トリニティ総合学園庭園部へようこそ!   作:一生ホームアローンマン

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46話 COMMUNIO SANCTORUM CHERUBIM

 戦力はまだまだあったはずだった。アリウスの残党を糾合し、この戦場に限って言えば十分な数を供給できるユスティナ聖徒会をつけ、消耗させ、戦術兵器アンブロジウスをぶつける。

 その間に乱されたユスティナの統制回復を試みる。

 

 可能な限りの手を打った。しかし、その全てが噛み砕かれていく。

 アリウス残党、ユスティナ聖徒会は文字通りに蹴散らされた。

 

 敵方の誰もが戦場全てを俯瞰するような最適行動を取り続け、ただでさえ不利な戦力差を絶望的なまでに広げていく。

 アンブロジウスは強力な駒だった。いかにヒナ・ツルギといえど、消耗しきった状態で容易く撃破できる相手ではないはずだった。

 

 だが、打ち破られた。露払いを買って出たふざけた謎の覆面集団が、正義実現委員会、風紀委員会の面々を無事に送り届け、後は数の暴力だ。

 それなりの損害は与えたが、敵を威圧する不気味な悲鳴はほどなく断末魔の叫びに変わり、巨大な化け物は宙に溶けるように消えていく。

 

 どれほど手を尽くしてもユスティナの統制回復はできなかった。敵方の契約は完全に成立し、もはや不可逆の状態。

 可能な限りの数を顕現させ少しでも遅滞させようとするも、出てくるそばから打倒されている。

 

「聖徒会が機能不全の状態では、さ、流石に……」

「どうする、リーダー。……手札といえるようなのはもう“アレ”しか残ってないけど」

 

 ヒヨリもミサキも、既に諦めたような表情。

 だが、仲間を置いて逃げたり、投降したりという気はないようだ。

 

「使う。すまないが……」

「了解、リーダー。私たちがアレを起こすまでの時間稼ぎをする」

「えへへ、そう、なっちゃいますよねえ……」

 

 付き合わせて悪いな、とも思う。意地を張っているのはこうなると私だけだ。

 だが、ミサキはいつもの無表情、ヒヨリは苦笑いで、しかししっかりと頷いてくれた。

 

「お前たちは適当なところで離脱して……姫のことを頼む。最後は私だけでいい」

「……わかったよ」

「えっと、それじゃあ、サオリ姉さんもお気をつけて……」

 

 歩兵のない状態では、トリニティ・ゲヘナの占領は果たせない。この状態では何をしても、もはや目的を見失った単なる自爆テロのようなもの。

 だが、それでも。

 

「サオリ……もう諦めて」

「ふざけるなっ!!」

 

 正義実現委員会・風紀委員会・そしてアビドス対策委員会により、もはや完全にユスティナ聖徒会は押さえつけられている。

 そして最後の詰めを任されたのだろう。地下へと向かう道まで、アズサとその仲間たち……補習授業部が追いついてくる。

 

「私たちは一緒に苦しんだ、絶望した! この灰色の世界に! 全てが虚しいこの世界で、お前だけが意味を持つのか!」

 

 アズサの表情が歪む。

 情けない、みっともない八つ当たり。でも、それでも。

 

「お前だけが、そんな青空の下に残るのか……! 全て、否定してやる! お前がトリニティで学んだ全てのことを!」

 

 どうして、お前だけ……! 

 

「全ては虚しいのだから!」

 

 わずかに怯んだアズサの背をそっと押す手があった。

 歪んでいた表情が、決意に染まる。

 

「……たとえ虚しくても、私はそこからまた足掻いてみせる。サオリ、私はもう負けない」

 

 ヒヨリとミサキ、そして最後に手元に残っていたアリウスの生徒たちによる後先考えない激しい攻撃。それに紛れてサオリは地下深くへと走った。

 しかし、奇妙な人形を上手くデコイにして補習授業部面々はなんとか凌ぎ、アズサと先生を進ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下への道を全力で駆けるが、振り切れそうにない。

 一度、足を止める。

 

「……まだ私と1対1で、正面から勝てると思っているのか」

「いいや、私はひとりじゃない」

 

 言われ、背後を見やれば遠くに地下道を駆ける黒いセーラー服のスナイパー。

 巨大な対物ライフルと青息吐息の先生を担いで追いかけてきている。

 

