの女たち……ユスティナ聖徒会が各所に攻撃を続けているようだが、その勢いは鈍く、ただ休ませないためだけのもの。

 本格的な攻勢があればそこに目標……サオリがいるはずだが、こうなるとわからない。

 

「よく考えろ、アズサ」

 

 正確な情報をもとに的確な判断を。そしてなによりも戦場では速度を。すべて、サオリに教わったことだった。

 だからこそ分かるはずだ。相手の考えていることが。

 

 サオリは性情としては拙速を好むが、実際の行動は慎重を期す場合が多い。

 彼女の傍には守るべきものがあることが常だったから。

 

「それなら……」

 

 アリウスの戦略の中核となる不可解な存在たちを観察する。惰性のような攻撃を繰り返すそれらは、昼間と比べると、やや精細を欠くように見える。

 疲労の概念があるようにも思えないものがそうなる理由。あれらが現れたきっかけはなんだったか。

 

 ……古聖堂。半ば直感ではあったが、これまで見てきた全てがサオリがそこにいると告げていた。

 気づいたと同時、走り出す。所々に打ち捨てられた武装を手早く漁りながら、疲労に崩れ落ちそうになる体に鞭打って。

 絶対に、止まりはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当たりを引いたようだった。アズサが昨日まで荘厳な古聖堂だった瓦礫の山の影に隠れ、待つことしばし。4人の人影が現れる。

 警戒しながらキビキビと前衛を進むサオリの動きは、しかし負傷の気配が濃い。後方を進むヒヨリは足元のおぼつかないアツコに肩を貸し、ミサキは二人をどこからでも庇えるよう位置取りしている。

 

 生きている……。二人の姿に安堵を覚え、しかしそれがあるべきではないものだと気づき、唇を噛みちぎる。

 痛みと鉄の味で、溢れる何かを誤魔化すように。

 

 今ならば、やれる。先の襲撃は無意味ではなかった。

 息細く吐き、止める。狙撃も自身の特技の一つ。この距離ならば絶対に外さない。

 

「ぐぅっ!?」

 

 乾いた銃声が響き、サオリの側頭部に直撃。

 ふらつきながらも即座に射点を見極め、遮蔽をとりつつ反撃してくる姿は流石の一言。だがダメージは大きい、はずだ。

 

「姫を地下へ。あいつは、私がやる」

「そ、それは……いえ、すぐに戻ります!」

「気をつけて、リーダー」

 

 サオリ以外の3人が、こちらを警戒しつつも廃墟の奥へと進むのを見送る。

 “アリウススクワッド”はサオリがいなくなれば瓦解すると知っていた。

 

「アズサっ……! よくも、よくも姫を! 絶対に許さない……!」

「私は、サオリを止めてみせる。刺し違えてでも」

「お前にそんなことができるか!!」

 

 激昂し攻勢を強めるサオリをなんとか削り、まずは行動不能にする。

 できるはずだと思った。だが……やはり戦闘における多くの技能で劣る。

 

 削るどころか掠める弾丸に体力を削られながら、遮蔽を利用し、小柄な体躯を活かして立ち回り、どうにか拮抗を保つ。

 その程度が限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……くっ……」

「……何故だ、アズサ。何故そこまで足掻く。何の意味もないだろう? それで何を証明しようとしている? 無駄なことでしかないのに」

 

 わずかな時間で先刻の焼き直し。追い詰められ、銃口を突きつけられていた。

 ここまでしてもなお及ばない。師の、壁の高さを今更ながらに思い知る。

 

「思い出せ、全ては───」

「たとえ虚しくても、足掻くと決めた」

「そこに、何の意味がある!!!」

 

 サオリの指がトリガーにかかる。ああ、それでいい。

 こうなることを予想していなかったわけじゃない。バカみたいな正面突撃では勝てないと言ったのはサオリだ。

 

 教わったとおりに、油断を誘い、不意を突く。

 不意を突くとは、予想を外すことだ。だから、これでいい。

 

 戦場から拾い集め、体中に目立たないように仕込んだ高性能爆薬。

 体調が万全なら大怪我程度で済むだろうが、お互い消耗しきったこの状況。さて、どうなるか。

 

「……私は、“人殺し”になる」

 

 意味ならば、ある。あると信じている。たとえもう、あの世界に戻れないとしても。

 即席の起爆装置のスイッチに指をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペロロ様! お願いします!」

「っ!?」

 

 サオリの眼前に投げ込まれた何かが爆発的に膨らんだかと思うと、軽快な音楽とともに踊りだす。

 キヴォトスで流行のマスコットキャラクター、モモフレンズの筆頭……ペロロ様だ。

 

 反射的に後方へ下がりながら銃を乱射したサオリによって、ペロロ様人形は破壊された。だがその隙をついて見知った顔が集合している。

 

