鏡の中の愛   作:鏡の国のアリス

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こんにちは
話の進みが亀。でも書きたいのが多いからしょうがないの


9 夢と星の子

 

とあるマンションの一室に、元気な少年の声が響き渡る。

 

「行ってきます!」

 

「は~い、頑張ってね」

 

母親に挨拶を飛ばした少年は、玄関から飛び出してエレベーターへと向かう。

エレベーターへと乗り込み、1階のボタンを押すと、静かな音を立てながらエレベーターが緩やかに降下していった。

数十秒後、到着を知らせるチャイムがエレベーター内に鳴り響き、正面の扉がゆっくりと開いていく。少年はエレベーターからエントランスへと足を踏み入れ、そこに立っていた警備員に挨拶をして屋外へと飛び出した。

少年を朝の空気が優しく撫ぜ、雲一つない晴天が出迎える。気持ちの良い天気に背伸びを1つした少年は、目の前に見える黒のセダンに向けて足を踏み出した。

少年がセダンに近づくと、運転席の窓が開いた。顔を出したのは、少年のマネージャーだ。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、リオンさん。鍵は開いていますから、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

少年改め石動リオンは後部座席のドアに手をかけ、幼い腕に力を籠める。腕に抵抗を感じながらも何とかドアを開ききったリオンが車内に目を向けると、マネージャー以外にも人が乗っていることに気づいた。

助手席の後ろの席に、1人の少女が座っている。歳はリオンと同じくらいだろう。

腰まで伸ばした黒檀のような黒髪、雪のように白くきめ細かな肌、すべてのパーツが恐ろしく整った顔立ち、目元と口元にある小さな黒子に、宝石のような美しさを持つライムグリーンの瞳。

全ての要素が完璧にかみ合っており、まるで天使が舞い降りてきたかと錯覚してしまうほどに美しい。

そんな少女を目の当たりにしたリオンは動きを止めていた。目の前の少女の可憐さに見惚れて…というわけではない。

リオンは、この少女に見覚えがあった。しかし、どこで見たのか思い出せない。それを必死に思い出そうとしていた。

 

「リオンさん?」

 

「…あ、すみません」

 

そんなリオンの様子に気付いたのか、マネージャーが声をかける、我に返ったリオンは一言謝罪を口にし、後部座席へと乗り込んだ。

リオンが乗ったことを確認したマネージャーは車を発車させる。目的地は都内のスタジオ、恐らく30分もしないうちに到着するだろう。

 

「ああ、そうだ。リオンさん、この子はウチに新しく入った子役の不知火さん。確か、リオンさん、と同い年。今回、リオンさんの撮影の見学っていう形になるので、よろしくお願いします」

 

車を運転するマネージャーがリオンの隣に座る少女の紹介をする。リオンはそれを聞いて分かりました、と返事をすると、少女がリオンに向けてペコリと小さく礼をした。

 

「はじめまして、不知火フリルです」

 

「あ、石動リオンです。よろしくね、不知火さん」

 

少女―フリルの自己紹介を受け、リオンもそれに応える。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「あ、敬語じゃなくていいよ。同い年らしいし、同じ事務所なら仲良くしたいから」

 

「じゃあ、遠慮なく。よろしくね、リオン」

 

「……あ、うん、よろしく」

 

急な呼び捨てにリオンは一瞬たじろぐも、すぐに言葉を返す。それに続いて、フリルも話題を返した。

 

「ドラマの殺人鬼の演技、凄かった」

 

「ありがとう」

 

 

フリルは先日まで放送されていた、リオン主演のドラマについての感想を口にした。リオンはそれに対しての謝辞を述べると、フリルの顔をじっと覗き込む。

やはり、どこかで見たことがある顔だ。どこだったっけ…とリオンが頭を捻っていると、フリルが小首を傾げる。

 

「どうしたの?私の顔、変?」

 

「いや、変じゃないし寧ろ綺麗だよ。ただ……どっかで見たことあるような……」

 

リオンの言葉に、フリルは頬を薄く染める。当の本人は思い出すことに夢中になっており、自分が何を口に出したか分かっていない始末だ。

数十秒後、リオンがあっ!と声を上げた。

 

「ドラマにエキストラで出てたよね?確か、学校のシーンで」

 

「…え、よくわかったね。名前も何もない役なのに」

 

散々考え抜いた答えが当たっていたらしく、リオンは気分を良くする。胸を張り、誇らしげに語り出した。

 

「1人だけ妙に目を引く綺麗な女子がいたからさ、覚えてた。フリルだったんだね」

 

「…うん、そう」

 

リオンは大分恥ずかしいセリフを口にしているが、テンションが上がっているため気付いていないようだ。一方、フリルは耳まで赤く染めて俯いてしまっている。

 

「あの時ってウチの事務所じゃないよね。なんでウチに来たの?」

 

「あ、えと……秘密」

 

そんなフリルに遠慮もクソもなく質問を投げかけるが、黙秘権によって防がれてしまった。本人が言いたくないなら仕方ないと、リオンはそれに関して深堀することは無く、感情を読み取ることもしなかった。

