鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
「アクアが出てるやつ、話題になってるわね」
苺プロダクションの事務所にて、赤髪の美少女がソファに寝転んだまま口を開いた。少女の手にはスマホが握られており、どうやらSNSの大海原を泳いでいる最中らしい。
彼女の名前は有馬かな。元天才子役であり、現在は苺プロダクション所属アイドル(仮)の高校二年生である。
彼女が何故アイドルになったのか、詳しいことは割愛するが、有馬かなは押しに弱くチョロい性格であるとだけ明記しておく。
「ま、フリルちゃんとリオンが出てるからね」
有馬の言葉に反応を見せたのは、アクアの妹であり同じくアイドル(仮)の星野ルビー。彼女もソファに座ったままスマホを手に持っている。
「ただ出るだけならともかく、不知火フリルの爆弾発言よね。あれ、本気で言ってんのかしら」
不知火フリルの爆弾発言…リオンに対する告白のような言葉によって連日のSNSは大盛り上がり。ネットニュースにも取り上げられる始末だ。
放送日から数日たった今でも未だにネットは盛り上がっており、次話へ向けた期待で満ち満ちている。
他人の色恋を見世物にするなんて嫌な世の中ね、人の恋愛なんかどうでもいいわ、などと有馬は口走っており、如何にも興味がなさそうな素振りだ。
が、そういう彼女もアクアの恋愛模様が気になって仕方がなく、今すぐにでも本人に話を聞きたい、何なら釘を刺したいと思っている。
有馬は自分のことを棚に上げまくっていた。
「本気なんじゃない?リオンが照れてるのなんて初めて見たし」
「ふ~ん?」
「あいつ、いっつも飄々としてるからね」
「……アンタ、石動リオンについて詳しいの?もしかしてファン?」
「ん~、ファンっていうか、幼馴染?」
「ああ、幼馴染だったのね。じゃあ詳しいのも納得……えっ!?幼馴染!?」
ルビーの口から出た言葉に、有馬は目を剥く。
「え、本当に?」
「ほんとだよ。当然、お兄ちゃんも」
突然明かされた衝撃の事実に有馬は開いた口が塞がらなかった。しかし、思い返してみれば有馬とアクア、そしてリオンは幼少期に同じ作品で共演している。アクアと兄妹であるルビーがリオンと知り合いであっても、何ら不思議ではない。
「……通りで詳しかったわけね」
「まあね」
そう言いながら控えめな胸を張るルビー。それを見た有馬はドヤ顔と態度に少しイラっときたが、大きく息を吐いて溜飲を下げた。
「そんなことより、問題はアクアよ。何よあいつ、女にデレデレしちゃって…!ムカつくわ…!」
「まだ気にしてるんだ……」
有馬はギリギリと歯軋りの音を立てると、ルビーが呆れた目を向けた。
放送日はルビーも同じように腹を立てていたが、後ほどアクアから「あくまで仕事上の都合。本気でデレてるわけじゃない」といった説明を受けて何とか怒りを収めた。
しかし有馬は違うようで、その説明でも納得がいっていないらしい。
「別に気にしてないわよ!ただあいつ……私には全然デレないくせに…!ムカつくわ……!」
「えぇ……」
めちゃくちゃ気にしている、というかただの私怨だった。
ルビーが有馬に対して若干引いていると部屋の扉が開かれる。入室してきたのは、今まさに話題に出ていた人物だった。
「あ、お兄ちゃん。収録終わったんだ」
「……」
「ああ……って、有馬。なんだよ、その顔」
入室してきたのは、今ガチの収録を終えて事務所に帰ってきたアクアだった。
ルビーはいつも通り声をかけるも、有馬は凄まじい形相でアクアを睨みつけている。
アクアが「俺、何かしたか…?」と首を傾げていると、ルビーが口を開いた。
「ロリ先輩はね、お兄ちゃんが色んな女にデレデレして可愛いって言ってるのが嫌なんだって」
「言うな馬鹿ッ!!!あ、えっとね、アクア…っ!そのっ…!」
ルビーが暴露すると、アクアは目を見開く。有馬は必至で誤魔化そうとするも、それよりも先にアクアが言葉を吐いた。
「あのな有馬。前も説明したけど、あれはテレビ用にキャラ作ってるだけだぞ」
「……そんなこと…わかってるわよ……」
アクアがテレビで見せているキャラは偽物。視聴者ウケをよくするために作った仮面。
