鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
頑張って考えました。けどこれが限界だったよ…
「大体わかった。なるほどねえ…」
都内にある住宅の一室で、無精髭を生やした中年の男が呟いた。
男の視線の先には、ふわふわと輝く蜂蜜色の髪が良く似合う美青年が座っており、神妙な面持ちで男と向き合っている。
「監督。どうすれば良いと思う?」
「どうっつってもなあ……」
監督と呼ばれた男――五反田は、ボサボサの頭を掻きながら小さく息を吐いた。
五反田の前に座る美青年が相談を持ち掛けてきたのは、ほんの数分前の出来事だ。
青年のことを幼い頃から知っており、何かと面倒を見てきた五反田であるが、青年が誰かに何かを相談しているところを見たことがなかった。
当然、五反田も相談を受けたことは無かったのだが、そんな青年から今日初めて相談を持ち掛けられた。
青年が「相談がある」といった際の五反田の顔は中々に芸術的で、目玉が飛び出そうなほどに驚いていたが、驚き以上に頼られたという嬉しさが勝ったらしく、最終的には上機嫌で相談を受けていた。
こいつが役者になるって言ったときも同じくらい驚いたな……と、五反田が数か月前の出来事を思い出しながら相談を聞いていると、その内容に再び目を剝いた。
相談の内容というのがかなり難しい内容だったのだ。というのも、端的に言うと「石動リオンと不知火フリルに勝つにはどうすればいいか」というものであり、その難易度の高さに五反田も頭を抱える。
石動リオンと不知火フリルといえば、もはや知らない人間はいないほどに有名な若手トップの芸能人たちだ。両名共に天才と呼ぶべき人間だが、特に石動リオンは別格……いや、バケモノだ。
「何でもいい。アドバイスをくれ」
青年がこんなに真剣な表情を見せるのは珍しい。五反田も何か力になってやりたいと思うが、残念なことに良いアドバイスは思い浮かばなかった。
「まあ落ち着けよ。別に、今の番組であいつらを超える必要はないだろ。ちょっと焦ってんじゃねえか、お前」
「……」
五反田が諭すように言うと、少年は苦々しい表情で口を噤んだ。彼自身も焦っていることに気付いているのだろう。
「…リアリティショーっつー台本が無い舞台で、あの2人より目立つってのは難しい。別に全く出番がないってわけじゃねえんだろ?焦る必要ねえさ」
青年とリオンらが出演している番組は、恋愛リアリティショー。台本などは一切ない、出演者たちの自然体とアドリブで成り立つ番組。それ故に、今まで積み上げてきた芸能人としての経験がモノを言う。
アクアも幼少の頃から芸能界に足を突っ込んではいるし、経験がない訳ではない。しかし、幼少の頃から肩まで芸能界に漬かっているリオンと比べると、その差は歴然。それは不知火フリルも同様だ。
その経験を活かし、リオンとフリルは番組を支配している。自分たちが目立ちつつも、他の人間と番組は潰さないという神懸かり的なバランスで。
「なんで焦ってるのか知らねーが、一旦落ち着け」
なぜ青年が焦っているのかは分からないが、一旦それを落ち着かせるために言葉を紡ぐ。しかし、青年の目に宿る火は消えない。熱く力強い眼差しが五反田を射抜く。
「焦ってるのは分かってるし、俺とリオンの実力差も分かってる。無理かもしれないとも思ってる。でも……」
青年はそこで言葉を区切る。五反田は口を閉じたまま、力強く青年を見つめ返す。
「あいつに言われたんだ。こんなところで折れるなよって。だから…無謀な挑戦だとしても俺は逃げない。ここで逃げたら俺は二度と、あいつを超えるなんて言えなくなる」
「……なるほど」
青年の強い覚悟を五反田は正面から受け止める。青年は本気で、石動リオンという遥かに高い壁に挑戦しようとしている。
だからこそ五反田も、青年の覚悟に応えるべく、敢えて厳しい言葉を放つ。
「…厳しいことを言うが、今のお前じゃリオンを超えるのは無理だ」
「……っ!」
五反田の言葉に青年は息を飲む。が、青年も本当は分かっていた。今の自分では、リオンに歯が立たないと。リオンの背中は、遥か先にあるということを。
