鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
五反田との邂逅からしばらく経ったある日。
石動リオンは、マネージャーが運転する車に揺られながら、ぼーっと外の風景を眺めていた。
窓から覗く景色は、森林が生い茂る自然に溢れた田舎の風景。生まれてこの方、東京のコンクリートジャングルだけを見て育ったリオンにとって、初めて見る光景だった。
東京の喧騒とはかけ離れた田舎の風景。のどかでゆったりとした、どこか落ち着く雰囲気。
田舎には何もない、というのは良く耳にしていたが、それは間違いだとリオンは思った。
田舎には東京にない、人の心を落ち着かせるような素晴らしさがある。この雰囲気が、リオンは心から気に入っていた。
車の窓を開けて、都会とは比べ物にならない程に澄み切った空気を全身に浴びて、鼻から大きく息を吸う。自然の匂いがリオンの鼻腔を擽り、全身を駆け巡った。
「リオンさん、楽しそうですね。けど、はしゃぎすぎて車から落ちないでくださいよ?」
リオンが五感で自然を感じていると、車を運転するリオンのマネージャーが微笑む。包み込むような優しい声が車に響き、声を聞いたリオンは頬を膨らませた。
今の言い方は、明らかにリオンを子供扱いしている。少なくともリオンはそう感じ、如何にもな「不満ですよ」アピールをする。
「すみません、子ども扱いしすぎましたね」
「ほんとですよ。もうやめてくださいね?」
「それはちょっと……だって、まだ子供ですし」
「むぅ…」
マネージャーが意地悪を言うので、リオンは拗ねた。ツンとした態度をとりそっぽを向く。
リオンとしても自分が年齢的にまだまだ子供なのは分かっている。それはそれとして子ども扱いはされたくないという、何とも複雑な気持ちなのだ。
「リオンさん、謝りますから拗ねないでください」
「拗ねてません」
口ではそう言っているが、完全に拗ねている。
マネージャーは拗ねた少年を見て、心の中で「まだまだ子供だなぁ」と呟き、笑みを浮かべた。
そんなマネージャーの心中を見抜いたリオンが更にへそを曲げてしまい、マネージャーが今度はバツが悪そうな笑みを浮かべた。
「あ、そういえば……今回の役はどんな役なんです?」
マネージャーはリオンの機嫌を直すため、話題の転換を謀る。今回出演する映画の話に無理矢理舵を切った。
「役ですか?今回はホラー映画なんですけど、途中で主人公の道案内を務める子供の役です」
マネージャーの思惑通り、リオンの意識が映画の話に向いた。先程までの拗ねた雰囲気はどこへ行ったのか、リオンは楽しそうに自らの役について話している。
「今回の映画は不気味さを前面に押し出したジャパニーズホラー。ジャンプスケアに頼らずに、じわじわと恐怖を与えるような演出になっています。なので、自分の役も不気味さと底知れなさを存分に……」
マネージャーの思惑通り拗ねた雰囲気はなくなったが、今度は映画について語り出してしまった。早口でつらつらと今回の映画について語る様は、どう見てもオタクにしか見えない。
普段はこんなことにはならないのだが、何せ今日はリオンにとって初めての映画の撮影だ。小規模な現場とはいえ、やはり嬉しいのだろう。どう見てもテンションが上がっている。
マネージャーは心の中で、なんか面倒なことになったな…と溜息を吐くも、拗ねているよりはマシだろうと結論を出す。
それに、子供が好きなものについて語っているのは微笑ましいものだ。楽しそうに話すリオンを見ていると、こっちまで楽しい気分になってくるのだから、子供というのは不思議なものだ。
何とも微笑ましく、温かい雰囲気が流れている黒いアルファードは、目的地へと向かって進んでいく。その間も、リオンのテンションは常に高いままだった。
ーーー
「おはようございます、五反田監督。本日はよろしくお願いいたします」
「お、来たな坊ちゃん。待ってたぜ。玲奈さんは別の現場か?」
「はい、母は忙しいので。今日はマネージャーがいるので問題はありません」
「そうか、なら問題ねえな。それにしても…相変わらず礼儀正しいな。あいつにも見習ってほしいぜ」
撮影現場に到着したリオンは現場の責任者である五反田の元へと赴き、母親仕込みの挨拶をする。五反田も気さくな返事を返した。
