鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

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14 入学

 

 「初日から遅刻かあ……せめて入学式くらいは出たかったな」

 

 都心に所狭しと建つビルの合間を縫って走る車の後部座席で、夜空を思わせる美しい黒髪を持つ少女が気だるげに呟いた。少女は某高校の制服を身に纏っており、浮世離れした端正な容姿と、俗っぽいブレザーの制服が不思議な雰囲気を醸し出しており、とても魅力的だ。

 少女は続けて小さく溜息を吐くと、隣に座っている少年に目線を向ける。少女からの視線に気づいたのか、少女とお揃いの制服を身に付けている少年は、窓の外に流れる都会の風景を眺めながら口を開いた。

 

 「仕事だし、しょうがないだろ」

 

 「そうだけど、高校の入学式なんて一生に一度だよ。出たくないの?」

 

「俺は別にかな。入学式なんて暇なだけだし」

 

少年が冷めたコメントを返す。少女がジト目で見つめ返すが、少年はどこ吹く風だ。

 

「そういえば、リオン。恋愛映画に出るんでしょ?」

 

少女は学校に関する話題を取りやめ、仕事に関する話題へと舵を切った。リオンと呼ばれた少年は出るよ、と短く返した。

 

「恋愛系の作品なんて初めてじゃない?」

 

「うん。けど恋なんて知らないからさ、役作りがちょっと面倒」

 

「恋したことないんだ」

 

「ないよ。だから恋愛リアリティショーに出ることにした」

 

「……え?」

 

リオンの言葉に少女は目を丸くする。初恋がまだだという事実にも驚いたが、そこではない。重要なのは言葉の後半の部分だ。

 

「れ、恋愛リアリティショーって、あの?」

 

「そうだよ。驚きすぎじゃない?」

 

普段はクールな少女が珍しく狼狽えている姿を見て、リオンはクスリと笑う。しかし、少女が驚くのも無理はないだろう。

恋愛リアリティショーというのは主に新人で知名度の薄い芸能人が出る番組だ、名実ともに芸能界の最前線に立つリオンにとって、恋愛リアリティショーは役不足にも程がある。

 

「ま、俺は邪魔にならないようにするけどね。本気で恋しようなんて思ってないし」

 

「そうなの?」

 

「うん、恋愛って感情が分かればいいから。周りが恋愛してるのを見れば俺も体験できるし、自分から恋する必要はないよ」

 

また意味の分からないことを言い出したと、少女は小さく溜息を吐いた。

他人を見るだけで感情を体験するなど、常人には理解できない感覚だし、少女にも理解はできない。しかし、リオンが冗談で言っているわけではないことは分かる。

そして、リオンであれば本当に実行してしまえるということも。

役作りのためだけに恋愛リアリティショーに出演するという行動力に、常人には理解できない役作りの方法。それを経たうえでの完璧な役への没入、人を映す鏡のような芝居。

少女はつくづく実感する。石動リオンという役者の異常さと、畏怖に値する才能を。

 

「ま、映画の撮影はまだ先だし、他の仕事もあるし。焦らずにやるよ」

 

「そうだね、うん」

 

そこで会話が途切れ、車内に静寂が訪れる。

リオンは眠そうに欠伸をしているだけだが、少女は脳みそを必死に回転させていた。

少女が考えているのは、リオンの才能についてでも役作りの方法についてでもない。恋愛リアリティショーに出演するということに関してだ。

車に揺られながら思考を巡らすこと数分間、少女は1つの結論を導き出す。

 

「決めた」

 

「え、なにが?」

 

少女が思わず漏らした声にリオンが反応する。少女は「何でもない」と微笑み、車の揺れに身を任せた。

 

――

 

陽東高校の入学式当日。

芸能科の新入生である星野アクアと星野ルビーは、多少のトラブルはあったものの何とか入学式を終え、現在は教室へと向かっている最中だ。

多少のトラブルというのは、まあ大したことは無い。お忍びで入学式に来ていた2人の母親―星野アイが保護者席で号泣し始めたり、それを発見したルビーが釣られて号泣したりと……その程度のことだ。

 

「うう……緊張してきた…」

 

「芸能科って言っても、出席に多少融通が利くくらいで、普通の学校とそんなに変わらないわよ。ここは撮影所でも養成所でもないんだから、堂々としてればいいの」

 

ルビーが不安そうに言うと、有馬かなが控えめな胸を張る。有馬かなは陽東高校芸能科の2年生であり、アクアらの先輩にあたる人物だ。新入生ではないのに何故か、2人と行動を共にしていた。

 

 「ここがあんたらの教室よ。じゃ、私は行くわ。高校生活と芸能界への第一歩、こけないようにね」

 

 「ああ。じゃあな、有馬」

 

