鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
こんばんは
今日一日でたくさんの高評価頂きました。本当にありがとうございます
これからも頑張ります。よろしくお願いします。
『それが始まり』
五反田が監督を務める映画の題名で、ジャンルはジャパニーズホラー。
自分の容姿に自信のない女性が、整形をするために山奥にある村の不気味な整形外科を訪れる、といったあらすじになっている。
今回の映画はジャンプスケア…所謂急に飛び出してびっくりさせるような演出は使わず、少しずつ背筋が凍っていくような恐怖と、底知れない不気味さを演出の軸にしている。
そんな映画でリオンに与えられた役は、整形外科内で出会う不気味な子供の役だ。名前のない役で出番も多いとは言えないが、中盤以降に主人公が病院内で出会い、不気味さと恐怖を植え付ける役割を持つ割と重要な役だ。
リオンはこの映画の核となる不気味さを最大限演出できるよう、台本を読み込み、役の感情と雰囲気を掘り下げ、徹底的に役作りを行ってきた。
リオンが台本を片手に自らの役を再確認していると、背後から声をかける男がいた。
「よお、坊ちゃん。台本は覚えたか?」
「監督。はい、問題ないです」
リオンに声をかけたのは、今回の映画の監督である五反田泰志。五反田は顎を搔きながら、リオンの台本を覗き込む。
「ほ~…滅茶苦茶書き込んでるな。準備は万端ってわけか」
「はい」
リオンの台本には所狭しと書き込みがされており、子供の拙い字ながらもリオンの本気度が伝わってくるようだった。
それを見た五反田は素直に感心すると、続けて言葉を放つ。
「よし、お前、これ全部忘れろ」
「は…?」
予想外すぎる五反田の言葉に、リオンは目を見開いた。呆気に取られているリオンを無視し、五反田は言葉を続ける。
「ああ、勘違いするな。お前の役作りを否定してるわけじゃない。お前の力量なら普通に演技しても良いシーンが撮れる」
「だったら何で…」
「良いシーンは撮れるが、俺は満足しない。……リオン、この映画の肝はなんだ」
「不気味さ」
「そうだ。じゃあ、俺がお前をここに呼んだ理由は何かわかるか?」
「演技が認められたから?」
「それもそうだが、それだけじゃねえ」
五反田が問いを投げかける。すぐに答えが思い浮かばなかったリオンは顎に手を当て、必死で思考を巡らせる。。
数秒の沈黙の後、結局答えは出なかったのか、リオンは首を横に振った。
「俺がお前を呼んだ理由。それは、お前にしか表現出来ない不気味さがあるからだ」
「あっ…」
五反田が言い放つと、リオンはハッとした表情を見せ、小さく声を漏らした。ようやく分かったかと、五反田は口元に笑みを浮かべる。
「良い演技をすることを否定するつもりはない。しっかり役作りをして感情と雰囲気を作って演じるのは正しい。が、今回俺はそれを求めてるわけじゃない」
「自分にとっての良い演技が、その場での最適な演技とは限らない。自分の中にある最高と現場が求めている最適を融合させろ。その先にあるのが、完璧な演技だ」
最高の演技をしたとしても、その場の雰囲気に合っていなければ意味がない。
最適な演技をしたとしても、演技力と表現力が無ければ観客には響かない。
リオンは五反田の言葉を理解して飲み込み、力強い返事を返した。
「はい」
「よし。もうすぐお前の撮影も始まる。頑張れよ」
自分のやるべきことを見つけたリオンの目には、迷いない意志が見て取れた。それを見た五反田は満足そうに頷くと、激励の言葉をかけて去っていった。
ーーー
「よーし、撮影始めるぞ」
五反田の声で、映画の撮影がスタートした。とはいえリオンの出番はまだ先の為、リオンは撮影の邪魔にならないように端の方で見学していた。
今から撮影するシーンは、主人公の女性が村の入り口で不気味な子供と出会うシーン。先程リオンが挨拶した有馬かなと星野アクアが出演するシーンである。
「どうぞゆっくりしていってください」
有馬かながセリフを口にする。その演技を見たリオンは、素直に感心した。
天才子役といわれるだけあって有馬かなの演技は上手い。今回のシーンに関しても、不気味な子供という難しい役を見事に演じ切っている。
リオンは有馬から目線を外し、有馬の隣でカメラに写っているアクアに目を向けた。
リオンはアクアの演技を見たことが無い。そのため、アクアが有馬かなに匹敵する演技ができるのかどうか気になっていた。
生半可な演技ではただ吞まれて終わる。有馬かなと共演するというのはそういうことだ。
しかし、アクアに動揺はなかった。目の前で天才子役の演技を見せつけられたにも関わらず、だ。
