俺が楽しんでいた買い物を終えて家に帰ると、出迎えてくれたお手伝いさんにさっそく衣装の着せ替えをさせられ、着替え終わった後も身支度なども済まされて、そのまま時は流れて夜になった。
俺はお手伝いさんの運転する車に乗って、妹の皐月と共に鬼龍院神社の本殿へと向かう。
「「…………」」
車内では皐月は一言も喋らず、常に殺気立てているから運転手の人がビビり散らかしてるじゃないか。
っま、俺は午後の紅茶を飲みながら過ぎ行く景色を眺めてリラックスしてるが、常人のメンタルならば吐くほどの重い空気が流れている。
現在の俺は陰陽師らしい白装束を身に纏い、槍を装備している。一般人から見てみればただのコスプレ衣装だが、俺達陰陽師からしてみれば立派な戦装束である。
「到着いたしました」
どうやら神社に到着したようだ。皐月は車が止まるやいなや、即座に車外に飛び出し神社に入っていった。
俺もそんな皐月の後を追うように運転手に礼だけ伝えて神社へと足を運んだ。
そんな俺らを待ち構えていたのは他の3つの名家の分家の者達だった。
先に行っていた皐月に群がり何やら喋りかけていたが、皐月の方は必要最低限の挨拶程度で馴れ合おうとはしていないように見える。
まあ、あいつはゴリゴリの血統主義みたいな考えがあるからな、名家といえど分家にあたる者達じゃあの反応も無理ないか……。
ん? 皐月と挨拶していたうちの1人がこっちに来た。
身長は俺よりか小さいが見た目的には俺よりも年上そうだな、高校生くらいか?
「よぉ、お前が鬼龍院家の無能だな?」
あ、これイジメだな。よく漫画とかである無能な奴にはどんな事してもいいってあれだ……。
特に、分家とか位の低い者ほどそういう傾向に走りやすい。
「ああ、そうだ。俺の名前は鬼龍院 刹。親に刹那のうちに死ねって意味で刹ってつけられたんだ。今日はよろしくな♪」
「お、おう……」
いきなりフレンドリーに重い話をされたからか、困惑しながら俺の差し出した手を握手で返してくれた。
本当はもっと違う反応を期待していたんだろうが、あいにくと人生2週目の俺にとってはこの程度は何ともない。
っていうか、陰陽師とか鬼龍院家の長男とかいう拘りなんかが一切ないからと言った方が正しいか。
「こっちの事を知ってもらってるのは楽でありがたいが、こっちは君の事を一切知らないんで、よければ自己紹介してくれると助かるよ」
「あ、ああ……。俺は鬼灯
おお、頼んでいないのに勝手に解説してくれるとは。さてはコイツいい奴だな。名前メッチャお爺ちゃんぽいけど。
古今東西、解説役に悪い奴は存在しねぇ。最初は憎まれ口やちょい悪な態度を取ってくるが、一度懐に潜り込むと一生涯のダチだぜ! って感じになるあれだ。
それにしても、分家とはいえここに4つの名家の人間が揃うとはな。
鬼灯家……炎の神具である刀【閻魔】を所有しており、炎を使った中距離戦闘を得意とする最も火力の高い一族。
天璋院家……雷の神具である錫杖【
天之海家……海の神具である錨【
鬼龍院家……嵐の神具である槍【須佐之男】を所有しており、風や大気を操ることで超広範囲攻撃を可能にし、その力を1点に集中させた際の貫通力はあらゆる物を貫く破壊力を有し最も多くの敵を屠ることが出来る一族。
それぞれが尖った性能を持っており、各一族は自身の神具こそが至高と信じてはいるが、相性というものが存在する以上、互いに睨み合うだけの現状が続いている。
そんな一族が一堂に会する機会など、とあるイベントを除けば数える程度しかない。
そんな貴重といえば貴重なシーンだが、分家の人間にとってそれよりも重要なのは本家の人間と関わりを持つこと。
例え他の家の者であっても、分家である以上は自分よりも明確な目上の人であり、将来的に自分達陰陽師を背負う重鎮にあり得るだろう1人だ。
それをほっぽって俺なんかの元に来るとは……っと思ったが、どうやらこいつ陰陽師よりも一般人の思考回路に近いようだ。
向こうの方を見てみても、つっけんどんな態度を取り続ける皐月と、なんとか会話をしようと努力している分家の2人の様子からして、あれ以上頑張っても無意味だと察して、せめて会話が出来るであろう俺のとこに来たってところか。
