鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

22 / 26
22話

 

 誰もが目を奪われた。

 共演者も、スタッフも、視聴者でさえも。

 太陽みたいな笑顔、無敵に思える言動、吸い寄せられる天性の瞳。

 彼女を構成する全てが、別の誰かを形作る。

 伝説のアイドルである彼女の影を幻視する。

 その笑顔で、その言葉で、誰も彼も虜にしていく。

 姿は彼女でなくても、それは完全なアイだった。

 

 「アイ…さん…?」

 

 今ガチの収録が始まった瞬間、黒川あかねの雰囲気が豹変した。

 今までのオドオドした様子は一切感じられず、まるで人が変わったかのように笑顔を振り撒き、この場にいる人間の目を引き付けていく。

 俺はそんな黒川さんに、ある人物の姿を幻視する。幼い頃に片親を亡くした俺にとって、もう1人の母親といってもいい、彼女の姿を。

 

 「リオンくんっ」

 

 「あ、うん。なに?」

 

 いつの間にか近くに来ていた黒川さんに声をかけられた。声のトーンも抑揚も、アイさんが俺を呼ぶ時とほとんど同じだった。

 

 「リオンくんにも心配かけちゃったよね?でももう大丈夫!これからもよろしくねっ!」

 

 「…あ、ああ…よろしく…」

 

 短く言葉を交わした後、黒川さんは笑顔でアクアの元へと戻っていく。俺は少しずつ遠ざかっていくその背中を、呆然と見つめていた。

 短い会話だったが、本当にアイさんと話しているみたいだった。あまりの再現性の高さに、畏怖すら覚える。

 黒川さんは、アイさんと直接の関わりはないはずだ。いや、会ったことくらいはあるかもしれないが、それでも深い関係ではないだろう。

 ほとんど関わりが無い人間を……仕草に表情、纏う雰囲気にオーラ、声の出し方や視線の動かし方まで、ここまで忠実に再現できる人間が存在しているとは……いや、俺以外にも存在しているとは思わなかった。

 黒川さんを見ている限り、俺とはトレースに至るまでの過程が違う。しかし、到達する場所に大きな差異はない。

 間違いなく、俺に並ぶ可能性のある才能だ。

 

 「ああいう子が好きなの?」

 

 黒川さんがアクアと話している様子を見ながら思考を回していると、すぐ隣からフリルの声が届いた。

 そんな彼女は何やら誤解をしているようで、普段よりも声のトーンが僅かに低い。

 

 「別に、好きとかじゃない」

 

 「ほんと?」

 

 「ほんとだよ。ただ、凄いなと思って」

 

 「あかねさん?」

 

 「ああ。完璧に仕上げてきてる」

 

 「あれ、女優のアイの真似だよね?私、一瞬ホンモノかと思った」

 

 アイさんと関わりの深い俺でさえ、その虚像を象ってしまうほどの再現度だ。関わりが薄いフリルがそう思うのも無理はないだろう。

 それほどまでに、黒川あかねの演技……というより、役作りは素晴らしい。

 

 「リオンはあれ、できる?」

 

 「まあ……やろうと思えば」

 

 フリルの問いに対し、俺は煮え切らない返事を返した。

 そんな返事になったのは、自信がないから…などといった理由ではない。むしろ役作りに関していえば、例えどんな役だろうと黒川さんよりも深くまで潜れるだろう。

 ただ、アイさんのトレースをするとなると性別という、どうしても越えられない壁がある。

 俺も今年で16になる。声変わりなんてとっくに終わっているし、体格も女性とは言い難い。

 そのため、今の状態のままアイさんの真似をすると、外見と雰囲気の違いが違和感を生んでしまうだろう。

 とはいえ、女声は出そうと思えば出せるし、体格も誤魔化す方法はいくらでもある。十分に準備をすれば黒川さんにも負けない自信はあるが、今すぐにやるのは勘弁願いたい。

 