 地上の戦力は流石にしばらくユスティナの相手で手一杯と思っていたが、どうやら援軍を抽出する程度の余裕があるらしい。

 スナイパーも疲労や負傷が見えるので、余裕というほどのものではないかもしれないが。

 

「友だちができたよ、たくさん。……手放して、失くしてしまったと思っていたけれど」

「それも今、全て片付けてやる……!」

 

 アズサの動きが変わった。無策のがむしゃらでも、殺意に満ちた捨て身でもない。

 援護をあてにした、堅実な動き。基本的には守勢に回り、刺すべき隙があれば逃さず確実に咎める。

 

 対物ライフルの狙撃は厄介だ。あんなモノを使っているというのに狙いは正確。まともに当たれば流石にただでは済まない。

 狙撃手に気を割き過ぎればアズサの攻勢がくる。以前とは、いや、ほんの数時間前と比べても段違いのそれは、どうもどこかから補助を受けているものだ。

 

 アズサらしからぬどうにも奇妙で、しかし的確な動き。そこには複数の人間の色が見える*1

 普通、戦場でそんなことをすれば容易く破綻するはずなのだが。

 

 徐々に、追い詰められていく。厳然たる戦力差がそこにあった。

 単体戦力でこちらが勝るのは間違いない。連戦続きであちらも苦しいだろう。だが、先に倒れるのは恐らくこちら。

 

 怒りでも、憎しみでも、それ以外のなにかでも、その差は埋まらない。

 ならば、仕方がない。

 

「っ! 待て、サオリ!」

 

 脇目も振らず後方へ。当然アズサも狙撃手もその隙を逃さない。

 瓦礫だらけの通路、可能な限り遮蔽は取ったが腕がいい。勘でアズサの渾身の一撃を避ければ、その先で重い狙撃が直撃する。

 

「ぐぅっ……」

「終わりだ、サオリ」

 

 終わり、そうだな。終わりだ。どうにかたどり着いた。

 地下深くの大広間。瓦礫に半ば埋もれた空間には燭台が並び、奇妙な灯りが薄く周囲を照らしている。少し前まであの人形が作業をしていたのだろう。

 そして、かつては大勢の生徒たちが歌っていたはずのこの場所に、今は一人分。下手くそで舌っ足らずな声が響いている。

 

Crux fidelis,(くるすふぃでーりーす)inter omnes(いんてーろーむねーす) arbor una nobilis,(あるぼるなーあのびーりーす)

 

 最奥には巨大な人影がうずくまっている。赤い祭服をまとった聖職者のような……怪物、アンブロジウスに少し似ているだろうか。

 だが、あれよりもより人に近く、だからこそ黒黒とした闇のみを湛えるフードの中身が、より人でない何かであることを強調するようで、酷く不気味だ。

 この歌の主だけは、その誕生を祝福しているのだろうけれど。

 

nulla talem silva profert,(ぬらーたーれむしるばーぷろーふぇえー) flore, fronde, germine.(ふろんれーふろーでじぇみーねー)

 

 そしてその前に跪き、祈るように歌っていた、小さな影。こちらに気づいたのか、背を向けたまま立ち上がる。

 畳まれていたダークブラウンの巨大な翼がゆるゆると開かれ2、3度震えるように羽ばたいた。

 

De parentis protoplasti(でぱれんてぃーすぷろとぷらーすてぃい) fraude Factor condolens,(ふらうでふぁあーくとーぉこんどーれんす)

 

 少しぱさついた、短めの金髪を揺らし振り返る。普段はぴょんと立っているはずの癖毛はしなしなと垂れ。

 白い布が巻かれて目元は見えず、しかし表情はどこか恍惚としたものを浮かべていた。

 

quando pomi(くあんどぉおーぽみぃー)noxialis morte(のくしぃーあーりぃいーすもるてぇ) morsu corruit,(もぉるーすーこるーい)

 

 片手に握られた巨大な得物、身長を超えるほどの回転ノコギリは少し汚れた大きなエコバッグに包まれて。

 反対の手でふわふわの可愛らしい、黒いエプロンドレスの裾を払う。

 

ipse lignum tunc(いぷせぇえーりんぐぅーむとんく) notavit, damna(のーたーびぃいーだむなぁー) ligni ut solveret.(りぃーぐむそるべーれぇ)

 

 足元は頼りなく、以前にも増してまともな様子ではない。

 だが、これが完成した戦略兵器の姿なのだろう。体に感じる圧が全く違う。

 

