鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

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こんにちは
今回で今日あま終わり…と思いきや、パーティみたいなのもありましたねそう言えば…
入学は次次回かなぁ…


12 今日は甘口で

 

 今日あま最終話、撮影日当日。

 俺は撮影のロケ地である廃倉庫に赴いていた。

 天気は生憎の雨で、じめじめとした湿気が肌に纏わりつく。廃倉庫の暗い空気も相まって、接妙に気持ち悪い雰囲気。しかし、最終話の陰湿な雰囲気にはぴったりだろう。

 有馬曰く、このロケ地は1日しか確保できなかったらしい。そのため、本読みは無し、リハは1回切りで即本番という、終わったスケジュールで撮影しなければいけない。

 はっきり言って、酷いなんてレベルじゃない。低予算で知られる五反田監督の現場ですら、この何倍も丁寧だった。

 

 「わかってはいたが、酷い現場だな」

 

 「予算も時間もないのよ……」

 

 有馬でさえ、この現場の擁護をしようとはしない。ただ苦そうな顔をするだけだ。

 そんな有馬の下に、1人の男が歩いてきた。顔はいいが、チャラついた雰囲気のいけ好かない男。このドラマの主演、主人公役を務める鳴嶋メルトだ。

 

 「かなちゃん、今日雨ヤバない?撮影延期してほしかったわ~」

 

 世の中を舐め腐っていそうな態度だ。少々ムカつくが、ここでキレるほど俺も子供じゃない。

 相手は主演、俺は嚙ませ犬。こいつの芸歴とかは知らないが、この現場での立場はあっちの方が上だ。

 俺は頭を下げ、鳴嶋に向けて自己紹介をする。

 

 「苺プロ所属、星野アクアです。よろし」

 

 「よろー」

 

 鳴嶋は俺の挨拶を途中で遮り、自己紹介も何もせずに立ち去って行った。

 態度が酷いなんてもんじゃない、怒るとかムカつくとか、そういう気にもならない。俺はただただ、呆れることしかできなかった。

 こいつにはリオンの言葉を100回聞かせてやりてえな、などと思っていると、愛想笑いを浮かべた。有馬がフォローに入ってくる。

 

 「ま、まあ、とんとん拍子で売れてる若手にはよくあることね。気にしない方がいいわよ」

 

 「昔のお前みたいな?」

 

 「うぐっ……言わないで、黒歴史だから」

 

 有馬を適当にからかっていると、この現場の責任者である鏑木Pが現場に現れた。俺はPの下に素早く移動し、先程と同じように挨拶をする。

 

 「苺プロ所属、星野アクアです。本日はよろしくお願いいたします」

 

 「あ、うん。よろしく」

 

 流石に鳴嶋とは違い、きちんと挨拶は返してきた。しかし、俺に向けられる目線は好ましいものではない。

 オマエに特に興味はない、そう訴えかけてくるような視線が、俺に深々と突き刺さった。

 

――

 

 リハーサルが終わると、有馬が笑顔で話しかけてきた。

 

 「最近は役者やってないって言ってたけど、普通に演技できるじゃない。上手かったわよ」

 

 有馬の言葉に噓はなく、お世辞も入っていない。心から、有馬は俺の演技を褒めてくれているのが分かる。

 けど、それじゃダメなんだ。上手いなんて思われてるようじゃダメだ。

 ホンモノの演技は、本当に一流の演技は、上手いなんて言葉は出てこない。上手いとすら思えない。ただ自然に、当然のように、スッと内側に入ってくる。

 あいつの演技は……こんなもんじゃない。こんなレベルじゃ、あいつには逆立ちしたって勝てない。こんなんじゃ……。

 

 「アクア?どうしたの?あ、私……変なこと言っちゃった?」

 

 「……っ!」

 

 思考の海に沈みかけていたところを、有馬によって引き上げられる。不安そうな顔の有馬を見て、ようやく我に返った。

 落ち着け、今あいつに勝てないのは分かりきっていることだ、焦らなくていい。

 そう自分に言い聞かせながら、有馬に返事を返す。

 

 「……いや、悪い、そういうわけじゃない。ただ、自分の演技が気に入らなかっただけだ」

 

 「そう?ミスもなかったし、良かったわよ?意外とストイックなのね」

 

 「このくらい練習すれば誰だってできる。……悪いな、期待外れだったろ」

 

 有馬は幼少期に見た俺の演技――今思えば演技とは言えないが――のような、普通とは違う演技を期待していたはずだ。しかし、あの時のは見た目と精神年齢の乖離から生まれたイレギュラー。

 今の俺は精神年齢に見た目が追い付いている。あんなことはもう二度と出来ない。今の俺は、忠実に普通の演技をするただの役者だ。

 