 「え、できるんだ……」

 

 何かフリルが若干引いている。なんでだよ。

 

 「それにしても、本気でアクアのこと堕としにいってるな」

 

 黒川さんとアクアが話しているのを見ながら言うと、フリルも頷いて同意を示した。

 理想のタイプが相手だからか、はたまた母親と同じ雰囲気の人間が相手だからか、黒川さんと話すアクアに普段のようなキレはない。

 何やら面白そうな気配がしたので、俺も乱入することにする。フリルと共にアクアの元に向かい、いつもの調子で声をかける。

 

 「アクア、なんか今日は大人しいね」

 

 「別にそんなことない」

 

 やはり、アクアの言葉にはいつものような鋭さが感じられない。原因はほぼ100%……。

 

 「アクアさん。もしかして、あかねさんのこと意識してる?」

 

 「……してねえよ」

 

 フリルの問いに、滅茶苦茶目を逸らすアクア。噓下手すぎだろ。

 

 「ほんとかよ?」

 

 「…して……ねえよ?」

 

 「してる感じじゃん」

 

 噓があまりにも下手すぎて、もはや自白してるのと変わらなかった。好機と見たのか、フリルが黒川さんをグイグイとアクアに近づけ、積極的な攻めを見せる。

 

 「アクアさん、こういう子が好きなんでしょ?ほらほら」

 

 「……別に好きじゃ…てか、やめ、おい」

 

 フリルは普段通り薄い表情だが、長年近くにいる俺には分かる。こいつ今、滅茶苦茶楽しんでる。

 アクアは呆れたように息を吐くと、やれやれといった様子で口を開いた。

 

 「あのなあ、確かに今のあかねは俺のタイプかもしれないけど、それだけで好きになるわけないだろ。もっとお互いを知ってからじゃないと。つーかそもそも…」

 

 早口でまくし立てるアクア。いつもの陰キャムーヴが出てしまっている。

 そんなアクアの言葉を聞いていたフリルが「あれ?」と首を傾げた。

 

 「じゃあ、もっとお互いを知れば好きになるかもしれないってこと?」

 

 「……そうは言ってない」

 

 アクアの口が鈍くなる。先程までの饒舌が噓だったかのようだが、フリルは気にせずに攻撃を続ける。 

 

 「じゃあどういうこと?」

 

 「……っ!」

 

 「あ、逃げた」

 

 墓穴を掘ったアクアは何も言い返すことが出来ず、逃げるようにその場を立ち去っていく。メタルスライム並みの逃走力に、引き止める間も無かった。

 アクアを大人しく見送った俺とフリルの標的は、この場に残された黒川さんへと移る。

 

 「で、アクアはその気がありそうだったけど、黒川さんは?どうするの?」

 

 「ど……どうすればいのかなあ?」

 

 「あ、もとに戻っちゃった」

 

 アクアの反応が予想外だったのか、黒川さんの仮面が剝がれ落ち、普段の雰囲気に戻ってしまっていた。

 

 「あかねさん的には、アクアさんはアリ?」

 

 「……アリ……かも……」

 

 「え、やば、アクあか尊い…」

 

 フリルの単刀直入な質問に、モジモジと頬を赤らめながら黒川さんが答える。

 その様子を見て、素の不知火フリルが顔を出してしまっていた。

 

 「お前、アクあかとか言うなよ。本人の前だぞ」

 

 フリルのアクあか尊い発言で、黒川さんの顔はまっかっかのゆでだこだ。恥ずかしそうに両手で顔を覆い隠している。

 

 「でも話題になってるよ。あ、フリリオの人気も変わらずだね」

 

 「自分のカップリングを堂々と言うな……てか、フリリオ?え、お前が攻めなの?」

 

 「世論はそうみたい。たしかにリオンってMっぽいし」

 

 「そんなことないけど」

 

