トリニティ総合学園庭園部へようこそ! 作:一生ホームアローンマン
「ぅぐ……」
目を覚ます。とんでもなく頭が痛い。気持ち悪い。全身ダルい。
コンディション最悪な中、どうにか目を開けるとそこは知らない天井……ではなく、なんとなーく見覚えあるような。トリニティではわりとよくある、シャンデリアなんかぶら下がってる豪華な感じの天井。
シャンデリアのLEDは常夜灯のオレンジ色をともし、その薄明かりが室内をぼんやりと照らしている。
フカフカのベッドの中で、目線だけ動かして周囲を探る。豪華な部屋なのに、窓にも扉にもごっつい鉄格子が嵌っている異様な空間。
どうやらミカ様が捕まってた牢獄のようだ。あの建物の別の部屋だろうか。俺はどうしてこんなところに……。
「え。あ……わぁ……うわぁぁあぁ……!」
こういう時って記憶なくなるもんじゃないの!? 全部覚えてるんですけど! 全部!
頭ロリって知らない人たちに無様さらしまくったあげくに、お、おとーちゃん!? ホラゲのザコ敵みたいな見た目しやがって何がおとーちゃんだよふざけんなっ! うぎぎぎぎぎぎ……!
「ふっ、うぐ……」
ぐぎゃーっ! と思い切り叫び出したい衝動に突き動かされ、それをなんとか我慢して丸まったら筋肉痛かなんかか全身が地味に痛い。おのれおと……マネキン野郎!
……まあマネキン野郎のことは置いといて、そうだ。
わけわからんバケモンに改造されて、リーダーちゃんに命令されて全て焼こうとしたら先生とミカ様たちにぶちのめされて……。
違う。
改造人間とかではない。俺は、最初からバケモノだった。作られた生き物。
あの日の全てを覚えてるだけじゃない。
生まれた日の記憶。今まですっかり忘れていたはずのそれが、なぜかひょいと気軽に戻ってきている。
冗談みたいな、サイヤ人とかがよく漬かってそうなデカいガラス管の中で目を開けたのがはじまり。
人型の人でない何か達。マネキン野郎に、不気味な黒服と首なしコートに白いドレスの赤い女……変な奴らに囲まれて、そいつらはわけわかんねーことグダグダ相談して。
結局、俺の“制作”の主導権持ってたらしいマネキン野郎が処遇を決定したのだったか。キヴォトスの生徒として必要な何もかもを俺に与えてぽんと世間に放り出した。
マネキン野郎がロリってた俺に語ったことは全て真実だったらしい。
そして俺は人工天使ケルビムとしてのすべてを忘れて、寮の自室で俺として再び目覚め、出自の違和感に目をつぶってやりすごしてきた。トリニティの生徒として、ただの軽部ワカナとして生きてきた。生きてきてしまった。
その挙げ句がこれだ。
なにかあれば役に立つ。腕っぷしだけは頼りにしてもらっていい。友人たちにそう約束して、俺も本気でそのつもりで。
その全てを裏切った。裏切っていた。はじめから。
バケモノとしてバケモノらしく善良な人々を滅ぼしかけた。先生が、あの妙なカード*1……あれの不思議な力を使わなかったら実際にそうなっていただろう。
あの時の俺には確かにそれだけの力があった。何もかもを焼き尽くす炎。
……人殺しはどうあれ人殺し。すべては虚しく、罪人は決して救われない。
リーダーちゃんが泣くように笑い、叫んだ言葉を思い出す。
未遂とマジでやったのとじゃ違うし、故意と過失でも全然違うだろう。
かつて自分で言ったことだし、頭ではそうだとも思うが……そんな理屈で俺は悪くねぇなんて思い込めるわけもなかった。
自分にずっとあった異物感。ここではないどこか。前世の記憶?
すべての答え合わせがされてしまった。
よくわからん変なやつらが作った実験用のバケモノが俺だ。
そしてそれすら本当じゃない。多分ロリってる時が本人というか本性というか……俺って実質2歳くらい*2だし、ああなってるのが正しい姿なんだろう。
……じゃあ今、こうしている俺はなんなんだ?
