鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
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「私は天才なんかじゃないです。私はただの凡才で、ホンモノとは天と地以上の差がある」
「でも、早めにそのことに気付けたから今の私があると思います」
「ホンモノの天才は誰か?そりゃあ……あいつですよ。憎たらしいですけど、才能は認めます」
「あ、いえ、本気で嫌ってるわけじゃなくて…言葉の綾みたいな?」
「ただ、あいつのせいで子役時代は辛酸を舐め続けてましたから…嫌な思い出が蘇る…」
ーー
陽東高校、受験日当日。
俺とルビーは受験のため、陽東高校に訪れていた。
陽東高校の入試には筆記試験と面接試験があり、筆記試験終了後に昼休憩を挟み、面接試験を行うことになる。
午前中の筆記試験は特に問題なく終わった。何せ偏差値40の高校だ。前世で医者だった俺にとっては赤子の手を捻るようなものだった。
問題があるとすれば面接だったが、こちらも問題は…あるにはあったが。
面接官に「偏差値74!?」「あ…あくあまりん?え、本名?」などと色々な面で驚愕されたが、恐らくそれが原因で落とされることは無いだろう。
俺よりも後に面接を控えているルビーを廊下で待っていると、ポケットの中に入れていたスマホが震え、メッセージの受信を知らせる。差出人は石動リオンだった。
『受験おつかれ。どんな感じだった?』
リオンは本日、どうしても外せない撮影が入ってしまったため、受験日をズラしてもらっている。大人気俳優だからこそ許される特例措置だろう。
尤も、もし撮影が無かったとしてもリオンは別日になっていただろうけど。もし、あいつが今日ここに来ていたら、大騒ぎで受験どころじゃなかったはずだ。人気があるっていうのも中々面倒だなと思う。
『大丈夫そうだ。お前は落ちないようにな』
そう返信をし、スマホを仕舞う。
リオンには「落ちないように」なんて言ったが、よく考えたらリオンほどの大人気俳優を落とす芸能科なんて無いよな。余程試験が酷くなければ大丈夫だろ。
「アクア、おつかれ」
そんなことを考えていると、ルビーの面接も終わったらしい。受験から解放された爽快感からか、今日の朝よりも爽やかな表情を見せている。
「おつかれ。どうだった?」
「たぶん大丈夫!アクアは?」
「俺も問題ない。もし落とされるなら名前のせいだろうな」
実際、この名前は結構ヤバい。俺はもう慣れたが、冷静になると今でもやばいなと思う。だって愛久愛海だぞ?キラキラしすぎだろ。
愛久愛でアクアと読む当て字はまだ許せるとして、海でマリンは当て字とかいうレベルじゃない。この容姿だからギリ許されてるまである。
ただ、ヤバいとはいえ推しが付けてくれた名前だ。変える気は毛頭ないけど。
「あはは、本名アクアマリンだもんね!みんな面倒だからアクアって呼ぶけど!」
「言っとくけど、ルビーも中々だぞ」
とはいえアクアマリンよりはマシ。漢字は瑠美衣で、当て字とはいえ読めなくはないし。
「でもさ、芸能科ならインパクトある名前の方がいいんじゃない?アクアマリンとかルビーとか、1回聞いたら忘れないでしょ?」
「まあ、確かに…」
こいつの言うことも確かに一理あるな。芸能界で生きていくにはインパクトは重要だ。
当然、インパクトだけで生き延びるのは難しいが、インパクトがあった方が有利なのは間違いない。
「アクア……マリン?アクア?」
ルビーと廊下で立ち話していると、俺たちのすぐそばで1人の女子生徒が足を止めた。この高校の制服を着ているから、恐らく在校生。俺たちの先輩に当たる人間だ。
艶々の赤髪をボブカットに切りそろえ、ベレー帽を被った女子生徒は何やら俺の名前を小さな声で呟いている。
「星野アクアっ!?」
赤髪の少女がこちらを向き、嬉しそうな笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。
いや、待て。こいつ、なんで俺の苗字まで知ってるんだ?
「良かった…!まだ芸能界にいたんだ…!全然会わないからもうやめちゃったのかと思った…」
何やら感極まった様子で話し始めた。何が何やら分からず、俺とルビーはひたすらに困惑する。
女子の反応を見る限り、俺とこいつは会ったことがあるらしい。ただ、全く思い出せない。この学校の生徒という事は芸能関係者の可能性が高いだろうが、最近の記憶に当てはまる人物はいなかった。
「あ、アクア、もしかしてあれじゃない?えっと……重曹を舐める天才子役!」
「10秒で泣ける天才子役よ!相変わらず失礼ね!!」
そのフレーズと2人のやり取りで思い出した。そうか、こいつ…あの映画で共演したクソガキ。確か名前は……。
「有馬かな?」
「そうよ。久しぶりね、アクア」
俺が口にした名前はあっていたらしく、有馬は笑みを浮かべた。
「よく俺のこと覚えてたな」
俺は忘れてたのに、とは言わない。言ったらめんどくさそうだから。
「ま、まあ?あんたの演技は中々だったし?」
「中々?俺に負けた~とか言ってギャン泣きしてたくせに?」
「~~~!っるさいわね!そこォ!ニヤつくなァ!」
昔のことを少しずつ思い出してきたので、特に記憶に残っていたギャン泣きエピソードでからかう。
どうやら有馬も覚えていたらしく、顔を赤く染めると、ニヤニヤとムカつく顔をしていたルビーに向けて声を荒げた。
……こいつ、結構面白いな。弄り甲斐がある。
「そ、それで?芸能科受けたんでしょ?」
「ああ。俺もルビーも芸能科だ」
俺の言葉に、有馬は偉そうに腕を組んで頷く。
「そ。私も芸能科。ちなみに1コ上だからね?ちゃんと敬いなさいよ」
「ええ~…?」
「何で不満そうなのよ!」
ルビーが不満たっぷりの声を漏らし、有馬が憤慨する。
まあ、ルビーの気持ちも分かるけど。敬えって言われてもな……今のところ敬えるようなところがないっていうか……なあ?
