鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
アンケートの投票ありがとうございます
恐らくアイ生存ルートになると思います
「実は私、12年位前のドラマに子役のエキストラとして出演したんですよ」
「エキストラなので、名前も何もない役なんですけど。その時、彼の演技を生で見る機会があったんです」
「彼はその時、殺人鬼の役だったんですけど。もう、圧巻の演技でした。怖いのに…どこか美しさを感じるような演技でした」
「その時に見た彼の演技に憧れて、同じ事務所に入ったんです」
「今はマルチタレントって呼ばれてますけど、演技は彼に遠く及ばない。だから今も追いかけてるんです」
「目標?…そうですね。今は、彼の隣に立つに相応しい人間になりたいと思ってます」
ーーー
ドラマの撮影というものは、わざわざ1話から順番に撮っていくわけではない。
出演者のスケジュールや撮影地の都合などを鑑みて、1か月から3か月程度の撮影期間内に収まるようにスケジューリングを行い、撮れるシーンから取っていく。そして最後に撮ったシーンを編集するというのが普通だ。
低予算現場では、即撮影・即編集・即納品という地獄のスケジュールもあるらしいが、今回の現場は予算に余裕がある大きな現場だ。余裕を持って組まれたスケジュールと多額の予算があるため、そういった心配は必要ないだろう。
今回の現場は、役者陣は実力派、監督や裏方も優秀で、尚且つしっかりと計算されたスケジュール。様々な要因のお陰もありトントン拍子で撮影が進んでいった。
リオンは勿論、アイも持ち前の才能とアイドル活動で鍛えた演技力で、ほとんどNGを出すことなく撮影を進めた。
特にリオンの演技は圧巻で、表の顔である優しい少年と、裏の顔である殺人鬼を完璧に演じ分けている。
リオンが殺人を犯すシーンは。共演者はおろか間近で見ていた監督やスタッフでさえ、全身に鳥肌が立つ程に恐ろしく、素晴らしいものだった。
大きなトラブルもなく順調に撮影が進み、本日が撮影最終日。残すシーンもあと僅かとなり、残るシーンはアイが演じる女子高生が1人で暮らすアパートでのシーンだけになっている。
アパートは本物を使う訳ではなく、スタジオに作られたセットを使う。本物のアパートを使うとなると、撮影場所が狭すぎて上手く撮影ができないからだ。
最終日の撮影も順調そのもので、遂に撮影するシーンも残り2つだ。
まずは1つ目のシーンから撮影に入る。雨の中にずぶ濡れで佇むリオンを見つけたアイが、家に連れてくるシーンだ。
監督がカチンコを鳴らし、撮影が開始された。
「も~……ずぶ濡れじゃない。風邪ひいちゃうよ?」
「…大丈夫だよ。このくらい」
「大丈夫じゃないの!体冷えちゃうから、早くシャワー浴びなさい!」
憂を帯びた表情のリオンはアイに言われるがまま脱衣所へと向かう。ランドセルを床に置いて脱衣所に入ったリオンは、アイに向けて仄かな笑みを浮かべた。
「お姉ちゃん、その……ありがと」
「どういたしまして。何かあったらすぐ呼んで。あと、脱いだ服は乾燥機に入れておいてね」
「わかった」
「……1人で入れる?」
「入れる!」
「ふふ、じゃ、ちゃんと温まるんだよ」
そう言ってアイは脱衣所の扉を閉める。リオンがシャワーを浴び始めたタイミングで再び扉を開け、雨で濡れたリオンの服を乾燥機に入れてボタンを押した。
その後、床に置かれたままのランドセルをもってリビングへと向かう。そこで、ふと違和感を覚えたアイは小さく首を傾げた。
手に持ったランドセルが、妙に重く感じたのだ。
いや、ランドセルの中に大量の教科書が入っているならば寧ろ軽いくらいなのだが、本が大量に入っているという感触ではない。
