鏡の中の愛 作:鏡の国のアリス
土日はなかなか更新できませんね。理由はゲームが楽しいからです。
今回から新章に入ります。
8 つまんねえ
俺の名前は石動リオン。来年から高校生になる予定の中学3年生だ。
クリスマスやら年越しやらの一大イベントを再来週に控えている今日、俺は自室の勉強机の前でただ絶望していた。
目の前に並べられているのは、先日行われた期末テストの答案用紙。その右上に書かれている数字を見ると、あまりの酷さに頭痛が痛くなる。
まず、国語、22点。ほんとに日本人か?俺。
次、数学、21点。なんだこの点数。
英語、24点。俺日本人だし、ここは割り切っていこう。
社会、25点。もうしょうがない。
理科、41点。崖っぷちギリギリだが唯一の赤点回避科目。なのに全然誇れる点数じゃねえ。
「…どうしよう」
目と鼻の先に受験を控えている学生とは思えない点数に、俺はただ打ちひしがれるしかなかった。
このままでは俺の名誉に関わるので、言い訳をさせてもらう。
俺は芸能界で活動している俳優で、自分で言うのもあれだが結構売れてる。幼少期から仕事の毎日で、中学生になってからは特に忙しく、まともに勉強する時間がなかったのだ。
言い訳終了。
さて、これからどうするか考えなければならない。
高校の受験までに残されている時間は多くない。自分一人で勉強しても限界はあるだろうし、家庭教師や塾なんてものに頼る時間はない。
つまり俺は、仕事の合間を縫って何とか勉強し、今の成績から高校に受からなければいけないという、トム・クルーズも真っ青なミッションに挑まなければならないのだ。
くそ、かくなる上は…。
「アクえも〜ん!助けて!!」
「誰がアクえもんだ」
俺は隣に住む幼馴染、星野アクアに助けを求めることにした。
勉強道具片手にたったかとマンションの内廊下に飛び出し、隣の星野家のインターホンを押す。数秒後、アクアが俺の事を出迎えてくれた。
親しみを込めて渾名を付けたんだが、塩対応で流されてしまう。アクえもんは気に入らなかったらしい。
「で、なんの用?」
「いや、その、勉強教えてくれませんか…?」
アクアは何故か妙に頭がいい。確か偏差値は70を超えていたはずだ。勉強を教わるにはもってこいの人物だ。
昔からの友人であるアクアに教えを乞うのは流石に恥ずかしいが、なりふり構っていられない。素直に要求を口にすると、アクアは小さく溜息を吐いた。
「…とりあえず入れよ」
「ありがと。お邪魔します」
アクアの了承を得て、星野家にお邪魔する。靴を脱いだタイミングで、奥の扉がゆっくりと開き、金髪の美少女が顔を出した。
「あれ、リオン?どうしたの?」
そう言って首を傾げるのは、アクアの双子の妹である星野ルビー。母親譲りの容姿は凄まじく高レベルで、そこらの芸能人など比較にすらならない。
ルビーは小さい頃から俺の事を苦手に思っていたようだが、家が隣になって以降は少しずつ関わるようになった。その結果苦手意識も薄れたのか、今では普通の幼馴染といった関係になっている。
「アクアに勉強教えてもらおうと思って」
「そうなんだ。リオンって頭悪いの?」
「普通くらいかな」
正直に言えば馬鹿にされるのは目に見えているので、適当に誤魔化す。
「ほら、やるならさっさと始めるぞ」
「そうだね。じゃまたね、ルビー」
「頑張ってね〜」
ルビーがリビングへと戻っていくのを見送って、アクアの部屋へとお邪魔する。
「適当に座ってくれ。飲み物でも取ってくる」
「ありがと」