「やれ、ケルビム。……全てを焼き尽くせ」

「はぁい」

 

 命令権は移譲されていた。だから、その一言だけで良かった。気の抜けた返事の後に、悲鳴のような金属音が続く。

 無造作に突き出された回転ノコギリがゆっくりと回りだし、赤金に輝く美しい炎が滲み出す。奇妙なマスコットの顔は見る間に引き裂かれ、ちぎれた布が火の粉になって消えていく。

 

 ぽたりぽたりと水面に雫が垂れるように、炎が床に波紋を描き、それが幾重にも重なりながら広がっていく。

 一面を染める輝く炎の照り返しで、黄金(きん)に染まる巨大な翼が羽ばたいた。恐ろしくも美しい、致命的な気配。

 

「っ!? なぜっ! なんで! ワカナがここに!? 何をした! サオリぃっ!!!」

 

 翼の少女の背後に控えていた巨人も、輝く光背を浮かべながら立ち上がる。

 祈るように手が組まれ、しかしさらにもう2本の腕が輝く弓のような杖を握りしめた。

 

「何も」

「馬鹿な……!」

 

 困惑か怒りか、あるいは……裏切りの恐怖か。

 愕然とした様子で震えるアズサに、薄笑いを浮かべて短く返す。

 

「本当さ。何もしていない。始めからこいつはこういうものだった。そしてアリウスの味方として、何もかもを焼き、滅ぼす」

「ふざけるなっ!!!」

 

 泣くように叫ぶ姿に思わず、喉元から詰まった笑いがこみ上げる。

 私は嬉しいのだろうか、あるいはそう、これこそが……。

 

Vanitas vanitatum et omnia vanitas.……アズサ、教えただろう。何度も、何度も、何度も」

 

 狙撃手と先生も追いついてくるが、広間を染め上げる赤金の炎に絶句している。

 消耗激しい僅かな戦力でこのバケモノたちを打ち倒すなど、不可能だ。

 

「全ての努力は徒労と化し、友情や信頼など容易く裏切られ、希望など絶望に至る火種でしかない! ……この冷たい現実こそが、私たちの生きる世界の真実だ!!!」

 

 はは……はははっ、あははははははははははは!!! 

 

 これまで生きてきてこれほど笑ったことなどないと思うくらい、堪えきれなかったものが溢れ出す。

 異形の巨人の杖が床を打つ音が響く。杖に触れた金の炎が暗く染まり、のたうつように駆けたかと思えば、なにやら不可思議な紋様が床一面に描かれていく。

 

 巨大な力がケルビムに集まっていくのを感じる。

 何もかもを滅ぼす炎があそこにあるのだ。アリウスの生徒だけは無事でいられるはずだが……どうだろうか。

 

 あれはそんな生易しいものではないように見える。

 楽園の守護者……近づく何もかもを滅ぼしてこそ、安寧のゆりかごは守られるのではないか。

 

 すべての敵が滅びたならばそこは楽園だろう。

 必死でケルビムの名を叫び続けるアズサを無視して、炎の剣は輝きを増していく。

 

 そして、遂には臨界を迎えようとする。広間の瓦礫に腰掛け、酷く穏やかな気持ちでただ火を眺めていた。

 視界の端に、紫の髪が翻った。

 

「……姫?」

 

 思考が止まる。先に逃したはずのアツコがなぜ。

 

「はじめから、こうしていればよかった」

 

 酷く嫌な予感がして、ケルビムの正面に立つアツコの下へ駆けた。

 だが、気づくのも、動くのも、何もかもが遅すぎた。

 

「私が死ねば、アズサも……サッちゃんも、みんなも自由だ。この子も、無駄に罪を犯すこともない」

 

 なにを、馬鹿な……! 

 

「よせ! やめろ! 姫……アツコ!!!」

 

 苛つくほどゆっくりとしか動かない体。困惑したようにアツコを見つめるアズサ。

 割れた仮面の下で、なんでもないことのようにアツコは微笑んだ。

 

「ずっと勇気がなくてごめん。でも、間に合ってよかった」

 

 ケルビムがこてんと首を傾げた。手を掲げたアツコが何かを掴み取るよう握ると、背後に立つ異形の巨人の内にあった、何かが砕ける。

 巨人は震えだし、アツコは糸が切れたように倒れ伏す。困惑したように振り返るケルビムのもとから、溜め込まれた金の炎が解き放たれ、爆発した。

 