 「ありがとね、ロリ先輩」

 

 「お前らマジでいびるからな!」

 

 入学したというのに、変わらず失礼な態度を取り続ける双子を威嚇し、有馬は立ち去っていく。2人きりになったアクアとルビーは顔を見合わせてた。

 

「よし、アクア。ドア開けて」

 

「なんでだよ。自分で開けろ」

 

「緊張してんの!ほら、早く!」

 

緊張してんのは俺も同じなんだが、というアクアの抗議はルビーには通用しなかった。ルビーはアクアの背後に回り、両手で背中をぐいぐいと押し、生贄(兄)を教室のドアへと近づけていく。

観念したアクアは教室の扉に手をかけ、力を籠める。ガラガラという音とともに扉が開かれ、これから2人が生活を送る教室が視界に飛び込んできた。

教室の内装は普通の高校と何ら変わりないだろう。しかし、圧倒的に違うものがあった。

 

「うわ、美男美女ばっかり…」

 

「まあ、芸能科だしな」

 

横を見ればイケメン、前を見れば美女。さすが芸能科というだけあって、一般の学校とは全くの別物。美男美女の巣窟だった。

 

「ま、顔だけで言えば俺達も負けてないだろ」

 

「うわ、ナルシストだ」

 

自信満々な様子のアクアに若干引いた様子を見せるルビーだが、彼女も内心「顔だけなら私も負けてない」と思っていた。

そんなこんなで席順を確認して自らの座席へと向かう。座席は五十音順の為、名字が同じである2人は必然的に前後の席となった。

ルビーが自らの席に腰かけると、隣の席の女子が視界に……否、隣の女子の胸に実ったメロンが視界に入った。一方、隣の女子もルビーに気付いたようで、芸能科ですら霞まない圧倒的な顔面に視線を向ける。

数秒間視線を交わした後(ルビーは胸をガン見)、たわわな女子がようやく口を開いた。

 

「あ、すんません、えらい可愛い子おるな思て。うち、寿みなみ言います。よろしゅう」

 

「あ、私、星野ルビーて言います!」

 

寿みなみと名乗った女子の唐突な関西弁に一瞬驚きながらも、ルビーは挨拶を返した。そしてすぐさまスマホを取り出し、たった今聞いたばかりの名前をGo○gle先生へと質問する。

 

「寿みなみ……グラドルやってるんだ。G!?ひえ~えちえちだあ」

 

「目の前でググるのは非人道的やない?」

 

みなみがツッコミを入れるも、ルビーは止まらない。G○ogl先生の画面を開いたまま、前の席に座る兄の肩を叩く。

 

「どうした?」

 

アクアが振り向くと、すかさずスマホの画面を見せつけた。

 

「アクア、見て。隣の席の寿みなみさん。グラドルやっててGだって」

 

「ルビーちゃん?人の心とかないん?」

 

目の前でググられ、カップ数をバラされるという新手の羞恥プレイに、みなみは顔を真っ赤にしながらもツッコミを入れる。そんな様子を見たアクアがすかさずフォローに入った。

 

「えっと、寿さん?うちの妹がごめん。俺は星野アクア、仲良くしてくれると嬉しい」

 

普段の陰のオーラを感じさせない暖かい微笑に、ルビーの顔が若干引き攣る。しかし、アクアはそんなこと気にも留めない

 

「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらこそよろしゅう……って、妹?」

 

「ああ、こいつと俺、双子なんだ」

 

「はえ~……通りで美男美女なわけやね」

 

「美男って……そんなことないよ」

 

「そんなことありますよ。お兄さん、めちゃめちゃカッコよくて優しそうやし、正直ドキドキしてまうわぁ」

 

「はは、ありがとう。でもこう見えて俺も結構緊張してるんだよ。寿さん、めっちゃ美人だから」

 

「ちょ……お兄さん、それは卑怯やてぇ…」

 

アクアの発言に、みなみが頬をピンクに染める。アクアとみなみが何やら良い雰囲気になりつつある中、ルビーの表情は凄まじいことになっていた。何とも形容しがたい表情で、兄であるアクアを睨みつけている。

そんなルビーには気づかず、着々と親しげになっていく2人。ルビーは心の中で「ママに言いつけてやる」と呟いた。

 

――

 

そんなこんながあったものの、担任が教室に来てHRが始まった。

高校生活の注意事項やプリントの配布が進む中、機嫌を取り戻したルビーがアクアにコッソリと声をかける。

 

「ねえ、席2つ空きあるけど、誰が来るのかな」

 

ルビーの視線の先には、横に並んでいる2つの空席があった。席があるのに関わらず誰も座っていないということは、遅刻か欠席のどちらかなのだろう。

 