とはいえ、仮にも芸能科の先輩だ。仲良く、とまではいかずとも邪険にはしない方がいいだろう。
「ルビー。こんなでも受かったら一応先輩だぞ?形だけでも敬っておけば満足するだろ」
「おいこら聞こえんぞ」
「え~?…はあ、わかったよ。よろしくね、ロリ先輩」
「いびるぞマジで!」
やっぱこいつ面白いな。こんなに弄るのが楽しい奴は久々だ。バラエティのいじられキャラとか向いてるんじゃないか?
「まあ、いいわ。ところでアクア、この後時間ある?」
「まあ」
「どっかで話さない?」
気を取り直した有馬から予想外のお誘いを受けた。普通に断ろうと思ったが思い留まる。有馬はこんなでも俺の先輩だ。年齢だけでなく、芸能人としての芸歴や経験もはるかに上。芸能人としての経験がまだ少ない俺にとっては、経験豊富な有馬の話は有益だ。何か糧になるような話が聞けるかもしれない。
「甘いよ、ロリ先輩。アクアがそんな誘いにホイホイついていくわけ……」
「いいぞ」
ルビーが甘いよやらホイホイやら言っているが、それを無視して了承の意を示す。
「ほら、言ったでしょ。アクアは軽い男じゃ……え“っっっ!!!!!????」
余裕綽々で踏ん反り返っていたルビーが、バカでかくて汚い声を上げた。
――
「ママ~~~~!お兄ちゃんが年上のJKにほいほい連れてかれちゃったよ~~!」
星野家のリビングの扉が勢い良く開かれ、星野ルビーが慌てた様子で入室してくる。
リビングではルビーの母親であるアイが久々のオフを満喫しており、ソファにゆったりと腰かけて寛いでいるところだった。
「何言ってるのルビー、アクアがそこらの女に誑かされるわけないでしょ?」
「噓じゃないもん!お兄ちゃん、JKと一緒に出掛けちゃったんだもん!」
「……ほんとに?」
「ほんとに!」
ルビーの言葉を信じたのか、アイの雰囲気が豹変する。先程までのリラックスした雰囲気から一変、戦前の武将のような荒々しい雰囲気を身に纏い始めた。
「ふ~ん?アクア、女の子に誑かされたんだ?へえ~……まあアクアも男の子ってことかな?とりあえず、帰ってきたら話を詳しく聞かないと……」
「ううん、ママ。可愛いと思ったメスに直ぐついて行っちゃうような残念なオスに情状酌量の余地は無いよ。帰ってきたら説教だよ」
「…うん、それもそうだね!ママとルビーを放って女遊びするような子は……容赦なくお仕置きしないとね!」
星野家のリビングに不穏な空気が立ち込める。
何故かどんどん処罰が重くなっていき、最終的には“容赦なくお仕置き”という刑が確定してしまった。
アクアも相当なシスコン且つマザコンだが、アイとルビーも似たり寄ったりだった。
――
星野家でアクアの処罰が決定した頃。
自宅でそんなことが決まったなど露も知らないアクアは、有馬と共に都内のカラオケ店に入店していた。
互いにドリンクを注文し、備え付けのソファに着席する。
「アクアはまだ役者やってるんでしょ?最近は何やってるの?」
有馬がウキウキした様子で問いかけると、アクアは淡々と答える。
「いや、最近役者の仕事はやってない。裏方の勉強ばっかりだな」
「あ……そうなんだ…」
アクアの答えに、有馬は明白にテンションを落とした。そんな有馬を見て、アクアは小さく息を吐いた。
「最近はやってなかったけど、また始めるつもりだ。そんな落ち込むなよ」
「べっ!べべつに落ち込んでないわよ!けど、ふうん?役者やるつもりなのね?へ~?」
落ち込んでいたことを指摘された有馬は必死に取り繕うが、全くと言っていいほど誤魔化せていなかった。その後、アクアの「また始める」という言葉にニヤニヤと嬉しそうな反応をする。あまりにも感情が表に出すぎており、本当に女優なのか疑わしいレベルだ。
アクアは「ついてきたのミスだったか?」と心の中で呟く。しかし、次の話題に入った時、その評価は覆ることになる。
「じゃあ、役者をやる気はあるのね?」
「ああ」
「そんなアクアに、良い話があるんだけど?」
「良い話…?」
控えめな胸を張って言う有馬に、アクアは思わず訝し気な視線を向ける。アクアも“良い話“とだけ言われて信じるほどバカじゃない。続きを話せと目で訴えると、有馬はニヤつきながら口を開いた。
