鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

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13 恋するために

 

 「何見てるの?」

 

 事務所の休憩スペースでソファに座り、スマホ片手に寛いでいると、何者かに声をかけられた。声の方に顔を向けると、そこには絶世の美少女の姿が。

 夜空のように綺麗な黒髪に、ライムグリーンの瞳を持つ少女……俺の同僚である不知火フリルだ。

 スマホで再生していた動画を一時停止し、フリルに言葉を返す。

 

「お疲れ、フリル。仕事は終わり?」

 

「うん、今日はもう終わり」

 

フリルは当然のように俺の隣に腰を下ろすと、スマホの画面を覗き込んでくる。プライバシーもクソもないが、いつものことだし、見られて困るものはないから問題ない。

 

「これ、ドラマ?」

 

「うん。今日あまの実写。知らん?」

 

俺のスマホには今、『実写ドラマ・今日は甘口で』の最終話画面が映し出されている。それを説明すると、フリルは表情を僅かに動かした。

 

「今日あまって、あの?」

 

「そ。あの今日あま」

 

「知らなかった、実写なんてやってたんだ」

 

フリルが知らないのも無理はない。原作が人気作とはいえ、連載はかなり前に終わっている作品だ。実写化の話も殆ど話題にならなかった。実際、俺もアクア達から聞くまで知らなかったし。

 

「もう最終話だけどな」

 

「そうなんだ。面白い?」

 

「いや?クソ作品だよ」

 

「即答だね」

 

そりゃ即答だ。だって擁護のしようがない程クソだし。

唯一擁護できる点があるならば、有馬かな。彼女の献身があるから、ギリギリ作品として成り立っている。

周囲に合わせるために自分の演技を殺すなんてこと、中々できるもんじゃない。エゴイストが多い役者という職業では特に。

 

「だってホントにクソなんだもん」

 

「じゃあ何で見てるの?」

 

「最終話だけ知り合いが出るんだよ。それがなきゃ見てない」

 

アクアが出ているから見るだけで、最終話以外を見る気はない。

アクアが出演するという話を聞かなければ、作品を見るどころか存在すら知らないままだった。

 

「知り合い?女の子?」

 

フリルの声のトーンがほんの少しだけ下がった。なんでだ。

 

「男だよ」

 

「ふ~ん。私も観て良い?」

 

フリルの声のトーンが元に戻った。よかった。

 

「いいよ」

 

隣に座る少女が俺に体を寄せてきた。フリルが見やすいようにスマホの角度と位置を動かして、2人で視聴を続ける。

 

「ひどいね」

 

「だろ?」

 

まだ数分間しか観ていないのに、フリルは我慢できなかったようだ。俺はこの酷さを知っていたから何とか耐えられたが、初見のフリルには厳しかっただろう。

相変わらずの大根役者に原作崩壊。もはやこれは今日あまじゃない、今日あまを下水で煮込んでヘドロをトッピングした何かだ。

 

「こんなに酷いのに、演出のお陰で見れなくはないレベルなのが小賢しいね」

 

「そうなんだよ。ぎりっぎり見れるんだよ」

 

この作品で加点ポイントがあるとするなら、裏方の優秀さだ。ヘタクソな演技でも見れる作品にする演出は素晴らしい、+10ポイント。ちなみに演技は-5万ポイント。シャアもびっくりするぐらいに真っ赤な点数だ。

 

「リオンの知り合いはまだ出ないの?」

 

「ストーカー役らしいし、多分出るのは最後の方」

 

「そっか………あの、そこまで飛ばさない?」

 

「ええ……」

 

我慢できなくなったフリルが悪魔の提案を囁いてきた。俺もそれを考えなかったわけじゃないけど、どんなにクソ作品だろうと飛ばすのは失礼だ。だから、俺は映画やドラマを見るときは絶対に飛ばさない。

 

「…ほら、お前イケメン好きだろ?このドラマイケメンしか出てないぞ」

 

「イケメンでも演技の下手さに目が行ってムカついちゃうからだめ」

 

出演者の顔の良さでフリルの気を逸らそうとしたが無理だった。面食いのフリルがここまで言うなんて珍しいけど。それも仕方ないだろう。

顔がいいとはいえ、本物のイケメンには敵わない。例えばアクア。あいつ顔はマジで国宝レベルだし、この程度のイケメンじゃ勝負にすらならない。

その後も不服そうなフリルを何とか宥めながら視聴を続けると、遂に廃倉庫のシーンに突入した。

この期に及んでも主演の演技は酷いもので、原作のようなおどろおどろしい雰囲気は一切表現されていない。しかしそれも、ある人物の登場で一変する。

 

「おっ…?」

 

奥の暗がりから、パーカーを被った男が現れた。アクアが演じるストーカーだ。顔はよく見えないが、間違いないだろう。

アクアが水溜まりを踏みしめる足音が周囲に響き、不気味さを煽る。そのまま主人公に近づくと、何やら耳元で囁いた。

その時、この作品が始まってから初めて、主人公が真面な演技を見せた。

 