「ぐぅっ!?」

 

 撒き散らされた炎は広間を埋め尽くしたが、何の痛痒ももたらさず、ただ吹き抜け消えていく。

 しかしアツコは倒れ、そして異形は砂山が波にさらわれるように溶けていく。

 

「あ……? あぁぁ……あぁああぁぁああああぁぁぁ!!!!!」

 

 泣き叫ぶケルビムは、消えゆく巨体をなんとか抱きとめようとしているが、なんの意味もない。

 

「アツコ! なぜ、こんな……!」

「ごめんね、サッちゃん。でもこれで、私を捨てて、みんなは自由に……」

「馬鹿なことを言うなッ!」

 

 アツコを抱え、走る。どこに? 作戦は完全に失敗。最後の切り札すら使い物にならなくなった。

 アリウス自治区には帰れない。もはやこの世界のどこにも居場所はなかった。

 

 だが、だがそれでも、どこかに……! アツコを追いかけてきていたヒヨリとミサキも合流し、ただあてもなく暗い地下を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢の中で何度か会っただろうか、あるいはお初にお目にかかるのかも知れぬ。こんなみっともない格好で悪いが、出会えて嬉しい』

 

 奇妙な方式の、通信のようなもの。かすれ気味な双頭のマネキン、マエストロの姿が宙に映し出される。

 先生は顔をしかめるが、人形は上機嫌に続けた。

 

『素晴らしい手並みだった。契約の再現による、戒律の守護者の機能不全。経験と知恵、そして信念がなければ成し遂げられるものではなかっただろう。黒服が褒めそやすのも分かるというもの……』

「そういうの、いいから」

 

 ほとんど消え去ってしまった巨人の残骸の上でへたり込む翼の少女を遠目に見ながら、マエストロの長口舌を一蹴する。

 やや卑屈なところもあるが快活で友達思い、そんな子だった。……それがどうして? 

 明らかに尋常な様子ではなかった。元凶であろうゲマトリアを睨みつける。

 

「ワカナに何をしたの?」

『ふむ、先程アリウスの娘が言ったと思うが、何もしていない。人工天使との同調は、始めからそのようにデザインして作り上げたもの。それで作品としてのあり方を損なうようなことは……』

「生徒を物のように言うのも、やめて」

 

 心外だ、というように双頭が揺れる。

 

『軽んじるが故の物言いではなく、むしろ逆なのだが……まあいい。そなたが聞きたい事に答えよう。ケルビム、軽部ワカナの現状は一時的なものだ。同調先となるヒエロニムスも、ロイヤルブラッドに解体されてしまった。一度意識を失えば平常に戻るだろう。……やや残念な結果になったが、ある意味ではより貴重なデータでもある。ひとまず良しとしよう……』

 

 彼らはどう考えても悪党だが、意外と嘘はつかないし誠実だ。そこの所は信用していた。だから大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。

 ぎしりと軋みながら嘆息するマエストロを無視して、ほっと一息つくのもつかの間。消えゆく残骸からチカチカと光る小さな何かが飛び出してくる。

 消えかけの電灯のように弱々しく明滅する光球をみとめたワカナは、パッと表情を輝かせて手を伸ばす。

 

 光球の方もそれに気づき胸元に飛び込むと、ワカナは全身で抱きしめるように包み込む。

 ずぶずぶと音もなく、体の中に沈み込み消えていく。

 

『……ほう、そうなるか。神秘(せいと)は恐怖の器になり得ないだろうが、短時間ならば反転にほど近い……おっと、失敬。結果的には予定通りになったようだ。伝えるべきことを伝えよう』

 

 地下の大気が再び震える。明らかに異様な、何か起こるぞ……という雰囲気。

 楽しげに体を揺らすマネキンをぶん殴ってやりたくなったが、映像越しではどうにもならなかった。

 

『あの子は私たち(ゲマトリア)が作り出した、人工の天使にして、唯一の神秘。古い経典にある楽園の守護者の名を借りて、ケルビムと名付けた』

 

 両腕を広げ、高らかに宣言するそれを黙って聞く。

 

『守護者の存在は、逆説的に楽園の実在を証明するだろう。彼女こそが我らを真に“崇高(らくえん)”へと導くと私は信ずる』

 

 うずくまり丸まっていたワカナの翼が広げられ、床に放り出されていた回転ノコギリがカタカタと震えだす。

 恐るべきものの予兆。

 