 

「……私が将来、有名になれたら教えてあげる」

 

フリルが小さな声でポツリと呟いた。リオンの耳はその言葉をしっかりと拾った。

 

「わかった。じゃあ10年後くらいにまた聞くよ」

 

フリルが有名になることを微塵も疑っていない様子に少女は目を丸くし、そしてすぐに笑みを浮かべた。

――

「リオン、起きて」

 

「んあっ?」

 

肩を大きく揺さぶられる。変な声を上げながら意識を覚醒させると、眼前に整った綺麗な顔が見えた。

雪のように白くきめ細かな肌、すべてのパーツが恐ろしく整った顔立ち、目元と口元にある小さな黒子に、宝石のような美しさを持つライムグリーンの瞳。

俺の同僚であり、芸能界屈指の美少女であり、若手トップの女性マルチタレントである不知火フリルが、隣から俺の顔を覗き込んでいた。

 

「おはよう」

 

「おはよ」

 

「よく寝てたね。いい夢見れた?」

 

「ああ。懐かしくて良い夢だったよ」

 

フリルに挨拶を返し、横目で周囲の様子を伺う。

どうやらここは車の中みたいだ。窓に東京の街並みが映り、そして流れていく。

ああ、そうだ、今はスタジオへの移動中だった。いつの間にか眠ってしまったらしい。

起きたはいいが、まだ眠い。走行する車の揺れが心地良くて今すぐにでも眠ってしまいそうだ。

 

「もうすぐスタジオ着くよ。起きて?」

 

「あと5分……」

 

着くまで寝かせて……と続けようとしたところで、フリルが何故か顔を近づけてくる。

 

「起きなきゃキスするよ」

 

「よし、完璧に目覚めた。仕事頑張ろう」

 

フリルが本気でキスしそうな勢いで顔を近づけてきたので目を思い切り開き、意識を微睡から強引に引き上げる。フリルは俺が目をガン開きにすると、少し不満そうな顔を離していった。

 

「ふ~ん、私とのキスは嫌なんだ」

 

「世間にバレたらお前のファンに殺されるじゃん。まだ死にたくないよ俺」

 

フリルのファンは男女問わず大量にいるだろうが、比率としては男性の方がやや多いだろう。そんな何万人もいる男のファンに、フリルとキスしたことがバレたらどうなる?言うまでもない。

 

「それを言ったら、私もリオンのファンに殺されるよね?」

 

フリルがあざとく首を傾げながら言う。自分で言うのも何だが、俺にもファンは多い。フリルのようなアイドル的キャラではないため過激なファンは比較的少ないだろうが、いないわけじゃない。この前だって事務所に……いや、やめておこう。思い出したくない。

 

「そう。お互いの安全のためだよ」

 

「…私は君と結ばれるなら殺されてもいいけど」

 

「えっ、こわ」

 

フリルが纏う温度が急低下、唐突に冷たい雰囲気を纏いだす。

ヤンデレみたいなこと言い始めるし。演技だとわかっていてもこわい。

 

「……どう?上手くできてた?」

 

フリルはあっという間に普段の淡々とした雰囲気に戻った。あまりの温度差に風邪をひいてしまいそうだ。

 

「上手かったよ。演技だって分かっててもこわかった」

 

「……ありがと」

 

俺が率直な感想を口にすると、フリルは若干不満そうな表情を見せながら礼を言った。

褒めたのに何でか不満そうだが、自分の演技に納得がいってないとかそんな理由だろう、俺も気持ちはよくわかる。

 

「で、何の役?」

 

「片思い中のメンヘラダウナー女子高生の役」

 

フリルのイメージは“THE・清純派”だ。こういう病み系の役を引き受けるのは珍しい、というか初めてじゃ?

 

「珍しいね。メンヘラかまってちゃんの役なんて初めてじゃない?」

 

「てめえは黙ってな?」

 

「なんで急に韻踏んだの?」

 

メンヘラかまってちゃん、てめえは黙ってな、見事な韻だ。なんで今踏んだのかは本当にわかんないけど。

 

「なんとなく」

 

「なんとなくかぁ」

 

ならしょうがないね。

 

「役の幅を広げようと思って受けたの」

 

「なるほどね、いいと思うよ」

 

同系統の役ばかり熟していては成長に繋がらない。色々な役を熟し、色々な役の人生を読み解き、多くの人間と同化することで更に上へと行くことができる、と俺は思っている。

このことを前アクアに言ったら「何言ってんだこいつ」って目で見られた。解せぬ。

 

「うん、がんばる」

 

「うん、がんばれ」

 

そのタイミングで車が停車した。どうやらスタジオに到着したみたいだ。後部座席の扉が開いたので、フリルと共に下車する。そのまま楽屋へと向かって歩きながら、雑談を再開する。

 

「そういえば、昼寝なんて珍しいね?」

 

「ん?ああ、勉強してて若干寝不足」

 

「珍しい」

 

「まあ、もうすぐ受検だし」

 