そんなことは有馬も分かっているし、必要なことだと理解している。だが、理解したからと言って納得できるかと言われればそうではない。
有馬としては、自らの想い人ー本人は否定しているーが他の女にデレているのは見たくないのだ。
わがままだって自覚はしているし、付き合ってる訳でもないのにそんなことを言うのはおかしいと分かっている。
けれど、感情は抑えられない。そんな自分が、有馬はどうしようもなく嫌になる。
「なら……」
「でもアンタ……っ……!」
有馬は口に出そうとしていた言葉を飲み込んだ。この言葉はあまりにも醜いから。
けれど、アクアはそれを許さない。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言え」
いつの間にか有馬の近くまで寄ってきていたアクアが、力強い眼差しで有馬の双眸を射止める。
名前の通り、透き通るような海の色をした瞳。吸い込まれるような引力を持つそれに、有馬はどうしても抗えない。
「……アンタ、私には可愛いなんて言ったことないじゃない…!」
アクアの引力に負け、有馬はポツリと呟いた。それと同時に有馬は俯いた。
テレビのキャラだって分かってるのに、共演者に嫉妬して、勝手にキレて……こんなの、全然可愛くない。
こんなんで、可愛いなんて言ってもらえるはずがない。
「言っただろ。勧誘の時に」
「それは……私をその気にさせるための噓でしょ?そんなの分かってるのよ…」
淡白に言い放つアクアにまた腹が立ち、思わず声を荒げる。そんな有馬を見たアクアは、溜息とともに言葉を吐き出した。
「あのな、あれは勧誘だったけど、そのために噓を言うほど俺はクズじゃねえよ」
「え」
有馬は思わず顔を上げる。目の前に映るアクアの瞳は真剣で、噓をついているようには見えなかった。
「それにな、本気で思ってるからこそ中々言いにくいんだよ。……こんなこと言わせんな」
アクアの顔が、ほんのわずかに桃色に染まっているのを有馬は見逃さなかった。
有馬の口角が持ち上がり、ニヤニヤとした笑みを浮かべたままアクアを煽る。
「へ~?アンタ、私のことそんなに可愛いと思ってたんだ~?あらあら、顔も赤くしちゃって~可愛いわね~?」
「うるさい」
先ほどまでの雰囲気から一変、一気に調子付いた有馬。アクアは鬱陶しそうにしているが、有馬の勢いは止まらない。
しかし、そんな有馬の頬もアクアと同じように赤く、いやアクア以上に染まっているのをルビーは見逃さなかった。
「そ、そういえば!お兄ちゃん、収録はどうだったの?」
このままだとラブコメ的な展開になってしまうと察知したルビーは、声を上げて2人の意識を別の話題へ向けようとする。
その目論見は成功したようで、神妙な面持ちになったアクアがゆっくりと口を開いた。
「全然ダメだ」
悔しそうな表情を見せるアクア。彼がここまで感情を露にするのは珍しい。が、ルビーと有馬には何故アクアがここまで悔しがっているのか分からなかった。
確かに、今ガチの第1話ではフリルとリオンが中心となっていたが、他のメンバーにも多少出番はあった。SNSでもリオンとフリルが話題の中心とはいえ、他のメンバーに対する印象は悪くない。。
数日後に放送予定の話や、今日撮影があった話がどうなるか分からないが、滑り出しとしては悪くないはずだ。
「アクアだって出番はあったじゃない。確かに不知火フリルと石動リオンが中心だけど、全くの空気ってわけじゃないし、焦らなくていいんじゃないの」
有馬がフォローを入れるも、アクアは首を横に振る。
「あれはリオンと不知火フリルによって作られた出番だ。俺の力で勝ち取ったわけじゃない」
有馬はその言葉を聞き、合点がいく。思い返してみれば、アクアが出演していた場面のほとんどに、リオンかフリルが共に映っていた。
「俺たちはリオン達の装飾品に過ぎない。例え俺たちがいなくなってもリオンとフリルの魅力は変わらないし、番組としても問題ないだろ」
アクアの言葉を、有馬とルビーは否定できなかった。むしろ、リオンとフリルがいれば番組は成立するという言葉に納得してしまった。
「でも、出番があるだけいいじゃない。焦って変なことしない方がいいんじゃないの?」
有馬が言うと、アクアは首を横に振った。そして力強い瞳で有馬を見つめ、言葉を紡ぐ。