ただ淡々と、いつも通り口を開く。
「……へ~…そういうことか」
アクアがセリフを口にした瞬間、リオンは思わず言葉を漏らした。
リオンは一目見て分かったが、アクアは演技をしていない。普段通り、素の星野アクアで撮影に臨んでいる。
しかし、幼い見た目から発せられる雰囲気は、演技なしでも十分に気味が悪く感じられた。
星野アクアは、演技をしないことがこの場での"最適の演技"であると理解している。
演技をしないという異質な演技。その歪さが、現場を支配していた。
「OKだ!」
カチンコの音と主に五反田の声が現場に響く。撮影にOKが出たため、次のシーンの撮影へ向けて現場は慌ただしく動き始めた。
リオンは周囲の喧騒をよそに、アクアへと近づいて声をかけた。
「アクア、お疲れ様」
「リオン。見てたのか?」
「うん。よかったよ。めっちゃ不気味だった」
「褒められてるんだよな?」
「もちろん」
「ありがとう」
リオンとアクアが話しているところに、主演を務める女優がやってきた。
彼女は膝を曲げてアクアに目線を合わせ、アクアに感想を伝える。
「すごいねー。お姉さん、ぞくぞくってきちゃった」
「そうですか?良かったです」
「良くなかった」
アクアと主演女優が会話する中、有馬の口から呟きが零れる。有馬は五反田の元へ向かっていき、「監督、撮り直して」と直談判し始めた。
OKシーンの撮り直しという無茶苦茶な要求に、五反田は「いやOKだから……」と言葉を返す。
すると、有馬は大きくつぶらな瞳から大粒の涙を零した。それは止めどなく流れ、やがて雨となり有馬の頬を濡らす。
「今のかな、あの子より全然だめだった!お願い監督!撮り直して!次はもっと上手くやるからっ!お願いっ!」
有馬は涙を流しながら、周りの目も気にせずに大声で叫び散らす。
五反田が何を言っても効果がなしだ。有馬のマネージャーが登場し、有馬を宥めながら控室の方向へと向かっていった。
その様子を見ていたアクアは溜息を零す。大人ぶっててもガキだな、と心の中で呟きながらリオンに体を向けると、そこには大粒の涙を零すリオンの姿があった。
「えっ……リ、リオン?」
「……ん?」
「なっ……」
アクアが驚愕の声を上げるとリオンが振り向く。リオンの表情はほとんど変わっていないが、涙を流す瞳には複雑な感情が渦巻いている。
一瞬言葉を失ったアクアだったが、すぐに気を取り直して続きを紡ぐ。
「…なんで泣いてんだよ」
「ん?ああ、アクアも経験あるでしょ?」
「経験…?」
リオンの言葉の意味が、アクアには理解できなかった。リオンは未だに涙を流したまま口を開く。
「感動する映画を観ると人は涙を流すよね。それと同じだよ。悲しくて泣いてる人を見るとさ、自分も悲しくなって涙が出てくる。人を見てると、人の気持ちが俺の中に入ってきて、1つになれるんだ」
リオンは当然のことのように言い放つが、アクアにはリオンの言っていることが理解できなかった。
リオンの言う通り、アクアも映画を見て感動し、涙を流したという経験はある。しかし、それは映画などの創作物ありきの話である。
そもそも、感動系の映画は人を泣かせようと。意図的に共感しやすく作られているのだ。故に、観客は映画の内容に共感して涙を流す。
しかし映画ではない現実で、自分に関係のないことで泣いている他人を見て同じように涙を流すなど、まず有り得ない。
少なくとも、アクアはそんな経験はないし、そんな人間を見たことが無かった。
アクアは目の前に佇む少年を見据える。いつの間にか少年の目からは、涙は跡形もなく消え去っていた。
「そろそろ俺の出番だから、よかったら見てってよ」
「あ、ああ」
「じゃ、またね、アクア」
リオンはそう言い、撮影の準備へと向かう。
アクアは自分と同じくらい小さな背中を見つめながら、背中に冷汗が伝う感触を味わっていた。
ーーー
場所を移動し、とうとう整形外科でのシーンの撮影に入る。つまるところ、リオンの出番が来たのだ。
マネージャーからの激励を受け、リオンは本番の撮影へと足を踏み入れた。
一年の時間全てを濃縮したような重い空気が、リオンの体に重くのしかかる。周囲にいる人間の視線が突き刺さり、自分の価値を問われているようだ。
しかし、リオンに緊張はなかった。初めての映画、初めての本番にも関わらず、驚くほど落ち着いていた。
静かに目を瞑る。
凪いだ海面のように穏やかな心で、亡き父との会話を思い出す。
『父さん。役者さんって、どこからが役者さんなの?』
『ん~そうだな。リオンはプロの役者と素人の違いは何だと思う?』
『え~?う~ん……経験?』