リオンは五反田が口に出した「あいつ」というのが誰なのか気になったが、今は関係のないことだと判断し、すぐに頭から追い出す。
「今回は自分を起用していただきありがとうございます」
「礼はいらねえよ。俺が使いてえって思ったからオファーしたんだ。まあつまり、お前が自分の力で勝ち取った出番だ。もっと胸を張れよ、坊ちゃん」
五反田の言葉に噓はなく、本心からそう言っていることが分かった。自らの力で役を勝ち取ったという事実にリオンの胸が震え、溢れ出る喜びを嚙み締める。
「ありがとうございます…!精一杯頑張ります」
「おう、良い返事だ。じゃ、今日は頼むぞ」
リオンが湧き上がる喜びを前面に出すと、五反田は満足そうに微笑んでその場を後にした。
監督への挨拶を終えたリオンだが、ここからが忙しい。なにせ、共演者たちに挨拶をして回らなければいけない。
リオンは撮影現場をマネージャーと共に忙しなく歩き回り、共演者1人1人に誠意をもって、礼儀正しく挨拶をしていった。
『芸能界は実力だけじゃ生きていけない。礼儀と誠意が何よりも重要』。母から耳が痛くなるほど言われた言葉は、リオンの心と体に染みついている。
今回の現場は小さい現場の為、数人に挨拶するだけで済んだ。挨拶を終え、マネージャーとともに一息吐く。
リオンの出番まではまだ時間があるため、どうしようかと考えていると、マネージャーが思い出したかのように言った。
「そういえば、今回はリオンさんの他にも子役が出演するらしいですね。1人は聞いたことのない名前でしたが、もう1人はあの有馬かなですよ」
「有馬かな…」
マネージャーが口にした聞き覚えのある名前を反芻する。
有馬かな。映画にドラマに引っ張りだこの、現在一世を風靡しているトップ子役だ。
人気に裏付けされた実力も備えており、巷では「10秒で泣ける天才子役」などと呼ばれ、これでもかというほどに持ち上げられている。
そんな有馬かなに対しリオンは密かな対抗心を胸に秘めており、今回の共演は渡りに船だった。
今日で有馬かなを超える。俺の方が上だと証明すると、リオンは心の中で豪語する。
小さな少年の中には、大きな闘志の炎がメラメラと燃え盛っていた。
「…何が10秒で泣ける天才子役だ。俺なら1秒で泣ける」
「…リオンさん、闘争心剥き出しにするのはいいですけど、言葉遣いが悪いですよ」
「あっ…すみません。気持ちが高ぶってしまって」
リオンの静かに燃え盛る闘争心が垣間見えたものの、マネージャーの指摘によってすぐに隠され、影も形もなくなる。
あまりの切り替えの速さと雰囲気の温度差に、マネージャーも内心ビビっていた。
「…一応、有馬さんにも挨拶しておきますか」
「そうですね」
リオンはマネージャーと共に、控室へと向かっていった。
ーーー
マネージャーが「ここからは子供同士の方がいいでしょう」と言ってどこかへ行ってしまったので、リオンは1人で控え室へと入室する。
中には、金髪の子供2人とバケットハットを被った赤髪の少女が何やらワイワイと話していた。
リオンは金髪の子供には見覚えがなかったが、赤髪の少女には見覚えがあった。先程までリオンが闘争心を燃やしていた相手、有馬かなである。
リオンが話しかけるタイミングを伺うが、全くタイミングがない。3人は何やら揉めているようで、有馬かなが2人に向けて声を荒らげていた。
無理矢理割り込んで挨拶に行っても面倒なことになりそうだったので、リオンは少し離れた場所に置かれている椅子に腰掛けた。
「知ってるわよ!あなたコネの子でしょ!」
赤髪の少女が台本片手に捲し立てる。話を聞く限り、金髪の子供がコネで役を勝ち取り、有馬かなはそれが気に食わないようで突っかかっているらしい。
コネどうこうはリオンにとってどうでもいい事なのだが、ひとつ困ったことがある。
リオンも半分コネみたいなものなので、有馬かなに話しかけづらくなってしまったのだ。
どうしよう…と途方に暮れていると、有馬かながこちらを向いた。どうやら漸く、リオンの存在に気づいたようだ。
「あなたは……」
「初めまして。東プロ所属、石動リオンといいます。有馬かなさんですよね?今日はよろしくお願いします」