「そういえばそうだね。どこ受けるの?」

 

「陽東高校の芸能科」

 

「私と同じだ。そうだ、一緒に学校行く?」

 

「家の方向真逆だよね」

 

「え、つまり一緒に住もうってこと?」

 

「違うよ」

 

「マンション探さないと。あ、寝室は一緒の方がいいよね?」

 

「あれ?ここって日本だよね?日本語が通じないんだけど」

 

そんなこんなで楽屋が用意されている階層に到着する。当然、男女で楽屋は違うので、フリルとはここらでお別れだ。お別れといっても同じ番組に出るんだし、すぐに会うことになるけど。

 

「じゃ、またね、リオン」

 

「ああ。また」

 

こちらに手を振るフリルと別れ、自分の楽屋へと向かう。

もう既に、俺の意識は番組の撮影だけに向けられていた。

――

 

「ただいま~」

 

放課後の夕方、部屋で文庫本を読んでいると玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。自室から顔を出すと、玄関で靴を脱いでいる母さんの姿が見えた。

紫がかった黒髪に、星を宿した瞳、もう30歳を超えているはずだというのに、一切衰えるどころか小皺1つ見えない美貌、否応にも目を引き寄せられる天性の魅力。

彼女は元伝説のアイドルで、現人気女優である星野アイ。俺とルビーの母親だ。

 

「お帰り母さん。地方の撮影、久々で疲れたろ」

 

母さんはドラマの撮影で、2週間ほど宮城県へと赴いていた。慣れない土地での撮影で疲れているだろうに、それをおくびにも見せないのは流石だ。

しかし、息子として15年も過ごしてきた俺の目は誤魔化せない。母さんは観念したように溜息を吐くと、ようやく肩肘から力を抜いた。

 

「うん、ちょっと疲れたかな」

 

「お疲れ様。荷物持つよ」

 

「ありがとう!アクアは優しいね!」

 

母さんの荷物を持ち、共にリビングへと向かう。荷物をリビングの片隅に置いて、2人揃ってソファに腰かけた。

 

「やっぱり我が家は落ち着くね。あれ、ルビーは?」

 

「苺プロの事務所に寄るから少し遅くなるらしい。もうすぐ帰ってくると思うけど」

 

「じゃご飯はルビーが帰ってきてからだね。アクア、何食べたい?」

 

「疲れてるんだし無理すんなよ。俺とルビーで作るから休んでてくれ」

 

「ほんと?じゃあお言葉に甘えよっかな」

 

母さんと雑談を続けながら、あることを思い出した。母さんにちょっと待ってて、と言い自室へと向かう。

自室に戻った俺は机の引き出しを開け、1枚の書類を取り出した。それを持って再びリビングへとUターン。

 

「どうしたの?」

 

「これ」

 

首を傾げる母さんに書類を差し出す。母さんは書類を受け取り、紙面の上に目を滑らせていく。

俺が手渡したのは高校の入学願の書類。入試の出願に必要な書類だ。

 

「あ、もうすぐ入試だもんね。すっかり忘れてた。勉強は…アクアなら心配ないね」

 

「ああ」

 

母さんはそんなことを口に出しながら、書類に目を通していく。ほとんど記入が終わっている書類ながら、確認も含めてゆっくり読み進めているようだ。

 

「え…」

 

そんな時、母さんの動きが止まった。視線は志望校の欄に縫い付けられている。

志望校の欄に記入されているのは『陽東高校 芸能科』という文字列。母さんは書類から顔を上げ、俺へと目を向けた。

星を宿した天性の瞳を正面から見据えて、しっかりと自分の言葉で伝える。

 

「母さん。俺、役者になるよ」

 

「……そっかあ…!うん…!アクアなら絶対凄い役者さんになれるよ!」

 

母さんは嬉しそうに笑いながら、嚙み締めるように言った。母さんの嬉しそうな様子を見ると、俺まで何だか嬉しくなってくるようだ。

少しだけだが、昔リオンが言っていたことが分かった気がした。

 

「でも、どうして急に?この前まで一般科受けるって言ってたよね?」

 

「夢ができたんだ」

 

いや、夢ができたんじゃない。あいつのお陰で、漸く自分の夢に気が付いた。漸く自分に噓をつかなくなった。好きなように生きようと、そう思えた。

 

「夢?」

 

「ああ。役者になって母さんと共演する。そして…」

 

そこまで口に出して、一度息を吸う。

これを本人以外に言うのは初めてだ。

普通に考えたら無謀なのは分かってる。

けれど、そんなことを気にして諦めるほど、今の俺は利口じゃない。

 

「リオンを超える」

 

俺の覚悟が部屋に響き渡る。

アイは俺の言葉を聞くと、優しい微笑を浮かべながら、確かな力強さを感じる言葉を告げる。

 

「リオン君を……うん、アクアなら絶対できるよ。なんてったって、私の息子だからね!絶対できる!」

 

母さんの……アイの言葉は不思議だ。

何の根拠もないのに、その言葉だけで本当にできる気がしてくるんだから。

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