部屋の中央付近にあるテーブルに勉強道具を置き、周りに置かれてあった座布団に腰かける。数十秒後、コップに麦茶を汲んだアクアが戻ってきて、俺の対面に腰かけた。
「で、急にどうした?テストの点数が悪かったのか?」
「まあ…そんなとこ。受験も近いしね」
「点数は?」
アクアは当然のように点数の開示を求めてくる。
一応答案用紙は持ってきたけど…見せたくない。こんな点数をこいつに見せるのは恥ずかしすぎる。
「…やっぱ見せなきゃダメ?」
「当たり前だろ。答案を見ないと何を教えればいいか分からないだろ」
「ですよね」
あまりにも正論。反論する余地もない。どうやら、見せないという選択肢を取ることはできなさそうだ。
俺は勉強道具と一緒に持ってきていた答案用紙をテーブルの上に並べる。アクアは答案用紙を目に入れた瞬間、絶句して目を見開いた。
「……」
アクアは無言のまま目頭を手で押え、静かに溜息を吐いた。あまりの点数に絶望しているようだ。絶望したいのは俺なんだけど。
「やばいな、こんな点数初めて見た」
「俺も」
「黙れバカ」
ストレートすぎる罵倒。傷つくからやめてほしい。
「この時期にこの点数は…もう無理じゃないか?受験は諦めろ。お前なら中卒でも何とかなるだろ」
「そこをなんとか!俺だって高校行きたい!」
アクアに向けて合掌し、神を前にした時のように全力で祈りを捧げる。
こいつ言う通り中卒でも多分食っていけるが、俺だって高校生になって青春を謳歌したい。
「どこを受けるかによるな」
「陽東高校の芸能科」
「ああ、ルビーと同じところか」
「へー、そうなんだ。あれ?ルビーって芸能活動してたっけ?」
陽東高校の芸能科は出願条件に「芸能事務所に所属していること」という特殊な条件が定められている。俺の記憶が正しければ、ルビーはまだ芸能活動をしていなかったはずだ。
「一応、苺プロに所属してることになってる」
「なるほど。じゃあ問題ないのか」
アクアとルビーの戸籍上の親は苺プロの社長だったはず。実親も苺プロに所属しているし、入るだけなら赤子の手をひねるよりも簡単だろう。
「今はルビーよりお前の話だ。芸能科は学力重視じゃないとはいえ、この点数だと流石に落ちる。学校の定期考査レベルなら40から50は取らないと無理だ」
40から50ってことは、だいたい全教科で20点くらい点数上げなきゃいけないらしい。あと2ヶ月ちょいで。やばい、無理な気がしてきた。
「とにかく、時間がない。応用問題は全部捨てて、簡単な基本問題を確実に取れるようにする。そうすれば多分、芸能科のレベルなら大丈夫だろ。じゃ早速始めるか」
「お願いします」
こうして、俺とアクアの勉強会が始まった。アクアは偏差値が鬼高いだけあって勉強の教え方も上手い。分かりやすく丁寧に教えてくれるため、1人で勉強するよりも吸収が早く感じる。
アクア先生のご教授のもと勉強を進めること1時間。ぶっ続けでやりすぎても集中力が切れるので、一旦休憩を挟むことにした。
アクアが持ってきてくれた麦茶に口を付けて喉を潤していると、アクアが問題集の頁を捲りながら口を開いた。
「お前、普通に勉強はできるんだな。教えたところはちゃんと解けるようになってる」
「まあ、仕事のせいで勉強する時間がなかっただけだし」
勉強すれば人並みには出来る。勉強する時間がないだけで。いい訳じゃなくてこれはマジ。
「さすが、売れっ子役者は違うな」
「まあ…否定はしないけど」
アクアの言葉に何やら含みを感じたが、特に気にしないことにする。
