鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
ここまではとりあえず書けました。
ここから先はどうするか未定です。まぁなんとかなるやろ
「私、あの子に刺されたことあるんだよね!」
「あ、実際に刺されたわけじゃなくて~、ほら、あのドラマの撮影で!」
「ほんとに凄い演技でさあ。撮影だって分かってるのに、本当に死んじゃうかと思っちゃった!」
「死ぬってこんな感じなんだ~って思って。恐かったなあ」
「でもそのおかげで、今ここに私はいるんだ。だから、感謝しないとね!」
―――
アイとリオンが出演した連続ドラマは大ヒットを記録した。
平均視聴率14.1%、瞬間最高視聴率は最終話の17.4%という近年で最高となる視聴率を叩き出し、アイとリオンが演じる最終話のラストシーンはSNSで連日トレンド入りするほどに話題になった。
リオンは言わずもがな、アイの人気と知名度も決定的なものになった。
あらゆる番組やら広告やらに引っ張りだことなり、ドラマでの演技が高く評価されたことから女優としての活動も増えた。今となっては日本を代表するタレントとなっており、テレビでアイの姿を見ない日は無いといっても過言ではない。
また、アイの躍進に伴ってB小町の人気にも一気に火が付いた。
アイを中心としたアイドルグループとして一躍有名になり、ファンの数も大幅に増加。
アイに感化されたのか、アイ以外のメンバーも魅力と実力が増していき、アイのワンマングループだった頃は見る影もない。それぞれのメンバーにファンが付き、日本を代表するアイドルグループとして大きく大成した。
アイ個人のSNSフォロワーは120万人を超え、B小町の公式アカウントも間もなくフォロワー100万人に到達する。
そして、全アイドルグループの夢ともいえる東京ドームでのコンサートも決定し、開催は来週に迫っている。
息子兼ファンとしては誇らしいと思う一方、アイが遠くへ行ってしまうような気がして少し寂しい…なんて厄介オタクみたいなことを考えていると、アイが所属する苺プロの社長である斎藤社長が、日本酒片手にご機嫌な声を上げた。
「おら!新居祝いの酒だ!飲め飲め!」
先日引っ越したばかりの新居に押しかけてきたと思えば、人ん家のリビングで盛大に酒を呷り、べろべろに酔っぱらっている。
まあ、気持ちは分かる。アイの仕事も順調で来週には夢だったドーム公演だ。嬉しいのは分かるし、酒を飲むのも別にいいと思うが……俺にダル絡みすんのは辞めろ、おい、俺の頭を肘置きにすんな。
社長の腕から抜け出そうとするも、子供の力では大人の力に勝てるはずもなく。俺はただ大人しく金髪グラサンヤンキー野郎の肘置きに甘んじるしかなかった。こいつ…俺が成長したら覚えてろよ。
「ドームってそんなに凄いんだ?」
「ドームは普通の箱とは格が違うのよ」
アイの疑問に対し、社長夫人のミヤコさんが饒舌に語る。
曰く、厳格に審査された選ばれしアーティストしか立つことが許されない夢の舞台だそうだ。
説明を聞けば聞くほど、東京ドームという箱の凄さが分かる。そしてそれ以上に、そのステージに立つことを許されたアイという一番星の凄さを実感する。
「ドームは全アーティストの夢なのよ」
普段はクールで落ち着いているミヤコさんも今日は上機嫌だ。森伊蔵をグラスに注ぎ、美味しそうに喉を鳴らす。
すると不意に、今まで上機嫌だった社長が真面目な口調になり、アイに向けて言葉を投げかけた。
「今は特に大事な時期だ。スキャンダルなんてもってのほか。くれぐれも父親に会おうとかは考えるなよ」
「わかってる」
社長の言葉で、ふと思い出す。
俺たちの父親はいったい誰なのか、という疑問を。
俺もルビーも、父親に会ったことはないし、顔も名前も何1つとして知らない。
別に会いたいとは思わないが、誰なのかは少し気になる。ルビーは「は?処女受胎だが?」と言って頑なに父親の存在を否定していたが、俺たちは人間だ。ミツバチじゃあるまいし、単為生殖は不可能。必ず、父親は存在する。
まあ…今更会ったところで父親だなんて認める気もないし、そもそも会う気すらないから関係のないことだけど。
「ママ~だっこ~」
「ルビーは甘えん坊さんだね~よしよし」
妹のルビーがアイに抱きつき、思いっきり甘えている。アイに頭を撫でられているルビーの表情は、正に極楽というに相応しいだろう。ニヤけきった口の端からはよだれが零れていて汚い。
「アクア~!お前も飲むか~?」
「ちょっ!ダメですよ!」
グラサン野郎が俺の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてくる。またダル絡みが始まってしまった。つーか4歳児に酒を進めんな。しかも日本酒。普通に死ねる。
「あ、私飲みたーい」
「アイさんもダメです!まだ19でしょ!」
「え~!ミヤコさんのケチ~!」
「ダメなものはダメです!」
喧騒に包まれたまま夜が更けていき、今日が終わる。
それからの日々はあっという間で、遂にドーム公演の日がやってきた。
――
ドーム公演当日。