 「リオンは攻めが良いんだ。私としてはそっちもアリだけど……」

 

 「おいやめろ」

 

 いつも通りの、中身があんまりない適当な雑談。それを繰り広げていると、フリルの表情が不意に変わる。

 つい数秒前のふざけた様子は微塵も感じられない、真剣な表情になった。

 

 「リオン、私本気だから。本気で貴方が欲しいの」

 

 「……わかってる」

 

 フリルが本気なのは、本気で俺のことを想っているのはとっくにわかっている。だから、俺も真剣に考えて答えを出さないといけない。

 

 「最終回までには必ず、返事をする」

 

 「わかった。待ってる」

 

 フリルと数秒間見つめ合う。何だか恥ずかしくなり、どちらともなく目を逸らした。

 

 「フリリオ尊い……」

 

 「自分で言っちゃうかあ……」

 

 フリルのボケに溜息を1つ。

 今からガチ恋始めますの最終話まで、あと僅か。

 

ーーー

 

 今からガチ恋始めますの放送は既に終盤を迎えているが、番組の人気は衰えるどころか、更なる盛り上がりを見せていた。その理由の1つとして、今シーズンのカップリングの多さにあるだろう。

 まず、国民的な知名度を誇る石動リオンと不知火フリルのカップリング、通称フリリオ。番組の1話でフリルが投じた爆弾発言から始まったカップリングで、最初から最後まで最も人気のあるカップリングとなっている。

 この2人は幼少の頃からの付き合いという事もあり、息はピッタリ。もはや阿吽の呼吸といってもいいほどで、視聴者からは「もう夫婦だろ」というような意見が多く出ている。

 次に、番組中盤で確立したゆきとノブユキのカップリング、通称ゆきユキ。小悪魔的なゆきと、明るい性格のノブユキが絶妙にマッチし、中高生を中心に人気のカップリングだ。

 そして最後に、番組終盤で出来たアクアとあかねのカップリング、通称アクあか。落ち込んでいたあかねをアクアが慰めたことから始まり、今ではゆきユキに匹敵するほどの人気を誇っている。

 1つのシーズンに3つも人気のカップリングがあるというのは番組の歴史上でも珍しい。そのため、今シーズンの今ガチは過去最高の平均視聴率を叩き出しており、クライマックスの最終話は更なる伸びも期待できるだろう。

 

 そして迎えた最終話。番組最大の山場である告白タイムがやってきた。

 まずは、ゆきユキの告白から。

 ノブユキが花束を差し出し、誠心誠意の告白を見せる。告白は成功するかと思われた……が、ゆきはノブユキを振ってしまった。

 ゆき曰く「友達として仲良くしたい」とのこと。これには流石のノブユキも意気消沈し、ケンゴとMEMに慰められる。

 続いて、アクあかの告白タイム。ベンチに腰掛けるあかねの正面にアクアが現れ、ゆっくりと口を開く。

 

 「正直、俺はまだ……あかねのことをあんまり知らない」

 

 「…うん」

 

 「けど……あかねに惹かれてるのは事実だ。だから……もしよければ、俺と付き合ってほしい」

 

 「…はいっ…!」

 

 あかねは立ち上がると、目の前にいるアクアに思いっきり抱き着き、背中に手を回した。アクアは衝撃で少しよろけながらも、同じようにあかねの背に手を回した。

 アクアの告白は成立。壮大な音楽と共に、カップル成立の文字が画面に映し出された。

 しかし、これで終わりではない。本当の山場が、この後に残っている。

 

 場面は切り替わり、夕焼けに焼かれる校舎の屋上が映し出された。

 屋上には、1人の美少女が凛と佇んでいる。

 染み1つない白くきめ細かい肌、宝石を思わせる瞳、色気を感じる目元と口元の黒子。黒檀のような黒髪は、夕焼けに照らされて燃えるような輝きを放っている。

 彼女の名は、不知火フリル。国民的美少女であり、人気マルチタレントである彼女の元に、1人の青年……フリルのカップリング相手である石動リオンが姿を現した。

 リオンはフリルへと近づいていき、彼我の距離が約2mというところで歩みを止めた。

 