“売れっ子役者”とはよく言われるのだが、肯定も否定もしにくいのが少し困る。肯定したら嫌な感じだし、否定したら卑屈な感じがする。今みたいに適当に流すしかない。
役者っていう言葉は好きだから良いんだが、“売れっ子“とか”天才“とか華美な表現を頭につけないでほしい。事実だとしても反応に困る。
役者といえば、アクアも子役として活動していた時期があった。演技もなかなか上手かった記憶がある。最近は活動してないみたいだが、もうやらないんだろうか。
「そういえば、アクアはもう役者やんないの?昔はちょくちょく映画とかに出てたよな?」
俺が話題を切り返すと、目の前の美青年は一瞬動揺を見せた。目を凝らしても分からないほどに小さな感情の揺れだが、俺の目は逃さない。
心の揺れを必死に隠しながら、アクアは口を開く。
「やらない」
「なんで?本当はやりたいんだろ」
アクアは目を見開いた。「なんでわかるんだよ」って感じの顔をしてる。
今のは誰でもわかると思うけど。だって顔に書いてあるし。「役者やりたい!」って。
「誰でもわかるよ。アクアってポーカーフェイスに見えて、結構分かりやすいよな」
「…そんなこと言うのはお前だけだよ」
「で、なんでやんないの?」
「……」
苦い顔をするアクアに、追撃とばかりに質問を投げつける。
アクアは口を噤んでいたが、俺相手に誤魔化しは利かないと判断したのか、小さな音口から響かせた。
「俺には、才能がないからだ」
「はあ?」
アクアの口から零れた言葉を聞いた俺は、思わず声を上げてしまう。それに構わず、アクアは言葉を続ける。
「昔、演技をして実感した。俺には…お前や母さんみたいな才能はない。そんな平凡な人間が芸能界に入ったところで、ただ埋もれて終わりだ」
「…誰かに言われたのか?」
「いや」
「ふ~ん」
アクアの説明は、俺には全く理解できなかった。それ故に、適当で力の入っていない相槌を打ってしまう。
才能がないってなぜわかる?なぜ自分自身に見切りをつける?
そんな曖昧な根拠は諦める理由にはならないだろう。
そんなくだらない価値観、自分に噓を吐く理由にはならない。
そんな優等生ぶった回答、俺には響かない。
「なんだ、その反応」
俺の軽い反応が癪に障ったのか、アクアがやや声のトーンを落とした。
「別に」
「言いたいことがあるなら言え」
俺の両眼を真っ直ぐに見据えたアクアは、今まで以上に真剣な顔つきで言う。
アクアに言わせたのに、俺が言わないのは不公平だな。
正直に、思ったことを口に出そう。
「つまんねえ」
――
「つまんねえ」
「は…?」
リオンがそう口にした瞬間、俺は思わず呆けたような声を上げてしまった。
そしてリオンが吐いた言葉の意味が少しずつ脳みそに浸透していくにつれ、沸々とした怒りが湧き上がってくる。
そんなことを言えるのはお前が天才だからだ、と言いたい気持ちをグッと堪える。
俺の様子にリオンも気付いているだろうが、リオンは構わずに続ける。
「他人と比べて自分の価値を決めつけて、自分に噓ついて、いい子ちゃん気取って……お前の人生、誰の為に生きてるの?」
リオンの言葉に、息を吞んでしまう。こいつの言葉に、完全に図星を突かれてしまったからだ。
他人とばかり比べて、自分の中にあるものを見ていなかった。
自分に噓ついて、役者を諦めた。本当は、やりたいのに。
せめて才能が無い分、真面目に生きようとした。真面目に勉強をして、優等生として生きてきた。
――――誰の為に?