『ははっ!悪くないけど、それじゃあテレビに出てる子役とか、新人俳優は全員素人になっちゃうぞ?』
『む……!う~ん………わかんないや。答えは?』
『…これは正解ってわけじゃないぞ。ただ俺が思うに、役者と素人の違いってのはな――――』
「……役者を名乗る覚悟、だよね?父さん」
瞼を上げ、父親譲りの黄檗色の瞳を真っ直ぐに見据える。
リオンの瞳に桜が咲き、カチンコが鳴った。
彼の役者としての人生が、今日この時から始まった。
ーーー
整形をするため病院にやってきた女性は、山奥の村にぽつんと建っている整形外科に足を踏み入れた。
整形外科の内部は少し薄暗いが、営業はしているようだ。女性は受付の看護婦に声をかける。
愛想のない看護婦だったが、問題なく受け付けは済んだ。呼ばれるまで待っているように言われた女性は、待合室のソファに腰掛けて大人しく待つことにする。
「──────さ~ん」
不気味な雰囲気を醸し出す待合室でしばらく待っていると、女性の名前が呼ばれる。しかし、案内などは一切ない。
仕方なく声がした方向へと向かうと、そこには1人の男の子が立っていた。
「ふふ……」
子供は女性の姿を見るやいなや、美しい女性のような色香を放ち、妖艶に笑う。
見た目は確実に男児。だが、放つ雰囲気は子供ではない。その歪さがあまりにも不気味で、美しく、恐ろしい。
主演の女優は思わず演技を忘れ、息を飲んだ。目の前にいる少年の微笑みが、妙齢の女性の微笑みに見えてしまったからだ。
「……えっと、ぼく?こんなところでどうしたの?」
戸惑いを隠し、何とかセリフを口に出した。カットがかからなかったことに内心ほっとした。それに続いて、少年も台本通りに言葉を吐く。
「あなたを待っていたの」
「……どういうこと?」
「ふふっ…まだ内緒。いずれ分かるから、焦らないで?」
気が付けば、現場の人間は少年の一挙手一投足から目が離せなくなっていた。
少年の視線が、仕草が、声の出し方が、微笑み方が、歩き方が、纏う雰囲気が、少しずつ石動リオンという存在を隠していく。
他の誰かの存在を自らに映し、石動リオンと同化させていく。
「誰だ…あれは?」
スタッフの誰かが、小さく言葉を漏らす。
石動リオンの姿をしていても、あれは石動リオンではない、別の誰かだと。誰もが本能で理解してしまっていた。
幼い少年の体で、妙齢の女性を完璧に演じている。姿と雰囲気があまりにも不釣り合いで違和感が拭えないのに、リオンが"そう"だと錯覚させている。
石動リオンという存在があまりにも不気味で、気味が悪い。リオンの行動1つ1つが歪で、どうしようもなく恐ろしい。
リオンが放つオーラが、現場の全てを呑み込んでいた。
「じゃあ行くね。また会おうね、お姉さん」
現場の誰もがリオンに呑み込まれている間に、シーンの撮影も終盤を迎えていた。
リオンが優しく微笑んで立ち去ると、数秒後に五反田から「カット、OK!」の声が上がった。
ーーー
「なんだ、あれ…」
リオンの撮影を見学していたアクアは、小さく声を上げた。
アクアの視線の先にいるのは、石動リオン。しかし、そこにいるのはリオンではなかった。
見た目は間違いなく石動リオン。しかし、その他の全てが石動リオンではない。他の人間、それも妙齢の女性のものだ。
先程アクアがやった事と似ているが、全く違う。
アクアの時は子供が大人のような口調で話したから不気味に見えたのであって、大人を演じた訳じゃない。ただ自然体のままセリフを言った結果、不気味に見えただけの話だ。
今のリオンは子供の姿のまま大人に成り切っている。その不協和音が、この形容し難い不気味さを産んでいる。
「ははっ…」
アクアの口から乾いた笑い声が漏れた。
目の前で行われる異常な演技に、頭がおかしくなりそうだった。
『人を見てると、人の気持ちが俺の中に入ってきて、1つになれるんだ』
先程リオンが放った言葉がアクアの脳裏に過ぎる。
あいつの言う通り、これは演技なんてもんじゃない。そんなレベルで収まる代物じゃない。これは…同化だ。完全に、別の人間と同化している。
そう思ってしまうほどに、リオンの演技は異次元で、誰の目から見ても明らかに異常だった。
「天才だ」
アクアの口から無意識に言葉が溢れた。
天才だ。あいつは…紛れもない天才。
アクアはリオンの才能に対して、嫉妬も憧憬も羨望も抱かなかった。
彼は今日初めて、他人の才能に恐怖を覚えた。
主人公の才能は、ジャンプで連載中の漫画に登場する夜桜嫌五をモチーフにしてます。これ、タグに追加とか必要ですかね?
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