 「期待してなかった、って言えば噓になるけど、じゅーぶん。アクアの演技はちゃんと物語に寄り添っているっているから、1つ1つが丁寧で私は好き。あんたを呼んでよかったわ。あんたとなら、このラストシーンは良いものに出来るかもしれない」

 

 「……そうだな、最大限努力はする」

 

 有馬は「ラストシーンは良いものに出来るかもしれない」と言っているが、俺と有馬の2人ではどうやっても無理だ。

 俺だってそのつもりで現場に来たが、実際に現場を見て無理だと悟った。

 何故なら、ラストシーンの主役はあくまでも主人公……つまり、演技が一切できない鳴嶋メルトが主役になる。

 ただ演技ができないならまだしも、あいつには向上心が一切ない。自分の演技を良くするどころか、悪いとも思っていない。

 あんなのをフォローし、良いシーンにするなど、俺と有馬が全力でフォローしても不可能だ。

 そんなこと、有馬も分かっているはず。なのに、有馬の目から希望は消えない。

 

 「こんな現場でも、私にとっては10年ぶりの主役級の仕事。最後くらい、良い形で終わりたいの」

 

 有馬の言葉は力強く、俺の心の内側にまで響くようだった。

 

 「何度も引退って言葉が頭を過ぎったけど、やっと自分の実力が評価される時が来たのよ。どんな形だろうと、最後まで全力でやってやる!」

 

 有馬…お前はなんで、そんなに前を向けるんだ。

 天才子役と呼ばれた時代は昔の話だろ。

 人気は低迷し、先の見えない闇の中を、長い間苦しんできただろ。

 久々の主役級の仕事が、こんなに酷い現場で失望したはずだろ。

 それなのに、こいつの目から希望は、光は消えない。

 最後まで足掻いて足掻いて、この芸能界にしがみ付くという覚悟は消えない。

 この作品を良くしてやるという意志の火は……消えない。

 

 「はっ……」

 

 口から乾いた息が出た。目の前の有馬にすら気付かれないほどに、小さな吐息だった。

 何が、無理だ。何が、不可能だ。

 あいつに追いつくんだろ、あいつを超えるんだろ。こんなんで無理とか零してる人間に、あいつを超えるなんて言う資格はない。

 無理だ、不可能だ、何て言っている暇があるなら、今できることを考えろ。

 有馬のように、どんだけ苦しくても辛くても足掻き続けろ。

 

 俺に才能はない。それは、もう分かりきっていることだ。

 それが分かっているのなら、才能がないのなら、自分にできることは全部やれ。使えるものは全部使え。

 

 『期待してなかった、って言えば噓になるけど、じゅーぶん』

 

 俺にチャンスをくれた共演者の期待に応えるため。

 

 『ここから何とかするつもり?もう最終話しか残ってないのに?』

 

 この作品を良くするなんて無理だといった、遥か先にいるライバルの鼻を明かすため。

 

 『リオンを超える』

 

 そして、自分自身の夢と覚悟のために。

 俺は今日、この舞台に立つ。

 

――

 

 私の名前は有馬かな。

 小さい頃は天才子役と祭り上げられていたけど、今やネットではオワコン子役なんて呼ばれている。

 私の賞味期限は小学生辺りで終わってしまったけど、ボロボロになりながらも何とかこの業界にしがみついて、ようやく掴んだ待望の主役級。何が何でも良い作品にしたい。

 そのためならなんだってする。散々嫌っていたコネを使って子役時代の知り合いをキャストに捻じ込んだ。周りのレベルに合わせるためにヘタクソな演技だってした。

 捻じ込んだキャスト…アクアは昔の印象とは少し違ったけど、基礎を固めているしっかりとした演技だった。丁寧で真面目な演技、私が好きな努力した人の演技。

 アクアもちゃんと努力してきたんだって分かって、嬉しくて、頑張ってきたのは私だけじゃないんだって、そんな風に思えた。

 

 けど、今更アクアが入ろうと、この作品がクソなのは多分変わらない。

 もう4話まで公開されてて、評価は地の底。視聴を続けてる人なんて、余程の物好きか、出演者のファンか、関係者か。

 どれにせよ、ほとんどの視聴者はこの作品を見限って、駄作の烙印を押してる。

 けど、まだ手遅れじゃない。まだ、最終話のラストシーンが残ってる。原作でも屈指の名場面、ストーカーと主人公が対峙する場面。

 このシーンはいつ読んでも泣くし、一番好きなシーン。

 このシーンを良いものに出来れば、世間の評価も少しは変わるかもしれない。私1人では無理でも、アクアが居れば何とかなるかもしれない。

 けど、そんな淡い希望も、すぐに打ち砕かれる。

 

 「バカナノ!?」

 

 本番が始まり、主人公役の鳴嶋メルトとヒロイン役の私が廃倉庫で対峙するシーンが撮影される。

 目の前にいる大根役者の演技は相変わらずだけど、何とかフォローしようと必死で立ち回る。

 だけど……。

 

 「ヒトリニサセネーヨ!」

 

 ……こんなの無理だよ!私ひとりじゃフォローできないし、例えここにアクアが居ても無理!