『さあ、先生……どうか、どうか今一度、喝采の準備を……!』

 

 ワカナの全身から、暗い炎が爆発するように溢れ、そばにいたアズサはコロコロと転がり、その余波でマエストロの姿はかき消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはぁ……」

 

 白い目隠し布がほどけるように焼け落ちていく。

 深い青、瑠璃色の瞳は恍惚に濡れ、頭上の踊る炎の輪のような本来のヘイローに、蔦が絡むように金糸が覆っていく。

 

 確かに目が合って、しかし全くの無反応。

 まるでこちらが見えていないかのようだ。

 

 落ちていた回転ノコギリは吸い付くようにその手に収まり、悲鳴のような音とともに再び暗い炎が集まっていく。

 先程のように美しい、統制の取れた恐ろしさではないが、それ以上に荒々しく激しい暴力的な気配。

 

 アズサは何もできなかった。何が起きているのかも全くわからない。

 けれど、どれほど足掻いたところで本当にどうにもならない状態だというのは分かる。

 

 友人が、恐るべき敵として目の前にいる。信じられない。

 サオリの言葉ばかりが何度も脳裏に響く。

 

 家族を裏切る人間だっている。なら、誰かが友人を裏切るくらい、よくあることなのだろう。

 涙があふれる。また、この世界にいても良いんだと肯定してもらったその矢先。

 

 所詮、裏切り者に救いなどないのか。

 ふと、背に大きな手が触れた。

 

「せ、先生! ワカナが! いったい、どうしたら……!」

 

 ぽろぽろと涙を流すアズサは既に満身創痍で、とても戦える状態ではない。

 アリウススクワッドが逃走した以上、地上の戦力もおいおい駆けつけるだろうが……ほとんどは間に合わないだろう。

 

「どうやら、反則みたいだね。……出さないで終わらせたかったけど」

 

 “カード”を取り出す。代償を伴う、強大な力。

 無闇に使うべきものではないが、今はその時だ。

 

「みんな、お願い。……ワカナを助けよう!」

 

 始めからそこにいたかのように、足音が響く。

 

「もう! 本当にもぉ!!! 私は、怒ってます! 私たちの青春に、悲しい過去だとか、複雑な事情の生まれだとか、そういうのはいいんです!!! ワカナちゃんは美味しいおやつ食べて! みんなで一緒に遊んで! 笑っていてくれなきゃ駄目なんです! だから、覚悟してください!!!」

「ひ、ヒフミ……?」

 

 地上でアリウススクワッドを食い止めていたはずのヒフミがそこにいる。

 言葉の通りぷんぷん怒って、へたりこんでいたアズサには微笑んで。

 

「大丈夫ですアズサちゃん。ハッピーエンドは、無理矢理にでも掴み取るものですから!」

「うん……うん!」

「コハルちゃんとハナコちゃんももうすぐ到着するはずなので、一緒に援護をお願いします」

「任せてくれ!」

 

 涙を拭って立ち上がる。そうだ、諦めも絶望も私たちにはいらない。

 そしてさらに足音は続く。

 

「自警団の……いえ、トリニティのスーパースターにしてワカナさんの一番弟子! 宇沢っレイサ! ここにぃ参上っ!!!」

 

 クソデカイ声で名乗りを上げたのはレイサ。最前衛の壁役、そして撹乱役としての起用だ。

 ワカナとの訓練期間も長く、呼吸を理解している。

 

 “カード”の力で事情はなんとなく理解しているが、それでも、親しい人に知らない人間を見るような目で見られるのは、酷く辛い。

 そして、ただでさえ強いワカナが、さらによくわからない感じに強化されているようだ。

 

 やれるだろうか。

 大声は自分への鼓舞でもあったが、それでも身が震える。

 

「回復は任せてくださいね、レイサさん」

へぇぁっ!? は、はい……お願いします……

 

 メインの回復役には救護騎士団のセリナ。

 普段はやきもきしながらずっと待っていることが多かった。だから、こうして最前線で働けるのは嬉しくもあった。

 

「救護が必要な場に救護を……まさに、そのような状況ですね。ミネ団長のように上手くやれると良いんですが……」

 

 失われたものを取り戻すことはできないが、そうでないならきっと治すことができる。

 大切な友人のために、救護騎士団として“救護”を。

 

「叩いたら治るって古い家電みたいだよねー、ワカナちゃん」

 