「なんか、想像してたのと全然違ってビビった。もっとこう……、妹とかに嫉妬してショボくれた顔をしたような奴かと思ったんだが……」
「予想と違って明るくてビックリしたかい?」
「そうだな。はっきり言って、それをからかってやろうと思って近づいたんだが……」
気まずそうな顔をして正直に告げる厳斎に、俺は軽く肩を叩いて気にするなと声を掛ける。
当初、嘲笑う目的で近づいた人間にこうまで気軽に接されると、どうにもこそばゆい感じがして自分がやろうとしていた事が馬鹿らしく感じてしまった。
そんな何とも言えない雰囲気になったところで、神社内の空気が一変した。
ネットリとした悪意の粘膜みたいなものが体中にこびり付いたかのような不快感が支配する。
周りの空間が変容したようにドロリとした空気が包み込むと同時に辺りの草木からゾロゾロと大中小のキモイ虫みたいな生物がわしゃわしゃって感じで現れた。
あれが妖魔なのだろう。視覚や聴覚から険悪感が滲み出ている。まさに伏魔殿といったありさまだった。
「中級どころか上級妖魔までいやがる……」
神社の後ろから顔を見せる大百足の姿を見て厳斎が苦汁を舐めたような顔をする。
本家の神術式持ちとはいえ、経験の無い鬼龍院家の当主では辛い戦いになるだろう。
その為に、一応のことを考えて補助の為にそれぞれ3つの家から分家であるがそれなりに妖魔退治の経験者が派遣されたが、上級は下手をすれば万が一がありえる。
鬼龍院家のお嬢さんのところにいた2人も戸惑いの様子を見せていた。
だが、流石というべきか、鬼龍院家のお嬢さんは一切の表情を変えることなくこの場で一番の強敵である大百足を睨みつけていた。
戦場の空気も経験していないと心のどこかで甘く見ていたが、これならば足手まといにはならないだろうと希望が持てる。
唯一の問題があるとすれば……。
「ああ……、ごめん。俺、ああいうキモイ系の相手は無理! だからさ、あれお願いね!」
「はぁ?」
そう言い残して俺は湧いて出てきた妖魔の対処を厳斎に任せてその場から身を隠した。
前世の頃からああいう虫系のキモイのは基本的にNGで、特に足がわしゃわしゃしているGに似てるやつとか現れたら親とかに対処してもらった。
だから、こういう時に期待されていない無能は楽で助かるよ。
今は木の上に身を潜めて戦況を眺めているけど、流石は分家というべきか、戦闘が開始されると同時に大型の百足を無視して確実に払える小型の妖魔から退治していっている。
陰陽師には大まかに3つの術式が存在する。
1つはそれぞれの名家が所有する神具から継承される神術式。神術式とは神具から強力な術式とそれを扱える霊力のことを指す。
2つ目は神術式の劣化版である固有術式。これは神術式よりも威力も範囲も縮小されており、個人の霊力で扱えるレベルまで落とされたもので、神具とは別の宝具と呼ばれる神具のサブ機から継承される。
3つ目は上2つと違い一般的に普及しているノーマルな術式だ。威力や範囲は基本的には銃火器クラスのものが多いが、中には兵器クラスのものも存在している。これは修行によって会得出来るものが多く、攻撃だけではなく、結界や味方の霊力アップや術式の威力上昇などの防御やバフ&デバフなど様々な効果を持つ。
皐月は1は当然のこと、3つ目の一般的な術式も充分に持ち合わせており、現に今も分家の3人と同等……いや、それ以上の活躍で妖魔を退治している。
こうして眺めているだけの身ではあるが、妖魔も陰陽師もあまり大したことないと思ってしまう。
もし仮に俺があの場で猛威を振るえば、あの大百足を含めて全ての妖魔を屠ることが容易に可能だろう。
それは例えるなら、プロの野球選手がボールを投げるよりも先に投げ終えた球の未来を幻視出来るように、俺もこの肉体のポテンシャルで暴れればこの辺りの妖魔程度なら容易く退治出来ることを確信出来る。
「まあ、とはいえ……。あんなキモイ悪い虫みたいなの直接ぶっ叩くのは生理的に無理だしな」
今も地面を這って地上の4人を襲い続けている妖魔の姿に、背筋がゾワッと来る感覚に襲われる。
いくら妖魔が俺よりも弱いからと言っても、なら人間よりも弱いゴキブリを相手に嬉々として戦えますか? と言っているようなものだ。
「俺はこうしてピンチになるまで高みの見物を……っ、あれ?」
カサカサ……コンニチハ!