わけがわからない。なんにもわからない。
ずっとずっとうっすらした不安はあったのだ。
自分が何者か、なんて、思春期特有のアレでしょと、目をそらし続けてきた。
目をそらしたまま、なんとなくどうにかなるさと日々をのんべんだらりと過ごしてきた。
どうにもならなかったじゃないか。
それに、今はこうして正気に……恐らく正気。たぶん正気に戻っているが、あのマネキン野郎がその気になれば俺はいつだってバケモノに逆戻りだ。
だからこそこうして檻の中にいるのだろう。武器もない。なら、安心だ。誰にとっても。
静かな薄闇の中、耳をすませば外の喧騒が遠くから少しだけ聞こえてくる。
ずっと地下に居たからよく分からないけど、俺のこと以外にもとんでもないことがあったらしい調印式のあの日から、トリニティはどうやら無事に平穏を取り戻したらしい。俺を除いて。
足元から世界がガラガラと崩れて真っ逆さまに落ちていくような浮遊感。
気持ち悪くなってぎゅっと目を瞑る。全身がぐるぐると回るような錯覚。
「……うぇっ」
吐き気を堪えきれず、よろよろとベッドを出る。
部屋の隅のドアを開けて、どうにか洗面台にすがりついた。
「……ぅぐっ、おぇ」
苦い胃液だけがせり上がり、しかし何度も何度も吐いた。
喉がじくじくと痛い。涙がぽろぽろと溢れて止まらない。
不快感や吐き気も全く収まらず、そのまま床にうずくまる。
俺という存在すべてが偽物で、何もかも間違いで、ここにあることを許されない。
そんな事実に、うちのめされて。
頭が痛い。気持ち悪い。
そのまま俺は意識を失った。
「やあ、セリナ」
「こんにちは、先生。トリニティにいらしてたんですね」
トリニティの牢獄、その中で面会人の待合室になっているような場所で先生とセリナはソファに腰掛けた。
正義実現委員会が入り口でデモ集団*3をどうにか抑え込んでおり、その喧騒が厚いドア越しにも聞こえている。
「ミカに会いにきたんだけど、なんだか大変なことになってるね……」
「えぇ、まあ……面白がって暇つぶしに、なんて方が大半だったりもするようですけどね」
迷惑なことです、と息を吐くセリナにもやや疲労の色が見える。
救護騎士団団長、ミネが復帰したはいいものの、ティーパーティーの機能不全からトリニティの政治中枢に参与することとなり結局多忙。セリナも様々な業務が重なっていた。
「セリナ、あんまり根を詰め過ぎちゃ駄目だよ?」
「先生こそ。不摂生は駄目なんですから」
微笑むセリナに、頭をかく。先生も事件の後始末に奔走しておりろくに休めていなかった。
キヴォトス人のような回復力もない常人であるため、腹を撃たれた傷も塞がり切っていない。
「まあ、色々と落ち着くまではね。頑張らないと」
「ええ、私もそうです……ところで」
うん、と頷く。牢の中のミカに聴聞会*4に出席するよう説得しに来たのもそうだが、もう一つ目的があった。
「ワカナの様子はどうかな」
「……あまり、よくないですね」
肉体的には完全に健康状態。
普通の人間となにか違うところがあるか、身体自体を調べるためでもあるかなり精密な検査も行っていたが、すべて問題はなかった。そのはずなのだが。
しかし、目覚めたセイアに代わるように滾々と眠り続けたかと思えば、不定期に起き出しては泣き、喚き、また気絶するように眠る。
まともな状態ではなかった。
「こちらでは把握できていない、未知のなにかが原因かもしれませんが……恐らくは精神的なものかと。お見舞いにもたくさんの方が来てくれているので、少しでも落ち着けばなんとかなるのではないかと思うのですが……」
「そっか……」
友人の、生徒の、少々“特殊”な出自には二人も驚かされていた。
しかし倒せばどうにかなるという話を、敵のような相手からの情報ながら信じていた。
実際に嘘や罠の類ではなかったことも様々な検査から判明している。