「どっちか選べよ。好きなことして生きていくか、自分に噓ついて生きていくのか」
こいつに言われて、気付いた。
俺は今まで、自分の人生を生きていなかった。
母親のため、妹のため、社長のため、ミヤコさんのため。
皆を守るため、幸せにするため、自分に噓ついて生きてきた。
自分のために何かしたなんて記憶、ほとんど無い。
確かに…こんな人生、つまんねえよな。
リオンの顔を見据える。目が合い、視線に籠った感情が交錯する。
「はっ…」
こちらの全てを見透かしているような眼差しに射抜かれ、口から乾いた笑い声が零れた。
こいつは、俺がなんて答えるかもう分かっているだろう。けれど、俺が自らの意思で口にするまでは逃がす気はないみたいだ。
「決まってるだろ」
「だよね」
2人して同時に口元を綻ばせる。
よし…決めた。夢と、覚悟と、目標を。
俺は――――。
「役者になる」
いや、役者になるのは始まりだ、これが目標じゃない。
俺の目標は……。
「そして、お前を超える」
俺がリオンを指さして言うと、リオンは目を見開き、ぽかーんと口を開けたまま静止した。こいつのこんな表情を見るのは初めてだ。
人のことを何から何まで見通すこいつを出し抜いたのは初めてかもしれない。いつもの飄々とした態度が崩れているし、それを成したのが俺だと思うと気分がいい。
数秒後、ようやくフリーズから復活したリオンは、普段通りの柔らかい笑みではない、口角を釣り上げた獰猛な笑みを浮かべ、楽しげに口を開く。
「やれるもんならやってみろ、星野アクア」
――
「今日はありがとう、アクア。また教わりに来る」
「ああ。教わりに来るのはいいけど、自分でもちゃんと勉強しろよ?」
「わかってるよ。じゃ、またな」
勉強を終え、リオンが帰宅していった。それを見送って、リビングへと向かう。
リビングに入ると、ルビーがソファにだらしなく座ってテレビを眺めていた。俺が来たことに気づいたルビーは顔だけをこちらに向ける。
「お兄ちゃんお疲れ。リオンの勉強はどんな感じ?」
「まあ、多分大丈夫だろ。受けるの、陽東高校の芸能科らしいし」
「えっ!私と同じじゃん!なんで!?」
「リオンは芸能人だし、なんも不思議じゃないだろ。むしろ、何にも活動してないお前の方がなんで?ってなるけどな」
「ぐっ……!それは…私はこ、これからだし…?」
何気なく放った言葉がルビーに突き刺さってしまった。ルビーは声を震わせ、目を泳がせながら言い訳にすらなっていない言葉を零す。
「あと、俺も芸能科受けることにしたから」
「ふ~ん、お兄ちゃんも同じか~………えっ?ええええええええええええええっ!?」
死ぬほどうるせえ。鼓膜が破れるかと思った。
「な、なんで!?何で急に!?今まで私とかママが言っても頑なに一般科志望だったのに!?」
「気が変わったんだよ」
「え、じゃあ役者さんになるの!?」
「ああ」
俺が質問に肯定すると、ルビーは思いっ切り飛び上がって喜び始める。今日は赤飯だ~!とか言い始めた。それは勘弁してくれ。
「お前もアイドルになるんだろ。お互い頑張ろうな」
俺が言うと、先程までの喜びようはどこに行ったのか、急激にテンションを落としジト目でこちらを睨んでくる。
「お兄ちゃん、ほんとにお兄ちゃん?偽物じゃないよね?」
「何言ってんだお前」
「いや、だって、さっきまでとなんか違うっていうか……陰キャオーラが減ったというか……」
「そんなことないだろ」
「ううん、怪しい……はっ!まさか、リオンに何か盛られた!?」
「…バカ」
「あーーーっ!お兄ちゃん今、可愛い妹にバカって言った!?」
「言った」
「認めるんだ!?あとバカじゃないしっ!」
ぷんぷんと怒るルビーを宥めつつ、これからのことを考える。
まず、活動するなら苺プロ一択だ。昔の籍がまだ残っているだろうし、斎藤社長とミヤコさん以上のマネジメント能力を持つ人間を俺は知らない。
俺は無名の役者だ。どんな端役でもいいから仕事を手に入れなければ始まらない。
休んでいる暇はない。目標は遥か彼方、どれほど差がついているのか、見当もつかない。
『やれるもんならやってみろ、星野アクア』
先程のリオンのセリフと、こちらを突き刺すような鋭い眼を思い出す。何も言わずとも、あの眼からは伝わってきた。
『お前は今からライバルだ』と。
無名で何の才能もない俺を、あいつはライバルだと認めてくれた。情けない姿は見せられない。
あいつとの才能の差は歴然、経験の差も果てしない。けど俺は諦めないし、絶望しない。自分の好きなように生きて、いつかあいつを超えてやる。
そうじゃないと――つまんねえからな。
感想や高評価ありがとうございます。励みになります。返信遅れてますけど、時間が出来たら返します。