「ヒフ、ミ……?」

「……なんだ、お前は?」

 

 いるはずのない人たちがそこにいた。補習授業部の、仲間たち。

 サオリから引き離すようにアズサを抱きしめるヒフミと、その隙間を縫って手早く怪我の治療をするコハルに、握りしめていた起爆装置をスッと奪い取るハナコ。

 

「私は……私の正体は! 天下御免の凶悪犯罪集団! “覆面水着団”のリーダー! ファウストです!!!」

 

 鞄から取り出した茶色の紙袋。目の部分には丸い穴が2つ、雑に開けられて。額には謎のナンバー5。

 意味が分からなかった。怒り狂っていたサオリすら怪訝そうに眉根を寄せ、ちょうど地下から戻ってきたらしいミサキは遠くでイカれてんのこいつという顔をしていた。

 

「ヒフミ、一体何を……」

「だからっ!!」

 

 紙袋を被るために一度離した手で、再び抱き寄せられる。

 コハルは真っ赤な顔で、ハナコはニコニコしながら少し下がっていた。

 

「だから、私たちは違う世界にいるなんてことはありません。隣にだっていられます。拒絶されても、すぐ近くに行ってみせます……!」

 

 強く、息が詰まるほどに抱きしめられる。

 

「私は……! 私は、アズサちゃんのそばにいます!!!」

 

 投げ捨てて、二度と手に入らないはずだった、全てを犠牲にしてもいいと思えた暖かさに包まれていた。

 だが、だが、それは無理だ。ダメだ。

 

「ヒフミ、私のためにそんな嘘を言ってくれたところで……」

「誰が嘘だって!?」

 

 上方から大音声。

 

「我ら覆面水着団! リーダーファウストのご下命によりただいま集合!!!」

 

 とうっ、と軽快な掛け声とともに、廃ビルの上から飛び降りてくるのはおそろいの目出し帽を被った怪人集団。

 くるくると回りながら見事に着地を決める桃色の1番*2と青い2番*3。赤い4番*4は特に加点要素のない普通のジャンプ、緑の3番*5は後方から普通に走ってきた。

 

「気に入らなければ大企業の幹部だって襲撃しちゃいます!」

「ん、ブラックマーケットの銀行強盗だって朝飯前」

「暗黒街を支配する恐るべき大首領! その名は~!」

「「「「ファウスト! ファウスト!! ファウスト!!!」」」」

 

 ヒューヒューピーピー、歓声を上げながら踊るようにヒフミたちを囲んで回る謎の集団*6。そして真っ赤な顔で紙袋を外すヒフミ。

 あっけにとられているうちに、周囲を大量の人の気配が包む。

 

「トリニティ総合学園正義実現委員会、救援に参りました」

 

 ツルギとハスミを筆頭とする正義実現委員会。ツルギは周囲の委員に怪我の心配をされると、完治した、などと言ってニヤリと笑っている。

 誰も皆疲労の色が濃く、ツルギの怪我だって治りきってなどいない*7。しかし戦意が漲っているのを肌で感じる。

 

「ゲヘナ学園風紀委員会も、この場は協力しよう」

 

 風紀委員会委員長、空崎ヒナ。彼女も相当の負傷をしているはずだが、なにやらすっきりしたような顔でそこにいた*8

 多方面から舐められがちな風紀委員会だが、ヒナが率いるならば彼女たちも間違いなく強い。

 

 一人戦い続け、人知れず消えるはずだったアズサに、今はこんなにもたくさんの味方がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「包囲、されてしまいましたねえ……」

「あのバカみたいな奴らも、バカみたいだけど手練だ。これはちょっと厳しいんじゃない、リーダー?」

 

 後方に下がりつつ、合流したスクワッド。

 謎の集団のイカれたパフォーマンスに気を取られ、戦端を開く機を逸していた。

 

「……知ったことか。無限に増殖する“ユスティナ聖徒会”の前では等しく無意味」

 

 サオリは戒律の守護者に命じる。湧き上がるように、まさに幽鬼の如くそこかしこに現れる守護者たち。

 

「むしろ好都合だ。アズサだけでなく、この場の全員に知らせてやれ。この世界の真実を……殺意と憎しみに満ちたこの世界で、あらゆる努力は無駄なのだと」

 

 いかに無限の兵力と言えどその瞬間、その場所に叩きつけられる量には限りがある。

 敵に突破力のある強力な戦力がそろっている以上、楽観は不可能だった。だが、それでも。

 

「足掻こうと何の意味もない、全ては無駄なのだということを!!」

「それでも、私は……!」

 

 攻撃命令を出そうとした瞬間、紙袋を外した変な女の叫びに出鼻をくじかれる。

 片手はアズサの手を握り、お互いに強く離すまいとしているのが遠目に見えた。文字による報告ではなく、改めて目の前でそれを見せられて、酷く動揺する。

 

「アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です……」

 

 少し高い瓦礫の上に立って、誰に聞かせるでもなく、しかしこの場の全てに宣言するように。

 ただの普通のトリニティ生であるはずの少女は続けた。

 

「そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!」

 

 甘ったるい、まさに何も知らない少女の夢想のような。

 

「私には、好きなものがあります! 友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて、辛いことは慰めて、お友達と慰めあって……!」

 

 なんの力もなく、現実という壁の前に容易く打ち砕かれるはずの言葉に。

 

「苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような! そんなハッピーエンドが、私は好きなんです!!」

 

 酷くざわめく。こんな、それまでの全てを覆すような“酷い”ことが、許されるはずがない。

 

「私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!」

 

 己の人生を描く自由など、どこに。

 だが、私と違い檻を飛び出したアズサは、叫び続ける少女をジッと見つめている。そこに尊い何かを見出すように。

 

「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!」

 

 厚い雲が、晴れていく。

 

「私たちの物語……」

 

 少女が天に指を掲げるのに合わせ、空が割れる。顔を出した青空の下、少女は叫んだ。

 

「私たちの、青春の物語(BlueArchive)を!!」

 

「これは……き、奇跡、ですか……?」

「奇跡なんてない! 何これ……まさか、戒律が……?」

 

 異常な事態に、ヒヨリも、ミサキも、そして自身も動揺が隠せない。

 “ユスティナ聖徒会”の制御に、不調が広がっている。アツコが傷ついたときと同じ……いや、それ以上に。

 

「ここに宣言する」

 

 低く、落ち着いた声。この世界では珍しい成人の男性。先生……アズサを惑わした、この状況の恐らく元凶。

 顔色は蒼白を通り越して土気色で、歩様もおかしい。

 

 それはそうだ。この手で撃ったのだ。死んでいるか、生きていたとしても瀕死の重傷のはず。それが、なぜ。

 

「私たちが、新しいエデン条約機構(E T O)

「なっ……!?」

 

 制御の不調が、決定的になる。これは、アリウスがエデン条約を奪ったのと同じ、契約の再現……。

 そんな馬鹿なことがあり得るのか。

 

 大人は、全てを奪い、不要なものを押し付け、苦しみだけを与えてくる。そういうものであるはずだ。

 それが、死にかけの体をおして子供のために? こんな、奇跡のような……。

 

 黒い瞳がこちらを射抜く。笑みはなく、しかし敵を見る目でもなかった。

 

「……っ! ハッピーエンドだと!? ふざけるな! そんな言葉で、世界が変わるとでも!?」

 

 完全に狂わされたユスティナ聖徒会の広域における統制を手放した。そして古聖堂周辺に顕現を限定し、どうにか制御を保つ。

 これでこの場はなんとかなるとしても、自治区内のトリニティ・ゲヘナ予備戦力への圧力が消えた。すぐにこちらに向かってくるだろう。

 

 もはや実質的に作戦は失敗だ。だが、それを認めることはできない。

 だって認めてしまったら、あんなバカみたいな夢想こそが本当の世界の真実であるなんて、そんなこと。

 

「それだけでこの憎しみが、不信の世界が変わるとでも言うつもりか!? 何を夢のような話を……!」

 

 認められるはずがないだろう、そんな甘い嘘……! 

 胸をざわつかせる不愉快な全てを押し潰すため、聖徒会に攻撃を命じた。

*1
なんの説明もないのでまるっきり謎なのだが、ヒエロニムス作成に使われた何か。ヒエロさんはまともな格好なので、アレな遺物とかではなく概念的なものと思われる。

*2
おじさんピンク

*3
銀行強盗ブルー

*4
猫耳レッド

*5
ボイングリーン

*6
犯罪者率100%、アビドス高校全校生徒、以前ヒフミさんがナギちゃんから借りた砲撃部隊の助力で難を逃れた恩返しのため、やってきた。

*7
マジで完治してそうな凄みがあるが、流石にやせ我慢と思われる。

*8
直前までだいぶシナシナしていたが、先生に愚痴って甘えてメンタル的には完全体になっている。




ということでブルアカ宣言回でした。ここは何度見てもヒフミさん好き……って感じでナギちゃんになりますねほんと。
自称普通の主人公が友情パワーで奇跡を起こす、王道ですね。友情の一部が覆面強盗団だったりするので最終編もそうですが情緒変な感じに乱されてそれもまた味。

この辺ではミカのあれこれも重要ポイントなんですが、その辺はまとめて4章に回す感じです。ワカナちゃん視点でメンタルボドボド同士のボドボドメンタルバトルする感じの予定。

そして次回ラスボス(主人公)戦。主人公の霊圧が消え続けてたのはこの時のため……なんですが、流石に引っ張りすぎたかな。まあともかく総力ボスと化したワカナちゃんが先生を襲います。
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