だが……思えば、本人にとってこそ出自の問題は恐ろしく重く響いたことだろう。自己の根幹を揺るがす隠された真実など、重度の中二病患者でもなければ毒でしかない。
「ミレニアムの方でも話を聞いてきたんだけど、色々データの解析は済んだみたい。精神の同調……洗脳みたいなやつもジャミングだけなら簡単だって」
誰もが認めるミレニアム最高の天才清楚系病弱美少女ハッカーこと明星ヒマリ。彼女がワカナとの戦闘に参加したのは、戦力面だけでなくデータ収集の意味合いもあった。
ゲマトリアの扱う不可解な技術の領域に深く踏み込むことは未だできていないものの、目の前で起きていた現象を解析し対策を図る程度は、その自称に違わず可能なのだった。
「近いうちに何かアクセサリーみたいな、身に付けられる形にしてジャミング装置を作ってくれるって」
「それは良かった……! きっと、ワカナちゃんが落ち着く助けになると思います」
「うん。完成したらそれを付けてもらって、話もきちんとできるといいな」
「はい。すぐにまた、元の元気なワカナちゃんに……」
先生は少し涙ぐむセリナを慰めてからミカの牢へ向かう。
セイアがミカを許しているということを伝え、聴聞会に一緒に出ることも約束した。すべてが、どうにか良い方向へ進み始めているように思われた。
「……うぅ」
また、目を覚ます。気づけばベッドに寝かされていて、腕には点滴の針が刺さっている。
得体のしれない何か*5を体に入れられている、という感覚に嫌気が差して、貼られたテープごと適当に引っこ抜く。血が玉になって一筋流れ落ち、すぐに止まった。
ふらふらする。気持ち悪さは多少収まったような気もするが、やはり駄目だ。また洗面台で胃液を吐く。
薄暗い部屋の中で、時間の感覚も日付の感覚もない。今日起きたばかりのような気もするし、何度も何度も何日も同じことを繰り返しているような気もする。
今度はどうにかベッドまで戻って、端に座った。透明な袋がぶら下がった点滴のスタンドが鈍く光っている。
いつものように、遠くからうっすらとざわめき声。何を言っているのかはわからないが、誰かが怒っているような、何かを責め立てるような、そんな声がする。
バケモノと、消えてしまえと、そう言われている。なぜか確信した。
……いっそ死んでしまおうか。ぼんやりと思う。
俺は、外の世界でかつて生きた人間でも、キヴォトスの軽部ワカナなどでもない。
俺という存在は、過去も何もかも偽物で、ここにいること自体が間違いで、きっと生まれるべきではなかった。
刃物か、ロープの代わりになりそうなもの……薄暗い部屋をうろつくが、それらしいものは何もなかった。
流石に点滴のカテーテルで首吊りはできまい。バカなことを考えてしまい、少しだけ笑う。
周りの鉄格子に頭を打ち付ければ死ねるだろうか。扉に嵌った鉄格子を撫でれば酷く冷たい感触。丈夫な体で死ぬまでそんなことをやるのは流石に無理だろうか。
消えてしまいたいが、痛いのも苦しいのも嫌だな。
鉄格子にすがりつき、ずるずるとへたり込む。
どうすればいいんだろう。自分を形作っていた何もかもが無くなってしまうことがこんなに苦しくて辛いなんて知らなかった。
ただただ逃げ出してしまいたい。でも、自分という殻を捨てて逃げ出すことなど……。
「……?」
どぉん、と激しい破壊音が響き、体が揺れる。何かを力づくで捻じ曲げるような音が何度も連続し、振動とともに近づいてくる。
なんだろう、とぼんやり考えているうちに、軽い足音が扉の前で止まった。
「ふぎゃっ!?」
「あれっ、誰かいた? ごめんね~ちょっと探しものしてて……ってワカナちゃんじゃん」
鉄格子をひん曲げながら勢いよく無理やり開かれた扉にぶっ飛ばされて、ふかふかの絨毯の上をコロコロ転がった俺の上に、聞き覚えのある声がかけられる。
ミカ様?
