鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

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第3章 恋愛リアリティショー編
15話


 今からガチ恋始めます。通称、今ガチ。

 鏑木がプロデューサーを務める番組で、ジャンルは恋愛リアリティショー。中高生を中心に高い支持を受ける人気番組だ。

 そんな今ガチの新シーズンが始まるということで、本日は新たなメンバーによる顔合せと宣材写真の撮影が行われる予定となっている。

 それらが行われる予定のスタジオに、出演者の1人である星野アクアが足を運んでいた。しかし、集合場所である部屋へと向かう足取りは少しばかり重い。

 顔合わせに緊張しているとか、仕事が面倒だとか、そういった理由ではない。数日前に行われた高校の入学式以来、アクアの胸中に嫌な予感が渦巻いているからだ。

 嫌な予感の正体に心当たりはある。これから何が起こるかが何となく想像できてしまう。それ故に、足取りが更に重くなっていく。

しかしアクアにはどうすることもできない。できることといえば、この嫌な予感が気のせいであることを祈るくらいだった。

重い足を引き摺って歩き、集合場所である部屋の前に到着した。アクアはゆっくりと扉を開けて部屋へと足を踏み入れる。

円卓のように組まれている長机の一角に腰かけ、アクアは周囲を見渡す。室内にいるのは、アクアを含めて6人。男3、女3の配分だ。

やはりというか何というか、アクアが知っているような有名人はいなかった。強いて言うならば、金髪ボブカットの少女をどこかで見たことがあるくらいだろうか。

逆に、この中にアクアを知っているような人間も存在しないだろう。

互いが互いを知らない、けれど業界人であることは確か。そういった微妙な距離感があるため、周囲には何とも言えない雰囲気が流れている。

誰も何も話さない気まずい空気を破ったのは、金髪童顔の少女だった。

 

「えっとぉ……これで全員なのかなぁ?」

 

「確か、今回は4対4らしいから、あと2人来るんじゃないかな?」

 

「あと2人か~。誰が来るか楽しみだな!」

 

「誰が来るか予想でもするか?」

 

黒髪の少女が言葉を返すと、それに便乗してチャラそうな男子が口を開く。それに続いてクール系の男子も話題に乗っかり、4人でわいわいと話し始めた。

一旦話し始めると緊張が解れたのか、楽しそうに4人で雑談を繰り広げる。そんな輪に入る機を逃してしまった人間…陰キャ代表の星野アクアは、椅子に座って頬杖を付いていた。

アクアが4人の会話を耳に挟みながら、若者のテンション高い会話ついていけねえ…などと考えていると、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

扉が開く音を聞き、全員がそちらへ目線を向ける。入室してきた人物達の正体を認めた少年少女たちは、ほぼ全員が同時に言葉を失った。

 

「あ、こんにちは。石動リオンです」

 

「不知火フリルです」

 

突如現れた同年代のスター達に出演者たちが絶句する中、その原因であるリオンとフリルは周囲の様子など気にせずに言葉を続ける。

 

「皆さん、よろしくお願いします」

 

「リオン1人だと心配なので出演させていただきます。よろしくお願いします」

 

「いつから俺の保護者になったの?」

 

いつも通り行なわれる漫才のようなやり取りに、笑い声をあげる者はいない。あまりにも衝撃的すぎる出来事を前にして、思考が停止していた……星野アクアを除いて。

この場で唯一、アクアだけが正常な思考を保っていた。しかし、そんなアクアでさえも普段通りの態度ではいられない。嫌な予感が当たってしまったことに頭を抱えることしかできなかった。

 

――

今からガチ恋始めます、に出演する共演者同士の顔合わせと宣材写真の撮影が終わり、今日は解散となった。

迎えを呼ぶためにスマホに手を伸ばしたタイミングで、背後から声をかけられる。

 

「お前、どういうつもりだ」

 

振り向くと、見慣れた幼馴染の顔…いや、少し怒ってるか。無茶苦茶やってるのはこっちだし、しょうがない。

 

「どうって?」

 

取り敢えずとぼける。が、こんなんで誤魔化せるわけもなく。アクアの質問は続く。

 

「なんでこの番組に出る?」

 

「え?……あれかな。普通の青春を送りた」

 

「噓をつくな。バレないとでも思ったのか」

 

のらりくらりと躱そうとしたが、アクアの力強い言葉で捕らえられてしまった。

アクアの瞳は力強く、こちらを決して逃がさないという意思が見て取れる。どうやら、適当に逃げるのは無理そうだ。

観念した俺は、正直な目的を吐露する。

 

「役作りだよ。今度出る恋愛映画のね」

 