ランドセルの天蓋の隙間から中を覗いてみると、中にはノートが1冊入っているだけだった。手にかかる重量は、どう考えてもノート1冊分のものではなかった。
嫌な予感を覚えたアイがランドセルを開けると、ノートのほかに布に包まれた“何か“があった。その”何か“を手に取ったアイは、恐る恐る包んでいる布を剥ぐ。
「えっ…!?」
アイが目を見開き、言葉を失う。
布の中から出てきたものは、血に濡れた包丁だった。
「はい、Ok!じゃあ15分休憩して、最後のシーンいこうか」
監督からカットがかかり、シーンの撮影が終わる。
リオンは近くにあった椅子に腰かけると、先程のシーンを撮影するにあたって濡らした体を冷やさぬようにと、スタッフから毛布とタオルを手渡された。
リオンは毛布とタオルに包まって、静かに目を閉じる。
次のシーンは、ドラマ最終話でのクライマックスのシーン。リオンは殺人鬼としての人格を演じることになる。つい先ほどまで演じていた表の顔とは真逆の顔。
リオンは目を瞑って集中力を高める。殺人鬼としての感情を完璧に自分に映し出すために。深い深い、水底へと沈んでいく。
「では、撮影に入ります。アイさん、リオンさん、お願いします」
いつの間にか15分が経過していたらしく、スタッフから声をかけられた。
リオンは分かりました、と短く返事をし、ゆっくりと瞼を上げる。
瞳に桜が咲く。
石動リオンという名の怪物が目を覚ました。
ーーー
雨が降りしきる夜。
1人暮らしの女子高生である美咲は、夕飯の準備に取り掛かっていた。すると、ピンポーンという特徴的な音が鳴った。インターホンだ。
美咲はチラリと時計を確認する。時刻は19時過ぎ。まだ遅い時間とは言えないものの、この時間に人が来るのは珍しいことだった。しかも今日は雨、尚更珍しい。
「誰だろ」
美咲は火を止め、エプロンを解いて玄関へと向かう。
玄関を開けると、黒いパーカーに身を包んだ透哉が立っていた。パーカーは雨でぐしょぐしょに濡れており、黒い色を更に漆黒に仕立て上げている。
「え…透哉くん!?どうしたの!?と、とりあえず上がって?」
美咲が慌てて透哉を家に上げようとするが、透哉は動かない。美咲が首を傾げていると、透哉が口を開いた。
「ねえ。お姉さんは、愛がどこにあるか知ってる?」
「えっ…?」
透哉の口から放たれた何の脈略もない問いかけに、美咲は素っ頓狂な声を上げた。
しかし、透哉はそんな美咲にお構いなしで言葉を続けていく。
「僕は、愛がどこにあるのか分からないんだ。誰も僕を愛してくれなかった」
少年の最初の記憶は、母親に殴られた記憶だ。
両親に虐待されていた。
今は両親は捕まり、親戚に引き取られた。けれど、家に帰れば邪魔者扱いされる。
誰かに愛されたことが無い。少年は、愛がどこにあるのか分からない。
「愛ってどこにあるんだろう。今までの人は、誰も持ってなかったんだ……そして、僕も」
故に、少年は人を殺して中を覗く。
どこかにあるはずの愛を探して。
けれど、見つからない。誰も、愛と呼べるものを持っていない。
「けど…お姉さんならきっと、愛を持ってるよね」
透哉は歪んだ笑みを浮かべると、懐からナイフを取り出して美咲の腹に突き立てた。
刺された個所から血が溢れ、透哉の腕を赤く染めていく。美咲の口から血が零れ、力なく床に座り込む。
「…とう、や……くん……」
美咲は掠れる声で少年の名を呼び、虚ろな目をした少年を優しく抱きしめた。
「えっ…?」
透哉の目が見開く。何故抱きしめられているのか理解できず、動きが止まる。
「いつか……こうな、ると……おもっ、てたんだぁ」
最期の力を振り絞り、小さな声で、けれど確かな力強さを感じる声で、美咲が囁く。
「わたし……しってたよ。とうやくん、が…ひとごろし、だって……あの…雨の日、から…っ」