「なんでこんなとこにいるのかな。叩いて治ってめでたしめでたしって話じゃなかったっけ。……まあいいや。私急いでるんだよね。私の荷物あるとこ知らないかな?」
異様な状況で、ごくごく普通に笑いながら問いかけてくるミカ様に呆然と首を振る。
「ふぅん……ま、そりゃそっか」
朗らかに笑って、しかしその目だけは常夜灯の灯りを反射して橙に輝き、それでも恐ろしく暗く沈んでいた。
俺になど何も興味がないようにすぐに踵を返すミカ様に、思わず声をかける。
「あ、あの……どっか行くんですか」
「うん。復讐というか、八つ当たりというか……そういえば君もけっこうな被害者になるのかな。せっかくだし一緒に行く?」
前に誘ってくれたしね。
そう言いながら、へたり込む俺にゆっくりと近づくミカ様。
「錠前サオリを殺しに行こうか、ワカナちゃん」
は?
「ああ、いきなりどうしたって顔だね。うん、私も自分でもどうかと思うんだけどさ……だってしかたないじゃない? セイアちゃんが許してくれて、もしかしたら全部元通りになって……。ちょっとだけ信じちゃったんだ、そんなハッピーエンド。でもさ、普通に考えたらそんなのありえないって分かるよね。いくら先生でも無理だよ。あはは、私も夢見がちな乙女だったんだなーって。これじゃナギちゃんのことバカにできないね」
軽い世間話でもするように、なんでもないことのようにミカ様は嗤う。
「全部全部覚悟してたつもりだったけどさ……いざ大事なもの全部無くなっちゃって、友達も失くしちゃって、改めてここにはもう居られないんだって思ったらさ」
昏い目に射抜かれる。
「私たちをこんな目に合わせて、自分は大事なお友達と一緒にいる。そんなやつ許しておけないよね?」
さっぱりわからない。全然わからない。だが、本気なのは分かる。
差し伸べられた手に、ゆっくりと触れる。互いに血の気の引いた冷たい手。
何言ってるんだか全然わからないが、でも凄まじい引力があった。
何者でもない俺でも、この人について行けば。かつてのキラキラした姿とは真逆の沈んだ目。それでも引力は変わらない。
伸ばした手が軽く掴まれて、しかしすぐに離される。
「え……?」
「……君は、違うんだね」
酷く失望したような声音。
「酷い目にあって誰かを恨んで、憎んで、そういうのじゃないんだ?」
なんでかな、やっぱりお友達がいっぱいいるから?
そんなことをいいながら立ち上がり、辺りを見回すミカ様。はぁ、とため息一つつき、また部屋を出ようとする。
嫌だ。見捨てないで。
「俺は! 俺は……偽物で、バケモノで。もう、なんにも分かんないんだ。だから、あんたが決めて、連れてってくれるなら……それが」
「いらないよ。私は私の憎しみでサオリを殺しに行くんだ。ワカナちゃんも同じ気持ちならって思ったけど……そんなわけないもんね」
期待外れの、興味のないものを見るような冷えた目でこちらを一瞥する。
「ふふ……それにしてもバケモノかあ。魔女と、ペットのバケモノ。お似合いかもね?」
ミカ様は再びしゃがみ込み、呆然とへたり込んでいる俺の首筋を撫でる。
ぞわぞわと、背骨の下から脳髄まで痺れるような波が走った。
「でも、命令されないと誰かを憎むこともできないなんて、そんな出来損ないはふさわしくないよね。……もう一回叩いたら直るかな?」
すっと目の前に狐の手が据えられて、ばちんとデコピン。
とんでもない衝撃に頭蓋が揺らされそのまま後方へゴロゴロ転がりベッドの縁に後頭部を強打する。視界に星が爆ぜた。
「あはは、君はずっとそこでうずくまっていればいいよ。……私と違って、色んな人に愛されてるんだから」
涙で滲む視界からミカ様が消えていく。待ってといくら呼んでも応えてはくれない。
「私は本物の“人殺し”になりに行く。もう二度と会うことはないだろうね。さよなら、ワカナちゃん」
デコと後頭部がじんじん痛む。ミカ様は行ってしまった。
呆然と、ひしゃげて半開きになった扉の先の暗がりを見つめながら座り込む。
「……っ!」
数十分はただそうしていただろうか。
……痛みと気持ちが少し落ち着いてきて、今度は段々腹が立ってきた。さっきのは何だったんだと思う。
錠前サオリを殺すってなんだ? 誰?