俺たち兄妹とアイは、いつものように自宅で起床した。
朝早く起きたはいいものの、斎藤社長が迎えに来る時間まで結構ある。ぶっちゃけ暇だ。
ふかふかのベッドの上でゴロゴロしていると、家にインターホンの音が鳴り響いた。
誰が来たんだ?まだ斎藤社長が来る時間ではないし……宅急便か?いや、社長が落ち着かなくて早く来てしまった可能性もあるか…。
「あれ?誰だろ?」
アイが玄関へと向かっていくので、俺もそれを追って玄関へと向かっていく。
玄関に辿り着いたアイがドアの鍵に手をかけようとして――彼女の動きが止まった。
「アイ?」
動きが止まったことを不審に思った俺は、背後から名前を呼ぶ。俺の方を振り向いたアイは苦笑いを浮かべた。
「いやあ……なんか急に、あの時のこと思い出しちゃってさ」
「あの時?」
「ほら、リオン君とのやつ!」
「ああ、あれか…」
約半年前に撮影した、アイがリオンに刺されるシーン。
見ている俺たちはおろか、演じている本人でさえ、本当に死んでしまうと錯覚したあの瞬間。
確かに状況はあのシーンと似ている。誰かがインターホンを鳴らし、ドアを開けた瞬間に刺されてしまう。
あのシーンと今の状況が重なって、明確に死を感じた瞬間を思い出した。だから、アイは鍵を開ける手を止めた。
「考えすぎじゃないか?」
「う~ん、やっぱそうだよね~」
状況が酷似しているように感じるが、さすがに考えすぎだろう。この住所を知っているのは俺たち3人、社長、ミヤコさんの5人だけ。アイの命を狙う人間がいたとして、この場所に現れる可能性は0だ。
誰かがリークしていたら話は別だが、この5人の中にそんなことをする人間はいない。
「まあ、考えすぎだと思うけど……ね?」
アイがそう言いながらドアチェーンをかけると、再びインターホンが鳴った。
「は~い!」という返事と共にアイがドアを開けていくと、ドアチェーンによってドアの開きは途中で止まった。
僅かに開いたドアの隙間から人の姿が覗いた。黒いパーカーを着て、フードを深くかぶっている。顔はよく見えないが、恐らく男だろう。
「アイ、ドーム公演おめでとう。…ドア、開けてくれない?プレゼントがあるんだ」
男が口を開き、ドアの隙間から白い花のブーケを見せてくる。
知らない男だ。少なくとも、俺は会ったことが無いはずだ。
だとしたらアイの友人?…いや、アイの交友関係は非常に狭い。こんな奴が友人だとは思えないが……・
「アイ、友達?」
念のためアイに問いかけると、アイは無言のまま首を横に振った。
アイが足を動かし、ドアから2歩ほど遠ざかる。アイは俺のことを庇うように、俺とドアの直線上に立つ。
「えっと…ごめんね!開けられない…かな」
「ふざけんな!いいから開けろよ!おい!」
アイが返事を返すと男は激昂し、ドアを力任せに何度も引く。激しい音が玄関に響くが、いくら激しく引いたところでドアチェーンは壊れない。
「ママ?お兄ちゃん?どうしたの?誰か来てるの?」
リビングへと繋がる扉の向こうからルビーの声が聞こえた。俺はルビーに向けて声を張り上げる。
「ルビー!不審者だ。警察を呼んでくれ」
「えっ!?だ、大丈夫なの!?」
「まだ家の外にいるけど、安全ってわけじゃない。早く!」
「う、うん!」
ルビーの気配が離れていく。警察に通報しに行ったのだろう。
これで一安心……というわけにはいかない。警察が現着するまでの時間、こいつを家に入れないようにする必要がある。
ドアを閉めて鍵をかけてしまうのが一番だが、相手が何を持っているか分からない以上ドアに近づくのは避けたい。
「クソッ!クソが!開けろ!この裏切り者が!」
男は手に持った何かをドアチェーンに叩きつける。ちらりと見えたが…あれは、ナイフだ。サイズは小さいが、確実に本物だといえる。ドラマの撮影で使ったような安全なものではなく、人の命を容易に奪える本物の凶器。
男はナイフをチェーンに何度も叩きつけるが、そのサイズのナイフでは鎖は切れない。チェーンカッターやノコギリを持っていれば話は別だったが、どうやらナイフ以外の凶器は持っていなさそうだ。
「アイ、ドアから離れて」
「う、うん……」
家の中に侵入される恐れはほぼ無くなったとはいえ、まだ安心はできない。できるだけリスクを下げるため、少しずつドアから離れていく。
「クソッ!アイドルのくせに男と子供なんか作りやがって!騙しやがって!死ねよっ!死ね死ね死ね!!」
男は声を荒げて罵声を投げかけてくる。そのタイミングで、俺は何とも言えない違和感を覚えた。
なんだ…?この男とは初対面のはずだ。なのに、どこかでこいつの声を聞いたことがある。
どこだ?どこで聞いた?朧気に覚えているということは、そんな昔じゃないはずだ。
…いや、今世じゃない。前世だ。そうだ、この声、俺を崖に───。
「えっと、もしかしてリョースケくん?」
「は?」
「あれ、違った?間違えてたらごめんね」
俺が思考の海に沈みかけたタイミングで、アイが唐突に声を上げた。リョースケという聞きなれない名前が響くと、男がナイフを振るう腕を止めた。
どうやら、リョースケというのが不審者の名前らしい。なんだ?なんでアイが名前を知っている?