「役作り…」

 

「俺は恋って感情を知らないからさ、知りたいんだよ」

 

「それはつまり…本気で恋愛するつもりってことか?」

 

「違う。周りが恋愛して、それを間近で観察するのが目的かな。本気で恋愛してる様子を見て、その感情を自分の物にする」

 

アクアは「何言ってんだこいつ」と言いたげな視線を向けてくる。いつものことだけど、幼馴染にそんな冷たい目を向けないでほしい。

 

「それで、恋愛リアリティショーか」

 

「そ。だから無理言って番組に出してもらった」

 

1つ目の理由を話し終えた。アクアは訝し気な視線を向けてきたが、一応納得はしているようだった。

ちなみに理由はもう1つあるけど、1つ目の理由で納得してるっぽいし言わなくていいかな。

 

「よく事務所がOKしたな」

 

「社長に直談判した」

 

あれは厳しい戦いだった……。

俺が熱心に説得しても中々首を縦に振らなかったので、最終手段として「出演OKしてくれないならそこら辺の女子と恋愛始めます」って言ったら渋々了承してくれた。

……直談判ってより脅迫だな、これ。

 

「……すごいな、お前」

 

アクアが賞賛の言葉を送ってくるが、何だか褒められている気がしない。何か含みがあるような言い方だった。

 

「…まあ、お前の理由は分かった。じゃあ、不知火フリルは?」

 

「いや、知らん」

 

即答すると、アクアがジト目で睨んでくる。やめて、イケメンの真顔って怖い。

申し訳ないが、あいつに関しては本当に何も知らない。俺が教えてほしいくらいだ。

唯一分かることといえば、なんかいつの間にかついてきていたということだけ。出演の動機も社長がOKした理由もなんも分からない。聞いても教えてくれない。

 

「はあ……お前ら2人と撮影か……大変な現場になりそうだな」

 

アクアの吐息が舞い散って消え、憂を帯びた瞳が虚空を見つめる。何でもない仕草が妙にかっこいい。ただ黄昏ているだけなのに絵になるのはズルいだろ、と心の中でツッコむ。イケメンってなにしても許されるんだなあ、と改めて実感した。

 

――

 

今ガチの宣材写真が公開されるやいなや、世間は近年稀に見る大騒ぎとなった。

なぜなら、あの石動リオンと不知火フリルが共に出演することが発覚したからである。

SNSも当然大騒ぎになり、あっという間にトレンドを独占。恋愛リアリティショーとは思えないほどの盛り上がりを見せた。

そんな中でも時間は過ぎていくわけで、とうとう第1話の収録日がやってきた。

学校を模したスタジオに一同が会す。顔合わせは実施しているが、番組上は初対面という設定のため、それぞれ順番に自己紹介を始める。

モデルの鷲見ゆき、ダンサーの熊野ノブユキ、youtuberのMEMちょに続いて俺の番がやってきた。

 

「俳優の石動リオンです。今回は普通の青春がしたいな~って思って参加しました。よろしくお願いします」

 

親しみやすい口調ながら、丁寧さは崩さない挨拶。いつも通りの挨拶だが、感触はまずまずだ。ぶっちゃけ、俺相手にして緊張してる感じがある。同年代なんだから緊張しなくていいのに…って言っても無理か。

俺の次はアクアの番。アクアは今までに見たことが無いほどに爽やかな笑みを浮かべ、明るい口調で喋り出した。

 

「星野アクアです。一応、役者やってます。みんな美男美女でめっちゃ緊張するわ~!よろしくね!」

 

は!?誰!?と、思わず叫び出しそうになるがグッと堪える。

こいつ誰だ?ほんとに星野アクアか?お前、普段はもっと陰のオーラ発してるダウナー系じゃねえか。キャラ作りすぎだろ。芝居だって分かっててもビックリしたわ。

俺とアクアが幼馴染ということは番組では隠すことになっているので。こんな序盤でボロを出すわけにはいかない。危なかった。

 

「え~かっこいい~!役者さんって憧れる~!」

 

アクアにそう返したのはyoutuberのMEMちょ。高3の18歳……らしい。

なんか18には見えないんだけど……触らぬ神に祟りなしだ。

つーか、役者に憧れるとか言ってるけど、俺の時は何もなかったのはなんで?俺も役者なんだが?…結局は顔ってこと?