「…………っ、ノワァァァァ!!!?」
身を隠していた木に小さい妖魔が登って横から顔を覗かせてきた。
普通に不意を突かれた俺は突然の出来事に悲鳴を上げて木から落っこちてしまう。
ドサン! と地面に落っこちた落下音に、近くにいた妖魔が一斉にこちらを向いて近寄ってきた。
その動きは台所のGを彷彿とさせ、背筋に悪寒が走り生理的険悪感が頂点に達する。
「助けてくれぇ、厳斎!!」
即座にピョン! と群れて動く妖魔の上をジャンプでひとッ跳びして、そのまま戦っている厳斎の後ろに隠れると、肩を叩いて助けを求める。
かなり情けない姿に厳斎はえ~……っと冷めた目線を送ってくる。
「お前……無能とはいえ鬼龍院家の当主だろうが!」
「いくら当主でも、あんなゴキブリみたいな存在をぶっ倒せるか! 見ろ、キモ過ぎて鳥肌が立ってる!!」
袖を捲り上げて腕を見せると、確かに無数の鳥肌が立っていた。
それを確認して厳斎は深く溜息をつくと、仕方ないと言わんばかりに腰に差した刀を抜き放つ。
それを後ろから俺を狙って迫ってくる妖魔に向けて一振りする。
その瞬間、刀の刀身から鬼灯家の固有術式で迫ってきた妖魔を一匹残らず殲滅させた。
流石は分家とはいえ名家の陰陽師だと褒めるべきか、かなり霊力を使用したのだろうが、その破壊力は凄まじいものがある。
ただ、負け惜しみという訳ではないが、多分俺があれを喰らっても無傷で対処出来ると思う。
とはいえ、助けられたのは事実だ。素直に礼を言って背中に隠れようとしたが、せめて一匹は倒せと下級妖魔を引っ掴んで目の前に差し出してきた。
多分、厳斎なりに俺の実績作りの為の優さだとは思うが、俺からしたら女子に虫をプレゼントする男子小学生かよと若干引いている。
「わ……分かった……」
厳斎の手の中でキィキィ! と抵抗する妖魔に俺は持っていた槍で器用に妖魔だけを叩き上げると、空中に飛んだ妖魔を槍の刃先で綺麗に一刀両断してみせた。
「うげぇ、素手よりかはマシだけど、切断面がグロくてやっぱり無理だわ……」
「いや、見事な槍捌きだと思うぞ。それで妖魔に耐性さえありゃ、結構いい線いくと思うだがな……」
やっぱりコイツいい奴だな。心の中でコイツのことはテ○ーマンもしくはスピー○・ワゴンと呼ぶことにしよう。
なんだかコイツとは一生涯の親友になりそうな予感がする。
「なあ、今度一緒に遊びに行かない? なんか、お前とは親友になれそうな気がする」
「いや、急にどうした? まあ、いいんじゃね。俺も結構お前のこと気に入ったし……」
おっしゃ! 友達ゲット!! 学校での友人とかは何人かはいるが、こうした陰陽師の友人は初めてだから普通に嬉しいわ。
今は妖魔がいるからしないけど、終わったらラインでも交換するか。
「集まった妖魔の数もだいぶ減らしました。そろそろ、あの大百足が動き出します。貴方達は私の援護なさい」
「「「はっ!」」」
この場に集まった妖魔の数が半分以下に減った為、神社の裏で様子を伺っていた大百足が神社の屋根を壊しながら動き始めた。
それを見て皐月が分家の3人に指示を出す。それを受けた3人は即座に皐月の周りに集って集まってくる雑魚の妖魔を退治しながら、大百足を近寄らせまいと牽制して時間を稼ぐ。
その間に、皐月は神術式を発動せんと集中力を高め上げていき、地面に青白い紋様が浮かび上がってくる。
これこそ、世界に神術式の効果を顕現させるトリガーの1つ。神術式はまさに神の御業、その強力過ぎる力を現世に解き放つのに必要な門として地面にそれぞれの神具に刻まれし紋様が出現すると聞いた。