「よく握手会に来てくれたよね?覚えてるよ。ごめんね、騙したみたいになっちゃって。でも、私にとって噓は愛だから」
「な……なっ……」
アイが優しい声音で告げる。リョースケと呼ばれた男は呆気に取られているようだ。言葉にならない声を上げながら、アイの言葉に耳を傾けている。
「前にプレゼントでくれた星の砂、あれリビングに飾ってあるんだよ。キラキラしてて綺麗だよね、あれ。嬉しかった」
「なっ……なんだよそれ……!……そんなこと言われたって……!」
男はアイの言葉で明らかに動揺しており、震える声で必死に言葉を絞り出している。
「おれは……ただっ……!……ただ………あれっ…?あ、おれっ…え、なにして……ちがっ、こんなこと、したかったわけじゃ……あ、あんな……おれ、なんで……っ……!あ…あああああああああアアアアアアアアアア!」
男の様子が明らかにおかしくなる。独り言のようにブツブツ呟いていたと思えば、最後には叫び声を上げて走り去ってしまった。
男が去り、静寂が訪れる。俺もアイも言葉を発することが出来ず、ただ茫然としていた。
「ア、イ……」
俺の口が無意識のうちに名前を呼ぶと、アイは俺の方を向いた。
アイは俺の顔を見るやいなや、勢い良く床に座り込んで俺を抱きしめる。
「アクア、大丈夫?怪我は?」
アイの暖かさが心地良く、先程までの緊張が解けていくのを感じる。ようやく俺も落ち着いてきた。
「だ、大丈夫。アイも怪我はない?」
「うん……!無事でよかったあ…!」
脅威が去って緊張が解けたのか、アイは力なく息を吐いた。そのタイミングでリビングのドアが開き、ルビーが不安げな瞳を見せる。
「ママ、お兄ちゃん?だいじょうぶ…?」
「うん、ママとアクアは平気。ルビー、おいで」
アイは左腕で俺を抱きしめながら、右腕を大きく広げてルビーを呼ぶ。ルビーは瞳から涙を零しながら、アイの腕に飛び込んだ。
「恐かったあ!ママが死んじゃったら……うえええん!」
「よしよし、ママは生きてますよー。アクアも恐かったよね?もう大丈夫だよ」
「…うん」
アイに抱きしめられながら、優しく頭を撫でられる。普段なら恥ずかしいので遠慮したいが、今日は、今だけはアイの温もりを感じていたかった。
…もしチェーンをかけていなかったらと思うとぞっとする。チェーンがなかったら今頃アイは刺されていただろうし、俺やルビーも無事では済まなかったかもしれない。アイの体温が少しずつ失われていく様を想像しただけで背筋が凍る。
けど、アイはちゃんと生きてる。ルビーも、俺も、ちゃんと生きてる。
その事実が、今は何よりも幸せだった。
「無事で……よかったっ…」
色々な感情が一気に押し寄せてきて臨界点を超えた。止めようのない涙は次々と流れ出して、俺を抱きしめるアイの服を濡らしていく。
「2人のこと、守れてよかった。……あ、そうだ」
アイはそこで一旦言葉を切る。深呼吸をして、再び口を開いた。
「2人とも、愛してる」
アイの瞳から涙が流れていた。一粒の綺麗な雫は、まるで星のように輝き、頬を伝って消えていく。
「愛してる。アクア、ルビー、愛してる。……なあんだ、こんなに簡単なことだったんだ。もっと早く言ってあげればよかった……。ごめんね、遅くなっちゃって。でも、これからはいっぱい言うからさ!許して?」
アイの瞳から溢れる星屑は流星群となり、次々に流れては消えていく。
アイは嗚咽を上げながら、俺たち2人に何度も同じ言葉を告げる。
「愛してる…愛してるよ……!この言葉は絶対、噓じゃない……噓じゃないよ!」
アイは俺たちを更に強く抱きしめる。俺とルビーも短い手を必死に伸ばし、アイを抱きしめ返した。
警察のサイレンが聞こえるまで、俺たち3人は抱き合って涙を流していた。
ご都合主義?うるせぇ!(ドン!)