 なんで監督たちはこんな演技でOKだと思うの?ここはもっとおどろおどろしくて、恐くて、緊迫雰囲気なのに……演技ってそんなにどうでもいいこと?

 けど、そんなことを口に出すわけにはいかない。それをしてしまえば、私はもうこの業界で生きていけない。

 だから私は、自分を殺して、エゴを殺して、このクソ作品に尽くす。

 ああ、最後まで足搔いてみたけど……結局、良いシーンを撮るなんて無理だっ――。

 

 ――ピチャン。

 

 水溜まりを踏みしめる音が、響く。

 それは廃倉庫に染み入り、雨音と共に残響となり、そして消える。

 音がした方向に目をやると、黒いフードを被った男―ストーカー役のアクアが、少しずつこちらに近づいてきていた。

 照明の角度のせいで顔が見えづらいのと、水を踏む足音のせいで気味の悪さが否応なく搔き立てられている。

 けど、それだけじゃない。気味が悪いと思うのは……周囲の要因だけじゃない。アクアの演技が、さっきまでとは違うような……そんな感じがする。リハの時よりも、気味が悪くて……得体の知れない、そんな雰囲気だ。

 アクアがメルトに近づいていき、耳元で何かを囁いた。瞬間、メルトが激高しアクアの胸倉を掴む。

 

 「なんつったおめえ!」

 

 「…聞えなかったのか!?あんな女、守る価値なんてないって言ったんだ!」

 

 台本も立ち位置も無視、普通はカットがかかる。けど今までで一番、原作の雰囲気が出てる。

 それが分かっているから、スタッフさん達もカットをかけない。演出のプランから外れているはずなのに、今の雰囲気を優先している。

 

 「この子は…俺の大事な友達だ!」

 

 メルトの演技が見違えた。本気で怒っている。感情が乗っている。今までの演技とは一線を画している。

 ――今の、凄く原作っぽい。

 

 「殺されても守る!」

 

 主人公とストーカーが対峙する。息を飲むような緊張感が体を刺す。

 このシーンの、この雰囲気はアクアが作り上げたものだ。

 ただ普通に演技をするだけでも良かったはずなのに、独断で演出に逆らって、リスクを冒して、わざわざ舞台を整えた。

 ……何のために?

 自分の評価のため?この作品のため?原作のため?

 …それとも――私が、良い作品にしたいって言ったから?

 

 そんなことを考えていると、アクアと一瞬目が合った。

 ――本気でやれよ、有馬かな。

 アクアの目が、そう言っているような気がした。

 生意気な目から伝わってきた、生意気なセリフ。相変わらずムカつく後輩だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 「この先、お前の人生に碌なことは無い。全てが真っ暗だ」

 

 アクアがセリフを言い終えた。次は私のセリフ。

 今まで、周りに合わせて本気を出せなかった。私が本気を出したら、作品が壊れるから。

 けど、今は、今なら、本気を出しても壊れない。

 …いいわよ。あんたの言う通りにするのは癪だけど、お望み通り本気でやってやるわよ。

 

 「それでも、光はあるから」

 

 瞳から涙を流す。私の代名詞でもあり、得意技だ。

 流した涙が頬を伝い、地面へと落ちていく。

 落ちた涙は、地面に染み込んで消えていった。

 

――

 

 ストーカーと対峙するシーンの撮影が終わり、すぐさま最後のシーンの撮影に移った。

 もうすぐ本番が始まるのに、顔が熱い、心臓がドクドクとうるさい。

 カチンコの音が鳴って、本番がスタートした。早く演技をしなきゃいけないのに、体が火照っていうことを聞かない。

 アクアの顔が、声が、海を思わせる綺麗な瞳が、頭から離れない。

 頭からあいつを追い出そうとすればするほど、離れずに図々しく居座る。

気が付くと、視線の先にアクアがいた。目が離せなくなって、どうしようもなく心臓が高鳴った。

 

「カット!OK!」

 

 この日、私は人生で初めて、演技をせずカメラの前に立ってOKを貰った。

 

 恋に落ちた乙女の顔を演じるシーンだった。

 




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