これが地面に刻まれたのならば、後は術式を発動して解き放つだけだ。
『キギャアアァァァァァ!!!!』
「我が奇跡の御業に恐れをなしたか、この醜き妖魔めが……」
いっそ、これこそが皐月の攻撃とすら思えそうなほどに冷酷な視線が大百足に突き刺さる。
これには大百足も一瞬ビクッ! と狼狽えるが、その隙をついて皐月が神術式を発動させた。
「我が嵐の権能。一切の慈悲を捨て去り敵を殲滅せよ!」
皐月の持っていた槍に周囲の風が暴風雨となって纏わり、巨大な嵐の槍へと変貌をなした。
見ただけで理解出来る強力な破壊のエネルギー、それがあの槍には込められている。
あれを放てば一瞬のうちに上級妖魔といえど粉砕出来ることは確実、それをあの大百足も肌で感じ取ったのか、皐月の視線に狼狽えていたのが噓のように突撃をかましてきた。
「愚かな、むざむざと死を選び取るか……」
手に持った槍に力を込めて、突撃してきた大百足に向けて嵐を纏った槍を投擲した。
それは災害とすら思える暴風の塊であり、触れたもの全てを薙ぎ払う暴力の渦が大百足に真っ正面かた衝突する。
「消え去れ、醜き妖魔め!」
断末魔の声さえ上げることも出来ず、大百足は嵐の槍に頭から粉砕されていき、やがて跡形もなく消滅させた。
まさか、初めての実戦でこれほどまで完璧に神術式を使いこなせるとは思っていなかったのか、分家の3人は生き残り手負いになった大百足を始末する気で固有術式の準備をしていたというのに、予想外の結果に唖然としていた。
「よっ、ナイス神術式! 他の妖魔も今のに巻き込まれて纏めて始末も終わったようだし、改めて凄いな神術式って」
「……そういう兄上は低級の妖魔1体を始末しただけですか。それでよくもそのような能天気に私に話かけられますね?」
「いや、俺も頑張ったんだぜ! あんなキモイ虫みたいなのを一匹でも退治したんだ。むしろ褒めてほしいものだ」
「はぁ、まあ確かに無能なりには頑張った方でしょうが、これではいない方がマシな足手まといです」
「おいおい、飴と鞭かよ。まだ中学生だっていうのに、そういうやましい知識はめっ☆だぞ!」
自身の皮肉にまるで応えることなく、それどころか幼子扱いしてくる自身の兄に青筋立てて静かに拳を握る。
このまま感情に任せてムカつく兄を殴り飛ばしてもいいが、無能のクセに身体能力だけはずば抜けており、自身の攻撃は勿論のことながら、戦いの経験もある父上ですらこの男には一発も拳を当てられた事がない。
どころか、ウスノロと馬鹿にされてからかわれる場面さえよく見かける。
実は、あの大百足でこっちに突撃してこなければ一瞬、後方で腕を組んで高みの見物をしていた兄に攻撃対象を切り替えてやろうかと悩んですらいた。
そんな自身の心中を察することもない兄は普段の空間に戻ったのを確認すると、さっさと帰り支度を済ませて去っていった。
「…………」
「あの、皐月様?」
「す……素晴らしいご活躍で、きっとご両親もお喜びに……」
「あぁ?」
「「……申し訳ございません」」
ご機嫌取りに伺った2人だったが、機嫌が底辺に近しい皐月からの一睨みに怖じ気づいた2人は誠心誠意を込めた謝罪をすると、皐月はフンと鼻を鳴らして興味を失ったかのように背を向けた。
初の初陣で上級妖魔を怪我1つなく退治できたというのに、あの無能な兄上のせいで気分は台無しだ。
いつだってそうだ。どれだけ馬鹿にしても皮肉を口にしても飄々とした態度でのらりくらりと受け流し、結局最後に下唇を嚙んでいるのは自分の方だった。
ああ、思い返せば小学生の時からそうだった────。
次回は皐月視点の回になります。