ていうか殺すって、あんたセイア様の件で散々人殺しがどうので悩んで苦しんだのに、人を殺す? なんで? 本気? バカじゃねえの?
マジでぶっ飛ばされて再起動したのかもしれない。さっきまでぐだぐだグズグズだった頭が妙にすっきりしていた。
自分のことは、ひとまず置いておこう。仕方ない。どうしようもない。どうしようもない事は棚上げするに限る。
そんなことよりミカ様だよ。
“人工天使ケルビム”として狂って暴れた日を思い出す。何もかも諦めたような寂しげな言葉。
あれから一体なにがあったというのか。セイア様がどうのって言ってたけど……いやまあずっとここにいたしなんも分からんな。
でも、補習授業部の合宿所で戦ったあの夜よりも、その後牢で話した時よりも、ずっとずっと沈んださっきの暗い目。
殺したいほど憎い錠前サオリって誰だろう。
俺やミカ様が酷い目にあった原因と言えばゲヘッパリどもに、マネキン野郎、赤い女、あとは……アリウスの人々?
敵、だったのだろう。ガスマスク集団はともかく、一緒に過ごした子たちはなんだか全然憎めないのだけど間違いなく。
お菓子大好きのヒヨちゃん、お花が好きな姫ちゃん、ぬいぐるみ好きで無愛想なミっちゃんに、おへそが綺麗なリーダーちゃん……。
「サッちゃん……サオリ?」
リーダーちゃんは、そうだ、サオリって名前だったっけ。いやアズサちゃんが普通に呼んでたわ。あの時アズサちゃんにすんげえ酷いこと言っててどうかと思ったし。
リーダーちゃんがサオリ、錠前サオリなら。
「ミカ様は、リーダーちゃんを殺しに行くのか?」
事情は、わりとさっぱりわからない。アズサちゃんがなんか複雑な感じだったり、リーダーちゃんが悪そうなのは分かるが……。
だが、殺されるほどではないだろう。セイア様がマジで死んじゃってたんなら殺しに行くのもしゃーないし、止めることはできないけど、そうじゃないだろ。
復讐はスッキリするからやるべきだ、という理論を俺は支持する。
自分が復讐される立場になったとしたら全力で抵抗するだろうが、それはそれ、復讐することそれ自体は止めるべきじゃないと思う。
でも、ミカ様は違うだろ。復讐して色々なことにケジメを付けてスッキリして前に進むとか、そういうカラッとした感じじゃ全然ないじゃん。
ドツボにはまって自分から地獄の底に転がり落ちてくような、そういうムーブじゃん。
さっきまでの俺だったらそれでもついて行っただろう。なんでもない俺でも、それくらいならできる。それくらいしかできないと、そう思っていたから。
でも、今の俺は違うぜ。都合の悪いことからは全力で目をそらすいつもの俺だ。ぶっ叩かれて平常に戻ったぞ。
「今のあんたは気に食わん。気に食わないから殴りに行くよ。……リーダーちゃんも、嫌いじゃないしさ」
だってあの子は姫ちゃんの友達だ。悪いやつでも、友達の友達。なら、見捨てられない。
決めた。寝まくるのも泣くのも吐くのも全部やめだ。殴って燃やして泣かしてやるよ。そう思ったら急に元気出てきたぞ。
というか姫ちゃん、妹ちゃんボディをぶっ壊すときなんか意味深な事言ってたな。私が死ねば~とか……なんかヤバイのだろうか。
いや、思えばあっちもこっちもなんか心配だな。どうなってんだろう。寝てる場合じゃないじゃねーか全然。