ここをチャンスとみたリオンは、いつも通り丁寧に挨拶をする。リオンの挨拶に対して、有馬は鋭い目つきと強気な言葉を返した。
「ふうん、礼儀は知ってるみたいね。でも、あなたもコネなんでしょ!本読みの時には居なかったし、台本にセリフが追加されてるもの!」
「あはは、手厳しいですね」
リオンが有馬に対して抱いた感想は、まともに相手にしたら面倒なタイプということだ。適当に下手に出て、この場をやり過ごす。
「あなたも監督のゴリ押しってママが言ってたわよ!あのアイドルだってそう!この前のドラマ見たけど、全然映ってなかったじゃない!どうせ、カットしなきゃならないくらい下手くそな演技だったんでしょ。ふん、あなたたちのレベルも知れるわね!ま、媚び売りだけは上手いみたいだけど!」
有馬はそう言い捨て、控え室を後にした。普段は温厚で大人びているリオンも流石に思うところがあったのか、もちもちのほっぺたをぴくぴくと震わせている。
しかし、そんなリオン以上にブチギレている存在がこの部屋にいた。
「お兄ちゃん」
「分かってる相手はガキだ…殺しはしない……」
リオンと同年代とは思えないほどに怒気を孕んだ表情を見せる2人。リオンは2人から目線を逸らし、できるだけ視界に入れないように務める。
あれだけブチギレている2人を見てしまえば、こちらの感情にも影響が及ぶと判断してのことだった。
しばらくして、2人の怒りが納まったことを確認したリオンは気を取り直して2人に声をかけた。
「はじめまして。東プロ所属、石動リオンといいます。よろしくお願いします」
「あ、はい。苺プロ所属、星野アクアです。よろしくお願いします」
「……」
青眼の少年───星野アクアは普通に挨拶を返したが、赤眼の少女は少年の背に体を隠し、頭だけを出してリオンを覗き込んでくる。少女の目には誰が見てもわかるほどに警戒の念が見て取れた。
「お、おい、ルビー。失礼だろ」
「……」
「はは、大丈夫ですよ」
ルビーと呼ばれた赤眼の少女に注意していたアクアは、大きな溜息を吐きながらリオンに向き直る。
「はぁ……あ、すみません、妹が失礼を。あと、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」
「そう?じゃあ、普通に話すね。アクアも普通に話していいよ。アクアは新人?」
「ああ、新人だよ。今回が初の現場」
「そうなんだ。俺も新人だから仲良くしてほしい。よろしく」
リオンがアクアに向けて手を伸ばし、アクアがその手を掴む。握手によって友好を深めた2人は、そのまま雑談を始めた。
しかし、アクアがリオンと友好を深める一方、ルビーは未だに警戒心を解いていない。アクアの背に隠れたまま、睨むような目付きでリオンを射抜く。
「ああ、もうすぐ出番じゃない?」
「本当だ。ルビー、いつまでそうしてんだ。行くぞ」
友好をある程度深めたところで、どうやら出番が来たようだ。リオンとアクアの出番はほとんど同じタイミングのため、共に撮影へと向かうことになる。
アクアは自分の背後にいるルビーに声をかけるも、ルビーは首を縦に振らない。アクアへ向けて小さな声で告げる。
「先いってて。私、ミヤコさんと一緒に行くから」
ルビーは口に出してはいないが、言葉の端々から「リオンと行きたくない」というのが伝わってきた。アクアは大きく溜息を吐く。
「…お前、なんでそんなにリオンのこと警戒してんだよ」
「後で話すから、今は先に行って」
「…はぁ、わかったよ」
ルビーが折れる様子を見せないため、アクアは仕方なくリオンと2人で撮影へと向かうことにする。控え室から出ていくアクアとリオンの背をルビーは無言のまま見つめていた。
数分後、苺プロのマネージャー・齋藤ミヤコが控え室へと入ってきた。ミヤコは控え室にアクアの姿がないことに気付き、ルビーへとアクアの所在を問いかける。
「アクアさんは?」
「お兄ちゃんは先に行った」
「あら、そうなの。じゃあルビーさんは私と行きましょうか」
「うん」
ルビーは自分を迎えに来たミヤコと共に、アクアたちの後を追っていった。
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