 「フリル」

 

 「はい」

 

 リオンが名を呼ぶと、綺麗な声でフリルが答えた。互いの目が合い、互いが口を噤む。

 見ているだけで心臓が高鳴りそうな緊張感が場を支配する中、数十秒間の沈黙を経て、リオンがついに口を開いた。

 

 「あんまり上手く言葉に出来ないかもしれないけど、聞いてくれる?」

 

 「勿論」

 

 「ありがとう」

 

 リオンは薄い微笑を零し、ゆっくりと語り始めた。

 

 「フリルのことは、仲のいい同僚としか思ってなかったから、第1話で好意をぶつけられたときは……照れもあったけど、正直戸惑いの方が大きかった」

 

 「うん」

 

 「でもそこから番組を通して、フリルは俺にたくさん好意を伝えてくれた。少しずつだけど、俺もフリルを意識し始めた。役作りのために出た番組だったけど、フリルが居たから何倍も楽しめた」

 

 リオンは、恋を知らない。故に、恋を知るために、恋愛リアリティショーに出演した。

 自分自身で恋をするつもりはなかった。けど、それを許さない彼女がいた。

 

 「俺は今まで、誰かに恋したことがなくて、恋って感情を知らなかった。正直今も、恋っていう感情を上手く説明はできないと思う」

 

 リオンは、恋を知らない。今でも恋を上手く説明はできない。

 

 「でも、フリルと話してると、心が温かくなるような……そんな気持ちになるんだ。これからも一緒にいたいって思うし、ずっと守ってあげたいって思う。それに……誰にも渡したくないとも思ってる」

 

 ―けれど、今自分が抱いている感情が何なのかは……分かっている。やっと、理解できた。

 

 「今なら言える。この気持ちは恋だ。俺は君に……不知火フリルに、恋をしてる。どうしようもなく焦がれてる」

 

 リオンの頬が赤く染まる。きっと……夕焼けのせいではない。

 

 「不知火フリルさん、好きです。これからもずっと傍にいてください」

 

 思いの丈を全て告げたリオンの瞳が、フリルを射抜く。リオンの告白を受け止めたフリルは数秒後、双眸から大粒の涙を零し始めた。

 リオンは涙を流し始めたフリルに近づき、そっと頭を撫でる。フリルは泣きじゃくりながら、必死で言葉を紡いだ。

 

 「ずっと、好きだったんだから、ね……遅いよ、リオンっ…!」

 

 「ああ……ごめん」

 

 リオンはフリル涙が止まるまで、彼女の頭を撫で続けた。

 数十秒後、ようやく落ち着きを取り戻したフリルが呟いた。

 

 「……今は機嫌がいいから許してあげる」

 

 「ありがとう」

 

 泣き止んだ彼女はリオンの背に手を回すと、リオンもそれに応え、フリルの背に手を回した。

 フリルは15cmほど高い位置にあるリオンの顔を見上げ、至近距離で2人は見つめ合う。

 そして……火を知らぬ少女は、何も言わずにゆっくりと目を閉じた。

 そんな彼女の唇に、リオンは触れるだけのキスを落とした。

 

 2組のカップルが成功し、大成功を収めた"今ガチ"は、こうして幕を下ろす。

 今シーズンは番組史上最高傑作と言われ、今後も語られていくこととなった。

 

ーーー

 

 「まじさいあく……死んじゃえ、ばーか…」

 

 部屋に1人、ベッドの上で赤髪の少女が涙を流す。

 傍にあるタブレットには、今からガチ恋始めますの最終回が映し出されていた。




次回で恋リア編終わりの予定
けど次の章どうするかなんも決まってねンだわ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。