あの雨の日。透哉が美咲の家でシャワーを浴びた日。しかし、それはもう何週間も前の話だ。そこから今日に至るまで、美咲は何度も透哉と会い、交流を重ねている。
「な、んで…?いつでも…通報、できただろ……!なんで、しなかったんだ…!」
「さあ……わか、んないや……」
美咲が自嘲気味に微笑む。少しずつ白くなっていく手を透哉の頬に添える。
頬に添えた美咲の手に、小さな雫が落ちる。
「とうや、くんこそ…なんで、ないて、るの?」
「……なんだ、これ…。なんで……僕……っ!」
止めようとしても、止めどなく流れる。
透哉は自分が何故泣いているのかわからなかったけれど、涙は流れ続ける。
「わたし、も……あいが、どこに、あるかなんて……わから、ない…けど…っ。とうや、くんが…いつか、それを……みつ、けられます、ように……」
美咲の声が、少しずつ小さくなっていく。囁きよりも小さく儚い声は、外で奏でられている雨音にかき消されそうだ。けれど透哉には、透哉の心には、美咲の声がしっかりと届いていた。
血に染まった透哉の手を、美咲が弱々しく握る。美咲の手はもう殆ど体温を帯びていなかった。しかし、透哉はそこに確かな熱を感じた。その熱は暖かくて、心地良くて、そして何よりも優しかった。
「そっか……これが……この暖かさが……」
「ふふ…もう、みつけ、ちゃったの?」
透哉が小さく呟くと、美咲が優しく微笑む。
その微笑を見て、透哉はようやく気が付いた。
目の前にいる美咲が、出会って間もない赤の他人が、今までずっと自分に愛をくれていたことを。
透哉は大粒の涙を流しながら、嗚咽と共に言葉を紡ぐ。
「おねえ、さんっ!やっと、見つけたんだ……!やっと、やっと……!だから、死なないでっ……!ねえっ!」
「じぶん、で…さした、のに?……ふふ、わがまま、だね……」
「ねえっ!ぼく、なんでもするからっ!おねがいっ!ねえ!おねえさんっ!」
「だ…いじょ、うぶ……とう、や、くんなら……わた、しが、い、なく……ても…」
美咲は優しく笑みを浮かべ、透哉の頭をそっと撫でる。
透哉は声を張り上げて必死に叫ぶが、美咲はそれに応えることはなかった。
美咲はゆっくりと目を閉じ、透哉の頭に乗せられていた手は力なく地面へと落ちる。
「おねえ……さん……?ねえ、目を開け、てよっ…!ねえってば!」
透哉が美咲の体を揺らすが、反応はない。一切の力が抜けた美咲の体は、重力に従うままに床へと倒れ込んだ。
「あ…ああっ……あああああああああああああ!」
透哉の慟哭が曇天の空に響き渡る。
雨はまだ止まず、透哉の声を乗せて地面へと降り注いだ。
ーーー
放水機によって降らされていた雨の音が止み、スタジオが静寂に包まれる。
寒気がするほど静かなスタジオでは、透哉…いや、リオンが嗚咽を漏らす音だけが響いていた。
撮影を見ていた共演者も、関係者や見学に来ていた人間も、撮影に携わっているスタッフ達さえも、誰1人言葉を発することはない。
ただただ、すぐそこで起きた悲劇を目の当たりにして、言葉を失っていた。
リオンとアイは一切動かない。リオンは暗い表情で俯いており、アイは床に倒れ伏したままだ。
その様子を見ていた周囲の人間から、小さな声が零れた。
「え、大丈夫?生きてる?」
「え、うそ、事故?」
「いや、流石にそんなわけ……」
「でも全然動かないし……ほんとに刺されたんじゃ……」
「さすがにまずくねえか。救急車呼んだ方が……」
理屈では有り得ない。リオンが持っているナイフは特注品で、刃が柄に沈み込む仕組みになっている。よくあるジョークグッズを精巧に作り上げたものだ。
しかも、ナイフは刃の付いていない鈍のため、万が一ナイフが正常に動作しなくても人体に刺さるということは無い。
それを分かっていても、ざわざわと騒めきが波紋のように広がっていき、遂にはスタジオ全体へと広がった。