「雰囲気が変わった」

 

隣でフリルがポツリと呟いた。その言葉に無言で同意する。

主人公の演技が一変し、周囲の雰囲気が変わり、原作の名シーンを再現している。

今までと同じ作品とは考えられないほどに素晴らしいシーンだ。観ているこちらも感情が乗って、世界に引き込まれる。

この雰囲気を作り出したのは間違いなく―――アクアだ。

アクアの演技は、主役を引き立たせるための演技。ストーカーらしく気持ち悪さを全面に出しつつも、大げさに演じることは無く一歩引いた位置に立って黒子に徹している。

……だが、このアクアの演技、何か違和感がある。下手というわけではない。ストーカーの気味悪さを良く表現できているし、十分に上手い演技だ。けれど、何か違和感が……。

 

「この人が知り合い?」

 

「ああ」

 

「凄いね。本当のストーカーみたい」

 

フリルの言葉で、違和感の正体が分かった。

そうだ、ストーカーの仕草が忠実すぎるんだ。

大げさな表現をせずとも、見ている側にストーカーの気持ち悪さ、恐ろしさと狂気がひしひしと伝わってくる。まるで本物のストーカーを目の当たりにしているようだ。

あれはただの演技じゃない。ただ演技をするだけじゃ、ここまで忠実に再現はできないだろう。それこそ、実在するストーカーの真似をするとか…。

 

「……そういうことか」

 

小さく、言葉が漏れた。

そうだ、真似をしているんだ。狂気に塗れた異常者を、ストーカーを。

あいつは、自分の目で見ている。12年前のあの日…自宅の玄関で、本物のストーカーを。恐怖と共に心と脳に焼き付けている。

その記憶をもとに、ストーカーを再現した。気持ち悪く、気色悪く、支離滅裂で狂気に溢れた異常者を。

普通じゃない。幼少期にストーカーに襲われた記憶なんて思い出したくないはずだ。トラウマになっていてもおかしくない。それなのに、それを鮮明に思い出し自らの芝居へと落とし込んでいる。そんな真似、普通の役者にはできない。

できるのは自分の全てを、人生を、芝居に捧げる覚悟を決めているようなイかれた人間だけだ。

 

「やるじゃん、アクア」

 

再び、声が漏れる。それに反応してフリルが首を傾げた。あざとい。けど様になるからこいつはズルい。

 

「アクア?この人の名前?」

 

「そうだよ。星野アクア。名前だけでも覚えてってね」

 

画面から目を離さずに返事を返す。

ドラマは既にクライマックスを迎えており、ヒロイン役の有馬かなが涙を流す画面が映し出されている。そして迎えるラストシーン、ヒロインが恋に落ちる表情を見せた。

 

「……?」

 

……待て。今のシーンの有馬かな、演技してたか…?いや、断言できる。今のは演技じゃなかった。本心から照れて、顔を赤く染めていた。

まさかとは思うが、本気で……?だとしたら誰に?

有馬かなは、この作品を良いものにしたいと思っていたはず。周りに合わせ、ヘタクソな演技をしていたのが証左だ。

今まではクソだったが、せめてラストシーンは良いものにしたい。でも、主人公の演技をフォローできなかった。もう諦めようと思った、ダメだと思った。けど、そんな時に現れたのが……って感じか。

……なるほど、有馬の心情を読み取れば惚れるのも納得できなくはない。けど…ちょっとチョロくないか?いや、この場合はアクアが凄いのか?

…まあどちらにせよ、イケメンは正義ってことだろう。

 

「……この女誑しが」

 

「え、急にどうしたの?」

 

「いや、こっちの話」

 

三度、漏れた言葉がフリルに聞かれてしまった。急に女誑しとか言いだすヤバい奴だと思われたかもしれない。

 

「アクアさん?って女誑しなの?」

 

「…まあ顔は良いし、よく告られてるっぽい。全部振ってるらしいけど」

 

「女の子泣かせだね」

 

フリルの言う通り、あいつは女泣かせだ。

アクアは当然モテる。それはそれはモテる。

ルビーから聞いた話によると、毎週のように告白されているらしく、更にそれを全部振ってるという。

圧倒的なルックスとクールな態度、ふと見せる優しさで数々の女を落とした挙句、無惨に振る。女泣かせどころか女の敵じゃねえか?これ。

 

「まあ、アクアは女の敵ってことで」

 

「了解」

 

了解しちゃった。

すまん、アクア。けど事実だしいいよな?