「リオンだけならまだしも、不知火フリルまでいるときた。今のお前があの2人の牙城を切り崩して、番組を自分の色に染め上げるってのは、まず不可能だろうな」
「……そう、か…」
「だが、やりようがないわけじゃねえ」
「……なに?」
五反田に現実を突きつけられた矢先、その本人から救いの糸が垂らされた。
青年は目の前にいる胡散臭い大人に対し、今さっきと言ってることが違うじゃねえか、と言わんばかりの視線を向けた。
「まあ聞け。番組は既にあの2人の物で、2人の色になっている。それをお前の色に染め上げるのは無理だ。実際、お前も無理だって思ってんだろ?だから、具体的なアイデアが何も思いつかない」
「……まあ、そうだ」
「だから、挑戦を切り替えろ。自分の色に染め上げるんじゃなく、自分の色を足すことを考えろ」
「…色を足す?どういう…」
五反田の言葉に青年は首を傾げた。五反田はニヤリと口角を上げ、饒舌に語り出す。
「あいつらは他のメンバーにも活躍の場が与えられるように立ち回ってるだろ?つまり番組はリオンとフリルの色になってはいるが、まだ色を足す余地は残されているってことだ。…早熟、赤色の水に青い絵の具を足したらどうなる?」
「……紫っぽくなる」
五反田の問いかけに、青年は静かな声で答える。赤に青を足したら紫のような色になる、小学生でもわかるクイズだ。
「そうだ。水が真っ黒じゃない限り、新しく色を足せば水の色は変わる。だから、お前もそれをやれ」
「色を、変える」
「そうだ。全部自分の色にするのが無理なら、自分の色を足して全体の色を変えちまえばいい。自分の存在を主張して、あの2人と共存しろ」
青年は顎に手をやり、何やら思案を始めた。真剣な様子で、ぶつぶつと小さく呟きながら思考の海へと沈んでいく。
「どうだ、何とかなりそうか?」
数分後、五反田が声をかけると青年はゆっくりと顔を上げた。
「ああ。何とかしてみせる。ありがとう、監督」
ーーー
五反田監督の家から自宅へと帰る道すがら、俺は貰ったアドバイスを何度も脳内で反芻する。
"リオンとフリルの色に、自分の色を足す"。確かに、全部を自分の色に染め上げるよりかは格段に難易度は下がったが、それでも難しいことに変わりはない。
既に染まっている水の色を変えるには、生半可な色を足しただけでは無理だ。濃い赤に普通の赤を足したところで、色は変わらない。
水の色を変えるには、同系統の更に強い色を足すか、全く違う系統の色を足すか。この2択になる。
前者を選ぶには、リオンとフリルを凌駕する立ち回りと外連味、技術に経験が必要になる。しかし、そんなもの今の俺は持ち合わせていない。
となると、俺が選ぶのは後者になるだろうが、そちらも中々に難しい。
全く違う系統の色を足すということは、リオンやフリルの立ち回りとは全く違ったアプローチが必要になる。
リオンらの立ち回りが王道だとするなら、俺が選ぶべきは邪道。あいつらが光だとするなら、俺に必要なのは影のような動き。
とはいえ、邪道を進むにもどの道を行くかは慎重に選択しなければならない。あまりにも過激な道を選んでしまい、世間に批判され大炎上…なんてことは流石に避けたい。
そうなると俺が選ぶべき道は………ダメだ、考えてはいるが具体的な案が思いつかない。
くそ、リオンが来なけりゃこんなことにはなっていないはずなのに。面倒な幼馴染を持っちまった……。
「……あ」
そのタイミングで、アクアは思いついた、思いついてしまった。あまりにも定石から外れた、常識外れの一手を。
この方法なら、番組の色を変えれる可能性は十分にある。リオンとフリルの間に割って入っていける。
ただ、この方法を取るとリオンにも迷惑がかかる可能性がある。そのうえ、リオンとの決め事を1つ破ることになるし、リスクも多少はある。
が、この番組が始まってから、俺たちはリオンたちに散々迷惑をかけられてきたのだ。文句は言わせない。このくらいのワガママ、許してもらわないと割に合わない。
それに、今更リスクなんかにビビッてちゃあいつは越えられないだろ。