 軽口を叩きながら現れたのは、聖園ミカ。

 なんとも言えない表情で、ワカナを見つめる。

 

 面倒なあれやこれやとは無縁の、平和な世界に生きている子だと思っていたし、そうであって欲しいと願っていたのだが。

 

「でもま、そうだね……。トリニティの生徒として最後に、可愛い後輩のために一仕事。悪くない終わりかも」

 

 誰にとっても、あまりいい後輩でも、クラスメイトでも、先輩でもなかったかもしれない。

 3年間、最後の時まで過ごすこともできない。

 

 でも、トリニティでの学園生活はとても、本当に楽しかった。

 だから、ほんの少しでもそれを誰かに返せるなら、悪くない。きっとそうだ。

 

「……あなたのそんな殊勝な言葉を聞く日が来るとは、夢にも思いませんでした」

「あっ! ウイちゃんじゃーん! 古書館の外に出てるのすっごい久しぶりに見た気がするよ!」

 

 古関ウイと聖園ミカは同期だった。親しい友人……というほど親しくはないが、長い付き合いで交流はある。

 完璧超人! 無敵! みたいな感じだったミカがすっかり萎れているのを見て、少々悲しく思う程度には……親しかった。

 

「なんでもいいですから、さっさとやりましょう。私も、後輩のために一肌脱ぐというのは……たまになら、やぶさかではありません」

 

 本当はすごく嫌だし、こうして外に呼び出されるのもできれば勘弁してほしいが、仕方ない。

 外の人間は嫌いだし、信用もしていないが、それでも酷い目にあってしまえ滅びてしまえなどとは思っていない。

 

「……どうやら皆さんそれぞれあの方と因縁があるようですね?」

 

 やや離れた場所で戦場をモニターしつつ、車椅子の少女、明星ヒマリが唇を尖らせる。

 今回のトリニティとゲヘナの騒乱には無関係なミレニアムの生徒であり、敵となった軽部ワカナとも特に何の因縁もなく……。

 一人だけ部外者みたいな感じで少し寂しかったのだ。

 

「ですが、ええ……ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、“全知”の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である“特異現象捜査部”部長であるこの私が、ここにいることには意味があります。しっかりと、この目で見定めさせていただきましょう……“人工天使”とやらを」

 

 役者は出揃い、童女のように笑うワカナと対峙する。

 吹き出す炎を裂きながらレイサは迷わず突撃し、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずはアレを止めなければ、そう指示されての一番槍。ヒフミが放り投げたペロロ様にワカナが怯んだのに合わせてレイサは走った。

 めちゃくちゃに撃ちまくりながら撹乱し、ワカナへの挑発を決定的なものにする。

 

 集中を乱され制御を離れた炎の塊が暴発し、熱波が吹き抜けた。

 

 雑に振り回される回転ノコギリを紙一重で避けながら、寿命が縮む思いで近接戦闘を維持する。

 普段のような、加減はしつつもじっくりと詰めていくような知性はない。

 しかし体に染み付いているのだろう技巧はそのままに、ただでさえ凶悪な膂力と速さはさらに増している。

 

 怖い……!

 

 先生からは、君が要だと、そう言われている。

 溜めのある大きな攻撃を一度でも通せば部隊は壊滅する。

 

 通常の攻撃も、受けきれず自分が倒れればあとは一人ずつ順番に倒されるだけ。

 メイン盾として、絶対に倒れず、立ち向かい続けなければならないのだ。

 

 ワカナが背中から取り出した散弾銃と、同じく撃ち合いを始める。

 落ち着いた、パステルカラーの自分の愛銃とは真逆のデザインだが、夜空に輝く星は同じものを見ているようで好きだった。

 

 今はただ茫洋とした、しかし熱に浮かされたような奇妙な表情で、知らない誰かを見るような目で見られている。

 知っている人の、知らない顔。あの人は、こんな顔をしなかった。

 取り戻さなければならない……! 怖いけど、それでも前へ! 

 

 散弾も撒き散らされる暗い炎も甘んじて受けて、燃え盛る回転ノコギリを避けることだけに集中する。

 タフネスには自信があるが、流石にあれをまともに食らったら耐えきれないだろう。

 

 蓄積するダメージは薄い気配で現れたり消えたりする救護騎士団の人……ちょくちょくお世話になるセリナさんが治療してくれている。

 翼や蹴りを絡めた、雑だが速く強い連撃に体勢を崩せば、致命傷になるその前に治療が入る。

 

 さらに後方からの狙撃もこちらのピンチを救うようなタイミングで何度も放たれている。

 お礼を言う暇もないが、ありがたいことだ。みんなきちんとお話したことがない人たちなのでドキドキするが、後日ちゃんとお礼は言わなければ……! 