 

「今日あま、ラストシーンは良かったな」

 

「そうだね。良かった」

 

とはいえ、作品自体は駄作だ。ラストシーン以外はダメダメだし、見れたもんじゃない。アクアの言うように「終わり良ければ総て良し」とはいかないのが現実だ。

しかし、ラストシーンは少なからず話題になるだろうし、それに伴ってアクアや有馬かなへ世間のフォーカスが向けられる。そこから新たな仕事に繋がる可能性が生まれ、道が開ける。新人役者としては十分過ぎる成果だ。

 

「さて、俺も頑張んなきゃな。次の撮影も決まってるし、休んでる暇ねえわ」

 

俺も次は映画の撮影が控えている。撮影はまだ少し先だが、そろそろ役作りを始めておきたい。

 

「リオンの次の役って何?」

 

フリルの問いに、口角を上げながら答える。

 

「恋する男子高校生の役」

 

――

 

鏑木勝也。

顔面至上主義を掲げることで有名な敏腕プロデューサーだ。

そんな彼は現在、自宅にて次の番組についての資料をまとめていた。

次に彼がプロデュースする番組は、今からガチ恋始めます。所謂、恋愛リアリティショーだ。

そんな彼の下に、1通のメールが届く。しかも、プライベート用のPCに。

このPCの連絡先を知っているのは芸能界でも親しい人物や、鏑木にとって優先度が最も高い人物のみだ。そんなPCに届いたメールとなれば、鏑木にとっての最優先タスクとなる。

受信BOXを開き、差出人を確認して固まる。差出人はこの業界を生きている人間ならば誰もが知っている有名人だったからだ。

 

『鏑木さん、お世話になっております。この度は折り入ってお願いがあり、メールさせて頂きました』

 

丁寧な文章だ。まるで社会人のようなメール。しかし、そんなことを気にする余裕は鏑木にはなかった。何の用でメールを寄こしたのか、お願いとは何か、それだけで頭がいっぱいだった。

鏑木は文頭の挨拶を軽く読み飛ばし、後半にある本題の部分へと目を走らせる。

 

『鏑木さんは、恋愛リアリティショーのプロデュースをしてらっしゃるとお聞きしました。そこで、次回の恋愛リアリティショーに私も出演させていただけませんか?』

 

鏑木は驚愕のあまり目を見開いた。

恋愛リアリティショーは主に、駆け出しの芸能人が出演する番組だ。リアリティショーという台本が無い所で自分をアピールし、業界に売り込むための場。芸能界の登竜門と言ってもいい。

しかし、メールの送り主は超が付くほどの有名人。既に芸能界で不動の地位を手に入れている人間だ。今更、登竜門を潜る必要は無い。

鏑木は、送り主が恋愛リアリティショーに出る理由が思いつかなかった。

しかし、鏑木の頭に断るという考えはない。

何故なら、鏑木のメリットが大きすぎるためだ。

まず、番組の利点。端的に言えば、収益が大幅に増加する。

送り主が恋愛リアリティショーに出るならば、間違いなく世間の話題を全て掻っ攫えるだろう。それに伴って視聴率も大幅に増加するため、今までにない収益を叩き出せる。これは、プロデューサーとしては嬉しすぎる話だ。

次に、鏑木個人の利点。

芸能界はビジネスの場だ。鏑木の持論としては、貸し借りの場である。

ここで要求を飲めば、送り主に1つ貸しを作れるのは大きすぎるメリットだ。

送り主ほどのビッグネームになると、オーディションなどは絶対に受けない。いや、受けさせられない。なぜなら、圧倒的な人気を誇る相手に対して無礼だから。

となると、番組や映画に出てもらうためには鏑木ら制作陣がオファーをするという形になり、相手が仕事を選ぶ立場になる。当然、競争は激しい。

そんな時、今回の貸しが生きてくる。貸しが1つあるだけで。キャスティングのオファーが何倍も有利になる。送り主を起用できるチャンスが増えるというのは、プロデューサーにとっては千金以上の価値がある。

正直言って今回の話は鏑木側にデメリットが無さすぎる。唯一あるとすればギャラの問題だが、それも番組の収益があれば余裕で回収できる。出演する理由が不透明なのは気になるが、些細なことだ。それらを鑑みても断る理由にはならない。

そして送り主は、それらを全て計算したうえでメールを送ってきているのだろう。断られることなど考えていないはずだ。実際、鏑木に断る気はない。

掌で踊らされているようで少し癪だったが、鏑木の答えは変わらない。鏑木が了承の返事を送ると、数分と経たずに返事が返ってきた。

 

『ありがとうございます。詳しい打ち合わせはウチのマネージャーとお願いします。日程はこちらが合わせます』

 

メールにはこの一文と共に、恐らくマネージャーのものであろう連絡先が添付されていた。鏑木は素早く返事を返す。

 

『承知しました。では、マネージャーさんの方に連絡させていただきます』

 

不意に訪れた嵐を何とかやり過ごし、深く息を吐く。急すぎて驚きはしたが。鏑木にとっては大きな収穫だった。

鏑木は満足そうな表情で煙草を咥え、火をつける。吹かした煙が、換気扇に吸い込まれていった。

 

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