そのタイミングで、アイとリオンの元へ1人の子供が走っていく。ふわふわの金髪を靡かせて走る子供がアイとリオンの元へ到着すると、泣きそうな表情で悲痛な声を上げた。
「アイ!アイッ!!」
名前を呼んでもなお、アイは倒れたまま動かない。
金髪の子供―星野アクアの背中に冷や汗が落ちる。今の自分の姿も忘れ、前世で培った応急処置を施そうとしたタイミングで、アイがパッチリとした目を開けて起き上がる。
「えっ!?アクア?今撮影中だよ?」
「えっ……いき…てる?」
「え?うん、そりゃあ生きてるよ?」
「……よかった…」
アイの言葉を聞いたアクアは、心の底から安堵の息を漏らした。
アイが起き上がったことを確認した周囲の人間も同じように息を漏らす。
「カット…OK!」
同じように呆気に取られていた監督が、ようやく口を開いた。
少しざわついていたスタジオに監督の声が響く。その声で我に返ったスタッフたちはゆっくりと動き出した。
そして、監督の声を聞いて動き出した人間がもう1人。
「アイさん、お疲れ様で……って、アクア?どうしたの?」
つい数秒前まで暗い表情で俯いていた人間と同じ人物とは思えない、いつも通りのリオンがそこにいた。
そんなリオンを見たアクアは、顔にどんどん血が集まっていくのを感じる。
そう、今までのは全て芝居だ。そんなことすら忘れて焦りに焦り、アイが本当に刺されたと思ってしまった。挙句の果てに、前世での知識を総動員して、応急手当を施そうとする始末。
あまりにも恥ずかしい。アクアは、穴があったら入りたかった。
「なんか~アクアはね~、私が本当に死んだと思っちゃったみたい」
「へ~、可愛いとこあるね」
「うるさいっ…!」
「わああああん!アイお姉ちゃん~!」
アクアが羞恥で顔を真っ赤にしていると、うるさい泣き声と共にアクアの妹のルビーがアイに向かって走り込んできた。
ルビーは勢いのままにアイに抱きつき、アイもしっかりとルビーを受け止める。
「ん~?ルビーも私が死んじゃったと思ったの?」
「うん……こわかったあ……!」
「そっかあ。まあ私もこのまま死んじゃうかも…って一瞬思っちゃったからね!いやあ、何というか、死んじゃうって恐いな~ってのを体感できた気がする!」
「笑い事じゃないよ!ほんとに心配したんだからね!」
けらけらと笑うアイにルビーがツッコミを入れると、アイは笑いながらごめ~ん、と言って謝罪をする。
そんな2人の様子を横目に、アクアはリオンへと視線を注ぎ、思考を巡らせる。
今日のアイの演技は、明らかに今までとは違っていた。感情が乗っているとか、そういうレベルではない変化
それを引き出したのは間違いなく、石動リオンだ。
今日のリオンの演技は、凄いなんてもんじゃない。観客やスタッフ、果ては共演者にさえ、虚構と現実の境目を曖昧にさせていた。
『他人に上手いと思わせるうちは2流』とはよく言ったものだ。今日のリオンの芝居は、上手いとすら思えなかった。いつの間にか、石動リオンという存在が消えていた。
至って自然に…目の前の惨劇が、死が、現実であると錯覚させた。観客はおろか、演じている本人にさえ。
言葉では到底言い表せない、圧倒的な表現力。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「ふ~ん?」
アクアの視線がリオンとかち合う。リオンを見ていたことがバレたアクアは、適当に誤魔化した。
リオンがふと周りを見ると、既に撤収作業が始まっていた。
「ここにいたら邪魔ですね。退散しましょう」
「そうだね~。アクア、ルビー、行くよ」
リオンの言葉に従い、4人揃ってさっさと退散する。
その途中、リオンとアイはクランクアップの花束を貰い、関係者達による賞賛の拍手を浴びながらスタジオを後にした。
感想と評価ありがとうございます
これからもよろしくお願いします