 

「恐れることなく……前へ!」

 

 死の淵で踊らされるような戦い。それでも自らを鼓舞するように叫び、前へ出る。

 悪を倒す戦いなどではない。しかし正義を志すものとして、絶対に負けられない戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペロロ様、お願いします!!!」

 

 先生の指示に従い、完璧なタイミングでワカナちゃんの真横にペロロ様を出現させ、びっくりさせる。

 大技を放とうと溜めていたのだろう、莫大な炎が霧散した。

 

 戦況は安定している。しかし紙一重だ。

 雑に散らばされる炎の波だけでも、私とウイさんには重い負担。

 

 激しい攻撃にさらされるレイサちゃんにつきっきりのセリナちゃんだけでは手が回らない。

 後方からコハルちゃんとハナコちゃんが援護してくれなかったらとっくに倒れていただろう

 

 小さな、可愛らしいお友達。勉強が嫌いで、甘いものが好き。

 好きなモモフレンズはウェーブキャットさん。ネックピローや、大きなぬいぐるみがお気に入り。

 

 そこかしこにフリルがあしらわれた黒いエプロンドレスは文化祭のときにも着ていたものだろうか。お人形さんのようでとても素敵だった。

 だからなんだか、悪い夢でも見ているような気分なのだ。

 

 街の不良さんたちをあっという間に全滅させたり、今は横にいるミカ様と戦っている姿を見ている。

 こんなに強いのも別に不思議なことではないはずなのだけれど。

 

 これが終わったらみんなで遊びに行こう。絶対。

 大きな翼で抱きしめられた温もりを思い出す。そう、温かい日向でずっと一緒に過ごしてきた。

 

 普通の場所で、普通に過ごしていなければいけないのだ。

 わけのわからない所に連れ去られてしまうなんて、そんなことは絶対に許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここから先は、進ませないよ」

 

 ウイちゃんのサポートを受けながら、先生の指示のタイミングで必殺ショットをぶっ放す。

 キラキラ輝く宇宙のような爆発は、ワカナちゃんに大きなダメージ……のはずなんだけど、なかなか倒れる様子はない。

 

 前に戦った時はボールみたいに打ち返すなんてとんでもないことやられたっけ。

 避けるならわかるけど、あれはちょっとショックだったな。結構自信あるやつだから。

 

 でも、今回は違う。

 避けられず、防げず、確実に弱所を貫く。

 

 ワカナちゃんを守るように浮く弓のような杖も、黒い炎の目潰しも、回る炎の剣を盾にしても、全部無意味だ。

 ミレニアムのなんかやたら偉そうな子と、ゲヘナのおっぱい放り出してる変な女。どっちもお友達になるにはあんましって感じだけど実力は確か。

 

「一人だったら、流石にちょーっと厳しかったかもね」

 

 不可思議な力で、ありえないほどの耐久力を得ているようだ。

 ほとんど流れ弾のようなものしか来ないが、炎も銃撃もあの夜より重い。

 

 まとわりつくような暗い炎は、放っておいたら酷いことになりそうな予感がある。

 でも、それもすぐにコハルちゃんたちによって剥がされる。

 

 今のワカナちゃんの“必殺技”は、恐らく本当に必殺の威力があるだろう。

 

 だが、張り付いて戦っている自警団の子とヒフミちゃんがそれを放つことを許さない。

 自警団の子……レイサちゃんは死にそうなほど引きつった顔をしているが、ことあるごとに声を上げ、叫び、動き回っている。

 すごい子だ。おかげで私は攻撃に集中できる。

 

「君の居場所はこっち。先に進むのは、私だけ」

 

 振り回される巨大な杖を紙一重で避けながら、隕石を落とし、必殺ショットを叩き込む。

 何度も、何度でも、倒れるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラと輝く渦巻く銀河が爆発する。瞬間、笑いながら暴れ続けていたワカナがぱったりと電池が切れたように倒れた。

 炎の剣から溢れ出し、大広間を染め上げていた暗い炎も、ふつふつと消えていく。

 