……とりあえず、ミカ様を追っかけよう。まだそんなに遠くには行ってないだろうし、アリウスならヒヨちゃんに連れてってもらったから道は分かるしな。
ひとまず栄養補給をしてから出発だ。部屋の電気をつけて、冷蔵庫を開ける。
「わ……」
中には、お見舞いの品らしい果物やお菓子がたっぷり入っていた。
うちの果樹園で作ったらしい袋詰のリンゴや、タッパーに入ったうちの子達が作ってくれたらしいアップルパイやタルトにジャム。
妙に高そうなケーキ屋のロールケーキの箱もあれば、普通のスーパーとかで買ってきたっぽいフルーツ缶に、市販のモモフレゼリーとかプリンとか食べやすそうな物も色々。
その中には牧場ミルクシリーズの新作もある。食べる牧場プリンだ。ドヤっとした顔でプリンを吸っているマスコットの牛くんと目が合った。
とりあえず、簡単に食べられそうなものをお腹に詰め込むことに。
食べる牧場プリンを付属の小さいスプーンでちまちま食べながら、明るくなった室内を見渡す。
暗かったのと気持ちの余裕ゼロだったのとで全然気づかなかったが、棚の上にもお見舞い品らしきものがたくさん並べられていた。
花瓶には色とりどりの季節の花が活けられて、なんともいい香りを放っている。
暇つぶし用の小説や漫画も色々重ねられていた。恋愛小説とか、なんか正義の話をしようだとか、元気が出る経典の名台詞100選とかまともっぽいのもあれば、カバー掛け代えて偽装されたエロマンガとか、アレな感じのピンクの埴輪とかも置いてある。
アレなのはまあ、見なかったことにするとして。……空きっ腹に甘味がしみた。
すごい勢いでモリモリ元気が出てくるのを感じながら部屋を徘徊すると、地下の廃墟に置いてきたはずのモモフレぬいぐるみとかも隅っこに積んであった。誰かが回収してくれたのだろうか。
俺のスマホも一緒に拾ってきてくれたらしく充電中。手に取り、電源を入れてみれば、ものすごい数の着信やらメッセージやら。
モモトークには余裕で三桁の新着通知が着いている。
色んな人に心配をかけてしまったのだろう。ありがたいが、見るのがとても怖い。
とりあえず後でまとめて……と思いながらスクロールすると見慣れないアイコンからも、しばらく前の通知が一件。マネキン野郎、マエストロだ。
「げぇ……」
これについて気にしないようにしていた暗示? かなにかは既に解けているようで特になんともない。
見ないで連絡先ごと消してやりたい衝動に駆られたが、なんかヤバい情報の可能性もあるのでこれだけは一応見ておくことにする。お前の頭の中には爆弾が! とか言われたらどうしようもないしな……。
『そろそろ目覚めた頃合いだろうか。今回の件では大量の貴重なデータが得られ、実に喜ばしい結果となった。よくやってくれた、ケルビムよ』
てめぇ……この、クソ……!
白々しい労いの言葉にムカつくのを抑えながらスクロール。
『今回の成果でもはっきりしたが、“神秘”の出力には器の意思もまた大きく影響を与えることがわかった。お前の初期コンセプトとして兵器運用のための制御にも重きが置かれていたが、その枷をすべて外すこととする。放流と成長の観察を指針とした時点でそうしていても良かったかもしれないな。精神に多少なり混乱があることだろう』
あるよ! めっちゃありまくるわ! 頭ん中いじくり回されて平静保てるわけねーだろがよぉ!!!