「今私が出てるドラマだけど、キャストがトんじゃった役があるのよ。あんたがその気なら、私がプロデューサーに掛け合ってみてもいいわよ?」
その言葉に、アクアは思わず目を見開いた。
それが本当なら、無名のアクアにとっては願ってもないチャンスと言える。
――しかし。
「ありがたい話だが……お前の推薦だけで本当に決まるのか?俺、自分で言うのもあれだけど無名だぞ」
アクアは疑問に思ったことを率直に口に出した。
いくら過去に一世を風靡した有馬かなとはいえ、今ではただの1役者に過ぎない。大御所でもない有馬の言葉を、上の人間が素直に聞くとは思えなかった。
そんなアクアの懸念を、有馬は1つずつ解決していく。
「大丈夫だと思うわよ。私が気に入られてるっていうのもあるけど……まず、今回のドラマは新人の宣伝がメインなの。主演のほぼ全員が知名度のない新人役者よ。それに、プロデューサーの鏑木さんは顔面至上主義。あんたの容姿なら間違いなく気に入られるわ」
「なるほど…」
アクアは有馬の言葉をしっかりと噛み砕き、脳内で思考を巡らせる。
――現状、受けない理由が無い。むしろ美味すぎる話ではある。無名の俺は仕事を貰えるだけでも有り難い立場だ。……受ける一択だな。
「受ける」と口に出そうとした瞬間、アクアは一番大切なことを聞いていなかったと思い出した。
「そういえば、何の作品?」
「今日は甘口で、の実写ドラマ。あんたに紹介する役は最終話で出てくるストーカーよ」
アクアにとって聞き覚えのある、というより原作を全て読破した作品の名前だった。
今日は甘口で。以前ミドジャンにて連載されていた恋愛漫画の金字塔とまで言われる作品。若い層を中心に爆発的な人気を博した傑作であり、通称“今日あま”。
「今日あまか。それにストーカー……思ってたよりも良い役だな」
アクアが紹介された役は、最終話で主人公達と対峙するストーカー。所謂ヒール役というもので、陰湿で気持ち悪い演技が必要になる役だ。やりたがらない人間もいるだろう。
しかし、感動のラストシーンに向かうには欠かせないキャラクターであり、出演は最終話だけとはいえ出番も台詞もそこそこある。ただのエキストラなんかよりは何倍もマシな役だろう。
「なんだ、今日あま知ってるの?」
「この業界にいて知らない人間はいないだろ。俺も全巻読んだ」
「へえ…あんた、漫画とか読むのね。意外だわ」
「俺を何だと思ってんだ」
アクアも漫画は人並みに読む。流行の作品くらいはチェックしていた。今日あまもその一環で全巻購入し、その日のうちに一気読みし、最終巻でボロ泣きした。
有馬も今日あまは全巻読破しており、今でも読み返すほどに大好きな作品だ。最終巻を読み返すたびに号泣している。
「話が逸れたわね。それで、どうする?受ける?」
「決まってんだろ、受けるよ」
アクアは即答する。その言葉を聞いた有馬は、嬉しそうに口角を上げた。
「そう来なくっちゃ!」
――
「ただいま」
有馬との話し合いを終えたアクアが自宅の扉を開け、声を出して帰宅を知らせる。しかし、普段なら出迎えに来るはずの母親や妹が顔を出すことは無かった。
妙だな、と思いつつアクアはリビングへと向かう。リビングの扉を開けると、母親のアイと妹のルビーが並んでソファに座っていた。
いつもの光景に見えたが、雰囲気がまるで違う。ソファに座る2人は不穏な空気を孕んでおり、アクアの背中に冷や汗が流れる。
「お兄ちゃん、おかえり」
「アクア、おかえり。さ、ソファに座って?」
「え、いや…」
「座って?」
「あ、はい」
母親の重圧には勝てず、もう片方のソファにゆっくりと腰を下ろした。
アクアの着席を確認したアイは、静かに言葉を放つ。
「アクア、ルビーから聞いたよ?女の子に誘われて遊んできたんだって?」
「は?いや、遊んできたわけじゃ…」
「言い訳は聞かないよ、お兄ちゃん!あのロリ先輩とえっちなことしてきたんでしょ!」
「してねえよ!?」
「へ~?そういうことしてきたんだ?へ~~?」
「いやだからしてねえって!」
「アクア、取り敢えず、お仕置きね?」
「お兄ちゃん、覚悟してね」
「は?いや、ちょっ、まっ…!ああああああああああああああ!」
その日、星野家に10代男性の断末魔が響き渡ったという。