 倒れたワカナのヘイローから金糸がじわじわと剥がれ、宙に溶けて消えると、胸の中からぽんと光球が飛び出してくる。

 明滅したヘイローが消えていくワカナの頭上を困惑したようにくるくると回ったあと、どこか薄暗がりにひゅうと飛んでいってしまった。

 

 しばしの沈黙。まさに激戦であり、“カード”の力で万全の状態からスタートだったのにも関わらず皆ボロボロだった。

 わっと歓声が上がり、倒れたワカナのもとに駆け出す。

 

 ヒフミが抱き起こせば、すぴゅるるる、と間抜けな息の抜ける音。

 攻撃され続けてワカナの方もそれなりにボロボロだったが、なんとも平和な顔で寝息を立てているのだ。

 

 あはは……という苦笑いに、むにゃむにゃと間抜けな寝言が応え、エデン条約調印式典に端を発する、長い長い戦いが終わりを告げた。

*1
先生+アコちゃん。この戦闘ではアズサは知らない横乳のお姉さんの的確な指示で急所を狙う。




「アロロ?ワカナがすごい勢いで回復してるんだけど……あと同時にこっちの前衛がガリガリ削られてる」
「ケルビム……ワカナさんは炎フィールドを展開するとHPを回復しつつ持続ダメージを与えてくるようです!注意してください!」
「注意って言われても……いやこの回復おかしくない?バグみたいな勢いだよ???」
「特に不具合はないと思われます!割合回復なので、最大HPが多いワカナさんは回復量も膨大になるようですね」
「ボスが割合回復するのは不具合だろうがよぉ!」

「アローナ?ワカナが飛び込んできたと思ったら爆発してタンクが即死したんだけど。おまけにその場で炎フィールドも展開されて中衛までゴリゴリ削られてる」
「炎の剣の特殊攻撃のようです。とても強力なので注意してください!」
「いやでもさ、流石に即死はおかしくない……?」
「不具合はないと思われます!」
「それ言っとけばいいと思ってないかアロワナ」

「アロエリーナ、ワカナが回転ノコギリ天に掲げたと思ったら巨大な火球が降ってきてフィールド全体炎に包まれて全滅した。なにこれ」
「不具合!」
ストーリーをクリアできない先生が続発したので2回くらいナーフされた。
みたいなネタを考えてました。
こんな感じのタメ必殺技が強いのでしっかりCCかけて妨害しないといけないボスワカナちゃん。

ということでボスワカナちゃん戦闘でした。
オンスモみたいに片方倒すとパワーアップする系、第1段階はアツコムービーでカットでしたが。

戦闘メンバーの選出には非常に悩みました。
シャーレストーリー打線ということでレイサはとりあえず確定
あとはヒフアズ軸にするかおじさん・アルちゃんにするかミカ軸にするかって感じで……。
流れとしてはヒフアズ補習授業部中心でやるのが一番綺麗だった気がするんですが、おじさんに我が身のifを見るようだ~とか言わせるとか、今回のミカに最後の一仕事言わせるのをやりたいなあというのがあり。
アルちゃんに(あれ、私だけなんの因縁もない!?とりあえず何かカッコいいことを……)みたいなのもやりたかったですが。
あと正月ハルナ正月フウカで借りを返しますわ~編成とか。ただ正月ハルナ持ってないのと正月フウカのおせちは描写するとどうあがいてもギャグなので断念。
悩んだ末にやっぱ章末はミカだしとこうということで。なのでケルビムちゃんは重装神秘になりました。神秘の回転ノコギリ

まあともかく、今回更新はここまでになります。感想評価お気に入りここすき誤字報告等、いつもありがとうございます。励みになっています。
3章はほぼ主人公不在で話が進むというのがあんまり良くなかったかもしれませんね。このボス戦展開やりたかったんですが、もうちょっと原作沿い部分サラッとやるとかなんとかあったかもしれない。でもまあとにかくやってしまったものは仕方ないので先へ先へ進めてきます。

いよいよ4章で、書き始めた時からやりたかった最終回だけは頭にありますが、例によってそこまでの道筋は曖昧です。
ともかくワカナちゃん復活!でワカナちゃん一人称でやってく感じに戻します。そんでなにがおとーちゃんぐぎゃーと自己同一性の危機だー!でゲロ吐くとこからスタートするかと。
くよくよタイムは5秒で十分なんで早めに立ち直ってもらいたいですがそうすると爆速で最終決戦に突入する気が……どうなるかな。
それではまた次回更新でお会いしましょう。
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