「吠え面かかせてやるよ、リオン」
街灯に照らされた夜道を歩きながら小さく呟く。
次の収録の日。そこで俺は、自らが持っている物全てを使ってリオンを刺す覚悟を決める。
そして数日が経ち、遂に"今からガチ恋始めます"の収録がスタートした。
ーーー
今ガチの収録日。本日の収録は夏が近いという事で、いつもとは違った趣向の撮影となった。
普段撮影を行っているスタジオからは離れ、都心からは離れた郊外にバスで移動。目的地はこういった撮影でよく使われる森林公園だ。
そこで夕方から夜にかけて収録を行う。メンバーは花火や天体観測といった活動を通し、各々の仲を深めていくことになる。
メンバー達が花火を楽しむ中、リオンとフリルも同じように花火を手に持ち、パチパチと弾ける色鮮やかな火花を楽しんでいた。
「花火なんて何年ぶりだろ」
「私も久々。意外と楽しいかも」
「それな」
鮮やかな火花を眺めながら、淡々と言葉を交わす2人。2人の手に持っている花火の灯火が消えたタイミングで、アクアが不知火フリルに声を掛けた。
「不知火さん」
「アクアさん、どうしたの?あ、花火する?」
フリルがアクアに花火を手渡そうとすると、アクアは「大丈夫」と言って断った。そして続けざまに口を開く。
「不知火さんって、本気でリオンのこと好きなんだよね?」
唐突なアクアの質問。そして、今更過ぎる質問だ。それに関しては随分前にフリルの口から言及されている。なぜ、そんなことを今更聞くのか、メンバーたちは全員そう言いたげな表情を見せていた。
フリルもリオンも、アクアの意図を掴めない。ただ、何かを企んでいるのだけは分かった。
「うん、本気だよ」
以前と同じようにフリルは迷いなく答えた。そこでリオンとフリル、そして他のメンバーがアクアの意図を予想し、全員が同じ答えを導き出した。
――まさか、フリルにアプローチを仕掛けようとしているのか?と。
意図は理解できる。恋愛リアリティショーにおいて、三角関係というのは注目度が高まりやすく、番組の中心になりやすい。爪痕を残すには悪くない手段だろう。
しかし、相手が悪い。なにせ、相手はあの不知火フリル。国民的な超人気マルチタレントだ。
今までのリオンとフリルのカップリングは対等な立場だからこそ許されていた。双方共に人気があるからこそ、ここまで人気のカップリングとなった。
そんな2人の間に、ほぼ無名の新人役者が急に飛び込んだらどうなるか。その結果は火を見るよりも明らか。下手すれば、アクアだけでなく番組すらも燃やし尽くす。
誰でも考えれば分かることに気づかないなんて、普段のアクアでは有り得ない。相当に焦っているか、ヤケになったか。
リオンは「ちょっと煽りすぎたか……」と反省し、アクアのフォローに動こうとした瞬間、目を見開いた。
アクアが不意に、リオンの肩に手を回したからだ。
「…はっ?」
困惑の声を上げるリオンを無視し、アクアはリオンを自分の方へと抱き寄せる。
そして、まるで挑発するかのような語気で言葉を放った。
「悪いな。リオンは俺の大事な幼馴染で、親友なんだよ。そう簡単に渡すわけにはいかねえな」
「え…?」
「は…?」
リオンとフリルがほぼ同時に間抜けな声を上げる、そして周囲のメンバーは、ポカンと口を開けて固まってしまっていた。
辺りの時間が止まったのではと錯覚するほどの静寂の中、この状況を作り出した張本人は口角を上げ、まるで悪役かのような笑みを浮かべた。
「俺の一番の親友が……リオンが欲しいなら、俺から奪ってみろよ。不知火フリルさん」
アクアの発言に、リオンもフリル、他のメンバー、果てはカメラマンでさえも思考が停止した。数十秒にも及ぶ長い沈黙が続き、遂にそれが破られる。
「はああああああああああああああ!!!!!??????」
全員が一様に上げた絶叫のハーモニーが響き、周囲の山々を震わせる。
今日この日、この番組で史上初となる歪な三角関係が出来上がる。
︎︎アクアが生み出した歪は確かに、水槽の水を濁らせた。ここから、番組は更なる混沌を極めていくことになる。
見切り発車レッツゴー!