「リオンに言われたんだよ、こんな所で逃げるなよって。…あいつの言うとおりだ。ここで逃げてちゃ、一生あいつは越えられない」
「あ、あんた、石動リオンを超えるつもりなの?」
「え、そうなの!?お兄ちゃん!?」
アクアの目標を初めて聞いた有馬とルビーは、思わず目を剝いた。
相手はあの石動リオン。芸能界の最前線に立ち続けている、圧倒的な才能を持つバケモノ。
そんな人間を超えるなど、尋常な道ではない。困難を極める、不可能に近い道だろう。
しかし、アクアの目に宿る覚悟は本物だ。本気で石動リオンを超える気でいる。
「笑いたきゃ笑えよ」
「笑わないわよ」
自嘲気味に吐き捨てた言葉に、即座に反応したのは有馬だ。
彼女はアクアの覚悟を笑うことはせず、真摯な瞳でアクアの双眸を見つめていた。
てっきり馬鹿にされると思っていたアクアが瞬きを繰り返している間に、ルビーも声を上げる。
「私も、笑わない。お兄ちゃんならできるって信じてる」
ルビーも有馬と同じように、アクアに対して力強い眼差しを向ける。
2人の熱い視線に射抜かれた少年は、小さな笑みを浮かべて呟いた。
「…ありがとう」
「べ、別にお礼なんていいわよ」
普段はツンツンしているアクアが素直に礼を言った。そのことに意表を突かれた有馬は自らの照れを隠すために早口で言葉を続ける。
「そ、それで!逃げたくないのは分かったけど、どうするつもりなの?もう番組は石動リオンと不知火フリルの物なんでしょ?」
「それが分からないから悩んでるんだ」
「う~ん……リオンとフリルちゃん、オーラすっごいからね~。お兄ちゃんみたいな陰の者が勝つのは厳しいんじゃない?」
「喧嘩売ってんのか?」
アクアは舐めた口を叩く妹にイラつきながらも、確かに一理ある発言だと認める。
リオンとフリルはさながら太陽のような眩しさを放つ存在だ。他の人間なんて簡単に飲み込む圧倒的な光。
今ガチの現場で2人はオーラを抑えているようだが、その気になれば俺達なんて簡単に消し飛ばせるだろう。
そんな輝きを持つ相手に対し、こちらはルビーの言うように――アクアとしては認めるのは癪だが、端的に言えば陰キャだ。そんな人間が太陽に勝とうとするなんて……。
「………いや…」
アクアの脳裏に、ルビーの発言が引っかかる。何気ない言葉だったが、重要なヒントが隠されていそうな、そんな気がしていた。
優秀な脳を必死に回転させるが、やはり具体的なことは何も思いつかない。何か掴めそうで必死に手を伸ばしたが、手が掴んだのは泡沫。掴んだ泡は無残にも掌の中で消えていった。
ーーー
リオンとフリルを中心に進んでいく今ガチだが、そんな2人の尽力で他のメンバーにも焦点が当てられている。
そんな中で、最近になって人気になってきたのはノブユキとゆきのカップリングだ。
一番人気のカップリングはフリルとリオンだが、もはやこのカップリングは殿堂入りというか神々しいというか、視聴者からすればそういう感じになっていた。
そこで現れたノブユキとゆきのカップリングは、視聴者目線でも共感しやすく、リオン&フリルとは違った形でドキドキできるコンテンツだった。
言うなれば、リオンとフリルは芸能人同士の恋愛で、ノブユキとゆきは同級生同士の恋愛といった感じだ。
話題が大きくなり興味が惹かれる前者だが、身近で見てて楽しいのは後者だろう。
そういった差別化も出来ていたため、ノブユキ&ゆきのカップリングは中高生を中心に一気に人気を集めることとなった。
と、まあ、今ガチは現在そんな感じの状況になっている。
俺とフリルのカップリングが人気なのは良いことだが、最近フリルのアタックが本気すぎてヤバい。
収録中は勿論、収録外でもグイグイ仕掛けてくる。学校でも一緒にご飯食べようって言ってくるし、送迎の車が一緒の時は物理的に距離が近い。
今まではフリルのことを只の同僚で仲間としか思っていなかったけど、こんなにアタックされれば流石の俺でも意識してしまう。
フリルって良く見なくても滅茶苦茶美人だし、性格もよくて面白いし、油断したら普通に好きになってしまいそうだ。
それにフリルが第1話で無茶苦茶やったせいで社長には絞られるし、番組を上手く回さないといけないしで……ただの役作りのつもりが大変なことになってしまった。