「1人はリオンだろ。あいつ、朝に生放送の仕事あるって言ってたし」

 

「あ、そっか。じゃあ、あと1人は?」

 

「それは流石にわからん」

 

1人は幼馴染で確定。しかし、もう1人はアクアでも予想できなかった。

 

「リオンは何時くらいに来るのかな」

 

「さあ。けどこの時間なら流石に生放送は終わってるだろうし、もうすぐ来るんじゃないか」

 

アクアが時計に目を向けた瞬間、教室の扉が音を立てて開かれ2人の男女が入室してきた。金髪の美男子と、黒髪の美少女だ。

その姿を周囲が認識した瞬間、クラスの時が止まった。止まった時の中で動けるのは、止めた原因となった人物だけ。

その1人である美少女が、黒髪を靡かせながら口を開く。

 

「朝に番宣の生放送があって。入学式は出たかったんですけど」

 

静けさに包まれる教室に、よく通る綺麗な声が響く。それに続いて、少女と同時に入室してきた男子が口を開いた。

 

「俺も仕事あって……んで、その後こいつを迎えに行ってました」

 

「危うくお持ち帰りされるところでした」

 

「やめろばか。そもそも運転は俺じゃなくてマネージャーだ」

 

「マネージャーに命令して持ち帰ろうとしたってこと?」

 

「そうだね。命令して学校まで送ってもらったね」

 

まるでコントのようなやり取りを繰り広げているが、周囲の人間に内容は入ってきていなかった。

しかし、それも仕方ないだろう。

片や、年齢離れした圧倒的な演技力で映画にドラマに引っ張りだこ。見る者すべてを魅了する演技に甘いルックスを持つ、若手ナンバー1俳優の石動リオン。

もう片方は、演技にバラエティーにダンスに歌となんでもござれ。全てのジャンルで活躍を見せる女性マルチタレントで、天使と形容される程の圧倒的な美を持つ不知火フリル。

この2人を目の当たりにして平常心を保っていられる人間など、少なくともここには存在しなかった。

ただ、芸能界の最前線に立つ憧れのスターたちを目の当たりにして、呆然とするだけ。

 

「不知火フリル……それに、石動リオン……?」

 

ようやく思考能力を取り戻した1人が小さく声を上げる。その声が、ダムを決壊させた。

 

「まじ?不知火フリル?」

 

「うそ。石動リオンじゃん。私、大ファンなんだけど」

 

「この2人と同じクラスなの!?やばくね!?」

 

水面に石を投げ込んだ時のように、波紋が大きく広がっていく。石を投げ込んだ衝撃で上がった水飛沫が時間を経て水面に降り注ぎ、さらに多くの波紋を生む。

それと同じように、教室内にざわめきと混乱が広がっていき、もはや収拾がつかない程の事態に陥っていた。

アクアとルビーの2人も例に漏れず、少なくない衝撃を受けていた。とはいえ、リオンの分の衝撃はなく、フリル単体での衝撃のため他と比べれば被害は小さい。

 

「不知火フリル……まじかよ」

 

こんなん予想できねえわ……とアクアは頭を抱える。

 

「兄ちゃん!やば、生フリル可愛すぎない?マジ推せる!」

 

「…おまえ、推しはアイ一筋なんじゃなかったのか?」

 

「何言ってんの?フリルちゃんは推しで、アイは殿堂入りだから。もはや神の領域だから」

 

普段通りといった様子のアクアだが、少なからず動揺はあった。しかし、アクア以上に動揺している人物が近くにいたため、ある程度平常心を保つことができたのだ。

アクアがその人物に目を向ける。その視線の先には、先程仲良くなったGカップグラドルの寿みなみがいた。

 

「え、うそ、生フリルに生リオン……!?え、2人ともオーラやば!あかんて、リオンさんカッコよすぎやしフリルさんは可愛すぎるやろ…!あかん、感動で泣きそう……!あ、頼んだらサインくれへんかなあ?」

 

これからクラスメイトになる人間にサインを求めようとする始末だ。アクアとしては気持ちは分からなくはないが、リオンにサインを求めるのは何となく気まずいからやめてほしかった。

未だにルビーはフリルに対して黄色い声援を上げているし、周囲は騒がしいままだ。アクアは溜息を吐きながら、リオンとフリルの方へと顔を向ける。

その時、アクアとリオンの目が合った。リオンはアクアを数秒間見つめた後、小さく微笑んだ。

 

「……っ!」

 

その微笑を見た瞬間、アクアの全身に嫌な予感が駆け巡った。

――リオンが何かを企んでいる、とアクアの直感が告げる。具体的な根拠は何もない、ただの幼馴染としての勘。

そしてそれは、数日後に見事的中することになる。

 

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