 

「MEMちょも可愛いね……めっちゃ照れる」

 

だから誰だよ、お前。普段ならこういうぶりっ子タイプは相手にしないだろ。

番組的にはアクアの反応の方が美味しいのは分かるが、普段とのギャップが酷すぎて風邪ひきそうだ。俺も多少キャラは作っているが、お前ほどじゃねえぞ。

というか、そんな女たらしムーヴをルビーとアイさんに見られたら死ぬだろ、大丈夫かよ。

 アクアの自己紹介が終わり、続いて女優の黒川あかね、バンドマンの森本ケンゴと進んでいき、最後の1人である不知火フリルの自己紹介が始まった。

 

「不知火フリルです。タレントやってます。よろしくお願いします」

 

可憐な見た目に、美麗な淑女の所作。プライベート時の抜けた様子は一切感じられない、日本最高の美少女と言われる不知火フリルが、その場で美しく一礼した。

俺以外の人間は見惚れてしまっていたが、フリルは続けて口を開く。

 

「リオンさん」

 

「なに?不知火さん」

 

普段の砕けた呼び方ではない、テレビ用のよそよそしい呼び方で互いの名を呼ぶ。

俺たちが同じ事務所なのは周知の事実だが、あまり親しくしすぎると世間に良からぬ誤解を生む可能性がある。そのためのセーフティだ。

 

「リオンさんは何でこの番組に出たんですか?」

 

「え?…さっきも言ったけど」

 

「それ、噓ですよね」

 

フリルの言葉が俺を突き刺す。が、特に動揺はない。

フリルは俺が出演する本当に理由を知っている。噓がバレているのは当然だ。

だが、なぜこの状況でそれを言うのかが分からない。

 

「…そうだったら?」

 

フリルの意図を量れない。俺に本当の理由を言わせて何になる?何が目的だ?

 

「本当の理由、教えてください」

 

フリルの目は真剣そのものだ。冗談を言っているわけではないだろう。

未だに意図は分からないが、ここまで問い詰められているなら素直に言うべきか?ここで隠したら共演者や視聴者に“やましい理由がある”と誤解される可能性がある。

本当の理由は役作り。別にやましい理由じゃない。

しかし、言うなれば役作りという理由は「他の番組の片手間」という意味になる。この番組で何かを成そうとしている共演者が居るなら反感を買うかもしれない。

どうするべきか……と考え、両者のメリットデメリットを洗い出し……そして結論を出す。

 

「ごめん、噓ついたわけじゃないんだけど。もう1つ理由があって……その、役作りのために出ることにしたんだ。今度恋愛映画に出るんだけど……俺まだ恋愛したことないから、ちょっと体験したくて」

 

正直に、以前フリルやアクアにも話した本当の理由を告げる。

これで満足か?と目線で訴えかけるも、フリルは退かない。

 

「つまり、リオンさんは恋がしたいってこと?」

 

「いや、まあ……そうなるかな?」

 

別に恋したいとは思ってないが、ここは肯定しておこう。そのほうが今後、面白い展開になりそうだ。

 

「そう」

 

フリルは小さく頷くと、こちらへ向かってゆっくりと歩き出した。数秒後、俺の目の前に来ると、15㎝ほど高い俺の頭を見上げる。

先程よりも近い位置で見つめ合うこと数秒間。意を決したように、フリルが口を開く。

どうやら、また何かするつもりらしい。まあ別にいいけど……。

 

「私がこの番組に出た理由は貴方だよ、リオン」

 

普段通りの砕けた呼び方。それにツッコむ間もなく、フリルは告げる。

 

「恋が知りたいなら、教えてあげようか」

 

「……は?」

 

フリルの口から飛び出た言葉。あまりにも予想外なそれに、俺は情けない声を返した。

理解が追い付かない俺を捨て置き、更に言葉を重ねる。

 

「私が貴方に、石動リオンに、恋を教えてあげる」

 

「なに、言って……」

 

「貴方の初恋は、私の物。絶対、他の誰にも渡さないから」

 

熱を帯びた眼差しが、俺を射抜いた。

フリルから目が離せない。離したくない。

 

「貴方は、私だけを見て」

 

遠回しな告白といっても過言ではないセリフを前に、俺の脳は完全にフリーズした。

……それから何秒経っただろうか。俺もフリルも、他の誰も、言葉を発さないまま時間だけが過ぎていく。

世界が静寂に包まれる中で、俺とフリルは見つめ合う。目前の少女の頬が仄かなピンク色に染まっているのが見え、それは彼女が照れている証拠だと気づいた…気づいてしまった。

フリルが本心から言っているのだと理解した瞬間、全身に熱が帯びていくのを感じ、自分の頬も赤く染まっていく。まるで、彼女の熱が俺に伝播しているかのようだった。

 

「おま……なっ……っ…!」

 

何か言おうとしても、上手く言葉が出てこない。生まれて初めて、カメラの前から逃げ出したいと思った。

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