そんな感じで大変なことになっている(俺目線)今ガチ、本日は第5話の収録だ。
収録では、いつものように周りにも出番が来るように立ち回り、滞りがないように調整しながら進めていく。
しかし、俺とフリルがいくら上手く立ち回ったところで、本人の上手い下手によって、どうしても出番に差が出てきてしまう。
俺とフリルは言わずもがな、次に出番が多いのはノブユキとゆきのカップリング。そして次に、おバカキャラを演じているMEMと毒舌クール系ツッコミキャラのアクア。最後に、他と比べて影が薄くなりつつあるケンゴとあかね。
やはり、ゆきやMEMといった上手い人間と、ノブユキとアクアのようなキャラに味がある人間は出番が多くなり、立ち回りが拙いあかねやキャラが薄いケンゴは出番が少なくなる。
これに関しては、俺とフリルがいなくてもさほど変わらないだろう。上手い奴らは俺らが居なくても上手くやるし、逆もまた然り、だ。
「私……今ガチもうやめたい……」
「えっ!?」
教室に人が集まったタイミングで、ゆきが涙目で言葉を零した。周りの人間……特にノブユキは大いに狼狽えている。
俺は一目で演技だと分かったが、視聴者で気付く人間は少ないだろう。これは番組を盛り上げるためのスパイスだ。
ゆきは辞めたい理由として、クラスの男子が揶揄ってくること、自分の好意を曝け出すことの怖さを語り、フリルがそれに同意する。
「私も、いろいろ言われることはあるから……気持ちはわかる」
「フリルさん……。そうだよね、フリルさんは私よりずっと知名度もあるし、いろいろ言われるよね。…辛くなったりしないの?」
「辛くなる時はあるかな。批判もあるし、色々あって病みそうになるよ」
ゆきがフリルに話題を振ると、フリルは憂を帯びた表情で答える。その儚げな表情は、まるで絵画のような美しさを誇っていた。
「でも……」
フリルはそこで一旦言葉を区切ると、俺の右腕に思いきり抱き着いてきた。突然な出来事に俺の脳はショートを起こす。その間に、フリルは言葉の続きを紡ぐ。
「私にはリオンがいるから」
「おまっ……っ……!」
あまりにも恥ずかしいセリフに、顔が赤くなっていくのを抑えられない。俺は自らの照れ顔を隠すため、明後日の方向を向いた。
くそ、ダメだ。最近、こいつのことを意識しすぎてる。もう勘弁してくれ……。
「相変わらず照れすぎだろ」
そっぽを向いた俺にアクアの冷静なツッコミが突き刺さる。やめろ、そのツッコミは俺に効く。
「ふふ、リオン可愛い」
「やめろっ……言うな…っ!」
くそ、落ち着け、深呼吸だ。ひっひっふー…!
「フリルさんは支えてくれる人がいるんだね…いいなあ…」
ゆきが羨ましそうな声を上げ、フリルがそれに答える。
「支えられるだけじゃないよ。私もずっと傍にいて、リオンを支えるの」
「っ~~!」
追撃と言わんばかりに放たれた言葉は、俺には効果抜群だった。再び顔に熱が集まっていき、全身が熱くて暑くて堪らない。なんでこいつは…こんな恥ずかしいセリフを淡々と吐けるんだ。
今すぐにでも逃げ出したいが、フリルが俺の腕を抱きしめているためそれは叶わない。そのせいで、カメラの前で照れ顔を長時間公開する羽目になった。なんだこれ、新手の拷問か?
「ゆきは俺が支えるから!だから辞めるなんて言うなよ!」
「ノブくん……」
俺たちのやり取りを聞いていたノブユキが熱いセリフを吐き、ゆきが涙目でノブユキを見つめる。
その後、ノブユキが「ゆきが辞めるなら俺も辞める!一緒に支え合って頑張ろうぜ!」と言い、ゆきが涙を流しながら「ありがとう」と返した。
相変わらず、鷲見ゆきは自分に注目を集める立ち回りが上手い。俺とフリルがいるというのに、上手く立ち回って自分に少しでも焦点が当たるように立ち回っている。俺とフリルがいなければ、確実に番組の中心だったはずだ。
MEMとノブユキも良いキャラしているし、アクアも上手く立ち回っている。俺とフリル以外のメンバーにも人気も出てきている。まだ目立っていない面子もいるが、番組としては悪くない盛り上がりだ。
けど、物足りない。まだまだつまらない。なぜなら、お前がまだ埋もれたままだからだ。
上手く立ち回って終わり、何てつまらないことはしないでくれよ。
早く俺を刺してみろ、星野アクア。
リオンくん、なんか悪役になってない?