『不要かもしれないが、精神の安定のため、一応私の見解を書き添えておく』
なんだよぉ……むしろ不安定になる予感しかしねえぞ……。
『器の脳髄に基づく基本的な人格、恐らく知識の核となる外界の漂流物、それらの上に
はぁ?
『混入した外界の記憶は、お前自身のものではなくとも影響を受けるところ大であろう。地の人格は普段表に出ることはなくとも表層の思考を支配している。しかして表層の人格もまた根本へ……相互に影響を与えあっている。本物だ偽物だと言ってみたところで無意味なことだ。今そこにある総体がお前だ。一時酔夢に惑うとも、何も変わらない』
「……っ!」
『これまで通り良き経験を積め。そして、属するコミュニティのため、友人のため、お前自身のため……力を求めるがいい』
なんだこの、クソ! 見てきたみたいに言いやがってよぉ! いや実際見てんのか!? ストーキングされてんのか!? ざけんじゃねーぞチクショー!
何より、すとんと腹落ちして楽になっちまった自分自身がムカつく!
『それではいずれ、お前が力を求める場でまた会おう。追伸:私は今、新たな
てめっ! このっ! 楽しみにじゃねーよ悪夢じゃそんなもん!!!
「バカ親父がッ!!!!!」
息を荒げながら思わずスマホをぶん投げる。しかしブチ切れてというよりはなんだろうか、羞恥心のようなものが大きく、狙いはベッドの真ん中だ。
バフっと沈んだスマホのウェーブキャットさんケースが一跳ねしてお尻を向ける。
心配してるんだか面白がってるんだかわからないようなメッセージのせいで、連鎖するようにロリってた時の会話も思い出してしまう。
どう考えても最悪の敵なのに、なんだかもう憎めなくなっている自分がいた。
「ああもう!」
とにかく今はクソマネキン野郎なんかどうでもいいんだよ、ミカ様を追わないと!
無駄な時間使わせやがってクソがよぉ!
ええと、装備は部屋の中にはないからとりあえず病人服みたいなパジャマから制服に着替えて、と。誰かが洗濯してアイロンまでかけてくれたのだろうか、制服はピシッとした状態で壁のコート掛けにぶら下がり、エプロンも畳んで棚にしまってあった。
いつもの、そう……いつものトリニティの制服に袖を通し、庭園部の作業エプロンを身につける。ああ、これでいい。これがいいんだ、俺は。
「あとは……」
扉破壊されて行方不明になるのはちょっと事件性しかないから、一応書き置きを残していくか。
ええと、探さないでください……は家出じゃないし、なんだろう。ちょっと出かけてきます……はそんなにすぐ帰れるか分からんな。アリウス自治区まあまあ遠かったし。
「……よし」
『必ず戻ります ワカナ』
半開きの壊れたドアを一応閉めて、俺は走り出した。
お久しぶりです。4章読み返したり最終編読み直してたりしたらまたあっという間に一ヶ月……。ようやく新メインストーリー来て百鬼モブちゃん可愛いとかミドモちゃんことユカリちゃん可愛いとかアラタちゃんおっぱいデカとか色々ありましたが、本作的に一番でかいのはミカのキリエ収録でしょうか。やっぱあそこは歌あると違いますよね。サラッと短めな感じでしたがホント好き。記憶消してもう一回最初から読みたい……。ワカナちゃんにお歌歌わせたのはもちろんあそこイメージしてだったんで非常に嬉しい更新でした。
まあともかく前回更新後は次回でエンディングまで行けるかな~とか思ってたんですがそこまでは行きませんでした。今回更新は4話3~4万字エデン条約編最終戦終了までになります。
今回はワカナちゃん復活回ということで。もうちょっとガッツリ曇らせるべきかという気もしましたがくよくよタイムは5秒で十分ということでさっさと元気にしました。
ミカは魔女顔ですが普通に可愛いところだけじゃなくてキレキレの罵倒飛ばしてるとこも魅力といいますか、3章の命令されなきゃ憎むこともできないのが非常に印象的な痺れるセリフだったのでここでも言ってもらいました。